西暦3000年初頭。
宇宙へと生活圏を広げた地球人類は、
大規模なテラフォーミングやコロニー群の建設によって太陽系を支配していた。
増え続ける人口は兆を超え、遥か10世紀の昔に夢想された600億人人口すら遥か彼方へと置き去りにした。
宇宙開発が活発となり社会の情報化が始まった20世紀から21世紀頃は、今では後期中世と呼ばれるに至る。
しかしそれほどの広がりをもってなお人類種の躍進は留まる事を知らない。
西暦3000年9月。
宇宙開発技術の発展と先遣隊の帰還に伴い、大規模な太陽系外進出計画の正式実行が太陽系統一議会で可決される。
前世紀から1世紀もの時間をかけ準備されたこの計画により、
既に手狭となっていた太陽系を飛び出して人類は銀河系全体へと広がっていった。
それに伴って議会はバラバラだった暦を統一して宇宙暦を制定。
世界という言葉は主に太陽系全体を指すようになった。
それからの約500年程は人類最繁栄期と呼ばれ、天敵の居ない人類は着々と数を増やしていく。
宇宙暦483年4月。
増え続けた人類は遂に150兆に到達。銀河系は完全に人類のものとなっていた。
銀河系すら自らのものとした人類はすぐさま銀河系外へと目を向ける。
新たに生まれた枠からの脱出。まだ見ぬ第二人類との遭遇。様々な希望を胸に人類は広がり続ける。
宇宙暦512年8月。
銀河系外へと飛び出した人類を待っていたのは、胸に満ちた希望とは真逆の大いなる絶望だった。
超超長距離ワープ通信によってもたされたのは生命体との接触、そして問答無用の交戦。
未確認敵性生体、通称UBE(俗称ユーベ)である。
当時の最高水準をもって開発された艦隊は相応の戦力を有しながらこれに敗北。
圧倒的な破壊力と鉄壁の防御力を有し不死が如き生命力と無尽蔵の増産力を持つ馬鹿げた生物であったUBEに、
艦隊は至極一方的な潰走を強いられることとなる。
しかしそれはその後起こる絶望のほんの序曲に過ぎなかった。
同日数時間後。
生き残った艦隊が緊急ワープで脱出し、無事ワープアウト出来たことに安堵した直後。
奴らは、艦隊を追ってきたのである。そして周囲には事情を知らない後続艦隊。
パニックになった無数の艦隊は次々とワープを繰り返し、
銀河系最外縁に位置する銀河系第108宙域全体へとUBEを拡散させてしまった。
事態を重く見た人類側は当該宙域でのワープイン及びワープアウトを禁止。事態は一応の収束を見たかに見えた。
しかし、そもそもその他の人類に情報が伝わっているのはなぜか?
ワープ技術を利用した星系間通信によって情報を伝えたためである。
そしてUBEは詳細は不明だがワープを追う事が出来る。
それが例え戦艦ではなく、光や電波などの情報の類であろうとも。
宇宙暦516年1月。人類は旧宇宙暦を廃止し新宇宙暦を制定。新宇宙暦元年である。
そして宇宙暦元年5月1日。太陽系に全人類統一政府を樹立。同時に統一政府は全人類総戦備体制宣言を発令した。
銀河中から集められた資源と技術を用いて無数の艦隊と無人機動兵器が生み出され、
全人類の一人一人余すことなく全てにそれらの戦力を与えた。
その後実際に全人類に戦力が行き渡ったのは新宇宙暦40年頃、
太陽系と一部の恒星系を除く全ての宙域から人類が死滅した後だった。
新宇宙暦100年。人類最後の世紀末と呼ばれる。
銀河系全域から人類が消え全ての生き残りは太陽系に集結。総人口約800億人。
銀河の支配者であった事が夢であったかのような少なさである。
しかし人類はいまだ抵抗を諦めてはいなかった。
統一政府はどこからともなく無尽蔵に湧きだすUBEには、湧きだす元である中心核が存在する事を看破。
