「ああ、これはライトニングフランベルジュ。それはミラージュキャッスルだな。あとこれは――」
「こんだけの数の巨大戦艦が来てんのかよ……くっそ、こりゃどーなってんだろうなあ」
午前七時。早朝の訓練を終えた赤城と加賀は執務室に呼び出されていた。お腹が空いて食堂へ向かっていたところだったが、小森提督直々の放送だったので向かわざるをえない。
赤城が執務室のドアを開けると、そこでは小森提督は手元にある水棲生物型巨大戦艦についての資料を元に、それらと戦っていた経歴のあるレッドとブルーに話を聞いていた。
赤が軽く混じった白髪に機械の四肢を持つサイボーグ妖精、レッド。青が薄く混じった黒髪に青色のパイロットスーツを着ている妖精、ブルー。二人は水棲生物型巨大戦艦との戦いを数多く経験し生還しているという。
自分の命を助けてくれた、元宇宙人の妖精。彼女たちならきっといい情報が聞けるに違いないと赤城は踏む。
加賀も聞きながら、数十枚の写真と海図、細かい文字がびっしりと並んだ通信ログに目を通していたところだった。
「ねえねえ、ノコギリエイ型の巨大戦艦の……ライトニングフランベルジュっていうのはどうやって撃退すればいいの?」
「簡単だ。ありったけの弾をぶち込んでやればいいじゃないか」
「そんなこと聞いてんじゃないんだよブルーちゃん。弱点とか、ここを壊せばもろくなるとか、そういうのってあるんじゃないの?」
「どっか壊せばもろくなるって欠陥品じゃねえか……あ、だったら機体前面にあるこの部分、ここがレーザー発射口なんだが、ここを潰せば攻撃は緩くなると思う。けれども真正面にあるここ、一番デカい発射口があるだろ?」
「ああ、あー、ここね?」
「そこからの攻撃はかなりきついな。レーザー砲なんだがまるで雷を吐いてるかのような強烈さがある。シルバーホークも飲み込まれりゃイチコロだ。他にも爆雷なんかを放ってきたが、この世界じゃ海上戦闘しか出来ないんじゃどうだろうな、潜水艦あたりが危ないんじゃないか?」
怖いねえ、と小森提督はさらさらと万年筆を紙に走らせていく。
机の上でサイボーグの妖精さんが座り、青色のパイロットスーツを着ている妖精さんがあれだこれだと話をしていたのを、赤城はそっと見守ることにした。
サイボーグ妖精、レッド。青色スーツ妖精、ブルー。ベルサーと戦ってきた経験が多くある二人の話は、きっと巨大戦艦と戦うときの助けになるだろう。最初はこの鎮守府にノウハウが伝達され、次第に伝播していくに違いない。心の中で確信した赤城は忘れないように記憶に刻みつけていく。
「ミラージュキャッスルっていったっけ。この箱みたいなのをいくつも取り付けたやつって」
「そうだ。ハリセンボン型巨大戦艦――」
「はあ? ハリセンボン? どこがそうなのよレッドちゃん。最悪なデザインミスじゃない?」
「――箱のなかに小さな船体がある。そいつが大量の武装装甲ユニットを動かして攻撃するんだ。我々がこいつと戦うときは、最初に武装装甲ユニットを破壊し尽くすのを優先しなければならない」
「てことは最後に中のやつと戦うってことね?」
「その通りだ。さっき最悪なデザインミスだといったな。ユニットを全パージした奴はちゃんとハリセンボンしてるからな」
あ、そうなんだ――そこは関心がないと言わんばかりに小森提督は返し、そうしながらもサラサラと筆を走らせていく。
コンピュータとキーボードを使って文章を作ったほうが早いのだが、提督はそういう類のものが苦手であった。ヘタに機械を触れば簡単に壊してしまう。それが小森あきこという人間だというのを、この鎮守府の人々はよく知っている。
「他にベルサーの戦艦で聞きたいことはあるかい?」
「とりあえずこれで全部かな……ううん、もうちょっとだけいい?」
「なんだい、なんだい」
「いったいどうやってダライアスって星のあるあたりから地球までやってきたの? この問いかけは君たちシルバーホーク乗りやベルサーの奴らにもかけているんだけど。なんていうのかなー、他にもさ、あるじゃん、こう――」
「もちっとうまくまとめてくんねえかな」
「――ごめんねえ、口下手なんだよぉ。……ベルサー星人ってのは宇宙にあるあらゆるものを侵略しているって言ってたよね。特に激しいのがダライアス星のあたりって話でさ。それがどうして遠く遠く、とおーく離れた地球にまで侵略するのか理解できないんだよね。なんか分からないかな?」
おそらくは時空震が理由だ。あまり抑揚のない調子でレッドが返した。
