艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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南西諸島基地撤退戦・後

「こんなことをしている場合じゃないです! 早くしないと、南西諸島基地の青海提督たちが危ない、死んでしまうかもしれない!!」

 

 小森提督が声を荒げたのは大本営の地下。紅玉が住んでいる地下空間の客室。病的なまでに白ペンキで塗られている壁の時計は朝の8時をすこし過ぎた時間を示していた。

 この客室には3人の人物がいる。

 赤いソファーに座らされ黒い軍服を着ている小森提督。

 青いソファーに座って紅色の巫女服を着ている紅玉と、穏やかなのか厳ついのかよく分からない、白い軍服を着た男だ。

 白い軍服に大きく印象的な勲章が2つ。白銀と漆黒の鳥。

 この男の名を小森提督は知っている。鵤樹生(いかるがみきお)。大本営の元帥。歳は50を少し過ぎているはずだが、若いようにも老いているようにも見える。小さなテーブルをひとつ挟んでも、元帥の威圧感だけは免れることはなかった。

 大嵐を前にしても動じないような威厳。迫力。これはある種のインタビューだ。それでも小森提督は自分の気持ちを捻じ曲げるつもりはない。

 

 

 

 

 

 

 小森提督と艦娘たちが大本営に到着したのは午前7時30分である。シルバーホーク発着艦を担当する赤城、加賀、龍驤の3人と、これを護衛し前線を維持するために金剛、比叡、吹雪の3人が抜擢されていた。

 赤城と加賀は大本営の地下、亡命者である紅玉とともに過ごしているので、現地で救援に向かう話をしなければならない。そのための段取りを考えていた小森提督は、連れていた金剛たちを指定された部屋に待たせることになった。

 紅玉の世話役である島崎の話では、最初に紅玉と話をする必要があるとのことだった。一応の納得をした小森提督は案内を受け、廊下を歩き、そこで待ち構えていたのは鵤元帥と、その後ろに隠れる紅玉であった。

 

「鵤元帥がなぜここに……? 紅玉さん、これはいったいどういう――」

「ゴメン小森さん。どうしてもこの人にだけは教えなくちゃならないんだ。亡命するとき、そういうルールを決めててね。条件だったんだ。大丈夫、隠れて新装備開発とかしていたのは、まだ元帥しか知らないんだ」

 

 なにが大丈夫だ。

 ハメられた。

 信用しているとか、そういう話はウソだった。

 小森提督はそう直感した。紅玉は上層部に隠して新兵器開発をしていた者を売った。いや、それが彼女に課せられた役割なのだ。

 そうして反乱を企むような危険のあるものを排除することも、紅玉に課せられたもののひとつなのだろう。だが、ここで自分が捕らえられてしまえば、命をかけて戦っている青海提督の部隊を助けに行くことは叶わない!

 覚悟を決めた小森提督は、表情を険しくすると、紅玉と鵤元帥の顔を睨むように見つめていく。なんとかしてこの状況を打開しなければならない。

 

「……小森あきこ提督。君にはいくつか、質問をしなければならないことがある。あそこの客室に場所を設けた。艦娘は別室にて待機させておく。来たまえ、逃げ場はないぞ」

「私は、いまの私には、なんの罪が問われていますか」

「知りたいか? 反乱を企てていると疑われ、反逆罪だ。いくところまでいけば、極刑もありうる」

「きょっ――元帥、この話はひとまず置いておかねば、青海提督と彼の艦娘たちが死んでしまうかもしれません!」

「それとこれとは違う話だ。……現状、意識を向けるべきなのは、南西諸島基地ではなく、内部の危険因子なのだよ。さあ、来たまえ」

 

 ついてこなければ殺す。言葉にしなくとも、鵤元帥の強烈な雰囲気は小森提督を圧倒している。それでも小森提督は臆することなく、しっかりと頷き返すと、鵤元帥と紅玉のあとに続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして小森提督は、地下の客室で尋問を受けている。尋問というには待遇が良いが、十中八九、待ち受けているのは絶望的な状況だ。提督の任を解かれるか――いや、どう考えても処刑される。

 それならば。精一杯の抵抗を。自分の艦娘に窮地に瀕している仲間を助けに行かせなければ。小森提督は心のなかで決めると、ぐっと両拳を握り、声を荒げた。

 

「こんなことをしている場合じゃないです! 早くしないと、南西諸島基地の青海提督たちが危ない、死んでしまうかもしれない!!」

「……そうだ。確かにこのままでは、南西諸島の提督と艦娘は危険だ。だがそれ以上に危険なのは君なのだよ、小森提督。地球にない技術を用いた新装備の開発をするのはいい。とても良いことだ、敵との戦力差を埋める好都合な手段だ。青海提督のように我々に通達さえすれば、という但し書きがつくがな」

「分かっているならこんなところで油を売ってるヒマなんてないんですよ! 現状、一番力になれるのは私の艦隊で、亜空間跳躍装置を使えば一瞬で救援に向かえるんです! こんなところで邪魔をされるわけにはいかないんですっ!」

 

 激しい小森提督の言葉を黙って受ける鵤元帥。紅玉もまた、真剣そうな面持ちで小森提督を見つめている。言葉を続けたまえ――言外にそう伝えているのだと直感した小森提督は、ひとつ息を吸って、鵤元帥を強く見つめる。

 

