金剛とシルバーホークの演習が終わってから三日後。
レジェンドシルバーホークバースト、及びネクストシルバーホークバーストの発艦。それが、赤城と加賀が優先して取り組んでいる錬成課題であった。
シルバーホークは艦娘に打撃を与えることは出来ないのは先日の演習で明らかになったことだった。すなわち、シルバーホークは深海棲艦に打撃を与えられないと考えるのに十分な材料である。
しかし赤城も加賀も、シルバーホークパイロットの妖精も、演習の時にシルバーホークが十全の能力を取り戻したとは考えることはなかった。
シルバーホークはもともと、機銃ミサイル、光学兵器レーザー、波動兵器ウェーブの三種の基本的な攻撃手段を持っていたが、時空震に巻き込まれてからレーザーとウェーブを使えないでいた。また、基本的な飛行能力は失っていないが、亜空間ネットワークを介した補給施設の利用と大規模跳躍航行の能力を失ってもいる。
このことから、現状のシルバーホークは「全ての空母艦娘用艦載機の飛行能力を凌駕した異世界の戦闘機」でありながら「深海棲艦への決定的打撃を与えることが出来ない欠陥品」であると言えた。
他に特殊な点は「ベルサーの特殊戦艦に効果的な打撃を与えることが出来る優位性」が挙げられる。深海棲艦と行動を共にしている巨大戦艦。これに対して艦娘の攻撃では効果的な打撃を与えるのが難しい。
そこで小森提督は「シルバーホークバーストという巨大戦艦に対する切り札を保護したこと」を上層部に伝達した。加えて「対深海棲艦戦での欠陥性」と「常識破りの機動性」についても添えている。
さらに提督は「シルバーホークには喪失した能力がある」ことを付け加え「練度の高い空母艦娘の発艦技術により再獲得が出来る可能性」を提示していた。
実際、能力の低い艦載機でも練度の高い空母艦娘の手にかかればそれ相応以上の実力を発揮できる。パイロットの妖精も「スペック以上の動きができた」と証言しているので、これは信憑性の高い現象である。
提督はこの現象を踏まえ、この鎮守府でもっとも練度の高い赤城と加賀にシルバーホークの運用を継続することを命じている。満足に深海棲艦と戦えるまではいかなくとも「しょぼい対深海棲艦能力が今よりマシになって汎用性が上がるはず」と考えていたのだ。
そんなこんなで昼食を終えた赤城と加賀は、シルバーホークバーストの発艦技術を上げることを優先されていた。この方針は赤城も加賀も異議を唱えなかったし、むしろ歓迎さえしていた。パイロットのレッドとブルーも、現状打破に繋がるのならと奮闘している。
済んだ青空の下、彼女たちは演習用海域に移動していた。弓道着に飛行甲板などの艤装を身につけ、風上に向かって航行する。大きな和弓にシルバーホークの矢をつがえ、思い切り引っ張った。
「赤城さん。今日で十二回目の発艦ですね」
「ええ。少しずつだけどシルバーホークの能力は戻っているらしいから、これでもっと良くなれば」
「そうですね。……行きます。シルバーホーク、発艦」
ギュンと勢いよくシルバーホークを封じた矢が大気を裂いて青空へと向かい、発光。小さな机程度の大きさまでサイズダウンしているシルバーホークバースト二機が急上昇。
なにもない空めがけて機銃を撃ち、設置・通常バーストを照射するが、しばらくするとパイロットの妖精、レッドからの通信が赤城の耳に入った。何やら沈んだ声だった。
〈バッドニュース。目標であるレーザーの使用が可能にならない〉
「まだ駄目でしたか……」
〈だがシルバーホークのコンピュータは悲観的な数値を出してはいない。機体としては、使えるはずの装備が使えないのは『時空震に巻き込まれた際の致命的なエラー』であるとしているのだが――〉
「致命的なエラー? だめじゃないですか、それ」
〈いやな、この発艦訓練以来、レーザーに関しては復旧が進んでいる。火器管制システムや発射機構が少しずつだが回復しているのだ。矢の形になっている時も復旧は進んでいるし、なにより赤城たちが一所懸命に発艦してくれたおかげでいいようになってる〉
「本当ですか!?」
〈復旧率は今のところ80%だ。ブルーによればネクストも同じような状態にあるという。頑張れば今日中にレーザーが完全復旧するかもしれない〉
「原因はわからないけど、発艦訓練でシルバーホークは復活を遂げつつある、ということね」
〈そうだ。対深海棲艦の能力が向上したかは分からないが……まあ、前の演習よりはマシになっているはずさ。私も赤城も、ブルーも加賀も、一所懸命努力している〉
無線通信をしつつレッドはある一点を目指す。腕を伸ばして飛行甲板を用意する赤城だ。ホバリングし、無事に着艦したレジェンドはすぐに光を伴って一条の矢へと姿を変える。その時にはレッドが抜けだしていて赤城の頭にしがみついていた。
「さあ帰ろう。今まで休みなしで頑張りすぎている。少し休まないか」
「ええ。加賀さん、ブルーさん、帰りましょう?」
良い判断ですね、と加賀が答える。鎮守府まで五分とかからない。戻ったら艤装の補給を済ませ、食堂なり自室なりで休みを取ればいい。肩で息をする赤城は食後のアイスクリームの味を思い出し、頬をほころばせた。
そんな赤城は遠くに艦娘の集まりを認めた。金剛を旗艦にした五人編成の艦隊。金剛も赤城に気がついてか、手を上げて元気の良い声を上げている。
「Hey! 赤城ぃー!」
