艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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「亡命者」との取引

 紅玉が別の部屋に消えてから一時間が経つ。

 あまりにも時間の進みが早い。

 小森提督は腕時計を確認すると、艦娘たちが広間のテーブルの飲み物やお菓子を口にし始めているのを見てホッとしていた。

 オールドやオリジンを気遣うのは仲間として嬉しいし心があたたまるが、緊張ばかりでは心身ともに苦しいだけだ。そんなことをオールドはこれっぽちも望んでいないはずだ。おじさんひとりのためにそんなガチガチになんなよ――扉の向こうでそんな声がしてもおかしくないな、と小森提督は思う。

 そうだ。飲み物やお菓子はこうした緊張をほぐせないかと紅玉のきづかいなのだろう。小森提督がコップに口をつけると、紅玉が広間に戻ってきた。

 

「おまたせ。……で、加賀と赤城にここに残ってもらう理由だよね、話していないのって」

 

 ええ。ソファーに深く腰掛けた紅玉に加賀が頷く。

 この理由は小森提督も教えてもらっていない。とにかく「他にシルバーホーク発艦を担当している艦娘とシルバーホークを持ってきて欲しい」としか伝えられていない。

 

「理由を話す前に説明しないといけないことがあるんだけど、深海棲艦との戦いで通常兵器がほとんど有効ではない理由は分かるよね」

「……深海棲艦はある種の霊的存在だから、霊的要素のない攻撃手段は通用しない。幽霊に素手で殴りにいって倒せるかという話でしょう」

 

 艦娘なら誰でも知っていることを喋らせるとはバカにしているのか――とでも言いたそうな顔をしている、と小森提督は直感する。どうも加賀は紅玉に対して素直な好感を寄せられないらしい。

 

「そうそう。だから、通常兵器のシルバーホークは、深海棲艦に直接攻撃しても思ったようなダメージを与えられなかった。だけどオリジンは、侵食を受けたあとのオリジンはとんでもない戦果を叩き出せてるね。敵の上半身を食い破るだなんて、すごいね」

「どうやってそんなことを知ったの」

「だって一応は、大本営に『特殊霊的技術者』っていう重要人物としてかくまってもらってるわけだし、積極的に協力したいから各地の情報を得ようとしているだけだよ。もちろん非公式な動きだけどね」

 

 ということは、なんらかの方法で紅玉は各鎮守府の動向を見守っていることになる。小森提督は心臓をキュッと握られたような錯覚を覚えた。いつもお前たちを見ている――紅玉は堂々とそんな宣言をしたのだ。

 

「……あまりいい気分ではないわね。で、特殊霊的技術者はレジェンドやネクストになんの用があるのかしら。あと、私と赤城さんにも」

「付喪神って知ってるかな」

「……妖怪のことかしら。それともアニミズムのような思想のお話?」

 

 万物に霊が宿るとする思想をアニミズムという。そして付喪神は古いモノに霊が宿って生まれる妖怪のことをいう。子供の時に読んだ本のことを思い返した小森提督は、加賀が不機嫌そうにしているのをヒヤヒヤしながら見守る。

 

「君たち艦娘の核になっているのは船魂というものだってのは知ってるよね。でも船魂ってのはこう、ちがうんだよ。元はこう……船の守護神っていうかさ、航海の安全を願う神っていうかさ。わかる?」

「ええ」

「だけど船魂は、いまじゃ文字通り『船の魂』って認識をされてて、実際にそれは間違いじゃないんだけど。ちょっと話がずれちゃったな、まあでもなんだ、こう――」

「言いたいことがあるならはっきり言ってくれないかしら」

「――怖い怖い、目が怖いって。で、艦娘が深海棲艦にダメージを与えられるのは、船魂が霊的なものであるから。幽霊が相手なら、幽霊が殴りに行けばいいってことね」

「それで?」

「レジェンドとネクストにもいるんだよ、付喪神」

 

 一瞬だけ動きを止める加賀と赤城。ふたりは背負っていた矢筒からシルバーホークの矢を取り出すとまじまじと眺めた。矢の中ではレッドとブルーが準備していて「なんだ?」「出撃か?」と問いかけの言葉を広間中に広げていた。