UBEと同様にワープ反応を逆算する事でそのUBEの中心部を導き出す事に成功した。
そしてその中心部へ乗り込むための大艦隊とワープ装置を開発。
新宇宙暦100年10月20日。無数の艦隊と最新鋭兵器を従えた人類の約半数400億人が銀河の外へと旅立った。
そして新宇宙暦117年。銀河外派遣艦隊が旅立ち通信が途絶してから17年。
地球周辺に突如膨大な数のUBEが出現。それまでの莫大な物量をして更に膨大と言える圧倒的な数であった。
戦闘開始後1ヶ月で統一政府が政府施設を破棄。それに応じて地球人類は全て宇宙へと脱出する。
だが悪夢はそこで終わらない。そのさらに1ヶ月後。太陽系外全周に膨大な、余りにも膨大なUBEのが出現。
大凡銀河系中のUBEが集まったのではないかと思われる程のその数に、人類は最終手段の敢行を余儀なくされる。
最終作戦、宇宙脱出計画発動。
宇宙から脱出してしまえばいかなUBEと言えども追ってはこれまい、
そんな絶望に満ちた希望へ縋る作戦とも言えない作戦だった。
成功するかも解らない、むしろ失敗するに決まっていると解っていながら目を背けて決行されたそれ。
何よりも速く。何処までも遠くへ。後ろから追ってくる足音に怯えながら只管走り抜けた先。
少なくともこの物語の主人公ライル・ブリックスは、奇跡を掴んだ。
新宇宙暦117年12月24日。人類最後のクリスマス・イヴ。これより先の時を知るヒトは、もうかの世界には無い。
「……成功、したのか?」
網膜ディスプレイに投影された計器を確認する。
極限まで高速化されたコンピュータは即座に座標を算出し、
今自分達が地球圏近郊の宇宙域を漂流している事を告げていた。
一部学者の間ではUBEとの死闘によって文明が西暦頃まで巻き戻ったと言われているが、
それでも演算ミスをするような低レベルな装置は積んでいない。
これでも人類軍の中では最高水準の新鋭艦だったのだ。計器の情報に間違いは無いだろう。
「詳細の確認を完了。至近に火星を確認。観測情報誤差32%、我々の知る火星とは別物です」
横に立つ女性型アンドロイド、個体名称エリスから報告が入る。
クールな口調ながら感情の色と人の温かみを感じさせるその声に、荒れ狂っていた精神が次第に落ち着いてきた。
まずは現状の確認。問題があれば即時対応。混乱するのはその後でいい。
長年UBEと戦い続けてきた経験から焦る心を押しのけて脳が冷静な判断を下す。
同時に思考制御に反応した網膜ディスプレイが切り替わり、詳細なデータを垂れ流す。
脳に直接送り込んでいるのだから映像が無くても理解自体は出来るのだが、
それでも視覚情報を伴った方が正確な認識と判断が出来るというのが未だに網膜ディスプレイが現役の理由である。
今の俺もその例に漏れず、流れ続ける視覚情報に気分は落ち着き次々と指示を出していく。
「――よし、取り敢えずはこんなものか」
数分の情報検索で分かった事は至極単純。
自分達は火星と思われる惑星の近くにワープアウトし、
数えるのも馬鹿馬鹿しい程湧き出していたUBEは一匹たりとも確認されていない。
同宙域内の反応と広域無差別量子通信に対する反応は我々が孤立無援である事を示していた。
一番の朗報は、やはりなんといってもUBEの反応が皆無であるという事だろう。
遭遇当初はあった追跡のタイムラグもここ最近では殆どノータイムだった。
それを考えれば、ワープアウトから既に10分近く経とうとしている現時点で反応が無いというのは、
実質的にあのバケモノ共を完全に振り切った事を意味しているからだ。
「精査完了。火星は我々の知るものとは完全に別物です。文明技術も確認されませんでした」
一瞬唖然とするが、その言葉の示す意味は大凡予想出来る。
