ブラックホールボンバー使用シークエンス
・全艤装の展開を中断。艦娘は全攻撃を取りやめ、戦闘圏内からの離脱を実行。
・艦娘側が砲弾や魚雷を放っていないことと、シルバーホーク以外の艦載機の全着艦を必ず確認すること。
・艦娘側が完全に逃げの体制に入ったところで、ヴァディスシルバーホークが敵中心部に突撃、敵上空からブラックホールボンバーを投下。
・その際、戦闘に参加している艦娘は「携帯式アーム発生装置」を作動させること。
――策定者、南西諸島基地防衛担当、青海春
9月26日、太陽が半分ほど東の海から顔を出す頃。
瑞鳳は短弓にフォーミュラシルバーホークバーストを封じた矢をつがえながら海を滑る。その後ろにはヴァディスシルバーホークを封じた矢をつがえる祥鳳が続く。
彼女たちはたったふたりで南西諸島の海を行く。独断での行動ではない。彼女たちの上官、青海提督の命令によるものだった。
事の起こりは、深夜に執務室に届いたひとつの知らせだった。
深夜3時。執務室で仮眠をとっていた青海提督は、浅い眠りを通信機の通知音で打ち破った。
暗闇に灯る暗い緑色の光。通信機のモニタのバックライト。その表示によれば、通信先は深夜の哨戒任務にあたっていた潜水艦の艦娘、伊19からのものであった。
「こちら青海。イク、なにか異常が?」
〈大変なの! 南の海から、敵の大群が来ているの!〉
「なに、大群だと……なにがどのくらい押し寄せているか、その規模は分かるかね?」
〈この調子だと基地には朝の8時までには到着するの……敵は
冗談のような数字の敵が一斉に押し寄せている――悪夢のような現実にめまいを覚えながら、青海提督はしっかりと踏みとどまった。そう、自分は南西諸島基地を任されている人間なのだ。こんなことで気を失ってどうする。一番つらいのは奴らと対峙する艦娘たちなのだぞ!
「イク、敵の中に巨大戦艦は確認できたかね?」
〈ふざけたお魚戦艦はいないのね。もしかしたら別働隊かなにかでいるかもだけど……〉
「分かった。深海棲艦は
〈
「なるほど、状況は把握した。こちらで急ぎで艦隊を編成して迎撃に向かわせる。イク、下手に迎撃しようと思うな。だが敵の状況を偵察できるのは君しかいない。発見される距離を避けながら敵の状況を知らせつつ撤退せよ。全速撤退はこちらの指示を待て」
〈っ……了解なのね〉
「つらい任務を負わせてすまない。だが、もし発見されても君に渡していた新装備が身を守ってくれる。携帯式アーム発生装置は試用試験段階だが、信頼性はそれなりにあるはずだ」
〈シルバーホークの防御スクリーンと同等のものを使えるんでしょ? なら、頼りにしてるの!〉
「ああ。頼んだぞ、イク。迎撃艦隊を送った後で連絡をする。以上だ」
伊19との通信を終えた青海提督は、基地全体に非常事態を宣言。眠りについていた艦娘らを全員起床させ、迎撃艦隊を編成した。
その際に進言をした艦娘がいた。軽空母、祥鳳。彼女はこの状況こそ「ブラックホールボンバー使用シークエンス」の試用試験を行うべきだと進言したのだ。
大群というにはあまりにも言葉の勢いが足りない敵勢に対し、一手で非常に有効な攻撃手段は存在しない。手段を地球外の、宇宙の文明に求めないのであれば。
だがブラックホールボンバーは、一応の
執務室に呼び出された祥鳳は嫌な顔ひとつせず、どこまでもまっすぐで覚悟の色がにじみ出た表情で了解の旨を返した。
そこに異を唱えた艦娘がひとりいた。
祥鳳の妹、瑞鳳である。姉をひとりで出撃させるのは無茶で、あまりにも危険過ぎると反対し、自分も共に出撃することを、半ば怒鳴りつけるかのように青海提督にぶつけた。
青海提督のプランでは、祥鳳の後にちゃんとした迎撃艦隊を編成して向かわせるつもりであったし、その艦隊に瑞鳳も加えるはずだった。そのことを青海提督は伝えた上で、後に合流することを条件に、祥鳳と瑞鳳の姉妹艦で第一艦隊の編成をすることを宣言した。
こうして瑞鳳と祥鳳は早朝の海を艤装を携えて行く。どちらも真剣な表情で、一分たりとも精神のゆらぎを見せてはいない。
