「くっそおおぉっ!! シルバーホークじゃ……だめだってのかよ!!」
演習が終わってからしばらく。時刻が正午を迎えようとした頃。
空母寮・赤城の部屋の畳をブルーが殴りつける。妖精姿の彼女の力では大きな音を少し響かせる程度しか出来ない。ブルーのそばには加賀が正座しており、右手で穏やかにたしなめていた。
「ある程度は予想も覚悟もしていたけど。私達の練度不足や扱い慣れてない、ということもあるわ。ごめんなさいね」
「加賀が謝ることじゃねえ! ……シルバーホークじゃだめだったってだけの話さ、それだけの……ああくそっ、これじゃあまるで――」
その続きをブルーは語らない。言葉にするのも嫌になるほどの悪質なもののたとえをしてしまったのだろう。こんな様子のブルーと加賀を見守るのはレッドと赤城である。なんと声をかけていいものか分からない赤城は途方に暮れるしかなかった。
「――くそっ、すまねえな加賀、赤城。シルバーホークじゃ深海棲艦に太刀打ち出来ないっての、はっきりしちまった。……力になれそうにないや」
「そんなことないです。水棲生物型の巨大戦艦にかなり有効な戦力だというのは揺るがない。それは私も加賀さんも、提督や他の艦娘たちだって分かってるわ」
「……本当にすまねえ。おいレッド、お前、寝てんじゃねえよ」
一人で深く思案していたのか、座らせる機構を持ったぬいぐるみのようにレッドは寝息を立てていた。目を覚ましたレッドは申し訳なさそうに一礼し、赤城に向けて口を開く。
「確かにシルバーホークは深海棲艦に大打撃を与えることは出来ない、普段の戦闘であれば小判よりも役にたたぬものだろう。……申し訳なかった」
「だから、大丈夫です。お気持ちだけ受け取ります。……話は変わりますけど、レッドさんもブルーさんもダライアスに帰りたいって言わないんですね?」
これ以上この話題を続けることもあるまい。そう踏んだ赤城は半ば強引にでも流れを変えることにした。
赤城の質問を受けた妖精二人は互いに顔を見合わせ、そら当たり前の話だ、とブルーが胸を張って答える。
「当たり前?」
「ベルサーは手当たり次第になんでも侵略する、ホントにクソみてえな奴らなんだ。ベルサーが地球にもいるってなら、ここで奴らと戦おうとするのは当たり前の話だろって言ってるんだ」
「それはそうなんでしょうけど、ブルーさんやレッドさんの個人的な――」
赤城が続けようとしたが、レッドが小さな腕をゆっくり振るってやめさせた。一体なんだというのだろう。赤城は黙ってレッドが口を開くのを待った。
「……戻れないのだ、赤城」
「え?」
「大規模な移動を行う際は亜空間ネットワークを用いなければならない。だが今のシルバーホークはそこへのアクセス能力を大幅に失っている」
「その言い方だとまるで少しは残っているようですね?」
「バースト機関は亜空間に格納している。設置バーストも通常バーストも、どちらも亜空間にアクセスしてバーストパーツを呼び出しているのだ。だが、今はそれしか出来ないから、ダライアスに戻るなんて無理な話なのだ」
そうだったんですか、としか赤城は言えなかった。どちらの話題も葬式めいた雰囲気しか撒き散らかさない。赤城の部屋がどんどん重く、暗くなっていく。
「他にもシルバーホークは欠陥を抱えている。通常、バースト機関が使えるということは、亜空間に存在する支援設備が使えるということを意味している。普通はここで補給などを行っているのだが、現在は支援設備を利用することが出来ない」
「どうしてです?」
「分からない。時空震の影響だと考えられるが確証はない。シルバーホークは地球の人類の助けにはなれないみたいだ……」
畳に暗黒のしみがつくかのような重々しさに、たまらず赤城が壁掛け時計に目をやった。もう正午を過ぎて、鎮守府の食堂が賑わっているはずの時間だ。
「……そうだ、食堂に行きませんか?」
「え? もうこんな時間ですか。そんな気分ではありませんが、いつまでも後ろ向きな話を続けても仕方がありませんね」
赤城に続いて加賀が立ち上がり、お互いに妖精を肩の上に乗せてから部屋を出ようとして、
