今俺とアスナ、シュミットはヨルコさんと向かい合うように座っている。静かな空気の中、シュミットが最初に口を開いた。
「グリムロックの武器でカインズが殺されたのは本当なのか?」
「本当よ…」
シュミットはこの圏内事件に対して、未だに信じられなかったのだろう。ヨルコさんが一言告げた瞬間、シュミットは目を開き、思わず立ち上がった。
「なんで今更カインズが殺されるんだ。あいつが…あいつが指輪を奪ったのか?…グリセルダを殺したのは、あいつだったのか…」
取り乱す、シュミット。しかし、少し冷静になると、椅子に座り直す。
「グリムロックは、売却に反対した三人を全員殺すつもりなのか?俺やお前も狙われているのか?」
「まだ、グリムロックがカインズを殺したと決まったわけじゃないわ。彼に槍を作ってもらった他のメンバーの仕業かもしれないし、もしかしたら…グリセルダさん自身の復讐なのかもしれない」
この場にいる俺たちは、ヨルコさんのその言葉に絶句した。何を言っているのか、分からなかった。シュミットに関しては、理解したくもなかっただろう。そんな中、ヨルコさんは話を続ける。
「だって、圏内で人をPKするなんて…幽霊でもない限り不可能だわ」
「幽霊ね…」
まぁ、尤もな意見である。圏内PKの手段については俺とアスナも散々考えたが、結局のところその犯行方法を解明するには至らなかった。そして、そんな荒唐無稽な意見を否定する間も無く、ヨルコは錯乱した様子で立ち上がり、叫ぶように己の内心を言った。
「私…昨夜、寝ないで考えた…。結局のところ、グリセルダさんを殺したのは、メンバー全員でもあるのよ!あの指輪がドロップした時、投票なんかしないで、グリセルダさんの指示に従えば良かったんだわ!」
昨日のまでのヨルコさんではなかった。俺たちはその余りにも違う剣幕で動けない。
「ただ一人…グリムロックさんだけは、グリセルダさんに任せると言った。だから、あの人には私達全員に復讐して、グリセルダさんの仇を討つ権利があるのよ…」
「 冗談じゃない…冗談じゃないぞ!今更…半年も経ってから、何を今更…」
ヨルコさんは明らかに錯乱してる様子だったが、話の終わりは冷静に締めくくる。そして、今度はシュミットの番だった。
「お前はそれで良いのかよ、ヨルコ!?こんな訳の分からない方法で、殺されて良いのか!?」
ヒートアップしてヨルコに詰め寄るシュミット。アスナはそんな彼の腕を掴み、冷静になるよう抑えた。ヨルコの方も、溜めていたものを吐きだしたことで、少しは落ち着いた様子を見せる。今日の所は、これ以上の話し合いは無理だろう。そう判断して、解散しようと考えた、その時だった。
グサっと、何かが刺さったような、乾いた音が鳴り響いた。 同時に、ヨルコの身体がぐらりと揺れる。窓枠に手をつく彼女の背中、長く垂れる青い髪の向こうに、何かが突き立っていた。背中の根元に被ダメージ時に迸る赤いライトエフェクトが煌めいている。そう、彼女の背中にダガーが突き刺さっていた。
ヨルコに起きた突然の異変、そして背中に刺さったダガーを見て、俺とアスナ、シュミットは戦慄する。その光景はあの圏内殺人事件とまったく同じように再現されていた。
「くそっ!」
「あっ…」
俺はアスナの悲鳴を出すより前に、誰よりも速くヨルコさんのもとへと駆け出す。しかし、ヨルコさんを捕まえるには至らなかった。
俺は窓から顔を出し、地面に落下して横たわっているヨルコを見下ろす。だが、次の瞬間には、ヨルコの身体はポリゴン片を撒き散らして消滅していた。
ヨルコさんの消滅を確認した俺は、直ぐ様顔を上げ周囲を確認する。
…いた!
恐らく、ヨルコさんにダガーを投げたとされる、怪しげな人影。その男は、漆黒のフーデッドローブに身を包み、俺たちのいる宿屋から離れた場所に位置する建物の屋根からこちらを見ていた…が、やがてこちらに背を向けると反対方向へと走っていく。
「アスナ、ここは任せた」
「ちょっと、ダイキくん!」
俺はアスナの制止を、無視しその男のもとへと向かう。
俺は通行人の隙間を抜けて全力で走っていくが、男に追い付くことはでかなかった。
…くそ、追い付けなかったか。俺はこれでも攻略組みの中でも、結構速い。恐らく、そんな俺をこの距離から逃げ切れたとなると、中層のプレイヤーというところか。
俺が犯人であろう男について考えていると、後ろからシュミットを連れたアスナがやってきた。
「ダイキくん、犯人は?」
「悪い、逃げられた」
「もう、心配したわよ。あんまり無茶はしないで!」
「悪かったよ。…とりあえず、犯行現場であるあの部屋に戻ろう」
こうして俺の提案により、俺たちはあの部屋に戻ることになった。
「 下に落ちていたダガーだ。ヨルコさんの背中に突き刺さっていたもので間違いない」
俺が取り出したのは、昨日のギルティソーンと同じく、逆棘がびっしりついたダガー。制作者が同じなのは言うまでもない。
「今度も制作者はグリムロックさんで間違いなさそうね」
「…そうだな」
アスナも困ったような、声を出す。
この事件も手掛かりは現場に残されたダガーのみで八方塞がりである。この状況を深く考えようとしたとき、シュミットが頭を抱えて呻きだしたことで中断される。
「あのローブはグリセルダのものだ…あれは、グリセルダの幽霊だ!俺達全員に復讐に来たんだ!」
その言葉に、俺たちは息を呑む。流石に幽霊だとは思っていないが、かつて黄金林檎に所属していたシュミットが言うなら間違いないのだろう。彼の話に基づくのなら、犯人はグリセルダが使っていたもの、それか同じ型のローブを所持しているということだ。
グリセルダの所持品について知っているということは、即ち犯人は黄金林檎のメンバーもしくは関係者の可能性が高い。
「そうだ……幽霊なら、圏内でPKするくらい、楽勝だもんな……はは、はははは……」
だが、目の前で圏内PKという光景を見せられた今のシュミットには、そんな冷静な思考ができるような余裕があるはずがない。恐怖のあまり錯乱状態に陥っているシュミットを見て、しかし俺はその考えを否定した。
「犯人らしき人物が転移結晶を使って、逃げたのは間違いないよ。だから、幽霊の可能はあるはずがない」
この後、俺とアスナはシュミットを聖竜連合の本部に送り届けた。シュミットの状態はものすごく悪い。これからの攻略に影響がなければ、いいのだが。
シュミットを送ってから、もう夕方になった。
アスナは今この事を伝えに血盟騎士団の本部にいる。
俺はこの事件について、一人もう一度考えていた。こういう状況には、海兵のときから何度か経験した。ありえない状況。こういう時、かならず誰しもが混乱し、思考を乱す。だから教官は言った、こういう時こそ冷静に物事の原点から見直せと。
まず、そもそもこの事件でプレイヤーは死んでいるのか?
