レッドが指摘したことはブルーもたどり着いたことだったらしい。赤城が駆け足で執務室に飛び込んで見たものは、加賀とブルーが小森提督にシルバーホークの試験運用演習を提案していたところだった。
「どーしたの赤城ちゃん、忘れ物?」
「いいえ。加賀さんが言っていることと同じことを……」
「シルバーホークの演習? そんな無理にすぐやろうってのはレッドちゃんやブルーちゃんに悪いよ――」
私は問題ないぞ、とレッドが静かに返す。やるんならちゃっちゃとやろうぜ、とブルーが陽気に声を上げたのを見た提督は、深くため息をついていた。
「――シルバーホークの演習で、一体何を見るつもり? 戦闘能力の高さは昨日で証明されたと思ったけど」
「提督。赤城さんも気づいていると思いますが『シルバーホークが深海棲艦にダメージを与えられるか』ということは不明です。水棲生物型巨大戦艦に対する攻撃力の高さは分かりましたが、深海棲艦に無力であるなら運用はかなり難しくなります」
「……ねえ加賀ちゃん。言いたいことは分かったわ。でもどうやって確かめるつもり?」
「深海棲艦に決定的なダメージを与えられるのは艦娘だけです。そして深海棲艦と艦娘に共通して言えるのは、通常戦力で大きなダメージを与えるのが困難である、ということです。提督、この意味が分かりますか」
「艦娘と深海棲艦にはそういった不可思議な防御性能がある。シルバーホークに対深海棲艦戦闘能力があるかを測るには、対艦娘戦を実施した演習を行うことで代用できる……ということね」
納得するように提督は頷き、考えこむように頬杖をつく。まさかこんな展開になるなんて、なんて提督は呟きつつ机の上の電話に手を伸ばした。
「あっあー、小森提督から全館放送でーす。金剛ちゃん、執務室まで来てくれないかな? なるべく急ぎで頼むよー」
それだけ言って提督は受話器を下ろし、頬を打って立ち上がると天井に向かって拳を突き上げた。何をやっているんだと赤城も加賀も呆然とするが、提督が「演習だー! やるぞー!」などと無理矢理にでも気合いを入れようとしていることだけは分かった。
「なあ赤城、どうして提督はあんなにやる気が無いんだ?」
「分かりませんよそんなこと。でも……提督にとってレッドさんやブルーさんは大事な客人のように思っている節がありましたからね。今日はゆっくりしてもらいたかったのだと思います。それに……」
「それに?」
「……提督は私たち艦娘を大事にするあまり、死んで来いと言えない人ですから」
聞こえないように小声で話す赤城。なるほどな、と納得するブルー。
「頼りにならないリーダーだ」
「……否定はしません」
なにこそこそやってんのさ、と提督が赤城たちを指差すが、なんでもないですと赤城は答えた。こんな失礼なことを堂々と言えないことはないが、いま言うべき場面ではない。
赤城とレッドが失礼なやりとりをしていると、廊下にどたどたと慌ただしい音が響いていく。何の音だとレッドがうろたえた頃にはバァンと執務室のドアが思い切り開かれた。
戦艦・金剛。巫女服のような白い和服と、丈の短い紺色のスカートが、執務室の空いている窓からの微風になびいた。どこかあどけない印象を持ちながらも体の成熟具合は目を見張るものがあり、齢18前後を思わせるようなしっかりした姿をして、金剛は提督に向けて左手を向けた。
「Hey! 提督ぅー、いったいどーしたんですカー?」
「ちょっとした演習をやろうと思ってね。昨日、シルバーホークバーストという戦闘機を鹵獲したのは知ってるよね?」
「もちろんですヨ! なんたってあのお魚戦艦をやっつけちゃった戦闘機ですからネ! そこの妖精さんがパイロットで……赤いのがレッド、青いスーツのがブルーですよネ、よろしくおねがいシマース!」
