艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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小森提督、大本営に招集される

 一面に広がる山地。その上を飛ぶ鳥は弱い雨に打たれている。

 鋼鉄の羽根が回る音がやかましく空を裂いていく。太陽は雲に隠れ、暗澹とした雨雲だけが空を覆っている。

 

 白い軍服を着た、タレ目がちで痩せて背が低く、あまり頼りない印象のある女性。彼女は軍用ヘリに乗りこみ、隣に何人かの少女たちを連れ、眠り込んでいた。

 女性の隣には赤い弓道着の、その隣には青い弓道着の、豊満な体つきをした少女がいる。軍属の人間であれば、この二人が空母艦娘の赤城と加賀であることを一目で理解できるだろう。

 軍服の女性と向かい合うように座っているのは、赤い水干めいた分厚い服を着込んだ背の低い少女と、セーラー服に身を包んだ黒髪の幼さの残る少女だった。これも、分かる者が見れば、艦娘、龍驤と吹雪の二人だと分かるだろう。

 

「Hey! 提督ぅ、疲れてるのはわかるけどサー、もうちょっと頑張ろう!」

 

 赤城とは逆の隣に座る少女が、女性の肩を揺さぶった。巫女服を大胆にアレンジしたような制服を纏う艦娘、金剛は、自分が提督と呼んだ女性が「あと三分~」なんて言っているのに呆れてため息をついてしまう。

 

「もう、これだから小森提督は……」

「このところいろいろあったのだし、少し休ませてあげましょう?」

 

 金剛をたしなめるように赤城が小さく口を開く。やや不満そうに金剛はなにかを言いかけたが、結局言葉を発することはなかった。

 

 

 

 先程からヘリの空気は重苦しかった。それもそのはず、小森提督は大本営に向かっているのだ。どうしたって緊張をするのは避けられない。しかも補給のため、一度東北の海を守る鎮守府へと向かう必要がある。そこの提督は、かつて小森提督が歯向かったことのある巌提督なのだ。

 9月15日。この日が小森提督にとってのターニングポイントとなるのは間違いないだろう、と赤城は思う。なぜなら小森提督は大本営に呼び出され、その理由が「深海棲艦からの侵食を受けたオリジンシルバーホークの検査」であったからだ。

 他にも理由がある。侵食を受けたオリジンの検査だけならば、小森提督と龍驤とオリジンと、あとはパイロット妖精のオールドだけで行けばいい。だが現実にはそうなっていない。

 

 招集を受けたもう一つの理由は、シルバーホークに亡命者が用事があるので、これを発艦させる艦娘とともに連れてこい、というものだ。赤城や加賀が同行している理由はこれである。

 亡命者というのは、深海棲艦側からやってきた人物のことである。この亡命者が艦娘を作り出す技術を伝えた人物であると大本営は提督たちに伝えているが――赤城や加賀はどこまでが本当なのかを疑っていた。

 

 

 

 ローターの回転音だけがやかましく響くヘリの中でも小森提督はまだ眠り続けている。

 そんな彼女が目を覚ましたのはけたたましいアラーム音だった。ローター音を上塗りするほどの大音声である。

 

「な、なに!? なにごと!?」

「提督! 救難信号です、早く起きて!」

「なんだって? 救難? 赤城ちゃん、いったい誰が助けを求めてるって?」

「巌提督の艦隊です。アイアンフォスルとともに行動する強力な深海棲艦と交戦し、かなりの苦戦を強いられているようです」

 

 賢友さんの――小森提督は複雑そうな表情を浮かべて窓に顔を寄せる。遠くに見える海の向こうで巌提督の艦隊が襲われているのだ。

 

「それにこの救難信号は、ピンポイントでこのヘリに向けられています」

「え?」

「巌提督は、私たちに助けを求めているんですよ」

「……わかった。強力なっていうと、オーラをまとってるやつか――」

 

 大本営からの通達。そこには新種の深海棲艦が出現したという報告があった。

 元々、赤のモヤのようなものを身に帯びている深海棲艦は確認されてはいた。それらがなにも色を帯びていない個体よりも強力であることも分かっていた。

 これらの出現頻度が多くなったとも通達文書は語っていた。ちょうど、小森提督が鎮守府近海の敵本拠地を壊滅させた頃から、出現頻度が多くなったという。

 その上新種の深海棲艦が現れることになった。それらは駆逐ハ級だとか、軽巡ヘ級だとかと名付けられている。また、纏っている色が金色のものも現れるようになった。

 大本営は赤色のものをelite、金色のものをflagshipと呼ぶことを決定した。アイアンフォスルと金色艦隊。小森提督はシルバーホーク隊の発艦を決断した。

 

