艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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アムネリアシルバーホーク開発。決戦への最終準備に向けて

 小森提督は不安を抱えていた。

 アムネリア開発に反対の声を上げた艦娘たちが、あからさまに小森提督への不信感を抱いているからだ。

 主に反対の声を上げ、キメリカル・セイバーズのメンバーでもある艦娘は、加賀と熊野、榛名と霧島の4名である。小森提督は演説の後、彼女たちの部屋に行って一対一の会話をしようとしたのだが、それすら断られていた。

 なぜより危険な方へと舵取りをしたのですか――加賀のなじるような言葉に小森提督は落ち込んでいる。他に反対している艦娘も、小森提督に否定的な態度をとっていた。

 これではキメリカル・セイバーズの団結が崩れてしまう。それはグレートシング・アビスの勝利を呼び込み、地球崩壊の秒読みをさせてしまうことになる。

 どうにかして心をひとつにまとめていかなければならない。その方法を小森提督は知っていた。

自分も戦えばいい。自分も脅威に立ち向かえばいい。だが、ただの人間である小森提督は艦娘用艤装を装備して共に戦うことはできない。体に船魂を埋め込めば出来るのかもしれないが、仮にできたとして戦闘経験の浅い者は足を引っ張るだけだ。

 それでも小森提督は自分なりに仲間たちと一緒に戦う道を思いついていた。そのためには惑星ダライアスの協力が必要である。小森提督は執務室にある特別な機械のスイッチを入れた。

 

 

 

 

 

 

 それから。

 小森提督は工廠で開発を見守っていた。設計図を用いての艦娘用装備の開発はこれが初めてのケースとなるだろう。

 艦娘用装備は、ガラポン抽選機のような機械に資材を投入して妖精に稼働してもらった結果、作成されるものだ。最初から設計図ありきで作れるものではないし、一度作ったものを参考にして同じようなものを作ることは出来ない。

 例えば、高性能な艦娘用艦載機――烈風やら流星など――の開発に成功したからといって、それのコピーを作ることはできない。 

 このことに小森提督は歯痒い思いをすることもあったが、きちんした、精緻な設計図があれば、アムネリアシルバーホーク開発のように確実に特定のものをつくり上げることができる。そのことがわかっただけでも、艦娘に関わり運用するすべての人間には有益な情報だった。

 

 ジェネシスシルバーホークが再現を目指した、最古にして最強のシルバーホーク。

 敵にハッキングをかけて強制的に鹵獲してしまうキャプチャーシステムと、それを行使するためのキャプチャーボール。鹵獲した敵は空中爆撃に使える他、αビームという超兵器を発射するエネルギーに転用できるという。

 αビームの威力は、アムネリアシルバーホークがシーマと交戦した記録・資料によれば、シーマの小型機程度ならある程度「炙った」だけで撃破出来てしまうという。中型機や大型機にも効果は高く、αビームこそがアムネリアシルバーホークの代名詞と言って過言ではないようだった。

 どのシルバーホークをも凌駕する性能を持つアムネリアの力の源は、オール・ナッシング機関という兵器にある。文字通りすべてを消し去る能力を持ち、星のひとつを消すくらい造作も無いポテンシャルを有している。

 そんな危険極まりない兵器をどのように運用していたか、小森提督は疑問に思っていたのだが、設計図を眺めていた妖精の説明を受けて納得できた。シーマの残骸を利用して、オール・ナッシング機関の制御に成功していたというのだ。

 設計図通りに作れそうだという妖精の言葉が意味するのは、オール・ナッシング機関の制御すら再現可能ということだった。妖精のあまりに高い能力にある種の危険を感じながら、いまはこの恩恵に預かるほかないと小森提督は思う。

 

 

 

 食堂で小森提督がアムネリアシルバーホークの開発を決断したのを宣言してから数時間が経っていた。橙色の夕日が海をまばゆく染め上げている。

 宣言してからすぐに小森提督は工廠の妖精にアムネリアの開発を依頼し、必要とされた資源――標準的な艦載機レシピの資源量の数十倍を要求された――を提供し、開発の行く末を見守りながら、時折、特別な通信機を使って連絡をとっていた。