「私が大本営に新装備開発の旨を伝えなかったのは、重大な軍規違反です。そのことはどれだけ謝っても許されるものではない、と考えています。でも、だからこそ。これが私の最後の任務になってもいい。出撃させてください!」

「……君の艦隊が出撃した後に、地球外の技術を用いた新装備で反旗を翻さないという保証はない」

「そんな、なにをバカな――」

「ありえるわけがないと思っているのだろう。これまで艦娘と協力して海を守り、危険な地球外の戦力をうまく鹵獲し、敵を討っていた。そんな自分が軍に、無辜の人々に銃を向けないと思っているのだろう。だが、それは君の心の話だ。私は違う。私は、君を、まったく信用していない。それだけのことをしているのだよ」

「――っ」

「しかし、だ。現状、君の艦隊くらいしか南西諸島基地の救援に向かうことは出来ない。他の艦隊が挑むことも出来るかもしれないが、軍が抱えるリスクを減らすことのできる可能性があるという点で、君たちが出撃するのは大いに意味のあることだ。違うか?」

 

 危険な戦場に不穏因子(裏切り者)を投げ込んで殺す。小森提督は直接に戦場の海へ行くわけではないが、部下の艦娘を削ぐくらいは出来る。小森提督への処分は個別に行えば良い。

 不穏分子と思われている自分の戦力を削ぐのは、軍にとって大きな利益があると小森提督は判断した。艦娘はとても貴重な戦力ではあるが、いまはもう第二艦計画が発動している。希少価値は以前よりは下がっている。

 

「だからといって、艦娘をただのコマのように――」

「コマだよ。知らなかったのか?」

「――くそっ……たれぇ」

 

 鵤元帥を強く見つめる小森提督の眼差しに憎しみが宿る。それでも鵤元帥の顔色は変わらない。なにを考えているのかよくわからない、しかし小森提督に対する敵意だけが本物の、恐ろしい人物だ。

 

「小森提督。ひとつ聞かせてもらおう。なぜ、君は、我々に新装備開発のことを隠していた? 隠していた理由はなんだ、話したまえ」

「……ようやく確信が持てた。あなた方には武器も、艦娘も、なにもかもを任せられない」

「?」

「私は、あなた方上層部に、不信感を抱いていました。それに、今になってようやく、信用するに値しないと判断できました」

「ほう?」

「あなた方にシルバーホークから手に入れた技術を渡せば、この戦いはきっと終わるでしょう。世界の海から深海棲艦と巨大戦艦は消え、平和がやってくる。でも、地球人類に過ぎた力は、きっと新しい争いを呼び起こす。……シルバーホークを鹵獲して、共に戦って。そうしてきた私の心にはある不安がありました。この宇宙戦闘機が平和だった時代にあれば、どんなことが起きてしまうのかと」

 

 ここで小森提督は深呼吸した。鵤元帥はなにも動じないように表情を変えないが、きちんと小森提督の言葉を受け止めている。

 不穏分子の言葉でも聞いているあたり、思っていたよりはしっかりした人間のようだと小森提督は感心した。いや、これだけ人間が出来ていなければ元帥になどなれないに違いない。

 

「言い換えればそれは、地球人類がまだ手にできない力を持ってしまえばどうなるか、ということです。私はその力に……屈しそうになりました。この力があれば平和を取り戻した後で、暴力で大きな権力を手にすることが出来る。なんとか言いくるめて艦娘もシルバーホークも運用できれば、衰えたいまの日本を武力で掌握するのは、たぶんそう困難なことではないはずです」

「……ではなぜそうしていない。軍を信用していないのであれば、それは反逆の理由としてもっともらしいと思うが」

「私が大事にしている人たちを裏切りたくないからです。地元に暮らしている家族を、一緒に戦っている仲間たちを、そんなくだらないことでがっかりなんてさせたくない。……それに、そんな悲しいことを艦娘にも、一緒に戦ってくれている妖精たちにも、させたくないからです。自分の大切な人たちを悲しませたくなんて、したくない」

「なるほど、な」

「こんなくだらないこと、だなんて言い切れるほど、私の心は強くありません。でも、そんな心を支えてくれているのは、私の仲間たちなんです。このことを誰かに話したのはこれが初めてです。仲間たちにも、一番親しくしている金剛ちゃんにも、語ったことはありません」

「……それで、どうして軍を信用していないのだ?」

「もうおわかりでしょう。軍のことなど信用に値しないといった理由が。あなたは、あなた方は、艦娘をコマのように扱う人たちだからです。私は彼女たちを大事な仲間として思っている。だから宇宙の技術を悪用しようなんて欲望を潰すことが出来た。でもあなた方は。自分の部下をコマとしか思えない人たちに平和なんてものは目指せないっ!」

 

 目の前のテーブルを強く叩きつけながら小森提督は吼えた。

 小さいながらもしっかりして頑丈な木製のテーブルは、小森提督の両手を傷めさせ、急激に熱を持たせる。それでも小森提督は鵤元帥を強く睨んでいる。

 

「……それが、君の精神か」

「精神?」

「ああ、まあ、おおよそ軍の人間とは思えない、無茶苦茶なことを言っている。だが……だが、それでいい」

「え?」

 

 鵤元帥が表情を変える。小森提督の予想を裏切った、柔和な笑顔だ。となりではホッとしたように紅玉が息をついている。なんだこれは。いったいどういう展開なんだ。小森提督は戸惑いながらも、ふたりの顔を見比べながら様子を見る。