 つばを飲んだのかジュースを飲んだのか、とにかくゴクリと喉を鳴らした赤城が「そんなふうに見えないけどなあ」と呟く。その呟きに加賀が頷いた。

 

「私も同意見です」

「どうしてそう思うのかな?」

「先に話したけど、レジェンドもネクストも深海棲艦への直接攻撃でダメージを与えることは困難だった。付喪神なんて霊的存在がついているのなら、この2機だってもっと活躍できたはず」

「それはね、付喪神の力が弱いからなんだよ。確かに付喪神はいる。でもその力はかなり微弱なんだ。んで、私ならシルバーホークの付喪神をいじって力をブーストさせて使い物にさせられる。どう、預けてみない?」

 

 乗りました! すぐに赤城が食らいつくようにレジェンドの矢を差し出す。

 事態の急展開に驚いたのか、矢尻の部分からレッドが光を伴って抜け出てきた。四肢を義肢に置き換えたサイボーグ妖精である。

 レッドはすぐにテーブルの上に飛び降りていた。ネクストの矢からもブルーが飛び出し、テーブルの上に着地する。ふたりの女性パイロットはいつでも出撃できるようにパイロットスーツに身を包んでいた。

 

「ちょっと、赤城さん!」

「こんな都合のいい話を逃すわけにはいきません!」

「都合が良すぎます! ネット通販のセールやレストランの半額営業なんかとは次元が違うんですよ!」

「うっ……確かに加賀さんの言うことも一理あるわ。でも、レジェンドとネクストが対深海棲艦戦もこなせるようになるなら……」

 

 赤城が迷うのも無理はない、と小森提督は思う。

 これまでシルバーホークの主な役割は、現行の戦闘機を凌駕するスペックにものを言わせた偵察と、対巨大戦艦戦闘くらいのものだ。

 強力な戦闘機であるのに通常兵器という枠組みが重い足かせになっている。その足かせを外すことが出来るなら、対深海棲艦戦もこなせるようになる。それは艦隊全体にとって大きな助けになる。この魅力は赤城も加賀も同じくらい評価しているに違いない、と小森提督は見守る。

 

「赤城さん、ちょっと待ってて。紅玉、付喪神のブーストにはどのくらいの時間が掛かるの」

「たぶん3日もあれば終わるよ。ただ君たちの協力も必要だから、その間はここにいてもらうことになるけど」

「それが私たちにここにいさせる理由ってわけね。妖精たちも必要なのかしら」

「そうだよ。ちょっと窮屈な思いをさせるかもしれないけど、まあ悪いようにはしないから」

 

 情報は提示させた。判断は任せる――小森提督は、自分を見つめる赤城と加賀にそんなことを言われたような気持ちを抱いた。

 元々、オリジンとオールドの治療をするなら龍驤はその期間だけ大本営にとどまるだろうと小森提督は考えていた。

 そうであれば鎮守府に戻ってからの哨戒活動や緊急出撃の際に、赤城と加賀という強力な艦娘を頼ることが出来る。鳳翔だってとても頼れる艦娘ではあるのだが、彼女一人になにもかもを任せるというのは忍びないし不安もあった。

 赤城と加賀がいない時間が3日。それは決して楽観することの出来ない時間だ。小森提督は考え、考え、考えぬいて、自分の両腿をぱんと叩いた。

 

「わかった。紅玉さん、あなたに預けます」

「ちょっと提督――」

「加賀ちゃん、鎮守府の守りのことなら大丈夫だよ。鳳翔ちゃんがしっかりしてくれるって」

「――あの人だけに空母の任務を全て押し付けるつもりですか!?」

「んなことはないよ! ちゃんと鳳翔ちゃんばかりがつらくなるようなことにはさせないし、鎮守府の守りだってきちんと固めてみせるから」

「嘘はつかないと約束してください」

「努力はする。何事にも絶対はないから、約束はできない」

「……ふふっ、提督はこんな時まで提督なのですね。わかりました、私も賛成することにして、満場一致にしましょう」

 

 困ったように加賀は笑う。笑っていなかったかもしれない。小森提督には加賀の表情が読めない。

 ごめんね、と小森提督は返し、ひとつ深呼吸して両手をギュッと握ると視線を紅玉へと向ける。手のひらが汗ばんでいる。飲み物が入っているコップにちらりと目をやるが、手は伸ばさなかった。

 

