「やめろー! やめろってば、おじさん息苦しいって!!」
エンシェントバラージとハイパージョーの混成艦隊との戦いが終わって。夜の鎮守府食堂にオールドの叫び声が響くが、まわりのわいわいがやがやとした賑やかな声に埋もれていった。
埋もれているのは彼の声だけではない。彼の妖精の体が豊満なバストの間に埋もれているのである。そうして楽しんですらいるのは金髪碧眼の重巡艦娘、愛宕であった。彼女が座って向かうテーブルにはナポリタンスパゲティがあるのだが、それよりはオールドをからかって遊んでいるのが楽しいらしい。
「んもう。そんなに暴れないでくださいってば」
「だっからおじさんをからかうんじゃないよ!! こんなことされたらおじさん、ホント困るって!!」
「照れ屋さんなんですねー。もっと素直になればいいのに」
そんなふうにしているのを囲んでいるのは、雷と電、そして他の鎮守府から支援艦隊としてやってきた暁と響である。この四人は愛宕と同席していたのだが、なにやら恥ずかしげのあるスキンシップに顔を赤らめていた。
暁と響はエンシェントバラージの最後の攻撃を受け、腹部に深い傷を負っていたのだが、小森提督の判断で高速修復剤を併用した入渠を受けることになった。いまは入渠ドックには金剛と長門がいて、そろそろ長い雑談も終わる頃合いだった。
「はわわ、愛宕さん、オールドさんが苦しがっているのです!」
「そんなんで鼻の下伸ばしちゃダメよ!」
「伸ばしてねえって! わわわっ」
私の装備妖精さんはこうすると喜んでくれるのに、なんて愛宕がこぼす。そっちの妖精と俺とじゃ事情が違うじゃねえかとまっとうなツッコミを入れたいが、若い娘の豊満な身体に弄ばれていることの困惑やらなにやらで心臓が高鳴って仕方がない。
「……そろそろいいんじゃないかな」
「響ちゃんったらもう、もう少しだけいいじゃない」
「十分堪能させたと思うけど。……暁、どうしたの、まるで石みたいになってる」
どちらかっつーと焼け石なんじゃねえのか、と響につままれたオールドはため息混じりに呟いた。
そういえばこの子たちは姉妹にあたるのだよな――オールドは不思議そうに振り返る。
いままで繰り広げてきたことを見ていた恥ずかしさからか、顔を真っ赤にして動けないでいる紺色の長い髪の子が長女の暁。いま自分を摘み上げている長い銀髪の子が次女の響。向かいのテーブルでわいわい楽しそうにしているのが三女の雷と四女の電。よし、大丈夫だ、きちんと覚えられている。
「べべ、べつ、べつに恥ずかしかったり驚いたりしてるわけじゃないんだから! ここ、こんな、こんなので驚くレディじゃないわ!!」
はいはい、と冷たくあしらうように暁の肩をとんとんと叩く響。そんなやりとりや暁の無茶な背伸びを見て、テーブルの上に座らされたオールドは笑いをこらえきれなかった。
「な、なによ! なにがおかしいのよ!」
「だってさ、あんまりにもかわいくてさ、はははっ!!」
「え? か、かわいい……?」
「ははーっ!! まあ、まあそうだよな、おじさん、君のようなかわいい子は好きだよ。……おおっと誤解するなーしないでくれ、小さな子にしかわくわくできないって話じゃあないんだぜ」
オールドの必死な弁明に暁はがくっと肩を落とした。雷と電も困ったようにオールドを見つめている。
「ねえ愛宕さん。彼、ちょっとダメみたいだね」
「そうねえ……そこはロリコンだってことをわざわざ否定しなくてもよかったんじゃないかしら?」
「あー、んあー……だよなあ。悪い悪い」
「ちゃんと謝れる大人は好きだよ。ところで、私たちにダライアスのこと、教えてくれるかな?」
暁と違って響はとても静かで大人びているようだ。四姉妹でもだいぶ性格やら所作やらが違うのだなとオールドは感心しつつ、妖精用の皿と食器に向かいながら話し始めることにした。
「教えるのは構わないけどせっかく四人集まってんだ。おじさんのことはとりあえず置いといて、楽しくやったらどうだい?」
「うん、そうだね、そうさせてもらおうか。……雷と電の司令官って、どんな人なんだい?」
司令官ってのは提督のことか――納得したオールドは目を輝かせる雷と電に視線を向ける。あの小森提督がこの子たちに嫌われるようなことはしていないと思うのだが、なにを言い出すのか不安になってしまう。
「女の人の司令官さんなのです」
「それは……それは、知ってるよ」