 連絡先はダライアス宇宙軍である。小森提督は事の顛末をすべて語り、対シーマの行動をどうするかを相談していたのだ。

 小森提督が不安視していたのは、ダライアス側が地球側を蔑視、あるいは軽視しているのではないか、ということだった。技術面では天と地ほどの差が開いている。同じ敵を相手にしてもなんらかの差別意識があるのではないかと小森提督はこれまで疑っていた。

 しかし、小森提督はそんな意識をきれいに捨てることが出来た。主に連絡をしていた相手はとても誠実な人間で、ベルサーによる脅威に晒されていることから「地球αでベルサーと戦う艦娘とその指揮官は同志・仲間である」と励ますことすらしていたのだ。それ故に小森提督が作成を依頼したとある装置も快諾してくれていた。

 

 夕暮れの橙色が差し込む工廠では、妖精たちが休みひとつ入れることなくアムネリアの開発を続けている。休憩を挟んだほうが良い、と小森提督は機会をみつけては提案したのだが、

 

「これまでで一番危険なものを取り扱っているから緊張してそれどころではない」

 

 という旨のことを返されるばかりだった。だがそれ以上に、宇宙の文明に触れることをとても楽しみにしているかのように、小森提督の目には映っていた。

 すでにアムネリアの外観はほとんど整い、オール・ナッシング機関の内蔵や亜空間跳躍装置などの内装を用意する段階にあるという。この調子なら今晩には安全に作業が完了するだろうと小森提督は踏み、執務室へ戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 執務室では金剛と比叡と、シルバーホークパイロットたちが紅茶を楽しんでいたところだった。彼女たちの訓練はもう終わっている。小森提督は気さくに挨拶をしながら、自分もお茶会に参加してよいか尋ねた。

 

「もちろんです提督! さ、どうぞどうぞ!」

 

 元気にあふれる明るい態度で比叡が開いている席に腰掛けさせる。ありがと、と返した提督は、テーブルの上にブルーとオールドとアダムがいるのを認めた。

 

「アダムくんってさ」

「はい」

「アンドロイドだけど、飲んだり食べたりってできるの?」

「できませんよ。でもこうしてお話をする機会があるなら席につきたいと思ったのです」

「そういうこと。みんな、なんのお話をしていたの?」

 

 これからのキメリカル・セイバーズについてです――比叡が小さく手を上げて答えた。

 そんな彼女はどこか浮かない顔をしている。アムネリアシルバーホークをめぐってあれこれ思惑が交錯していて、気持ちがひとつにまとまっていないことを快く思っていないに違いない、と小森提督は察した。

 

「アムネリアを作るのに反対している人たちの気持ちはわかります。でも、アムネリアがないとグレートシング・アビスとの戦いは不利を極めるような気がしていて」

「うんうん」

「オールドに聞いたけど、素のストームコーザーとグレートシングでは防御力が全然違うらしいんです。ふたつを比べたら、ストームコーザーなんて紙切れ同然だって」

「誇張し過ぎだよ。テキトーなこと言わないでもらっていいかな」

 

 小森提督はオールドを強く睨みつける。だがオールドは「テキトーじゃねえって」と大きく手を振った。

 

「いいか、過去の戦闘データを見ればはっきりしてるが、ストームコーザーの装甲はとても薄いんだ。あれの大元がゴールデンオーガって時点で察してくれないか」

「だって私たち、シルバーホーク乗りでもダライアスの人でもないし」

「あのなあホントなんだって、なあブルー、アダム?」

 

 名を呼ばれたシルバーホーク乗りの妖精たちは肯定するように頷いた。

 そういえば、南西諸島基地からの報告では、ゴールデンオーガという巨大戦艦の交戦時間は短かったような――小森提督は記憶を振り返り、そういうものなのだと理解した。

 その時、執務机にある機械が音を立てた。ビデオレコーダー状の箱にスピーカーやマイク、15インチの液晶モニターがくっついたそれは、妖精たちが用意してくれた特殊通信機である。惑星ダライアスとの各種通信ができる貴重な品だ。

 これを作るまでにかなり長い時間がかかっている。ジェネシスが持ち込んだアムネリアの設計図がなければ、妖精のひとりがアイデアを思いつくことはなかっただろう。

 

「それってダライアス宇宙軍と繋がってる通信機だろ? おじさんに使わせてくれよ」

「別にいいけど、後で代わってね」

「オーケーだ。――あー、もしもし? ……なんだ、技術班の班長さんじゃないか! 久しぶりだな!」

 