宇宙全体へと広がっていた人類が火星に手を出していないわけがなく、既に火星は開発しつくされていた。
最大時期と比べて惑星直径が一回り小さくなったせいで公転と自転に影響が出て、
そのため以降惑星の開発に一定の制限が設けられたなんていうのは、
昨今のジュニアスクールで当たり前のように習う事柄である。
その火星から文明反応が無い。ならば考えられる事は絞られてくる。
タイムスリップによって宇宙開拓以前へと来たか。
あるいは未来へと飛んで既に火星はUBEに食い荒らされた後か。
はたまた周囲の天体の配置から何から全てが地球圏と同一の別星系か。
もしくは――完全に別の宇宙へ、到達したのか。
「…!仮名称火星の情報を更新。膨大な数の生体反応を確認しました」
「何っ!?」
最悪の報告だ。何が最悪って、その報告の示す意味を正確に理解してしまう自分の頭が、だ。
こういう時は量子電脳の高性能さが恨めしい。
いや、それよりも事態の把握が先だな。
といっても話は単純。文明皆無の火星に未確認の生命体がうじゃうじゃ。
隣の彼女がヒト種といった表現ではなく生体反応と呼称した事からも人類でない事は確定。
どう考えたってUBE以外の何者でもないだろう。どうやら俺の予想は2番目で当たりのようだ。泣きたい。
「ライル様、泣くのは報告を聞き終わってからにしてください」
「相変わらず辛辣だなお前は」
ご主人様に対する敬いはどこいった。
折角俺が手ずから調整してやっている特別な個体だというのに。
何?子は親に似る?知らんな。
まあ、お陰で多少落ち着いた。幾らアンドロイドとはいえ女の前でみっともない格好は見せたくない。
「続けます。確認された生命体は粒子反応や主要構成物質からUBEではないと断定されました」
「なん……だと……?」
大昔の紙媒体コミック作品でよく使われていたフレーズを使ってみた。
いや、待て。UBEじゃない?文明反応一切無しでテラフォーミングすらされていない火星に住める、
それも人類とは明らかに違う生体構造を持っていてうじゃうじゃ湧いてる生物がUBEじゃない?
冗談だろうと笑い飛ばしたい所だが、脳に送られてくる情報はその事実を肯定していた。
「いかがなさいますか」
いかがも何もない。情報が余りにも少なすぎる。
だがこれで別宇宙だという可能性はかなり増した。
地球圏に居て火星に文明がなくてUBEじゃない生命体がうじゃうじゃ。
確実に過去では無いし、ほぼ間違いなく未来でもない。
石ころレベルで(一応比喩だ)地球圏と全く同一の星系なんて存在するはずがない。
となれば、やはりここは別宇宙……チープな言い方をすれば、異世界とやらか。
「兎も角情報収集を最優先だ。地球文明にも積極的に働きかける。ただしこちらの存在はまだ悟られるな」
友好的であるとも限らないし、火星に進出していないぐらいだから文明レベルは我々より低いはず。
ならば一方的に得た情報を元に判断を下し、それをもって行動に移すのが無難だろう。
取り敢えず目の前の異形共がこちらへ向かってくる様子も無いため、時間には余裕がある。
「かしこまりました。情報の収集を開始します」
さて、どうなることやら。
・
・
・
「あたまいたい」
「痛いの痛いの飛んでいけ」
いつものクールな口調に溢れんばかりの慈愛を感じるのは気のせいでしょうか。
そんな泣き言が口を突いて出るのも仕方ないだろう。仕方ないと言ってくれ。
ゴホン。判明したのはまず今が西暦2000年1月1日であるということ。いや実にキリがいいな。
……1600年以上前ってどういうこっちゃこら。後期中世時代?ふざくんな。
うむ、当時の言語へのすり合わせは完璧だな。流石量子電脳。いや、だからそうじゃなくて。なんだこれ?
