雷雲。どこかで稲光が瞬き、ひとつ遅れて落雷の音が爆裂する。
普通の人間なら誰もが怯え震え上がるほどの音に、ここで戦う者たちは眉ひとつ動かさない。
そもそもここに人間の姿をした者などどこにもいない。暗澹とした空を飛ぶのは黄色の異型の戦闘機。暗黒の海を重厚に航行するのはマッコウクジラのような巨大戦艦だった。
異型の戦闘機――オリジンシルバーホーク――は、機体上部に強力な探照灯を装着して半径十数キロメートルにもわたる視界を確保している。そうすることでマッコウクジラ――グレートシング――が容易にオリジンを補足し、砲撃を加えている。
絶え間ない弾幕に晒されながらもどうにかかわそうとするが、しかし重厚な弾幕は完全回避を許さない。どうしても被弾してしまいながらも、オリジンは緑色をしたウェーブで反撃する。
一見、ただの自殺行為でしかないオリジンの行動は「第二次反攻作戦」を完遂させるためには必要だった。
「うおおっ、まだか!? まだ時間がかかるのか!?」
〈焦ったらそこで
オリジンのパイロット、オールドが無線通信をした相手は戦艦娘の金剛だが、すぐに砲撃の轟音にスピーカーが強烈に揺らされた。
直後に数えきれないほどの砲弾がグレートシングの左舷に直撃。連続して爆発していく。
金剛は旗艦として五名の艦娘を連れ、オリジンらから十数キロ離れた場所からの砲撃を加えていた。
小森提督が出した編成表は「金剛、比叡、長門、愛宕、摩耶、龍驤」の六名の艦娘の名があった。彼女たちとたった一機の宇宙戦闘機が、この作戦においての希望なのだ。
作戦のコンセプトは単純明快である。
すでに所在が明らかになっている敵の本拠地を叩き潰すことで鎮守府近海から深海棲艦を一掃するというものだ。
しかし、敵の防御網は一度攻撃を加えて衰えさせたとはいえ、それでも単純な力押しでは突破し切ることは不可能に近い。
そこで別の提督、別の鎮守府からの応援が実を結ぶのである。
直接的協力者である秋森提督の鎮守府から多くの艦娘が支援要因として派遣されている。
この状況を利用し、彼の直属の艦娘、陸奥を旗艦として囮の艦隊を編成することに成功。これにより敵本拠地を叩く艦隊の進行ルート確保が容易になった。
そして到着が深夜の時間帯になるように見計らって本隊を出撃させたのは小森提督の案だった。
艦娘には不思議な点がいくつかある。そのひとつが「夜間においての攻撃能力上昇」だ。
とてつもない重装甲を持つといわれるグレートシングに対抗するには、少しでも艦娘の攻撃力を高めねばならないと考えたのだ。
夜間戦闘といえば視界確保の問題がつきものだ。
昔と比べて現代では暗視装置やらなにやらといった装備でその問題の大部分は解決しているが、なにもかもが解決しているわけではない。
昼の戦闘とは勝手の違う夜戦との違いに戸惑うこともあるし、暗視装置などで視界を確保したとしても十二分に戦闘が可能になるわけでもない。
小森提督の出した夜戦対策はとても単純だった。
グレートシングと一番よく渡り合えるはずのオリジンシルバーホークに幾つもの探照灯を装備させ、艦隊の補助に徹せさせる――これが小森提督の夜戦対策だ。
こうすることで艦娘たちに何かを装備させる負担を減らし、砲撃に専念させてグレートシングの撃沈を目指す――日が暮れる執務室で告げられた小森提督の作戦に一番危険な役目を負うオールドは机の上で渋い顔をして頷いた。
「わかった。俺もそれがいいと思う」
「……うん」
「確かに夜でもあいつと素でまともに戦えるのは俺たちシルバーホーク乗りだけだ。でも、夜になれば艦娘の力が上がるっていうなら、俺は探照灯だろうが照明弾だろうが詰め込まれても文句は言わねえ。大賛成だ」
「ありがとうねオールド……たぶん一番あなたが危険な役目を背負うことになるわ」
「大丈夫だって。心配すんなよ。シルバーホークは普通の艦娘用艦載機みたいに、艦娘用装備のエッセンス化がされているから『一機までなら何度でも再生できる』んだろ? それに妖精はいくらでも復活できる。俺も空母寮のところに復活できるようにこの体を調節してるんだからな。大丈夫だって」
「そういわれれば艦載機まわりの扱いって軽いのかもしれないんだけど……修理のための資材とかかさんじゃうからさ。なるべくなら無傷で戻ってきて欲しいかな―って」
軽い調子でものを言う小森提督の顔は笑っていなかった。
わかった。それだけ返したオールドは、黙って立っていた龍驤の肩にうつると覚悟を決めたように目を瞑る。
「なあなあ提督」
「龍驤ちゃん、どしたの?」
「……うち、絶対に敵の本拠地を潰したるからな。グレートシングだろうが強い深海棲艦だろうが、うちとオールドと金剛たちがいれば、絶対に勝てると思うんや」
その声はどこか震えていた。それでも強い意志を伺わせるように芯の強さが現れている、とても凛々しい戦士の言葉だった。
「そういうこった。提督はおじさんたちが無事に帰ってくるのを祈っててくれよ」
「せやせや。うちらはこんなとこで終わるようなタマじゃないんや。……分かるんよ、何度もオールドと一緒にいて、オリジンを飛ばして、こいつとなら、仲間と一緒ならどんな敵が相手でも大丈夫だって」
慢心から来る言葉ではないのを小森提督は分かっている。ここまでいうならば、心配よりも信頼する言葉をかけた方がいい。
「……オールド、龍驤ちゃん。私はあなた方が強いと思ってる。だから……『
了解(や)と声を揃えたオールドと龍驤は静かに執務室を出る。二人が向かったのは工廠のはずだ。工廠ではオリジンに探照灯を固定する作業が行われていて、あと十分も経たずに終わるはずだった。
