艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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鎮守府近海の平和を取り戻せ

 港町が襲撃された日から5日後。

 朝の九時。小森提督は鎮守府にいるすべての艦娘に招集をかけていた。集めた場所は演習海域の入り口だった。二十数の艦娘を一度に集めるのに執務室はあまりにも狭すぎた。

 

「えー! 今日集まってもらったのは、大事な命令があるからです!!」

 

 メガホンを片手に小森提督が叫ぶ。もう片方の手には小さなメモ。演説の内容がびっしりと敷き詰められたそれを小森提督はしっかりとした調子で読み上げていく。

 

「先日!! ……東の隣町が深海棲艦の襲撃に遭った事件がありました。遠征に出かけていた鳳翔ちゃんが旗艦を務めていた艦隊が最初に駆けつけて、そのあとでこちらから送った援軍でどうにか大きな被害が出る前にことを終わらせられられ、れれ、られれ――」

 

 どうやら滑舌が悪くなってしまったらしい。その様子を見て赤城は笑いをこらえようとした。こんな状況で笑う軍属の人間などどこにいるというのだ、と赤城は心を強くしようとしたが、それはあまり意味のないことだった。

 隣に立つ加賀がどうしても笑いをこらえきれなかったらしい。口元に手を当ててくふふっ、と奇妙な笑いを浮かべている。あまりにも小さいので赤城にしか聞こえていないらしかった。

 

「――とにかく、港町の被害は思っていたよりも軽微なものでした。でも実際に家が壊されて困ってる人はいるし、家族を喪って立ち直れない人だっている。だから手放しで喜べる事態ではありません。そこで上の人たちから命令が下りて、それを伝えるためにここに集まってもらいました……それじゃ、言いますよ」

 

 そこで提督は深呼吸を始めた。赤城も加賀も、その近くにいる龍驤も鳳翔も静かに提督の言葉を待つ。この鎮守府で数少ない戦艦の金剛四姉妹らも、球磨たち軽巡の艦娘らも、他の駆逐艦の艦娘もじっと提督を見つめている。

 

「深海棲艦どもがレーダー網をくぐり抜けた謎を解明し、その対策を実施すること。実行する対策はなにをしても構わない、と言っていたわ。一度鎮守府近海から追い払ったはずが再接近されているのだから、状況は悪化していて切羽詰まってるからね……原因を突き止めれば艦隊を差し向けて強引に潰す、ということもできるってことです」

 

 上層部から受けた命令は思っていた以上に単純だと赤城は直感する。

 要は深海棲艦のたまり場を見つけて皆殺しにしろ、ということなのだ。奴らの拠点を探し出し、不審な点を暴いて殺す。暴けなくても殺す。

 

「とりあえずの作戦の期限は二週間。それまでの間にどうにか達成してみせるつもりだけど――でも、いまは情報が不足しています。だから最初の一週間はこれまで以上に訓練に励んでちょうだい。それと、午前十時ちょうどに執務室に来てもらう艦娘の名前を呼びます。赤城ちゃん、加賀ちゃん、龍驤ちゃん、金剛ちゃん。あとはシルバーホークパイロットの妖精たちです。以上、解散!」

 

 提督と艦娘らが互いに敬礼をして、それで提督の演説は終わった。

 案外あっさりと終わったものだなと赤城は思うが、それだけだった。すぐに空母寮に戻って時間が来るまでに訓練を重ねなければ。

 

 

 

 

 

 

「おじさんから一つ、改めてアドバイス。ここのレーダー網の精度がどんなもんかは知らないが、ブライトリーステアは並大抵の監視地帯を隠密して抜けられる能力がある」

 

 執務室の机の上でオールドが語る。いまの彼はパイロットスーツではなく、妖精向けの服に身を包んでいる。が、どうにもおじさんくさい雰囲気があった。灰色の地味な上下を絶妙におじさんくさく着こなしているのである。

 そんななりで重要な情報をこぼすので、笑いの沸点が低い者がいればそんな反応をしてしまうだろう。だが小森提督は真剣な面持ちでオールドに語りかける。

 

「ブライトリーステアって、あのデメニギスみたいなやつだよね? 頭が透けてる深海魚」

「そうだ」

「相当に厄介な敵だったみたいなんだね」

「ああ。まず、亜空間潜行能力に長けていて、それで大抵のレーダー網なんてのは突破できてしまうんだ」

「え? 亜空間……なに?」

亜空間潜行能力(ちょーすごいステルス能力)。この地球には亜空間関連技術なんてものはないだろうからな、レーダー網をすり抜けるなんて簡単だったと思うぜ」

「ふむ……でもわからないことが一つあるわね。ブライトリーステアがレーダー網をすり抜けられるのはいいとして、深海棲艦は? 奴らにそんな能力があるだなんて聞いたことが――」

