敵か味方か? 助けを求める北方棲姫
10月上旬。
最前線を形成していた南西諸島基地が陥落し、そこを任されていた青海春提督が戦死。彼の配下にあった艦娘たちも再編成を受けている――気が重くなる知らせに胃が痛む思いをしながら、巌賢友提督は執務室で静かに手紙をしたためていた。
手紙の宛先は小森提督の鎮守府。読んでもらいたい相手はそこにいる金剛だ。かつて辛辣な言動で追い詰めてしまい、小森提督の元へ渡ってしまった艦娘。そのことへの謝罪や、これから文通ができないだろうか、という誘いをつづっていく。
「失礼シマース。っと、提督ぅ、なにを書いてるデース? せっかくの休憩なのに、ずっと机に向かってるネー」
横から声をかけてきたのは金剛だった。金剛型1番艦、金剛の船魂を宿した艦娘であるが、巌提督が手紙を送ろうとしている相手ではない。彼の隣にいるのは別の金剛だった。
白い巫女服めいた制服が豊満な身体を包み、にこやかに巌提督を見つめる顔立ちもよく整っている。小森提督の鎮守府にいる金剛を知る者なら、巌提督の執務室にいる金剛との区別はまったくつかないだろう。
第二艦計画。艦娘を増やして全体的な戦力増大を狙うこの計画は、一歩一歩の早さは遅いが、その成果は確実に現れている。そのひとつが
「うむ……手紙を書いている」
「Letter? 誰に出すつもりネー」
「話してもいいが、怒るなよ? 小森のところの金剛だ」
「Oh……それはとっても良いことだと思うデース」
「本当に?」
「前に言っていたの、まだ覚えてるネ。あいつには悪いことしちゃったから謝りたいって」
「うむ」
「その行いは正しいと思うネー。だから、提督が私を気にする必要なんて、どこにもないデース」
「そうか。ありがとう、金剛。もう少しで書き終わる。先に食堂へ行くといい」
すでに時刻は正午を過ぎている。昼の休憩の時間は午後1時まで。残された時間は30分と少ししかない。
金剛は頷き返すと元気よく執務室を出て行く。彼女の後姿を穏やかに見送ると、巌提督は手紙の続きにとりかかる。
(もしよかったら、迷惑でなければ、文通でもしてみないか。こうした手紙でも、電子メールでもいい――違うな、どうやって書けばいいのだ。こんな手紙を書いた経験はあまりない……いや、これでいい。必要以上に言葉を選ぶのに悩むことはないな)
方針を定めた巌提督は、そのいかつい風貌からは想像できない丸めの綺麗な字を綴っていく。
巌提督が握るペンは、漫画のペン入れに用いられるつけペンだ。羽根ペンのような形をしているが、ただの修飾である。
(こんなにも筆が進むのは久しぶりだ。早く、彼女の返事を聞きたい。しかし彼女は私を恨んでいるだろうし、決して前向きな気持ちではないはず……しかし、この手紙はきちんと書いて届けねばならない。俺のけじめのためにも、彼女のためにも――)
「提督! お時間よろしいですか!?」
慌てた女の子の声。がばりと顔をあげた巌提督が見たのは、執務室のドアを勢い良くあけていた飛龍と蒼龍だった。
鮮やかな橙と緑の和服に身を包んだ、トランジスタグラマーなふたり。彼女たちはなにを焦っているのか、巌提督には判断がつかなかった。
「どうした、そんなに慌てて」
「大変なんです! 港の方に深海棲艦が!!」
「飛龍、それは本当か!? ならば出撃準備を――」
「違うんです! 深海棲艦とはいってもかなりの手負いで、それも一体だけで……たぶん、こちら側が名付けた〈北方棲姫〉だと思われます」
北方棲姫。巌提督が大本営から攻略を任されている北方海域で、一番強い深海棲艦の個体である。能力に比肩する深海棲艦は北方海域では存在せず、これをどうにかすることが出来れば、北方海域の攻略は現実的なものになり得ている。
容姿は10歳にも満たないような幼い女の子で、長い白髪と刺々しい黒い首輪、風にふわりとふくらむ白いワンピースに大きく丸い朱の瞳。病的なまでに色白な肌をした、遠目に見れば可愛らしさのあふれる存在だ。
だが尾の部分から展開する、酷く醜悪で「歯」の揃った深海棲艦らしい艤装や「たこやき」めいた形の艦載機を繰り出せば、どんな深海棲艦よりも酷く凶悪で容赦のない「敵」である。現に巌提督の部下の艦娘で、北方棲姫に勝てる見込みのある者は少ない。
(いつかは金剛に奴を倒せるまでの力を身につけてもらうつもりだったが……あの北方棲姫がかなりの手負い? いったい、奴をやったのは何者なのだ?)
