小森提督は頭を抱えていた。
夜の鎮守府。時計の短針は11から12へと亀のように進んでいる。
眠気をこらえるために頭を抱え、ツボを押すように指圧しているのではない。望ましくない現状をどう切り抜けるか、それを考えていたのだ。
キメリカル・セイバーズの初陣、対ストームコーザー・アビス戦は勝利を収めている。しかしジェネシスシルバーホークが敵の攻撃を受け、中枢部分に重大なダメージを負ってしまったのだ。明らかな大破。そのダメージはジェネシスを爆破させるに至った。
パイロットのアンドロイド、アダムが負ったダメージは治療できたが、どんな手をつくしてもジェネシスの再生が叶わない。原因は明らかにストームコーザー・アビスの攻撃による中枢部分の損傷なのだが、それを治す方法がどうしても見つからないのだ。
艦娘用艦載機の製造について紅玉が言っていたのを小森提督は思い出す。
曰く、資材を専用の機械――巨大なガラポン抽選機のような意匠をしている――に投入し、稼働させることで、艦娘用装備の生成を行う。なにが生成されるかは規則性があるが確実に特定のものを生成できるわけではない。
これは提督や艦娘なら誰もが知っていることだし、投入する資材量・比率の工夫をすることで特定のものを出しやすくなるのも周知の事実だ。例えば艦載機を狙う場合、ボーキサイトの投入量を増やすことで生成率は高まる。
基礎的な知識の他に紅玉は気になることを言っていた。妖精の正体についてだ。
艦娘たちを支える重要な存在である妖精。ほとんど2頭身のマスコットキャラクターのような生き物。主に女性の姿をしている妖精たちは、紅玉が現世に呼び出した「ノーム」という存在だというのだ。
曰く、人間の強みは「想像力」だという。現代では解明されても昔の時代には不可解であった現象はよくある。紅玉が例を出して小森提督に説明したのは「やまびこ」だった。
楽しい山登り。ハイキング。見晴らしのいい高い場所にやってきた幸せそうな人々が「やっほー」と声をだすと、向こう側の山から「やっほー」と声が帰ってくる現象だ。
やまびこの原理は、向こう側の山で音が跳ね返って発声者の元に戻ってくるというものだが、昔の時代の人間にそんな知恵はない。だが不可解なものをそのままにしておくのも気分が悪いので、とりあえずの理由付けをした。山彦という妖怪のしわざなのだ、と。
日本ではこうしてなにかよくわからないことがあると妖怪のせいにして、それがやはりよくわからないものなので近づいたら死に至るぞ、という戒めを伝承で残していた。海の向こうの大陸でも様々な神話があるように、人は「この世ならざるもの」を想像し、そして実際に「創造」してしまっていた。
こんな前置きを紅玉が語っていたのは、彼女が成したことをわかりやすくするためだった。
人の想像によって創造された幻想存在は、それらのための世界に息づいている。だから現世を生きる人間の目には映らない。例外は霊能力者のような特別な力を持つものだけだ。
紅玉が例示した山彦は幻想世界に在るものだし、人が魂だの霊だのと呼ぶものも幻想世界に在る。つまり艦娘の本体である船魂はこの世を漂っていたものではない。艦娘や艦娘用装備に定着させる船魂は、紅玉が「サルベージ」して現世に持ってきたものだった。
だが、いくら艦娘の製造理論や船魂の召喚方法を確立したところで、これを支える技術面のサポートがなければ意味がない。例えば艦娘用の主砲は艦娘でもある程度の手入れは可能だ。だが霊的装備である以上、艦娘だけでは整備に限界がある。霊的能力のない人間ならいくら整備の達人でも役に立つことはない。
そこで紅玉は幻想世界から別のものを召喚した。手先が器用な小人、あるいは妖精――そう伝わっているノームという存在である。ノームの召喚に成功した紅玉は艦娘たちのサポートをするようお願いをして、対価として飴などのお菓子を与えることにした。
するとノームたちはよく働き、産声をあげたばかりのテクノロジーである艦娘と、それに関連するあらゆるものを一気に発展させていった。ある種の産業革命に匹敵する現象を、妖精と呼ばれるノームたちはやってのけたのだった。
なんとも都合の良い話だが、ノームを想像し創造した人々がご都合主義者だったのだろうと紅玉は分析していた。
艦娘用艦載機は、初めは装備生成機械から生成されたエッセンスという珠の形をしている。そこを艦娘や妖精の力によって矢や式神の形に変えていくのだが、ジェネシスはエッセンスからの変形がうまくいかない状態だ。
(でも妖精さんの高い能力があれば、きっとジェネシスは元通りに復活するはず。私ができるのはそれくらいしかない)
そう、小森提督にできることはなにもない。彼女に現状を改善させる一手を打つ方法はなにもないのだ。それがたまらなく歯がゆい。
艦娘に頼り、妖精に頼り。自分にできることは鎮守府の維持や運営くらいしかない。もっと艦娘たちのためになる働きがしたいのに、ただの人間であることがそれを許さないのだ。
(私にもっと力があれば、特別ななにかがあれば……ううん、考えていても始まらない。私にできることをやるだけ。そのためには早く寝なくちゃ)
執務室の一角は和室のようになっていて、畳とひきだしがある。小森提督はそこから布団を用意し、白い寝間着に着替えて、そっと潜り込んだ。
その時、執務室のドアがノックされる。そういえばドアに「睡眠中」の札をはらなかったな、と思い出しながら、小森提督はゆっくり起き上がって歩いていく。