 

 そこで小森提督はなにかに気づいてしまったかのように口元に手をあてた。執務室には赤城と加賀を始めとする招集された艦娘がいるのだが、彼女たちは提督がなにに気づいたのかは察せなかった。

 

「――まさか、深海棲艦は、ベルサー星人から技術提供を受けている?」

「その可能性が高い。もっとも、いまの地球の文明・技術レベルからして亜空間に関連した技術を扱いきれるとは思っていないんだが……流石は船魂のおばけってやつか」

「もしかすると深海棲艦はこちら以上に高度で複雑に発展した技術を持っているのかもしれない。そしたら奴らの神出鬼没さだとか何度でも復活するとか説明がつくかも。ほら、昔の人がライターで火を灯しているのを見たら『うわ、魔法だ!』なんて言いそうじゃない」

「言いたいことは分かるよ。でだ、どうする?」

 

 どうするって? と提督。その返しに龍驤がたまらずため息をつきつつ、提督のもとに歩み寄った。その表情は落胆と怒りが浮かんでいて、なるべくなら近づきたくない雰囲気を漂わせている。

 

「うわー、ごめんごめん。龍驤ちゃんごめんって」

「次つまらんこと言ったらシバくで、ホンマに」

「はい。わかりました。もうしません」

 

 主従逆転の一幕。龍驤はすぐにほがらかに笑って一歩下がるが、提督は安堵の溜息をつきつつ、執務室にいる者全てに目を配って口を開いた。

 

「とりあえずの方針は……敵の本拠地を叩くメンバー以外の訓練の徹底と、敵の本拠地を探るための調査が必要だと思うんだ。だからそうする」

「提督。調査と言っても、どのように?」

「えーと……とりあえず赤城ちゃんたち空母組には偵察任務に行ってもらうよ。龍驤ちゃんのシルバーホーク発艦の経験は浅いから、この機会にもっと慣れてもらおうかなって。いつ、どこを、どう偵察するかは昼のうちに伝えるね」

 

 了解しました、と赤城。隣の加賀も頷き、肩の上のブルーを摘んで自分の手の上に載せた。

 

 赤城には提督の狙いがなんとなくだが分かっていた。

 シルバーホークは対深海棲艦戦を除けば万能と呼んで差し支えのない戦闘機だ。この地球で人類同士の戦争が起こったとすれば、おそらくはシルバーホーク単機で世界中の国々を滅ぼすことが出来るだろう。

 実際に出せる最高速度や高度な機体制御は既存のあらゆる戦闘機を凌駕し、音速を幾重にも重ねた速度からの急停止や急旋回をこなす。防御面も優秀で、防御スクリーン――パイロット達はアームと呼んでいる――はあらゆる攻撃からシルバーホークを守る。

 また、搭載している兵装も強力かつユニークなもので、バースト機関という未知の武器は攻防一体のあまりに便利すぎるものだ。バースト機関は新型のシルバーホーク(レジェンドとネクスト)にしか搭載されていないが、旧型の(オリジン)シルバーホークは新型よりも大きなペイロード(積載量)にものをいわせて単純な兵装で非常に高い攻撃力を実現している。

 レッドやブルー、オールドが時々「万能宇宙戦闘機」と誇らしげに口にしていたのも頷ける。きっと提督はこのシルバーホークで広い海の偵察を行おうというのだ。

 

「それで、首尾よく敵の本拠地が見つかったら、それに最適なメンバーで攻め入って潰そう」

「最適なメンバー? 戦艦の艦娘ばっか連れてきゃいいじゃないか」

 

 Oh(あら)、と金剛。自分が期待されていると分かって嬉しそうに頬を緩めるが、実はそんなことではうまくいかないことを金剛は知っている。その理由は提督が語ろうとしていた。

 

「オールド、それじゃダメなんだよ。深海棲艦のいる海域ってのはちょっと変わってるケースが多くて。それに作戦に適した艦種ってのがあるわけですよ。おわかり?」

「おかわり。よーくわかった。金剛型の四人を投入すりゃ万事解決ってわけでもないんだな」

「そゆことそゆこと。それに今回も奴らはきっと巨大戦艦を連れているはず。いや、連れられているのかもだけど……まあどっちでもいいや。その時はシルバーホークによろしくお願いするわ」

 

 任せとけ! と加賀の手の上でブルーが叫ぶ。彼女の相方のレッドは赤城の頭の上で頷くが、当の赤城が挙手していた。

 

「はいはい、どったの赤城ちゃん」

「敵が亜空間がどうしたこうしたという技術を手に入れたのなら、私たちも扱える余地はあるのではないでしょうか? レッドから聞きましたが、亜空間を使ってシルバーホークは天文学的な超長距離をワープするそうです」