かつてないほどに危険な作戦になる。
第一次反攻作戦で鎮守府の目前まで迫った深海棲艦を追い返すのとはまるで話が違う。
過去とは違って深海棲艦らは新たな力を手にしているが、それは人類も同じことだ。艦娘とシルバーホークなら、きっと勝てる。小森提督は祈るように呟いた。
そうして囮艦隊の後で出撃した金剛を旗艦とする本隊は、どんな敵と会敵することなく目的地へと到達することが出来た。
これは夜間発艦したオリジンシルバーホークによる偵察も貢献している。現代の通常兵器と同じように、闇夜の暗黒はシルバーホークの目に幕をかける効果が無い。
慎重に、大胆に前進する本隊は、はたして敵本拠地をその視界内に収めた。オリジンの偵察によれば、そこに敵の姿は見当たらない。それでも慎重に接近、右舷に砲を定めるように航行する。
敵の本拠地は三日月型の島だった。もっといえば平仮名の「つ」の形である。その周囲にはいくつかの小さな島が点在していた。
この内側、湾の部分になにやら軍港らしき施設が見える――オールドがそう報告した時、突如として落雷がオリジンを直撃した。
オリジンを防護するハイパーアームが落雷を無効化する。コクピットを揺らされたオールドは呻きながらも、コンピュータが警告を出していることに気がついた。
〈WARNING!! A HUGE BATTLESHIP "GREAT THING" IS APPROACHING FAST〉
「くそぉ、来やがった! グレートシングだ!!」
オールドからの通信に艦隊が凍りつく。
その言葉だけで驚いたのではない。金剛たちはあるものを見てしまったのだ。
敵本拠地の真上の空間が歪曲している。その様子に見覚えのある者もいた。亜空間転送か、と長門が小さくこぼしていた。
空を覆う暗雲がより一層色を濃くして瞬く間に雨が降り始める。強い風も吹いて雨脚が強烈になり、龍驤は艦載機の発着艦が出来なくなってしまったのを悟った。
「悪い、うち、ただの置物になってしまったわ。少し下がらせてもらうね!!」
艦隊の皆が揃って頷き返すと龍驤は陣形を外れて一人距離を取っていく。
強風に大雨とくれば艦載機の発着艦は困難を極める。小森提督が調べていた気象情報によれば、こんなに天候が荒れることはなかったはずだ。
(まさかグレートシングが現れる亜空間の歪みが、天候に強く影響している……? そんなアホな、漫画や映画みたいなことがあってたまるかいな!)
空をきいいっと睨みつける龍驤は艦隊を見失わない程度に距離を離し続ける。
龍驤が副砲を装備していれば砲撃戦に参加することも可能だったかもしれないが、それは戦艦や重巡に任せればいい仕事だ。適所適材、何かに特化しての取引が総体の利益につながる。
「現れるぞ!」
無線機を震わせるオールドの声が聞こえてから一つ間があいて、歪曲した空間からにょんと暗黒の船体が覗いた。
よく見れば紺色のような青が混じっているのだが、暗いのとオリジンの探照灯の強烈な光のコントラストのせいで正しい把握が誰もできないでいる。
「オールドが敵を照らしてくれてるネー! 皆、一斉射撃デース!!
ドバンととてつもなく巨大な水しぶきを上げて着水したグレートシング――まさに巨大なクジラの形をしている――の左舷に向けて、艦娘たちの砲撃が繰り出される。
が、そのどれもがグレートシングの常識破りの装甲によって弾かれてしまった。それは金剛たちよりも巨大で威力の高い砲を装備している長門も例外ではない。
「バカな、きちんと直撃させたはずだ! この長門の砲撃が全く通用しないだと……なんなんだ、この怪物は!?」
〈まさかとは思ってたが全く効かないかよ。クソッ、俺が敵の装甲を削っていくから、もろくなった部分を狙ってくれ!!〉
了解だ、と長門が狼狽しているのを押し殺した声で返す。
そうしてオリジンは最初にグレートシングの「背中の上」に陣取り始めた。
ブリーフィングでオールドを含めたシルバーホークパイロットたちが説明したのと同じように、グレートシングの武装は変わっていない。
「クジラの頭部」の横に大出力レーザーブレードが左右一機ずつ装備されている。「クジラの背中」には無数の砲台が、船体の横にも数基の砲台が取り付けられている。また、鼻先に当たる部分からドリルミサイルの発射口やバースト砲も確認できている。
無数のレーザーを発射する砲台やホーミングミサイルを放つ機構も確認したオールドは、それらが艦娘に向かないように最大限の努力をすることにした。
ひたすらにグレートシングに張り付くように位置取り、猛攻を加えて自分が脅威であることを教えこんでいく。もちろん回避行動も忘れない。だがグレートシングの弾幕は常軌を逸していた
赤いホーミングレーザー、巨大な拡散砲撃、紫色の屈折レーザー、橙のサーチレーザー、無数の副砲――をくぐり抜けていく。暗黒の夜空はグレートシングの砲撃で、文字通り埋め尽くされていた。
そんな中でも命中弾の数を減らしつつ、大量の
だがグレートシングの動きは素早い。見た目に反して俊敏である。
右に傾いて爆撃と射撃を加えるオリジンを「叩き落とす」かのように舵を切り、尾の部分に激突させるような機動を見せたのだ。
その動きを見ぬいたオールドは海中に逃げこんで回避し、そのまま海面下からウェーブ射撃を行っていた。
〈いまだ金剛! やっちまえ!!〉
「
安全な場所から艦隊の一斉砲撃。
探照灯による支援は一度途切れているが、最後に確認したグレートシングの状態をみれば砲撃を当てることは簡単だった。豪雨と暴風は、厳しい訓練を重ねた艦娘たちにとって大きな障害にならない。