「響お姉ちゃんがどんな想像しているか分からないけど、とてもいい人なのです。他の鎮守府の司令官さんは厳しい人が多いけど……でもね、小森さんはきさくにお話をしてくれるし、いろんな本を持ってきてくれるし、お姉ちゃんたちの他にもう一人、お姉ちゃんがいるような感じなのです」
「そうなんだ。それはいいな。うん」
ホッとしたように響が返す。暁も自分の妹が無碍に扱われていないのを知って安心したようだ。それだけじゃないのよ! なんて雷がかぶせるように続けていく。
「経験が浅いっていうか、元は軍人の人じゃなかったっていうから、私がしっかりしなきゃって思ってたんだけどね――」
「ええーっ!?」
大げさすぎるほどに驚きを見せたのは暁だった。響も愛宕も初耳なのか、わずかに動きを止めたが、何事もなかったかのように雷の話を聞く姿勢に戻った。
驚くのも無理は無いだろうなとオールドは思う。言ってしまえば、そんな状態は「ド素人に艦隊指揮やら運営やらを任されている」という、どの軍隊でも前代未聞であろう異常事態なのだから。
「――最初は私と金剛さんでいろいろ教えてたのよ。そんなんじゃダメよーっていつも私が言ってて、最初はとっても頼りなかったんだけど、小森司令官って勉強熱心な人みたい。就任から一ヶ月も経った頃には立派な司令官になってたもん」
「へえー……すごいのね、小森司令官って。でも、なんで元が素人の人なのに司令官なんて任されたんだろう?」
「さあ? そんなの気にしたこともなかったわ」
暁の疑問はもっともなものだといえるが、長い時間を小森提督と過ごした雷には大きな疑問点には映らなかったようだ。
「そんなのって……ま、妹が納得しているのをグダグダ言うなんてレディーのすることじゃないもんね!」
「うん。暁、いいこと言ってる。雷も電も、いい司令官のところで働けているようでよかったよ」
まるで自分のとこのに不満があるような言い方だな、とオールドは思う。響の言葉にはそんな意図は含まれていないのだろうが、どこまでも落ち着いた子なのでなにをどう思っているかがよくわからないのだ。
「そういえば響」
「ん?」
「響たちの司令官ってどんな人? 確か秋森司令官……っていうんだっけ?」
「うん。
「いい人って?」
「他の鎮守府の司令官はとても厳しい人が多いよね。私たちが四人揃っていた時の鎮守府のこと、覚えてる?」
「あんまりいい思い出じゃないけどね……やたらめったに厳しい扱いを受けてたんだし。あの司令官、まるで私たちのことをひとでなしのように扱って、思い出しただけでも頭にきちゃう」
実際問題、艦娘は純粋な人間ではない。そのことはオールドも、この場にいる誰もが知っている。身体は人間だが、その中身に宿っているのはかつて在った軍艦の魂なのだ。
もしも自分と艦娘の出会いがもっと印象の変わるようなシチュエーションで起きたなら――オールドは、そんな時にうまく接せられる自信がなかった。いまのように愉快に接することは出来ないでいるかもしれない。
「たぶん怖かったんだよ、あの司令官は私たちを怖がっていたんだ」
「怖い? うそ、だって私たちに自分から体罰をするような人だったんだよ? 怖いって思うのは私たちの方じゃない?」
「私もそう思ってた。けど……秋森司令官の下で働くようになって最初の頃に相談されたんだ。『僕は艦娘との接し方がまるでわからないんだ』ってね」
そうだったね、と暁や愛宕が懐かしむように頷く。
秋森という人間は恐らく若いのだろうとオールドは踏んだ。なんとなくだが。上の立場の人間が下の立場の者にそんなことを相談するのは、あまり考えられないことだ。
「『軍の学校では、艦娘は一兵器として扱われるべきだと教わった。でも君たちは自分の意志があるかのように振舞っている。人間らしく振る舞う者をただの兵器として扱っていいのだろうか』――そう相談された時、なんだか怖がっているように見えたから、私はこう言ったんだ。司令官がやりたいようにやればいいんじゃないかって」
「響お姉ちゃん、それで、どうなったのです?」
「それから三日後のことで、他の鎮守府との合同演習で模擬戦をやったんだ。私たちは負けちゃったんだけど、電、普通の司令官ならどうすると思う?」
「えーと……怒鳴り散らす? なんでお前らはそんなに出来が悪いんだーって?」
「そうだね。たぶん相談をしなかった秋森司令官もそうすると思うよ。でも秋森司令官は、コンビニで買ってきたってプリンを私たちに配って労ってくれたんだ。ホントはちょっとお高いお店のものだって、皆にバレてたんだけどね」