「交渉成立みたいだね」

「ええ。だけどひとつお願いしてもいいかしら」

「なあに?」

「龍驤ちゃんはオリジンとオールドの治療に付き添う必要はあるの?」

「いいや。鎮守府の防衛が心配なら連れて帰っていいよ。赤城と加賀には残ってもらわないとダメだけど、治療が終わってもオリジンがブーストされた付喪神を失うことはないし」

 

 それってどういうことや、と龍驤が横槍をいれる。

 小森提督も疑問に思っていたことがある。オリジンとオールドは、あの特殊な深海棲艦からどんな攻撃を受けたのだろうか。そもそも特殊な深海棲艦の正体を紅玉は知っているのだろうか。疑問は湧いて出るばかりで、留まるところを知らない。

 

「前から気になっていたことがあるんや。紅玉、あんたなら分かるかもしれへんな、質問させてもろてええか?」

「ん?」

「オリジンとオールドを侵食させた奴は見たこともない深海棲艦やった。たぶん空母のやつと思うんやけど、ロールプレイングゲームでいうとこのボス敵みたいな風格があったんや。そいつのことについてなんか知っとるか?」

「……ごめん、それは分からない。亡命して逃げてきた後で、あいつらが次のステージに突っ込んだ産物かもしれない。だけどシルバーホークと妖精を蝕んだものについては説明できるよ。あれは一種の呪いだね」

「の、呪い?」

「そう。武器や防具が外せなくなるアレだよ。その深海棲艦はまず、シルバーホークに宿っていた微弱な付喪神をブーストさせたんだ」

「オリジンにも付喪神があったんやな……」

 

 ルビーの言葉に龍驤は考えこむように顎に手をやる。

 艦娘の五感にも捉えられないほどの微弱な霊的要素なら、深海棲艦を倒す助力にはならないだろうな、と小森提督は改めて思う。

 

「で。神様っていうか、その核となる神霊(しんれい)っていうのがあるんだけど。艦娘の核になる船魂も神霊の一種で、共通点がある話になるんだけどね」

「なんの話や?」

「神霊には(にぎ)(あら)っていうふたつの性質があるんだ。和の魂とか荒の魂とか書くんだけど、まあ、荒魂ってのが神霊の荒々しい側面で、和魂ってのが優しい側面なんだ。きっと新種の深海棲艦は、オリジンの付喪神の荒魂に強く干渉して、荒魂だけをブーストさせたんだろうね」

「その結果が機首に口が生えたり、色が変わったりってことなんやな」

「絶対とは言い切れないけど、まあそういうこと。パイロットの妖精が影響を受けてしまったのは、たぶんシルバーホークと密接な状態にあったからだろうね。オリジンにかけるはずの呪いの巻き添えになってしまったんだ」

「……オリジンも、オールドも、ちゃんと復活できるんやろな」

「私は人類側でただ一人の特殊霊的技術者なんだから。大丈夫だって、安心して任せてほしいな」

 

 自信満々、どんとこい。紅玉の丸い瞳は静かに、しかし声を大にして龍驤に訴えている。

 ふと吹雪と金剛が気になった小森提督はそちらに視線を向けると、オリジンとオールドが治療されることや、レジェンドとネクストが強化を受けることに喜びを隠し切れないで小声で話をしていたのを認めた。

 

「……わかったわ、そこまで言うなら任せる。けど、もしものことがあったら覚えとれよ」

「ずいぶん肩入れしているんだね。それは機体に? それとも妖精に?」

「どっちもや。どっちもうちの大事な仲間やねん。もっと言うならレジェンドとネクストもや。なにかアホみたいな細工でもしてたらただじゃおかないで」

「……うん。それじゃ、今回のお話は終わりかな? 提督は龍驤と金剛と……吹雪だよね、この子たちを連れて帰るんだね」

 

 小森提督は頷き返し、赤城と加賀に視線を向ける。いつのまにか、彼女たちの肩の上にはシルバーホークのパイロットが乗っていた。

 

「お、提督、もう行っちゃうのか?」

「話し合いたいことは終わったんだよ、ブルーちゃん。それに鎮守府にいてもサイレントラインって秘密回線でここと連絡はできるから」

「そっか……わかったよ。じゃあな提督。みんなも」

 

