午前二時。第一艦隊と第二艦隊が静かに鎮守府から離れ、出撃する。
第一艦隊は金剛を旗艦とし、雷、電、比叡、赤城、加賀の六人で編成されている。対となる第二艦隊は霧島が旗艦となり、球磨、摩耶、榛名、龍驤の五人で編成。現状で用意できる高い練度を持つ艦娘ばかりを小森提督は選抜していた。
第二艦隊の人員の殆どが作戦内容を最初に伝えられていなかったが、提督は赤城におにぎりをふるまった後に彼女たちを呼び出し、きちんと作戦内容を伝えている。第一艦隊が帯びる役割はおとりとなって敵をおびき寄せること。第二艦隊は挟撃作戦海域から少し離れた場所で待機、ことが始まれば加勢に駆けつけることだ。
故に先を行くのは第一艦隊の面々である。鎮守府が遠く見えなくなってから二十分と少し。夏も近くなるこの頃では、日の出はあと一時間半もあれば拝めそうな時間だ。
だが艦隊が朝一番の太陽を見ることは叶わないであろうと誰もが思っている。暗黒の海を行く彼女たちが口に出さずとも揃えて同じことを予見できるのは、ひとえに行く先の天候が遠くからでも分かっていたからだ。
穏やかな半月の光はきらめく星空を彩るが、第一艦隊の行く先――深海棲艦とベルサー巨大戦艦・サウザンドナイブズの混成艦隊どもが待ち受ける海域――の空は暗澹とした重い層の雲が広がっていたからだ。
あそこでは月の光も陽の光もなにも射さないだろう。予言めいてこう直感できるほど、目的地の海は鈍く、どんよりしており、まさに暗黒と形容するにふさわしい場所であった。
「みんな、しっかりついてくるデース! しっかり私に follow me!」
「了解ですお姉さま! ほらほら、みんなも一緒にー!」
深く暗い海を航行しながらも金剛と比叡は明るい様子で先に進んでいく。そんな後ろ姿に雷と電はホッとしたような安堵の表情を見せ、赤城と加賀も心の中を落ち着けることが出来た。
「うーん……そろそろ SILVER HAWK の出番ネー! 赤城も加賀も、発艦準備するデース!」
「分かりました。赤城さん、用意はいい?」
静かに頷き返す赤城。彼女は赤と銀の大きな矢をつがえ、加賀は青と銀の同じ程に大きな矢をつがえる。
目を閉じて大きく深呼吸。シルバーホークを封じた矢に全神経を傾け、自分に流れる船魂を注ぐイメージを思い描く。これまでの発艦練習を思い出し、赤城も加賀も押し黙る。辺りには艦娘が航行して波を立てる音しかない。
「シルバーホーク、発艦!!」
宣言は二人同時に。赤城と加賀の凛々しい声が闇夜に響く。放たれた矢は流れ星のように飛び、光を帯び、爆発と同時にレジェンドとネクストが加速して飛び出していく。
全長・全高ともに大幅に縮小し、机程度の大きさしかないシルバーホークバースト。だが機動力は以前と殆ど変わらず、二機はもう一段加速して水平線の彼方へと飛び去っていく。
〈赤城、加賀、他のみんなも聞こえるか〉
第一艦隊の全員が装着している小型無線機にレッドの声が響く。秘匿性の高い回線で、傍受される心配は殆ど無い無線通信だ。
「こちら赤城。通信状態は万全ね」
〈了解だ。レジェンドはネクストと共に敵艦隊中心部に突撃する。第一作戦目標は散々引っ掻き回してから撤退する、これで良かったな?〉
「そうです。指定された海域に敵艦隊を誘導することが目的です」
〈改めて確認した。こちらの状況判断で誘導にかかる時間が変動すると推測。対応は可能か?〉
「心配しないで。みんなあなた方のことを信用しているから、あなた方も私たちを信用して欲しいな」
〈分かったよ赤城。状況は逐次知らせる。秘匿性の高い回線だからといって開きっぱなしはマズいだろうから、一度切るぞ〉
「ええ。無事に帰還するのを待ってるわ」
〈祈ってもらえると助かる。またな〉
ぷつん。無線通信が終わったのを確かめた赤城は弓を背負い、加賀の後に続いて艦隊の最後尾を行く。
他の鎮守府との共同艦隊と共に挟撃する海域の一歩手前まで進み、シルバーホークが戻ってくるのを待つ。一抹の不安を覚えながら、しかしそれをすぐに拭った。これまでの発艦練習と、シルバーホークが受けていたあの熾烈な訓練が、レッドとブルーの命を繋ぐだろうと確信したのだった。
〈しっかしよー。あの訓練ってホントに頭おかしかったよな〉
両手をコントロールボールの上に載せたレッドは無線通信で語りかけるブルーに意識を向けた。
既に暗雲立ち込める海域に突入し、そこでは強烈な風や雨が乱舞している。通常の航空機であれば危険極まりないのだが、シルバーホークはしっかりと姿勢制御を行いつつ飛行できている。少しなら会話が出来る余裕はあった。