へえーっ! と雷が興味津々といった様子で身を乗り出す。電も、秋森司令官の話を聞いて嬉しそうに響たちを見つめていた。
「それから秋森司令官はいろいろ私たちを気遣ってくれていたんだ。もちろん、ちゃんと有事の際には非情な命令を下すこともあった。私も死ぬかもしれないと思った。一ヶ月前の輸送護衛なんて暁も愛宕さんも危なかったよね」
「そうね。あの提督さんだから信用ができるとか、頑張れるとか、そういう気持ちはあるの。さっきの作戦だって、私たちを迎えるためにこの鎮守府に来てくれてるもの、だからこうしていられると思うのよねえ」
なんだかのろけ話みたいだな、といいたくなるのをオールドはこらえた。そうして茶化してなにになるというのだろう。
「あの司令官がダメなところは私をまだ子供扱いすることだけど……でも、秋森司令官は好きだなあ」
「私も好きだよ。本当に頼れる、信頼できる司令官だ」
「うふふっ。お互いにいい人が上司にいてよかったってことね。ああいや、違うのよ? 他の提督たちがダメな人だなんて言ってないわ」
なぜか愛宕はオールドに向けて弁明を始めたが、オールドは「わかってるって」とだけ返して笑った。
鎮守府は小森提督や秋森提督のいるところだけではない。他にも提督と呼ばれる者がいるし、次期提督になる者だっているだろう。彼らは彼らのやり方で艦娘を指揮し、人類の平和を守ろうとしている。
むしろ部下に厳しく当たらない上官というのが異質なのだ。権限を超えて不条理な厳しさや暴力をふるう提督がいるのであれば問題外で、即刻更迭させるのが常識のはずだとオールドは思う。
「だからね。とにかく、秋森司令官はとてもいい人なんだよってことを言いたかったんだ」
「もー響ったらダメね! こんな簡単なことも回りくどく言うなんて!」
「確かにこんなめでたい席であーだーこーだって喋るべきではなかったかもね。でも、雷と電に私たちはきちんとやれているよって、ちゃんと教えたいでしょ?」
「そうね。あっそーだ、こんど手紙を書くわ!」
「今の時代なら電子メールっていう便利なものがあるけど……それにほら、SNSとかっていう、連絡にすごく便利なものもあるし」
「でも私は手紙がいいの! 手書きがいいのよ、キーボードでカタカタカタとかスマホぺちぺちなんて、なんだか味気ないわ!」
「かわいい絵文字が使えないよ?」
「それも手書きでいいのよ! レディーは筆や万年筆が使えなきゃ!!」
「やれやれ、誰がそんなことを吹き込んだのやら――」
暁と響の言い合いに妹たちや愛宕が楽しそうに笑っている。なんだか賑やかにやってんなとその光景を微笑ましく眺めながら、オールドはみんながしているように食事に手をつけた。
その頃。執務室では小森提督ともう一人、人間の男が向かい合わせで座っていた。二つのソファーで質素なガラステーブルをはさみ、お互いにコーヒーを飲み合っている。
男は小森提督よりも着任時期の遅い新人提督で、長門を旗艦とした支援艦隊の鎮守府に属している。この鎮守府で長門たちをきちんと出迎えるため、そして今後の作戦について綿密な打ち合わせをするためにこの鎮守府に来ていた。
二人とも軍服という共通点を持っているが、男の方はどこか緊張した様子できょろきょろしている。女性が提督をしているのが珍しいというのもあるし、執務室に畳と布団が用意されているのにも驚いているのだろう。あまりにも普段の生活の気配が漂っている。
「えーと、秋森さん?」
「えあっ!? ああ、はい!?」
秋森佳彦。外見年齢は三十路前半らしいこの男の顔立ちはよく整っている。背もそれなりに高く、軍の人間ということで身体も相当に鍛えているのが軍服越しにも分かる。
短い黒髪になにか塗ってオールバックにしているのも清々しい。おじさん系アイドルや渋めの歌手と言われても通じるような外見をしているな、というのが小森提督の第一印象だった。
そんな概ね高いといえる印象はマイルドに崩れ去っている。あまり女性と接したことのない人で、それでもなにか気遣おうとする根のいい人なのだろうと小森提督は直感する。
「今回の作戦はあなた方の協力のおかげで成功出来ました。ありがとうございます」
「いえ、そんな……それにまだ終わっていないでしょう?」
「そうですね。まだ第一次作戦で、これからも協力をしていただきたいと思います。よろしいですか?」
