アールとユウスケ、それにその雇い主となったナナミとユアンはそろってフォルテンツィアに降り立っていた。停戦中とはいえ地球は彼らにとって敵対勢力地であり、アールは自分たちが歓迎されているわけがないことに気づいていた。フォルテンツィアがリゾートエリアとはいえ、ここもまた地球の一エリアなのだ。
「本当に大丈夫なのか?」
一行の先頭を歩くナナミにアールはたまらず問いかける。
「シャトルで説明したでしょ。少なくともこのフォルテンツィアで何か起きることはないから安心しなさい」
時間は遡り軌道基地にて、ナナミの行先を告げてからの行動は早かった。もともとすぐにでも出発するつもりだったらしく、彼女は迷いなく宇宙港の目的のドックへと向かう。ユウスケは自分たちにも準備があると抗議したが、契約を盾に取られ結局送れる荷物はMSのみ。アールにいたっては手ぶらで地球へと下りることになった。
そうして諸々の追加の手続きを済ませた後、どうやったのか空きを確保したシャトル内にて、ようやく落ち着いて話す時間を設けることができたのであった。
「私たちね、人に会いに行かなきゃいけないのよ」
ナナミが口を開く。ユアンはその隣の席で既に寝息を立てていた。アールがユアンを起こさないように小声で問い返す。
「人? 地球にいるのか」
「フォルテンツィアって、名前くらいは聞いたことあるでしょ。地球の中立地帯の」
ゲーム開始から戦闘に明け暮れていたアールだったが、その名前には聞き覚えがあった。ゲーム開始前のプロモーション映像にもあった、ゲーム内リゾートだ。アンダルシア風の白壁の街並みに美しい海と殺伐としたGBWFの世界観にはに着かないようにも思えるが、戦闘や機体製作以外の魅力としてこの美しい町でセカンドライフを送ることができるというのがウリだったのだろう。
結局、GBWFは脱出不能のデスゲームと化してしまったわけだが、この状況でフォルテンツィアはリゾート以外の役割も担うことになる。なぜなら、フォルテンツィアはシステムに保護された完全な非武装地帯なのだ。闘技場以外ではいかなる武装もできず、戦闘そのものが起こらないことが保障されているため、戦いを避けるためにここを目指すプレイヤーが現れたのだった。
もっとも、渡航にはそれなりの額のお金が必要であり、プレイヤーホームの額もまた相当なものである。ゲーム開始から4か月ほどの現在では、大手クランのトップやガンダムタイプで大儲けしたものなど一部のプレイヤーだけの楽園となっている。
「フォルテンツィアにいるのか? いつからそんな知り合いが……」
「知り合いって言うかね。まあ会えばわかるわよ」
ナナミは含みのある言い方で誤魔化す。アールが更に突っ込んで聞こうとするが、それより早くユウスケが会話に加わる。
「で、そいつにあってどうするんだ?」
「そいつって……、まあいいか。その人が今ね、知り合いのビルダーを集めてるのよ。何かやりたいらしくてね」
「なるほどな、お前もその一人か」
「そういうことよ」
言い方は悪いが要は金持ちの道楽か、とアールは納得する。早々にこの戦場から一抜けしたプレイヤーにとっては、GBWFは本来のゲームのままなのだろう。心の中にちょっとした反感を抱きながらも、口に出すことはしない。ここでナナミの機嫌を損ねて契約破棄などという状況は、アールにとって最悪の事態だ。
それとは別に、彼にはもう一つの心配があった。
「なあ、僕のMSはどうすればいい?」
もともと、彼らはすぐにソロモンに戻るはずだったのだ。そのため、アールのゲルググは今ソロモンの貸し倉庫にある。一定期間は預かってくれるものの、それを過ぎるとMSは軍に接収されてしまう。大事なMSというのもあるが、なによりアールにとっては大事な商売道具なのだ。
「一度降りてから戻ったんじゃ間に合わないし、どこかで新しいMSを調達しなきゃいけないんだが、今の僕に新しいのを買う余裕はないんだ」
「あー、それならたぶん大丈夫よ。ビルダーが集まってきてるんだし、一機くらいもらえるでしょ」
「そんなあっさりいくものか……」
あっけらかんと言い放つナナミにアールとユウスケは顔をしかめる。先頭で日銭を稼いできた彼らにとって、MSは非常に高価なものである。ゲーム開始時にすべてのプレイヤーに一機支給されるものの、新しく買い替えるには多額のお金と運が必要になる。それをあっさりと初対面のプレイヤーに渡すプレイヤーがいるものなのかと訝しんだのだ。
ナナミはそんな彼らの様子に気づいてか気づかずか続ける。
「これから会いに行く人ね、とにかく作っては誰かに使ってもらいたい人なのよ。本当なら自分の工房くらい作れそうなものなのに、フリーのまま別のビルダーズギルドにアルバイトなんていって作るような人なの。だから、安心していいと思うわよ」
そうして話しているうちに、シャトルはゆっくりと地球へと降りていった。
一行は、フォルテンツィアの街を歩いていく。アールとユウスケは、実際にこの町へやってくるのは初めてだった。今まで、いかにもゲームといった雰囲気の漂っていた宇宙の基地にしかいあったことのなかった彼らは、今頬を撫でた風の心地よさや潮の匂い、海にキラキラと反射する日の光に驚愕していた。それが仮想のものと分かっていても、今感じているその久しく味わっていなかった地球の感覚に、アールは涙を堪えていた。
「地球って、こんな綺麗だったかな……」
ユウスケが思わずそう漏らす。彼もアールと同じように感じていたのだろう。そんな弟の言葉を聞いてナナミが笑いながら返す。
「なによそれ。宇宙人みたい」
「宇宙人だったんだよ。少なくともこの数か月間は」
「それもそうだったわね」
話し終えると、一行は再び歩き出した。