「――パイロットさん、海上でホバリングをお願いします。シルバーホーク担当の艦娘はいますぐ艤装を身につけること。ヘリがホバリングした後に投下し、苦戦している巌艦隊を援護して。あ、でも……」

 

 勢い良く指示を飛ばした小森提督は、しかし龍驤を見てためらうように顔を伏せた。その反応に怒った様子で龍驤は立ち上がり、小森提督に詰め寄っていく。

 

「なんや。なにを怖がっているんや」

「だってオリジンもオールドも、侵食が――」

 

 龍驤が制服のポケットの中に手を入れ、妖精をつまみ上げた。オレンジ色のパイロットスーツを着たおじさん風の妖精だが、その顔色は優れていない。それどころか顔に赤黒い紋様が走っている。

 

「大丈夫だ。おじさんなラ、だいじょうぶ」

「――そんなわけないじゃない! あなたも、オリジンも、日に日に元の形を失ってしまってるのよ! それが出撃だなんてしたらどうなるか!!」

「なんだよなんだよ、おじさんがわけのわからんやつに乗っ取らレて、あんたらを殺しちまうってか? そんな事にはならネえよ、おじさんは強いんだ」

「……分かった。なら、龍驤ちゃんもオリジンの発艦をお願い」

 

 うちにまかしとき! と溌剌とした返答をする龍驤は、つまんでいたオールドをオリジンシルバーホークの式神に押し込んでいく。この鷹の形をした式神も赤黒い紋様が刻まれていて、まるで悪魔の一柱のような印象を小森提督は受けた。

 

 

 

 妖精や機体がこんな変化を受けたのは、特殊な深海棲艦からの接触を受けたためであった。小森提督が別の鎮守府の協力を得て成功させた、鎮守府近海の敵本拠地の破壊作戦での出来事だった。

 特殊な空母型深海棲艦に触れられたオリジンは、半ば深海棲艦の艦載機のような特徴を持つようになってしまった。機首には獰猛な獣を思わせる「口」が備わり、同時に通常の攻撃で深海棲艦に大打撃を与えられるようになったのである。

 通常兵器でしかなかったオリジンシルバーホークは、侵食を受けた影響で深海棲艦に真っ向から立ち向かう事のできる能力を会得した。通常の戦闘機を凌駕するシルバーホークの唯一の弱点が克服されたことになるが、ある重大な問題があった。

 しかしパイロットの肉体・精神面の消耗は激しくなり、意識がもうろうとすることが多くなった。声もどこかおかしい調子になっている。同時に機体も変質が進み、奇妙な紋様が機首から接地脚にかけて刻まれている。

 このまま侵食が進めばどうなってしまうのだろうか――信頼できる仲間を失うかもしれない恐怖に小森提督は震えながら、大本営への報告書を送り、こうして招集を受けることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 救難信号を受けてから一分後、小森提督らをのせた軍用ヘリは海上でホバリングし、艦娘用艤装をつけた艦娘らが次々に降下する。曇天ではあるが雨は止んでいる。艦載機発艦は滞り無く行えるはずだった。

 赤城たちの他に金剛と吹雪も海の上に降りていた。赤城たち空母の護衛のためである。

 いまやヘリにはこれを操縦・補佐する人員と小森提督しか乗っていない。行き先は巌提督が現在受け持っている鎮守府である。東北の海を守る重要拠点である。

 空の上で小森提督は無線機を使わせてもらうことを決めた。鎮守府にいるはずの巌提督と話をするためだったが、ヘリの人員に声をかける前に無線通信が届いたことを知った。

 

「パイロットさん、誰からの通信ですか?」

「巌賢友提督から小森提督宛てにです。つまり、あなたに」

「分かりました。無線機、お借りします」

 

 救難信号を受けて艦隊を向かわせたことは既に通知していたはずだ。その上で知らせたいことがあったのだろうか。小森提督は考えを巡らせながら受話器に手を伸ばす。

 

〈小森提督だな? 救難信号を拾い、援護を向かわせてくれたことを感謝する〉

「あたりまえのことをしただけです。……無事に終わったら、こちらの補給をお願いしますね」

〈それは礼儀だ。どう転がろうと、そうさせてもらおう〉

「このことを話すために無線を?」

〈いいや。こちらに向かっているのだろう、ならばこの戦いが終わった後に、一つ話をしたいと思っていてな〉

 

 この状況でそんなことを言いにきたのか――困惑しながらも小森提督は頷きながら口を開く。

 