戦艦空母重巡あわせて48もの敵を相手に、たったふたりの空母艦娘が立ち向かう。誰もが馬鹿げた、無謀の髄を極めた無能の繰り出す作戦と断ずるだろう。
けれども。瑞鳳は限界までフォーミュラの矢を引き絞ると、ギュンと大空へ放った。まだ満足に明るくない明け方の空はやや曇り気味だが、雨が降る心配はない。後ろの祥鳳もヴァディスを発艦させると、通常の艦載機を宿している矢を素早く用意した。
「瑞鳳。ヴェルデに前方の偵察を行うように言って」
「わかった。……ヴェルデ? 聞こえる?」
〈バッチリ聞こえているよ。どうした、偵察か?〉
「うん。私たちと敵との距離を教えてほしいな」
〈了解だ。なんたってブラックホールボンバーの試用試験だもんな、アーム発生装置はちゃんと動作しているか?〉
瑞鳳と祥鳳が同時に装置のスイッチを入れると、ふたりの体を囲う緑色の膜が展開する。〈上出来だ〉とヴェルデが発言するが早いか、フォーミュラはあっという間にふたりの頭上から遠く離れていってしまう。
〈ふたりとも聞こえる? こちらはブラックホールボンバーの効果半径を定めているところよ。それなりの高度から敵中枢へ突入、投下し、帰還するけど、ちゃんと効果半径を設定しないと、備えがあっても巻き添えをくうかもしれないわ〉
ヴァディスのパイロット、ヒストリエの無線通信だ。
なにか考えこむように祥鳳は小さくうなり、瑞鳳はヴァディスがブラックホールボンバーを投下するとどうなるか想像を膨らませる。
高い高度から急降下爆撃を敢行するヴァディス。赤いシルバーホークはフォーミュラが搭載するバースト機関の支援を受け、大滝のような対空砲火弾幕をくぐり抜ける。
折り返し地点に相当するのは最適な座標への到達。その場でブラックホールボンバーを投下。
起爆。
あたり一帯に超重力が発生し、敵群を一掃する。
この場面だけはうまく想像できない。超重力。とてつもない重さが敵の体にかかって押しつぶすのだろうか? いや違う、ブラックホールボンバーは「引きずり込む」爆弾のはずだ。では、引きずるとは、いったい?
「効果半径は4キロメートルに設定して。私たちは直接では敵と戦えないから、10キロ以遠の距離を維持します」
〈了解よ〉
〈ヴェルデ、了解。いざって時はバースト機関で逃げの支援をするさ。んで、前方20キロの地点に小さな島がある。丘のような地形もある、身を隠すのに使えそうじゃないか?〉
「ええ、わかったわ。瑞鳳、とりあえずそこまで前進するわよ」
頷き返した瑞鳳は祥鳳の後ろに続く。
ヴェルデからの無線連絡はまだ続いている。いまだに敵影を確認することはできていない。
敵が向かっているところの真正面からふたりが進軍しているのを考慮しても、単純な計算では、敵が基地にたどり着くのに3時から8時までの約5時間の時間を要するはずだ。
そこに瑞鳳たちが迎撃に向かっているのだから、彼我の速度を一定としても、接敵は2時間30分後という計算になる。難しいことを考慮しないで計算すると、伊19が敵群の接近を知らせたのは3時なので、敵群と瑞鳳らが接敵するのは5時30分になるはずだ。
瑞鳳と祥鳳が出撃したのは4時10分。やや基地に近い海域で戦闘が発生するだろう――頭のなかでそんな考えを巡らせた瑞鳳は、今頃基地を出発したであろう第二艦隊が到着するのは思ったよりも早くなりそうだと安堵した。
しばらく前進すると、ヴェルデからの報告通りに孤島があるのを瑞鳳は目にした。先を行く祥鳳が指を指したのは切り立った崖だ。
「あの崖のところで身を隠すわ!」
「わかった!」
「提督? 現在の座標は――」
祥鳳がスマートフォンめいた端末を手に青海提督への連絡を図っている。その間、瑞鳳は次に発艦させる機の矢の準備を整えつつ、フォーミュラとの「リンク」を試みた。
目を瞑って精神統一。真っ暗なはずが、次第に視界を得る。白い雲の中を吐気がするほどの高速で動き回る。時々、右や左にロールして一回転しては、雲の切れ間から高度を下げて様子を伺う。まだ深海棲艦の黒い影は見えない――
