艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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グレートシング・アビス、浮上

 執務室に絶叫が響き渡る。

 ここには小森提督と紅玉しかいない。まるで苦痛と恐怖に責められ死ぬ間際の断末魔のような、聞く者の心を握り潰す勢いのあるおぞましい声は、はたして小森提督があげていた。

 慌てて紅玉が小森提督の下へ駆け寄り、彼女がつけている黒いヘッドホンを取り外す。ヘッドホンは執務机のデスクトップPCに接続されていて、モニターには音楽再生アプリケーションのウィンドウが表示されている。

 

「だ、だだ、大丈夫!?」

「――私、ちょっと待って、大丈夫じゃない。どんな顔してる?」

「死にかけの人みたい。全く顔に力が入っていないよ」

 

 紅玉は小森提督が座る椅子に手をかけると机から遠ざけ、PCのマウスを掴んでアプリケーションのウィンドウを閉じようとする。その時、紅玉は小森提督が聞いていたファイルに目を落とした。

 

「……\Download\Darius\THIIMA\Languagesample01.mp3?」

「ああうん、惑星ダライアスの拡張子はこっちじゃ互換性がないから、ダライアスの方で聞けるようにしてくれたんです」

「そんなこと言ってるんじゃなくて。シーマって奴らの言語を聞いてたの?」

「言語というのとはまた違って、なんていうかこう……『意思』がものすごい勢いで寄せられるっていうか」

「意思の激流?」

「そうです。例えるならそんな感じ……ナイアガラの滝だってこんなに勢いはないと思うのですが」

「聞いてみていい?」

「やめましょうよ。私がこんなになってるの見えないんですか」

「でも興味はあるし。っと、ここをクリックすれば――」

 

 余裕をそうにヘッドホンをつけ、小森提督が途中で投げ出した音声ファイルを再生させる紅玉。3秒とたたずに悲鳴をあげた紅玉は、思い切りヘッドホンを机に叩きつけるようにして取り外した。

 

「なにこれ? 怨霊だってこんなの意思の発し方はしないよ」

「理解は出来るでしょう? でも、生身の人間には、ただの人間では身がもたない。……でも、耐えなくちゃ説得も対話もできない」

「そうだね。でもこれなら、私も手伝えることがあるかも」

「え?」

「人間じゃないものの声を聴くっていうなら、私はいつだってそうしてきていたから。シーマはかなり強い、常人には理解不能なベクトルで意思を発しているみたいだけど、訓練すればなんとなりそう。私が代わろうか?」

「ううん。これは私がやらないと意味がないの。他に手伝えることってないですか?」

「あー、うーん。まじないをかけてあげるくらいしかできないかな。他には……ほら、私も一緒に説得をしにいくよ。小森さんだけじゃ絶対に危ないし、成功するかどうか怪しいし」

 

 否定出来ない現実を出されて小森提督は笑うしかなかった。

 シーマの「言語」は小森提督の予想以上に難解で危険なものだった。もしも直視すれば正気を失う書物があるとするなら、シーマのサンプリングされた言語はそれと同等以上の危険を秘めている――と小森提督は考える。

 もちろんそんなふざけた書物などあるはずがない。シーマとの対話こそ「空想的」と呼ぶのに似つかわしいな、と小森提督は内心で苦笑した。これは自分一人ではどうしようもない。

 

「それじゃあお願いします。いまから工廠に行って、妖精たちにもう一つ同じものを作ってもらうように頼んできます」

「うん。『亜空間ネットワーク接続装置』ったっけ、シーマと対話するための機械って」

「はい」

ノーム(妖精)たちはどうだった? 地球外の文明ってやつに触れて、困ってない?」

「シルバーホークを触っていた時からとても楽しそうでしたよ。いまも積極的に前向きな作業をしてくれています」

「そうなんだ。安心したよ」

 

 手を振って小森提督を送り出した紅玉は、執務室の扉が閉まったのを確認してからヘッドホンをつけなおした。再び音声ファイルを再生させる前に、彼女は口の中で何かをつぶやく。

