闇の黒き魔力を纏い、起き上がるはずのない翔悟の体が強い力は持ってはいないが確かに起き上がった。
「ば、バカな・・・・・」
アスティルには今、目の前で起きていることが信じられなかった。
翔悟を斬ったときに剣の柄を握っていた手が訴えている。
"確実に敵を殺った"と。
しかし、目の前の少年は起き上がろうとしている。
何故だ、何故まだ起き上がれる。
頭の中はまだわからないことばかりですごく混乱している。が、本能的に悟った。
"まだ、終わってはいない"と。
確かな力を込め、腰の鞘から自らの得物を抜く。
体が震えている。これをなんといったか、そうか、武者震いというやつなのか。
いや、違う。この場所全体の温度が下がっている!?
アスティルは以前、こんな現象を体験したことがある。
アスティルがまだ子供の頃のある夏の日だ。
その日は天界では珍しい猛暑日となった。
夏が来るのは年に一、二週間。そんな短い夏でもこれ程の暑さは体験したことがなかった。
いつもなら剣の稽古をする彼だったが、その日は暑すぎて剣を振るう気さえ起きなかった。
何となく街を歩いていると急激に寒さを感じた。こんな猛暑日なのに一瞬にして真冬日になったかのようだった。
寒すぎて動けずに縮こまっていると目の前からこの寒さのなか平然としている腰に剣を下げた男がこちらに向かって歩いてくる。
そして二人の距離が5メートル程度になったときアスティルの体は燃えるように暑く、いや、燃えているのかもしれない。
燃えるような暑さに悶えていると男は横を通り過ぎ消えていった。
すると暑さはなくなり、代わりに先程の寒さが戻ってきた。
そして次第にその寒さもなくなり、ただの猛暑日となった。
この現象を不思議に思い貴族である自身の両親にこの事を聞き衝撃の答えを知る。
「まさか、こんなやつが・・・・・」
まさか、そんなことが起こり得るはずがない。だが、この少年の力のことを考えればあり得るかもしれない。
でも、まさかそんな・・・・・・。
その思考は真実を物語っていた。
そのまさかが、この現実なのだと。
ならば、早急に方をつけなければならない。
このままだと勝つことはおろか、生き残ることすら危うくなってくる。
アスティルは勝負を仕掛けた。
今持てる全ての力を使い果たしてでもここで目の前の敵を殺す。
全速力で懐へ潜り込み全力で一太刀いれようとするが難なく弾かれて後方へ転がる。
弾いたのは翔悟が纏っている黒い魔力のローブ。とても硬く、そう簡単には剣がローブを越えて体を斬ることはないだろう。
だが、そんなことで諦めることはできない。
もう一度柄を強く握り締め接近、斬る、絶えず斬る、斬る、斬る。
しかし、その攻撃は全て魔力のローブによって弾かれる。
ならばと、突きの構えをし、精神を研ぎ澄ませ、魔力を放出。
剣の周囲に聖なる光の槍が次々と生まれ、その数は百をも越える。
「ハアアアァァァアアア!!!」
今持てる全力の突きを繰り出す。それと同時に剣の周囲に飛んでいた光の槍が勢いよく飛び出す。それは全て翔悟目掛けて飛んでいき、狙いを逃さず着弾する。
着弾と同時に爆煙が起き目の前が見えなくなる。
全魔力を注ぎ込んだ攻撃のせいでアスティルの体内の魔力は尽き、突然体が重くなり膝から崩れる。剣を地面に突き刺し体を支えるがもう限界だ。
何度も繰り出した大振りの斬撃、そして弾かれ大きく体勢を崩して立て直す、そんなことを繰り返していればスタミナはほとんど残っていない。
それに加え先程の全魔力を注いだ突き攻撃。体は疲労に対して耐えられなくなったのだ。これで勝てなかったら俺は死ぬ、そんな風に覚悟をしての攻撃だった。
少しして煙が消えていきどうなったのか結果が見えた。
これで勝てなかったら俺は死ぬ、そんな風に覚悟をしての攻撃だったのに・・・・・・・
翔悟は立っていた。
終わった。ここで俺は死ぬんだ。そう確信した、が、翔悟は魔力のローブは纏ってはいなかった。
そうか、さっきの攻撃で魔力の壁だけは壊せたのか。
いける、これなら勝てる。そうやって自分を奮い立たせ限界がきているその体で立ち上がる。
瞬間、全身が燃えるような暑さを感じた。
既に翔悟は眼前に迫っており、その手に握る魔剣で凪ぎ払おうとしてくる。
咄嗟に剣で受けるがそれも無駄だった。
その魔剣は眼前にあるもの全てを消し去る。
魔剣グラムはアスティルの剣を砕き、そのまま動きを止めることなく吸い込まれるようにアスティルの横腹を通りすぎる。
アスティルは下半身の感覚を無くし、視界が斜めになっていくのを見ながら意識を手放した。
翔悟はアスティルが地面に倒れるのを見届けると何かに解放されたかのようにスッと目を瞑り脱力して剣を手放しその場に倒れるのだった。