時空震というのはどういうものなのだろう? 提督が詳細を聞こうとして話しかけているのを見ながら、いよいよもってSF映画のような話になってきたぞと赤城はつばを飲んだ。
「時空震というのはよく分かっていない現象だ。突然、宙域に発生してはそこにあったものを消し去ってしまう、という現象が発生していたのだ」
「怖いねえ。時空震ってのが発生する原因は?」
「それが分かっていないんだ。だから調査のため、最後に時空震が発生した宙域の近辺を飛行していたのだが、そこで時空震が発生してここにやってきてしまったという次第なのだ。おそらくはベルサーの巨大戦艦もそれで……」
「なるほど。可能性としてはあり得る、と」
「ああ。それと、時空震が原因なのか、燃料が無くなる寸前まで消耗してしまった。巨大戦艦が深海棲艦と共に行動しているのであれば、深海棲艦からの補給を受けているのは間違いないだろう」
「他にシルバーホークや、ダライアスの人たちが巻き込まれたってのは聞いている?」
「……いいや。そんな報告はなかったはずだ。時空震はベルサーの新兵器かと思っていたんだが、超自然現象なのかもしれない。いやいや、もしかすると……」
ぶつくさとレッドは考えこんでしまって、提督や赤城の呼びかけに応えることはなかった。こうなんのがこいつの悪い癖でさ、とブルーが陽気な調子で発言し、そのまま続けようとしている。
「提督さんよ、こっちの情報じゃ時空震でダライアス星の所属のものが巻き込まれたってのはないんだ。だからたぶんあたしらの他にはシルバーホークはやってきていないと思うよ」
「なるほど。ああそうだ、それじゃあさ、時空震ってやつの出口はこの星なのかな? ブルーちゃんの見解を聞かせて欲しいんだけど」
「あー……正直言って分からねえ。分からねえけど、たぶん、出口の一つとして地球が設定されてるのかもしれない。設定っつ―と語弊があるな、まるで誰かの作った機械に誘導されているみたいだからなあ」
そうだねえ、と提督。机の上にあったメモ用紙を拝借してボールペンを走らせていた赤城は、これで話が終わりそうな雰囲気を掴んでいた。
まだぶつくさと考え事をしているレッドを軽く指でつついた提督は一つ手をうち、この場の皆の注意を集めさせてから咳払いをした。
「レッドちゃん、ブルーちゃん。ベルサーやあなた方のことを教えてくれてありがとう。まだ知りたいことがあるけど、ちょっと休憩にしようか。というわけで赤城ちゃん、加賀ちゃん、パートナーの妖精と鎮守府を散歩してきてよ」
「え? 散歩?」
「だー違う違う! 散歩じゃなくて、案内! 案内がてら散歩でもして息抜きしてきてよってことよ。空母寮と執務室の場所しかわからないのは不便だし、ね?」
了解しました、と静かに小さな声で加賀が返し、手のひらにブルーを載せて執務室を出ていった。赤城も「よろしくね」と手を差し伸べ、レッドに乗るよう促す。
「正規空母、赤城よ。こちらこそよろしく頼む」
「よろしくねレッドさん。それじゃあ行ってみましょうか。提督、失礼します」
いってらっしゃーい、と軽い調子で提督は手を振って送り出す。レッドを肩に載せた赤城は静かに執務室を後にした。
あまり軍隊の基地らしくないな、とはレッドのこぼした感想だった。
軽く母港、食堂と見て回った赤城とレッド。どこも軍隊然とした厳しい規律に則って動く人間があまりいなかったことを言っているのだろうか――赤城は考えを巡らせながら廊下を歩いていく。
本当は昨日の襲撃を受け、赤城が死にかけたことで訓練に励む艦娘は少なくないのだが、わざわざ見せるものではないと赤城は判断した。
次に赤城がレッドに見せようとしていたのは工廠なのだが、今日は使用する予定がない。近づくにつれて人気が少なくなるのを肌で感じながら、赤城はレッドが唸っているのに気づいた。
「レッドさん? どうしました?」
「やはりこの世界は常軌を逸していると思ってな。……私とブルーの体がこんなマスコットキャラクターみたいになったのも驚きだし、なにより赤城たちのような艦娘なるものが存在することが信じられない」
「これは夢物語でも映画でもなくて、現実です」
「……そのくらいの分別はついてるつもりさ。ところで赤城、聞きたいことがいくつかある。歩きながらでも答えられるか?」
「ものによりますけど。なんでしょう?」
「艦娘とは一体何者なのだ? 正規空母を名乗る海の上の軍艦というなら、その姿は人ではなく船であるべきではないのか?」
そういう質問がくるのを赤城は予感していた。きっとレッドやブルーは自分の体が妖精に変わったことや異世界来訪めいた出来事に見舞われ、艦娘が不可解な存在であることに気づかなかったのだろう。