 顔見知りなのか、通信機のスイッチを入れたオールドは陽気に受け答えしている。モニタ上にメガネを掛けた気弱そうな中年男性が嬉しそうに笑っているのを、小森提督は認めた。

 

〈オールドさん! よかった、無事だったんですね〉

「ああ、こっちは全然問題ねえさ、こんな姿になっちまったくらいでな。おじさんが時空震なんかで死ぬわけねえだろ? それでどういう用事なんだ?」

〈実は小森提督に頼まれていた例のものの設計が終わったんです。その報告をしようと思って〉

「例のもの? 一体なにを作らせようとしたんだ?」

 

 亜空間ネットワークへの接続装置だよ、と小森提督は答える。それを聞いたオールドの頬は緩んだ。

 

「じゃあシルバーホークの補給事情が改善されるってわけだ! 改善ってか、元通りにだな!」

「その用途で使えるものじゃないの。もう、そんなに露骨にがっかりしないでよ」

「あー……で? シルバーホークに使えるものじゃないなら、誰が使うんだ?」

「私が」

「どうして?」

「この班長さんや他の軍人さんから聞いたんだけど、シーマって亜空間ネットワークに知性を持っているんだって。で、過去にダライアス宇宙軍でもシーマとの『対話』をしたケースがあるんだってさ。なら、私もシーマと対話をしようと思って」

 

 それってもしかして――テーブルの上でブルーが声を上げる。隣ではアダムが納得したように頷いた。

 

「――提督、あんた、Ti2さんがやったことと同じのをしようってのか? ていうか、あの人たちのこと知っているのか?」

「うん。ダライアス宇宙軍がベルサーにネットワークをウイルス攻撃されて壊滅状態になった時、反抗のために出撃したTi2ってアンドロイドとリーガっていうテストパイロットがいたんでしょ? で、そのふたりをダライアスの人たちは『最初のふたり』って呼んでるって聞いたよ」

「そこまで知ってるのか。その機械を使って聞いたんだな」

「うん。ブルーちゃんたちに聞いても良かったんだけど、せっかくこういう機械を作ってもらったんだし使ってみようと思ってね。それで『最初のふたり』がグレートシングを倒してダライアスを救った後、対ベルサー反攻作戦の時にシーマと遭遇したって聞いたことがあるんだ」

「ああ。Ti2さんのAIは亜空間ネットワーク上に構築されている。だからシーマとの対話が可能だって話は聞いた。そのせいでずいぶん長い間帰ってこなかったってのも聞いたぞ」

 

 小森提督は頷き返した。ブルーは暗に危険だからやめておけ、と訴えていることも彼女にはわかっている。だが、小森提督には為さねばならないことがひとつある。

 

「それでも、私がやりたいの」

「どうしてそんな無茶するんだ? あんたは後ろで偉そうに指示をしてくれればいい。それが艦娘たちの支えになってるんだろ?」

「でもブルーちゃん、いまの艦娘たちは……キメリカル・セイバーズたちはとても揺れ動いている。グレートシング・アビスみたいな一線を画す巨大戦艦だけじゃなくて、シーマっていうベルサー以上の脅威と立ち向かわなくてはならないかもしれないって現実に怯えてる」

「いまさら怖気づくもんか。そんなの加賀くらいのもんだろうに」

「ううん。私だって怖い。……ブルーちゃんだって声が震えている」

 

 あ、とブルーがこぼす。よく見なくともブルーの体は小刻みに震えていた。表情も怯えが混じったような色をしている。

 

「だから私も戦うの。一番安全なところで偉そうになんてできない。一緒に戦わないと、アムネリアの開発に反対している子の気持ちをまとめるなんてできるはずがない」

「提督、あんた、ビビってる割には前向きなこと言ってるな」

「ふふふっ。こういうお仕事なの。……班長さんごめんなさい、こっちの話ばかり続けていましたね」

〈お気になさらず。そちらの時間でいうところの2日があれば、装置の設計図を転送できます〉

「ありがとうございます」

〈ノームというのでしたっけ? オールドさんが変化してしまったような妖精というのは。彼らの技術力には脱帽するばかりです。技術的には結構な開きがあるはずなのに、こうして問題なく通信ができる装置を作り上げてしまうとは〉