 加賀の肩の上にいるブルーが手を振る。鎮守府に戻る者たちも別れの挨拶を口にして、次々に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 小森提督たちが去った広間に残っているのは、赤城と加賀と紅玉くらいしかいない。他にはシルバーホークや他の艦載機のパイロットの妖精が、機を封じた矢の中でじっと出番を待っているくらいだ。

 飲み物を改めて注ぎ終えた紅玉は深々とソファーに腰掛け、最初に加賀の顔色を伺う。

 なにを考えているのかよく分からない、仮面をかぶっているのだと言われれば信じてしまいそうなほどの無表情。隣の赤城は美味しそうに自分が注いだ烏龍茶を口にしている。話しかける相手は赤城にしようと判断するのに一秒も要らなかった。

 

「案外早く終わったね」

「そうですね。それじゃ、私たちの強化もお願いしますね」

「よしきた! ……ところでさ、小森提督って、なにか隠し事でもしてなかったかな。ここだけの話」

「え?」

 

 予想外の不意打ちのような衝撃が赤城に走る。言葉に詰まる赤城に紅玉の視線は向いていない。隣の加賀が表情を変えていないことに驚き、目を向けていたのだ。

 

「ポーカーフェイスが得意なんだね」

「表情筋がかたいだけよ。……提督が隠し事をしているですって?」

「さっきも言ったけど、独自に情報を仕入れられるルートが私にはあるわけよ」

「……ないわね。提督が誰にも話していないだけかもしれないけど、あなたに隠していることなんて想像もつかない。それに、もしもあったとして素直に教えるとでも思っているのかしら」

「亡命者とはいえ、一応は偉い人みたいなものなんだけどなあ」

「私の知ったことではないわ」

 

 紅玉にとって加賀の冷たい返答は予想外であった。

 聞き慣れない異国の言葉を耳にしたような、しかしはっきりと意味のわかる不思議な感覚。それに打ちのめされる紅玉は、加賀に続いて口を開くブルーと呼ばれた妖精から目が離せない。

 

「さっきから聞いてりゃ、まるで提督が悪いやつみたいに言うじゃないか。さすがに不愉快だとか言われても文句はねえよな」

「……ああ、まあ、不愉快そうに聞こえるように喋ってるからね」

「どうせシルバーホークまわりについて提督が隠していることはないかとか、そんなことを探ろうとしているんだろ? だったら無駄だ。意味がない」

「君も、そこのサイボーグみたいな妖精も、秘密に出来るようなことを喋ってないって?」

「そういうことだな。……さーて、あたしらの強化をしてくれるんだろ? 悪いがそっちが想定していた対価は支払えないが、サービスはしっかりしてもらうからな」

 

 わかったよ、と溜息混じりに紅玉が頷く。そうすることしかいまの彼女には出来ない。そんな紅玉を見てレッドが腕を組みながら静かに口を開く。

 

「やはり亡命者は私たちへのスパイか。あるいは、それに準じたなにか……」

 

 小さな声のはずが広間によく通っている。赤城の肩の上でサイボーグ妖精は、紅玉が「スパイってわけでもないんだけどなー」とこぼしながらも、素直に話を聞こうとしているのを認め、言葉を続けていく。

 

「……おそらく大本営の一部が、シルバーホークに関してなんらかの疑いを持ったに違いない。今日の日付は23日とあるな。今日以前にどこかから情報提供があったと考えていいだろう」

「情報提供?」

 

 聞き返したのは赤城だった。自分の肩の上の妖精を両手にのせ、揃えた膝の上に動かし、そのまま喋ってもらう。

 赤城にはレッドがなにを言わんとしているのかはわからなかったが、きっと根拠の無いことではないだろうと確信している。初めて出会ったあの日、アイアンフォスルに殺されかけた自分を助けてくれたこのふたりは、絶対に信頼に値する存在だ。

 

「ああ。たぶん、南西諸島基地の青海提督だろう。青海春(あおみはる)という名前の提督だ」

「青海提督? 近々、小森提督が南西諸島基地に行くって言っていたけど、それまでの間に防御を固めてくれている提督ですよね?」

「そうだ。……9月19日の夜の頃、小森提督と共に私は軍部の報告書を読んでいた。秘密郵送されるアナログな書類ではなく、30以上の桁数のパスワードを何重にも重ねてログイン出来る軍部の情報サイトのデジタルな報告書だ。あの場所では報告データは逐次蓄積されていく。小森提督の数少ない提督らしい活動は、毎日それを眺めることだ」

