「サンドイッチ美味いねー。金剛ちゃんはこういうの得意なの?」
「Yeeess!! 古鷹も褒めてくれたデース!」
「古鷹? あの片目がペカペカ光る子?」
「私が最初にお茶会に誘ったのが古鷹姉妹ネー。でも、加古は寝ていて一緒にお茶できなかったヨ」
「いつも眠いだのなんだの言ってるって記録してたけど改善はしてないみたいだね。というか、どうも出来ないというか」
「でも加古らしくていいと思うデス。小森サン、紅茶のおかわりは?」
「お願いしていい? それじゃ頼むよ」
まるで友達同士のように笑いあいながら話を弾ませるふたり。金剛の部屋にある小さなテレビ――もちろん現代の規格に合わせた画面比率16:9の液晶テレビだ――は再放送のサスペンスドラマを流している。二時間ものの、犯人がみな崖に追いつめられるお決まりのシーンがいままさに始まろうとしていた。
「おまちどうさまデース」
「ありがとう。金剛ちゃん、明日の予定とかたてておこうか?」
「明日は演習がしたいし……装備の手入れもしておきたいネー」
「演習は難しいかもしれないけど、巌提督にかけあって個人訓練のために演習海域を使わせてもらうように言ってみる。あの人だって貴重な
戦力を失いたくはないはずなんだからきっと頷いてくれるよ。ね?」
頷き返す金剛。善は急げだと小森は言うとスーツのポケットからスマートフォンを取り出した。それを覆うケースはかなり分厚く、防弾仕様であった。
「巌提督? 小森です」
〈金剛の改善の目処が立たないか? いま諦めればお前の処分はなしにしてやるぞ?〉
「違います。明日の演習海域の使用予定についてお尋ねしたいのですが」
〈……さっきとは声が違うな。覚悟の決まった者の声だ。演習海域の予約は……午前中ならあいているぞ〉
「その時間を金剛ちゃんが、ああ、いや、金剛が訓練に使ってもよろしいでしょうか?」
〈かまわない。訓練用の設備の使い方はわかるな? 艤装の補給は認める。そうだ小森、ひとつ決めていなかったことがあったな〉
「え?」
〈金剛解体宣言の撤回の条件だ〉
あ。
大事な取り決めのはずなのにすっかり忘れてしまっていた。小森は深呼吸して、巌提督の言葉の続きを待つ。
〈今日も入れて三日目、つまりあさってだな。その日に金剛を俺がテストする。東北第一鎮守府にかけあって合同演習を予定してあるから、そのついでだ〉
「その演習で金剛ちゃ――金剛が良い成績を出せれば良いのですか?」
〈そういうことだ。もっとも、いまの金剛はかなりハードルを下げているくらいにはなにも出来ない役立たずになっているが……よく被弾し大きな傷を作り、ろくに砲を命中させられず、艦隊行動すら成せない、なにをしてもダメなやつだからな〉
「……いまにそんな口、利けなくなりますよ」
〈なに?〉
「巌提督こそ、三日目にどう落とし前をつけるか考えておいてくださいね」
〈言うじゃないか。楽しみにしているぞ〉
そうしてふたりの通話は終わった。小森はスマートフォンをスリープさせると金剛に向いた。彼女はどこか不安そうに小森を見つめている。
「大丈夫。きっとなんとかしてみせる。金剛ちゃんだってそうでしょ?」
「……私がこうして新しい生命を受け取った理由はわかってるデス。わけのわからない怪物に人類が襲われていて、対抗できるのが私たち艦娘というのなら、喜んで戦いに行くつもりヨ」
「うん」
「でも自分じゃどうしようも出来ない slump があって、解体されそうになって、小森サンに助けてもらって、私は感謝しているデス。自分のためにも、小森サンのためにも、私は私を取り戻すワ!」
「そうそうその意気! っとと!」
拳を突き上げた小森は勢い余って床に倒れこんでしまう。その時、小森の体が床に置いてあったテレビのリモコンをつぶし、チャンネルを変えるボタンを押してしまった。
