幼くも凛々しい顔立ち。無駄な主張のない身体。ギャップのある口調。
その日、少年は理想と出逢った。
そして、宣戦布告の火蓋が切って落とされた。
***拙作『ハリー・アップッ!!』シリーズのスピンオフ的作品。
同シリーズの外伝でちょっとだけ示唆していた内容から派生しました。因みにこの話の主人公はそのシリーズに登場する友人の一人という設定だったりします。
アニメの影響って凄いなぁと、しみじみ思いました。
クラナガン市内某所にある喫茶店『ネバーランド』。
常に人の行き交う大通りから少しばかり道を外れ、路地の奥まった場所に居を構えるこの店。こぢんまりとした店構えながらも、様々な管理世界各地の茶葉や珈琲豆を取り揃え、同時に輸入した各管理世界の珍しい茶菓子も味わえる、知る人ぞ知る隠れた名店と言った風情の店である。
店のオーナー兼店長が嘗て管理局次元航行部隊で提督として艦長の席に座っていたという特異な経歴の持ち主なこともあり、常連客の間では店の経営を半分趣味でやっているとの噂が絶えない。
実際、この店には従業員が店長を含めて僅か8人(厨房担当者込み)しかおらず、平時は3~4人で店を回すという無茶無謀に近いシフト体制を敷いている。因みに、店長自身は茶葉や菓子の仕入れの為に事有る事に各地を飛び回っており、大半の日の店舗運営をベテラン従業員に任せっきりであり、下手すれば店長よりもアルバイト従業員達の方が店で働いている時間が遥かに多いという時点でいかにこの店が趣味全開での経営となっているかが見て取れるというもの。
そんな、一風以上に変わりまくった喫茶店で働くアルバイト学生の1人、ネッド・ゼームスはテーブルを布巾で拭きながら店内を見渡し、一言呟いた。
「……暇すぎる」
時刻は夕刻に差し掛かる頃。
基本的に終始客足が絶えないような人気店舗ではないとはいえ、平日のこの時間帯でお客が誰もいない閑散とした店内は、ショーウィンドから射し込む夕日に染められて独特の静寂感と物悲しさに包まれている。
「あ~う~あ~~~。ほんとにお客がこね~な~~」
適当に空いている席(全部なのだが)に腰を下ろし、ネッドはグデッとテーブルに突っ伏すると、欠伸を噛み殺しながら襲って来た眠気で瞼が落ちそうになる両目を左手で擦る。
ほんの一瞬、「この状態はマズい。だらけすぎだ」との考えが頭の中をよぎったが、誰一人見ている者も咎める者もいない店内の緊張感のない雰囲気に流され、肩肘をついた体勢で右手を自身の頭に持っていくと、短めにカットされた灰色の髪の毛を掻き分けるようにガシガシと掻いた。
本日のバイト終了時刻まではまだ3時間強ほどある。厨房担当の先輩従業員は明日の仕込み作業で忙しいらしく、店の奥にある厨房から顔を出すことはない。もう一人いるアルバイトも今はバックヤードの倉庫で資材の片付けをしている為、お客が来てネッドが呼ばない限りは当分の間は出てこないだろう。
「ぬぅぅぅ、いいのか俺? 一度しかない青春の重要なひと時を、花のハイスクールライフの放課後を、こんな無駄に無意味に過ごしていていいのか?」
愚痴りたくもなる状況。
「もっと建設的な過ごし方があるんじゃないのか? 素敵な女の子との出逢いを求めるべきじゃないのか?」
他の人が聞けばどうでもいいような妄想と願望の入り混じった空言だったが、ネッドにとってはそれなりに切実に思う心情の吐露だった。
「どこかにいないのか? 俺の理想どおりの可憐で上目遣いが似合うような女の子は……」
「おーい、ネッド。絶賛妄想に浸っている最中に申し訳ないんっスけどね。ちょっと商品を店の棚に補充したいんで、手が空いてるなら手伝って欲しいんっスけど?」
垂れ流し気味な願望から「実りのある日々とは何ぞや?」的な思考へと移ろうとしていたネッドに店のバックヤードの方から届く呼び声。だらけきっていた身体を起こして振り向けば、バックヤードのから出てきた女性が両手に抱えた荷物を示している。
「うぃーす。了解です、ウェンディさん」
