小島の影に駆逐イ級。3体1編成。
瑞鳳は偵察機にリンクし、これが見ているものを自分で知覚した。件の小島の近くには睦月と如月が警戒態勢を取りながら航行している。このままではイ級の奇襲を受け、戦闘続行が不可能な大ダメージを負う可能性があった。
「睦月ちゃん、如月ちゃん! 左手の島の影にイ級が3ついるよ! 爆撃機をそっちに差し向けるから、退避して!」
襟元の無線機に向けてくらいつくように瑞鳳が大声を出す。揃った了解の返事を聞いた瑞鳳は、手近な空域に飛ばしていた九九艦爆4機編隊に指令を送った。
偵察機に気付いたイ級らが反転、待ち伏せしていた場所から逃げ出そうとしたが、急速に迫る九九艦爆編隊の爆撃からまぬがれることはなかった。パイロットの妖精から敵の爆散報告を受けた瑞鳳は、次に意識を傾ける場所を考えた。
いまの瑞鳳が航行しているのは、見通しの良い東の海である。ここにも偵察機を飛ばしている瑞鳳は短い間隔の定期報告を聞きながら、扶桑と山城から少し離れたところを追従していく。
潜水艦娘と駆逐艦娘の合計4人の艦娘で固めている南の群島にも偵察機は飛んでいる。これらからも定期報告はやってくる。その結果として、どんな行動を起こさなければならないかを瞬時に判断し、攻撃機や戦闘機を発艦させ、これらの補給をし、管理する。
考えねばならないこと、為さねばならないこと、そのどちらの量と質が尋常ではない。思考回路が焼ききれそうなのをどうにかおさえながら、瑞鳳は遠い海を睨みつけた。
〈おいおいおい、大丈夫かい瑞鳳ちゃん! 次に俺がどこに行けばいいか、指示を頼むぜ!〉
やたら陽気な調子で話しかけてきたのは、フォーミュラシルバーホークバーストのパイロット、ヴェルデだった。
戦闘開始から2時間以上は経っているが、そのせいで元々陽気な性格が更にハイになってしまっているのだろう。そう断じた瑞鳳は、しかしヴェルデが戦闘に必要な要素を失っていないことを確信する。
最後にフォーミュラを向かわせたのは、戦艦ル級eliteが3と空母ヲ級eliteが2の艦隊で迫っていた北東の海だった。
青海提督が操作している
それが確か7分ほど前のことだったはずだ――軽く頭を叩きながら、瑞鳳は端末に目を落とす。タッチ入力で偵察機からの連絡の内容を書き入れているそれは、かなり雑な記入をしたノートのような印象があるが、少なくとも瑞鳳は内容の把握は出来ていた。
「ヴェルデ、補給は? 残存燃料と弾薬の報告!」
〈どっちも3割切ってやがるな〉
「なら早くもど――いや、一度基地に戻ってから〈補給箱〉を回収して、それからこっちに帰還して!」
〈了解だ。ったく、今日はすげえ忙しいな〉
軽く笑いながらヴェルデは通信を切り上げる旨を伝え、すぐに切れてしまう。
瑞鳳は自分の体にロープで縛り付けている大きな浮き輪に目をやる。そこには艦載機の補給に用いる補給ペーストの空箱があった。箱の中身は瑞鳳の懐にしまわれているが、それも尽きかけている。
長丁場の戦いになるのは予想されていた。結果、艦娘の艤装への補給は必要になるが、その度に基地に戻っていては、強い防衛ラインの構築の障害になる。
そこで戦地で艤装への燃料・弾薬補給が出来るようにと青海提督は考え、急ごしらえではあるが補給箱という仕組みを作り上げた。一般的な弾薬箱をひとまわり大きくしたような見た目をしているが、重さは10キログラム程しかない。中にはパッケージングされた燃料と弾薬が用意されている。
瑞鳳が自分に結んでいる浮き輪にある補給箱には、相当量の補給ペーストと、扶桑と山城が装備する35・6センチ連装砲用の弾薬と、彼女たちの艤装を動かす燃料があったが、1時間以上も激しい戦いを繰り広げれば消耗し、傷もつく。
定期的に届く補給箱。青海提督が飛ばしているUAVに吊るされているが、同じように吊るされた
高速修復材は20と少しを数えるほどしかない貴重品ではあったが、被害報告を受ける青海提督が判断し、戦場で命を削る艦娘たちに届けていた。とはいえ本来は入渠施設で使うもの。素のままで高速修復材を浴びても、その効果は本来の一割にも満たない。
〈瑞鳳、30秒後にはそっち着くぞ。補給箱も吊るしてもらった。拳三郎のおにぎりもあるぞ! 美味かった!〉
まだ12時ではない。端末を確認すれば、10時20分を表示している。
少し前に扶桑と山城のふたりと協力して敵艦隊を全滅させている。食事と補給をする余裕くらいはあるはずだった。
「ずるい! ならもう、早くこっちに戻ってきて! 扶桑さんと山城さんも!」
〈分かったわ瑞鳳。山城、一度下がるわよ〉
姉さま待ってくださいー、と疲れきった様子の山城の声が無線機から聞こえる。
早く過酷な戦闘が終わりになればいい。端末を見て、情報を書き入れ、艦載機を発艦させ、指令を飛ばし、自分も好都合な場所へ動き、敵を討ち、味方を援護する。そんなことを続けている瑞鳳は心身ともに疲弊しきっていた。
戦闘終了は、残り3つあるというブラックホールボンバーを使いきってからだったはずだ――瑞鳳は朝のブリーフィングを思い出しながら、9時頃に第一のブラックホールボンバーが起爆したのを思い出した。
アレを使うということは北西の海を覆うほどの大艦隊が出現した、ということになる。そうでなくとも同等の脅威があれば惜しげも無く使うはずだ。
そんな考え事の続きをする暇はない。南の群島がある海域に飛ばした偵察機と、何もない東の海に飛ばした偵察機からの報告を受ける。敵影無し。警戒を続けなくてはならないが、ようやく敵は一度勢いを落としたらしい。
それにしても、と瑞鳳は思う。初めてブラックホールボンバーが使われた時といい、昨日に基地防衛戦を展開した時といい。そして今日の基地防衛戦もそうだ。敵はどれだけの戦力を非効率的に使っているのだろう?