いまの瑞鳳は「フォーミュラシルバーホークバーストが見ているものを見ている」。艦娘としての戦いかたで誰も実践していないことから、瑞鳳はその能力が自分特有のものであることを見抜いていた。
同時に他言はしないほうが良いとも判断している。ただでさえ艦娘は通常兵器からかけ離れた特異なものだ、その上でさらに特殊性があるなど知られたら瑞鳳にとって都合の悪いことが起こるのは明白だった。
「――瑞鳳、敵は30キロ前方に迫っているわ」
「え?」
「ヴェルデ! 新しいデータを転送するから、その地点の偵察を!」
〈了解だ。っと、こっちの方に方角の修正だな。ひとっ走りしてくるぜ!〉
敵は進路を変えていたらしい。この島を通るかどうかはかなり微妙なところではあるが、下手に動きまわって狙いのつけられやすいところに位置取るのは悪手だろうと瑞鳳は思う。
「大丈夫よ瑞鳳。敵は必ずこちらにやってくる」
「言い切っちゃって大丈夫?」
「ええ。いま、イクちゃんがこの島に向かっているから。ほら、これが提督の転送してくれたイクちゃんの移動ルートよ」
端末の画面を向けられる瑞鳳。青海提督が情報の修正・更新を加える事ができるアプリケーションが起動しており、この近辺の地図情報が表示されている。
確か現在の伊19の任務は、敵の偵察を行いながら撤退するというものであったはずだ。
潜水艦娘であれば誰もが着用するスクール水着めいた制服の下は、これでもかと言わんばかりに豊満な身体つきをしている。瑞鳳とは真逆の印象のある彼女だが、青海提督は鼻の下を伸ばすことなくしっかり向き合い、頼れる仲間として接しているのを瑞鳳はよく知っている。
見つかれば死の矛先が自分に向けられる――想像しただけでゾッとするような任務を長時間続けている伊19は、瑞鳳と祥鳳へは無線連絡を行っていない。正確な情報をやり取りするために提督とだけ連絡をとり続けていた。
端末の画面表示によれば、伊19は祥鳳旗艦のふたり艦隊と合流し、その後で後方支援を行うことになっている。
もしも直接的な戦闘になれば自分たちの全滅は避けられないが、第二艦隊も思っていたよりは近い場所まで移動している。それでもまともにやりあえば数の暴力で押されるだけだ。
どう考えても絶望的な状況に、瑞鳳は逃げ出したくなる気持ちを自覚した。だが。だが、祥鳳を置いてひとりだけ安全な場所に逃げたくはない。それに、安全な場所とはどこだろう?
「大丈夫なの、瑞鳳」
「姉さん?」
「シャキッとしなさい。……なにがあっても、あなたは私が守ってみせるから」
「……ありがとう。私も、姉さんを守ってみせる。鈴谷たちも、青海提督も」
その意気よ。祥鳳がそう返すのと、海面から紫がかった青い髪が現れたのはほとんど同時だった。
ふたりの近くに顔だけ浮上させた伊19がいる。いつも元気で明るいように振る舞う童顔には極度の疲労と消耗が見える。
「ふたりとも、お疲れ様なのね」
「イクさんこそ! ……敵はもう近くに?」
「そうなのね。大規模な輪形陣が3つで来ているの! ふたりとも、アーム発生装置っていうのは持ってるの?」
「大丈夫。ほら、見えにくいかもだけど、薄い緑の膜があるでしょ?」
「あ、本当なの! これがあればブラックホールボンバーも大丈夫なのね!」
明るく振る舞って心配をかけさせまいとしているのを瑞鳳は見抜く。祥鳳もそれが分かったようだが、深く気遣う余裕はないようだった。
敵が来た――ヴェルデからの無線通信を聞いた瑞鳳の心は、絶望に沈むことなくしっかりと前を見つめている。
前方15キロメートル。まだ目視圏内ではないが、フォーミュラの機影は視認され、怒涛の対空砲火を受けている。敵航空機も続々と発艦し、迅速機敏を極めたフォーミュラの機動でも逃げ切ることは難しい。
〈ヒストリエ! ブラックホールボンバーだ!!〉
〈了解よ。降下を開始するわ〉
瑞鳳はフォーミュラとのリンクを試みる。彼女も祥鳳も、ブラックホールボンバー使用シークエンスに則り、シルバーホーク以外の機を発艦することが出来ない。