「はいはい。どなたー? もう寝ようと思っていたんだけど」
「ジェネシスシルバーホークのパイロットのアダムです。鳳翔さんも一緒に」
「なんのご用かしら?」
「現在のジェンシスのトラブルについて相談したいことがあるのです。夜分遅くに申し訳ありませんが、お話だけでも聞いてもらえませんか?」
なにやら切迫した雰囲気を掴んだ小森提督はドアを開けることにした。そこにはいつもの和服の鳳翔と、彼女の肩の上に白髪で色白の妖精がいた。
「立ち話じゃアレな内容でしょ? さ、なかでゆっくりしていって。鳳翔ちゃんも」
「ありがとうございます提督。アダムさん、動きますよ」
小森提督に勧められて鳳翔はソファーに腰掛け、アダムはその近くにあるテーブルの上に飛び乗った。小森提督は鳳翔の横に座ると、自分を見上げている妖精に目を向ける。
「アダムくん、相談したいことって?」
「実は……工廠の妖精に、ジェネシスの再生についてさじを投げられてしまったのです」
「ええ!? エッセンスから機体を作り出せないってこと?」
「ストームコーザーが与えたダメージは想像以上に深刻なものでした。持ち込んだジェネシスをエッセンスに変えて、そこから改めてジェネシス生成しましたよね。本来、生成された機体は破壊されてもエッセンスが無事なら復活させられると聞いています。ですが、いまのジェネシスはその復活がうまくいかないのです」
「原因はわかっているの?」
「不明です。工廠の妖精さん方は申し訳無さそうにしていました。おそらくは負の感情の力が、深淵の力が作用しているのだろうと仰っていて……これが、悪い知らせです」
「まるで良い知らせがあるみたいな言い方だね」
「はい。ジェネシスに搭載していた、アムネリアシルバーホークの設計図の読み取りが成功しました」
「え?」
いったいなんの話をしているのだろう。小森提督は報告にないことを聞いて焦ったが、なにか秘密にしなければならなかった事情があったらしいのを悟った。アダムが申し訳なさそうに目を細めているのだ。
「実は、ダライアス宇宙軍は、地球αの妖精という存在に着目しています。許されるのであれば数体、連れて帰りたい所存です」
「理由は?」
「彼らの素晴らしい能力を活かしたいからですよ。彼らはどんな技術でも飲み込み、噛み砕き、高次に発展させることができる。遠い宇宙のダライアスという惑星、そこの人類の文化でさえ取り込んで、彼らなりの運用をすることができている」
「それで?」
「……隠していたのですが、小森提督からのレポートを読んだ軍は妖精の力を借りることで、ロストテクノロジーの復活を計画していました。アムネリアシルバーホークの復活と技術体系を確立すること。それが妖精の手にかかれば実現するだろうと」
「アムネリアシルバーホークって、ジェネシスが再現しようとしていたシルバーホークだよね? オリジンよりもはるか昔に作られたっていう?」
「そうです。アムネリアの力があればベルサーとの戦いは優勢になると期待しているのです。それでジェネシスに設計図を持ち込み、工廠の妖精さんにこれの解読を頼んでいました。ダライアスの技術では設計図の解読がどうしても出来なかったのです」
「で、その解読が成功したと」
アダムは無言でうなづいた。だが、喜ばしい知らせであるならアダムが暗い表情を浮かべている理由がわからない――小森提督は不思議に思った。
アムネリアシルバーホークという、どのシルバーホークをも凌駕するらしい性能を有する機体が作れそうなら、いったいどうして不安な顔をする必要があるのだろう?
「そこで小森提督に相談をしようと考えた次第です。艦娘用艦載機として、アムネリアシルバーホークの生成の許可を頂きたい」
「良いじゃないの。今日は遅いから、明日の朝一番にでも――」
「ですが! ……提督にはきちんとすべての情報をお伝えしなければ。都合のいいことばかりで許可を頂くのはあまりにアンフェアです」
「――なんなの? ワケありなの、アムネリアって?」
「……アムネリアシルバーホークにはオール・ナッシング機関という兵器が搭載されていました。設計図の解読はできなくとも遺された別の資料を読み解くくらいは以前から出来ていて、どのような性能と能力を持った機体かというのは、大雑把ながら把握はできていたのです」
「
「かつてアムネリアの科学技術はダライアスのそれよりもはるか先を行っていました。そんな環境でアムネリアの人々は、文字通り『すべてを消し去る』悪魔の兵器を開発してしまったのです」
まるでファンタジーの世界だと小森提督は思う。だが真剣な表情で話すアダムのことを軽視はしない。彼の言葉に嘘はないのだろう。
ふと鳳翔の方を見れば、彼女は小森提督を見つめていた。アダムの話は先に聞いていたような反応をしている。きっと鳳翔とアダムは話し合いをしてから自分のもとに相談をしにきたに違いない、と小森提督は考えた。
「それで、オール・ナッシングってのがどうしたの?」
「アムネリアシルバーホークには、そのオール・ナッシング機関……A.N機関が搭載されているのです。設計図の解読をすることで、いまの私たちにも、A.N機関を作ることが出来てしまったのです」
「……やばくない?」
「やばいです。とてつもなく」
「すべてを消し去るって、そんなのが誰でも作れるようになってしまったら、また世界戦争の火種が――」
「そんな生易しいものではありません。奴らが再び目覚めてしまう」
「――奴ら? 奴らって?」
「アムネリアの言葉で