握手を求めるように手を差し伸べる金剛。どこか片言まじりな日本語と流暢な英語を使う、個性あふれる艦娘だった。
レッドとブルーは金剛の手のひらに飛び乗って一礼する。満足したように頷き返した金剛はちゃんと両手に二人の妖精を載せ、言葉を続けていく。
「それで、演習ってどんなことをするんですかネー」
「シルバーホークバーストの対深海棲艦戦闘能力の計測よ」
「それなら哨戒任務も兼ねてここの近海にでも――」
「大事な鹵獲戦力っていうか、水棲生物型巨大戦艦に効率的にダメージを与えられる貴重な戦力だから、不用意にリスクを負わせたくないの。だから金剛ちゃん、深海棲艦の代わりにってのもおかしな話なんだけど、シルバーホークと戦ってもらえないかな?」
「――そういうことなら了解デス! それじゃあ演習場に、Follow me ! 赤城も加賀もついて来て下さいネー!」
そう呼びかけるが早いか、金剛は急いで執務室から出て行ってしまった。レッドとブルーも一緒に連れられている。
赤城と加賀は顔を見合わせ、早足で執務室を出ようとするが、後ろから提督に呼び止められた。振り返れば赤と青の大きな矢を手渡そうとしている。
「赤城ちゃんはこの赤いやつ、加賀ちゃんは青いのを持って。レジェンドとネクストがこの中に封じられているから」
「了解です。提督、行ってきます」
「私も行くよ。ちゃんと見ておかないとね。大丈夫、書類整理とかはだいたい終わってるから」
提督からレジェンドシルバーホークバーストの矢を受け取った赤城は駆け足で執務室を出て行く。
演習場へ急ぐ赤城の脳裏には昨日の戦いのことが蘇っていた。初めてシルバーホークバーストと交戦したあの時。燃料切れが間近で満足に戦えなかったのかもしれない。
でも、それでも。赤城はあの戦いで失った艦載機の量が少ないことを疑問に思っていた。もしかすると、この演習はシルバーホークにとって最悪の結果を迎えるかもしれない――悪い予感を抱きながら赤城は演習場へと向かう。
鎮守府からさほど離れていない、よく目の届く場所にある演習海域。シルバーホークバーストの演習を行うだとか、金剛が新兵器のテストをするだとかいう噂が流れ、十数人の艦娘や多くの妖精たちが集まっていた。
「おい! シルバーホークのパイロット共!!」
艤装を身につけた赤城と加賀が演習海域に足を踏み入れようとしたその時、二人の背中に摩耶が乱暴な調子で声をかけた。
「お前ら、本気で金剛に傷をつけられると思ってんのか?」
「やってみなくちゃ分からんさ。ブルーはどうか知らんが、私はそう思ってるよ」
「はん! やれるもんならやってみろよ、どうせすぐに負けるに決まってる」
そう言って摩耶は踵を返すと何処かへ行ってしまった。
「なんだよアイツ、摩耶っていったっけか、性格悪いなあ。こっちは赤城が危ないとこを助けたってのに」
「ブルー。……我々は部外者なのだ、仕方がない」
困惑しながらも赤城は進水し、すでに演習海域に金剛が仁王立ちで待ち受けているのを認めた。赤城と、彼女と共に進水した加賀は、同時に長弓とシルバーホークバーストを封じた矢をつがえる。
演習場の小屋に小森提督が入り、演習の監督を務めることをマイクを使って宣言した。機動戦を行うのにも十分すぎる広さのある演習海域。ぐるりと見回した赤城はレッドに矢に触れるよう言い、従ったレッドの体が光り、収まった時にはそこにいなくなっていた。シルバーホークへの搭乗が完了したのだ。
提督は演習開始の秒読みを始めていく。不敵な笑みを浮かべる金剛に赤城は全力を出すことにした。艦娘としての空母に求められるのは正確な発艦技術だ。赤城や加賀のように弓を使う者もいれば、龍驤のように式神として使役する者もいる。
赤城の場合、しっかりと矢を放って機を安定させ、それを艦載機の強さに変えていく技術が必要だ。ひょろひょろとした放ち方ではすぐに墜落してしまうし、そうでなくても本来の性能を発揮させることが出来ない。