この店のある意味で売りのひとつであり、ネッドにとってはすでに見慣れたチャコールグレーのワンピースから始まり黒のローファーへと至る王道メイド服一式を纏い、倉庫の整理で髪が汚れるのを防ぐためか標準装備のカチューシャではなく、白の三角頭巾で赤い髪が覗く頭を覆ったスタイルの女性。この店での先輩アルバイトであるウェンディ・ナカジマに対して、恥ずかしい場面を見られた焦りを若干感じながらもネッドは調子よく応答の声を返す。
「どれを運びます? ウェンディさんが今持っている分で全部ですか?」
「そうっスよ。じゃあ、はい。お願い」
近寄って手伝いますよオーラ全開のネッドに、抱えていた商品が入った袋を手渡すウェンディ。そして、予想以上の不意打ち。ニコニコと笑顔のまま、あまりにも自然な動作で軽やかに渡してきたので、商品は軽いのだろうと内心で高を括っていたネッドだが、受け取った瞬間に予想外にズシッとくる重さに、思わず「うおっ!?」と情けない声を上げる。
「瓶類も入ってるから、落としちゃダメっスからね」
「りょ、了解です」
店のディスプレイ兼収納棚へと向かい、いくつか手に持っていた小瓶を棚に見栄え良く収めていくウェンディ。鼻歌を歌いながら作業をしているが、それを見ていて何故か空恐ろしいものを感じるネッド。何せ、ミッドチルダの平均的な10代の少年の体格をしているネッドより細い身体つきをしているにもかかわらず、現在進行形で辛さが増すこのクソ重たい大量の商品が入った袋を平然と顔色ひとつ変えずに運んでいたのだから、一体この女性は何者なのだろうかと思ってしまう。
(まあ、きっと魔法とかを使ったんだろうけどさ)
このミッドチルダではたいして珍しくもないこと。
身体強化系魔法を使えば性別による身体能力の差はほとんど関係なくなる。魔法そのものも基礎的な領域の魔法に属する為、初歩の初歩部分だけをマスターして日常生活の筋力補助レベルで使用している人間もそれなりにいる。
ネッド自身、身体強化系の魔法はその利便性に加えて男として憧れるものも多分にあるのだが、残念なことに特定の魔法以外は才能も実際の行使力もからっきしのため、少年の日の憧れが現実になる日は遠そうだった。
「あたしは上の方の棚を埋めていくっスから、ネッドは下の方をお願いするっスね」
バイトを始めた最初の頃はウェンディの少々独特な語尾を付ける話し方や男のネッドにも気取らずフランクに接してくる性格に内心でドギマギしていたが、それも「いつの間にか慣れたな~」と、心の中で呟きながら、ネッドはしゃがみ込みつつ袋の中身を確認して収納棚の下部分に入れる商品を簡単に選り分ける。
「え~と、これとこれは左の棚かな?」
商品の種類と日持ちなどを確認しながら棚に収めていくネッド。時折ウェンディの指示に従って袋の中から上の棚に入れる商品を取り出して渡す。
そんな風に収納作業に没頭していたネッドの耳に、カランッという店の入り口に設置された来客を告げる鈴の音が響く。
「あ、いらっしゃいませ~――――って、あれ? チンク姉?」
顔を上げたネッドの視線の先で、入口に向かって呼び声をかけていたウェンディが営業スマイルから素の笑顔が混じった疑問顔になるのが見えた。
「お邪魔するぞ。偶然にも近くまで寄ったのでな。折角だから少し様子を見に来たのだ」
「ひやかしっスか~」
「バカを言うな。ちゃんと何か買うぞ」
「おおっ! チンク姉の奢りで家へのお土産っスか? なら、普段従業員のあたし達が食べられないこっちのケースに入っている高級輸入菓子のセットとかがイチオシっス!」
何やら来客者はウェンディの知り合いらしく、ネッドの頭上で調子よく会話しているウェンディ。
取り敢えず収納予定の商品の残りを素早く棚に収めると、ネッドはウェンディの知り合いとはどんな人物なのかと興味津々な心持ちでおもむろに腰を上げる。
「どうしたんすか? ウェンディさんの知り合いで…す……か……」
おそらく来客者には死角になっていたであろう棚の影から姿を現しながらウェンディに声をかけつつ、店の入り口方向にいるであろうウェンディの知り合いらしき人物へと視線を移すネッド。そして、その姿を認識した瞬間。ネッドの声と思考と視線はその場に一瞬にして完全に静止させられることとなった。
(俺、白昼夢を見てるのかな?)