 

「軍を信用していないというのは、軍属の人間としてかなりいただけないが……だが、内なる精神は尊いものだ。自分の仲間を思い、清廉な精神となる。なるほど、紅玉の言っていたとおりだ」

「あの、それはどういう――」

「ダライアスの技術を用いた新装備開発は秘密裏に認められたものだ、ということにしておこう。小森提督、君はこれから南西諸島の撤退作戦を支援せよ。これは公式の作戦だ。迅速かつ的確な働きを期待する」

「――ちょっと待ってください! 私は処罰されるのでは?」

「お望みならそうするが?」

「いや、希望はしていないですけど……」

「すまなかったな、小森提督。時間がないのは確かだが、どうしても確かめなくてはならなかった。君が人の手に過ぎるものを扱うにふさわしいかどうかを」

 

 座りながら鵤元帥は小森提督に頭を下げる。元帥ともあろう者がそんなことをするなんて――小森提督は慌てて立ち上がり、顔をあげさせようとする。

 

「なにしてるんですか! ちょっと、元帥!」

「悪いことをして謝れないのは悪い大人だ。知らなかったのか?」

「いや、そうじゃなくて、顔をあげてください!」

「……時間がないところをこうしてしまってすまなかった。紅玉の言っていた亡命の条件の話は本当だ。紅玉が君を信用していることも聞いた。だが、軍の人間として話を聞かねばならなかった。優先順位は、南西諸島基地へ救援を送ることよりも高かったのだ」

「いえ、だから……わかりました。これより、南西諸島基地への救援艦隊の指揮を執ります」

「その言葉を待っていた。私が言えたことではないが、急ごう。艦娘たちを連れて私についてきてくれ」

 

 頭をあげた鵤元帥はしっかりした所作で客室を出て行く。呆然とはしているが、とにかく自分が処罰を受けないことをなんとか理解すると、小森提督もドアを開けようと歩き出す。

 

「よかったね、いかるんが話のわかる奴で」

「い、いかるん?」

「あの元帥のあだ名だよ! つっても、私しかそう呼んでるのいないけど」

 

 ……紅玉と鵤元帥ってどういう関係なんだろう。そのあたりを聞いてみたくなった小森提督は、しかし目の前の任務に集中することにした。待っていて、青海提督と仲間の艦娘たち。私たちが必ず助けだしてみせるから――

 

 

 

 

 

 

〈おかしい。ストームコーザーは気象兵器なんて持っていないはずだぜ〉

 

 基地に向かう瑞鳳の耳にヴェルデの訝しげな声が聞こえる。着艦に向かう偵察機の報告を確かめながら、瑞鳳はヴェルデに問いかけることにした。

 

「あの大嵐を生み出しているのがストームコーザー(嵐をおこすもの)なんじゃないの?」

〈違うんだ。少なくともダライアス宇宙軍が確認しているデータでは、そんなトンデモ戦艦ではないはずだ。アレはゴールデンオーガが改修されたヤツで、攻撃の熾烈さは比較にならんほどヤバ過ぎるってだけなんだ。気象兵器かなんかを積んでるって話はやっぱ聞いてねえな〉

「何か弱点は?」

〈前にゴールデンオーガと戦ったろ? あの脆い船体を流用しているから、そこにつけこめばすぐに倒せると思う。でもいまは撤退を優先しなくちゃならないな。俺はそこにいないんだし〉

 

 現在、フォーミュラは亜空間跳躍装置の出口を形成するために南西諸島基地を離れ、大本営に近い場所を目指して後退している。瑞鳳の端末に表示されている位置情報が正しければ、もうじき予定のポイントまで到達するはずだ。

 

「そうだね。ヴェルデはもう目標の座標につくところ?」

〈あと1分もかからないぜ。そっちの様子は?〉

「もう基地についた。祥鳳姉さんたちがあと少しで到着して、それから高速艇で離脱するわ」

〈わかったぜ。……みんな無事に帰れるといいんだが。そこの波は結構高いはずだよな、早くしないとまずいかもな〉

 

 ヴェルデが心配していることは瑞鳳も同じだった。

 すでに嵐は近く波は次第に荒れつつある。どす黒くぶ厚い雨雲も基地に迫っている。もうじき艦載機の発着艦が困難になるだろう。体に結んでいた浮き輪の縄を緩めつつ次々に着艦させながら、瑞鳳は空母が弱まるその時間を苦々しく思う。

 

 

 

 基地の港ではすでに3隻の高速艇がいつでも出発可能な状態になっていた。先に帰還していた睦月と如月と、伊19と伊168らが、ふたりずつ2隻の高速艇に乗っている。

 残りの1隻には拳三郎がいた。割烹着のまま、資材を詰めた箱を船に乗せている。重々しい木箱を軽々と運んでいっているが、表情はとても苦しそうに歪んでいる。自分たちが戦っている間、料理や資材運搬に従事していたのだろうと瑞鳳は察した。

 

「ケンさーん! 手伝うよ、私!!」

「大丈夫、これが最後なんです!! 瑞鳳さんはこの船に乗り込んでいてください!」

「わかった!! さ、扶桑さんも山城さんも、早く乗って! 船の操縦は、山城さんが出来ましたよね!」

 

 任せてちょうだい、と山城は返しつつ波止場に上陸し、そのまま高速艇に乗り込む。その後ろに続いた扶桑が心配そうに声をかけた。

 