タイムスリップってレベルじゃねーぞ。まあ同一宙域に人工建造物が無い時点である程度予測はしていたけれど。
それにしたってこれは酷い。俺が"たまたま"西暦2000年頃の情報開拓期に精通してなければ危なかった。
16世紀前の文明と素で交流なんぞ測れるわけが無いからな。オタクでよかったと一番実感した瞬間だな。うん。
「そろそろアチラから帰ってきてください」
サーセン。
まあ俺は中世頃のリアルな文明が好きで専攻も後期中世史だったし、オタク知識も豊富なので問題は無いだろう。
言語や文化に関してはデーターベースから当時のものを引っ張りだしてきて模倣すればいい。
エミュレートに重点を置いて体内のナノマシンを制御すれば仕草レベルで違和感を拭えるはずだ。
その分俺の違和感が凄い事になるだろうけど、まあ円滑な交流のためには致し方ない。
で。次に分かったのは地球の半分がBETAとかいう地球外知的生命体に占拠されている事。
どうやら人類は絶滅寸前の様子です。まだ元気はあるみたいだけど、人口10億人とか俺からすればもう瀕死だ。
あ、また涙出てきそう。いや、冗談はよしこさんだよ。なあにいこれえ?
必死こいてUBEから逃げてきたら次はBETA?アルファベット嫌いになるよ俺?
人類ボロボロだし文明は俺の世界で言う1900年台後半レベルっぽいしもうねアホかと。バカかと。
「俺もうこのまま見てみぬ振りして隠居しても許されるよね?」
「ライル様がお望みでしたら全力でご用意致します」
わーい。
まあ、そうも行かないんですけどね。(´・ω・`)ショボーン
顔文字ってこれで合ってるのか?そもそも今この世界の文明に顔文字なんて文化あるんだろうか。
ただでさえジェネレーションギャップ激しいのに文化の進化方向真逆だから良く分からない。
現実逃避しているわけにも行かないので今後のプランを考えよう。
とはいっても細かいとこは彼女たちに任せて、俺は思うようにやらせてもらう。
現地の娯楽が殆ど無いのが痛いが……まあ、彼女たちに頑張って生産してもらうしかあるまい。
他にはうちの再生技術なら脳の主要部分さえ残っていれば完全再生出来るし、
いざとなればテレポーテーションによる緊急脱出もある。
なら最前線で戦っても問題ないな。存分にストレス発散させてもらうとしよう。
こちらには数と実績がある。ある程度の戦力にはなるはずだ。
「実際には戦ってみなければ分かりませんので、過信は禁物ですよ」
「分かってる」
問題は人類側への対応か。これもまあ特に問題ないだろう。気に食わなければ逃げてもいいんだし。
俺が欲しいのは娯楽と市民権。向こうがほしいのは戦力に生産力に技術に知識に経験。
等価交換なにそれ美味しいの?ってな具合なんだから表向きは下手に出ざるをえないだろうし、
裏で何して来ようが正直この時代の文明で俺らをどうこう出来るはずがない。
生身での身体能力でさえ、無数のナノマシンのおかげで天と地の差があるのだ。
旧時代の大砲ぐらい直撃したって死にはしない。
コンピュータなどの情報技術など言わずもがなだし、うちには諜報部だってある。
普通の人類軍には無いけど雰囲気を出すためだけに態々作ったのだ。オタク舐めんな。
「とりあえず美味しいエサチラつかせて、こっちの要求を飲んでもらう形でいいな。大した要求でも無いし」
「逆に不信感を与える可能性もありますが」
あー、人類の敵対者扱いね。まあそれなら気に入った奴だけ守ってあとは専守防衛で。
余りにも煩わしいようなら地球脱出すれば追ってはこれないだろう。
オルタネイティヴ5とかいう計画で宇宙船開発してるらしいけど、うちの艦隊を追跡出来るとは思えない。
正直、滅んでも良心が痛むだけですし。自給自足バンザイ。
「まずは何処に接触致しますか?」
文明レベルや余裕という点ではアメリカがまず候補に上がるな。交渉もかなり色々強請れるだろう。
ただ実際に関係を結ぶと後から色々うるさそうなのが難点だな。
どの道煩わしくはなるんだろうが、堂々と表立って接触する理由を与えてしまうとめんどくさい。