陽光に輝く白銀の髪。触れることすら憚れるような白磁の肌。思わず抱き留めたくなるような繊細で慎ましやかなラインを描く愛らしく小柄な体躯。童女のようでありながら幼さを脱した色香をも纏った整った目鼻立ちの顔。そしてその右目部分には、一際目を引く何かのアニメのヒロインのような眼帯を付けている。しかし、決してコスプレ地味感じはなく、シックな柄のスーツ姿と凛然とした態度と相俟って、一種独特の存在美を放っている。
そこには、ネッドが常に思い描いていた理想どおりの完璧とも呼べる容貌体躯の少女がいた。
「ん? 何だ、ウェンディ以外にも従業員がいたのか。だとしたら個人的な無駄話していたのはマズかったかな?」
「う~ん、まあ、大丈夫っス! 見てのとおりヒマなんで、全然問題ナシっスよ!! っと。そうそう、こいつはバイト仲間のネッド・ゼームスっスね。このバイトでのあたしの可愛い後輩ってやつっスよ」
「そうか。こんにちは、ゼームス君。ウェンディの姉のチンクだ。妹がいつもお世話になっている。迷惑は掛けていないだろうか?」
「あ~、チンク姉その言い方はヒドいっスぅ~。これでもあたしは頼れる先輩なんすよ!」
「そうなのか? それは初耳だ。それならその頼りがいのあるところを家でも是非見せてもらいたいな」
遠慮のない様子でウェンディと会話の応酬をするチンクと名乗った少女(?)。体格や容姿とは裏腹な年長者じみた口調だが、そのギャップがまた何と言うか、ネッドの中の今まで知りようもなかった萌え心を激しく煽っていた。
(なんだこれ? 夢? 違うのか。現実だ。だとしたら俺は今、天使が舞い降りたのを見ているのか? どうすればいい? どうすればいいと言うんだ!!)
まともな返事もせず、「ど、どうも」と随分な言葉を小さな声で返しただけで口ごもる。普段のネッドならもっと気の利いた台詞も出せたのだろうが、不意打ち気味に自分の理想のタイプまんまな相手を目の当たりにしたことでそれも出来ず、結局は視線の先にいる余分な起伏のない理想の存在に目を奪われ続けるだけだった。
ここでネッドの友人連中を含めた勘違いをしているであろう者達に釘を刺しておきたいのは、ネッドは決してロリでコンな性的嗜好を秘めたタイプではない。ただ、小柄で慎ましやかなボディラインを持った女性が彼のストライクゾーンなだけである。可愛らしい幼子を見ていて頬を弛めること自体はそれなりにあるが、それはあくまで野に咲く小花を鑑賞するような微笑ましい気分からである。イノセントを冒して喜ぶような暗く暴虐な嗜好などをネッドは持ち合わせてはいない。……ハズである。多分。おそらく。May be……。
「では、それとそれを買おう。片方はこれから聖王教会に行くから、それように包んでくれ」
「はいはい、お買い上げありがとうございますっス~。じゃあ、あたしは商品を包むんで……ネッド、チンク姉のお会計を先にお願いっスね」
「あ、はい、えっと……それじゃあ、先にお会計しますね」
ボンヤリとしていたネッドだが、ウェンディの言葉で覚醒し、頭の中を切り替えてまずは仕事を優先することにする。
「頼む。お幾らかな?」
「え~と。お二つなんで、合わせてこの金額になります」
(……ああ、ヤベぇ。こういう感じも意外に好みだ……)
素っ気ない感じだが、凛とした雰囲気を漂わせた物言いに社交辞令レベルであろうが微笑みを浮かべているチンクに対し、ウェンディが包んでいる商品の値段を確認してレジに打ち込んだ金額を提示しながら、ネッドは脳内で展開されているニヤケだしそうな思考と感覚が顔面に現れないように必死で制御する。
「チンク姉、お待たせしましたっス」
提示金額ピッタシで差し出された代金を受け取り、ネッドがレシートを渡したところで素早くラッピングを済ませたウェンディが商品の入った袋を持ってくる。
「ああ、ありがとう」