伊19は海中に潜り、魚雷による先制攻撃の準備だけをしている。ブラックホールボンバーが不発に終わった時の備えだ。
フォーミュラが見ているもの。それは色が薄くなって減衰が認められるハイパーアーム。大滝を逆にしたようにした対空砲火のせいで前が見えない空。深海棲艦の黒い影で覆われた海。
思わず悲鳴があがりそうになるのを押さえつけた瑞鳳は、自分の耳に〈
瑞鳳がリンクして見ているフォーミュラの視界。確かフォーミュラにはブラックホールボンバーの効果を視覚的に確認できるようにビデオカメラが搭載されていたはずだ。そのことを思い出した瑞鳳は、次の瞬間、フォーミュラの視界が真っ黒になったのを認めた。
「瑞鳳! ……空が呑まれていく」
祥鳳の呼びかけでリンク解除。本来の視覚を取り戻した瑞鳳は、遠い水平線の向こう側が真っ黒になっているのを見た。そこだけが夜の世界になっている、というわけではない。
そこに瞬く星はなく。あるのは光すら押し潰して呑み込む超重力の場だ。なにもかもが歪んで見える。白い雲が引きずり込まれていく。空の青色も。それらを目に伝える光すらも。水平線の向こうにある超重力の場は、全てを歪めている。
全てを歪め、吸い寄せる暗黒。――これは本当にこの世の出来事なのか? 瑞鳳は恐怖した。心臓の裏側にぞうっと触れるような、原始的な恐怖。
ごわあ。
強烈な突風が後ろから吹く。これまでほとんど無風であったはずが、どうして? 不審に思った瑞鳳は、自分たちが身を隠している崖の一部が「吸い込まれる」のを見た。おそらくは脆い部分が崩落し、しかし着水することなく暗黒に吸い込まれていく。
起爆地点からどれだけ離れているかを考え直せば、これがあり得ない現象であると瑞鳳は驚愕した。ブラックホールボンバーの起爆地点は瑞鳳たちがいる孤島から約15キロメートルは離れている。敵がそこから前進したとしても11、2キロメートル先であるはずなのだ。
効果半径は4キロメートル。それでも超重力が離れた場所にも作用するのだとすれば海流にも影響が出る――直感した瑞鳳は海に手を伸ばそうとして、それよりも先に祥鳳が伊19を引き上げようとして、
「っ、イクちゃん!!」
「わああーっ! 助けてなのー!!」
間に合わなかった。にわかに勢いを増した海流が、海面に顔を出した伊19を無慈悲に連れ去っていく。行き先は敵群のいる方角。超重力が森羅万象を蹂躙しようとしている危険な領域だ。
「姉さんはそこで待ってて!」
瑞鳳はひとつ間をあけて、その瞬間を遠くに投げ去るように海を滑っていく。
仲間を助けださねばならない。いまから全速で駆ければ追いつく。なのにどうして自分の身のかわいさに動くのをわずかでもためらったのか。恥を知れ、この臆病者め――
「わわっ、いやああっ!!」
――伊19の体が海面から飛び上がる。
否、超重力の影響だ。不自然にぶわっと浮き上がると、首根っこを掴まれたかのように後ろ向きで吸い寄せられていく。
「イクさんっ!! アーム!!」
慌ててパニックになりつつあった伊19は、はたして瑞鳳の声を聞くことができた。制服の胸元に隠していたらしいアーム発生装置を起動させると、伊19は緑色の膜に包まれ、乱暴に海面に叩きつけられてしまう。
まだ助かったわけではない。超重力から逃れて海に落ちた伊19を、強引に捻じ曲げられた海流がさらっていく。それでも瑞鳳は仲間を諦めていなかった。少しずつだが距離を縮められている。そう、このままいけば助けられる。
「イクさんあと少し! 手を伸ばして!!」
「わかってるのね!!」
両手を伸ばしてもがく伊19。彼女を助けようと瑞鳳は果敢に前進するが、それは超重力を引き起こす暗黒に自分から近づいているのも同じだった。
緑色のアームが超重力から守ってくれるとはいえ、瑞鳳は災厄の渦に近づくことに恐怖した。
誰が好きで十字架を背負って磔刑に処されようというのか。
誰が好きで電気椅子に座ろうというのか。