しっかりとした熟練の放ち方であれば変な墜落などしないし、本来の性能以上の働きを期待することだって出来る。赤城も加賀も、シルバーホークバーストを封じた矢の取り扱いは慣れていないが、これまでの経験が彼女らの確たる自信に繋がっている。
「5、4、3、2――」
「赤城さん、いきますよ」
「ええ。レジェンドシルバーホークバースト、発艦!」
秒読みが終わると同時に赤城と加賀が風上に機動、強烈に矢を放つ。すぐに二条の矢は光を放ってレジェンド、ネクストへと姿を変えた。
「やったぜ! きちんと操縦も出来る!! ……けど、レーザーとウェーブが使えないのか」
「だが……この技術の凄さを認めざるを得ないな。いや、妖精という種の不思議パワーか?」
ネクストに搭乗するブルーとレジェンドに搭乗するレッドは感嘆の声を上げ、一度機首を上にあげて急上昇を始めた。この間、赤城は加賀を後ろに連れ、金剛を中心に据えながら時計回りに機動を始めていく。棒立ちでいれば金剛に攻撃されても文句は言えない。
現在、シルバーホークには模擬弾などの演習用装備は施されていない。シルバーホークの装備を換装できないというのが理由ではあるのだが、この演習で図りたいのは「シルバーホークと、これの専用装備で艦娘≒深海棲艦にダメージを与えられるかどうか」である。非殺傷を目的とする演習用装備を施す意味が無い。
「そいじゃあ金剛ちゃん、シルバーホークの迎撃をして!」
「了解ネ! 撃ちます! Fire!!」
金剛も前方に蛇行機動しつつ腰回りに背負うバカでかい艤装を展開、大口径の砲やら機関砲やらをシルバーホークに向けると射撃を始めた。まるで射撃のタイミングが分かっていたかのようにレジェンドとネクストは互いに別々の向きへ機動、金剛の砲撃を回避していく。
「こんなのあたるわけねえだろ! おーい小森提督よ、反撃してもいいんだろ!?」
「そうだよ! シルバーホークの力を存分に発揮しなきゃ演習にならんから!」
「了解だ! でもなあ、こんな小型化しちまったら本来の性能なんて出せるわけねえんだけど、やるっきゃねえか」
拡声器越しにやりとりをした提督とブルー。次の瞬間、金剛に尻を向けていたネクストが急旋回し、金剛に向けて真正面からの突撃をかましていく。同時に右側面からレジェンドも突っ込んでいった。
「やりますネ! でも、これなら!?」
前に機動していた金剛は急停止し、そのまま後ろに向けて機動を再開。射撃可能な範囲に二機を捉えながら砲撃を続ける。
引き撃ち。金剛を追いかける二機が不利な状況だが、彼女らにはバースト機関という切り札がある。
「ブルー、設置バーストで砲撃を食い止めろ」
「オーケーだ。上手いこと近づいて撃ちまくれよ!」
そんなやりとりの直後、ネクストの前にバーストパーツが展開されるが早いか、蒼の細いレーザーがレジェンドの盾となるように展開された。
レジェンドを襲う砲弾が次々と設置バーストに阻まれ、爆発し、その炎の中にレジェンドが突っ込んでかき消していく。レジェンドと金剛の距離はみるみるうちに縮まっていった。
「Wow! なかなかやりますネ!」
「避けるな、頼むから」
急速接近するレジェンドは接地脚兼砲身部から機関砲を放つ。後ろに下がりながら右に左にと回避運動する金剛だが、レジェンド単機による弾幕の展開を避けきれてはいない。
いくつか被弾しながらもそれを意に介さぬように金剛は振る舞う。おかしい。レジェンドの操縦に全神経を傾けるレッドはそう直感した。おかしい。金剛は、いや、艦娘は、もしかすると――
「ブルー! 設置バーストを金剛に!」
「オッケーだ!」
「艦娘は特殊な『アーム』を装備しているかもしれん! 殺す気でいかないと軽いダメージも入らないぞ!」