「ふっふっふ。従業員関係者特典で試食用のお菓子をおまけで少し入れているっスからね」
商品を受け取ったチンクの耳元に口を寄せてしてやったりな感じでおまけしたことを小声で囁いているウェンディだが、ネッドにはバッチリ聞こえている。とは言え、従業員向けに用意している試食分からの多少のおまけ程度ならこの店はあまりとやかくは言たりしない。基本的にこの店の店長は従業員を信頼しているし、ネッド達従業員も分は弁えている。だからチンクが「大丈夫なのか?」と言いたげな表情を向けてきても、ネッドは笑顔で頷き返すだけだった。まあ、内心では、「ぐわっ! そんな表情で小さく首を傾げるのは反則っしょ!!」と、チンクの無意識に行われたフェミニンな動作に身悶えていたのだが。
「むっ……」
そんなネッドの内心を見透かしたのだろうか。視線の一部をチンクからネッドに移したウェンディが、ジトッとした目で見詰めてくる。それは、鼻の下を伸ばしている男性諸氏に対して女性がよく向けるあまり好感度が高いとは言い難いタイプの視線だった。
「ありがとうございました!」
お見送りの言葉を掛けながらも、ウェンディとついでにネッドにも別れを告げて店から出ていくチンクの後ろ姿に視線を釘付け、他に関心が一切いってない状態のネッドはウェンディの視線にまるで気付かなかったようだが。
入ってきた時と同じように、カランッと扉の鈴の音を響かせて去っていったチンク。お客のいなくなった後の独特の余韻と再び店内に訪れた人気の無さからくる静けさ。
「……よし。さっさと残りの補充を終わらすっスかね」
店の入り口を見詰めたまま、ボーと突っ立ているネッドをしばらく見ていたウェンディだが、いつまでもそんな状態を続けているわけにもいかないと一拍を置いて頭を切り替え、中断していた補充作業を再開することにする。
「ほら、ネッドもいつまでも無駄に突っ立てないで、仕事をするっス」と軽い口調で叱咤しながらネッドの肩を叩き、棚の方へと移動しようとして、
「ウェンディさん……」
体を翻したネッドに名前を呼ばれ、振り返ったウェンディはその瞬間に不意にガシッと両肩を掴まれる。
「ふへっ?」
間の抜けた声を出すウェンディ。予想外の状況に思考が鈍化し、戸惑い中でネッドの顔へと視線を向け、そこに存在していたあまりにも真剣な表情と視線に言葉を失う。
「え? あ、え、あの……ど、どうしたんっスか? 急に」
普段は感じないが、両肩を掴まれた状態で間近でこうやって相対すると否応なく認識するネッドと言う少年と自分との男女の体格差。男性特有の力強さと言うか、女性であるウェンディには備わっていない何かを強く感じる。
顔面に熱が集まっていくのがハッキリと分かるし、しどろもどろな口調になっているのも分かっている。「この不意打ちは一体何なのだ!?」と、叫び出したいような思いを抱きつつ、ウェンディはこれまでに一度も見たことがないような真剣な表情をしたネッドが次の言葉を紡ぐのを待つ。何故だろうか、恐ろしいと思う感情や淡い期待にも似た不可思議な感情などが内心で複雑に交じり合い、ウェンディは頬が引き攣った半笑いのような微妙な表情を浮かべていた。
「折り入って話があります。いいですか?」
「ど、どうぞ……」
ネッドの纏う空気は表情同様に真剣そのもので、ウェンディの頭の中でこのシチュエーションを表現する言葉がグルグルと回る。
『二人っきりの店内』『それなりに気心の知れた仲のバイト仲間な二人』『意を決したような表情で肩を掴み改まって何かを告げようとしてくる異性の相手』――――こんな状況描写から想定される状況とは何なのか?
(えぇ!? ちょっ、待つっス。うえっ!? そ、そんな。まさか……)
すぐさまとある衝撃的な内容の単語が導き出され、その内容を理解したことで一気に狼狽するウェンディ。
表情には出さないように自制しているが、実際にはどうなのだろうか?