「ですがオールドが持ち込んでいた、宇宙空間向け調査キットがなければ作ることはできませんでした。運命の巡り合わせというものですね」

〈非科学的なものを使う人たちはそういう捉え方をするのですね。なるほど……〉

「設計図があればノーム、いえ、妖精が装置を作り上げられるはずです。よろしくお願いします」

〈シーマ対策が上手く、それよりもベルサーですな。生命エネルギーで強化されたとはいえ、深海でずっと機会を伺っているというのは、おそらくはヴァイオレット型の特徴を色濃く受け継いでいるのでしょう。重水を利用したエネルギー補給を行っているフシがありますな〉

 

 ヴァイオレット型? 聞いたことのない言葉に小森提督は首をかしげる。シルバーホーク乗りたちはなるほどと言わんばかりに頷いているが、金剛や比叡はよくわからないようだった。

 

〈ヴァイオレット型というのは、こちらで確認しているグレートシングの強化改修型です。グレートシング・ヴァイオレット。G.T.Vと我々は表記しています。バースト砲やらなにやら、とにかく重武装を一斉射撃して――奴と出会って無事だった部隊はわずかしかないほどの戦闘力を有しているのです〉

 

 つまりそれは、素のグレートシングが深淵の力を取り込んだことで、ヴァイオレット型と同等かそれ以上の性能を有している有力な推測にほかならない。ストームコーザーの例を振り返れば、おそらくはヴァイオレット型よりも強固で強大な難敵になっているのだろう。

 

「そんなでたらめなほどの力を!?」

〈そうです。これで力あるシーマには及ばないであろうとされているのですから……小森提督。あなたの決断は、覚悟は、よろしいのですか?〉

「はい」

〈そうですか……実は会わせたいと思っていた人がいるのです。お時間は大丈夫ですかな?〉

「え? ええ」

 

 ダライアス側の人間が自分と話をしたい? 必要以上の接触を持たれるとは思わなかった小森提督は頷き、モニターから技術班班長が遠ざかっていく。

 代わりに画面横から現れたのは渋い顔をした男だった。

 短い金髪はよく整っていて、あぎひげが目立っている。左目には大きな傷跡があり、義眼なのか妖しく青色に光っている。ダライアスにも地球と同じような礼服があるのか、男は黒の格調高いそれに身を包んでいた。

 どんな人物なのだろうかと小森提督はモニターを凝視する。モニターにはカメラが埋め込まれていて、それが見ているものはダライアス側に伝わっている。つまり、ひげの男は小森提督にじいっと見つめられているのだ。

 そんな状態の中、執務机に飛び乗ってきたブルーは大きな驚きの声を上げる。なんだどうしたとオールドとアダムもモニターを見ると、ブルーほどではないが驚きをみせた。

 

「りり、りー、りー――」

「ブルーちゃん落ち着いて。りり・りー・りーなんて名前じゃないんでしょ? バカにしてるの?」

「リーガさんじゃないですか! わわ、わ、わあすげえ、本物だ本物! うっわー! 握手してください握手! あ、できないか、それならサイン――も駄目だできねええぇ!!」

「だから落ち着きなさいってブルーちゃん。えーとそれで、リーガさん、でいいのかしら?」

 

 スピーカーから渋い肯定の声。まるでアイドルファンのようにブルーが嬉しそうな声を上げるが、うるせえ、とオールドに一発殴られてしまった。

 

「うるさくもなるって! リーガさんだぞリーガさん、ジジイはすっこんでろ!」

「誰がジジイだよ! まだおじさんだろ!? って、ホントに『最初のふたり』のネクストのパイロットか。いったい小森提督になんの用があるんだ?」

〈まず確認をさせてくれ。そちらの地球αに飛んだパイロットは、レッド二等兵にブルー二等兵、オールド元中尉に傭兵出身のヴェルデとヒストリエ、そして軍事アンドロイドのアダムと聞いているが、間違いないか?〉

 

 妙な確認だ、と小森提督は思ったが、その通りですと答える。納得したようにリーガという男性パイロットは頷くと、小森提督をじっと見つめていた。

 