「提督、いますぐ確認しましょう。いますぐ!」
黒髪のツインテールを揺らしながら蒼龍が巌提督の手をとって執務室を出て行く。その強引さに押されながらも、巌提督は港の方へ向かい、近づくにつれてざわめきが大きくなっていくのを認めた。自分の鎮守府にいる艦娘らが取り囲んでいるに違いない。
ドアをあけて外に出た提督は、騒然として集まっている艦娘たちを古鷹が押しとどめているのを認めた。左目を明滅させて、強い調子で「近づくな」という旨のことを言っている。
「みんな! 古鷹のいうとおりだ、そこを離れろ!!」
巌提督の圧力たっぷりな物言いに艦娘たち――阿賀野と能代、北上と大井、そして金剛――が一歩下がる。すると、波止場で傷だらけになって横たわる北方棲姫の姿を、巌提督はしっかり認めた。
「金剛、俺のそばを離れるな」
「Okay! 提督、そいつをどうするネー」
「まずは話を聞く。こいつは〈言葉を解する深海棲艦〉なのだからな」
艦娘らの報告を受けていた巌提督は、北方棲姫がたどたどしいながらも言葉を話すことを知っている。小森提督が軍の情報サイトにアップロードしていた資料にも、そうした性質を持つ深海棲艦がいくつか認められていたが、巌提督がこの目で見たのはこれが初めてだった。
恐れるに足らないはずの、自分の腰の高さにも満たない背丈の子供。だがそれは人の海を脅かす親玉のひとつだ。直視するのもためらうほどに傷つき、活力の大半を失っているように見えるが、いつ襲ってくるかわからない。
覚悟を決めた巌提督は身構え、腰のホルスターにある大口径拳銃をとっさに抜けるように前に進んでいく。霊的存在にそんなものが通用するはずがないが、中途半端に実体がある以上、大きな衝撃を受ければよろめくくらいはするはずだ。
「おい。……お前は、ここに、なにをしに来たのだ」
短く言葉を区切る巌提督。その隣で金剛が自分の艤装を背負い、巨大な砲身を北方棲姫に向けている。艦娘用艤装は陸の上では威力がだいぶ落ちるが、ここまで手負いであれば十分にトドメをさせるだろう、と巌提督は踏む。
それでも油断なく巌提督は近づく。北上と大井に縄の用意をするよう告げ、古鷹と阿賀野と能代にはもっと下がるように伝えつつ。
「
「え?」
「
「……阿賀野と能代は、北上たちに縄の手配の中断を伝えてくれ。金剛、俺と一緒にこいつを運ぶぞ。古鷹は……小森提督がどこにいるか連絡と確認を頼む。これを伝えられるのはあいつくらいだと思う」
艦娘たちはそろって驚きの声を上げるが、すぐに了解の返事と共に、阿賀野型のふたりと古鷹がこの場を離れる。
残った巌提督と金剛はふたり北方棲姫を抱え、鎮守府の方へと慎重に歩みを進めていく。緊張。こうして手を差し伸べたところを攻撃されない保証はない。
「
「……十全の信用はしていない。だが、可能性があるなら、見捨てるわけにはいかない」
「ちょっと提督ぅ、いったいどういうことネー。わざわざ助ける理由は――」
「金剛。以前のように、人類と深海棲艦しか勢力がいないのであれば、俺はここでこいつを殺すように言う。敵にかける情けは無い。だろう?」
「――まあ、それは当然デース」
「だがいまは事情が違う。深海棲艦の側にベルサーという宇宙人がついている。人類側にも、一部戦力にシルバーホークという宇宙戦闘機が味方しているが……小森提督にかけあってシルバーホークを借りられれば、北方海域の攻略はぐっと現実的になると思ったのだがな」
だがなってことは――巌提督の隣で北方棲姫の腰と脚を抱える金剛は、不安そうに巌提督を見上げている。漂流した敵の上半身を支える巌提督は、ひとつ息をついてから口を開いた。
「ベルサーの行動原理はわからん。奴らが深海棲艦に味方してなんの得があるのか検討もつかん。深海棲艦でかなり強力な奴がここまでやられているとなると、それはもうベルサーの巨大戦艦しか考えられない。それもかなりの性能を持ったやつを使って、おそらくは裏切ったんだろうな」
「Oh……北方棲姫はどうするネー」
「大本営に引き渡す。俺が車を運転して、金剛、お前が護衛についてくれ。ああ、だが、その前に入渠させたほうがいいのか? しかし深海棲艦に入渠施設は効果があるのか?」
「簡単な手当てで良いと思うデース」
「……そうだな。おい、まだ気を失うな。医療室に向かっている、簡単な治療くらいなら出来るからな、しっかり気を保て」
受けた痛みはどれほどのものなのか。北方棲姫は力なく頷くと、ぼんやりと金剛と巌提督の顔を見比べている。
深海棲艦に特有の無表情か、あるいは深い絶望と怒りが刻まれている顔をしていない。これが高い演技力によるものか、それとも徹底的に痛めつけられて力が出ないのか。
どちらにしろ事態が急展開を始めようとしていることに変わりはない。そして、中心にいるべきなのは俺ではない――巌提督は小さな深海棲艦をしかるべきところにきちんと送り届けることを、自分の使命だと直感した。
しかるべきところ。それはきっと大本営ではない。最初にシルバーホークとの絆を育み、亡命者との関係も築いた、