「山城、大丈夫? 船の操縦なんて出来たかしら?」

「大丈夫ですよ姉さま! 私、人の体を持ってから、いろんな免許をとってるんです! 普通免許に中型免許、大型や大型二輪も――」

「陸の乗り物ばかりじゃない! これ船よ!?」

「海技士の免許もとっています! それに自動操船装置だってあるから、駆逐艦の子や潜水艦の子でもちゃんと動かせるんです!!」

「――それなら安心ね! 山城、頼んだわよ!」

 

 お任せください! と元気そうに山城が返す。いつもは不幸だなんだとダウナーな雰囲気で過ごしている彼女がこんな一面も見せるのか、と瑞鳳は驚きながら、端末に目を落とした。

 ブラックホールボンバーは敵の大艦隊に炸裂し、その大勢をくいとめているらしいことが画像表示されている。祥鳳たちも撤退が進んでいるらしく、1分としないうちに基地に到着することが予測されている。

 

「あとは提督だけね。……提督、聞こえますか!」

 

 波止場にあがりつつ、瑞鳳は端末を使って執務室にいる青海提督に連絡をする。彼女の視線は白い南西諸島基地の最上階に注がれている。

 

〈ああ。もうすぐ撤退だね〉

「早く降りてください!」

〈わかっている。いますぐ――〉

 

 提督の言葉は最後まで紡がれなかった。

 かわりに瑞鳳の鼓膜をつんざいたのは強烈な砲撃音。

 視界にはいったのは黄金の巨大なオニキンメ。

 前に見たゴールデンオーガとは違う。黄金装甲の節には黒い光。eliteの深海棲艦のように赤黒く発光。

 西の空を飛行している。空に水槽があるかのように。殺意を持って基地に迫っている。

 うそだ。あんなのレーダー網に引っかかっていない。なんで、どうして、どこから?

 

〈――亜空間跳躍だ! 敵ゴールデンオーガが基地上空に出現、早く撤退を!!〉

「提督! 早く逃げて!!」

〈奴らは基地を直接叩くために正確な座標を得ようとしていたんだ! 瑞鳳、よく聞け!!〉

 

 その時。

 瑞鳳は。

 なにもかもの流れが止まるのを感じた。

 錯覚だったのかもしれない。そんな知覚はありえないからだ。

 しかし、確かに。瑞鳳の耳に青海提督の声しか聞こえない――流れ星が落ちるくらいの短い時間があった。

 

 すべてを任せる

 

 ゴールデンオーガが尾ビレにあたるところで基地を強烈に打ち付け。

 衝撃と暴風と崩落。

 提督のいる執務室が粉々に吹き飛び。

 暴風にあおられる瑞鳳の耳には酷い雑音が響いて。

 

「あ、ああ」

 

 体の力が抜ける。皿が割れるほどに膝を打ち付け、しかし前にも後ろにも倒れないように体に力を入れる。

 そうして瑞鳳は壊れた人形のように口をパクパクさせると、奇妙に息を漏らしてしまう。

 

「ああ、あ、あ」

 

 両目には涙。

 鼻からも口からもとめどなく液が漏れる。

 そして瑞鳳の喉には絶望がせり上がっていた。

 

「ああ、あ、あああ! 提督! あ、青海提督!! 提督ーっ!!」

 

 崩れ落ちる南西諸島基地。よろよろと立ち上がった瑞鳳の足はそこへ向かって動いている。

 それを真っ向から邪魔をしたのは拳三郎だった。彼もまた涙しながら、しかし意識は故郷への帰還に向いていた。

 

「ケンさん、どい、どいてよ、提督が、まだ」

「死にました!」

「ウソよ。だってまだ、あの中に――」

「提督は、青海春提督は戦死したんです!! 見たでしょう瑞鳳さん、あの巨大戦艦が尾ビレで基地をぶち壊したのを!!」

「――そんな、ウソだ、提督が私たちを置いて、死ぬ?」

「ああもうちくしょう、瑞鳳さん、失礼しますよ!」

 

 拳三郎に抱えられた瑞鳳は、それでも視線を基地から離せないでいた。

 泣きじゃくりながら青海提督の名を叫び、どうにか戦いに備える心構えに戻そうとする。

 しかし。親愛する者との唐突な別れは、瑞鳳にとって耐え難い苦痛であった。すぐに気持ちを切り替え、撤退に臨むことが出来ない。

 

「瑞鳳! しっかりなさい!!」

 

 そう聞こえたが早いか、瑞鳳は自分の頬が殴られたのをぼんやりと知覚した。

 鈍い痛み。

 隣を見れば、そこには祥鳳がいた。上を半分脱いだような格好をして、その後ろには制服をだいぶやられた鈴谷と熊野の後ろ姿。

 鈴谷は駆逐艦娘がいる船に、熊野は潜水艦娘がいる船に乗り込んで、すぐに発っていく。どこかぼうっとした心持ちでそれを見送ると、頬の痛みとともに目がさめるような思い。瑞鳳は、少しずつ青海提督の死を受け入れていた。

 

「姉さん……」

「行くわよ。青海提督はここで一緒に死んで欲しいなんて思ってはいないわ」

「……わかった。行こう」

「ええ。ヴァディスはここから東に少し離れたところで待機させてる。私たちも行くわよ」

 