オリジンが海面から浮上するのと、グレートシングが右舷側に猛烈な弾幕を張り始めたのはほとんど同時だった。
ひとつ遅れて艦隊の砲撃がグレートシングの左舷に命中する。長距離からの砲撃は当てることが難しいが、グレートシングの圧倒的に巨大な船体が命中率向上に役立っているのだ。
「お姉さま、アレ!」
「
「はい!」
オリジンの探照灯に照らされたグレートシングの左舷は浅くはないであろう穴が開いていた。バイタルパートまで砲弾は到達していないようだったが、オリジンの攻撃の後で砲撃を加えれば、かつてない重装甲を誇るグレートシングも倒しきれそうだ――そう金剛は確信した。
そうして。オールドの巧みな立ち回りにより艦隊がグレートシングの左舷を集中的に攻撃することができていた。グレートシングも強烈な弾幕を張りながら決定的な一撃をオリジンや艦隊にぶちあてようとしている。
どこにも逃げ場のない弾幕を前にして、バースト機関のないオリジンはどうしても被弾してしまう。
設置バーストでとりあえずの壁が作れるわけでもなく、通常バーストの圧倒的火力で危険な砲台を強引に焼きつくして潰すことも出来ない。戦闘開始から三分。オリジンのアーム強度は四割を切っていた。
だがオリジンのパイロットは二十数年もシルバーホークパイロットとして生きてきた人物だ。隣で戦友が死ぬのを数えきれないほど見送り、自身も両手に余るほどに死に瀕してきた。
最小限の被弾をコストとして支払いながらも、艦隊がグレートシングに最も効果的な損傷を与えられるように立ち回る――誰よりも死に近づいた男は、このことだけに意識を割いて死に臨んでいる。
だがオールドに自分が死の境界線を超えるつもりは全くない。
全天球モニターを覆い尽くす豪雨と暴風と火線をかいくぐり、艦隊にグレートシングの左舷を向けさせた。これで九回目。十秒後には着弾。オールドは決定的なダメージが出ることを期待しながら無線機に向けて怒鳴りつけた。
「龍驤! 遮蔽物に身を隠したか!?」
〈西にある小さな島におるよ!! 補給やな!?〉
「そうだ!! おい金剛、一時離脱する!! グレートシングの攻撃はどうにかしてかわしてくれ!!」
金剛たちの了解の声を聞き、探照灯を何度か明滅させたオールドは、最大速度でグレートシングがいる場所から離脱する。
右舷側の砲台でシルバーホークを追撃しつつ、グレートシングは
敵本拠地から西の方角にある小島を見つけたオールドはそこに突進、急減速をかけながらあることに思い至った。
これまで深海棲艦とベルサーは互いに手を組んで艦隊を組んでいた。
深海棲艦に守られるように巨大戦艦が座していたし、実際の戦闘では巨大戦艦が深海棲艦を援護する立ち回りも見受けられている。
しかしいまの戦闘では深海棲艦の姿は見えない。ここが彼女たちの本拠地だというのにだ。
――いや、あたりまえか、とオールドは心のなかで呟いて納得した。グレートシングの圧倒的火力の前には敵も味方も存在しないのだ。
「こんな天候や、式神に戻すのは出来ないけど、オリジンの船体に補給ペーストを塗り込めるのは出来るで!」
「ああ。アームが回復していってる。いいぞ……」
本来、式神や矢といった携帯形態に姿を変えることで補給作業はあっという間に終えられるのだが、いまはオリジンの機体全体に補給ペーストを塗らねばならなかった。
総面積が式神の時に比べものにならず、龍驤が持っていた補給ペーストを全て使い切る頃にはオリジンの3分の1しか塗ることが出来なかった。
さらに悪いことに補給ペーストを塗る時間にかなり時間がかかっている。本来なら五秒もかからないものを一分以上も時間をかけることになった。肝心の補給はアーム強度が八割まで回復、残弾も七割程度まで回復している。
「……まずいな、金剛たちが心配だ」
「オールドは無線を聞いてた? 聞こえてたんか?」
「ああ。補給の間に愛宕と摩耶がグレートシングの注意をひくために前に出たってのは聞いてる。魚雷が上手いこと機能していればいいんだが」
「オールドが装甲低下させても全然ダメだったっていうやん……でも諦めたらそこで終わりや。せやろ!?」
その通りだ!! 龍驤から少し離れて急上昇するオールドは、そのタイミングで金剛の悲鳴が無線機を貫いたのを聞いた。
「どうした金剛!?」
〈
暴風と砲撃音で半分ほど聞こえていなかったが、金剛の報告にオールドは戦慄した。
グレートシングが頭部に装備しているのは大出力のレーザーブレードとバースト砲だ。それらによる攻撃を受けようとして――いや、そうではない。 オールドは金剛が「鼻先」と言ったことに体を凍らせたのだ。
グレートシングは頭部の鼻の部分にあたるところに巨大な砲口を有している。
そこにはバースト砲と、ドリルミサイルの発射口があった。しかもあのグレートシングであれば、ドリルミサイルは更に強化されていたはずだ。
「金剛、全速で逃げるんだ!!」
〈もう逃げてるネ!! ……
そこで金剛の声が聞こえなくなった。あまりにも大きな爆発の轟音が割れながらオールドの耳をぶん殴る。
グレートシング特有の武装。それがドリルミサイルだ。
様々な改良が重ねられてきたり、ベルサーのグループごとでその性質が変化している武装だが、鼻先から放たれるのはどれも共通していた。
いま対峙しているグレートシングのドリルミサイルは対大型艦を想定した武装だ。どれほどの重装甲でも貫通し、大爆発を起こして壊滅させる――単純ながら強大すぎる武装である。そんなものの爆発を食らった艦娘はどうなってしまうのだろうか?
