東北第二鎮守府・食堂。
小森と金剛は、この鎮守府にいる艦娘の半数近くが集まっているのを認めた。古鷹に加古、北上に大井、飛龍と蒼龍の6名。彼女たちは不安そうに、少なくとも心地よい視線を金剛と小森に向けることはなかった。
「来たよ。お話ってなに?」
食堂の中で一番大きなテーブルを囲って座る艦娘たちに小森は問う。カーテンは開け放たれているが、妙に雰囲気は暗い。前向きな話はどうにも望めそうになかった。
「あんたが小森っていうデータアナリスト、だったっけ」
そう問い返した北上はボケてはいないと小森は確信する。彼女はこの場にいる艦娘たちに、小森の自己紹介の機会を与えなかったのだ。
「そうだけど」
「なんで金剛さんをかばうわけ? 正直、足しか引っ張ってくれないから、提督の宣言は助かっているんだけど」
食堂に入る艦娘たちは、北上以外が黙っている。しかし表情では北上の言葉を否定せず、金剛をじいっと見つめていた。
これが艦娘の相違というわけだ。小森は理解すると後ろの金剛の様子を見る。
金剛は怯えを隠せないでいた。肩が震え、目線はひとつに定めることが出来ていない。
当然だと小森は思う。いったい誰が、静かに喉に突きつけられる敵意を前にして平気でいられるのだろう?
ここは金剛に代わって自分が話をするしかない。見えぬ敵意の刃を意識しながら、小森は北上の目を見た。不満そうな色をしている。
「それで、なんのお話?」
「わかんないの? あたしはね、金剛さんにとっとと出て行ってもらいたいんだって言っているんだけど」
「それは不調が続いているから?」
「不調? 笑わせないでよ、戦艦だっていうから期待してみりゃ、調子良いのは最初だけで、いまじゃポンコツ同然でしょうが」
「でも、さっきの訓練では金剛ちゃんの調子はかなり戻っているのが確認できるの。データにしてみたいっていうなら、すぐに用意できるわ」
そうじゃねえよ分かってねーなこいつ。そう言いたげに、けだるい視線を投げる北上。
彼女の後ろでは多いがハラハラしている。いつもとは状況が違うらしい、と小森は考えることで冷静さを取り戻そうとした。
金剛と友人になったのはたった昨日のことだ。本当に仲良くなったばかりの間柄だが、ポンコツ呼ばわりされて腹が立たない道理はない。
「あのさ。データアナリストじゃ知らないと思うから教えてあげるよ」
「なにを?」
「海戦で重要なもの、必要なものって、艦隊行動なんだよ。つまりチームワーク。仲間との連携が重要なんだ」
「ええっ? それならわか――」
「わかるわけないでしょ。あんたは命かけて戦いに出たことがないんだからさ」
小森を強くにらむ北上。
その通りだ。小森はなにも言い返せないでいる。
戦いの経験など、せいぜい射撃訓練でしか銃を握ったことがない。それにデータアナリストは内勤の職だ。前線に出て銃や砲をぶっ放すのが仕事ではない。
なにもかえさない小森と金剛を相手に北上はおいうちをかけるように畳む。
「いいかい? あたしたちがやっているのはコメディでもトラジェディでもないんだ。映画や演劇のシナリオを演じているわけでもない。……現実に命をかけている殺し合いなんだよ」
「……」
「仲間のミスひとつが全員が死ぬかもしれない世界なんだ、戦場ってやつは。そこになにも出来ないでかい荷物なんて持ってこられても迷惑だ! あたしたちが全員死ぬ目が濃くなる」
「……死にたくないってこと?」
「違う」
「どう違うの?」
「戦って死ぬのが怖いんじゃない。誰もがいつかそんな日が来るって覚悟している。でも、だからこそ、意味のない死に方なんてしたくないんだよ。そこのデカい役立たずがいるなら、近いうちにみんなが無駄死にしてしまうって言ってるんだ!」
北上の叫びは悲痛ですらあった。
金剛の味方だけするとこの場で言おうものなら小森の「人間性」を問われるだろう。だから小森は静かに息を吐いて、それからささやくように語りかけた。
「……金剛ちゃんと一緒に戦えば、皆が無駄死するから、金剛ちゃんの解体に賛成ってことなのね?」
「やっとわかった? 使えないヤツのせいで戦えなくなるのは、新しく与えられた使命が遂げられなくなるのは、嫌なんだ」
北上は激しく感情を示さない性格だ、というデータを小森は読んだことがある。
艦娘との直接的な接触は少ない小森だが、こうして北上を見ると「人間」のように振る舞うのだと分かった。
マイペースでのんびりしている、という性格だって、極限状態やストレスのせいで激しく感情を爆発させることはあるだろう。いや、あるに違いないのだ。人間ならば。
「
金剛が小森の前に出て北上の目を見て話しかけている。これを予想すらしていなかったのか、北上は目を開きながら答えた。
「ああ?」
「確かに私はポンコツネ。でも、さっきの訓練で分かったヨ。……私は、もう、ポンコツじゃないネ」
「艦隊行動ができるかどうかは違う問題だ!」
「
「口だけならなんとだって言えるよ。……あたしたちが言いたい話っていうのはこういうことだから。じゃあ」
行こうよ大井っち――そう残して北上は多いと食堂を出る。飛龍も蒼龍もバツが悪そうにしながら出て行った。
残っているのは古鷹と加古のふたりだけだった。加古は眠そうに目を半分閉じているが、話は真剣に聞いていたようだった。
「……正直、邪魔モンだって思ってたよ。あんたのこと」
「そう思われても仕方ないデス」
「でもさ。ちゃんと北上に言いたいこと言ったの見てさ、期待しているんだ。たぶん、北上は言わなかったけど、みんな金剛を解体だなんて嫌だと思ってるんじゃないかな」
「加古……」
「分かるだろ? 少しくらいは『戦艦の艦娘が一緒に戦ってくれたら心強いな』って思ってるんだよ。まあ、それだけじゃないとは思うけどなー」
そう言って笑う加古に金剛は目を奪われていた。私もそうです、と古高が続く。
「金剛さんが来てくれた頃は、皆がすごいねって言っていたんです! それにあの北上さんも感心していて『これであたしも楽になるよ』って言ってたんですよ」
「Really?」
「はい! だから私は待ってます。それに、お茶会で楽しく過ごしたお礼は、一緒に戦って返したいですからね!」
古鷹は金剛と握手すると、少し軽やかな足取りで食堂を出た。
残された小森と金剛は顔を見合わせると、小さく、しかし少しずつ笑い始めた。さっきまで食堂を満たしていた、息が詰まるくらいに重苦しい雰囲気はもうどこにもない。
「良かったね金剛ちゃん」
「え?」
「正直、艦娘の皆が金剛ちゃんを迎えてくれるとは思っていなかったの。でも……あの子たちも『人間』なんだよね」
「……小森サン、私、明日の演習で認めさせるデス」
「うん」
「北上たちも、巌提督にも、私がポンコツじゃないのを見せてあげるネー!」
右手を上に突き出して金剛は宣言する。
これなら、この調子なら大丈夫だ。小森は確信に近い思いを抱いて、隣の金剛に振り向いた。
「大丈夫! 私、信じているからね!」