薄暗い一室。様々な機械が雑多に並びまさに研究室然としたその部屋の中心で、怪しい笑みを浮かべる者が一人。
「ふふふ、ついに完成した……ふふふ、ふはははは、あーはっはっはっは!」
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織斑一夏、春。男性で唯一《インフィニット・ストラトス》という超兵器を動かせてしまった彼は、
IS学園という女の園の中でただ一人、肩身の狭い思いをしながら日夜勉学に励んでいた。
「はあ、ったく箒のやつ……ん?千冬姉ぇ?」
学園の校門脇に立つ金髪のガイジン一人。腕時計を確認したり誰かと待ち合わせをしているようである。
サングラスをかけていてスーツに身を包んでいるが顔立ちは優しげだ。
女子校の脇で棒立ちという姿はともすれば通報されそうでもあるが、幸い周囲の女子達はひそひそと囁き合うのみに留めている。
暇そうにしている彼を見かけた一夏は声をかけようとするも、その前にかの外国人の元へ向かう一夏の姉の姿を見つける。
いつも厳格な姉の姿を見て、注意でもしに行くのかと思った一夏だったが、その予想はすぐに覆される。
「――待たせたな」
「いや、時間通りだよ。相変わらずだね、千冬ちゃん」
サングラスを外しにこやかに笑いかけるガイジンのセリフに、IS学園その校門周辺の空気が完全に凍りついた。
――当然、声を掛けられた本人もである。
「ここでは織斑先生と――」
「「えええええええええええええええええっ!?」」
上がる、悲鳴。それは当然周囲の女性徒のもの。彼女の弟である所の一夏はきょとんとした表情を浮かべている。
「な――」
周囲の唐突な反応に素早く状況を察した千冬は即座に事態の沈静化を図るために声を上げようとしたが……時既に時間切れ。
まず聞こえていなかった周囲の女生徒へと拡散し、直後走りだした数名によって学園内に広まっていく。
恐らく今日のIS学園最大の話題は「驚愕!?織斑千冬先生にイケメン恋人の存在発覚!?」というような、
どこぞの週刊誌も真っ青な捏造に憶測を重ねた噂話で持ち切りになることだろう。
「おーおー、皆元気だねえ」
「おま、誰のせいだと思っている!」
「まあまああいいじゃないか。仲がいいのは事実だろう?」
「そういう問題じゃない!」
「あ、ほんとに仲いいんだ」
「一夏!?」
「おー、君が弟くんか。お姉さんにはいつもお世話になってるよ」
「あ、はい、こちらこそ。姉と仲良くしていただいて有難うございます」
「そう堅くならなくていいよ。彼女はこんな感じで初対面はとっつきにくいだろう?周囲との緩衝材をしている内に自然とね」
「な、おい――」
「あはは、やっぱりいつもこんな感じなんですね」
「少し仲良くなれば割りと感情豊かで可愛らしい女性なんだけどねえ。いかんせん最初の壁が大きいんだよ。彼女、有名人だしね」
「あ、そういうのもあるんですか」
「ああ。やはり接する側も萎縮してしまうようでねえ。まあ、僕みたいなのには関係無いんだけどね。アハハ」
「あはは、これからも千冬姉ぇをよろしくお願いします」
「いやいや、こちらこそ。なんなら今日からお義兄さん、と呼んでみるかい?」
「ええ!?えーと、おにい――」
「ライルッ!いい加減そのふざけた口を閉じろ!一夏もだ!何を真面目に返しているんだお前は!」
「そう怒らないでよ、千冬ちゃん」
「千冬ちゃん言うなッ!」
「所で一夏くん、山田先生という先生を知っているかな?」
「あ、はい。俺のクラスの副担任です」
「ああ、やっぱりここに居るのか。彼女ともちょっとした知り合いでね。挨拶ぐらいはしておこうかな」
「へえ」
「お前達……覚悟は出来てるだろうな?」
「げっ」
「まあまあ千冬ちゃん「ちゃん言うなッ!」――やだ。ああ、そうだ。例の転入生二人ね、今日は一日準備と休憩して明日来るから」
「む」
「転入生?」
「また可愛い女の子が増えるって事さ。良かったね、一夏君」
「ライル、こいつにそういう話は――「そうですね」え?」
「うん、可愛い子が増えるのは嬉しい事だよね」
「でも、周りが女性ばかりっていうのも大変ですよ」
「おい、待て一夏。お前女には興味無いんじゃなかったのか?」
「ええ?……千冬姉ぇ、俺そんな事言ったっけ?」
「いや、お前周りにこれだけ女子が居て欠片も……」
「何言ってるのさ。学生という身分に甘えず分別を弁えるようにって言ったの千冬姉ぇだろ?