これからの戦いへの絶望よりも先にオールドの心には怒りが噴き上がった。
またしても。またしても仲間が死んでしまった。これじゃあの時と同じじゃねえか、十年前にグレートシングを倒したあの時と――
十年前。
オールドは非常に危険な作戦に従事していた。
とある星系を完全に開放するため、オールドはダライアス宇宙軍の大規模な艦隊にシルバーホークパイロットとして参加し、ベルサーの支配宙域へと踏み込んでいった。
この時、オールドを慕う若いパイロットや、生き残っている数少ないベテランパイロットが、オールドが乗っていた宇宙戦艦に同乗していた。彼らもオールドと同じ任務についていたのだ。
その星系は採掘資源が豊富なので、ベルサーはすぐには星の破壊に乗り出していなかった。
一つ一つの星の住人を助け出し、随伴していた輸送船で安全な星へ移動させながら、オールドたちは先へ先へと進んでいた。
そんな中、戦艦のレーダーがこの星系の星がひとつ破壊されたことを感知した。
星の破壊がとても早かったことからベルサーの強力な巨大戦艦、あるいは別勢力の同等な戦力を持つ者の手によると推測した艦隊は、この艦隊を指揮するべく同乗していた提督の命令で前に進んでいく。行き先は破壊された星だった。
この時オールドは艦隊から離れ宙域哨戒の任務にあたっていた。
自分を慕うパイロットたちの中には、当時の恋人がいた。歳の差は相当に離れていたが、心の底から深く愛し合っていた。コクピットの中にも小さな写真を持ち込むほどに愛していた。
近い将来にオールドが退役しても恋人はシルバーホークパイロットとして戦い続ける。そんな彼女の支えになるためにも、この任務をしっかり遂行して、万全の状態で艦隊が戦えるようにしなければ――そう考えていた時のことである。
破壊された星のあたりからグレートシングが襲撃。これの他にもアイアンフォスルやヘビージョーなどの別の巨大戦艦が随伴艦として現れていた。
オールドは交戦しながらも艦隊の旗艦のことを心配していた。そこに恋人が乗り込んでいるのだ。今頃彼女は出撃準備を進めているだろう、と不安になる気持ちを振り払いながら、オールドはベルサーの大規模な艦隊を撃破するべく奮戦していた。
十年前の戦闘にバースト機関は存在しない。ベルサーがこれを揮ってダライアス宇宙軍の艦隊に大きな損害を与えることもなかったが、シルバーホークや戦艦がバースト機関を使って濃密な弾幕から自衛することも不可能だった。
ダライアス宇宙軍とベルサー艦隊の戦いは消耗戦の色を濃くしていく。ベルサーの巨大戦艦が宇宙空間で爆散したかと思えば、ダライアス艦隊の戦艦がいつのまにか四散している。
そんな状況の中、ダライアス宇宙軍の旗艦の隙を突くようにグレートシングがドリルミサイルを発射。旗艦の心臓部に直撃し、散々えぐりとられたあとで、旗艦は無残にも爆発した。出撃命令を控えていた恋人が巻き添えに。なんの一欠片も残さずに。
その後オールドがどうしたのかは彼自身も良く覚えていない。ただ、魂に刻まれているのは、仲間を喪い、恋人も喪った喪失感。行き場のない怒りをグレートシングにぶつけて。
単機で無謀な攻撃を仕掛け、数少ない味方の支援を受けたオールドの意識に強く残っているのは、爆発して宇宙空間を泳ぐグレートシングの「頭」の部分だった。
戦闘が終了した後、ダライアス宇宙軍の艦隊は帰還に踏み切った。損害は甚大で、すぐにでも基地に戻る必要があった。亜空間航行のなか、オールドの心の中にあったのは、恋人を守れなかった自責の念と、ベルサーに対する壮絶な憎しみだけだった。
――遠くに爆発で吹き飛び、立ち上がることのない艦娘を認めながらオールドは咆哮する。彼の脳裏にはあの日の出来事のプレイバック。ドリルミサイルが直撃した旗艦。消滅した恋人。二度と帰ることのない仲間。
金剛たちが他の攻撃で倒されたのならオールドはこ表情筋の限界を超えるほどに顔色を歪めなかっただろう。だが「ドリルミサイルで仲間が殺された」のを見てしまったオールドは心臓を強く握りしめられるような思いをしたのだ。
殺す。
殺す。殺す。
殺す。殺す。殺す。
殺す。殺す。殺す。殺す。
俺の。仲間を。殺した奴は。必ず殺す。
泣こうが。喚こうが。絶対に。殺しきる。なんの。容赦だって。しない。
恐怖を、絶望を、殺意が塗りつぶしていく。
グレートシングの真っ向からオリジンが突っ込む。
この時、オリジンが微弱な赤い光を帯びているのに気づいたのはグレートシングに乗り込んでいるベルサー星人だけだった。
グレートシングの背部にある対空砲が一斉に火を噴きアーム減衰を狙うが、はたしてその狙いは達せられていた。
ろくな回避行動もとらず強烈な衝撃を受けつつ、オリジンを右にロールさせながらオールドはある場所に狙いをつける。
グレートシングの左舷に、おそらくは長門の砲撃によってヒビの入っている装甲を発見した。それが彼のつけた狙いだった。
そこに喰らいつくようにオールドはオリジンを飛ばし、ほとんど接触している距離からボムを怒涛の勢いで投下し続ける。
いまのオリジンは右にかなり傾いている。だから、機体下部から投下されるボムはかなりのスピードでグレートシングに直撃していた。
「壊れろ、壊れろおおっ!!!」
「てめえら!!! ベルサーが!!!」
「あああああっ!!! ああああああっ!!!!」
「死ねええええっ!!!」
「消えろおおおおっ!!!!」
「おおぉぉおおおあああああっ!!!!」
ボムの爆音以上に自分の絶叫が鼓膜を痛めなていることの自覚はオールドにはない。いまの彼にあるのは純粋な怒りと、黒煙の立ち上る憎しみと、穏やかな悲しみしかない。
オールドは狂人めいて叫ぶ。
怒鳴る。
絶叫する。
もはや彼に正常な思考判断をする能力はない。
オリジンのコクピットにオールドの名を呼びかける龍驤の声が響くが、オールドにはなにも聞こえていない。
そうしてオリジンはグレートシングに決定的になりつつある損傷を与えていく。
残弾はもう全体の四割を切っているが、そんなのはお構いなしと言わんばかりにオールドは猛攻の手を緩めない。緩める気もない。
絶対に殺すという一念に乗っ取られたかのように、オールドはトリガーを引き続ける。
そうしている間にもホーミングレーザーや屈折レーザーがオリジンのアーム強度を減衰させていく。いまのオリジンは捨て身の攻撃を仕掛け続けている形になっているのだ。
コンピュータがアーム強度の三割を切ったことを警告するが、オールドの耳には届いていなかった。
彼の頭には目の前のグレートシングを倒すことと、仲間として絆を深めつつあった艦娘たちが海の上に倒れている光景しかない。
「マリーッ!! あと少し、あと少しで、あと少しでとるからな! マリーッ!! 仇をとるからな、とるからな! とるからな!!」
〈いいかげん冷静になれや! そこをすぐに離れるんや!!〉
「だああああっ!! もう金剛も長門も死んでる!!! 比叡も愛宕も、摩耶も、死んでるんだよっ!!! いいか龍驤、俺みたいな妖精や艦載機の命は安い!!! だからここで――」
〈あーもう、さっさと離れろいうてんのや!! 金剛も長門も、みんな生きとる!!〉
その言葉にオールドははっとした。
いままでよく聞こえていなかった龍驤の言葉が鮮明に頭に入ってくる。
〈比叡も、愛宕も、摩耶も、ちゃんと生きとる!!! ええかげん目を覚ませや、このボケ!!!〉
金剛たちが生きている?