〈あの訓練?〉
〈金剛型の艦娘四人に全力で砲撃される訓練だよ。おまけに赤城と加賀が戦闘機を飛ばしてきたアレだって〉
〈シルバーホークの防御性能のテストだな〉
〈あんなん建前に決まってんだろ! ホントの狙いは『この地球』においての戦闘能力向上だろうよ。宇宙戦とは趣が違うし、そもそもシルバーホークの攻撃があまり効かねえんだし……〉
〈まあな。……だが、あのつらい思い以上の歓迎をしてくれると思うぞ〉
〈違いねえ。しっかしまー、こうしてると初任務のことを思い出すよな〉
ブルーの言う初任務とはダライアス宇宙軍でのそれを指しているのだろう――レッドはそう直感したが、しかし初任務の記憶が無い。
「最初の二人」がたった二機のシルバーホークバーストでダライアスの危機を救ってから数年。シルバーホークバーストの技術普及と同じ頃にレッドとブルーはシルバーホークパイロットになった。そのことは覚えているが……
〈すまない。初任務のことは、あまり覚えてない〉
〈覚えてねーのかよ!? まあ、なんだ、ただの哨戒任務だったのにいきなり敵のごつい艦隊がやってきてさ……アイアンフォスルを倒したと思ったら、ミラージュキャッスルがしゃしゃり出てきやがってさ。ホントに覚えてねえの?〉
そこまで言われてようやくレッドは記憶の断片を取り戻した。ダライアスからそう遠く離れていない宙域の哨戒。ベルサーの主力隊が現れることが滅多にない、あまり重要な場所ではないところは新米パイロットが訓練のために飛行することが多かった。
レッドとブルーの他に七機のシルバーホークバーストが任務にあたっていたが、無事に基地に帰ってこられたのはレッドとブルーのシルバーホークバーストと、他にはたった二機しかいない。
〈奇妙な緊張感っていうか、高まってくる気持ちっていうかさ〉
〈ああ、言いたいことはなんとなくだが分かる。あの時死んだ仲間たちも妙に興奮していた〉
〈なんだよ覚えてるじゃないか〉
〈いま思い出したんだ。……気を引き締めていこうって言いたいのか?〉
〈うん〉
〈そうだな。いまの我々にとって、これが地球における初任務だ。しかも重要な作戦ときている、責任は重い〉
〈絶対に成功させないとな。それじゃ、雲の上を飛んでみるか?〉
どれだけ雨風が強かろうと落雷があろうと、それは状態の悪い雲の下の出来事だ。雲の上でなら、どこまでも気持ちのいい景色が広がっている。
シルバーホークのコンピュータには敵艦隊の位置推測海域の座標を入力している。拾われた鎮守府から大きい範囲の地図情報も入力し、敵艦隊を誘導する手はずの海域も入力済みだ。高高度から突撃しようとするならコンピュータの情報を参照すればいい。
〈その提案に乗ろう。さあ、行くぞ!〉
〈っと、置いてくなっての!〉
豪雨と暴風の中を飛ぶレジェンドとネクスト。二機は機首を上げて急上昇、瞬く間に高度を上げていき、すぐに雲の上に飛び出していった。闇夜と月明かりとが眼下の暗雲を彩っている。
穏やかな雲の上を飛ぶシルバーホーク。厳しい作戦を前にレッドは心が落ち着き始めるのを覚えた。ダライアスだろうと地球だろうと自然は変わらないらしい。そのことを改めて噛みしめる。
〈なあブルー。地球の自然環境も美しいな〉
〈まだ森林だとかは写真でしか見てないが……あの鎮守府近海は、きれいなところはきれいだな。人類と深海棲艦とかいうのがドンパチやってるのに、不思議なもんだよな〉
〈戦う理由がまた一つ出来たんじゃないか? 深海棲艦は陸を食らうそうじゃないか、ブルーの好きそうなきれいな場所を奴らは食い荒らすかもしれんぞ〉
〈そいつは絶対に許せねえな。個人的な問題だが……譲れない問題だ〉
うむ、と返しながらレッドは機体を左に90度回転させ、下を見る。全天球モニターをコクピットに搭載しているシルバーホークなら機体を傾けるのは意味のない動作なのだが、これはレッドの癖だった。
〈……そろそろ敵艦隊予測地点か?〉
〈うむ。これから我々は突撃を行う。遺言は? 聞いておいてやる〉
〈ねーよ、死ぬつもりなんてハナっからないんだし。レッドは?〉
〈同じくここで終わる予定はない。もう少しだけ赤城ら艦娘との交流を楽しみたい〉
〈おおん? ここまで意見が同じってのも珍しいな〉
〈うむ。……さあ、行くぞ!!〉
レッドが力強く叫び、レジェンドが暗黒の雲海へ突っ込んでいく。ネクストもその後に続き、雲を散らし、急降下していく。