そりゃ皆可愛くていい子だとは思うけど。俺そんなナンパな性格じゃないって」
「う、うむ、それは……そうだが」
「へえ、若い割にしっかり自制が出来るんだね。感心感心」
「いや、しかしならなぜ彼女達の想いに応えてやらないんだ」
「へ?想い?」
「……ああ、要するに一夏君は鈍感なのか」
「……なるほど。女性に興味はあるが好意には気付けない、と」
「むしろ興味無いより無駄に苦労しそうだね。女性側が積極的になればあっさりくっつきそうではあるけど」
「あー、周りが周りだけに、難しいだろうな」
「えっと……何の話?」
「いや、なんでもない。これはお前の問題だ」
「多少応援してあげてもいいような気もするけど……早い者勝ちの争奪戦って面白そうじゃない?」
「あまりふざけが過ぎると斬るぞ」
「サーセン」
「えっと、それでライル……さん?」
「ああ、自己紹介がまだだったか。ライル・ブリックスだ。よろしく」
「あ、はい、織斑一夏です。よろしくお願いします。それで、ライルさんはなんでここに?」
「……あ。そうだ、おいライル。お前の方の準備はどうなっているんだ」
「忘れてたね「うるさいっ!」――当然、出来てるよ。生徒と違って教師は色々と準備が要るからね」
「へ、教師?」
「ああ。ライルは昨日付けでこのIS学園の教師として赴任する事となった。以後はブリックス先生と呼ぶように」
「気軽にライルでいいよ」
「お前!」
「はいはいどうどう。さっきも言ったけど転入生が居てね。それに合わせて、という形になっているんだ」
「はあ。でもライルさんって男性、ですよね?」
「見ての通り。要するに、君と同じという事さ」
「……えええええっ!?」
「まあ、正確には僕のはISじゃないんだけどね」
「はあ」
「ああ、ISと言えばあの馬鹿兎がまた会いたがっていたぞ」
「なんだ、もう我慢が出来なくなったのか。堪え性のない子だ。また可愛がってあげないとね」
「おかしな言い方をするな」
「?」
「うーん、リアクション無いのはつまらないなあ」
「相変わらずの朴念仁め……いや、だからそうではない」
「と言っても兎ちゃんの興味は僕じゃなくて彼女だろう?」
「お前にも十分興味を示していると思うがな。アレを作ったのはお前だろう?それにあいつがまともに返事をするだけでも奇跡だ」
「そりゃそうだろうけどね。頭の出来じゃ彼女の十分の一も無いさ。
"彼女"を作れたのも"彼女"自身の才能と努力による部分が大きいしね」
「えっと、もしかして二人が話してるのって」
「ああ、こいつは束曰く旦那様らしいからな」
「……へ?え、ええええええええええっげほっげほっ」
「大丈夫かい?」
「さっきから叫びすぎだ」
「いや、だって、ええ!?」
「まあ半ば冗談だがな。あいつがそんな冗談を言う相手、という事だ」
「あ、冗談――って半分は本気!?しかも束さんがそんな冗談を……」
「まったく、会う度にいちゃいちゃと……」
「大人のスキンシップって奴だよ。少々欧米式だけど、見慣れたものだろう?」
「お前達のは本気か冗談か区別が付かん」
「一応肌以外は触れ合ってないさ」
「えっと、よく分からないですけど、ライルさんって一体?」
「それは……む、もう時間が無いな。まあ、その内分かる。ライル、手続きをするから着いて来い」
「はいはい。それじゃ一夏君、また後でね。千冬ちゃんの可愛い話聞かせてよ」
「あ、はい」
「ライルッ!一夏も教室に戻れ!」
「は、はいっ!」
「はいはい」
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「メタトロン……」
「所謂遠隔操作型IS。白くて女性的なラインだが中に人間は入っていない。生体部品として組み込まれた肉塊があるのみだ」