次点は日本か。将来性という点では2000年頃のサブカル超進化という実績がある。
BETAの事もあるし多少遅くはなるだろうが、こちらからテコ入れしてやれば面白い娯楽を提供してくれるだろう。
オルタネイティヴ4の本拠というのもプラスマイナス両方でポイントだな。
次はEU周辺。最激戦区だから戦闘というかストレス発散には事欠かないだろう。
最新技術を投入してやれば戦地独自の超発展を見せてくれるかもしれない。
とはいえ流石に激戦区過ぎるのもなあ。
オセアニアやアフリカ方面は半端に戦地から遠くて微妙だし、半壊滅政府スタートはハードモード過ぎる。
やはり将来性や干渉のしやすさも考えて日本で行くか。
となると今度は横浜に付くか帝国に付くか。横浜に付けば技術的な連携は取りやすいがアメリカがうざい。
帝国につけば表向きのしがらみはある程度減るが接触が難しいしそこそこハードモードでのスタートだ。
俺の脳裏で量子電脳がバカみたいな速度のシミュレーションを行なっていく。
不確定要素が多すぎるし情報も少ないが、電子的に保存されている情報はほぼ全て得ている。
なら当面の活動や対人環境等も考慮に入れて只管シミュレーションを行えばある程度の結論は出る。
ここはやはり……
「よし、おおまかなプランは決定した。後は野となれ山となれ。臨機応変に行こうか」
「人それを行き当たりばったりを言います」
ぐぅ。
・
・
・
「なるほど。それでうちを選んでくれたってわけね」
語調に皮肉をタップリと込めて返してやるものの、大した効果はないようだ。
相変わらず好青年といった様相でにこやかに相対している。
「まあ、一番接触しやすかったので」
「それはエサをチラつかせれば容易く食いついてくるという事かしら?」
「食いつかざるをえないでしょう?」
おもいっきり怒気を込めて睨んでやっても変化なし。
帰ってきた言葉はこちらのことは分かっているといった風の宣言にも聞こえる。
事実知っているのだろう。第四計画、第五計画、00ユニット。
ごくごく少数しか知らないハズの機密情報をぺらぺらと垂れ流す口から放たれたのは、
要約すれば「遊び場をくれれば人類のために戦ってやる」というある意味子供じみた提案だった。
実際問題00ユニットの開発は設計段階で頓挫しているし、それ以外でも有効な結果は残せていない。
当然彼らが持つ技術が魅力的なのも事実だが、だからといってはいそうですかと素直に頷けるわけはない。
「こちらの要請は至極単純。娯楽と市民権の提供、独立勢力としての容認、技術・戦術連携」
その対価が、目を疑うような超技術・超兵器・超生産力の数々。娯楽といった副産物まで含んでいる。
それらを技術起源が彼らであることを明示するだけで特許や権利の一切を放棄して完全開示。
一部例外を除き問い合わせには全て応えるという太っ腹。
正直、一も二もなく頷きそうになった自分を押し留められたのは自画自賛してもいいだろう。
「前後はいいとして、独立勢力としての容認はどういう意味かしら?」
「簡単な話ですよ。国連だろうがアメリカだろうが日本だろうが、どの国家・組織にも属さない。
ある種の自治権が欲しい、そういう事です」
つまり、一つの自治区として各種協力を行うという事か。
これは要請と言ってはいるが内実は意思表明に近い。何処にも属さず、有事には自身の判断で動く。
勿論反発があるのを承知の上で、膨大な技術力を背景に頷かせるつもりなのだろう。
前後の要請はほぼブラフ。一番欲しいのは完全に独立した権限、というわけだ。
自由にやらせてくれれば協力は惜しまない。分かりやすくそれでいて自分達が上位であると確信している。
実際問題、我々が彼らに喧嘩を売った所で勝てるわけはない。
言葉通りなら1600年先の技術と、1個軍相当の人員数を保有している。これでは勝負にならない。
人類総軍で挑めばどうかは知らないが、BETA相手に纏まりきれていない時点で何をか言わんや。
「あなた達の技術がホンモノであるという保証は?」