そんな馬鹿なことがありえるはずがない。
だってシルバーホークのドリルミサイルは、ダライアス宇宙軍の大型な戦艦を一撃で粉砕するほどの威力があるんだから、艦娘なんて一撃で死んでしまう。あれの威力は目の前で見せつけられていた。
バラバラになっていなかったのは遠くの爆発だったからだ。でもあれは即死級のダメージを受けてしまうはずだ。それで生きていられるはずがない!
〈ええかオールド!! みんな生きとる!! みんな大丈夫だからそこをどけ!!! まだオリジンに壊れられたら困るのや!!〉
「本当に……本当に生きているって?」
オリジンのコンピュータがアーム強度が二割を切ったことを警告する。その警告音にオールドは自我を取り戻した。
〈
〈そうです! 金剛おねえさまがこんなので沈むわけがありません!!〉
〈安心しろ。この長門の装甲は伊達ではないのだ!!〉
艦隊の戦艦娘たちの声が聞こえる。
オリジンを反転させて振り返ったオールドは、そこに確かに金剛たち三人が砲を構えているのを認めた。 誰もが例外なく衣服を損傷し、体中に傷を負って血に塗れているが、それを一欠片も気にする様子はない。
「ははっ、おいおい、マジかよ」
〈探照灯をお願いネ! ここからきちんと
「了解だ。少ししか照らせないぞ!!」
こうして言葉を交わしている間にオールドは機首を海面に向けて難を逃れようとしている。
オリジンに備え付けられた探照灯はグレートシングの左舷を照らし、先程までオリジンが猛攻を加えて装甲をかなり低下させた箇所をはっきりと映し出していた。
オリジンが海面に飛び込み、グレートシングの攻撃から逃れ、ようやくつくりだした弱点に向けて金剛ら三人の戦艦娘の砲撃が直撃する。
探照灯での着弾確認は出来なかったが、これまでとは違う着弾の音を彼女たちは聞いた。金属のきしむ、まるで怪物の啼くような。
「っ、そうだ、摩耶と愛宕はどうした!?」
〈安心しな!! 摩耶さまはここだあっ!!〉
海中に逃れたオールドは全天球モニターから二人の姿を認めた。
今までどこに隠れていたのか、ボロボロになってしまった衣服でどうにか肌を隠している二人はグレートシングへと肉薄している。これが戦場ではなく人気のあるビーチであれば、いまの二人の姿は小さくない騒動を起こしてしまうだろう。
見ればグレートシングには致命傷が大きくついていた。
……なんということだろう。これをオリジンと艦娘だけで成し遂げたというのか――驚きにオールドは目を丸くし、グレートシングも仕切りなおしを図って海中へ逃げ込もうとする。
その動きを待っていたかのように摩耶と愛宕が魚雷を発射し、主砲も容赦なく撃ちはじめる。
彼女たちの主砲が弱点に直撃、辺りにグレートシングの金属の悲鳴が轟き、それを上塗りするかのように魚雷の炸裂が辺りを劈く。
主砲や魚雷の命中した箇所から、まるで血のように液体と海水が噴き上がる。致命的なダメージを与えた証拠だ。おまけに赤いスパークもここから流れている。
ダメージコントロールの対応に追われているのか、グレートシングはなんの砲撃も仕掛けてこない。この隙にもっと攻撃を叩きこまなければ――誰もがそう思う中、辺りの暴風と豪雨が激しさを増した。
「亜空間歪曲反応……グレートシングが逃げる?」
〈てことは……私たち、やったのか?〉
「そうみたいだぜ摩耶ちゃん。おじさんたち、勝っちゃったんだぜ!! それよりみんな、危ないから退避だ!!」
オールドの言葉に従うように艦隊は揃って旋回、敵本拠地から離れるように航行する。
戦いが終わりを迎える――そう確信したオールドも、龍驤のもとに向かって飛ぶことにした。
グレートシングのいる海面が歪曲し、あまりにも巨大な船体が霞のように消えていく。それに合わせて雨風が弱まり、もうじき始まる夜明けを爽やかな快晴が出迎えようとしている。
夜明けの紫色に穏やかな眩しさを感じながら、オールドは艦娘たちの無線を聞きながらゆっくりと飛行していた。本当にダメかと思ったー、もう弾切れデース、姉貴が無事でよかった――
おわあっ!?