暴風、豪雨の中を急降下し、相当な負荷をものともせずに二機のシルバーホークバーストが突撃する。高度計を見ればあと十秒も経たずに戦闘が始まるであろうことは予想できた。
妖精の体ではあるが、レッドは人間であった頃と同じように額から汗を流した。正確には人間ではなく軍用サイボーグなのであるが、生身の部分は人間と同じだった。それは妖精となってしまった今でも五感が変わることはない。
はたして、暗黒の雲海を下に抜けた先には深海棲艦の艦隊が集結していた。深海棲艦の数は三十数以上もある。ブリーフィングでいうところの赤点と緑点で示された敵艦隊が一箇所に集まっているようだ。
海の上が一面黒く染まっているようだ。そんな錯覚さえ覚えたレッドは乱暴に通信回線を開く。大量の深海棲艦がいるが、どこにもベルサー巨大戦艦の影はない。
〈こちらレッド。赤城、深海棲艦はひとつところにかたまっている〉
〈大丈夫なの!? 無理しちゃ――〉
〈無理してでも引っ張っていく! だが今のところ巨大戦艦は目視出来ない。挟撃支援部隊との連絡は密にとってくれ、これは本当に一歩間違えば計画はおじゃんだ〉
〈――分かったわ、必ず戻ってきて〉
赤城からの無線が切れたのと敵艦隊の一斉攻撃が始まったのはほとんど同時だった。レジェンドが左に、ネクストが右に弾けるように散開、回避運動を取りながら設置バーストを起動する。
海面めがけて薙ぎ払われた蒼く細いバーストが、シルバーホークにとってリスクの高い砲弾の多くを爆発させ、リスクを回避していく。
残念なことに二機のシルバーホークのレーザーを撃つ機能はまだ回復していない。だが、次第に敵艦隊へと接近するレッドは、レーザーがなくとも大量の敵を相手取るのに不足はないと踏んでいた。
人ならざる異形が深海棲艦の駆逐艦、そこからクラスが大きく強くなるにつれて人の形をとるのを、レッドもブルーも聞かされていた。
現状のシルバーホークにとって最大の脅威となるのが航空機だ。熾烈を極める対空攻撃をやり過ごしつつ、レッドは敵航空機の存在に気を配る。情報が正しければ「ヲ級」なる空母の深海棲艦が航空機を放つはずだった。
多数の戦艦の分厚い対空攻撃をかわすのは演習で経験してさほど難しく無いと思えた。海に潜って攻撃をやり過ごそうとしない限り、駆逐艦や軽巡洋艦の魚雷攻撃や爆雷攻撃を受ける心配もない。消去法で考えてシルバーホークが気をつけなければならないのは、どうしたって敵航空機の存在なのだ。
コクピット越しにも聞こえる砲撃の音に耳が慣れたレッドは、設置バーストのおかげで安全を確保しつつ高度をぐんと下げていく。ネクストも機関砲の有効射程に近づくまで大した時間を要さないらしいとレッドは踏み、一度自分の設置バーストを亜空間に引っ込める。
有効な防御を失ったレジェンドに向けて大量の砲弾が向けられる。だがレジェンドは一段階加速して回避、再び設置バーストを起動し、敵艦隊密集方面とは逆に機首を向けて設置バーストを操作した。
レジェンドの設置バーストの動き方は、機首とは逆の方向に向くことにある。設置バーストを動かす操作をしながら機首を上に向ければ、バースト砲は下を狙うことになる。ネクストの設置バーストは機首と同じ向きに動くので、防御としての運用ならばネクストの方が優れている。
ではレジェンドの設置バーストの優れている面はどこにあるのか――それは攻撃面にある。二方向にある敵を攻めたい時に一方を自分が出迎え、もう一方を設置バーストに攻撃させる、という運用が可能なのだ。
ではレッドが設置バーストを海面に向けた理由とは? 答えは上空に敵航空機が現れたことにある。攻防一体の設置バーストを下に向け、ある程度の防御力を得た上で航空戦力と対抗しようとしたのだ。
〈私が航空機を抑える! ブルーは艦隊を攻撃しつつ作戦を続行しろ!!〉
〈分かった、そっちは任せたぜ!〉
下の方で爆音がしたのを聞きつつレッドは設置バーストを亜空間に引っ込め、編隊を組んだ深海棲艦の艦載機と真っ向からぶつかっていく。機銃の嵐がレジェンドを襲うが、黄金の防御スクリーンハイパーアームがこれを無効化する。
レジェンドも機関砲を撃ちまくり撃墜を狙うが「深海棲艦にダメージを与えにくい」という弱点は深海棲艦の艦載機にも通じてしまっている。
編隊を組んだ敵機の機銃の弾幕。どう動こうとレジェンドは被弾してしまい、徐々にアームが減衰されているのをレッドは計器類を見て確かめた。現在、レジェンド一機に二十数の敵艦載機があたっており、このままでは撃墜されてもおかしくはない。
(シルバーホークの機関砲では敵機を落とすのにかなりの時間がかかる。ならば!)