 うん。涙を拭いながら瑞鳳はしっかりと地面に足をつけ、祥鳳と拳三郎と共に最後の船に乗り込む。

 青海提督が基地ごと吹き飛ばされたのを見ていたのか、扶桑も山城も浮かない顔をしていたが、瑞鳳ほどの深い衝撃はなかったようですぐに動ける状態だった。

 

「山城、この船に積んでるアーム発生装置は!?」

「ありますよ姉さま! さ、みんな乗ったわね!? それじゃ、起動します!!」

 

 瑞鳳たちが船に乗り込むとそんなやりとりをしているところだった。ひとつ間があくと、緑色の膜のようなものが船体上部から展開。全員が乗り込んだ船は最後尾に位置する形で航行を始めた。

 横殴りの雨がどんどん強くなっている。強風に豪雨。空母の出る幕はもうどこにもない天候だ。高速艇も揺れが激しく、船酔いする人間は3秒と経たずになにもかもを口からぶちまけてしまうだろう。

 

「あいつら――」

「え?」

 

 ざざあと荒波の中を駆け抜ける高速艇。瑞鳳はそこで膝をついて小さな、しかし憎しみのこもった声色で、隣で心配している拳三郎の表情を止めた。

 

「――絶対、絶対に、殺してやる」

「……瑞鳳さん」

「さっきはごめんねケンさん。でも、もう大丈夫。さっきみたいに動けなくなるなんて、ないから」

 

 内側からせり上がる憎しみからか、瑞鳳の体は小刻みに震えている。顔にはもう涙はなく、あるのは、基地上空を「泳いで」こちらに砲撃を仕掛けているゴールデンオーガに向けた、憎しみに満ちた眼差しだけだ。

 

「瑞鳳さん、その、申し訳ないのだけど」

「え?」

「青海提督と何か話していましたよね。なにを残されていたのですか?」

「……すべてを、任せるって」

「なら皆さんに連絡しましょう。撤退が完了するまでは、自分が指揮をとるって。リーダーが欠けてしまっては、脱出できるものも出来なくなってしまいます」

「……そうだよね、わかった。ありがとうケンさん。――っ、みんな、聞こえる?」

 

 端末を操作して全艦娘に声が届くようにした瑞鳳は、端末越しに返事が聞こえるのを認める。そのまま端末を両手で持って、船が荒波に揺れるのやゴールデンオーガの外れた砲撃の余波の衝撃に構わず食いつくように叫ぶ。

 

「青海提督は戦死しました! 遺言により、これより撤退が完了するまで、私、軽空母瑞鳳が旗艦を務めます!! みんな、前方にある亜空間跳躍装置のゲートに突入!!」

 

 ひとつ間があいて、端末のスピーカーが壊れそうなほどの了解の返答。続いて、鈴谷が現在の状況の報告を入れていく前置きを話した。

 

〈鈴谷たちがのってる船が一番前なんだけど、あと30秒もすればゲートに突入できるよ。ねえ睦月、操船は大丈夫!?〉

〈大丈夫にゃー! 睦月にまっかせて!〉

 

 元気がよいような振る舞いはいつも通りだが、明らかに無理をしている声色である。瑞鳳は把握した旨を伝えると、そのまま真ん中で航行する高速艇との連絡をとることにした。

 

「イクさん、聞こえる?」

〈彼女はあいにく操船に集中しておりますの。瑞鳳、こちらも40秒後にはゲートに到達出来る見込みですわ――っ、そちらの後方に亜空間湾曲! なにか出ますわ!!〉

「迎撃体制に入るよ! 速度もっと上げて! ここから脱出できればいい、もっと無茶させて!!」

 

 瑞鳳が乗る高速艇の後方にゴールデンオーガが着水する。飛行能力を欠いた、この地球上で広く確認されている巨大戦艦と同じ能力を持ったものだと認めた瑞鳳は、高速艇が積んでいる武器での応戦を決断した。

 深海棲艦との戦いが始まった頃、通常兵器では勝ち目がないと踏んだ人類が、せめて足止めが出来るようにと、破壊力よりも衝撃力を重視した兵器設計に精を出していた。その成果のひとつがこの船には積まれているはずだった。

 ストームコーザーが基地側に近づいているのか、大嵐の影響が次第にひどくなっている。強い雨が高速艇をうちつけて揺らし、艦娘もロクに海上で戦えないような状態になっている。

 艦娘が高速艇にロープで結ばれながら戦うのは不可能ではないが、ロープが切れて取り残されるリスクが高すぎる――そう判断した瑞鳳は、船が積んでいる通常兵器を取り出していく。他の艦娘は大きく揺れる船に翻弄されているが、どうにか瑞鳳だけは動くことができていた。

 赤外線誘導式ロケットランチャー。揺れる船の上ではまともに箱を開けることさえ困難だが、近くにいた拳三郎が協力して、瑞鳳はいくつかの機器が付いたロケットランチャーを構える。

 

「ありがとうケンさん! でも、全然狙えない!」

 

 ずっしりした重さに加え、足元の不安定さが照準をつけにくくしている。対するゴールデンオーガは荒れた海を難なく泳ぐように航行し、砲撃しつつ瑞鳳たちの高速艇との距離を詰めている。

 このままではやられてしまう――無駄に死ぬことだけは嫌だと瑞鳳は焦り、急に手が汗ばんでいく。息も荒くなって狙いをつけるなど出来なくなっていくが、ロケットランチャーの砲身の重さがふっと軽くなったことに瑞鳳は目を丸くした。