思わずオールドは叫んだ。
自分の愛機が。
オリジンシルバーホークが。
後ろに引っ張られる。
なにかに。何者かによって。
〈オールド!? どないしたんや!?〉
「だめだ逃げろ、逃げるんだ!!」
コクピットの中で振り返ったオールドは、そこに新手の敵がいると悟った。超能力者――それがオールドの第一印象である。
グレートシングの消えた海のただなかで「それ」はオリジンに手をかざし、引き寄せている。むしろ引っ張っている。漁師が網を引くように。
〈見たことのない新種の深海棲艦ネ!! こいつ、いったい――〉
「金剛!! 残弾はどうだ!? 燃料は!? 戦えるか!?」
〈――もうみんな戦えないデース!! オールド、なんとか逃げ切るデス!!〉
「くそぉダメだ、なんでだ!? こちとらエンジン全開でアホみたいにぶっ放しているんだぞっ!?」
ボロボロに朽ちた鎧と、もう全裸に近いように敗れ散ったセーラー服を纏う、長い白髪の女。髪型がどこか加賀のようだと狼狽しながらもオールドは直感する。
新手の深海棲艦。それは背中に仰々しい砲や、人間を一飲みにしてしまえるだけの大きさを持つ「口」を負っていた。
おまけに赤城や加賀が使っているような「飛行甲板」も備えている。ということは、こいつは深海棲艦の空母なのか――徐々に引き寄せられるオリジンの中でオールドはとりあえずの仮説を打ち立てた。
新型の空母らしい深海棲艦の手に引き寄せられるまであと十数秒もない。
無駄だとは分かっていても何の抵抗もしないよりはマシだ――そう考えたオールドは急反転、猛烈な射撃とともにオリジンを突っ込ませる。
「うおおぉ、ああっ!?」
アーム強度、ゼロ。
抑揚のない機械音声がコクピットに響く。
新種の深海棲艦がオリジンを片手で掴んでいる。ハイパーアームが僅かでもあったはずなのに、それを最初から無視するかのように敵は振舞っている。
「ムダナテイコウダッタナ……」
「こいつ喋るのか!? 深海棲艦て喋るのか!?」
これまでの経験や得た知識からでは考えられないことだった。奴らはただの船魂のおばけで、ロクに会話をするとか出来ないはずでは? この妙に歪んだ声はなんなのだ!? オールドはそんな疑問が湧いてくるのを自覚し、狼狽した。
だがこの深海棲艦にオリジンが破壊されオールドが殺されたとしても、双方ともに復活は可能だ――そのことを思い出すと、少しだけ落ち着きを取り戻せたような気持ちになる。
死に臨んだ生活を長く過ごしてきたが、自分が死んでしまうのはこれが初めてになる――きたる痛みと死に備えようとオールドは目を細めた。
しかし。
いつまでたっても。
オリジンシルバーホークは破壊されなかった。
それどころか模型を愛でるように撫でてすらいる。
こんな異様な光景に金剛たちも目を奪われ、ろくに動けないでいた。
「お前……どうするつもりだ?」
「フフ……オリジンシルバーホーク……フフ、フフフフフ……」
「まさかこいつ、オリジンを『
「ベルサーヲシズメル、サイダイノキョウイ……コワスヨリハ、リヨウスルマデ……」
「クソったれ!! おい金剛、お前ら早く逃げるんだ!! 早くっ!!」
弾かれたように金剛が了解の返事を返し、旗艦として撤退を命じてこの場を離れるように航行する。
〈助けてあげられなくて、ゴメンネ……
〈まだ戦う力があれば誰が相手でも! くうぅ、すまないっ!!〉
金剛や長門が悔しそうにオールドに向けて最後の言葉を向ける。
妖精や艦載機が復活するのは、それは妖精のテクノロジーのおかげで成立している。しかし深海棲艦の手にかかればそのテクノロジーを使えなくされる可能性が極めて大きい。
もともと艦娘や彼女らの艤装に関係した技術は深海棲艦側の亡命者からもたらされたものだ。
だから技術の大元を握っている深海棲艦に鹵獲されれば、復活の儀式を断ち切られてオールドは殺されてしまうだろう。あるいは死ぬよりもひどい目に遭うかもしれない。
それにオリジンも隅々まで解析されれば、対シルバーホーク用の切り札を深海棲艦側が用意出来る下地が整ってしまう。
これを阻止するためには新手の深海棲艦の空母を攻撃するしかないが、そのための手段を誰も持っていないのだ。戦艦娘も重巡艦娘も全ての弾薬を切らしている。かといって
本格的に撤退を始める金剛たち。殿を務める摩耶は、龍驤がついてきていないことに気づき、仲間にそれを伝えて回収のために進路変更を促す。
すぐに金剛が頷き、敵本拠地から西にある小さな島へ進路を変更する。最後に龍驤がいたのはそこだった。
「おい姉貴、あれ!!」
「……うそでしょ、シルバーホークが黒く染め上がってる……」
摩耶と愛宕が見たのは、新深海棲艦が愛でるように持つオリジンを「変質」させている場面だった。
オリジンの機首の方から色が黒くなり、機首にはグロテスクな「歯」が並んでいく。ところどころに緑色の発光体が浮き上がり、まさしく「異形」へと歩くようなはやさで変わっていった。
同時にオールドの体も黒く染まっていく。二頭身の妖精の体は末端から色が変わっていき、赤いぐるぐるとした模様も刻まれていく。
〈ハハ、おじさん、ここでおしまいか……〉
「オールド! オールド!!」
〈……楽しかッたよ、まるで夢みたいだった。みんな気のいイヤつで、提督も面白イやつデ……〉
オールドからの通信が妙に歪んでいく。誰もが助からないと絶望的に確信してしまった。
噂に聞く、艦娘が深海棲艦に変わってしまうという伝説。それがシルバーホークによって再現されている。
そのことが金剛たちに深い絶望と恐怖を刻み込んでいく。誰もが悔しさや悲しみだけに満ちた表情をしていない。
〈……なんだかコイツのことがヨくワカってきたんだ。オリジンさえ手ニいれればそレで十分らしイ。……いまマでありガとうナ、本当に楽しカッたぜ〉
〈――なぁに寝ぼけたこと言うてんねや!! 寝るなら鎮守府に帰ってからやで!!!〉
金剛たちの前に踊りでた小さな人影。それは疑うまでもなく龍驤である。
彼女は大きな巻物を目一杯広げて次々に艦載機を繰り出していく。艦戦・艦攻・艦爆の大パレードだ。
〈エ……龍驤? オ前、どウシて?〉
〈ええか、もう空は綺麗に晴れとる!! こうなったら
シルバーホークの変質に全神経を傾けていたのか、新深海棲艦は艦攻・天山の攻撃を受けてしまった。シルバーホークを手放して吹き飛び、海の上を何度も転がっていく。
航空攻撃の直撃はかなりの痛手になる。特に魚雷は大きなダメージになり得る可能性がとても高いが、新深海棲艦は戦艦よりも頑丈らしいのかすぐに立ち上がって何かを身構え始めた。
「ウウッ……!!」
「どやあ!! 参ったか、はははーっ!!!」
かなり興奮した様子で龍驤が叫ぶ。その勢いのまま半分だけ異形となったシルバーホークを抱え、一目散に逃げ出し、摩耶の後ろについた。
「んだよ龍驤さん、カッコいいじゃねえかよ!!」
「えへへ……金剛! うちの艦載機でも守ったるから、全速力でこの場を離脱しよう!!」
「Okay! ここは龍驤が頼りデース、期待しますネー!!」
まかしとき! 元気よく答えた龍驤は艦戦・零式艦戦52型の編隊で、敵が発艦させた航空機を迎撃させる。白い玉に凶悪な「口」と獣のような耳がついた艦載機だ。未だ確認されていない新型だ。