 クリック。

 ヘッドホンがかすかに揺れて。

 しかし紅玉は顔を青くするだけで、先のように悲鳴を上げることはなかった。

 彼女と小森提督の「対話の練習」はまだまだ続いていく。日が沈むまで。

 

 

 

 

 

 

 青い空を見上げれば太陽がまばゆい。小森提督の鎮守府はそんな快晴だった。太陽はまだ空の頂点に届いていない。来る決戦に備え、艦娘たちは思い思いに行動し、準備を進めていた。

 そんななか、演習海域では瑞鳳と北方棲姫のふたりが航行している。

 瑞鳳はフォーミュラを封じた矢をつがえ、それを護衛するように北方棲姫が縦に先行。そうして左に右にと高速移動、激しく水しぶきを上げながら、北方棲姫は海中から飛び出す標的――分厚い木板に深海棲艦の油絵が描かれている――を尾から伸びる砲で素早く破壊していく。

 海域にはいくつものブイが浮いており、外部からの操作でブイに備えられた標的が体を起こす仕組みになっている。その操作をしているのは鈴谷と熊野だった。

 

「いいじゃんいいじゃん! その調子!」

「北方棲姫の反応速度も凄まじいけど、ちゃんと瑞鳳も守られる位置をつかず離れずで維持していますわ!」

「そうだね。ついこの間まで深海棲艦もベルサーも死ぬほど憎んでたのにさ……やっぱ成長ってするもんだねえ」

「なにを年寄りくさいこと言ってますの。ほら、次の標的を出しますわよ!」

 

 演習海域の近くに建てられている小屋にふたりはいる。

 ふたりは双眼鏡を首に提げながら、小屋に備えられているブイを操作する機械のスイッチを叩き、瑞鳳と北方棲姫の機動訓練を支えていたのだ。

 

コノテイドナラ、ゼンッゼンヨユウ!(この程度なら、全然余裕!)

「っ、ほっぽちゃん右だよ!」

 

 彼女たちが航行する先の左手にある標的を倒した直後、右に大きな水しぶき。北方棲姫は砲を向けたが、しかし放つことはなかった。標的に描かれているのは人間だからだ。

 

コレハ、ウッチャダメ!(これは、撃っちゃだめ!)

「そうだね! っとお!?」

 

 ふたりの行く数百メートル先に巨大な標的が上がる。横に百数メートルはあるであろう、シーラカンスの絵の標的だ。

 

〈フォスル型巨大戦艦のつもりか? あれは?〉

「そうみたいね! フォーミュラシルバーホークバースト、発艦!」

 

 構えていた弓を放ち、フォーミュラの矢が激しく発光。次の瞬間には事務机大のフォーミュラが海上すれすれを飛行し、大げさな水しぶきを立ち上がらせる。

 そうしながらフォーミュラはバーストを設置照射、左に旋回して照射先を右に向ける。

 この時フォーミュラは標的――アイアンフォスルを模しているらしい――の頭部側に位置している。つまり設置照射の向かう先は尾の方で、そこで設置照射の方向固定がなされた。

 次にフォーミュラは設置照射に守られるように、これを標的と挟むように飛行する。そうしながらウェーブとホーミングボムの乱舞を見舞い、標的を木っ端微塵に爆破させた。

 

「やったあ!」

〈北方棲姫の反応速度も、おれたちの対応の速さもバッチリだ! ハッハーッ! ……あ?〉

「どうしたの?」

〈レーダーに反応が……亜空間跳躍だ。レジェンドが出口役らしいな、鎮守府から北に3キロのとこで待機している〉

「いったいどうしたんだろう。今日の予定であったっけ?」

〈わからん。早めに片付けして戻ろうぜ〉

「そうね。ほっぽちゃん、海に浮いてる標的の木片を一緒に片付けよう」

 

 大きく頷き返した北方棲姫は尾を体内に引っ込め、近くに浮いていたアイアンフォスルの標的を拾い集めていく。

 

「鈴谷も熊野も手伝って!」

〈わかってるって―! ほらいくよ熊野!〉

〈ちょっと! あんまり強く引っ張らないでくださる!?〉

「あはは、待ってるね!」

 