 

「大丈夫、僕たちがついています」

「ひとりじゃないわ瑞鳳。私たち、仲間なのよ」

 

 後ろを見なくても分かる。祥鳳と拳三郎が支えてくれているのだ。

 焦る心がぐっと収まるのを自覚して、瑞鳳は狙いを付ける。ロックオンが完了したのを音で聞くと、ためらいもなくトリガーを引く。

 すさまじい煙を上げて弾体がゴールデンオーガの頭部に直撃する。構造上、口に当たる部分が開きっぱなしなのだが、そこに直撃していた。

 

「よし! 姉さん、次の弾を!!」

「分かったわ!!」

 

 祥鳳から手渡された弾体を装填する瑞鳳。彼女の耳の無線機には、先頭を行く高速艇がゲートを通過したことが知らされていた。

 すぐに真ん中の高速艇も通過するだろう。瑞鳳は喜びながら確信し、ロケットランチャーの二発目を撃つ。これもゴールデンオーガの開けっ放しの口に直撃。衝撃の伝播がすさまじいのか、あからさまに航行速度が落ち込み、高速艇との距離が一気に離れていく。

 

「やったわね、瑞鳳!」

「うん! これで撤退ができ――」

 

 喜びに沸く瑞鳳と祥鳳。拳三郎も雄叫びをあげて高揚した戦意を溢れさせていたが、それは次第に小さくなってしまった。

 距離が離れたゴールデンオーガは、しかしそれで諦めたわけではなかった。がら空きの(弱点)は主力兵器の砲口でもある。追いつけないとわかったゴールデンオーガは極大のビームをそこから放った。

 直撃する! 拳三郎をかばうように構えた瑞鳳は、直後に船が激しく揺れている。だが船は大破することも爆発することもなかった。

 バイクのウィリー走行のように跳ね上がり、激しく着水。船を守る緑色のアームだけに直撃したと瑞鳳が悟った頃には、彼女は空に投げ出されていた。

 

「――ケンさん、ごめん!」

 

 自分がかばっていた拳三郎も、手が触れるほどの近い場所で空を舞っている――瑞鳳は思い切り拳三郎を蹴飛ばす。彼女の狙い通り、強烈に空中で軌道が変わって、高速艇の後部に拳三郎が叩きつけられるように戻った。

 

「ぐわっ! くっ、瑞鳳さん!?」

「構わず行って!! ……さよなら!!」

 

 艦娘たち全員に通信機を介して瑞鳳の言葉は聞こえていた。

 直後に激しい水の音。

 船から落ちてしまえば。そこはもう、ゴールデンオーガとストームコーザーという巨大戦艦が猛威をふるい、深海棲艦の猛攻も免れない危険な領域である。

 

 

 

 間違いなく死ぬ。

 縄で首をくくれば死ぬように。

 なにかで頭をつらぬけば死ぬように。

 確実に死に至る領域に瑞鳳は立たされている。

 悪あがきをしようにも艦載機はすべて着艦させているし、この悪天候では発艦させることも出来ない。

 妖精や艦載機の復活のまじないは南西諸島基地から大本営が管理していることになっている。故にここで喪失しても痛手はないのだが、軽空母の艦娘・瑞鳳の喪失はかなりの痛手になる。第二艦計画というもうひとりの艦娘を作る計画があっても、その艦娘も演習や錬成を繰り返して練度を高めなければならない。

 豪雨と荒波に揺られながら瑞鳳はそんなことに思いを馳せて――そして、襟元の無線機に口元を伸ばし、海を泳ぐ敵どもを睨みつけてぼろぼろと涙を流しながら瑞鳳は叫んだ。

 

「私には構わないで、先に行って!」

〈瑞鳳! いま、山城さんにかけあって――〉

「ダメ! 祥鳳姉さん、それはダメ!! 青海提督に、これ以上無駄死だったって言わせないで!!」

〈――わかった。……瑞鳳、さようなら〉

「うん。祥鳳姉さん、さよなら。みんなも」

 

 誰かからの返事は期待していない。先まで瑞鳳が乗っていた最後尾の高速艇はもうじき亜空間跳躍をする頃だ。

 

〈ねえ、あと20秒もすれば助けにいけるわ!!〉

「ありがとうヒストリエ。でも多勢に無勢だよ。シルバーホークの足なら逃げきれるでしょ、私に構わないで行ってほしいな」

〈その足で助けに行くって言ってるのよ!!〉

「ストームコーザーとかいうヤバイ奴がいるんだよ! それに、まわりにはゴールデンオーガがふたつ。シルバーホークだからってどうにか出来るもんじゃない!」

〈あなた、生きるのを諦めるっていうの!?〉

「みんなが死ぬのを望んじゃいないのよ!! お願いヒストリエ、みんなを守って!」

〈……いま3隻目が亜空間跳躍を終えたわ。さようなら瑞鳳、あなたみたいな戦士に会えて良かった〉

「私も。……元気でね」

 

 返事はない。

 無事に帰還していったに違いないと断じた瑞鳳は、アーム発生装置のスイッチをいれて自分に迫る敵を見つめる。

 自分を覆う緑色の膜ごしに、ゴールデンオーガが2体いる。その後ろにはバランスを取るのに苦労しているらしい深海棲艦どもの影。暗澹とした海にかがむように立つ瑞鳳は、自分でもよくわからないうちに笑っていた。