「たしか機械を扱うのは苦手だとか言っていたのに……小森提督は陰でそんな努力をしていたんですね」

「話を続けるぞ。先の19日に小森提督は軍部の情報サイトである報告書を読んだ。南西諸島基地の防衛を務める青海提督が送信(アップデート)したものだ。中身は『哨戒活動中に2機のシルバーホークを鹵獲した』というものだ」

 

 その情報は知っていたのだろう。紅玉は特に驚くことも怒ることもなく頷き、テーブルの上に陣取ったレッドに注目している。

 一方で赤城と加賀は初耳だというようにレッドを見つめている。確かにこういう情報は小森提督が呼び出して口頭で伝えるものだろうな、と勝手に納得しながらレッドは言葉を続けることにした。

 

「青海提督の仲間になったのは、フォーミュラとヴァディスと呼ばれるシルバーホークだ。簡単に説明すると、フォーミュラはダライアスではない別の文化体系による改造を施されたシルバーホークバーストだ」

「ということは、レジェンドやネクストのようにバースト機関が扱える?」

「そのとおりだ。主翼が爪のようなパーツなのが外見の特徴で、どんなシルバーホークよりも機動性が高く、攻撃性能も高い。だがどのシルバーホークよりも通常攻撃の射程は劣る」

「なるほど。じゃあヴァディスっていうのはどういうシルバーホークなんですか?」

「惑星ヴァディスで改造されたオリジンだ。外見はオリジンとあまり変わっていないが、ウェーブと白玉(ミサイル)や、ウェーブとウェーブの同時発射がやたら高い発射レートで繰り出せる。攻撃が得意なシルバーホークだ」

「ふむふむ」

「ただ攻撃が得意すぎて、艦娘と共同した行動は取れないと思う。ヴァディスシルバーホークには、ある秘密兵器が隠されているんだ」

「秘密兵器……」

 

 その言葉の響きは赤城の琴線に触れていた。一瞬、ぽかんとしたように動きを止めた赤城は、その直後になんとも嬉しそうな表情を浮かべている。こんな彼女は見たことがないと言わんばかりに、長く共に戦ってきた加賀も唖然としている。

 

「ヴァディスが搭載している特殊兵装、その名はブラックホールボンバーという」

「なんだか強そうな名前ですね!」

「強いぞ。敵味方関係なしに全て殺すのだからな」

 

 え。

 赤城と加賀が口をそろえ、レッドから視線を外せないでいる。敵味方の区別なく殺してしまう特殊兵装。いったいそれはどんな凶悪な効果なのか――そんなことを考えるまでもなく、赤城は欠陥品だと直感した。

 あまりにも強すぎて兵器としての運用ができないのであれば、それは使いどころを見いだせない失敗作と同義だ。例えるなら、ワクチンや治療薬を用意出来ていないウイルス兵器は欠陥品だ。

 だが。レッドがそんなことを口にしたことを赤城は疑問に思った。おそらくヴァディスシルバーホークは遠い宇宙で活躍していた宇宙戦闘機のはずだ。そんな環境でベルサーと戦闘をしていたのなら、敵を全滅させても味方をも巻き込む欠陥品を運用できるはずがない。

 

「レッドの言い方だとちょっと違うな。ヴァディスのブラックホールボンバーは、シルバーホークが編隊を組んだりダライアス艦隊と一緒に戦ってた時は普通に使えるんだ。レッドが言おうとしていたのは、艦娘と一緒に戦っている時は絶対に使えない、ということだよ」

「ん。すまない、ブルー。まあそういうわけだ。ブラックホールボンバーは、いうなれば極々小規模のブラックホールを形成する爆弾だ。これがどういうことか分かるか?」

 

 確かにそれなら艦娘は死ぬわね、と加賀が呟く。

 ブラックホールというものについて赤城は詳しい知識を持たなかったが、加賀が不安や諦観をもってそんな呟きをしたことに対して信頼は寄せている。自分の大事な仲間が生死に関わることでいい加減な発言をするはずがない。

 