 演習海域の小屋との通信を終えた瑞鳳はフォーミュラを着艦させると矢を仕舞い、弓を背負って後片付けに参加する。

 一日の予定を決めるのは小森提督で、彼女の秘書艦を務めているのは金剛だ。金剛に聞けばなにかわかるかもしれないな、と瑞鳳は考えながら北方棲姫の方に目を向ける。

 ついこの間まで北方棲姫にすら殺意を覚えていたが、彼女の境遇――ベルサーに裏切られてやむなく人類側につき、すなわちそれは深海棲艦側を裏切ることに他ならず、かつての仲間を撃たねばならない立場にある――を思いやれるゆとりができている。

 瑞鳳自身はとても良いことだと思っているし、仲の良い鈴谷や熊野も肯定的に捉えてくれている。北方棲姫の慰めにはならないかもしれないが、仲間として支えられれば、それはきっと嬉しいことのように瑞鳳は思っていた。

 

 

 

 補給を終えた瑞鳳たちは食堂が騒がしいのに気づき、そちらへ向かうことにした。鈴谷と北方棲姫が興味深そうに先行し、ちょっと待ってよと瑞鳳と熊野が後に続く。

 はたして、食堂ではちょっとした歓迎会が催されていた。主役は白い着物に身を包んだ、つややかな黒髪の艦娘――祥鳳であった。姉にあたる彼女を目の当たりにした瑞鳳は驚きに目を開き、前にいる鈴谷と北方棲姫をかき分けて前に進んだ。

 

「姉さん!? どうしてここに? 巌提督のところにいたんじゃ?」

「久しぶりね。実は小森提督に呼ばれていたの。もうじき最後の決戦が始まるから、シルバーホークを発艦できる子が欲しいって」

「そうだったの?」

「なんでも瑞鳳たちが倒したストームコーザーっていう巨大戦艦からいろんな情報が取れたんですって。だから、グレートシングのおおよその強さがわかって、このままでは勝ち目が薄そうだって話になってたのよ」

「なるほど……」

「他の鎮守府にも応援要請を出しているみたいよ。前に小森提督と連合艦隊を組んだっていう秋森提督も参加するって。ほら、それよりもお昼まだでしょう? 一緒に食べましょう?」

 

 祥鳳に勧められて椅子に座らされる瑞鳳。周りで祥鳳が来たのを祝っていた艦娘たち――吹雪や球磨、多摩、雷や鳳翔――が、瑞鳳の分の食事や飲み物を用意していく。

 

「瑞鳳さんっ! お姉さんと一緒にゆっくりしてくださいね!」

「吹雪ちゃんこれ……その、いいの? 紅玉とダライアス宇宙軍の予測ではあと3日後にグレートシングが現れるだろうって言っていたじゃない?」

「でもいまはゆっくりしても良いと思うんです。だって久しぶりですものね。それに夜には秋森提督の人たちがやってきてパーティーするんですよ」

「そうなの? 初めて聞いたけど」

「私も今日になって知ったんです。摩耶さん、久しぶりにお姉さんに会えるって楽しそうにしていたんですよ」

「……私も楽しいよ。じゃ、今日はとことんゆっくりしよう! 姉さん、もうちょっと近づいて!」

 

 嬉しそうに瑞鳳は笑い、祥鳳の肩にぽんぽんと触れる。頷いた祥鳳は瑞鳳の近くに椅子を寄せ、そっと座り込んだ。

 

「良かったじゃん瑞鳳。つーか久し振りだね祥鳳さん。元気してた?」

「ええ。鈴谷も元気そうね。瑞鳳が迷惑かけてない?」

「そうなんだよー。いっつもあれこれ泣き言ばっかでさ、この間なんて祥鳳姉さんがあーだこーだ寂しい会いたいなんて言ってたんだよ」

 

 言ってないよ! とありもしないことを喋る鈴谷に瑞鳳は怒ってみせた。

 実際は青海提督の下で共に戦った仲間たちのことを思い出しては懐かしんでいたこともあるが、先日のストームコーザー戦を経るまで瑞鳳に手紙や電子メールを出す精神的余裕はどこにもなかった。