それでも瑞鳳は伊19に近づく。あと少し。任務の時間帯が違うのであまり積極的に話しかけていた仲間ではないが、助けない理由にはならない。少なくとも瑞鳳にとっては。
「ほら、つかまって!」
ついに伊19と瑞鳳の手が結ばれる。瑞鳳が強引に引き上げて連れて行こうとするが、それはうまくいかない。伊19が海面に立って海を滑ろうとするが、潜水艦娘である彼女は海を滑る力が弱い。得意なのは潜航であるが、いまは危険な海流のせいでその動きは取れない。
もうひとり、普通の艦娘が助けてくれるなら――超重力の暗黒に背を向ける瑞鳳は、強烈な向かい風に顔を下げながら願う。祥鳳が共にいたなら簡単にあの島まで戻れただろう。しかしいまの祥鳳は旗艦を務めている。ふたり艦隊であっても最低限の重要性までもが薄れることはないので、いたずらに危険な場所に晒すことは出来ない。
「ーっ、瑞鳳! 一緒に行くわよ!!」
そう聞こえたのは幻聴か。姉の声すらも歪んで聞こえた瑞鳳は、しかし右隣に祥鳳がいるのを確かに認めた。一緒にイクさんを助け出そうとしてくれた――言葉なしに確信した瑞鳳は心のなかで感謝し、なにかを伝えようと大声を出しているのに耳を傾ける。
「あの島の上陸できそうなところまで避難するわ!!」
異論はなかった。祥鳳と共に伊19を支えて前進する瑞鳳は、超重力の天変地異の余波がさらに強まるのを肌に感じる。空を、海を、光を捻じ曲げ、乱暴に吸い込んでいく暗黒。それは先に見た時よりも大きくなって、電撃さえ放っている。
「あれが、ブラックホールボンバー……」
感嘆の呟き。瑞鳳はこの世の終末さえ予感させるような光景を前にして、戦いへ向けての緊張感を手放しつつあった。
とうとう超重力の暗黒は海面すら引き寄せている。巨大な渦をまいて海が暗黒に向かって昇っていく。神々しいのか、禍々しいのか、判断すらまともにつかない。
そして瑞鳳は「昇る海」に数多の深海棲艦が巻き込まれているのを見た。そのせいで多量の黒点が「昇る海」に埋め込まれているかのように歪まされまいと、捻じられまいと、抵抗のために砲撃している。しかしその殆どが暗黒に吸い込まれるか、他の巻き込まれている深海棲艦に命中して同士討ちに終わるだけだ。
なんとか先の孤島までたどり着き、上陸できそうな浜辺に落ち着いた瑞鳳は、そこでようやくブラックホールボンバーの効力が弱まりはじめたのを感じた。見れば、小さな崩落を起こしていた崖の背の高さが半分ほどまで縮まっている。
確か見上げるのに首が痛みだすような高さであったはず――迫力も威圧感も失せた崖を見て、瑞鳳は呆然としていた。
「? なんか流れ着いてきたの……っ、これって!?」
伊19が浜辺の一点を指差している。そこに目をやった瑞鳳は、ブラックホールボンバーが引き起こした凄惨なものを見てしまった。
深海棲艦が用いる艤装の一部分が大量に打ち上げられている。ル級の砲と盾が一体になったもの。リ級が備えていた砲。ヲ級がかぶっていた艦載機発着艦装置。かろうじてそれと分かるものが、紺色をしたなにかで色濃く彩られている。
〈よし、敵影はナシだ。瑞鳳、大丈夫か? 着艦したいんで、どこにいるか教えてくれ〉
しめて48もの数があった敵が全て消えてしまった。ヴェルデの陽気な報告に瑞鳳は愕然とした。
喜ぶべき報告であったはずだ。
安堵すべき結末であったはずだ。
それなのにどうして心はこんなに震えている。どうしてこんなに恐怖しているのだろう。
「……さっき隠れていた島の浜辺にいるわ。ビデオはちゃんと撮れていたの?」
〈そりゃもうバッチリ録画済みさ! 帰ったら青海提督に提出だろ?〉
「そうだけど。それじゃ着艦準備に入るから戻ってきて」
〈オーケー、んじゃ戻るぞ、ヒストリエ〉
陽気なヴェルデの声。わかってるわ、と返したヒストリエも動揺している気配がない。
彼ら「宇宙人」の、森羅万象を蹂躙する
見えない大きなガラスの壁。ふわりと着艦するフォーミュラに乗り込む宇宙人との決定的な違い。ブラックホールボンバーという切り札と、それを行使することになんのためらいもない宇宙人に、瑞鳳は確かに恐怖を抱いていた。