レッドの号令を受けて設置バーストがギュンと金剛に向けて振るわれる。ブリッジ回避した金剛が体制を立て直した頃には、あと数秒でレジェンドが眼前に突っ込んでくるであろう状況だった。
機関砲だけではなく、レジェンドの下部から爆弾が投下される。引き撃ちをやめて前進した金剛の肩に爆弾が直撃し、白い服を破けさせたり焦がしたりするが、当の金剛がピンピンしているのをレッドは見逃さない。
「もういっちょいくか、レッド!?」
「頼むッ! くそ、硬すぎる!!」
レジェンドと交差し再び引き撃ちの態勢に入る金剛。プロペラ機でもジェット戦闘機でも不可能な急旋回をして金剛を追うレジェンド。レジェンドを設置バーストで支援するネクスト。
演習海域でめまぐるしい攻防を繰り広げるのを多くの艦娘や妖精たちが見守る中、小屋の中で提督は険しい表情で見つめていた。
演習を観る側の中に金剛の妹分である三人がおり、彼女たちは金剛を応援していた。対して龍驤と雷、電らは赤城と加賀、レッドとブルーに声援を送っている。
「やっぱりシルバーホークは艦娘には無力かよ。ろくにダメージを与えられてねえじゃないか」
龍驤の横で座っている摩耶がやさぐれたように吐き捨てた。んなこたあないでえ、と龍驤は元気いっぱいに反論する。
「シルバーホークがどんだけ凄いもんか、摩耶ちゃんだって分かっとるやろ?」
「確かにシーラカンスを撃破したのはシルバーホークの功績があるってのは分かってるさ。それに赤城さんを助けてくれた恩もある。それにたった二機の戦闘機が戦果の半分をかっさらってるんだぜ、どんだけすげえかなんてのは子供でも分かるって」
「そこまで分かってるなら――」
「でもな、通常戦力はどこまでいっても通常戦力なんだよ。赤城さんや龍驤さんみたいに空母の艦娘から発艦したからったって、シルバーホークは出自が違うじゃないか。惑星ダライアスだ? そんなとこから来た凄い戦闘機だからって、妖精とか艦娘とか何も関わりもなけりゃ深海棲艦にも艦娘にもデカい傷をつけるなんて出来ねえよ」
「――確かにシルバーホークは『ここ』では特別な兵器じゃあないよ。でも摩耶ちゃんは赤城と加賀を甘く見とるわ。あの二人なら特別な力のないものにも、少しだけかもしれないけど力を与えられる。うちはそう信じてるよ」
ふん、と面白くなさそうに打ち切った摩耶は、金剛の放った砲撃がレジェンドに直撃したのを見た。
さすがにアレはマズいんじゃねえか――驚愕に満ちた摩耶の表情は、しかし黒煙からレジェンドが勢いを殺さずに突撃を続けるのを見てさらに深まっていく。
「なかなかやるですネ! けど攻撃はあまり効いてないみたいですヨ!」
「どうなってんだレッド、シルバーホークの武装なら――」
「昨日の時点で気づくべきだった。プロペラ機なんて旧すぎる機体ですら、満足に撃墜するのに時間がかかりすぎた時点で!」
「――なら、もっと火力が出るように工夫しないとな!」
拡声器越しのやりとりが終わると同時に、レジェンドの援護に回っていたネクストが急発進。二方向から金剛に迫っていく。
その様子を見た摩耶は小さくため息をついていた。隣で雷と電が応援を続けているのを横目に、龍驤が「どないしたん」と呟くように声をかける。
「……さっきさ、あたし、あいつらに結構キツい言葉をかけたんだよ」
「なんでそんな――」
「龍驤さんなら分かるだろ? 昨日の戦いでシルバーホークが落とした艦載機の数は三もないはずだ。だよな?」
「――摩耶ちゃんの言うとおりやけど?」
「艦娘は通常兵器だって過剰すぎる攻撃を受ければ大きなダメージを受けちまう。昨日のシーラカンスのバースト砲だって、赤城さんに直撃して酷い事になった。即死寸前だったろ。……言いたいのはそんなんじゃなくてさ、なんていうか……」