 

「まったく、鈴谷はあることないこと言って楽しむ癖をやめたほうが良いと思いますの」

「タダの冗談だってば。もう、熊野はおかたいんだから」

「鈴谷はゆるすぎですわ。それにしても祥鳳は変わらずお綺麗ですのね。少し羨ましいですわ」

 

 ありがとう、と祥鳳は困ったように笑いながら、お茶が注がれているコップを軽く持ち上げて瑞鳳に視線をやる。瑞鳳に注がれていたのはオレンジジュースで、おどけたように瑞鳳が頬をふくらませていた。

 

「なによこれー、私をお子様扱いして!」

「ごめんクマ。こっちの方が口にあうかと思ったんだクマ」

「んもう。こんななりだけど、そんなに子供じゃないんだからね!」

「以後気をつけるクマー」

 

 球磨も瑞鳳が冗談で怒ってみせているのを理解している。だから笑ってやり取りをして、そうして食堂にいる全員で乾杯をするに至った。

 

 

 

 

 

 

 小森提督の鎮守府に秋森提督らの面々が到着したのは、この日の夜の8時を過ぎた頃だった。昼の時よりも少しだけ豪華な歓迎会が催され、拳三郎の腕によりをかけて味噌鍋を振る舞った。

 秋森提督が送った艦娘――長門に陸奥、愛宕の3人だ――を迎え、歓迎する席に小森提督はいなかった。

 この場にいた艦娘らは、小森提督がいない理由を「特別な訓練をしている」として伝えられていたが、実際は少し違った。小森提督にそんな余裕は残されていなかったのである。

 厳密には正しくないが「シーマの言語」に触れ続けた小森提督の髪はどんどん白くなり、艦娘らに心配をかけまいとして大量の白髪染めに手を出すことになった。

 紅玉の協力もあって、最初のように絶叫してヘッドホンを放り出すことはなくなったが、それでも強いストレスが小森提督の心身を蝕んでいた。

 

「ねえ小森さん。そろそろ休んだら?」

「だめよ! 私はこれをどうしてもやり遂げないといけないの、わかるでしょう!?」

「わかるけどわかんないよ! 必死なのはいいけど、小森さんの心や体が壊れたらなんの意味もないんだよ!」

「っ……では、少しだけ休憩をはさみましょう。紅玉さん、コーヒーでも淹れましょうか?」

 

 砂糖大盛りでね、とおどけたように紅玉が言う。

 お互いに大変なはずなのに紅玉は自分を気遣ってくれていた――そのことに小森提督は申し訳無さと感謝の念を覚えながら、コーヒーカップをふたつ手にとった。

 

「小森さんさ」

「はい?」

「ふつーの人間のはずなのに、すごい精神をしていると思うんだよね」

「褒められてるのかな。ありがとうございます」

「まあ褒めてるんだけどさ。最初はふつーのデータアナリストで、艦娘をかばったのがきっかけで提督になって? その後でベルサーがしゃしゃり出てきて、偶然にも地球外の戦闘機を拾って対抗してさ……なんて、ふつーの人じゃ逃げ出すような境遇だと思うのよね」

 

 確かに心地の良い非日常ではない。

 自分の命と引き換えに人助けをするなどして気持ち良く死んで、気持ち良く異世界で生き返って、気持ち良く八面六臂の活躍をする物語を小森提督は読んだことがある。振り返ってみれば、小森提督を覆った非日常は、そんなに気持ちの良いものではなかった。

 

「おまけに地球存亡の危機を解決する最前線に立たされてさ。それでも前向きになんとかしよう、頑張ろうって思って行動できるって、それはもうふつーの人じゃないと思うんだよ」