〈レッドちゃん、ブルーちゃん、執務室まで来てもらえないかな? なるべく急ぎでねー〉
小森提督の全館放送が赤城の部屋にも響き渡る。
この招集に赤城と加賀は含まれていない。執務室に妖精を置いてから食堂に行こうと話がまとまって、四人は空母寮を出て行った。
はたして、執務室には小森提督と金剛の二人がいた。金剛は腰回りに装備していたごつい艤装を外しており、愛想よくレッドとブルーを手のひらにのせて笑っている。否、金剛は明るく笑って珍妙な言葉づかいをするのが素なのだろうとレッドもブルーは直感した。
「さっきはお疲れ様でしたネ! レッドにブルーもよく頑張ったデース、たった二機の戦闘機相手にあんなに苦戦したのは初めてデシター」
「褒めても何も出ねえって。それに結局、シルバーホークじゃ深海棲艦にまともなダメージが与えられないって分かっちまったんだ」
提督の机の上に飛び降りたブルーが面白くなさそうに返す。彼女の隣に降り立ったレッドも、声に出さないながらも同じようなことを言わんとする表情だ。
「あー……その話で呼び出したんだけどさあ」
「あたしらはお役御免だろ? クソの役にもたたないシルバーホークは研究材料か解体素材に、ついでにあたしとブルーは今活躍してる機体に乗れって?」
全ッ然かすってもいないわ、とは小森提督の返事だった。これにはっとしたようにレッドとブルーは顔を上げ、提督と金剛の顔を交互に見やる。
「水棲生物型巨大戦艦……やっぱ艦娘だけじゃどうしてもてこずるみたいなんだよね。やっぱシルバーホークじゃないとダメみたい」
「なんでそんなことが分かるんだよ」
「実は昨日の戦闘があった場所をサルベージしてみたんだ。アイアンフォスルだっけ、あのシーラカンス」
「ああ」
「残骸をサルベージして、他の金剛型の子たちに撃ってもらったんだよ。あー、金剛ちゃんには三人も妹がいてさ、妹っていうか金剛型っていうか、言いたいこと分かってもらえた?」
「提督の言葉が意味不明だけど、内容は理解したよ。金剛型の戦艦が過去に全部で四隻存在してて、その船魂を受け継いだ女の子が四人いるって話だろ?」
「そうそう。やっぱり戦闘機乗りって頭がいいんだね、羨ましい。で、戦艦の艦娘が三人がかりで射撃しても、かなり頑丈らしくて効果的なダメージが通りにくいみたいなんだ。それならシルバーホークってすごい能力があるんだなって評価したってお話なの」
実戦配備されることは変わらないのだな、とレッド。それに「sorry、ちょっと違うんですヨ」と金剛が申し訳無さそうに返した。
「違う? 違うとはどういうことだ?」
「あー、その、レッドちゃん。実戦配備はするんだけど第一線で投入するなんて言ってないんだよ。どうしてもそれは出来ないねってことになって、それも伝えたかったの」
「なるほどな。普段はここで待機して、ベルサーが現れたら出撃しろ、と」
「そーゆーこと。ま、なんだ、頑張ってこうよ」
人が良さそうに提督は笑う。だが、レッドとブルーは素直に喜ばなかった。喜べなかったのだ。
不甲斐なさを覚えながらもある程度としての戦力として認めてもらった。そのことだけはきちんと嬉しく思うべきだと妖精二人は思っている。
しかし。この異世界では。ベルサーと手を組んでいる顔色の悪い深海棲艦連中どもを倒すことが出来ない。ベルサーはありとあらゆる星系を侵略する悪劣な連中だ。そして深海棲艦も地球上の陸を喰らい、海を広げ、人々と文明を滅ぼそうとしている。
深海棲艦がベルサーと手を組んでいるのだとすれば、それは絶対に倒さなくてはならない敵なのだ。だというのに――妖精二人の心は沈んでいく。この現実を見つめれば見つめるほど。
お腹の調子でも悪いのかい、なんてノーテンキなことをほざきやがって。ブルーは心の中で提督に悪態をつき、話が終わったらしいと執務室を出ようとする。レッドも隣を歩いて机を飛びおろうとしたのだが、金剛に両手でキャッチされてしまった。
「これから食堂ですカー?」
「ああ。赤城たちを待たせてる、早いとこ行かないとな」
「私も提督と行くとこネ! でもその前に、ちょっと聞かせてほしいことがありマース。レッドちゃんたちは、いったい、何のために戦おうとしているんですカー?」