引き撃ちを続ける金剛。上下左右に小刻みに動いて予測射撃をずらして迫るシルバーホーク。その様子を眺めながら摩耶は続ける。
「……シルバーホークは対艦娘っつーか、対深海棲艦への攻撃能力がないんじゃないかって思ったんだよ、撃墜された艦載機が少ないってのは知ってたからさ。だから赤城さんや加賀さんの力を受けたって、ろくなもんにならないと思ってた」
「相手も悪いしなあ。よりによって金剛やで、金剛。ガチガチの戦艦や」
「あたしはさ、提督が頭の悪い人間だと思ったんだ。あたしらの戦うべき相手は水棲生物型巨大戦艦なんてふざけた連中じゃなくて、人間全てを殺そうとしている深海棲艦だ。そんなところに深海棲艦戦で役に立たないシルバーホークを投入するってのは最悪の悪手だと思ったんだよ」
「まあ分かるで」
「そんな置物みたいなもんを実戦投入しようって提督が本気で考えてんのなら、提督はあたしらをいたずらに死なせたいのかなって、そう考えても不思議じゃないじゃねえか。……だから、あんなイヤな態度をとっちまったんだ」
言いたいことは分かるわ、と龍驤が返す。戦いの役に立たないものをリソース配分するなんてのは正気の沙汰ではない。そう、対深海棲艦戦でシルバーホークが役に立たないというのなら、それは漫画本でも持ち寄って戦いに赴くようなものだ。
「……おーい、レッド! ブルー! カッコ悪い負け方すんじゃねーぞ!!」
「摩耶ちゃん……ほらー、そこやで、そこっ!!」
しんみりとした空気を払うように摩耶と龍驤はシルバーホークと金剛の演習を見守る。
未だにシルバーホークは金剛を追い、金剛は逃げ道が無くならないように引き撃ちをし、時には前進して交差していた。
「うー、さっきから当ててるのに効いてないみたいネ! どんなmagicなのヨ!?」
「シルバーホークの標準装備さ。アームって言ってな、防御シールドみたいなもん。あんただって持ってんだろうが、そうじゃねえと説明つかねえだろ」
「戦闘機が持っていい防御力じゃないデース! こうなったら本気を出していかないとネ――」
すると金剛は砲撃の手を全て緩めてしまった。だが後退機動はやめていないので、レッドとブルーは示し合わせたように上下二方向からの攻撃に移っていく。レジェンドが上、ネクストが下だ。
「――全砲門、Fire!」
「なっ!?」
金剛に背負われていた巨大な艤装。その大口径のいくつもの砲が一斉に火を噴く。狙いは水面スレスレから金剛を狙おうとしているネクストだ。
ネクストに搭乗するブルーは即座にバーストパーツを展開、細い設置型ではなく太く照射する通常型を放って迎撃しようとする。
しかし、ネクストの間際の海面に巨大な砲弾が着水。図太い水柱が上がり小さなネクストを押し飛ばしていく。あまりに大きい衝撃は機体負荷となり、結果まともな航行がとれなくなり、展開しかかっていたバーストパーツが消えてしまった。
「くそっ! ……ぐわあァッ!!」
立て続けに水柱にのまれるネクストはついに金剛の砲撃の直撃を許してしまう。カンッ、と黄金の防御フィールドが展開するが衝撃は殺しきれず、ネクストは海中に没していった。
「ブルーッ!」
「提督から聞いてマース、シルバーホークは水中潜行も出来るそうですネ!」
「なに言ってんだいまのは直撃だったぞ! 小森提督! 回収班を頼む!!」
そのやりとりを聞いた提督はすぐに立ち上がると、近くにおいていたメガホンを手に観戦している艦娘たちに向けて指をさした。
「ゴーヤちゃん! 至急、ネクストシルバーホークバーストの回収を命じるわ!!」
「了解でち! 潜りまーす!!」
明るい茶髪に桜の花びらを模ったカチューシャ。背丈は小さめの、スクール水着の上にセーラー服の上だけを羽織った少女が元気よく返事をするとすぐに演習海域に飛び込んでいった。