〈報告通り、みんなヘンテコな姿になっているのか……アダムはそこにいるのか?〉

「はい。私がアダムです」

〈君が代わりにシーマと対話するのはどうなんだ? 以前にTi2がやったようにできないのか?〉

「残念ながら私のAIは亜空間ネットワーク上に構築されているわけではないのです。生産コストを抑えるために、私のAIは自己に、スタンドアローンで構築されています」

〈そうなのか。小森提督が自らシーマとの対話に望むというのは、地球αとの通信・交渉を担当する部から軍司令部に届いている。そして、司令部は軍の全体にその情報を広めている。こうして俺がこのことを知っているのは、そういう理由なのだが……そこに艦娘というのはいるのか?〉

 

 リーガの問いかけにアダムが肯定の旨を返す。するとリーガは何かを迷うように目を細め、あごに手を添え、しばらくしてから口を開いた。

 

〈すまないが、そこにいる艦娘を遠ざけてくれないか。小森提督とシルバーホークパイロットに大事な話がある。艦娘にはその、聞かれたくない〉

「わかりました。ちょっとごめん、金剛ちゃんと比叡ちゃんさ、私が良いよって言うまで執務室を出てくれないかな。あとでお茶会の続きをしよう!」

 

 了解デースと金剛が立ち上がり、戸惑う比叡の手を引いて執務室を出る。それを見送った小森提督は気配が遠ざかったのを感じると、視線をモニターに映るリーガに戻した。

 

〈生身の人間が特別な装置を使ってシーマと対話しようとしている、ということはダライアス宇宙軍では結構な話題になっている。以前にTi2というAI端末がやったことを、今度は生身の人間が成し遂げようとする準備をしているからだ〉

「そんなに知られている話題なんですか?」

〈荒唐無稽を極めている、というのがほとんど一致している見解だ。人間の意識を亜空間ネットワークに飛ばせば、理論上は不可能ではないが。……小森提督はシーマとの対話をどのように捉えている? まさか『我々に戦闘や抵抗の意思はない』と伝えれば帰ってくれるとは思っていないだろ?〉

「グレートシング・アビスとの戦いが終われば、アムネリアシルバーホークは破棄する予定です。解読が完了した設計図はそちらにお返しする予定ですが」

〈認識が甘いと言わざるを得ないな。小森提督、Ti2がシーマとの対話に費やした時間は、そちらで言うところの3日や4日ではない。一週間でもない。3年だ〉

 

 絶句した。

 それほどの長い時間をかけて対話をしていたというのだろうか? 我々に抵抗の意思はない。宇宙を破壊するつもりもない。それだけを伝えるのに3年もかかるのか?

 

〈さっき3年とは言ったが、あいつがシーマに連れられて宇宙を航行していたこともあったから、実際の説得や対話に費やした時間はもっと短いはずだ。帰還したあいつは疲れたと言っていたが、生身の人間が同じことをやれば頭がおかしくなってしまうからやめておいたほうが良い、とも言われてしまった〉

「その理由は?」

〈あいつは人間じゃない。シーマも人間ではない。人間じゃないもの同士なら意思のやり取りはしやすいのだろう。……あいつが言うには、シーマの意思表示は生身の人間では理解できないものだ、とのことだった。どうしても小森提督がシーマとの対話をしたいというなら、精神崩壊くらいは覚悟したほうが良いかもしれない〉

 

 こんなのを金剛たちに聞かれなくてよかった、と小森提督は安堵する。

 自分がやろうとしていることがこんなに危険なものだとは思っていなかった。だが、キメリカル・セイバーズを再びひとつにするには「小森提督も共に戦う」ことで勇気づけるしかない。それが一番良い方法だと小森提督は考えているし、曲げるつもりは1ミリもない。

 

「例えるなら、人間と動物の間では言葉による意思疎通は取れない、というようなものですか?」

〈あいつも同じような例えをしていた。だから人間はシーマと対話することはできな――〉

「それなら練習ができると思います。動物とはおしゃべりすることはできない。でも、相手によるけど友好的な関係を築くことはできます。Ti2さんがシーマとの対話をしたときの、シーマの会話パターンのようなものは保存していますか?」

〈――奴らの『言語』を知りたいと言っているのか? サンプリングはしていたはずだが、それで練習をするとでも?〉

「はい。シーマ襲来の可能性で心が離れてしまった私の仲間たちをひとつにまとめるには、私が一緒に戦うしかないんです。無謀だと言われても良い。取り越し苦労でも良い。やるしかないんです、私が」

〈……そうか。地球人というのは本当に頑固だな。だが、とても真っ直ぐだ〉

 