赤城は手を振ってこたえる。金剛の後ろには雷と電、摩耶と龍驤が続いている。五人とも調子はいいようで、上機嫌に赤城と加賀に向けて声を送った。
金剛も赤城も減速し、海の上で立ち話をする形になる。先に口を開いたのは赤城だった。
「金剛さん! なんの任務です?」
「ちょっとした哨戒ネ! ベルサーの戦艦がいるかもしれないから、いつでも警戒しないとって提督が言ってマシター」
「そうだったんですか。気をつけて下さいね」
「赤城も加賀も錬成お疲れさまネ! それじゃあいってきマース、see you later!」
金剛の後ろに連なる艦娘も「行ってくるわ!」「またな、赤城さん!」などと口にして任務にあたっていく。すぐに赤城のまわりには加賀しかいなくなっていた。
澄んだ青空の頂点に眩い太陽が腰を下ろしている。もうお昼時だわ、と赤城はひとりごちた。金剛たちはちゃんとごはんを食べたのだろうか――
鎮守府、食堂。白いテーブルに大盛りのざる蕎麦が二人前。やや遅めの昼食となった赤城と加賀はこれを静かに口に運んでいた。赤城はそばつゆにわさびを多めに投入したが、加賀はほんの少しだけにとどめている。
「あれ? からいのは苦手?」
「ええ。蕎麦は好きですが、わさびとかねりからしとかは、少し」
「だからいつもカレーは甘口だったのね……ん? あれ、あれは提督?」
加賀の肩越しに小森提督を認める赤城。彼女の持っているお盆には味噌ラーメンが湯気を立てているのも分かった。
「加賀ちゃん、赤城ちゃん。どうだったの、シルバーホークの特訓は?」
「上々ね! って言いたいところですが……」
「やっぱりすぐには上手くいかなさそう?」
「ええ。提督、野菜ラーメンですか」
「健康には気をつけないとね。艦娘を指揮する立場だもの、体調管理はしっかりしなきゃ」
どこかずれたドヤ顔をかまして赤城の隣に座る提督。一瞬、加賀が戸惑ったような表情を見せたように赤城は感じたが、きっと錯覚であったのだろう。いつもの冷静そのものといった表情で提督に会釈していた。
「金剛ちゃんたちとは会った?」
「ええ。哨戒任務だと教えてもらいました」
「うんうん。別の鎮守府でさ、ベルサーの巨大戦艦が発見されたみたいなんだ」
「どんなものでしょう? タコ? イカ? それともマグロですか? サーモンですか?」
「それ全部赤城ちゃんの好物だよね。で、えーとね、ミノカサゴ型だそうだよ」
初めて聞く生き物の名前だ。赤城は加賀に視線を向ける。どうやら加賀はその生き物のことを知っているらしい。
提督から見れば表情が変わらないように見えるかもしれないが、赤城と加賀のつきあいはそれなりに長い。大抵のことは分かっているつもりだと赤城は自負している。
「とてもきれいな魚だったように思います。長いヒレが目を引くような」
「知ってるんだね加賀ちゃん」
「いつかに駆逐艦の子と図鑑を見たことがあります。きれいなバラにトゲがあるといいますが、ミノカサゴもヒレに毒を持っているのだとか」
「意外だね。加賀ちゃんってこういうのも詳しいんだ」
「たまたま覚えていただけです。それで、ミノカサゴ型の巨大戦艦について分かっていることは? あるなら教えてもらえるかしら」
金剛ちゃんにも言ったんだけどねー、と軍服のポケットからタブレット端末を取り出す提督。説明を受けながら蕎麦を食べるつもりで赤城と加賀は見守っていく。
端末のモニターには海の写真が映されている。どんよりした曇り空。暗い色の海。海の上をやや浮遊する形で、ミノカサゴ型戦艦が撮影者を攻撃しようとする場面だった。
「ほら、この紫がかった青色の……見える?」
「ええ。本当にミノカサゴみたいだけど、ヒレがバラバラに浮いている……?」
「分離する攻撃ユニットのようだって報告があるの。ここから黄色の針のような弾を撃ちだして弾幕を形成して、こっち側を圧倒しているみたいね」
「なるほど、とても厄介そうね。これがどこで確認されたと?」
「加賀ちゃんたちが前にいた鎮守府の近海。大丈夫、遭遇した艦娘はみんな無事だったって聞いてるよ」
提督の言葉に赤城はホッとした。そうですか、と静かに返した加賀もどことなく安堵しているようにみえる。
「で、レッドちゃんとブルーちゃんはどこかな。ミノカサゴ型戦艦について聞きたかったのよね」
「ブルーたちなら空母寮に。赤城さんの部屋に二人ともいるはずです」
「そうなんだ、ありがとね。これ食べ終わったら行ってみるよ」
端末を仕舞った提督は野菜ラーメンを食べるのに力を入れ始めた。赤城も加賀もずぞぞー、と蕎麦を食べる勢いを増していった。
「いい食べっぷりだよねえ。やっぱりお腹は空くものかい?」
「もちろんです! 提督も運動したら疲れるし、お腹もすきますよね?」
「まーそうだけど……赤城ちゃんたちみたいに大盛りは食べられないかな」
「人並みな大盛りなのに。提督は小食ですね」
「おかげで痩せ型な体だよ。赤城ちゃんとか金剛ちゃんとかが羨ましいねえ」
それはセクハラよ、と加賀が冷ややかに言うが、聞いているのかいないのか提督は笑いながらラーメンを食べていた。
「あれ、提督、一ついいですか?」
「なーに加賀ちゃん。どうかした?」
「提督は重度の機械音痴で、触るだけで機械を壊してしまうのでは?」
「なにそれ失礼ね! ……確かに機械音痴だから、プレゼンの時はタッチするだけでいいって霧島ちゃんに教わったけどね。機械に触っただけで壊す人間なんているわけ無いでしょ? オカルトだよ、そんなの」