彼女は艦娘・伊58。潜水艦の艦娘であり、シンクロナイズドスイミングの選手以上に潜行が可能だ。今は得意の魚雷を背負わずネクストが沈んだ場所へと全速潜行している。あと二十秒とかからず回収が可能のはずだった。
そんな海の上では。金剛が引き撃ちを続けて突撃の機会を伺うレジェンドを迎撃していた。レジェンドも設置バーストを展開、ネクストとはまったく違う挙動で設置バーストを振り回し、金剛を翻弄しながら急突進と急旋回による撤退を繰り返してペースを乱そうとしていく。
今までネクストとの共同で見事な攻撃を繰り出していたと金剛は評価していた。が、レジェンド単機でも同等かそれ以上の戦闘機動を展開していると引き撃ちをしながら戦慄する。もしも二機が万全の状態で絶対に殺す勢いで迫ってきていたとしたら――
同時に金剛はある可能性を思いつき、背筋がぞうっと凍る思いがしたのを自覚した。
もしもシルバーホークが工廠の妖精によって艦娘用の装備として存在したのなら、全ての戦闘機を過去にしてしまえるだけのスペックを発揮するだろう。現存する戦闘機全てを凌駕する、存在自体が危険極まりないものになるに違いない。
そうなっていない理由は、シルバーホークが工廠の妖精によって作られたものではないからだ。複製も不可能な未知で驚異的に進歩しているテクノロジー。
だとしても艦娘が戦う相手は深海棲艦だ。突如出現し人々を襲った水棲生物型巨大戦艦ではない。深海棲艦を撃沈せしめる能力のないオーバーテクノロジーなど運用したところで意味は無い。
(レッドとブルーには悪いけど、提督にはそこのところを分からせる必要があるデース……sorry――)
もう金剛の表情に余裕の色はない。あどけなさの残る顔立ちは敵を撃ち殺す兵器の色を帯び、レジェンドの動きを分析し始める。
おそらくは振り回した設置バーストを避けさせて作った隙に一気に詰めてくるだろう。冷静そうなレッドが取り得る戦い方はこのくらいしか考えられない。
そこで金剛はある思いつきをする。わざと体勢を崩したフリをしてレッドの攻撃を誘うことにした。
果たしてこの試みは成功した。レジェンドが機首の向きを変え、それと反対の方向に設置バーストが振るわれ――なかった。
ふっとバーストパーツが消え、なんの攻撃も仕掛けないままレジェンドは金剛に突っ込んでいく。
金剛はこれを真っ向から受けることにした。提督がこの演習をする理由はシルバーホークが有する対深海棲艦との戦闘能力を測ることにある。相手がどう動こうと自分がしっかり対応しなければならない。対空攻撃を繰り出しながら金剛は左に進んでいく。
シルバーホークの通常攻撃は喰らっても損傷は軽微。さほどの脅威にはならないのを提督は見抜いているだろうと金剛はそう踏んだ。あくまで「戦艦にとっては」という但し書きがつくが、そのくらいはあの小森なら――金剛は提督が無能ではないのをよく知っている。
そして。レジェンドは急停止をかけ、その眼前の空間を歪曲させた。
現れる4つのバーストパーツは加速度的に回転し、けたたましい轟音と共に巨大な蒼い光の塊を放つ。通常バーストと呼ばれる攻撃だ。
真上から振るわれる蒼い光を肩に受ける金剛。
大きな蒼い爆発が連続し、とてつもない高温が彼女を灼いていく。
想像以上の熱量とダメージ、そして衝撃。痛みに表情を歪ませ目を細めた金剛は、レジェンドが高速で急降下するのを認めていた。
(けど、すぐに大破して戦う力を失うほどじゃないデース。引きつけてhardなattackを仕掛ければ――)
レジェンドの通常バーストが金剛に直撃したのを、小森提督の双眼鏡はしっかり捉えていた。
激しい蒼の着弾光でよく分からないが、金剛の右肩から大きな部分がが一瞬で黒く染まったことだけは確認できた。
バースト機関。通常兵器でも艦娘や深海棲艦に大きなダメージを与えられる可能性がある装備だと、赤城がその身をもって証明していた。