答えは死んでいる。生命の碑にもしっかりと、横線で引かれているからだ。
じゃあ、それはそのプレイヤーが死んだ瞬間、確認したのか?
答えは否。時間を置いて確認している。
ここで思い出すのが、転移結晶。じゃあ、転移結晶で対象を圏内から、出して殺したとしたら…。
さらに、動機である指輪の存在、結婚システム。
そこでこの事件の真相が少しずつ、少しずつ見えてくる。
…なるほどな。そこでアルゴの言ってた奴等が関係してくるわけか。
俺はアスナにあることを連絡すると、目的の場所へと駆け出した。
暗い夜の中、そこには聖竜連合のディフェンダーのリーダーであるシュミットと、フード被った四人の男たち…殺人ギルド笑う棺桶がいた。そして、それを少し遠くから見守る二人の男女、カインズとヨルコ。
シュミットはフードの男たちから見えたエンブレムを見ながら、怯えたように声を出す。
「お前たち…殺人ギルド″笑う棺桶″」
「さて、どうやって遊んだものかね?」
目の前に転がる獲物をどう料理するか思案するPoH。そんな彼に、シュミットに粘つくような視線を送っていた、頭陀袋のようなマスクを被った黒づくめの腹心、ジョニー・ブラックが、陽気に声を上げる。
「あれ!あれやろうよ、ヘッド!殺し合って残った奴だけ助けてやるぜゲーム!」
「 ンなこと言って、お前この間結局生き残った奴も殺しただろうがよ」
「あー!今それ言っちゃ、ゲームにならないっすよ、ヘッド!」
「タく、お前はどうしたい?」
PoHがそう言った先にいる男はただ何かを待つようにじっと静かにしていた。
「どうでもいいよ。俺はあいつが来るから、今回のことに参加したんだよ」
「つれないな。そんな待たなくても、直にあいつは来るだろうよ」
目の前で繰り広げられるおぞましい会話に、シュミットはもとより、ヨルコとカインズも戦慄する。そんな三人の様子を見て、エストックを突きつけている髑髏マスクの男、赤眼のザザが、にやりと口元を歪めていた。
やがて、ジョニーと謎の男とPoHの会話も止み、遂にシュミットに処刑宣告がなされる。
「さて、取りかかるするか…」
PoHは手に持つ友切り包丁を振りかざし、シュミットを切り裂こうとする。…その時
「…!」
「来た!」
「ちっ…」
風のような一撃がPoHに迫る。そして、その一撃を近くにいた謎の男が手に持っていた刀でふせいだ。そして、その男は自分の待ちに待った展開に喜びの声を上げる。
襲撃者は一度後ろに下がり、体勢を立て直した。
「会いたかったぜ、ダイキ」
PoHは楽しそうに、襲撃者の名前を口にした。
俺は今の一撃でPoHを仕留めようと思っていたが、予想外の妨害が入り仕留め損なったことを苦しく思う。
どうやら、今の男が噂のPoHの側近のようだ。
男の実力を見る限り、上層並みの実力がある。
「ちっ、いつの間に…」
「大丈夫ですか、ヘッド!?」
「問題ねぇよ」
ジョニーブラックとザザが少し遅れて、PoHの安否を確認する。
俺はこのメンツを見て、何より危険なのが、先程の一撃を抑えた謎の男だと判断した。
強すぎる…、攻略組みか?いや、刀を使ってこんな強い奴は知らない…クライン以上だ。
なら、こいつは一体?
俺はその男と正面から向かい合い、正体について聞きだす。
「お前…一体何者だ?」
「…」
男は少しの間黙ると、突然大きく笑いだした。
「はっはっはっは!俺のことを忘れるなんてひどいなぁ~兄さん」
「兄さんだと?」
俺はこいつ言ったことの意味が分からず、一瞬思考が停止する。
…兄さんと呼ぶのは、俺の中でたった一人だけだ。
男はゆっくりとローブを脱いでいく。そして、そこにはこのゲームに参加する前まで、生まれてきた時からずっと側にいた男の顔があった。
…ばかな!
俺はその顔を見て、驚きのあまり絶句する。
その顔で違うのは、髪の色と目の色だけだった。
「久しぶりだね、兄さん」
「雄二…なのか?」
そこには、俺の弟…風見雄二?がそこにいた。
明日また同じ時間に投稿します。