艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

68 / 68
……私が、提督に?

「艦娘・金剛型一番艦、金剛。お前の解体宣言を撤回する」

 

 翌日、正午、東北第二鎮守府の執務室にて。同鎮守府の提督である巌賢友は静かに、しかし厳しい調子で重々しく口を開いた。

 50は過ぎているであろう男の顔は声の調子に反して穏やかだった。声に特徴のあるおじさんとして、なかなかに人の良さそうな印象を放っている。

 そんな彼が目を向けているのは齢19程の女性だった。白く丈の短い巫女服のような、それにしては丈の短いスカートという出で立ち。分厚い服なのに豊満な体の線が分かるような膨らみがあった。戦艦艦娘・金剛である。

 

「……私、これからも戦えるノ?」

「そうだ。先日の演習の結果と、装備不十分の状態で敵の足止めを成功させたことは、解体宣言の撤回には十分すぎる」

「Oh、Oh……YEEEeeEEEESS!!! やったわ小森サン!」

 

 執務室にいる黒いスーツ姿の小森に金剛が抱きついてくる。艦娘用艤装を背負っていないとはいえ想像以上に重い衝撃を受けた小森はよろけてしまうが、それでも抱きしめ返した。

 

「Thanks 小森サン! 小森サンのおかげで私、私――」

「違うよ。金剛ちゃんが頑張ってくれたからなんだ」

 

 ふたりはきつく抱きしめ合って喜び合う。そんな様子を見ていた巌提督は咳払いをすると、金剛ではなく小森に目を向けた。

 

「小森、話がある」

「私にですか?」

「金剛の解体宣言のことは大本営にも伝えてあった。こちらの事情を包み隠さず伝えていてな、解体するかどうかの判断は任されていた」

「そうだったのですか」

「今朝に大本営に金剛解体宣言の撤回を伝えた。詳細も細かく伝えている。そこで大本営の方々が小森に興味を持った。艦娘を回復させたことはお偉方も驚かせていたということだ」

 

 そうだったのかと小森は驚く。まだ巌提督の話は続くようで、小森は聞く姿勢を見せた。

 

「そろそろ大本営からの電話が来るはずだ。なにを聞かれるかは分からないが、失礼のないようにしろ」

「はい。……噂をすれば、ですね」

 

 執務机の電話が着信のメロディを流す。臨時海軍のテーマ曲を軽い感じにアレンジしたものは3秒と経たずに消えた。小森が受話器をとったのだ。

 小森はきっと驚くことだろうと巌提督は確信している。なぜなら、巌提督は大本営が小森に持ちかける話を知っているからだ。

 不調から立ち直れないでいた艦娘を説得して回復させた女性データアナリスト。その存在は大本営で高く評価されつつあった。そこで上の

人間たちが小森を提督代理とする計画を立てていることを巌提督は聞かされていたのだ。

 見れば、小森は信じられないとばかりに絶句している。声を失った姿は言葉の一切を忘れたかのようで奇妙な笑いを誘っている。

 

「……私が、提督に?」

 

 電話の向こうの人間が小森に持ちかけたようだ。

 一介のデータアナリストが提督になる。宝くじで一等を当てて億万長者になるよりもものすごいことを小森は目の当たりにしている。ひとりの提督として巌は小森を祝っていた。

 

「――ふざけるな!!」

 

 なにを言っている? なぜ小森は激怒している? 態度を豹変させた小森を見た巌提督は自分が見ているものを信じられなかった。

 

「艦娘をものみたいに言うな!! 確かに艦娘は兵器だ、あなたたちが創りあげた兵器だ! でも彼女は、彼女たちは、人間となにも変わらない! 私たちとなにも変わらないんだ!! 創っておきながらそんなこともわからないのか!! クソみたいな頭している連中の言うことなんて聞けるか、こっちから願い下げだ!!」

 

 受話器に怒鳴りつけた小森は乱暴に電話を切ると巌提督に向き直った。まるで怒り狂った鬼がいるのならばいまの小森のような顔をしているに違いない、と金剛は思う。

 

「小森ッ! 貴様、なにをしているんだ!?」

「私は近いうちに軍を辞めようとしていたんです。昨日に金剛ちゃんが出撃するのを見て、私はもう臨時海軍にはいられないと分かったんです」

「……それはなぜだ?」

「金剛ちゃんの解体を撤回させるために私は金剛ちゃんと友達になりました。ついこの間までは、艦娘の中身は人間ではないということが言い表せない怖さに結びついていました。でも金剛ちゃんとまっすぐ向かい合って、お話をして、人間と変わらないということに気がついたのです」