「ブラックホールってのは超重力でなにもかもを引きずり込んで、飲み込んで、それでおしまいってわけさ。赤城、これで分かってくれたか?」

「吸い込んで飲み込んで、飲み込まれたものはどうなるのですか?」

「どうもならねえよ赤城。飲み込まれて、それでおしまいだって言ったじゃないか」

 

 つまりはそういうことなのだ。ブルーの言葉に赤城は戦慄した。汗が体中からふきだすのがとても気持ちが悪い。

 宇宙戦争で使われた爆弾。地球人類史上では未曾有の威力を秘めた宇宙規模の兵器に、赤城は自分の足が震えているのを自覚した。隣の加賀も冷静を装っているが、心のなかは穏やかではないと赤城には分かっている。

 だが、紅玉だけは心の底から冷静でいるらしいと赤城は踏む。一度深海棲艦の陣営にいた女なのだ、その精神構造は常人とは違うのかもしれない――そう思うことにした。

 

「話を戻そう。とにかく、その青海提督が情報サイトにアップデートした報告は、シルバーホークの鹵獲だけではなかった。機体解析の結果、艦娘向けの装備として携帯型アーム発生装置を用意できそうだ、ということも報告にあがっていた」

「レッドちょっと待って。質問していい?」

「どうした、赤城」

「アームっていうと、シルバーホークの防御スクリーンのことよね?」

「そうだ。……その艦娘用アームには、ブラックボールボンバーへの対策も織り込まれている。亜空間関連技術の応用で装着した艦娘のまわりの空間を弄って、超重力の影響が無いようにするというものだ。これはシルバーホークやダライアスの宇宙艦が標準で装備しているものだな」

「なるほど、なるほど……それで、どうして紅玉さんがスパイってことになるんです?」

「まだ分からないか? 加賀はもう察しているみたいだが」

 

 5秒待って。右手をレッドに向けた赤城は必死になって考える。――もしかして、こういうことかしら?

 

「……遅い段階でシルバーホークを手にした青海提督が、機体解析で新しい艦娘用装備の開発に入っている。だったら早い段階でシルバーホークを手にした小森提督は、どうして機械解析をしなかったのか。新しい艦娘用装備があれば、絶対に戦いは楽になるのに」

「そういうことだ。まあ、紅玉が大本営かどこかから差し向けられた人間だとは思わんよ。おそらく自発的に情報を集め、大本営に報告するつもりだったのだろうな」

 

 空母ふたりと妖精ふたりの視線を浴びる紅玉は「ま、どっちでもいいんだけどさ」とため息をつく。

 心の底からどうでもよさそうに脱力し、自分を見つめる赤城と加賀の顔を見やる紅玉。彼女は烏龍茶を飲み干すと、もう一度ため息をついて、わかったよ、と口火を切った。

 

「その調子なら小森提督がなにかを隠してるってことはなさそうだね」

「最初から隠すことはなにもないと言っているのだけど」

「だから加賀、そうやってつっかかるのをやめてくんないかな。……ま、君たちの強化を始めるとしよう。付喪神のブーストだ。デメリットはそんなにないよ、消費する燃料や弾が急に増えることはないだろうし。でも……」

「でも? まだ何か?」

「……小森提督がなにを隠しているかっていうのは、まだ明らかになっていないね。隠していることがあるのか、そんなものははじめから無かったのか。それが知れれば楽しかったんだけどな」

 

 くだらない、と加賀が断ずるように口にする。それを無視するように「ついてきて」と席を立った紅玉に赤城と加賀が続く。彼女たちの頭の上にシルバーホークのパイロット妖精が乗っている。

 

 

 

 しかし。

 赤城は前を行く紅玉という亡命者が次第に信じられなくなっていた。

 特殊霊的技術者という能力は信じてもいい。しかし。なぜシルバーホークバーストを強化してくれるのか、オリジンやオールドを助けようしてくれたのか、そもそもどんな理由があって亡命する気になったのか。

 紅玉にどんな利益があって、人類側を助ける気になったのだろう。それが分からないとどこか薄ら寒い、気味の悪い印象を拭い切れない。そのことを尋ねられれば、と赤城は思うが、下手に踏み込んで心変わりでもされたらたまったものではない。

 いつか紅玉がどのような過去を歩んでいたのか知ることができれば――そんな日が来るのを、赤城は諦め半分に祈った。

 

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