 全員が無事に撤退が出来たわけではないが、結果としては悪くない。どうせこれから死ぬのにアームなんて張って、ロクに飛ばせるわけがないのに弓を構えて。

 恐ろしいはずなのに。それでも、自分が笑っているのを不思議に思いながら、瑞鳳は前に前に進んでいく。臆することなく、気合いの叫びを上げながら。

 

 

 

 無策に突っ込んでいく瑞鳳。彼女を出迎えるのは大嵐の荒波と無数の砲弾だ。緑色のバリア(アーム)はみるみるうちに色と厚さを失っていく。

 身を守るものがなくなり、いよいよもって死を間近に触れる瑞鳳は、意味不明な叫びをあげていた。

 絶叫だ。恐れる死に立ち向かうための絶叫だ。ギロチンにかけられて恐れから声を漏らさぬ者がいるだろうか?

 そして瑞鳳は戦士でもある。いかに幼い姿をしていようと、心から慕うものを失い、喪失したものを埋めようとしておびただしい戦意を溢れさせようとしている艦娘なのだ。

 

「うおお、おお、おああーっ!!」

 

 すでに波風と砲弾の衝撃で弓は折れている。それでも瑞鳳は戦意を欠片も落とすことなく立ち向かっていく。どうせ効かないにしろ、パンチの一発でもぶち込んでやる!

 ゴールデンオーガが縦に並んで航行、左舷側に埋め込まれている砲台で攻撃している。黄金によく似た色のウロコも広く撒き散らし、瑞鳳の動きの余裕を確実に狭めている。

 しかし瑞鳳がとるのは前進ただひとつだけだ。アームに砲弾が直撃してもう消えかかっても、なにも臆することなく前へ前へと進んでいく。

 あと少し。あと少しでゴールデンオーガに触れられる距離だ。だが瑞鳳の行く手には大量のウロコ弾幕。なにかに触れれば爆発するという性質を持つことを瑞鳳は知っている。そしてこれを避ける手立てを持っていないことも知っている。

 

 この被弾で力尽きるかもしれない。ものいわぬ死体となって水底に沈むかもしれない。

 それでも構わない。信愛していた、敬愛していた、大切な人が奴らに殺された。奴らに。目の前にいる、ふざけた魚の形をした奴らに! ……ウロコ弾幕との接触まで10秒。9、8、7――

 

「うああああーっ!! えあっ!?」

 

 ――瑞鳳の目の前で爆発。ウロコ弾のひとつが爆炎とともにはじけ飛び。その衝撃と炎が隣のウロコ弾に飛び移って爆発。

 爆発は連鎖し、弾幕は消え去る。

 瑞鳳の目の前にあった脅威は、すさまじい風圧と熱を残して消えた。

 自分の闘志が奇跡を起こしたのか? かの聖人が水をワインに変えたように?

 それは分別のついていないことだ。艦娘は水の上を歩くが、水を別のものに変えるなど出来ない。あまりに強烈な出来事に立ち止まってしまった瑞鳳は視界の上の端に蒼い光を覚え、ぐいっと見上げた。

 

 細く、蒼い、一条の光。それには見覚えがあった。

 バースト機関。

 設置照射。

 フォーミュラが戻ってきたというのだろうか。いつかにヴェルデが自慢していた、シルバーホークのなかで一番足が速いというのが発揮されたのだろうか。

 ヴェルデ――呼びかけながら後ろを向いて、自分を助けたのが彼ではないことを瑞鳳は知る。

 赤のシルバーホーク。色だけ見れば、あれはヴァディスでは? だがヴァディスはバースト機関を搭載していない。そもそも、ヴァディスに乗っているヒストリエが、ここに舞い戻ってくるはずがない。きちんと別れの挨拶をすませていたのだから。

 

「あのシルバーホークは、いったい!?」

「そこの艦娘! ここを離れるネー!!

 

 荒波の音にも負けない大声が後ろから。

 瑞鳳は振り返ると、そこに白い巫女服のような制服を着た、馬鹿でかい艤装を背負った艦娘を認めた。

 カチューシャのようなレーダー。その姿は記憶にある。金剛型1番艦、金剛の魂を宿した艦娘で、小森提督の所属のはずだ。

 

「あなたは!」

「金剛デース! youが瑞鳳であってますカー!?」

「はい!」

「助けに来たネ! 他のみんなは!?」

「もう脱出しています! 事故があって、私だけがここに残ってるの!!」

Okay(わかった)、早く脱出するネー!」

 

 金剛は瑞鳳の手をとって反転、全速力で海を進んでいく。

 どうやって金剛がここにたどり着いたのだろうか? 混乱した瑞鳳は、すぐにその理由を知ることになった。

 亜空間跳躍装置。青色の異空間へつながっている円形のゲートが、黄色のシルバーホークに吊り下げられている。

 

「おい、金剛ちゃんよ!! まだか!?」

「もう連れてきたヨ! あと少しデス、hurry(いそいで)!」

 

 急かされる瑞鳳は、金剛に支えられながら、ゲートの下に誰かがいるのを認めた。

 背の小さな女の子。身につけている艤装の小ささから駆逐艦の子だとあたりをつける。もうひとり、背がそこそこ高い、短い髪をした金剛と同じ制服の艦娘がいる。暗くてよくわからないが、緑色がよく印象に残ると直感した。

 

「金剛さん早く!」

「お姉さまあぶない!!」

「私が行きます! かがんで!!」

 