するとバラエティ番組の再放送なのか、流行りの芸人が得意とする変顔を繰り出していた。それもカメラに密着する形で。にらめっこなどしようものなら出禁レベルの滑稽さ。金剛も小森も凍りついたようにテレビを見つめ――
「ははっ、あはははっ!! なにこれなにこれ、面白いんだけどー!!」
「Nice Joke ネー!!」
ふたりとも腹を抱えて笑い転げ、そのまま笑い死ぬ勢いで小さな部屋を爆笑で満たしていく。金剛の解体宣言の話は、この瞬間だけは忘れることができていた。
いつまでも楽しい時間が過ごせるわけもない。
翌日。金剛は演習海域に赴き、艦娘用艤装を背負って海面に「浮いて」いた。
彼女は在りし日の戦艦金剛をミニチュア化したような船体と砲が一体化したものを腰のハードポイントで背負っている。耳には指示を受け取り発言するためのインターカム。小森の声はそこから聞こえていた。
〈金剛ちゃん聞こえる? 通信状態はどう?〉
「Very good ! ちゃんと聞こえるネー」
〈うんうん。それじゃ訓練を開始するよ。内容は基本的なものだけど、この間までの金剛ちゃんがロクにこなせていなかったものなんだ。指定されたルートは分かる?〉
「赤のブイに挟まれて示されている……赤い旗の間を通れば良いノ?」
〈そうそう。で、海中に沈んでるブイが標的を次々に出していくから、金剛ちゃんは航行しながらそれを砲撃して破壊するの。標的は木の板に描かれた駆逐イ級でサイズはそのまんま、1/1スケール。金剛ちゃんの艦娘用艤装には模擬弾としてペイント弾を装填しているよ〉
〈Okay……小森サン、秒読みをオネガイシマース!〉
3、2、1――小森のゴーサインと同時に金剛が海面を「滑る」。まるでスピードスケートの選手が疾く氷上を駆け巡るかのように、金剛も姿勢を低くしながら水しぶきを激しくあげ、速度を上げていく。
駆逐艦の艦娘や軽巡洋艦の艦娘らと比べれば金剛のスピードは遅いと言わざるを得ないのだが、それでも戦艦というくくりでみれば金剛以上に、否、金剛型の艦娘以上に速く動ける者はいない。データを各所から取り寄せた小森はそう学んでいた。
小森は演習海域の近くの陸地、港湾地帯にある「訓練施設管制所」で機械とにらめっこをしている。小さな小屋のような建物だが、演習海域に用意している訓練用のブイのコントロールができる施設だ。
ここで小森は標的用のブイを起動させるボタンに目をつける。マニュアルに従って小森がボタンを押すと、金剛の前方1キロメートルに鯨の怪物のような黒い塊が現れた。
〈そこっ、Fire!〉
指定されたルートから外れないように右に舵を取りつつ、艤装の左側の砲を向け、金剛は威勢のよい掛け声とともに砲撃。赤と青のペイントボールが黒い鯨の怪物――駆逐イ級と呼ばれるものをかたどった絵だ――に向けて飛翔する。
赤色のは外れたが青色のものが命中したのをドローンで確認した小森は次の標的を繰り出す。金剛は左に旋回しながら右側の砲を撃ち、今度は全弾命中させた。
絶不調だった金剛は1キロメートルという対深海棲艦戦においてかなりの近距離の標的をかすめることすらできなかった。もともと砲撃というものが狙い通りに飛びにくいという事情はあるが、それでも戦艦艦娘が1キロメートルを外すというのは容認出来ない事態であった。
そもそも絶不調の中で金剛はまともに航行すらできないでいた。今は全速前進から半分くらいの推力を自在に操り、砲撃の際に減速することで集弾性を高める動きが出来ているが、ついこの間までは低速航行しか出来ていなかったのだ。
これなら巌提督のテストも簡単にパスできるだろう。そして金剛は再び艦娘として戦うことができる――予想以上の回復を前に小森は楽観するのを抑えられないでいた。
しかしそれは楽観ではない。少しずつ遠くなる標的相手に命中率は下がりつつあるが、それでも高い水準の戦闘能力を発揮できている。悲観したり必要以上に悪く見る必要がどこにもないのだ。