「もちろんですとも。うちの艦娘たちもシルバーホークと共に戦えるのは嬉しいみたいです。それに暁や響が特に喜ぶんじゃないかと。彼女たちは雷と電に会いに行くんだって、とても楽しみにしていましたから」
そうだったのですか、と小森提督は穏やかに返す。鎮守府間で姉妹が引き裂かれているといえば、小森鎮守府の摩耶と秋森鎮守府の愛宕もそうだったはずだ。
「愛宕も久しぶりに妹に会えるって楽しみにしていました。今頃どうしているかな……」
「きっと思い出話に花を咲かせていますよ。そうだ、お酒は強い方ですか?」
「僕、下戸なんです。せいぜいチューハイがいいところで」
「それじゃあ私が飲んでも?」
「どうぞどうぞ。ちょっとコーヒーを淹れなおしますね」
そうして秋森提督は席を立ち、机の上にあるコーヒーメイカーを使う。その横では小さな冷蔵庫がかすかな唸り声をあげていて、小森提督がそこから500mlの缶ビールを笑顔で取り出していた。
「お酒、好きなんですか?」
「そりゃもちろん! こういういい気分な席で楽しい気持ちにならないと」
缶越しにでも酔っているのか小森提督の答えは要領を得ない。それでも秋森提督は「そうですね」と返し、お互いに元の位置に戻った。
カシュッと缶ビールのフタが開き、小森提督が上機嫌そうに口をつける。それを眺めながら秋森提督は真っ黒なコーヒーをすする。
「? なにか言いたいことでもあります?」
「実は……小森提督に聞きたかったことがあるんです」
「え? ああ、はい」
「小森提督の評価は軍部ではあまり芳しくないようなんです。その、戦果はあげられているけど、そんなものは都合よく自分になついている戦艦の艦娘がいるからだとか、運良くシルバーホークを拾い上げたからだとか、いろいろあって」
「んなものただの嫉妬じゃないのよー。気にしない、気にしない!」
酒の回りが早いのか、小森提督の口調がどこかとろけたものになって態度も軟化している。それでも秋森提督は言葉を紡ぐのをやめなかった。
「でも僕は小森提督にどうしても聞きたいことがあるんです。……小森提督は艦娘のことをどう思っているんですか?」
「どうって?」
「ありのままを聞かせてもらえませんか?」
「あー……確かに、他の鎮守府の提督のようには接してないよね。やれ訓練だ、出撃だ、お前らは兵器なんだー自分の命令は絶対遵守なんだーっていうふうにはしてないね」
「……その、理由は?」
「なんていうかさー、艦娘って中身が船の魂じゃない? だから最初はなんていうか、怖かったのよ。人間の皮を被った、得体のしれない怪物。深海棲艦との共通点も多いし、最初の頃はそう思ってたなあ。艦娘には悪いけど」
しみじみと小森提督は語る。まだ一年も経っていないのだが、彼女の中では相当に凝縮された過去なのだ。秋森提督に見つめられ、続けてくださいと言葉にしないで言われたような気持ちになった小森提督は、話の続きを語ることにした。
「それだけじゃないんだっていうのに気づいたのは、前にいた鎮守府でデータアナリストとして働いていた時のことでね」
「
「うんうん。そこで金剛ちゃんと出会ったんだけどさ。あ、今日の作戦に出撃してた金剛ちゃんね」
「ええ」
「あの子と出会ったんだけど、だいぶ萎縮しちゃってて本来の力を発揮できていなかったんだ。彼女は巌提督のキビシー待遇に耐えられなかったんだね。大好きな紅茶もろくに飲ませてもらえないで、来る日も来る日も錬成だ演習だって振り回されてたんだ」
それはどこの鎮守府でもよくある光景だった。だから誰もが当時の金剛を落伍者としてみなしていたのは「あたりまえ」だった。それに一番焦っていたのは艦娘たちではなく、当時の巌提督であることも小森提督の記憶に強く刻まれている。
「大変でしたね」
「それは秋森提督もでしょ? まっとうに海軍に属している人なら、あれくらいの訓練はやってるもんだって聞かされたもの。巌提督の口癖なんてだいたいそれよ?」
「まあ、そうなんですけど、何事にも限度というものがあるでしょう」
「確かに度は超えてたし金剛ちゃんがつらそうにしているのが見ていて耐えられなくて、巌提督に直談判したんだ。金剛ちゃんが自分の力を発揮できないのはあんたのせいだって」
「いちデータアナリストにそんなことを言われたんじゃ、たまったものではないですね」
「でしょう? 巌提督ったらすごいカンカンでさ、ふざけんじゃねえって言われて、でも意地汚かったんだよなあ。自分のせいにしてきた相手に一旦任せて、それで金剛ちゃんが役立たずのままだったら、金剛ちゃん共々私を永久追放するつもりだったんだよ」
