アールは目を開く。見慣れた、サングレ・アスル艦内の自室の天井だ。水を飲もうとベッドから起き上がろうとするも、体はピクリとも動かない。頭では動かしているつもりなのだが、少なくとも目に映る光景にはその様子はない。乗り物に酔ったような気持ち悪さが体中を支配し、耐えかねたアールは再び目を閉じる。
ジョニーと出会ってから更に数週間後、地球側の軍である地球連邦軍と宇宙側の軍であるセツルメント軍の両軍間にて条約が結ばれ戦闘が停止された。友和ムードが訪れたGBWFではあったが、一方でパイロット職であったプレイヤーたちにとっては困った状況でもあった。仕事がないばかりか、迂闊に戦えば両陣営間での緊張を煽ってしまいかねない。
アールやユウスケにとっても、状況は同じであった。二人はもっぱら宇宙でNPCのMSを撃墜し、残骸やパーツをビルダーズギルドやビルダーに売り払うことで生計を立てていた。
「世知辛いですから、ゲームですけど」
「世知辛いですね、だからこの2つは買取できません」
「世知辛い……」
衛星軌道上まで降りてきたアール達は、地球に籍を置くマーチャントとの交渉に挑んでいた。とはいえ二人に商才はなく、ほとんどがマーチャントの言い値で持っていかれているのが現状だ。
事の発端はユウスケの思い付きの発言であった。
「戦争が収まってる今なら地球とも楽に商売できるし、宇宙の機体を高く買ってくれるかもしれないぜ」
しかし、現実は甘くなかった。MSを収容できる移動手段を持たない彼らは、移動の際は軍などの艦を保有するクランの乗りあいサービスを利用し移動する。二人はありったけのパーツを持っていこうとしたのだが、その分のスペースを確保するのに所持金のほとんどを使ってしまった結果、ユウスケのMSしか持っていくことができなかった。それでもパーツを売って一攫千金を狙えればと勇んでやってきたが、その結果は散々なものであった。
「これじゃ帰りの運賃が……」
「お気の毒ですけど、こっちも需要が減って大変なんで。すいませんね」
心にもないことを言いながら去っていくマーチャントを睨みながらアールも立ち上がる。
「どうするんだよ、帰りの便」
「頼み込んでなんとか乗せてもらうしかないな……」
ユウスケにそう答えたものの、かなり厳しい状況であることは間違いない。特に、軌道基地という地球側の基地では迂闊に声をかけるだけでもいざこざが起きる恐れがある。下手をすれば、何日もこの基地に閉じ込められることになる。
憂鬱さに頭を抱えていた二人に、救いの光が差した。
「何やってんのよ二人して。酔ってるの?」
「ナナミ、これはその……」
ユウスケは声の主を確認すると慌てたように手を振りながら答えた。彼女、エンジョウジ・ナナミはユウスケの姉である。彼女は宇宙側勢力に属するビルダーである。ユウスケとは別行動をとっているものの、こうして基地等でしばしば遭遇することがある。
なんとか取り繕おうとしていたユウスケであったが、それより先にアールが応えた。
「いろいろあって、ここから出るだけのお金がないんだ」
「本当に何やってんのよ」
ナナミは崩れ落ちたユウスケを蹴りながら呆れたようにため息をつく。しかし、アールにとってはこれ以上ないチャンスであった。アウェーといえるこの基地で知り合いに出会うことができたのは僥倖である。うまくやれば、交通費を工面してもらえるかもしれない。
「ナナミは、ここで何をやっていたんだ?」
アールは言葉を慎重に選びながらナナミに問いかける。彼女はそれに答えようと口を開くが、そこに別の声がかかる。
「ナナミ、どうしたのそんなところで」
見ると、長身の女性が通路の角からこちらを見ている。黒髪をポニーテールにまとめ、飾り気はないが凛とした雰囲気の女性は、見た目通りのツカツカとした歩みでこちらへとやってきた。
「ユアン。ウチの弟たちが困ってるんだってさ。どうしたらいいと思う?」
「助けてもえらえないですか」
ここぞとばかりにユアンと呼ばれた女性の同情を引こうとするアールだったが、ユアンはアールを一瞥すると、こう告げた。
「私に勝てたら助けてあげる」
「勝つ?」
「そうだ」
ユアンはきっぱりと答える。
「見どころのないヤツを助けたりはしないわ。助けてほしいなら自分でつかみ取ってみなさい」
高圧的に言い放つユアンに応えたのは、先ほどまでナナミに蹴飛ばされていたユウスケであった。
「やる、やるよ。俺がやる」
「ユウスケ、いいのか?」
アールが問いかけるが、どの道これ以外に手段がないことは明白であった。ユアンの方を見ながらユウスケが答える。
「MSは俺の分しか持ってきてないんだ。俺がやるしかないだろ」
「……頼む」