「私も聞いてるよ。それがどったの」

「亜空間関連技術をシルバーホークやこれまで沈めた巨大戦艦の残骸から吸収し、応用することが出来れば――」

「それが出来れば苦労はしないよねー」

 

 提督のどこかとぼけた調子の返事に赤城は「ですよねえ」と溜息をつく。

 

「もしもそんなのが利用できるようになったとしたら、金剛ちゃんや赤城ちゃんを送り込んで敵をやっつけてもらうよ。でも、亜空間の技術は妖精さんでも解析しきれないんだ」

「そーなんですカー?」

 

 横から金剛が割り込む。オールドが彼女を見るのはこれが初めてではないが、スタイルの良い体を巫女装束めいた制服に包んでいる彼女の快活な性格には好感を覚えていた。

 

「残念な話だけどそーなのよ。妖精さんは大昔からの生きている伝承みたいな生き物で、不思議なベクトルで人類の文明を凌駕しているのは分かるよね」

Of course(もちろんデース)……私たち艦娘をつくる基礎技術を持ってたり、艦娘用艤装をつくるのも妖精さんだってのはちゃんと知ってマース」

「その妖精さんだってなにも知らない状態から艦娘に関連する技術を得られたわけじゃないってのも知ってるよね?」

 

 金剛が頷いて返す。他の者も知っているように反応を返すが、オールドだけはこれを知らなかった。

 

「そうなのか? 本当に?」

「本当だよ。マジだよ。嘘つくわけないじゃん」

「ま、それもそうだな」

「これはトップシークレットなんだけど……艦娘を作り上げる技術は、実は深海棲艦側の亡命者がいて出来たことなんだ」

「亡命者ぁ!?」

「奴らの中にも人類を攻撃したくないって考えてたのがいたんだろうね。実際はどうなのか知らないけど、まあ、亡命者のおかげで艦娘という対抗できる存在が成り立ってるのさ」

「ふーん……なんだかシルバーホークの話みたいだな」

 

 そうなの? と提督。執務室にいる多くの者が少しざわついたが、赤城と加賀は知っているような素振りを見せている。

 

「いや、旧型(オリジン)じゃなくて新型(バースト)の話。ベルサーの奴らは自分で技術や文明を創りださないで、侵略したどっかの文明からいろいろ吸収してるんだよ」

「オリジナリティのない奴らなんだねえ」

「んで、バースト機関も奴らが『仕入れ』てきたものなんだ。でも、ベルサーも一枚岩じゃなくてさ。いろいろ吸収して取り込んでるってことは、元はベルサーじゃない奴もいるってことなんだ」

「その人が亡命したってこと?」

「そーいうこと。なんだか境遇が似てるな、俺たち」

 

 声には出さないがオールドは笑った。それにつられて龍驤や金剛が笑うが、声に出さない。いまは笑う場面ではない。

 

「そういえばオールド、聞きたいことがある」

「どうしたレッド?」

 

 赤城の頭の上でレッドが「時空震のことだが」と前置きする。それを聞いた金剛が「Heeeeeey(おいおいおい)」と長ったらしく呼びかける。

 

「さっきから話が脱線しすぎデース。もっと真剣に――」

「もしかしたら重要な事かもしれないんだ。オールドは私たちが時空震に巻き込まれてから一ヶ月後に時空震の調査に乗り出し、巻き込まれてここに来たんだったな」

「ああ」

「その一ヶ月の間のベルサーの動きは分かるか? あの時空震が確認された宙域の情報があれば教えてほしい」

「まってくれ、思い出すから……にしてもどうしてだ?」

「もしも我々が時空震と呼んでいるものが、ベルサーのなんらかの道具だとしたら?」

「あれは超自然現象じゃないっていうのか、お前!?」

 

 可能性の話だ、とレッドは断ずる。だがもしもそうだとしたら。「そこにあったものを一つの痕跡も残さず消し去る」現象――時空震と呼んでいる超自然現象が、ベルサーの転送システムなんかであったとしたら。ぞっとするのを抑えきれないオールドは少し顔色を悪くして口を開いた。

 

「あれから時空震のあった宙域には監視がついていた。もちろん、危険が大きいから超遠距離からの観察だった。……あの宙域には定期的にベルサーの巨大戦艦が向かっていて、消滅していった」

「……どの艦種だった?」

「最初にハイパージョーが、次にブライトリーステアだ」

「他には?」

「……グレートシング」

 

 オールドの元気のない返答にレッドは絶句した。ブルーも驚愕したように脱力している。

 巨大戦艦を倒すプロフェッショナル。そんなシルバーホークのパイロット達がここまで消極的な反応を見せるなんて――赤城は不安を覚えずにはいられなかった。グレートシング。相当に凶悪で撃破するのに相当の犠牲を強いられるのだろう。

