駆け巡る嘘   作:ぱに

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四月は君の嘘が大好きで書き始めました。
暇があれば書いていく予定なので不定期更新になってしまいますが、それでもよろしくお願いします。
誤字脱字などありましたら教えてください!


目標が消えた日常

『どうした? あの有馬が演奏やめちゃったよ』

 

『今までのキャリアが台無し』

 

観客席から聞こえる声……。

次に備え弾幕の裏で待つ俺。

ピアノを前に耳を抑え涙を流す“有馬 公生”。

 

ーー11歳の秋……俺は目標を失った。

 

 

 

 

 

あの秋から3年とちょっとが経ち、誰もが中学3年生へと進級した。

当然、俺、葉山 佑樹も進級している。

しかし、俺の時間はあの秋以降動き出せないでいる。

 

「あそこ使えるかなぁ……?」

 

俺の声が廊下に響き、俺は目的地に向かって歩いていく。

次第に目的地に近づくと大きな声がした。

 

「きゃーー! 死体だ!」

 

その声が耳に入った瞬間、俺は急いでその場から駆け出した。

その場に着くと、声が明確に聞こえ出す。

同時に人がいたことへの残念さと興味を持った。

 

「なーんだ、公生か。 他の人じゃなくてよかった」

 

この声には聞き覚えがあった。

たまに見るグラウンドに人一倍声を張り上げ、ボールをボコスカ打っている少女。

確か名前は澤部 椿と言ったはずだ。

 

「あれ? 椿、いつ音楽室に?」

 

その声が聞こえた瞬間、俺は心臓に電気が流れたかのようにドクンドクンと鳴り出した。

 

(この声は……)

 

忘れはしない。

俺の目標で俺の前から消えた勝ち逃げ野郎。

有馬 公生。

 

「……!? ガラスが割れてる!? 何で!?」

 

有馬の叫び声に現実に戻され、再び俺は廊下から中の声を盗み聞く。

 

「またお前か椿!? やっと直してもらえたのに!!」

 

「割ったガラスの数は強打者の勲章よ」

 

有馬の怒りに声だけを聞くと椿はふざけてるのかと思わせるような態度でそういう。

 

「飛ばし過ぎ、加減しろ」

 

「手なんかぬけるかー!!」

 

有馬の指摘に突如、椿は大声でそう言った為、びくりと肩を震わせてしまった。

 

「中学最後の夏だからね。 私は三冠王になるの」

 

「とりあえず、ガラスかたさなきゃ」

 

「聞けよ!!」

 

そんな漫才みたいな会話に俺は少なからず羨ましさを感じクスッと笑ってしまった。

 

(使えないのなら仕方ないな……別の場所を探そう)

 

この時は疑問にさえ思わなかった。

なぜ、有馬は音楽室に居たのかを。

 

俺は学校でのピアノは使えないことを知った後は開いてるかわからないピアノ教室に向かった。

 

インターホンを鳴らすと中からは、女性がでてきて俺の顔を見ると怪訝そうな顔をした。

 

「会って早々、そういやな顔はされたくないんですけど落合先生」

 

俺がそう言うと、「はぁ」と息を吐き出し玄関を目一杯開ける。

 

「どうせ、ピアノでしょ?」

 

「よくわかってらっしゃる」

 

見事に当てられたことに苦笑を零しながら俺は中へと入り、慣れた足取りでピアノに腰を掛けた。

 

「言っとくけど、今日は絵見が来るからそんなに長居はしないでね?」

 

「はーい」

 

落合先生の注意を適当に流すと鍵盤に指を置く。

 

(この感じだ……)

 

突如、訪れる心地よさに俺は思わずニヤリと笑う。

 

(これが俺の世界……俺だけにしか入れないピアノの世界)

 

ゆっくりと鍵盤を押すごとに響き渡る心地よい音にさらに笑みを深くする。

 

(でもまだダメだ)

 

俺の中に残るのは有馬のピアノ。

どの伴奏者も有馬の背中を見ることはできず、他者への追随を許さない譜面通りの完璧の演奏。

 

「まだ俺は動けない……」

 

突如、演奏をやめた俺に聴き入ってしまっていた落合先生も怪訝な顔を隠せない。

 

「佑樹、弾くのは勝手だけど、やるなら最後まで弾いて、そして最後の言葉の意味は何?」

 

「あー、すいません。 最後のは気にしないでください」

 