 リーガの小森提督を見る表情は穏やかだ。ひとりの軍人として対等に認めてくれているのだろう、と小森提督は嬉しくなり、口元を緩めてしまう。

 

〈装置の設計図の転送をする際に、サンプリングされたシーマの意思表示パターンも送っておこう。願わくば、無事に成し遂げられますように〉

「あ、ありがとうございます」

〈もっとも、あいつを地球αに送り込められればなにもかも解決するのだろうが、いまのあいつはとても重要な作戦に従事している。そちらに送り込むことはできない。すまない〉

「いえ……リーガさん、あなたとお話ができて良かったです。君たちはなにか言っておきたいことってある?」

 

 小森提督のふりに食いついたのはブルーだった。

 そういえば彼女はリーガに憧れているらしい素振りを強烈にみせていたな、と思い出した小森提督はブルーが嬉しそうに話しかけるのを見守ることにした。

 

「ブルー二等兵、ネクストシルバーホークバーストのパイロットであります!」

〈ああ。慣れない土地での戦いは厳しいだろう、よく頑張っているな〉

「あああ、あー、ああ、ありがとうございます! あのその、こうしてお会いする機会があればお伝えしたいことがいっこあったのです! ね、ネクストシルバーホークが量産化されて、こうして私が戦えているのは、リーガさんのお陰です! ありがとうございます!」

 

 ものすごい勢いでおじぎをするブルー。そんな彼女をモニターの向こうのリーガはどこか複雑そうに見つめていたが、ややあって「ありがとう」と返していた。

 

 こうしてリーガとのやり取りは終わり、小森提督は金剛たちを呼び直してお茶会の続きをすることにした。

自分が負うであろうリスクの話は聞かれなくて正解だったな、と頭の片隅に思いながら、やはりこのリスクはどの艦娘にも知られてはならないとも判断する。シルバーホークのパイロットたちに釘を差したのは、通信が終わってからすぐのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 この日、食堂で夕食をとっていた赤城と加賀はどこかギクシャクしていた。いつものように仲良くなにかを食べているわけではなかった。

 近くで蕎麦を食べていた球磨と多摩は、赤城たちがうどんを食べているのをそっと見守る。

ふたりが黙々と食べているのを見たのは初めてだった。いつもはなんらかの会話を交わしながら食べているのが常なのだ。

龍驤が格闘ゲームでいやらしい固めをしてきたと赤城が愚痴をこぼしたり、加賀が面白い映画を観たのを語ったりとか、そういうふうに食事の席を過ごしているのに――球磨も多摩も困惑を隠せないでいた。

 かなり刺々しい、ギスギスした雰囲気。そんな中で最初に口を開いたのは赤城だった。

 

「あの、加賀さん」

「……はい?」

「そんなに小森提督の決断は気に入らないのですか?」

「……私たちに全幅の信頼を置いていない、と思うのです。赤城さんはそうは思いませんか?」

「加賀さんはそんなことを思っていたのですか?」

「赤城さんが私をどう思っているのかわかりませんが、私はシーマとの戦いを恐れています。グレートシング・アビスはキメリカル・セイバーズの全員でかかれば倒せるかもしれないのに、アムネリアシルバーホークという新しい戦力を用意しようとしている」

「ええ」

「特別な事情がないのならそれでよかったのだと思うわ。でも、アムネリアを作って、それを出撃させたら、シーマが襲ってくるかもしれないなんて知ったら……そのシーマというのが、ベルサー以上の脅威だとも聞いています。そんなのを敵に回すのは、良くない選択だと思うわ」

「つまり……ジェネシスを欠いた私たちだけで倒せるのに、なにを余計なことをしてくれているんだ、と怒っている?」

「そうね。小森提督がシーマに対するなんらかの用意をしているのなら安心して戦えるのだけど、あの時はそんなことは一言も話していなかったから」

 

 まあそうですけど。そんな赤城の言葉は冷たい。そんな彼女とやり取りをしている加賀の言葉も控えなトゲが見え隠れしていた。

 

「でもグレートシング・アビスだって、ストームコーザー・アビスよりは絶対に強いってわかっています。ジェネシスを欠いた私たちではかなり苦戦するはずです」

「……赤城さん。私たちがこんな形で再びこの世にいる意味をわかっていますか?」

「え?」

「深海棲艦という奇妙な、とても厄介で凶悪で怨念の塊のような奴らが人類を滅亡させようとしている。私たち艦娘はそれに対抗するため、平和を取り戻すためににここにいるんです。ベルサー? シーマ? そんな奴らといたずらに戦うために、戦争をしたいがためにいるんじゃないの」