金剛の単艦訓練もあと少しで終わる。だが小森は手順通りに終わらせるつもりはなかった。指定された航行コースが終わり、訓練が終了すると同時に金剛の左右両側から駆逐イ級の標的を出し、これに模擬魚雷を撃たせようと考えていた。
模擬魚雷には殺傷性のある物質をなにも積んでおらず、射程距離も3キロメートル程に抑えている。だが魚雷の航跡はかなり派手に見えやすいものになっている。
右か左か、魚雷が飛んで来るのを見てから舵を切り、魚雷が飛んで来る方へ水平になるように航行できれば良い――そう考えた小森は、金剛が訓練完了を喜んでいるのを聞きながらボタンを押した。
「やったデース! これで Finish ネー!」
〈って思うじゃん?〉
「What?」
金剛が困惑の声で返すが、すぐに自分が置かれた状況を理解した。左右から模擬魚雷が自分めがけて襲ってくる。
きちんとした予測射撃は金剛の航路上にうまく命中するような航跡を描いている。いくら速いとはいえ戦艦だ。艦娘という人の形をとっていても小回りが利くように航行できない。
だが金剛は推力に関しては余力を残していた。彼女の中で、この魚雷の脅威度はどんどん少なくなっている。
全速で航行しながら右に舵を取る。船で行う動作は、艦娘だとスキーやスケートに似た動作になる。金剛は体の右側に重心をとり、右脚にはかなり強い力が込められていた。
「こんな魚雷にあたるわけがないネー!」
快活な金剛の言葉通り、彼女は自身に迫る魚雷に対して回避機動をすることが出来た。
もしも敵航空機からの追撃があったとしても、それに対応出来るだけの余力はありそうだ――ドローンから送られる映像を見た小森は確かな思いを胸に秘め、金剛が自分に怒ってみせる声に耳を傾けた。
〈最後の魚雷のだましうちはひどいデース! あれは訓練に予定されたものではないはずネー〉
「まあ、金剛ちゃんがどれだけ回復できたかを確かめるのがこのテストの目的だからね」
〈でも自分でも驚くほどに動けているデス。これも小森サンのおかげデース〉
「そうかな? 手柄は金剛ちゃんと半分ずつってわけで……えん?」
訓練施設管制所のドアがノックされたのを聞いた小森は、金剛に後で会うように残して通信を切るとすぐに席を立った。
小森がドアを開けると、そこには緑色のセーラー服の少女がふたり。軽巡洋艦の艦娘、北上と大井がそこにいた。北上は長い黒髪をおさげにしてけだるそうに小森を見つめ。明るい茶髪の大井は心配そうに北上の後ろについていた。
「え、もしかして使う予定だったの?」
「うんにゃ違うよー。金剛さんが解体されるって話、提督から聞いてさ。てか誰?」
「私?」
「他に誰がいるのさ?」
「まあそうだけど。私はここで働いているデータアナリストの小森よ。ほら、この名札を見てよ」
黒スーツの胸元につけている名札を指差す小森。はじめて気がついたかのように北上はぼうっと目をやると、再び小森の顔に視線を向けた。
「金剛ちゃんが解体される話を巌提督から聞いて……どうしたの?」
「そのことで金剛さんに直接で話をしようと思ってさ。小森さんはどういう関係なの?」
「金剛ちゃんと?」
「そう」
「巌提督が使えないやつを置いておけないって言うから、私はそれに反対して、金剛ちゃんが以前のように戦える艦娘にするって、そう言ったの」
「つまりは金剛さんの協力者ってこと?」
「そういうことだね」
「ふーん……それならさ、小森さんも一緒に来てよ。食堂で皆が待ってる」
「皆?」
「ここの艦娘。全員。提督はそんな大事な話をいまになって私たちにしたんだ。で、皆に時間が与えられたから、金剛さんとしっかりお話をしようよって」
「なるほどね。分かった、金剛ちゃんに伝えておく。食堂の皆にもそう言っておいて」
ん、と頷き返した北上は大井と共に鎮守府の方へ向かっていく。そんなふたりの背中を見送る小森は、どうにも言いようのない嫌な予感を覚え始めていた。