「私には仲間がいますから。艦娘に、妖精に、シルバーホークとパイロットたち。他にも頼りにできる仲間がたくさんいるんです」

「つまり自分は普通の人ですよってこと?」

「はい。私には艦娘のように海を滑って戦う力はない。紅玉さんのように特別な力があるわけではない。妖精さんたちのように戦いの補佐が出来るわけでもない。他の提督のようにちゃんとした指揮をとれるだけの訓練をしたわけでもないし、能力も足りていない。無い無いだらけの普通の人なんです」

「言ってて悲しくならない?」

「なりますよ。だから、皆をがっかりさせないように頑張ろうって、そう思うんです」

「こんな恥ずかしいこと平気に普通に言うんだもんなあ。普通にすごいや、小森さん」

 

 恥ずかしいってなんですか、と小森提督は顔を赤らめて手を振る。それを軽く笑いながら紅玉はコーヒーを啜った。

 

「だってさ、こんな普通にすごい人がいるんだもん。みんな素直についてくるよね」

「そ、そうですか?」

「自覚がないのも腹立つわー。さて、休憩は終わりにする?」

「はい。もう大丈夫。やりましょう」

 

 空になったコーヒーカップを置いてふたりは執務机に向かう。ふたつのヘッドホン。人外との対話に備える訓練はまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 その後しばらく。

 食堂では秋森提督の鎮守府からやってきた艦娘たちの歓迎会が佳境を迎えようとしていた。お酒も飲むことになり、食堂はぎゃいぎゃいと騒がしくなっている。

 酒に潰れた長門の隣で陸奥が強い日本酒をどんどんと飲み、愛宕と摩耶が近況を語り合ったり冗談を言い合ったりして楽しそうにしている。

 

 そんな中で瑞鳳もお酒を飲み、顔を赤くしながらテーブルに伏せている。鈴谷は球磨や吹雪らとトランプゲームに興じ、熊野は明日に備えて早く寝ると残して去ってしまっていた。

 

「ああーっ、また球磨が負けたクマー」

「球磨さんは素直に顔に出ちゃうんですよ。だから鈴谷さんがいっつもニヤニヤして見てるんです」

「つ、次はババ抜きクマ! でもその前にサングラスをとってくるクマー!」

 

 そんなやり取りを遠くで聞きながら瑞鳳は立ち上がれないでいた。

 妙に幸せな気分なのだが、その心境は綱渡りをするように不安定であった。一歩踏み外せばずっと鳴き出すかもしれない、と他人事のように自覚すらしている。

 アルコールのせいでこうなっているのか、場の雰囲気に酔っているのか、瑞鳳はどちらとも判断がつかなかった。

 

「瑞鳳さん。そんなのでは風邪を引いてしまいますよ」

「うーん……大丈夫だってば拳三郎さ~ん」

「……冷たいお水をお持ちしますね」

 

 ウェイター然とした格好の拳三郎はため息をつき、早足で厨房に向かっていく。そんなやり取りを見ていた祥鳳は、遊んでいたトランプゲーム――ババ抜きがちょうど終わったところだった――を抜けると、瑞鳳がうんうん唸っている席へ歩み寄った。

 

「こら瑞鳳。酒を呑んでものまれるな、よ?」

「うう、ぐすっ、青海提督ぅ……ぐすっ」

 

 瑞鳳は泣いていた。

 酒の力が近い過去のことを強く思い出させているのだろうと踏んだ祥鳳は、瑞鳳の手をそっと握る。

 深い交流があったかと問われれば嘘になるが、祥鳳は青海提督のことは嫌いではなかった。むしろ素直な好感すら抱いていた。

 南西諸島基地が壊滅したあの日。高速艇から脱落した瑞鳳を見捨てる判断を下した祥鳳は、はたして自分が瑞鳳の姉として振舞っていものかどうか迷っていた。

 戦場での判断としてはなにも間違ってはいないはずだ。だが、青海提督の名前を出されたからとはいえ、あまりにも冷静な判断だったように思う。……自分は妹分である子を切り捨てる判断を、いともたやすく行ってしまった。そんな自分はこの子になんと声をかければ良いのだろう?