提督はグッと身を乗り出し手には拡声器を取っていた。設置バーストを受け続けながらも金剛はその場を動かず。対するレジェンドは金剛めがけて急降下している。
〈提督! ネクストが――〉
目を見張る提督の耳には小さな通信機が付いている。そこからは伊58の切迫した声がくぐもって聞こえていた。
襟元のマイクに口を近づけようとした提督は、金剛の周りの海面が蒼く光り始めているのを見て驚愕する。なんだアレは。なんなんだ。
「ゴーヤちゃん、ネクストがなに!?」
〈――まだ動いてるでち! 撃墜されてなんてないよお!〉
提督が耳を疑い驚愕し。同時に金剛は海面から放出された蒼い光の束に呑まれていた。
轟音に掻き消える金剛の悲鳴。これを上塗りするような提督の悲痛な演習中止の掛け声。観戦する艦娘達はにわかに声を上げる。
二秒と経たず海面からの青い光は消えてしまい、そこに金剛の姿はない。跡形もなく蒸発してしまったのか? 否、彼女はやや離れたところで立ち膝をつき肩で息をしていた。
(海からの攻撃? ネクストは無事だったみたいデース。けれども――)
金剛が立ち上がった頃には海面からネクストが飛び上がり、機首を金剛の方へと向けている。提督の演習中止は聞こえていたらしく、攻撃する様子はない。
(――私は中破に限りない小破級のダメージで、比べてシルバーホークはもう全力を出し切った状態みたいネ。……レッドとブルー、シルバーホークに期待してた人には悪いけど、これも皆を危険に晒さないためデース……)
ある種の申し訳無さを覚えながらも、金剛は自分が無事であったことを喜ぶ妹達に向けて手を振って答える。妹達、特に比叡が短い髪をばんばらと揺らすように飛んで跳ねて嬉しそうにしていた。
「はい、はーいっ! これにてシルバーホークの演習は終わり! 空母組はシルバーホークを着艦させた後、金剛ちゃんとすぐに帰投すること!」
提督の指示に了解の返事がこだまする。金剛を中心に円軌道をしていた赤城と加賀は、自分達のところに戻ってくるシルバーホークに向けて腕に備えた飛行甲板を差し出した。
腕よりも一回り大きい程度の飛行甲板に、小さな机程度のシルバーホークがホバリング、接地脚をつけようとしたその時、シルバーホークは発光して一条の矢と姿を変えた。
赤城や加賀の背負っている矢筒に既に入っているものと比べると、その大きさはかなり違っている。
レジェンドが姿を変えた赤い矢を仕舞った赤城は加賀を連れ、堂々と胸をはる金剛のそばに近づく。お疲れ様でした、と声をかけようとした赤城だが、先に金剛が大きな笑いを浮かべながら赤城の手をとった。
「お疲れさまデース! いい演習デシター」
「はい。金剛さん、体の具合は?」
「服が破けちゃったけどno problem! あとでゆっくり入渠させてもらうネー! ねえ加賀ー、赤城ぃ、あとで一緒にお茶会に参加するデース!」
それなら喜んで、と加賀が頷く。
元気よく頷き返した金剛が先頭に立って航行していく。あとに続く赤城は、心のうちに言いようのない悔しさのようなものを覚えているのを自覚した。
艦娘として出来たことは艦載機に十分な力を持たせるための発艦シークエンスだけだった。もっと自分に技術があれば、艦娘や妖精由来の装備ではないシルバーホークに更なる力を与えられたかもしれな――
「赤城さん。いまの私たちはよくやったと思います」
「加賀さん……」
「今後どんな判断をするかは提督に任されるでしょう。けど、あの人だけが何もかもを決めるわけじゃない。みんなで話し合う機会を作っていきましょう」
「……ええ。シルバーホークを今後どうするか、きちんと考えないと」
なにか言ったですカー、と金剛が前に進みながら振り返る。なんでもないと言うように赤城は頭をふり、自分達を出迎えてくれる提督や艦娘らに大きく手を振った。