基地を陥落させるだけなら、もっと多くの戦力を同時に用いれば良いはずだ。ここの艦娘は10人しかいない。10人。たった10人だ。
こんな戦力で守れるものなどたかが知れている。シルバーホークの助けがあってもやはり、10人という人数の少なさは目につく弱点だ。
(……それに、敵の残存兵力という観点から考えても不自然すぎる。無尽蔵に兵力を使えるのならこんな意味のない動かし方が出来るけど――ん? これを前提として考えるなら、敵がそうしている理由も説明がつけられる?)
深海棲艦側が無尽蔵の兵力を有しているというならば。こんなわけのわからない物量作戦に説明がつけられる。敵に失うものなどどこにもない。故にどんな頭の悪い作戦を繰り出しても問題がない。
(いや違う。敵は私たちを疲弊させようとしている。……それに、ベルサーはいったいどこに? 前にゴールデンオーガとかいう巨大戦艦を繰り出して以来、奴らもなりを潜めている。……この基地を潰すつもりなら、深海棲艦とベルサーが本当に協力関係にあったとして、ベルサーが参戦しない理由はないはず)
ベルサーがこの戦場に現れないことを不審に思いながら、瑞鳳は自分の元へやってきた扶桑と山城を迎える。その頃には補給箱を吊るしたフォーミュラも到着し、ヴェルデの巧みな操縦テクニックで浮き輪の上に補給箱が放り込まれる。
すぐに山城が補給箱のふたを開け、密閉されたジャムの瓶のようなガラス容器を取り出し、自分の艤装の給油口を開ける。ガラス容器に入っているのは艦娘用艤装を動かすための燃料だ。
その隣で扶桑が手にしたのは、背負っている艤装で撃ち放つ砲弾である。これはひとりで弾薬庫に移すのは難しいので、瑞鳳も腕をぷるぷるさせながら手伝った。
1分と経たずに補給箱を使っての艤装補給は完了した。しかしきちんとした施設での補給作業ではないので、どうしても完全な補給にはならない。
全体の7割ほどしか扶桑と山城は補給が出来ていない。瑞鳳も、懐にしまっている補給ペーストの数は十分とは言えない。
だが3人は補給箱に入っていたおにぎりにとても満足していた。海苔をまいた塩おにぎりだったが、絶妙な塩加減が効いている。疲れがすこしどこかへ飛んで行くのを瑞鳳は感じていた。
「瑞鳳さん、偵察機の報告は?」
「南の海のも、東の海のも、どちらも異常を感知していません」
こうして補給と食事をとっている間も、瑞鳳は無線機から偵察機の定期報告を受けている。どうやら今日の敵の第一陣はこれで終わりのようだ。
「よし! 姉さま、次も共に頑張りましょう!」
「ええ……でもなんだか、嫌な予感がするわ」
扶桑の返しに瑞鳳も頷く。このまま努力すればすんなり撤退戦が出来るとはどうにも思えない。
「そういえば姉さま、増援に小森提督が来るという話でしたね。……その提督はどうやってここまで来るつもりなのでしょう? ここの基地は本土から遠く離れているのに?」
「明日着任するというのだから、一番近い鎮守府か大本営にいるのではないかしら。でも、小森提督の艦隊が助けに来てくれるのは、まだまだ先の話のはず」
ですよね、と残念そうに山城がこぼす。その近くでは瑞鳳が端末を使って連絡を入れようとしていた。連絡先は青海提督のいる執務室の通信機だ。
〈どうしたね瑞鳳、なにがあった?〉
「提督はどう思いますか。……この敵の攻勢を」
〈いま伝えようとしたのだが、北西の海も、南の海も、敵の姿はないようだ〉
「そうじゃなくって。いままでベルサーの巨大戦艦は現れていません。このことをどう捉えますか」
〈……嫌な予感はするね。それに、これまで送り込まれてきた敵勢力は君たちがどうにか対処できるものばかりだ。狙いは君たちの疲弊と、混乱か。いまはまだ耐えられているように思えるが……難しいところだね〉