「そんな言い方――」

「確かにベルサーは初期には深海棲艦の側についた。艦隊行動を共にして軍事基地や町を襲っていた。でもシーマとは戦う道を選ばなくても良かった」

「――それは、そうだけど」

「ジェネシスも抜き、アムネリアも抜きなら、私たちの誰かが死ぬかもしれない。全滅だってありえたかもしれない。でもそれでも良いと思っているわ。第二艦計画だってあるから私たちの代わりはいくらでも作れる。小森提督だって私たちが死ぬことの覚悟はできている。だったら、ジェネシスもアムネリアも用意しないでグレートシング・アビスと戦えば良かっ――」

 

 加賀は言いたいことを最後まで言えなかった。赤城の平手打ちを受け、その勢いのまま椅子から転げ落ちてしまう。

 赤城の表情はこれまで誰が見たこともないほどに怒りに歪んでいる。もしも鬼というものが実在するのなら、いまの赤城を見れば怖気づいて逃げ出してしまうだろう。

 

「っ、なにをするの!」

「ふざけるな!!」

「え?」

「私たちの代わりはいくらでもいる!? そんなふざけた言葉、加賀さんの口から聞きたくなかった!! 死ぬ覚悟のこととそんなふざけた話を一緒にするな!!」

「赤城さん……」

「私にとっての加賀さんはあなたしかいない! 小森提督だって同じことを言うわ! そういうかけがえのない仲間だと思ってた、でも加賀さんは違うってわかったわ」

「違うの、そんなつもりじゃ――」

「……ごめんなさい、私、手をあげるつもりなんて……これじゃ仲間だなんて言えないわね。ごめんなさい、仲間として失格よね」

 

 倒れる加賀に手を差し伸べようとして、赤城はその動きを止めてしまった。それどころか目に涙を浮かべてすらいる。

取り返しのつかないことをしてしまった。自分が大切に思っている仲間を傷つけてしまった。その衝撃は赤城を打ちのめしている。だが、赤城は加賀の手をとっていた。

 

いや、手を取らされていた。自分と加賀の温かみの他にもうひとつ感じた赤城は顔を上げる。そこには小森提督が申し訳無さそうに微笑んで立ち膝をついていた。

 

「ごめんね赤城ちゃん。加賀ちゃん。わたしがしっかりしてなかったからこんなケンカしちゃったんでしょう?」

「提督! 私……加賀さんに手を上げてしまいました。大切な仲間を怒りに任せて殴ってしまったんです。……キメリカル・セイバーズからの除名をして頂けませんか」

「ばかなことを言わないの。ふたりのやり取りは最初から聞いていたよ。熱中していたから、私が近づいてもわからなかったみたいだけど。赤城ちゃんは誤解したっていうのもあるけど、加賀ちゃんにそんな悲しいことを言わないで欲しかったんだよね。私だって悲しいよ。第二艦なら巌提督のところの金剛ちゃんがいるけど、彼女とうちの金剛ちゃんは全くの別人だって思っているから」

「……ありがとうございます」

「加賀ちゃんがそんなつもりで悲しいことを言ったのではないとは思うよ。それはわかる。それに加賀ちゃんがアムネリア開発を反対していた理由もわかる。自分たちの手に負えない敵を作る必要はない。自分からケンカをふっかけて、自分が死ぬだけでなく守るべき人々が危険にさらされるようなことをするのは道理から外れている――そうでしょう?」

 

 しばらく手を繋がされている赤城から目を離せなかった加賀は、しかしちゃんと小森提督の話を聞いていた。ひとつ頷いた加賀は、やや怒ったように小森提督を見上げている。

 

「そこまでわかっているのなら、どうしてアムネリア開発に踏み切ったのですか」

「より確実に目の前の脅威を潰せるのならその手段を選ぶべきだと思った。そして、鳳翔ちゃんがキメリカル・セイバーズとしての役割を一部損なうのが嫌だった」

「……仲間のことをダシにして説得しようと言うのですか?」

「違うよそうじゃない。キメリカル・セイバーズの士気の問題として、鳳翔ちゃんが以前と同じ動きができなくなるのはとてもつらいことなんじゃないかって、そう思ったところもある。加賀ちゃんはそんなヤワじゃないって言いたそうだね?」