 

「えーと、そのー。グレートシングっての、ヤバいの?」

「ヤバいなんてもんじゃねえぞ、アレは」

「どういう巨大戦艦?」

 

 提督の問いかけにはブルーが沈んだようにうなだれる。どうやら本当に聞いてはいけないものだったかしら、と提督はわずかに狼狽するが、少し間があってブルーは答え始めた。

 

「マッコウクジラをモチーフにした、バカみたいにクソでけえ戦艦だ」

「一ヶ月前のアイアンフォスルやサウザンドナイブズよりも?」

「もちろんよ。……グレートシングのヤバいところは3つある。硬い、強い、速いってのがポイントだなあ……」

「え、なにそれ。ふつうさ、もっとこう、かわいらしい弱点みたいのがあるんじゃないの? ほら、たとえば、アイアンフォスルなんてそうだって言っていたじゃない。速くてそれなりの火力はあるけど防御面はダメダメだって」

「いつだったかそんなことは言ったけど、でも……弱点っていうのは船体がアホみたいにでかすぎるってところしかない。的がデカいなら戦いやすいかっていったら、そうでもない。普通、戦闘用の船ってのは大事な部分(バイタルパート)に結構な装甲を施すだろ?」

 

 それは軍属の人間として常識だ。小森提督は頷き返し、ブルーの言葉を待つ。他の者もそうしている。

 

「……あいつは船体の至る所に重装甲を施している。半端な攻撃は全部はじかれる。シルバーホークが束になったって、勝てるかどうかも分からない」

「しかし、バースト機関搭載型のグレートシングを、シルバーホークバースト二機で撃破報告は確認されています。過度に悲観するほどのことでは――」

「そら〈最初の二人〉だから出来たことであって! 私らじゃうまくやれそうにもないぞ!?」

 

 レッドの提言に乱暴な調子で返すブルー。そのやりとりを龍驤や提督は困惑した様子で見守る。短い沈黙を宿ったのは「あのー」という龍驤の小さな声だった。

 

「さっぱり話が見えへんのやけど? 君らだけで盛り上がってられる話ではないんとちゃうか」

「龍驤……その、おじさんたちは大変なことに気がついちまったってわけだ」

「いったいそれはなんなんや?」

「おじさんやこいつら(レッドとブルー)がこの地球にやってきた理由、覚えてるか?」

「時空震って呼んでた超常現象や。宇宙で起きる、そこにあったものをそっくりそのまま消し去ってしまうものなんやろ?」

「もしかするとアレは人為的なものだったのかもしれないって話なんだ。いまの俺たちは、時空震がベルサーの転送装置なんじゃないかって睨んでる」

「つまり?」

「ベルサーは超長距離の転送装置を手にしてる。わざわざ亜空間ワープをしてこない理由は分からないが……奴らは時空震を完全にコントロールして、次の目標を地球に定めている可能性が高い」

 

 その仮説が本当だとするなら――龍驤は恐れを覚えながら想像を巡らせる。

 理由は分からないが、ベルサーは地球を侵略し尽くそうとしているとしたら。そうだとしたら……

 

「オールド。亜空間を介さない転送装置を使うメリットは、なにか考えられますか?」

「おじさんにんなこと聞くなよ。そういうの考えるのが得意なのはレッドだろうに」

「はなから期待はしていませんけれども。……恐らく、ダライアス側にない技術を使うことで、我々の目を欺けると思っていたのでしょう」

「なるほどな。でも、こいつは仮説にすぎない。こいつを証明するには骨が折れそうだが、ハイパージョーとグレートシングが確認できれば濃厚って感じだな」

 

 わかった、と提督が机をとんと叩く。

 その音が合図になって執務室の皆が提督に視線を向ける。いまから提督は命令を出すに違いないと誰もが思っていた。

 

「……とりあえず、いまは艦隊編成表を仕上げるよ。それまでみんなは自分の寮で待機してて。外出はしていいけど、午後の2時までには戻ってくること。さっきも言ったように、最初の一週間の主な任務は偵察だよ。ベルサーの仮説も気になるから、巨大戦艦を見かけたらその詳細を報告すること。いい?」

 

 了解の返事が執務室に一斉に響く。満足したように提督は頷くと言葉を続けていった。

 

「それじゃ、第二次反攻作戦を発令します。みんな、気を抜かないでね!」

 

 じゃあ解散! と提督が指示すると秘書艦(おてつだい)である金剛以外の者がそそろと執務室を出て行く。緊張を欠いてヘラヘラ笑っているようなのは誰一人としていない。これから待ち受けるであろう激戦を覚悟して、誰の表情も引き締まっていた。

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