「意地汚いというか、頭の回る方だったんですね」
良いいい方をすればねー、と小森提督。当事者としては敵対するようにあったのだから、良いように言うはずがない。
「それで金剛ちゃんと接していたんだけど、その時にわかったわけよ」
「なにがです?」
「艦娘が人間と変わらない存在だって」
「魂は……在りし日の軍艦のものなのに、人間と変わらない?」
「もっと言えば神様みたいなものよ。神様っていっても神道的な……キリストとかみたいな唯一神じゃなくてさあ、アニミズム? アミニズム? どっちだっけ、まあどっちでもいいけど……で、神様って、人間とあんまり変わらないなって思ったわけ」
「それはなんとなくですが、分かる気がします。日本神話の神様は結構人間くさいところがありますし」
「だから……すっごいまわりくどい言い方したけど。私にとって艦娘は神様なんだよ、とても親しい神様。だから大事にしようって心の底から思うし、いざというときには心を鬼に出来る。でもそれって少し前までの軍隊のお偉いさんも当たり前にやってたことなんだよね」
「だから大したことではない。大したことはやっていないと?」
「うん」
「……一年前には軍部に属していないあなたが言えることではないですよ。小森提督は立派にやっていると思います。上の人々たちが嫌味や嫉妬なんかを沢山言ってきているかもしれないけど、そんなの気にしなくていいくらい、立派だと思います」
ありがとうね。そう返した小森提督の赤い顔は酒のせいか、照れのせいか。
そんな小森提督は、自分に期待を寄せてくれている目の前の男が気になってしまった。――彼はどうして私に興味をもったんだろう? もしかすると、彼は、
「ところでさ」
「え?」
「秋森提督は艦娘のことをどう思うわけ?」
彼は艦娘に対する接し方に自信がもてないでいるのではないか。小森提督はそう直感したのだ。自分の艦娘との接し方が異質だという自覚はある。それを知っている秋森提督は自分に接触を図ったのだろう。こういう機会を逃せば次はとても遠いに違いないから。
「……僕は艦娘が怖かったんです」
「人間の皮をかぶった、ある意味では深海棲艦に最も近い存在だから?」
「そうです。身の回りの人は、艦娘なんて高圧的に出れば逆らわないし、彼女たちにはこの世界を守るという存在意義があるし概ねそれに自発的に従っているって言うんですよ。最初は厳しくあたろうとした。でも――」
「でも?」
「――最初に出会った艦娘が暁だったんです。知ってます? あの紺色の長い髪をした、暁型の長女の子です」
酒に酔った頭でも小森提督はすぐに思い至った。頷き返した彼女は、いつかに見た写真を鮮明に思い出していた。ああ、あのかわいらしくて背の低い、12歳くらいの幼い女の子。
暁型の艦娘の
「資料で見たことがあるし、ここの鎮守府にいる妹たちから少しはお話を聞いたかな。暁ちゃんがなんだって?」
「『私を一人前のレディーとして扱ってよね』ですって。僕と出会ってはじめての言葉がこれですよ。そんな背の低くてまだ幼い子がね、自分をレディーとして扱えだなんて、どんだけ背伸びしてるんだって」
そんな話はよく聞いていた。暁お姉ちゃんはいっつも自分が子供じゃないように頑張っているのです――電の語りを提督は静かに思い出した。
「暁ときちんと正面から話して、艦娘って普通の人間と同じなんだって、心からそう思ったんですよ」
「それは……それは、よかったね」
「ちゃんと話してみたら、みんないい子で、勝手に警戒していた僕がバカみたいで……でも、一応の上下関係はあるから、そこはしっかりわきまえるようにしてます。そうしていたら、みんないい感じに働いてくれるようになったんです」
「やれあーしろ、こーしろって厳しくあたるのも正解だと思うけど、私たちみたいにちょっとゆるい感じの提督も悪くはないと思うよね。んねっ」
えへへー、と小森提督が笑う。つられて笑った秋森提督は控えめに頷いて、大きな一口でコーヒーを飲み干す。
「あの、僕もお酒を頂いてもいいですか」
「下戸だって言っていたじゃない?」
「少しだけなら大丈夫です。チューハイとかならいけますよ。というか、こんなにいい気分なのにひとかけらも酔わないって、ちょっとね」
えへへー。向かい合う愉快そうな提督の真似をした秋森提督は吹っ切れたように満面の笑顔を浮かべた。