真剣味を帯びた青海提督の声。瑞鳳も眉間にしわを寄せつつ、敵が採ってくるであろう作戦の択を予想する。
「……たぶん、いや、おそらく、敵はここぞというところに巨大戦艦を投入すると思われます」
〈なぜそう思うね?〉
「敵は無尽蔵の兵力を有しているものと思われます。そうでなければ、いくら疲弊させるためとはいえ、こんな比効率的な用兵をするわけがありません」
〈うむ。……撤退の準備を早めるとしよう。敵が用意している巨大戦艦は、あの脅威度の低いゴールデンオーガだけとは限らないのだからね。拳三郎に作業ペースを早めるように伝えよう〉
「はい、お願いします」
〈我々の役目はなるべく多くの敵を倒しつつ、皆がそろって撤退することだ。だが。貴重な艦娘という戦力をわずかでも失う訳にはいかない。臆病者や無能呼ばわりされ、世間から冷たいものを突きつけられようと、君たちを守りぬいてみせよう。そのために……俺を信用してくれないかね〉
もちろんです。瑞鳳はしっかり言うと、任せてくれと青海提督が返し、ここで通信が終わった。
「瑞鳳さん! 提督とお話をしていたのでしょう、なんとおっしゃっていましたか?」
「すこし撤退を早めるかもしれない、とのことです。戦況報告には十分に気をつけま――」
扶桑の問に位最後まで瑞鳳は言えなかった。突然の強風。なにもかもが歪んでいくような、奇妙な感覚。
ブラックホールボンバーが起爆したのだ。遠く遠く離れた北西の海で、光も海も弾も魚雷も吸い上げ。数多の深海棲艦どもを殺戮する。祥鳳と鈴谷と熊野が戦っている海ではそんなことが起こっているに違いないと瑞鳳は思う。
「――あと一回だけブラックホールボンバーを発動すると撤退ですね」
「ええ。ん、提督から全艦娘への連絡だわ」
その通知は、瑞鳳と山城が持っている端末にも届いていた。音声での一方通行な連絡。瑞鳳はすぐに端末を耳に持って行った。
この時瑞鳳は北西の方向になにか違和感を覚えた。ブラックホールボンバーが起動し、なにもかもを歪めつつ捻って吸い込んでいるのに、どうして「そちらからの風」が吹いているのだろう?
〈緊急事態だ。……敵巨大戦艦、ストームコーザーが出現した。この巨大戦艦は大嵐を生み出す能力を持っているようだ。それが基地北西50キロの地点に出現、基地へ急速接近している〉
大嵐。超重力をも上回る程の風が、遠くはなれている自分たちのところまで余波が及んでいる――瑞鳳はそのことを理解し、背筋の凍る感覚を覚えた。ああ、もう、宇宙戦争なら宇宙でやってよ!
〈敵の気象兵器の優位性はブラックホールボンバーを上回っている。5分と経たずに基地は壊滅するだろう。全艦娘は一度基地へ帰投し、すぐに東へ向かえ。フォーミュラは現時点をもって発艦担当艦娘から補給を受け、指定したポイントへ急行し、亜空間跳躍装置の出口を形成せよ。ヴァディスは敵巨大戦艦へ最後のブラックホールボンバーを投下してから、亜空間跳躍装置の入口を形成せよ。以上だ、生き残ろう〉
青海提督の言葉はそれで終わった。瑞鳳は偵察機に着艦命令を出しつつ、辺りに敵がいないことを確認し、基地へと向かっていく。
〈瑞鳳ちゃん! 補給頼むぜー〉
「分かった。全艦載機へ、フォーミュラの着艦・補給を優先します。上空で待機して!」
〈こんなにぶっ続けで戦うのは厳しいよな。疲れてるだろうけど、撤退するまで頑張れよな!〉
着艦したフォーミュラに補給ペーストを塗りこみ、すぐに発艦させる。東の、大本営に近い指定ポイントへ飛ぶフォーミュラを見送りながら、瑞鳳は改めて戦意を強める。
自分も、扶桑も山城も、他の艦娘だって疲れ果てている。だがこれで終わりではない。反撃のための撤退だ。これで戦いが終わるわけではない。気を抜いて死ぬのだけは避けなければならない。
(そうだよね、青海提督。……いまは生きて帰らなくちゃ。生きてさえいればまた戦える。生きてさえいれば……)