俺が申し訳なさそうに苦笑しながら言うと落合先生は2度目になる大きな溜息を吐いた。

 

「佑樹が何を考え、何を思い、何を感じ弾いてるのは私にはわからないわ。 でもこれだけは理解して、佑樹はピアノ教室に通う一生徒ではないのよ。 佑樹の演奏を楽しみにしている人がいることを、何よりも才能があるのにも関わらずコンクールに出ないのはなぜ? 有馬くんが原因?」

 

「いや、落合先生は本当鋭いよ」

 

確かに俺は有馬がコンクールに……ピアノの前から姿を消したあの秋からコンクールの全ては辞退している。

当然、そんな事をしている俺を親は許す訳もなくピアノは買ってもらえなかったのだ。

 

「貴方がコンクールに出て結果を出せば家にピアノくらいは買ってくれるんじゃないかしら?」

 

落合先生の言葉に俺は窓を見つめる。

すっかり陽が落ち始め、辺りは紅く染まっていた。

 

「落合先生。 俺は勝ちたい相手に勝ちたいんです。 それが例え、もうピアノを諦めて演奏家としての道からリタイアしていたとしても。 勝ってさらに上に行きたい」

 

「なら、どうしたいの?」

 

答えになっていない俺の返答に落合先生は急かすようにそう言う。

俺は窓から視線を外し、落合先生に向き合うと笑みを濃くし、今の目標を言った。

 

「とりあえず、絵見を抜かすことかな」

 

その目標に落合先生はニコリと口角をあげる。

 

「はっきり言って佑樹じゃ絵見には勝てないと思うけどね」

 

「それは愛弟子贔屓ってやつですか?」

 

俺がそう言うと落合先生はフフフと笑い、「そうね」と一言言ったのだった。

 

俺はそれを最後に再度、鍵盤に指を置く。

 

「では、落合先生に“ヴィクター・ヤング『愚かなりわが心』”を聞かせてあげますかね」

 

「ちゃんと最後まで弾いてくれるんでしょうね」

 

俺はクスッと笑うと楽譜を広げ、自分の世界へと埋没していく。

感じるのは目標を失い、コンクールを諦め続ける自分の愚かさ。

 

(この曲は今の俺そのものだ)

 

静かに指を押し、演奏を始めた。

 

 

 

 

 

「ご静聴ありがとうございました」

 

俺が弾き終わり、そう言うと落合先生は軽く拍手をしてくれた。

 

「この演奏を此処だけで止めているのは勿体無い気しかしないわ」

 

落合先生の感想に苦笑いを返すと俺は楽譜をしまい、席を立つ。

 

「さて、俺もこの辺で帰りましょうかね」

 

それを口にした瞬間、インターホンが鳴り響く。

 

「あら、来ちゃったみたいね」

 

この時間に来るというのは間違いなく、井川 絵見だろう。

 

「こりゃ、めんどくさいことに」

 

俺は一歩手遅れだった現実に溜息を吐きながらもソファーに腰を下ろす。

 

「あら、帰らないのね」

 

「絵見はライバルですから練習を見るくらい普通でしょ?」

 

「フフフ、普通ね」

 

落合先生がそう言って玄関に向かい、絵見を中に迎え入れると案の定、絵見はソファーに座っている俺に気づく。

しかし、その目は友好的な目では無く、どちらかといえば憎き相手を目の前にしているみたいな目だ。

 

「佑樹……」

 

「よ、絵見。 練習か?」

 

此処にきてる辺りは練習以外に選択肢が無いにも関わらず、こう挨拶してしまうのは俺も絵見に友好的な関係を築けてないと自覚しているからだ。

 

「私は練習だけど、佑樹はなに? 此処は遊びでピアノを弾く場所じゃないのよ」

 

相変わらず、毒を含んだ言い方に俺は苦笑してしまう。

 

「別に遊びに来た訳じゃ無いんだけどな」

 

「そ、なら早く帰れば?」

 

さすがにこれ以上、居座ると絵見の演奏に怒りが入ってしまうので俺は素直に腰をあげる。

 

「わかったから、そう怖い顔すんなって」

 

「早く帰って」

 

俺はいつもと変わらない絵見に苦笑いとショックを出しながらドアを開け部屋から退出する。

 

「私は認めないから、佑樹の演奏を」

 

その最後のセリフには何も言い返せなかった。

 

 

 

 

 

 