 

「決戦の時を……待っていろ……ぐう」

「寝ちゃってる? 瑞鳳、ねえ?」

 

 軽く肩を叩いてみるが返事はない。酒の力が瑞鳳を深い眠りに誘い込んでしまったようだ。

 そうしている間に拳三郎が氷の入った水を持ってきたが、瑞鳳を見て事情を察してしまうように、コップをテーブルに置いた。

 

「ここの食器は片付けますよ。瑞鳳さんをお願いできますか?」

「え?」

「久しぶりにお姉さんに会えて嬉しいと思うんです。祥鳳さんもそうでしょう?」

「……ええ、そうですね」

「空母寮の方へ連れて行ってあげてください。大事な作戦が控えているのに風邪をひかれたら困りますからね」

「わかったわ。それじゃあ、私も先に休ませてもらうって伝えておいてください」

 

 了解です。拳三郎がお辞儀するのにお辞儀を返した後、祥鳳は瑞鳳を背負って食堂を出た。

 

 

 

 慣れない鎮守府の、それも空母寮のどこに瑞鳳の部屋があるのかと不安に思っていた祥鳳は、その心配が杞憂に終わったことにホッとした。

 まず明かりがどこにでも点いているし、入ってすぐの談話室に赤城と加賀がいたからだ。

 ふたりは格闘ゲームに興じていて、ふたつのアーケードコントローラーがガチャガチャと音を立てている。そっと近づく祥鳳が見た印象では、加賀が操作する日本刀のキャラクターがかなり押しているようだった。

 

「だからダメなんですよ赤城さん。そこで暴れては暴れつぶしでやられ――」

「んもっ、昇竜、昇竜でないもーぅ。623~っ」

「――本当にゲームになると人が変わりますね。あと起き上がりを昇竜ばかりで切り抜けると、ガードされてフルコンですよ?」

「だって無敵ついてるんだもの! 振りたくもなるじゃない!」

「無敵が最強だなんてそんなゲーム聞いたことがないわ」

「うっ……ああー、また負けちゃった」

「コンボはできているのだから、もっと立ち回りを――祥鳳? あなたも遊ぶかしら?」

 

 いえ違うんです、と祥鳳は慌てたのを隠せない。一方で彼女が瑞鳳を背負っているのを認めた赤城と加賀は、ある程度の事情を察したように頷いていた。

 

「瑞鳳さんのお部屋は205番ですよ。二階の階段がありますよね、のぼったら右の方にありますよ」

「妹が酔いつぶれたのを姉が介抱する……立派なことね」

 

 そんなふたりの言葉を受けた祥鳳は恥ずかしそうに「ありがとうございます」と返すとお辞儀をして、階段へと早足で向かっていった。

 

「仲の良いふたりなんですね」

「そうね。……赤城さん、もう少しだけ遊びましょう」

「いいですよ! さ、こーい! ――わぁ痛っ、たたたっ、加賀さんすごい精度してる~」

 

 談話室から楽しそうな声を聞いた祥鳳は、この鎮守府の雰囲気がとても良いように思えていた。こんなところで働けているのなら、きっと瑞鳳も楽しくやれていることだろう。

 はたして、赤城の言っていた通り、祥鳳は瑞鳳にあてがわれた部屋にたどり着いた。そういえば今日の自分がどこで寝ればいいかを聞いていない、と祥鳳は思い出したが、とりあえずは瑞鳳をベッドに寝かせることにした。

 

「着替えはどこにあるのかしら? このクローゼットの……パジャマはこれね!」

 

 赤色に白の水玉模様があしらわれた綿の寝間着を取り出した祥鳳は、瑞鳳の緑の弓道着を脱がせるとそれに着替えさせた。

 幼い少女のような体をしているが、心は立派な戦士である――そのことを祥鳳はよく知っている。

 あの時自分が瑞鳳を見捨てる選択をした時、瑞鳳はそれを是として捉えていた。あの時の自分の判断は間違ってはいなかった。判断だって早かった。でもそれは、あとになってふりかえれば、とても残忍で冷徹な、あまりにも非情なものだった。

 自分にこの子の姉として振る舞う資格があるのだろうか? 何度となく自問した祥鳳は、いつの間にか自分が泣いていることに気がついた。

 