「うわ、瞬間移動!?」
「正確には量子化と再構築を繰り返しているんだよ。生体感覚器官を用いた認識によって空間座標を測定し、
一旦量子化させた構成体を所定の座標で再構築している。人間が入っていないから出来る芸当だね」
「ぐ、なんだこのパワーは!」
「中身が人間でない以上、構造的に出せる限界の力を継続的に発揮する事も可能だ。
人間の筋力をここまで増幅したら筋肉が弾けちゃうよ。生体部品なら自動修復が効くからね」
「これほんとにISじゃないの!?」
「ISとは篠ノ之束が設計・開発したコアを元に製造された機動兵器という定義だからね。
僕のは自作品。コアを解析したわけでもなく、ただISに出来る事を出来るような機械を作っただけ」
「それ、十分凄いんじゃ……」
「進化はISよりしにくく、生産はISより困難で、更に人間一人分の生体部品を使用する外道の所業。
他にも量産出来ない問題点盛りだくさんで僕も技術流出をする気も無い」
「人間を使ってるの!?」
「メタトロンに用いているのは人工の、所謂クローンに近いものだけどね。
オリジナルだけは本物の人間だ。このメタトロンを設計・開発した人物だよ」
「ライルさんが作ったんじゃないんですか?」
「発展させるぐらいなら出来るけれど、基礎構造は僕でもブラックボクス……というか、純粋に理解不能な域にある」
「束クラスの天才がもう一人、とはな」
「いや、彼女クラスではなかったよ。電子精霊となって人間では到底及びもつかない演算能力を得た結果だ」
「え、それって」
「彼女は死して自身をデータの塊へと変えた。それは不老不死というよりは別人として人格を遺したにすぎないが……
それでも、彼女の頭脳に量子という演算装置が付属した事で彼女はある種の神へと至ったのかもしれない」
「か、神?」
「電脳の神という奴だよ。事実彼女は、今も三次元とか十二次元とかそういう次元の壁を超えた先……量子の海で、生きている」
「よく、わからないな」
「僕も彼女からそう説明されただけでちんぷんかんぷんだよ。ま、本質は元の彼女のままだったけどね」
「……その彼女とは、もう逢えないんですか?」
「ん?いや、会えるよ。メタトロンのオリジナルは彼女の遺体を生体部品として用いている。
完全に人間の体とはいかないけど、メタトロンと生体的に融合したままなら擬似的な生命活動も可能だ」
「えっと、つまり」
「量子の海に居る彼女の人格をリアルタイムにメタトロンの処理領域に反映する事で……
要するに、あのメタトロンの中身は彼女だと思って貰って構わない。まあああやって戦ってる時はただのロボットだけどね」
「ええええ!?」
「表面上は生身の人間と変わらないように見せる事も出来るし、本当に便利なものを作ったものだ。所謂サイボーグの類だね」
「す、すげー」
「SFだな」
「まあ大差ないね。理解不能、という点でもね。正直、僕を狙っても何も得られないのにちょっかい掛けてくる奴が多くて困るよ」
「そりゃまあ」
「ぶ、分身した!?」
「ビットと同じさ。同じ物を複数出して同時制御する。
制御しているのも量子の海に居る彼女だからね。正直僕が居なくても勝手に動ける」
「そうなんですか?」
「こちらの座標を認識する際に僕を介しているというだけだからね。一応、僕の簡易命令が必要という形になってるけど」
「本体はアレなんですか?」
「正確にはオリジナルのメタトロンに入ってるメインユニット、僕が所持し制御してるメインシステム、
量子の海で統括してる統括プログラム、その全てが本体だ。そういう意味ではISよりも破壊の心配が少ないかな」
「よく、わからないです」
「安心していいよ。僕もだ」
「えー」