撃墜が現実での死を招きかねないGBWFでは、そういった危険のない闘技場が用意されている。各拠点に設置されており、この中で戦えば命を落とす心配も機体を失うこともない。一部ではこれを使ってトーナメントなども行われているが、軍の基地であるここはもっぱら訓練や喧嘩の手段などに使われている。
『用意できたわよ』
『こっちもだ』
アールとナナミは闘技場の外からその様子をモニターする。モニターには、ユウスケのギャンクリーガーとユアンのギャン改が向かい合う。設定された舞台は赤土がむき出しになった荒野だ。
「どっちもギャンなのか」
「当り前よ。作ったのどっちもあたしなんだから」
ナナミが得意そうに鼻を鳴らす。彼女はいわゆるガンダムオタクであり、現実世界での製作技術を持ってGBWFで生きているのだ。彼女の言う通り、それぞれの機体には似たようなディテールや塗装の傾向が見られた。
「じゃあ、そういう意味でも兄弟機対決ってことか」
「どっちの性能も保証できるから、勝負がつくとしたらあとは腕よ」
言い終わらないうちに、画面ではギャンクリーガーが飛び出していた。大型の槍を構え正面から飛びかかっていくのは無謀にも思えたが、ユウスケは構わずに突っ込んだ。二機の距離はどんどん縮まっていく。ついにその槍の切っ先がギャン改に触れんとしたとき、それまで不動の姿勢をとっていたギャン改が動いた。瞬きの後、槍が空を切り通り抜けたギャンクリーガーと、先ほどまでと同じ姿勢のギャン改だけが残った。しかし、アールがその状況を分析するよりも早くギャンクリーガーが動く。肩のスラスターを目いっぱいに吹かし、急旋回とともにギャン改の脇腹へと食らいつく。
「早い!」
力技で槍の切り返しとしては異常な速さを発揮したギャンクリーガーは、それ自体が弾丸になったかのような勢いでギャン改に迫る。再び突き刺さろうというとき、ギャン改は手に持った棒状の武器を流れるような動作でギャンクリーガーへと向けた。瞬間、棒状の武器がビーム刃を吐き出すと、それをギャンクリーガーの槍に突き立て、大きく跳躍した。
アールが、ナナミが、そしてコックピットにいたユウスケが口をあんぐりと開き呆然とする。ユアンは、まるで棒高跳びのようにユウスケのギャンクリーガーを飛び越えたのだ。ギャン改が棒の反対側をギャンクリーガーに向けると、そこから発射されたビームに貫かれ、ギャンクリーガーは爆炎に変わる。フェダーインライフルと呼ばれるサーベルとライフルが一体になった武器を用いた、正確無比なジェネレーター狙いの一撃であったが、先ほどの妙技の後では気にも止められなかった。
最初に口を開いたのはナナミだった。
「また……、なんて無茶を」
『ふん! 情けない奴だ』
周りのそんな様子に気づく風もなく、ユアンはコックピットで勝ち誇ったような声を上げる。一方のユウスケは黙ったままだ。おそらくはまだコックピットで固まったままなのだろう。
しばらくして、二人がコックピットから降りてきた。その姿を見て、アールはこの勝負の意味を思い出す。
「あ、これじゃあ……」
ユウスケが勝てば帰りの運賃をナナミに工面してもらう約束だったのだ。負けたということはそれが叶わないということである。
「ごめんアール……」
ユウスケも気が付き、二人でうなだれる。これからお金が貯まるまでは、停戦中とはいえ敵対勢力の基地で過ごすことになる。しかし、幸運は二人を見捨てたわけではなかった。先の不安と憂鬱に再び頭を抱えた二人の様子を見かねたナナミが、諦めたように話しかける。
「もう、二人して馬鹿みたいに唸るのはやめてくれない? これじゃあたしたちが悪者みたいじゃない」
「え、私悪役だったの?」
素っ頓狂な声を上げるユアンを押さえてナナミが続ける。
「あんたたち、私に雇われてみる気ない?」
「雇う?」
アールが顔を上げる。助け船には違いないと思ったアールだが、その言葉の真意はまだ掴めていなかった。
「そう。どっちにしろあんたたちお金ないんでしょ? あたしたちの雑用をこなしてくれるんなら、その間の生活は保障してあげようってことよ。悪くないでしょ?」
「ゲームのなかでもナナミの雑用なんて……!」
「わかった! 雇われよう!」
反論しかけたユウスケを無理やり押さえて、アールは叫んだ。仮にここで運賃が工面できても、この情勢ではそのあとも食べていくのに困る生活に苦しめられるだろう。ならばこの誘いはその問題まで解決されて一石二鳥だと考えたのだった。
「決まりね。じゃあすぐに準備しなさい。あんたたいのせいで大分押してるんだから」
満足そうにナナミは微笑むと、くるっと踵を返して宇宙港の方へと歩いていく。複雑な顔をしたユアンがそれに続き、置いていかれまいとするアールとユウスケが更に後ろに続いた。
「なあナナミ、どこへ行くつもりなんだ」
ユウスケが後ろから声をかけると、ナナミは振り返らずに答えた。
「地球よ!」