「先行提供する技術書を見てもらえば。実物の提供用意もしています」
準備は万全、か。当然渡す必要が無くなればそのまま戦力として使えるのだろう。
議論に必要なものはくれてやるから好きなだけ議論して結論を出せ、という事か。
事実回答期限は設けないとしているし、回答が無い限りは協力も最低限に抑えるつもりらしい。
これは必要以上に刺激せず、議論しつつ落ち着かせる期間を設けるためでもあるはずだ。
その証拠にある程度の技術と現物の先行提供。
例え協力体制が整うのが遅くとも、先行提供した技術を我々が実用化すれば議論の間の時間稼ぎが出来る。
技術提供が止まっている間に先行提供された技術の実用化、彼らの技術を受け入れる地盤づくりを行う。
と、そんな所かしらね。
「完全公開というのは文字通りと受け取っていいのかしら?」
「部品一つの製造技術から計算式に至るまで、余すことなく。プライバシー情報など一部例外はありますが。
それと、文字通り完全公開させて頂きますのであしからず」
つまり、どこか一箇所の組織に優先的に技術提供をする気はない、という事ね。
問われた情報は開示情報として誰でも確認出来る形を取り、逆に何を問うかはこちらで考えろと。
思考停止を許さないという意思表明でもあるのかしら。人形がほしいわけではないという事ね。
「まあ先行提供させていただいた情報もかなりの量ですし、ゆっくり議論してください」
「ええ、そうさせてもらうわ」
半月前に異世界人だとかぬかして接触してきた時は正気を疑ったけれど、結局嘘では無かったようね。
この技術は現代ではありえない。少し目を通しただけで分かる程の超技術だ。
それがタダ同然で貰えるというのだから嬉しい限りなのだけれど、どうも読めないわね。
本人の言うとおり元々ただの一般人で、技術情報も隠匿する理由がないというなら確かに辻褄は合う。
実際話してみた感じでも現実味は無いけれど真実味はあった。
問題は、それを国連(アメリカ)の連中が信じるかどうか、信じたとして受け入れるかどうかね……
「ああ、ところで隣に居る霞さんと純夏さんですけど」
「――っ!あなたっ!?」
思わず懐の拳銃を取り出して構えてしまった。
しかしそれも仕方ないと言える程の威力を今の言葉は持っていた。
霞、社霞(ヤシロ・カスミ)はまだ分かる。
隣の部屋からリーディングを行なってもらっているし、彼女は正式に人員として登録している。
同じくリーディングが出来れば逆探知も出来るでしょうし、そうでなくても情報は調べれば出てくる。
しかし問題はもう一つの名前。鑑純夏(カガミ・スミカ)。
BETAにサンプルとして捕らえられ、脳だけとなってしまった彼女。
彼女に関する情報や痕跡は完全に消している。
そもそもリーディングで読み取った名前から戸籍を検索したのだし、元から彼女が鑑純夏であるとする証拠は無い。
それなのにこの男はそれを確信を持って言い切った。
霞レベルのリーディング技術を持っているという事の証左である。
「おお!?後期中世時代の炸薬式自動拳銃!?しかも現役!?すげえ!」
「……は?」
いや、待ちなさい。人がシリアスに思考している時になによそのリアクションは。
何?自動拳銃がそんなに珍しいの?――ああ、そういえば彼は未来人だったか。
恐らく彼の時代に火薬式の自動拳銃なんてものは無いのだろう。電磁加速か、あるいはもっと別の加速装置か。
私達にとっての武者鎧とか刀とかそんなレベルの扱いなのね。あーあー、すっかり目を輝かせて……
「ゴホン。いいかしら?」
「あ、サーセン。いやあ歴史的遺産レベルのものを見てついはしゃいじゃいまして」
何なのだろう、この無駄な敗北感は。こちとら最新鋭の火器の銃口を向けているというのに、
相手はまるでとっておきの骨董品を見せてもらったかのように目を輝かせている。
いや、彼にとっては事実そうなのだろうけれど。
そういえば彼の世界でいう後期中世、西暦2000年前後の文化が好きだと言っていたわね。