「ええ。私たちをなんだと思っているのかしら」

「大切な仲間だよ。だから、みんなが加賀ちゃんのように考えていないって思うな。もちろん逆のことも言えるよ。加賀ちゃんのように考えられる子もいる。それってとても強いことだと思うんだ。ね、赤城ちゃん」

 

 視線を向けられた赤城はひとつ間を開けてから頷いた。赤城も加賀も、小森提督の下で働いていた頃からこの時までお互いを認め続けているかけがえのない存在だ。赤城は加賀の、加賀は赤城の、それぞれの強さを理解している。

 

「それにアムネリアを開発したことでシーマがやってきたとして、シーマが私たちの手に負えない相手だったらどうしようって思っているんでしょ?」

「そうね」

「私ね、いろいろ考えてみて、ダライアスの人たちに相談したの。そしたら、ダライアス宇宙軍は以前にシーマと『対話』をして、説得して帰ってもらったってことがあったんだって」

「え? ……和平を結ぶことが出来るかもしれない、ということ?」

「うん。そのための道具をダライアスの人たちに設計してもらって、その設計図をこっちに送ってもらって、妖精さんに作らせる」

「交渉相手は誰がやるのかしら」

「私が。私も一緒に戦うよ。もしかして信用ないかな?」

「ふふ、いいえ。あなたほどにこういうのを信頼できる人がいるとでも?」

 

 少し照れたように加賀が笑い、そっと立ち上がる。えへへと小森提督も笑うと、加賀と赤城を自分の元に寄せるように肩を抱いた。

 

「全部がうまくいくとは限らないわ。でしょう?」

「そうだよ」

「でも、提督が一緒に戦ってくれるのなら、少し勇気が湧いてくるわ。ほんの少しだけれども、でも、ないよりは全然ましね」

「ふふっ。加賀ちゃん。これからも一緒に戦ってくれる?」

「……もちろんです。ですが提督」

「え?」

「ちょっと苦しいです。離れてもらっても?」

「だああごめんごめん!」

 

 慌てて小森提督は下がり、そのひょうしに転けてしまう。尻もちをついた近くにいたのは、球磨と多摩のふたりだった。

 

「なーにやってるにゃ」

「せっかくかっこいいこと言ってたのに、これで台無しクマー」

「なはは、そう、そうねえ……」

「でもそれが提督らしいクマ。シーマと対話することになっても、きっと大丈夫だクマー」

 

 同感にゃ、と多摩が続いてお茶をすする。こうして艦娘らのお墨付きをもらった小森提督は気を良くしたようにフフーンと鼻をならし、赤城たちの方に向き直った。

 

「提督」

「なあに加賀ちゃん」

「私の他にもアムネリア開発に反対していた子たちがいたわ。彼女たちはどうするつもり?」

「決まってる。ひとりひとりお話をして納得してもらうの」

「まあ、私たちの説得くらいできなければ、シーマとの対話なんてできっこないでしょうね。……期待しているわ」

「……うん。任せといて!」

 

 小森提督は手を振って食堂を出る。彼女の行く先は艦娘らが体を休めている寮だろうと赤城は当たりをつけ、加賀の顔を見る。

 無表情そうな印象があるが、後悔や申し訳無さ、それに期待の色を赤城は感じ取った。長い付き合いが成せることだった。

 

「加賀さん。みんな。ごめんなさい。騒がしくして、本当にすみませんでした」

「私も。……見苦しいのをお見せしてしまったわね。すみませんでした」

「いやいや、そんなに謝らなくてもいいクマ。ここには最初からクマたち4人しかいなかったクマー」

「そうにゃ。それに仲直りができたのは良いことだと思うにゃあ」

 

 球磨も多摩も笑顔で赤城たちの謝罪を受け入れる。赤城はありがとうと頷いて隣の加賀を見た。なにかの琴線が触れたのか、彼女は静かに涙を流してそっと手で拭っていた。

 その後4人はテーブルを寄せあってわいわいと夕食を楽しむことにした。この調子ならきっとうまくいくだろう。私たちには小森あきこという頼れる提督がいるのだから――彼女たちの心はひとつになろうとしていた。

 

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