巌提督による金剛解体宣言が撤回されるかどうかはこの日の演習にかかっている。小森はその現実を改めて胸の内で唱えると金剛の部屋に向かった。
時刻は午前4時。もう金剛は目覚めているはずだと小森は眠気で重くなっているまぶたをこすりながら、艦娘らにあてがわれている寮の廊下を歩く。
「金剛ちゃん?」
部屋のドアを軽くノックをする小森。彼女はすぐに眠そうな声を聞き、ドアが開いたのを見た。
すでに巫女服を短くアレンジしたような制服に着替えていた金剛は、あとは長い髪を整えるだけのようだ。演習に向けての集合時間は7時だが、余裕を持って準備をしたいから早起きすると教えてくれていたことに偽りはなかった。
「小森サン、どうしたネ……」
「お話を聞こうと思ってね。上がっていい?」
頷き返した金剛は小森を手招きすると奥に戻り、鏡台の前の椅子に座って髪型を整え始める。
くるくると手慣れたように髪を束にして、ある種のドーナツを思わせるような特徴のある髪型がなめらかに作られていく。落ち着いているのか鼻歌さえのせて。そんな姿に改めて人間らしさや女の子らしさを感じ取った小森は静かにクッションの上に座った。
「金剛ちゃんはどう? 緊張している?」
「していないといえばウソになるネ、でも……でも、怖いとは思わないデス」
「それは良かった。私がしようと思っていた話はね今日の演習のことなんだけど」
「Yes」
「演習相手の東北第一鎮守府あるでしょ。そこからやってくる演習相手の旗艦を務めるのは比叡ちゃんなんだって」
金剛型二番艦、比叡。かの軍艦の船魂もまた人の身に宿り、艦娘として現代の人々を守る使命を帯びていた。
「知っているデス」
「あ、そうだったの?」
「妹の船魂がどうなったのかとか、そういうのは気になるネー」
金剛は知っていた。自分の、いわば妹にあたる者のことだ。艦娘となってからはそういう情報をつかもうと努力していたのだろうと小森は思った。
「でも関係ないネー。相手が誰であっても、私は私がポンコツじゃないことを証明するだけデス」
「……うん。それとね、私が思っていることなんだけど」
「What?」
「昨日に北上ちゃんにキツイことを言われたじゃない? でも、それって、北上ちゃんが金剛ちゃんをまだ信用している――たぶん、まだ諦めていないってことだと思うの。本当に期待していないとか、解体されればいいのにって思っているのなら、わざわざあんなふうに呼びつける必要はないから。でしょう?」
ぽかんと金剛は口を開けて小森を見つめている。
しばらくそうしていて、金剛はようやく口を閉じ、合点がいったように頷いた。
「確かに小森サンの言うとおり……本当に嫌だったのなら無視をすればいいだけの話ネー」
「……これはさ、私の体験談なんだけど」
「ん?」
「昔、これでも小説家になりたくてさ。いや、物語を創作するのが趣味だったんだ。それで色々書いて、ネットで見せたり賞に送ったりしていたんだ。でもさ、どうやら私が創ったものって、どれもこれもつまらないらしくてさ。読んだひとはみんな、なにも、私に言わなかったんだ」
「……」
「だからね、昨日のことを思い返したら、北上ちゃんの態度はきつかったけど、金剛ちゃんを見放してなんていないって思うんだ。本当に嫌いだったり興味が無かったりしたら、なにもしないのがあたりまえのことなんだから」
「……小森サンのいうことはよくわかるデス。さ、紅茶を淹れるから飲んでいってネー!」
小森の暗い話を吹き払うように金剛は明るい声を上げる。
――ああそうか。この子は本当に前向きで真っ直ぐで明るい子なんだ。小森は今日の演習の結果に安堵しながら、自分に柔らかく笑みを投げる金剛を羨ましく思った。
午前7時30分。
予定通りに東北第一鎮守府の演習組が到着し、すでに演習海域にて航行準備体制に入っている。
ほぼ同程度の戦力どうしの戦闘を想定した演習なので、第一鎮守府も第二鎮守府も同じ艦種の艦娘を同じ数だけ参加させている。
金剛が籍をおく第二鎮守府からは北上と古鷹と金剛の三名が、比叡が籍をおく第一鎮守府からは球磨と愛宕と比叡の三名が並ぶ。艦種が同じとはいえ、艦娘ごとの練度の差はあるが、完全に対等な条件を揃えるのは難しい。
巌提督はこの演習の形式で金剛の調子を見切るつもりなのだと小森は思う。
老いた彼の知識や知恵、観察眼は、二十年と少しを生きた自分では持ち得ないものだ――と小森は認めている。それ故に金剛解体宣言は納得のいかないものであった。
しかし、と小森は思う。
金剛に見切りをつけていたのであれば、自分と金剛に三日間の猶予を置いて、こんな演習で解体するかどうかの判断をするのはどう考えてもおかしい。
本当に金剛を解体するつもりだったのなら、たかがデータアナリストの意見具申など蹴っ飛ばして金剛を強制的に大本営に送れば良い。金剛が抵抗したとしても艦娘は陸の上では外見相当の膂力しか有していないのだから、無理やり大本営に送るのは難しいことではない。
(もしかすると巌提督も金剛ちゃんに期待している? あの時私がいなかったのなら、解体宣言の後で金剛ちゃんに宣言撤回のチャンスを与えていたのかしら?)
そんなことは考えても仕方がないと小森はかぶりをふり、データアナリストとして演習の記録をつけるためにドローンを飛ばす。遠隔操作が出来る飛行物体には艦娘たちを捉えるビデオカメラが搭載されていた。
ドローンのカメラが捉える映像は、演習海域の近くにある「訓練施設管制所」のモニターに送られている。ドローンの操作をしながら小森はそれに目をやるが、どうにも居心地が悪い。それもそのはず、巌提督がまるで怒っているかのように目を細めてモニターを注視しているのだ。
「……提督、飲み物でも用意しましょうか?」
「要らん」
「は、はあ、そうですか」
「……小森」
「はい?」
「金剛はうまくやると思うか?」
「やれますよ。解体宣言は撤回させてみせますよ」
「……そうなったら、お前と金剛には詫びなくてはならないな。詫びるだけでは足らぬ、なにか贈り物もしよう」
「え!?」
「ただしこの演習の結果がどうなるか、お前にも俺にも、金剛にも北上にも古鷹にも分からぬ。……未来の話を楽観して語るな。鬼が笑うぞ」