目の前のネッドの様子に変化はないから、特に危険(相手に変な勘繰りをされかもしれないという意味で)な表情はしていないはずだが、もう内心ではどうしたらいいのかが分からず、何故か涙すら溢れてきそうだった。普段のウェンディだったらハイテンションなノリでいくらでも軽口が出てくるはずのなのに、どう言うわけかこの時ばかりは全然そんな調子になれない。
(……ウェンディさん、どうしたんだ? 急に変な顔になったと思ったら、今度は無表情になって。って、そんな場合じゃない。ここはハッキリと言わないと)
一方のネッドは、様子の変なウェンディに疑問を抱いてもいたが、今はそれ以上に大切なことがあると頭を軽く振って思考の矛先を向き替える。普段の適当でユルユルな感じでのウェンディとのやりとりを今だけは禁止だ。たとえ後々になってからかいのタネにされることになろうとも、遠回しにせず、ハッキリと言っておかなければ駄目な気が今のネッドにはしていた。
カチッコチッと店内のインテリアとして壁に据え付けられた時計の秒針の時を刻む音以外に何ひとつBGMの無かった店内。そこにスゥゥゥッと息を深く吸い込む音が響く。
まるで勢いをつけるかのように大きく息を吸い込んだネッドの様子に、ゴクッと喉を鳴らすウェンディ。
「ウェンディさん。俺に……」
カチッという小さな音と共に時計の秒針と分針がちょうど『11』の数字の上で重なった瞬間、
「『チンク姉』ってウェンディさんが呼んでいた、さっきのロリっ子を是非とも紹介して下さい!!」
「……はぁぁぁ?」
少年の一世一代の告白と、地の底から這い出したような低い音程の女性の声が響いた。
* * *
某日某夜。
とある女系の大家族が住む家にて。
「チンク姉ぇ!!」
「な、何だぁ?」
眼帯を付けた少女が帰宅した途端、家族の一人が血相を変えて突貫してくる。その滑空するような勢いに圧され、思わず仰け反る。
「あたしは……、あたしは……」
日中に会った時とはまるで異なる。むしろ、家族の中でも明るく愉快で楽観視した言動が多いこの人物には珍しいと言えるほどに鬼気迫るオーラを全身から発散させ、姉である眼帯の少女が思わず別人かと思いたくなるような様子。
「ど、どうかしたのか。突然?」
疑問どころか心配になるレベルの不安を抱きつつ反応を窺うが、対する相手はぶつかる寸前で停止したまま、いつもは纏めていることが大半な長い赤髪が顔を覆い隠すように垂れ下がり、深く俯いた状態で、「な…で……ク姉っスか?」「あ…し…胸…貧相……から?」「てか、あの……エーションで…ふざけ…なっスよ」などとブツブツと何か色々と気になることを口にしている。
「ウ、ウェンディ?」
怖い。
数多の戦場を駆け抜けてきた眼帯の少女が滅多に感じことのない恐怖。それも、本能的なものではない、生理的な寒気を伴う恐怖。
帰宅したばかりにもかかわらず、回れ右して玄関扉へと全力ダッシュし、この場から永遠に逃避したい衝動に駆られる。
思わず身動ぎした瞬間、霊感か直感かあるは別の未知なる感覚で感じ取ったのかは定かではないが、眼帯の少女の肩を目の前から伸ばされた手が鷲掴みするような勢いで掴む。あたかもそれは、獲物を逃すまいとしているかのようでもあった。
(ひぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!)
心の奥底で悲鳴を上げるが、表立ってはださない。弱みを見せたらダメだ。キットスグニヤラレル。
人生終焉のピンチに突然放り込まれた眼帯の少女。あまりの不条理に世を呪いたくなるなか、目の前の妹の様子に変化が見えた。
バッと勢いよく顔を上げ、真剣な表情と物凄い気迫のこもった瞳からの射殺すかのような視線が眼帯の少女へと向けられる。
「あたしは負けないっスからね! 絶対!!」
「あ、あぁ。そうか、わかった」
意味が分からない。
とにかく意味が分からない。
それでも、この圧倒的で理不尽なほどの勢いで迫ってくる妹を前にして、姉たる少女が採れる選択肢はひとつしかない。
「わかった」
曖昧でも何でも、素直に頷いておくしかないのだ。
それ以外の選択肢なんて……ないだろう。やっぱし。
多分、続かない……。
ついでに、タイトルと主人公の名前はヒロインの名前繋がり。