「わかりました。シルバーホークが到着するのは3分、ヘリがそちらに着くのはもう20分もないはずです」

〈把握した。……すまないな、あきこ。以上だ〉

 

 小森提督の名を申し訳無さそうにささやいた巌提督。どこか切迫した様子に小森提督は不安を覚えていく。

 最初は小さなシミのようなもののはずが、どんどん大きくなっていく。巌提督は、巌賢友という男は、こんなにも穏やかな人間ではなかったはずだ。何かが巌提督を変えてしまったに違いない。

 では、その何かとは、いったい? いくら考えても答えが出ないので、直接会って確かめてみよう――小森提督はそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 赤城たちから発艦したレジェンド、ネクスト、オリジンの三機からなる、赤青黄のシルバーホーク隊は、持ち前の異常なスペックを発揮して戦場へ向かっていく。

 救難信号を発している地点は、小森提督が搭乗している軍用ヘリから情報が送られている。レジェンドを先頭にした、鏃のような形をした編隊飛行で、3機のシルバーホークはアフターバーナーを噴かせて全速飛行をしていた。

 

〈ぜはー、はーっ、ぜはーっ〉

〈オールド、大丈夫ですか?〉

〈なんだよレッド、おじさんハ大丈夫だって。はーっ、ぜはーっ〉

 

 どう聞いてもオールドの息は不自然に荒い。つらそうに期待をコントロールしているのがまるわかりである。

 

〈大丈夫かおっさん? いざって時にぶっ倒れられても困るぞ〉

〈ジジイ扱いするにはまだ早いっテの。大丈夫だよブルー、おじさんは大丈夫……〉

〈なんかあっても面倒みきれないからな! っと、そろそろ時間だ! おっさん、無茶だけはするなよ〉

 

 遠くに砲火が見える。先頭を担うレジェンドは瞬時に敵味方を判断、東側に設置バーストを振り回すように機動する。西側には艦娘が、東側には金色の深海棲艦とアイアンフォスルが位置していた。

 薙ぐように振るわれたレジェンドの設置バーストで敵砲弾が爆発、艦娘たちの窮地はどうにか遠ざけることが出来た。間をおかずにネクストが艦娘たちの頭上に位置取り、敵弾幕の濃い場所に設置バーストを向けて護衛していく。

 

〈おっさん! 動けるか!?〉

〈だカら大丈夫だッて言ってんだロ! まぁ見てな!〉

 

 編隊の最後部にいたオリジンが、ホバリングと急加速・急停止や過剰なロールを織り交ぜた機動で機関砲を撃ちまくる。オリジンが狙いをつけたのは敵の先頭に立っていた重巡リ級flagshipだ。

 深海棲艦とアイアンフォスルの陣形は単縦陣だ。先頭から重巡リ級flagshipが2、戦艦ル級flagshipが2、その次にアイアンフォスルが続き、遠く離れたところに空母ヲ級flagshipが1、という布陣である。

 対する艦娘側は古鷹型1番艦の古鷹、その姉妹艦たる2番艦の加古が先頭に立ち、その後ろには金剛型1番艦の金剛が狙いをつけながら航行している。

 艦娘と深海棲艦の戦いは反航戦の様相を見せていたが、この三人は誰もがひどく負傷している。撤退をしようにも深海棲艦が逃がしてくれないのだろうとレッドは踏む。現に制空権争いは続いているし、逃げに徹すればより死に瀕することになると直感できる状況であった。

 遠く離れた場所には新たに艦載機を発艦させようと弓を射る飛龍、蒼龍の姿があるが、ネクストに乗り込んでいるブルーは金剛の姿に目を奪われてしまっていた。

 

〈あぁ!? なんで金剛がここにいる!?〉

〈おそらく第二艦計画でつくられた艦娘なのでしょう。ブルー、いちいち大声を出さないで〉

〈わーったよレッド。しかしホントにそっくりさんレベルだな、すげえもんだ〉

 

 第二艦計画。先の大本営からの通達で発表された、二人目の艦娘を作る計画のことだ。ブルーは忘れてしまっていたらしいとレッドがため息をつく。

 ブルーは設置バーストを操作しつつ拡声器のスイッチを入れ、後退気味に航行するように進言する。旗艦を務めているらしい古鷹が了解を示すように振る舞い、回避運動を織り交ぜた航行は敵との距離を離すようになっていく。

 古鷹たちは近くにある小さな島を使い、敵の砲撃を回避するらしい――ブルーはそう確信しつつ、深海棲艦と直接戦っているレジェンドとオリジンの方にも注意を払う。

 