決断的にレッドはバースト機関を呼び出し、通常照射を行う。
通常バースト。その威力は機関砲の比ではない。太く蒼いバースト砲に巻き込まれた敵機は一瞬で焦がされ、ボンと爆発四散する。シルバーホークの消耗を激しくするという代価以上の攻撃力を有していた。
しかし、通常バーストを照射している間は身動きが取りにくくなる。敵を撃墜している間に別の敵が上下左右から迫ってくるのは間違いなかった。このまま空戦を続行するか、それとも設置バーストを振り回して艦隊を攻撃するか――
〈海に飛び込め!〉
〈なに〉
〈あたしらの作戦は陽動だ、こいつらの撃破じゃない!〉
〈そうだな、先に潜行してくれ〉
ブルーの方が戦況をよく読めている。自分の底の浅さを恥ずかしがろうとしたレッドだが、敵の猛攻がそれを許さない。通常バーストを解除、改めて設置バーストを用意して振り回して身を守りつつ暗黒の海へと飛び込んでいった。
ロクに光の届かない海。レッドは先に潜行したネクストの機影を見つけるため、全天球モニターに使うセンサーを切り替える。エコーセンサー。超音波で視界を得るのなら光の有無は関係がない。
すぐにネクストの機影を捉えたレッドはそちらへ機首を向け、ネクストもレジェンドを真正面に捉えようとする。
〈レッド、エコーセンサーを使ってるか?〉
〈もう使ってる。……敵駆逐、軽巡洋艦がこちらに迫っているぞ〉
〈爆雷投下ってわけだ。このまま潜行して目標海域まで誘い出すか?〉
〈それもいいかもしれな――〉
レッドが言葉を途切れさせてしまった理由はブルーにもすぐ理解できた。大きな岩に隠れるようになにかの影が潜んでいたからだ。それだけではない。岩陰から大きいトゲのようなものが飛び出し、自立して海中を飛び回り、レジェンドとネクストに向かってトゲの尖っているのを向けているのだ。
〈――ヤツだ!〉
〈んおっ!?〉
〈海面へ飛び出せ、サウザンドナイブズだ!!〉
そんなこたぁ分かってる! ブルーならそう返すはずが、雄叫びを上げて海面へ飛行する――これほどまでに切迫した状況はそうそうない。
〈赤城、聞こえるか!〉
〈ええ〉
〈今から敵艦隊の誘導を開始する! とんでもない数だ、十二分に覚悟してくれ!!〉
次の赤城の返事は聞こえなかった。海上に飛び出した途端、二機のシルバーホークの周りにおびただしい数の水柱が上がり、その音にかき消されたのだ。
さらに海中に潜んでいたサウザンドナイブズが浮上、上半分だけを露出して分離ユニットを操り、敵艦隊と連携して黄色いレーザーで猛攻を仕掛けている。
降り注ぐ砲弾をかいくぐろうとすれば分離ユニットのレーザーが横槍を入れ、さらに敵艦載機が物量にものをいわせた弾幕を形成する。レジェンドとネクストは設置バーストを振り回しながら後退するのが精一杯だった。
深海棲艦の大艦隊。それを束ねて動いているらしいサウザンドナイブズ。繰り広げられる猛攻を前に、この戦場で致命的なハンデを背負っているシルバーホークは、おとりとして指定された海域まで敵を誘い込まねばならない。
このまま生きて赤城たち第一艦隊の元までたどり着けるだろうか。小さなしみのような不安は爆発的に広がるが、それでもレッドの表情に怯えはない。否、体が、感情が、怯えて動かなくなることを許さない。もし一瞬でも動きを止めることがあれば、それは間違いなく死んでしまう時にほかならない。