「……」

「だから自分の親しい人が死ぬかもしれない危険な場所に向かっていくのを耐えられないのです。私はただのデータアナリストです。演習や実戦などから得られるデータを整理して分析するのが仕事です。艦娘たちの作戦を立案したり強化計画を立てたりするのは仕事ではありません。でも、もう、戦いに出向く彼女たちの背中を冷静には見送ることは出来ないのです」

 

 そうか、と巌提督はただ一言だけ返した。金剛は戸惑いを隠せないように小森を見つめるが、小森は金剛になにも言わなかった。

 

「こう思えば。……巌提督はすごいですね」

「なに?」

「艦娘を兵器だと言わなければ心が持ちそうにないです。いや、巌提督が本当はどう思っているかはわかりません。ですが、兵器だと考えていようが人間だと考えていようが、責任の重さは変わりません。ですよね?」

「あ、ああ……」

「その重さに耐えて今日まで責務を果たしている。私は金剛ちゃんを怒鳴りつけていたというあなたを人でなしだと思いもしましたが、すみませんでした。常識はずれの精神力がなければ提督として指揮を執ることは叶わないのでしょう。私には無理です。タダのデータアナリストとしてでさえ、艦娘たちを見送るのを恐れてしまいますから」

 

 失礼しました。小森は深くおじぎをすると金剛を見る。小森の目は悲しみに包まれていた。

 こんなの嫌だ――金剛は叫ぼうとしたが、声が声にならない。なぜだ? どうして? なんで声が出ない? どうして涙が出てくる?

 心が乱れて体に影響していることに翻弄されている金剛は、視界の端で巌提督が電話に出ているのを見た。彼はなにかに驚いているようで、すぐに小森に向けて受話器を伸ばしている。

 

「小森! 臨時海軍を辞めるつもりだといったな」

「はい」

「その前に、最後にこの電話にでてくれ」

「誰からですか?」

「鵤元帥の代理人で、カルプンクルスと名乗る女性だ」

 

 頷き返した小森は受話器を耳に当てる。その様子はとても落ち着いていて、先に乱暴に電話を切り上げたのとは同一人物とは思えないと金剛は直感する。

 カルプンクルス――確か宝石の名前だったはずだ。金剛はそんな記憶に思い至った。カルプンクルスはとても古い言葉で英語では……なんというのだったか思い出せない。日本語でなんというのかも分からない。

 

 5分近くも金剛は黙って話を聞いていて、ようやく口を開いたかと思えば「考えさせて下さい」としか返さずに受話器をおいている。

 

「巌提督、明日の朝の8時に再びカルプンクルスから電話がかかってきます。その電話で、私が提督になるか、臨時海軍を辞めるか、答えを出すことになります」

「わかった。お前の好きにするが良い」

「ありがとうございます。失礼します」

 

 今度こそ小森は執務室から出て行く。

 金剛は動けないでいた。声をかけることすら出来ない。そんな金剛に巌提督が声をかけた。

 

「どちらに転んでも寂しくなりそうだな」

「……Yes」

「出会いがあれば別れもある。……金剛、紅茶を淹れてくれないか」

「What――」

「小森に言われているんだ。解体宣言の撤回が出来たならお茶の相手をしてやれとな。それに、解体宣言の撤回をしたのなら、俺は自発的にやらねばならんことがある」

「――それハ?」

「金剛のためになることだ。具体的には決めていなかったがな、これからゆっくり考えよう

「Thanks、提督! それじゃあ紅茶を淹れてくるデース!」

 

 少しばかりの元気を取り戻した金剛が執務室を出て行く。巌提督はそんな後ろ姿を見送っていた。

 

(小森。俺も艦娘を恐れている。提督として接していればただの兵器ではないと分かる。だが、それを認めてしまえば、提督としての立場に立ち続けることは出来ないだろう。俺は……俺は、お前が思っているほどに強くて出来た人間ではないのだ)

 

 誰にも言うことの出来ない思い。巌提督は深くため息をつくと、ゆっくりと自分の椅子に腰掛けた。

 自分の部下のデータアナリストがとんでもないことに巻き込まれつつある。

 この戦争はただの戦争ではない。頭の切れるものが作戦を立案し、鉄の塊の兵器を運用して鍛えられた兵士たちが敵と戦う戦争ではない。

 海を渡ろうとする人々を襲い、陸をも侵そうとする怪物ども。これを始末できるのは艦娘しかいない。であれば。艦娘をうまくまとめられるものが提督の任務をするのが、ある観点からすれば最適解といえるだろう。

 

「お前のように動ける奴が必要なのだ、小森……」

 

 いつのまにか呟いていた巌提督は今度こそ意識的に口を閉じる。そんな彼の耳には、扉の向こうで金剛が楽しそうに歌っているのが聞こえていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。