「戦う理由だって?」
「前線で戦えないって知ったレッドもブルーも、とても落ち込んでたように見えました……故郷の星に帰りたいなんて
そりゃどーも、とブルーがまんざらでもなさそうに返す。レッドも自分たちが認められていると分かって、金剛への敵意めいた感情は捨てられていた。
「でもレッドやブルーが立派なwarriorになった理由が気になりマース。よかったら教えてほしいネ!」
「なるほどな。仲間だとは認めてくれるが、そういうのも知って信頼を深めたいってわけだ。……あたしもレッドも、家族をベルサーに殺された者どうしなんだよ。なあ」
「ああ。ブルーの言うとおりだ。ベルサーの襲撃で宇宙船が襲われてな、お互いに家族を喪ったのだ。ブルーは大怪我をしたくらいで済んだが、私は四肢を欠損しなければ助からなかった目に遭った」
自分語りなんてのは恥ずかしいからやりたくないのだがな、とレッドはこぼす。同意するようにブルーも頷いた。
「あの時、他の惑星に旅行しに行こうとして襲われたんだ。奴らにとっては大したことのない破壊行動だったに違いない。だが……一番喪いたくないものを奴らは。だから、失った四肢の代わりに選んだのは軍事用の義体だった。軍用のサイボーグになることにしたんだ」
「あたしは五体満足で生き残れた。けど、ベルサーのクソどもをぶっ殺そうって気持ちは体中に刻まれている。いや、魂のありとあらゆるところ、だな」
それじゃあ復讐のために戦ってるんですカ? 金剛の問いかけはどこか戸惑いを覚えているようだった。復讐だけじゃないんだがな、とブルーはこぼす。
「ベルサーの奴らが憎いとか、そういうのだけで戦ってるんでもねえんだ」
「そうなんですカー」
「なんて言えばいいのかな、シルバーホーク乗りってのはそんなに数が多いわけじゃないんだ。シルバーホークバーストの技術が広まってもパイロットが多いわけでもない。おまけにデカい戦艦よりもシルバーホークの方がベルサーの巨大戦艦と戦うのに有利って場面もあってさ。そんなわけで、フツーの人たちはシルバーホークのパイロットを応援してくれてるんだ」
「私たちもそうですネ! 深海棲艦と戦えるのは艦娘だけだから、街の人たちに応援されてますネ!」
「きっとあたしらと金剛みたいな艦娘って、根っこの部分じゃ同じなんだろうな。……あたしらがパイロットとしての能力を発揮してこの人たちを守らなきゃいけないんだ、とかさ。ベルサーのクソどもをぶっ倒しまくって平和を掴むんだ、とかさ。そういうことも思うんだ」
そうだな、とレッドが頷く。金剛も興味深そうに耳を傾け、提督は静かに目をつむった。
「ああ。ブルーが言うのとおおむね同じだ。私たちはベルサー憎しでシルバーホーク乗りになろうと志した。きっかけはそうだ。だが、金剛の言うwarrierとしての私たちには……これ以上、誰かが大切ななにかを喪失しないようにしたいって気持ちがあるんだ」
「Ok……よく分かりましたネ! やっと本当の仲間になれた気がシマース!」
「そういうのなら、今度は金剛の戦う理由とやらを聞かせてもらうぞ。……あまり話したくないことを話したのだからな」
当然ネ! 明るく返した金剛は提督に向かって温かみのある笑みを投げかけた。レッドとブルーの重い話を跳ねのけるかのような力が、確かにそこにあった。
こういう奴がいてもいいのかもしれないとレッドは思う。ムードメーカー。頼れる仲間。小森提督はいい仲間に恵まれているらしい。ああ、まったく、幸運なことじゃないか。
さて、艦娘に戦う理由があるというのだろうか。広い間取りに整理整頓の行き届いたテーブルと椅子がきれいな食堂に足を踏み入れ、赤城たちに「提督と金剛とで話がある」と断ったレッドは訝しんだ。
赤城の言うことが本当であるなら、艦娘は「艦娘となる時に記憶処置を施される」はずなのだ。艦娘たちは「普通の女の子」であった頃の記憶を失っているはずだ。
例えば、艦娘としての適正アリとされた時点で「戦う理由」をメモ書きしていたとして、それを艦娘として生きてから受け取っても納得するものだろうか? 言うなればそれは「他人からのメッセージ」であるのでは?