龍驤の零戦と敵の航空機が激突する。が、敵の航空機の性能が高いのか、はたまた練度の差なのか、龍驤の零戦が劣勢に立たされていってしまう。
「こらまずいでぇ! 敵の戦闘機が強すぎやろ!! こんなん反則や!!」
「それなら私の出番だな! 対空装備の弾ならまだあるぜ!!」
龍驤と摩耶、殿を務める者どうしで協力し合いながら逃げ続ける。新深海棲艦が追う。追う。猛追する。
そして戦闘機や摩耶の対空砲から逃れた敵艦載機が金剛たちに爆撃を仕掛けていく。金剛や長門も対空砲で抵抗し、回避運動をとるが、それでも全ての攻撃をかわしきれてはいない。
グレートシングとの戦闘で傷ついた金剛たちに容赦無い航空攻撃が襲い掛かる――その様はオールドも見ていた。
龍驤の脇に抱えられたオリジンの中で、自身もところどころが黒く染まり、白く染まって、それでもどうにか自我は保てていた。オリジンのコンピュータスキャンをしても「新モジュールの獲得を確認」くらいしか変わったところがない。
「オい龍驤、おジサンがやっつけテヤルよ」
「無茶したらアカンて、そんなんなってるのにいたずらにオリジンを動かすわけにはイカンやろ!」
「でもコノマまじゃやらレチマウぞ! 大丈夫ダ、いマのオジサんなら、大丈夫。確信ガあるンだ」
声の調子もおかしいし、何より深海棲艦の艦載機のような姿になってしまったオリジンを発艦させるのはかなり抵抗があった。
このまま飛ばせばオリジンの変質が再開するのではないか。オールドは二度と戻ってこないのではないか。龍驤は現在の苦しい状況に葛藤しながら、わかった、とだけ呟いた。
「よッしゃ! おじさん、きっと守っテやルからな」
「何かあったらすぐ戻るんやで! 絶対に無理したらアカン!!」
「了解ダ……あの深海棲艦にハアる意味じゃ感謝しナいとな」
なにを言っているんだこいつは。
思わず聞き返しそうになった龍驤は、次の瞬間に信じられないものを見た。
発艦といっても変質したオリジンは式神に戻していない。だからそのままエンジンを全開に、オリジンは晴れやかな夜明けの空めがけて急上昇していく。
問題はその後だった。龍驤の零戦に弾を撃っていた新型艦載機めがけてオリジンが飛び、文字通り「喰らいついた」のである。
航空機の格闘戦なんて次元の話ではない。オリジンの機首にある「口」が、「歯」が、敵の新型機を「齧って」強引に動きを止め、一つ間をおいてから「噛み砕いた」のである。
「なっ……なにしてんねんオールド!?」
〈やっパリだ! 敵機を『喰らって』『補給が出来る』ンだ!!〉
「なんやて!?」
〈おマけに確実に殺セル! へっ、シルバーホークはもうお荷物じゃナいんダよ!!〉
興奮した調子でオールドは笑い、次々に敵の新型艦載機を喰らっていく。機関砲も放てば確実に損傷を与え、撃墜することが可能になっていた。
敵艦載機の「捕食」によってアーム強度も回復したらしく、バチィンと弾けるような音とともに黄金のハイパーアームが展開する。敵艦載機の攻撃の手が変質したオリジンにも向けられ、龍驤の零戦や摩耶の対空砲が通用するようになった。
〈今ダ! 金剛、全速で逃ゲろ!〉
「もうやってるネー!! ……
逃げる金剛たちを新種の深海棲艦が追いかける。その距離を次第に縮めていき、同時に艦載機発着艦も行っていた。空母であるなら距離を詰める機動など愚行であるのだが、既に主砲を撃てる者が誰も居ないのを見抜いての思い切った判断である。
「オマエタチニ、ニゲバハ……ナイ!!」
「こらマズいでぇ! なんか手はないんか!?」
「
「どうしたんや!?」
「――前方に航空機を確認ネ! これは……赤城と加賀の!?
「助けに来てくれたんや!! これなら助かるかもしれへんで!!」
金剛のレーダーが何かを捉えた数秒後には、最後尾の龍驤の目にも水平線の上に黒い点が見えていた。
確かに赤城と加賀の艦載機である。長く隣で共に出撃を重ねてきたのだ、間違いない。確信した龍驤は、それらが最前線に艦戦・烈風が大規模な編隊を組んでいるのを認めた。その後ろには艦攻・流星がひしめいている。
どうせなら囮艦隊に連れていたレジェンドやネクストも飛ばして欲しかったが、それが出来ないほどに損傷が深いに違いない、と龍驤は踏む。そして金剛が手を上げて何かを宣言するようなシグさを穫った。
「全艦、
旗艦である金剛の指示に従う艦娘たち。
既に龍驤の零戦や変質したオリジンの活躍で、敵航空機部隊の足止めがわずかだが出来ている。進路変更して味方航空部隊の邪魔にならないようにすることは可能だった。
〈赤城たちが来たなナら、おジサん、精一杯支援するぞ〉
「了解や、頼むで!」
新型の敵艦載機を捕食しているオリジンを見上げながら龍驤が腕を伸ばす。右手にはサムズアップのサイン。
これに応えるようにオリジンは捕食していた敵艦載機を海面に放り投げ、次に手近な敵艦載機に喰らいついて即座に爆散させた。
そんなオリジンの後ろに新型艦載機が編隊を組んで飛行、狙いを定めて機関砲を放つ。そのどれもが命中するがかすり傷ひとつもついていない。ハイパーアームが全て受け止め、おまけにアーム強度はほとんど減衰していなかった。
撃たれたオリジンは即座に反転、設置脚兼機関砲から絶え間なく火が噴く。コンピュータ制御のおかげで全弾命中。深海棲艦の新型艦載機はあっというまに爆散した。
「ソンナ……ドウシテ、コウナル?」
〈慢心ナンゾしてっかラだ。授業料ハ高くツくぞっ!!〉
オリジンは赤城や加賀の航空部隊に先駆けて新深海棲艦に接近。そのまま強力な攻撃を仕掛けていく。
絶え間ない
シルバーホークの基本性能は、艦娘や深海棲艦といった異質な存在には〈通常兵器〉という隔たりからほとんど通用していなかった。しかしいまの変質されたオリジンは、半ば深海棲艦側の力を手に入れたのか、新深海棲艦に効果的なダメージを与えることが出来ているようだ。
「グッ!! クウッ、ヌウゥ……」
〈終ワりだ。……お前はこコで死ね〉
既に新深海棲艦は虫の息だった。全身から真っ黒な液体を流し、ひどく上擦った呼吸を繰り返している。
それでも海の上に浮いていられるということは、この敵がまだ生きているということを意味している。
だが変質したオリジンの残弾はもうない。辺りに敵艦載機もない。眼前の新深海棲艦を喰らっても補給は出来そうにないし、死に至らしめることは出来ないだろう。それに再び捕まって変質が進むことが一番恐ろしい。
だからオールドは離脱を選んだ。もう赤城たちの航空部隊の魚雷が十秒後には炸裂するだろう。オリジンをここまで変質させた深海棲艦はいま、ここで、死ぬのだ。
「ココデオワリカ――トデモ、イウトオモッタカ?」
弱り切っていたはずの深海棲艦が俊敏な動きで立ち上がる。
驚愕に目を開くオールド。だが深海棲艦はオリジンに手をかざすことはしなかった。敵は背負っている巨大な「口」を前方に向け、好物の獲物を捕食するかのように凶暴に開く。
口が向いているのはオリジンが飛ぶ空ではない。魚雷の迫る海面だ。まるでそれは「狙い」をつけているかのようだとオールドは直感し――
「バーストキカン、
――耳と目を疑った。この深海棲艦はいまなんと言った? なぜあいつが背負っている口から赤いバーストビームが放たれている?