「んうっ……あ、姉さん?」

「目が覚めたの?」

「運んでくれたんだね。ありがとう」

「さあ、ゆっくり休みなさい。また明日ね」

 

 ベッドに寝かせた瑞鳳から離れようと祥鳳は立ち上がる。だが瑞鳳が祥鳳の手を強く握って離さない。

 

「どうしたの?」

「それはこっちのセリフ。なんで泣いていたの?」

「瑞鳳に言っていいことかわからないけど……私がお姉さんで瑞鳳は良かった?」

「は?」

「いや、だから……私がお姉さんで良かったかって聞いてるの」

「は? なんで?」

 

 それは――言い出しにくいことではあった。必要に迫られお前を簡単に見捨てた自分が姉を名乗っていいのか? そんなことを直接に、正面切って訊ねられるほどの精神を持った者がどこにいるだろう? ああ、分別のついていない子供なら出来るかもしれない。

 

「もしかして、あの時のことを言ってる? 南西諸島基地の撤退戦で、私が高速艇から落ちちゃった時の?」

「……」

「やっぱりそうなんだ。……私は、祥鳳姉さんがいてくれて、とても嬉しいと思うよ。それに心からすごいなって思っているんだ。もし逆の立場だったら、海に投げ出されたのが姉さんだったら、私は助けに行こうとしてたかもしれない。でもそれって高速艇に乗ってた皆を危険に晒すってことと同じで、たぶん全滅していたかもしれない」

「……」

「ごめん、嫌味に聞こえたなら謝るよ。でも私はね、ちゃんとした判断が出来る人が姉でよかったなって思うし、部屋に運んで私を気遣ってくれるのも嬉しいんだ」

 

 その言葉が祥鳳の琴線に触れた。

 目の奥の涙腺が緩むのがわかる。

 気がつけば、祥鳳は大粒の涙を流していた。自分が瑞鳳の姉として振る舞うことを瑞鳳に許されていた。認められていた。

 

「どうしたのよ姉さん、泣かないでよ」

「嬉しくて、嬉しくて……ごめんなさい瑞鳳。ちょっと涙が止まらないわ」

「もう……じゃ、今日は一緒に寝よう?」

「え?」

「久しぶりに一緒に寝よう。あと2日でベルサーとの最終決戦なんだもの、悔いが残らないようにしたいな」

「……ええ、わかったわ。……ん、あったかい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅玉とダライアス宇宙軍が予測した「その日」がやってきた。

 午前5時。執務室で眠る小森提督の隣によろよろと歩み寄る人影。胸のあたりを抑え、小森提督の肩に手をかけたのは、はたして紅玉だった。

 紅玉の顔色はかなり悪い。高熱にうなされているように全身から大量の汗をかき、息も荒くしながら、彼女は提督の肩を強く揺さぶった。

 

「んあぁ……んっ!? 紅玉さん!?」

「来たよ、奴が。グレートシング・アビスだ」

「どこのあたりにいますか!?」

「東京から南東に700キロくらいのとこかな。マズイね、こんだけの感情エネルギーを貯めこんでるとは思わなかった。この調子じゃまだ本格稼働すらしていないんだろうね」

「わかりました。――鎮守府全館放送! グレートシング・アビス浮上を確認、グレートシング・アビスの浮上を確認! キメリカル・セイバーズ第一から第三艦隊まで出撃準備! 亜空間跳躍の指定座標は追って知らせる! プロトコル通りにオリジンが出口役、フォーミュラが入口役を担うこと! 繰り返す! グレートシング・アビスの浮上を――」

 

 マイクを持って大声を上げる小森提督にはもう眠気の一欠片も感じさせるところはない。白黒のパジャマこそ着ているが、その真剣な振る舞いが、執務室のドアを勢い良く開けた金剛を笑わせることをなくしていた。

 

「提督ぅ! ベルサーが現れたって本当ナノ!?」

「そうだよ金剛ちゃん、急いで準備して! このままだと東京が、日本の首都機能が潰される! 早く出撃準備をするんだ!」

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