 金色のオーラを纏うリ級に攻撃を加えるオリジン。それを設置バーストで被弾しないように支援するレジェンド。リ級の速射砲による対空攻撃は全て設置バーストで無効化され、オリジンの容赦無い攻撃だけが続いていく。

 この構図が続いてから十数秒。オリジンのボムが命中。リ級の体は爆発した。

 海の上で浮く力を失い、人の形を失いながら海に沈んでいくのを、誰も気に留めていない。オリジンは次のリ級に狙いをつけ、レジェンドはオリジンを守るように立ち回っていく。

 オリジンからの攻撃を一身に受けるもう一人のリ級。それが犠牲になるのは時間の問題だが、その間にアイアンフォスルがオリジンの右側から攻撃を仕掛けようと航行している。

 右舷側のウロコを飛ばす攻撃は、オリジンとレジェンドへ向けられていた。だが、その攻撃が到達する頃にはもう一人のリ級は爆散していたし、オリジンもレジェンドもル級に攻めの手を伸ばしていた。

 

〈くそ、もう弾切れダ〉

〈そうなる前に補給に行くのが常識でしょう!? オールド、やはり無茶を――〉

〈してねエって! ああもう、こうなら頂いてしまおうかナ〉

 

 オリジンとレジェンドの二機編隊は艦娘側の方へと飛んでいく。正確には2機の狙いは、制空権争いをしている航空機同士の戦闘にあった。

 飛龍と蒼龍の航空機が共に戦い、敵を落とし、落とされていく。そしてまた一機が敵機の手で撃墜されようとしたその時、黄色の機体がこの敵機を「喰らった」。オリジンの艦首に備わってしまった「口と歯」が敵機に食らいつき、一瞬で「噛み砕く」。

 

〈よし、補給完了ダ〉

〈いつ見ても化け物じみている……敵機を捕食して補給だなんて〉

〈合理的だろうガよレッド。それにこうなってからやけに燃費も消費も悪くナってる。艦隊は撤退しながら反撃出来ていルみたいだな〉

〈ブルーの援護もうまく機能しています。あとはアイアンフォスルを撃破すれば、形勢をひっくり返せるでしょう〉

〈その通りだな。ブルーも制空権争いに参加するし、赤城たちの艦載機も到着してる。きっと大丈夫ダ〉

 

 オールドが言うが早いか、艦娘の護衛に回っていたネクストは機首を敵機の群れに向け、通常バーストを照射する。蒼く太いビームが敵機に直撃し、呑み込み、少し間があいて爆発していく。

 バースト機関の高い破壊力もそうさせてはいるが、発艦させた加賀の艦娘としての力がネクストに注がれている手応えをブルーは感じていた。それも強い手応えだ。

 同時に赤城ら3人の艦載機が怒涛の勢いで押し寄せる雲のように飛来している。敵機を数で圧倒できている。ランチェスターの法則に則れば艦娘側の有利は覆らない。

 

(さすがだなおっさんは、教え子のやろうとしていることなんて、まるわかりってわけだ)

〈任せタぜブルー! レッドと一緒にアイアンフォスルを倒しに行く!!〉

〈了解だ! 無茶だけはするなよ、おっさん!〉

 

 そんなことをタダでさせてもらえるはずがない。アイアンフォスルは両舷からウロコをばらまき、その巨大な船体からは考えられないほどの旋回速度で――まるで生きているかと錯覚させるほどに――左旋回し、尾部の砲を撃ち、上ヒレにある砲を撃ち、口の中にある拡散砲を繰り出していく。

 空を舞うウロコは何かに触れることで爆発する性質を持つ。そんなものが上空を漂うだけでもかなりの脅威になる。爆発性ウロコの処理自体は機関砲を撃つなどすれば簡単だが、あまりの物量に処理速度が追いつかなることもあるし、処理しているところを拡散砲で撃たれるリスクは高い。

 さらに2機のシルバーホークが相手をしているのはアイアンフォスルだけではない。ル級flagshipが2、遠い後方にはヲ級flagshipが1、シルバーホークの撃墜を狙って動いている。

 

 アイアンフォスルの撃墜に向かったレジェンドとオリジンは、アイアンフォスルとル級の繰り出す極密の対空砲火に晒されていた。レジェンドの設置バーストでも防ぎきれず、2機のシルバーホークのアーム強度は徐々に減衰していく。