「……今向かっている工廠は、その質問に応えるのに都合がいいですね」
「工廠で艦娘を生産しているのか? いや失礼。生産なんてのは言葉を違えてしまった」
「なんで謝るんです?」
「だってあなた方は人間のように振舞っている。食堂で昨日に世話になった雷と電と会ったが、まるで12か13くらいの歳の子供のように振舞っていた。カレーライスといったか、あれを心から楽しそうに食べてるの、見ていたな?」
「ええ」
「その時にアニメの話だとか、流行りのものらしい漫画の話だとかをしていた。あとはおしゃれがどうの、おいしい店がどうのって、どこかに出かける予定も立てていた。軍隊らしくないといえばそうだし……なんて言えばいいんだ、こう、戦いに携わる者の雰囲気が薄かった」
「つまりレッドさんはこう言いたいわけですね。艦娘って人間なのか兵器なのかよく分からないって。人間相手に兵器のような扱いをするのはちょっとはばかられる、みたいな」
そうだ。申し訳無さそうにレッドがつぶやき返す。そんな顔しないでください、と赤城はレッドを手に乗せて答えた。
本心からの言葉だった。赤城も時々、自分が戦う者なのかそうでないのかわからなくなる時がある。もっとも、それは小森提督の下で働いてからの出来事であるのだが。
「……元は、艦娘はただの人間なんです。私も、加賀さんも、摩耶さんや雷ちゃんたちだって、ふつうの女の子だったと思います」
「『だったと思います』? 変な言い回しをするのだな」
「なにぶん記憶が無いものですから」
「ん? それはつまり、人間であった頃の記憶が無いということか?」
「そうです。あそこに見える工廠、ありますよね。ああいうところの設備で私たちが使う『艦娘用艤装』や艦娘向けの武器装備を作ってるんです。その作り方が、かなり変わってて――」
艦娘・赤城としての自分が「かなり変わってて」なんて言葉を用いるのに若干の抵抗を覚えながら、それでも赤城は言葉を続けることにした。今の自分でさえ信じきるのには勇気のいる部分があるのだから、口にするのも大変だった。
「――船の魂を宿した艤装を作るんです」
「……は? 聞き違えでなければ、魂を宿した、と聞こえたのだが?」
「はい。大丈夫ですよ、一言一句間違いないです。船の魂……ふなだま、というものですね」
「にわかには信じられない話だな。が、我々がこんな姿になったのを顧みれば頷けなくもない、のか? ……船の魂ってなんなんだ、どんな船のものなのだ?」
「過去に在った軍艦です。敵を殺し、国を守るための。何十年も前に世界中を股にかけた戦争があったんです。その時に使われた船魂をサルベージして艤装を作り、適性のある人間を集めて装備させて、女の子に船魂をうつして艦娘の出来上がり、というわけです」
しばらくの間、レッドは何も返さなかった。予想外のことを言われたからかと赤城は踏むが、工廠への出入口の大きな鉄扉の前で不意をつくようにレッドが理解した、と呟いた。
「あ、分かってくれました?」
「もう少し理解を深めさせてくれ。適性のある人間を集めさせて、と言ったな。適性検査をして集めた人間に記憶処理をしなければならない理由ってなんなんだ?」
「人の体に二つの心をもたせるのはとても危険だからですよ。二重人格って言えば分かりやすいでしょうか」
「なるほど、分かりやすいな」
「それに艦娘用艤装との適合率というのを高める目的もあるようです。私は艦娘という立場なので、これ以上のことは知らないのですが」
「この地球の文明はダライアスとは別のベクトルに傾いて進化しているのだな……そうだ、もう一つだけいいか。どうやって船魂をサルベージして艦娘用艤装なんてのを作るんだ? そもそもどうして艦娘なんてものを用意しなければならない?」
船魂のサルベージ方法。それは赤城の知らない情報だ。しかし、とある噂なら聞いたことがある。それを話すのは軽率かもしれないが、質問攻めをするレッドの気が紛れるのならそれでいいだろうと赤城は判断した。
「まず艦娘が必要な理由は、艦娘でなければ深海棲艦に大きなダメージを与えられないからです。通常の海上戦力、航空戦力では決定的なダメージを与えるのが難しいんです」
「深海棲艦っていうとあの顔色の悪い連中だな。今朝に小森提督から説明を受けたよ。ダメージを与えづらいのはどうしてだ?」
「わかりません」
「そんなバカな話があるか!」
「……レッドさんが推測レベルの話が好きなら話せますが」