 駆逐艦の子がそう叫ぶが早いか、瑞鳳は金剛に抱えられるように姿勢を低くした。

 その時。素朴な印象のある駆逐艦の艦娘が、上に何かを備えているのを認める。黒く細いトゲのような――用途不明の杭を備えた彼女が瑞鳳たちとすれ違い、両腕の杭を構え、

 

「吹雪、バースト機関を起動します!」

 

 宣言と同時に彼女の腕の杭から蒼く細いビームが照射される。

 勢いは死ぬことなく、瑞鳳の後ろから迫っていた別のウロコ弾幕を捉え、先のように弾幕を無力化していく。

 瑞鳳が驚いたのは全身をなぐりつける爆発だけではない。吹雪というらしい艦娘がバースト機関を扱ったことにもある。

 艦娘がバースト機関を扱う? 研究期間が短い青海提督の側に比べれば、確かに小森提督らの方がシルバーホークと接触している時間は長い。しかし軍の情報サイトなどで小森提督が新装備開発の報告をしていた様子はなかったはず。亜空間跳躍装置もあわせて、重罪に問われてしまうかも――

 

 だがそんなことはどうでもいい。

 いまは一刻を争う事態だ。

 金剛と、その姉妹艦らしい艦娘の助けを受けながら、瑞鳳はゲートへ突入する。

 青い光の奔流。上下左右、どこを見回しても青い空間と、白い流星しかない。足元に海はない。ここは地球上のどことも隔絶された場所だ――ふわりと空間を浮いて飛んでいく瑞鳳はそう直感した。

 本当にここを通れば、どんな距離でも省略して目的地にたどり着けるのだろうか。瑞鳳の頭にそんな疑問が浮かび、不安が目尻を下げていくが、ふたりの艦娘の温かみが支えになっていく。

 そうだ。この装置の安全性はこのふたりと、吹雪という駆逐艦の子が証明してくれている。小森提督は自分の身の危険を顧みず、増援として彼女たちを送ってくれている。

 ならば自分がとるべき行動は、生きることだ。怒りや恨みに任せて死ににいくことではない。自分も遠くない過去にそう思っていたではないか。

 

(生きてさえいればまた戦える。生きてさえいれば……そうだよね、青海提督。私、戦うよ。戦い続けてみせる)

 

 行く先にゲートの出口。円形の窓からは晴れやかな空と輝く海が見える。遠くには自分が乗っていた高速艇。後ろを振り返れば、吹雪と赤いシルバーホークが共にゲートを通過している。

 黄色のシルバーホークは大丈夫なのだろうか? いや、きっと逃げきれるに違いない――瑞鳳が他者の心配をしていると、ゲートの出口から放り出されて宙を舞っていた。

 どうにか足で着水する。両脇で支えてくれたふたりも無事に脱出し、ひとつ遅れて吹雪と赤のシルバーホークも抜けだしている。

 

「金剛さん、黄色のシルバーホークは?」

「大丈夫デース、オリジンの亜空間跳躍装置は復活しているって聞きましたからネー」

 

 シルバーホークが搭載している、主に自分を対象にした跳躍装置が生きているということだろう。それならば無事に帰還できるはずだ。

 瑞鳳たちは3隻ある高速艇に近づく。黄色と、こちら側のゲートを生成していた青いシルバーホーク――というにはジェット戦闘機のような意匠だが、機体上部のフックのようなパーツがよく目立つ――は別の方角へ向かって飛行していく。

 きっと遠くの場所に発艦させた空母がいるに違いない。そんなあたりをつけた瑞鳳は、自分のところにフォーミュラが戻ってきたのを認めた。

 金剛たちは高速艇に乗らず、自分たちで航行していくという。目的地は大本営。瑞鳳は船に乗る前にフォーミュラを着艦させ、矢の形に戻し、中から妖精になってしまったパイロットをつまみだした。

 

「ヴェルデ! あなたのおかげでみんな帰還できたよ、ありがとう」

「ああ。……そんなに泣くなよ。気持ちは、まあ、わからんでもないけどさ」

「泣いているって?」

 

 言われるまで気が付かなかった。

 自分の頬に熱いのか冷たいのか、よくわからないものが流れている。

 落涙。自分の心を広く支えてくれいたものがなくなって、とっさの埋め合わせに恨みを込めた戦意を使っていたが、それも霧散している。

 心のなかの大きな穴。空洞。それは瑞鳳の気持ちをゆっくり沈めていく。乾いた笑いもでず、漏れるのは嗚咽だけだ。

 

「ああ、ホントだ、私、泣いてるね」

「瑞鳳……いまは思い切り、泣いちまってもいいと思うよ」

「いいの? うん、う……ん、うう、提督、どうして……」

 

 その後はもう、なんの言葉にもなっていない。

 意味不明で悲痛な嗚咽。だが瑞鳳には、いまの彼女には、そうするしか自分の感情を発露する方法がない。

 

 晴れやかな空の下、穏やかな海で。瑞鳳は声を上げて泣いた。船に乗り込む仲間は、そんな彼女の姿を見て、しばらくそっとしておくことにした。

 仲間たちだって悲しくないわけではない。戦いが終わって目に涙をためている者もいる。だが、悲しみに沈んで泣いている瑞鳳の姿を見れば、その心を思いやれば、自分がなすべきことは、彼女のそばで共に悲しむことではないと分かったのだ。

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