 だが、それはレッドやオールドの戦意を削ぐことにはならなかった。

 この状況が非常に危険である、というのは二人の共通認識である。であるなら、その迅速な解決のためにはなにが必要なのか――言葉なしに二人は心が繋がったのを確信すると、オリジンは手近なル級めがけて急加速した。

 矛先を変えたオリジンに向けて強烈な対空攻撃を展開するル級。これらをまともに受ければ侵食変質が進んだオリジンでも足が止まり、そこを攻められアームを失い墜落するだろう。だがオリジンの後ろにはレジェンドがいる。

 

〈頼ムぜレッド!〉

〈分かってます〉

 

 短いやり取りが終わる前に、オリジンの機体下部を細く蒼いビームが走る。一対の接地脚の間を通る。2機を襲うル級の対空攻撃の大部分が無力化される。

 一直線に並んだ爆発。その上ではオリジンが急上昇し、過剰な右ロールをしながら急下降。その間にオリジンはなんの攻撃も仕掛けていない。

 なにかがおかしいと直感したらしいル級は航行速度を上げつつ、両腕に備える盾のような砲台を防御のために構えた。

 

 しかしそれは遅すぎた。あっという間もなく海面スレスレ辺りまで落ちてきたオリジンは、その勢いのままル級の上半身を「吹き飛ばし」た。

 赤黒いのだか紺色なのだか、よくわからない色の液体が残された下半身から噴き出るが、すぐに海に沈んで見えなくなっていく。直後、オリジンの「口」はル級の首をも噛みちぎり、無残な姿を海に沈めていく。

 この勢いのままオリジンはもう一人のル級flagshipの武装に食らいつき、ほとんど裸にされたところを制空権争いに勝利し突っ込んできた味方の艦攻・艦爆の攻撃が襲っていく。

 爆炎が晴れた頃には満身創痍の体のル級がふらついているが、それを呑み込むように蒼く太いビームが直撃し、貫通した。レジェンドの通常バーストだ。照射が終わった頃には、もうル級の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――かいぶつ。それが、シルバーホークへ抱いた古鷹のすべてだった。

 赤の機体がレジェンド、青の機体がネクストという名であることを知っている。この2機がバースト機関という攻防一体の兵装を振るうことも知っている。それらが対巨大戦艦戦において多大な戦果を上げていることも知っている。

 7月の終わりか8月の始めの辺りに、オリジンというシルバーホークが小森提督のところに参入したことも知っている。バースト機関が使えなくてもそれを上回る大火力を有していることも知っている。文字通り敵を捕食することは知らなかった。

 

 戦闘機が、敵を、捕食する――そんなバカなことがあるわけがない。

 それにオリジンはあんな色をしていなかったはずだ。黄色のシルバーホークであったはずだが、赤黒い紋様が刻まれていることも、機首に獰猛な口が備わっていることもなかったはずだ。

 小森提督はこのことを大本営に報告しているのだろうか? アイアンフォスルが放つウロコが飛来するのを撃ち落としながら、古鷹は頭の片隅にそんなことを考える。わからない。コンマ1秒で判断を下し、仲間たちにエールを飛ばしながら、心のなかでかぶりをふった。

 

 すでにヲ級は飛龍と蒼龍の航空部隊が沈黙させている。残るはアイアンフォスルのみ。3機のシルバーホークに囲まれれば、もう為す術はなかった。

 大元のウロコは全てバースト砲で焼きつくされ。上ヒレも破壊され、最後に放ったバースト砲はレジェンドとネクストにカウンターをとられて爆散していった。

 

 だが古鷹はシルバーホークに恐れを抱いていた。

 戦闘中のオリジンの圧倒的な強さに目を見張っていた、というのもある。それ以上に古鷹が怯えたのは、オリジンの「咆哮」だった。

 深海棲艦を全て倒し、残るは巨大戦艦のみとなった時、オリジンは赤い光を発して獣のような音を大空に軋ませたのだ。機体の不調ではない。機体に口や紋様を刻んだ「なにか」がそうさせているのを古鷹は直感した。それがただただ恐ろしい。

 

 

 

 巌提督の待つ鎮守府へ古鷹たちは帰還する。

 隣には小森提督が増援として差し向けた艦娘たちがいる。レジェンドは赤城の、ネクストは加賀の飛行甲板へ、他の艦載機らとともに帰還していく。オリジンはかなりふらついた調子で龍驤が広げていた巻物の上に着艦、発光して式神に姿を変えてしまった。

 その様子を見ていた古鷹は赤城と目があってしまった。赤城は柔らかい微笑みを投げていたが――それもまた、古鷹にはどこか恐ろしさを感じさせるものがあった。

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