次々と海面が爆発し水柱が上がる。もちろん深海棲艦に直撃したからではない。命中する前に全て破壊されてしまったのだ。
「フフフ……ナルホド、コレハツカエル」
〈なんデ深海棲艦ガバーストキカンヲ使えルんだ!?〉
「シルバーホーク! 『シンエンノチカラ』ヲクレテヤルノハソウテイガイダッタガ……ツギニアウトキヲ、タノシミニシテイロ……」
しんえんのちから……「深淵の力」? 距離をとり続けるオリジンの中で、オールドは深海棲艦のまわりの空間が歪曲するのを見る。コンピュータも亜空間関連技術の存在を感知していた。
三秒と経たずに深海棲艦は消えてしまった。そこにいたという存在感すら消え失せている。
勝利。とりあえずの勝利。誰もが呆然としながら航行し、この戦いに一応の勝利を収めたことに気づくのには、少々の時間を要した。
「……私たち、勝ったのかな」
比叡のぼそりとした呟きが無線機を介して艦隊に聞こえる。
そうだよ勝ったんだぜ、と摩耶が。今回ばかりはダメかと思ったわ、と愛宕が。生きて帰ってこれていることを喜び、噛みしめるように話す。
「勝ったのだな……だが、問題は残っている。簡単に解決できそうにないものがな」
「でも、こうして『みんな』が生きて帰ってこれてるデス。素直に喜んだり、感謝してもいいことだと私は思うネー」
「……そうだな。こうして誰も欠けることなく戻ってくれたのは、今日戦った敵のことを思えば奇跡に近い。こういうハッピーエンドは好きだ」
並んで航行する金剛と長門が小さく声を上げて笑う。その後ろで比叡と愛宕と摩耶が体を寄せあい、揃って流行りの歌謡曲を口ずさんでいる。
そんな彼女たちの背中を見守り、帰路についているのは龍驤とオリジンだった。既に龍驤は発艦させた艦載機の着艦を終えていたが、オリジンの着艦はしなかった。
半ば深海棲艦の艦載機のような姿になってしまったオリジンシルバーホーク。新たに手に入れた捕食能力も、変質した外観も、なにかの怪物を思わせるようなものになってしまっている。
きちんとした調査を行うには着艦させて式神の形にするよりは、発艦した状態の方が良さそうだと龍驤は判断したのだ。
「なア、龍驤」
「ん?」
「……あいツは『深淵の力』ト言っていた。なニか知らなイか?」
「んなもん聞いたこともないわ。でも……上の人間なら、なにか知ってるかもしれんなあ」
「小森提督よりモ上ノ連中か」
「せやせや。深海棲艦の側から亡命してきた人物は、いまでも上層部の手によって匿われているはずや。そいつと接触できれば――な、オールド」
これまでに聞いたことがないほどに真剣味のある声の呼びかけ。オールドは龍驤が続きの言葉を話すのを静かに待つ。
「これから先、オールドをなにが待ち受けるのか、うちにも想像出来へん。でも、まず間違いなく、まっとうに味方としてはもらえないと思うで」
「そレはわかってる。覚悟シているサ」
「……うちがオールドとオリジンを守るよ。なんか悪口や迫害を受けても、うちやうちの仲間たちが守ってみせる。だから、あいつらの仲間になるのだけは、絶対にならないって、約束してくれへんか?」
「あア。約束だ」
勝利の喜びに浸ることなく、生きている安心に酔うこともなく。龍驤は姿を変えられてしまった仲間のことを本心から大事にしようとしてくれている。
敵の姿になってしまったオリジンシルバーホークと、パイロットの妖精。これから彼らを待ち受ける出来事とは――
「そのタめにもサ、帰っタら、ぱーっとヤロウや。な?」
「せやせや。いまからうだうだ考えても仕方ないしな! じゃあオールド、一緒に帰ろうや!」
――その時のことはその時に考えよう。いまはこの鎮守府海域から敵を追い払えたことを喜ぶべきだ。
今日のうちに別の鎮守府の艦隊がこの本拠地を抑えるはずだと龍驤は確信する。激戦が展開され、死人が出るかもしれないということは最初から分かっていた。
金剛が小森提督と無線連絡しているが、終わった直後に小森提督はしかるべきところに連絡をまわしているだろう。後のことはその者たちに任せればいい。体中の疲れは抜けていないが、なんとか生きて帰れたことを想って、龍驤は長く息をついて空を仰ぐ。
どこまでも青い。どこまでも爽やかで。のぼりつつある太陽が万物に影を落とし、風が潮の匂いを運び、穏やかな波が艦娘たちを揺り動かしていた。