学業での専攻分野だとも言っていたかしら。彼曰く当時の言葉でオタクと言うらしいけれど。
「ごめんなさい、思わず銃口を向けてしまって」
本当ならもっとちゃんと謝罪しないといけないのだが、だからといって大事になっても困る。
彼が気にしていない内に流してしまうのが一番だろう。
と、思っていたのだけれど。
「ああいえいえ。大丈夫ですよ、炸薬式拳銃ぐらいじゃ怪我しませんし」
「………………は?」
こいつは新手のBETAか何かなのだろうか。
思わず思考が止まってしまったのも仕方ないと思いたい。
「我々で言う現代人は無数のナノマシンによる処理を施しています。
肉体も細胞レベルで結合と再生能力を強化されているので、拳銃ぐらいじゃ傷なんて付きませんよ」
そうだ、これからコイツの事は人外として扱いましょうそうしましょう。
同じ人間として考えていたら頭が保たないわ……
「で、お二人ですが。霞さんはいいとして純夏さんですね。流石にあのままは心苦しい」
ようやく話が戻ったわね。さて、この話題を出してきたという事は今の鑑純夏の状態も、
そしてそれを私が何に使うつもりで居るのかも分かっているのでしょう。
苦言を呈すつもりにしては表情が穏やかね。事を荒立てるつもりは無いのか、特段憤慨しては居ないのか。
まず感情の判断基準が分からないというのが一番痛いわね。
同じ世界の人間相手ならモラルや感性に訴えたり気をつけたりも出来るけれど、
ここまでジェネレーションギャップがひどいとそうも行かない。
「我々の再生技術でしたら脳細胞の遺伝子を元に完全な肉体の再生が可能です。
脳の量子電脳化はナノマシンで可能ですし、人格と記憶の復元・削除もある程度は見込めます」
――わたしたちのがんばりって、なんだったのかしらね。
ゴホン。兎も角、朗報は朗報。脳の量子電脳化が誰にでも出来るなら私自身が00ユニットになる事も可能だし、
彼の言葉通りなら鑑純夏も完全に治療してやる事が出来る。
彼女が呼び続けている人物は死去しているようだから会わせてあげる事は出来ないけれど……
「その辺は協力の正式締結後、という事で」
全部を善意だけで面倒見るつもりはない、という事ね。
まあ今回はこのぐらいでいいでしょう。正直成果が膨大すぎて纏める時間が欲しいわ。
関係各所との調整も必要だし……ああ、折角基地の稼働が落ち着いて休めると思っていたのに。
「――はい、それではこれで全て終了ですね。良い回答をお待ちしています」
そう言って彼は退出していった。
部下に命じて追跡させたけれど、基地を出て少し離れた所で光になって消えてしまったらしい。
まさか、白昼堂々と超能力とやらを使うとは。実演のつもりかしら。ほんと、頭が痛いわ。
「博士」
こめかみを抑えて唸っていると、隣の部屋から出た霞が部屋に入ってきた。
リーディングは早々に看破されたため好きにさせていたけれど、一度も報告を送ってこなかったわね。
「あの人に、お話を聞かせて貰っていました」
お話?誰かと話している様子は……ああ、リーディングもどきが使えたのだったわね。
つまり私と流暢に会話しながら霞と話をしていたと。
実に便利な事で。正直私も欲しいわね、量子電脳とやら。
「古典や昔話で、アニメというそうです」
アニメ?アニメーションの略だったわね確か。
複数の絵を高速で連続表示して動画に見せるもので、彼の世界の西暦2000年頃に日本で流行ったと言っていたけど。
リーディングもどきが出来るならイメージを伝える事も出来るだろうとは思っていたけれど、
まさか映像をそのまま見せる事が出来るなんて……ほんとに欲しいわね、量子電脳。
「霞、その話また後でいいかしら?」
「……はい」
少し眉尻を下げる霞。どうやら感動を誰かと共有したかったようだ。
この子がここまで感情を表に出すなんて珍しいわね。
なんにせよ、今はダメよ。これ以上彼らに関する話を聞いたら本格的に頭痛でぶっ倒れるわ。
「それじゃ、起きたら呼ぶからあなたも休んでなさい」
というか、私を休ませなさい。
・
・
・