分かった、話してくれないか――不本意そうなのを隠し切れないようにレッドが答える。一応の確認をとった赤城は、工廠への鉄扉を押し開けながら続けることにした。
明かりは点いておらず、窓から陽光だけが差し込む薄暗い工廠。ひんやりした空気が流れるのを肌で感じながら、肩の上のレッドが言葉を待っているのを確かめる。
「本当のところはわかりません。小森提督だって全てを知らされているとは思えません。……深海棲艦が現れ、人々を襲い、その切り札として艦娘が出てきた。レッドさんが気になっているのは、艦娘が深海棲艦に傷を負わせられる理由でしたね?」
「ああ。もっと言えば、通常戦力が深海棲艦に傷を負わせられない理由なのだが」
「……艦娘を作り出す技術は深海棲艦側の亡命者がもたらした、という噂があるんです」
「なんだそれは。つまり赤城はこう言いたいのだな?」
「え?」
「『深海棲艦と艦娘は根っこの部分で共通している部分がある。だから艦娘は深海棲艦にダメージを与えることが出来る。通常戦力には深海棲艦の技術がないからダメージは与えられない』みたいなことを言いたかったのだろう?」
「……何かしらの共通点はあるのでしょう。私もあると思います。けど、あくまで亡命がどうこうというのは噂の話です。本当のことは分かりません」
一つ間が空いて。誰もいない工廠に愉快そうなレッドの笑い声が響いた。
アハッ、アハハッ、アハハアッ!!――笑い死にするのではないかと赤城が心配する頃にはレッドは咳き込み、悪かったなと続けた。
「ツボに入るようなことなんてありましたか?」
「いやいや、奇妙に符合していたんだ。シルバーホークバースト誕生のきっかけにな」
「え?」
「敵方の亡命者という部分が同じなんだ。ベルサーが先にバースト機関という技術を完成させていた。そのせいでダライアスも滅亡の危機に瀕していたのだが、密かに亡命者がバースト機関を伝えていたのだ」
「おかげでダライアスが救われた?」
「ああ。『最初の二人』が敵旗艦の『グレートシング』を沈め、ダライアスを襲っていたベルサー共を黙らせたのだ。そこからダライアスを中心にベルサーへの反攻作戦が始まっていったのさ」
どこか自慢気にレッドが笑う。軽快で朗らかな、あまり彼女の印象にそぐわない印象を受けた赤城は、かつんかつんと自分の靴音が薄暗い工廠に響くのを意識した。
艦娘用艤装を作るための大きな箱型の機械と、艦娘用装備を作るための中型の箱型の機械。それが工廠の大部分を占める装置だ。
主に工廠で働く妖精たちが使う機械なのだが、どちらも大人が肩車をしても天辺まで届きそうにない大きさをしており、用途不明の歯車なども剥き出しになっている。
遠くでは実在した艦載機――零式艦上戦闘機二一型――が鎮座している。旧世代の通常兵器であり、艦娘用装備として置いてあるわけではない。
「ところで赤城」
「はい?」
「この機械で艤装や装備を作るのはなんとなく分かった。使い方は?」
「分かりませんね、ここの妖精さんじゃないと……」
「なんじゃそりゃ。ああいかん、まるでブルーみたいな口の利き方だ」
「ふふっ。一応の使い方なんですけどね、資材を妖精さんに渡して、大まかにこういうものを作りたいって伝えるだけなんです」
「……ものづくりを舐めてるな、どう考えても」
「妖精さんが言うには、船魂をサルベージしたり定着させたりという過程が難しいのだそうです。装備で言うと、装備の魂でしょうか」
「何にでも魂がついているということか。まるでアニミズムだ」
「ええ。だからレシピとしてテンプレート化されるほどに資材量の組み合わせを試行錯誤しても、狙ったものを生み出すのが困難なんですよ。性能の高いものであればあるほど成功率は低くなります」
「こっちの技術は妙に尖っているな……あっ」
何かに気づいたかのようにレッドは手を打ち、それに合わせて赤城が歩みを止める。踵を返すようにとレッドに急かされた赤城は何があったのかを問いかけた。
「まさかとは思うが、シルバーホークでは深海棲艦にダメージを与えられないのではないか?」
「えっ?」
「シルバーホークには船魂なんてのは備わってない! さっき赤城は言ったな、艦娘が深海棲艦にダメージを与えられるのは、艦娘用艤装に船魂が備わっているからだと!」
「そうですが、深海棲艦にダメージを与えられる理由になっているかどうかの確証は――」
「火のないところからは煙はたたない! 船魂説が本当ではないとしても、艦娘でしか深海棲艦を攻撃できないとしたら……小森提督にかけあおう、今すぐシルバーホークを用いた演習・試験運用を実施すべきだと!」