大盛りのカレーライスに大皿いっぱいのナポリタンを食する赤城と加賀を横目に、レッドとブルーはテーブルの上に座っていた。提督と金剛が向かい合うように椅子に落ち着く、小さめなテーブルだ。
小奇麗な白いテーブルクロスが用意され、提督には味噌ラーメン、金剛には野菜カレーが届くはずであった。妖精二人には小さなアイスクリーム。どちらにもバニラ味。待ち遠しいですネー、と金剛が微笑む。
「で? 金剛の戦う理由って?」
「提督への恩返しネ! それが私の戦う理由ネ!」
恩返しだあ? 想像もしていなかった言葉にブルーは目を丸くした。提督への恩返し? なんてーかそれはおかしいんじゃねえのか? 口にしないながらもブルーは訝しむ。
「もともと提督は誰かを指揮する立場になかったんですヨ」
「へえ。じゃあ内勤かなにかか?」
そうだよ、と提督が頷く。元はデータアナリストだったんだ、と続ける提督はどこか懐かしむように天井を見上げた。
「あの頃はねえ、まあ、それなりに充実してたんだけどさ。ところがいつだったかに艦娘のカウンセラーみたいなことを始めて……それが金剛ちゃんと知り合ったきっかけなんだよね」
「Yes! あの鎮守府の提督はとても
「あー。こことは別の鎮守府に
頭をぽりぽりかきながら提督はため息をついた。
確かに人々を厳しくまとめあげることが出来れば、その組織は強固な結びつきを持って強い力を発揮するだろう。だがこの世界の主戦力は艦娘であるはずだ。彼女たちの戦う意志、やる気を削ぐことがあってしまっては――ここまで考えたレッドは、提督や金剛の続きの言葉を待つことにした。
「金剛っていう戦艦ってさ、イギリスっていう外国を生まれのルーツとしてんのよ。だから、女の子風に言えば『帰国子女の金剛ちゃん』っていうかね」
「それがどうしたというのだ?」
「えーと、なんていうかさ、イギリスって紅茶をよく飲む習慣があってさ。そのせいか金剛ちゃんの船魂……戦艦としての金剛の魂だよね。それを宿した金剛ちゃんは紅茶が大好きで大好きで仕方がないみたいなんだ」
Yeeees!! 元気いっぱいに金剛が腕を振り上げて続けた。紅茶なんて色と匂いのついたお湯だろ、なんて突っ込まなくてよかったとブルーは内心ほっと息をつく。
「で、金剛ちゃんにとってはベストな働きが出来る儀式みたいなのよ、紅茶を飲むってことがさ。それを巌提督は取り上げちゃって、アレだコレだって厳しくして、金剛ちゃんを萎縮させちゃってさ……なにやっても上手くいかなくなっちゃってたんだ」
「そんな時に出会ったのが小森提督ネ! 優しく私の話を聞いてくれて、巌提督にも紅茶のことで直談判してくれて、私の待遇がBetterになって……だから、私にとって小森提督は恩人デース!」
なるほどな、とレッドは頷く。ブルーも納得したように金剛を見上げた。
自分に良くしてくれた恩人がいる。自分に誰かを守れる力があるなら、それを揮って恩人を守りたい――そう考えるのは自然のことだろう。
「金剛ちゃんを立ち直らせたってのがきっかけで、ここの鎮守府の提督になってみないかって誘われたんだ。前任者は重病を患ってて、それが悪化しちゃったみたいでね」
「ん? データアナリストが提督になるだって? そんなことがあり得るのか?」
「レッドちゃん、私も最初は驚いたんだよ。だけどね、上の人たちが言うには『いまの戦況では艦娘が重要な存在だ。これをきちんと扱える人材が指揮をとるべきだ』ってんだよね。扱うとか、この子たちは普通の女の子と変わらないってのにふざけんじゃねーよって言ってやったんだけどさ」
「なんてこった、怖いものなしだな……」
「まあ脚ガックガクで怒鳴ってて、ちぐはぐだったんだけどね。そうやって言い返す勇気があるならっていうので提督になっちゃったんだけど……まあ、今も勉強したり、頑張ってる子たちと交流したりで、楽しいよ。とても。……不謹慎かなあ」
「私はそうは思わないよ。なんだ、思っていたよりも提督らしくしているじゃないか」
赤城は「死んでこい」と命令することの出来ない気弱な提督と評していた――カレーをたいらげて幸せそうに息をついている赤城を遠目に、そんなことをレッドは思い出す。
そりゃそうだ。こんな人のいい人間が「死んでこい」と同等の非情な気持ちを抱いて命令を出すなんて出来るわけがない。それが小森提督の弱みで、同時に強さでもある。「褒めてるのかなぁ?」なんて提督に指で頭を突かれながら、レッドは心地の良さを覚えていた。