次の日はいつもと変わらない金曜日だった。

ふと、昨日、絵見に言われた『俺の演奏を認めない』発言を思い出した。

俺の演奏ははっきり言うと好きな人には好きだろうし、嫌いな人には嫌いだと思う。

俺の演奏は譜面に忠実に楽譜を書いた作家の気持ちを俺の体験した似た気持ちに当て嵌めながら弾いていく。

良い風に言えば、作曲家の意思を汲み取る表現者。 悪い風に言えば、自分の気持ちを伝えられない凡才。

 

だから、有馬 公生に会った時は憧れと悔しさを覚えたものだ。

自分の理想型で譜面通り忠実に。

周りは操り人形だのと言っていたが、そんなことは俺は思わなかった。

あれこそ、練習に練習を繰り返し、努力を惜しまない者が到達する頂点なのだと。

しかし、それを前から感動していた絵見に言うと猛反発を食らったものだ。

当時も今も意味はわからないが、あの時から俺の演奏を絵見は認めてくれない。

 

そんなことを考えていると最後の授業も終わり、放課後を迎えた。

今日は音楽室が開いているのか疑問に思いながらも心の底では、今度は一人で有馬が音楽室にいないかと期待してしまう自分もいた。

 

しかし、音楽室には有馬の姿は無く、ピアノがポツンと置かれていた。

 

俺は椅子を引き、腰を下ろすと目を閉じ鍵盤に指を置く。

昨日と同じ感じになり、俺の集中力はマックスにまで跳ね上がる。

 

(此処は俺だけの世界)

 

そんなことを思いながら、俺は演奏し始めたのだった。

 

 

 

 

一通り弾き終わると、溜息と共に顔を上げた。

 

「おー、うまいうまい」

 

「え、誰?」

 

ドアに寄りかかるように立ちながらそこに居た女性はそう言った。

 

「あー、私は柏木 奈緒。 演奏が聞こえたから知り合いかと思って聴いてたよ」

 

「そっか」

 

俺はそれだけ言うと椅子から腰をあげ、カバンを持つ。

 

「あれ、もう終わりにしちゃうの?」

 

「うん、一曲だけにしようと思ってたからね」

 

俺はスタスタと柏木の横を通り抜けるようにして教室から出る。

 

「あ、君、名前は?」

 

「葉山 佑樹」

 

俺はそれを最後にその場から歩き出したのだった。

 

俺は学校から出ると連日となる落合先生の家へと訪問していた。

 

「で、佑樹、今日は何の用?」

 

椅子に座り、そう聞かれると俺はピアノから目を離さず淡々と答えた。

 

「別に、ただ、学校のピアノは余計なことを意識しちゃうような気がして」

 

多分、こんなことを言えば鋭い落合先生は気づくと思う。

だが、落合先生は「そう」と短く返答するとソファーに腰掛ける。

 

「そこから先はピアノで語ってみなさい」

 

その言葉に今度はピアノから目を離さないのではなく離せなくなってしまう。

 

「待ってはくれないのよ。 時間は」

 

俺は落合先生の言葉にゴクリと息を飲み込むと鍵盤に指を触れた。

 

(違う……俺の世界じゃなくなってる)

 

しかし、感じるのは不安。

臆病な自分が此処にいるという確信。

 

「弾けないのならそれでもいいわ。 でもそれでは有馬くんには勝てないわ」

 

落合先生の声が俺の心を抉り出す。

事実を言われ、靄がかかる道に更に闇を被せてくる。

 

「有馬くんと同じ土俵じゃ、勝てる者は居ないのよ」

 

わかってはいる。

有馬の完璧な譜面通りの演奏は有馬だけにしかできないものだろう。

だからこそ、俺の演奏の価値は消えていく。

 

「勝ちたいなら、有馬くんとは違う、葉山 佑樹だけの演奏を創り出すしかないのよ」

 

「俺だけの演奏……」

 

俺はようやくピアノから目を離すことができ、落合先生に目を向ける。

 

「明日、藤和ホールで演奏があるんだけど見に行って来なさい」

 

「演奏? それはピアノ?」

 

いくらコンクールから離れていたからといっても、コンクールについては調べている。

その為、明日ピアノの演奏があるなんて俺の中では知らない。

 

「違うわ、ヴァイオリンよ」

 

「ヴァイオリン?」

 

「時には違う楽器で息抜きでもしてきなさい」

 

落合先生はいつも的確なアドバイスをくれる。

だから今回も何かあるのだろう。

俺は素直に頷き、カバンを持って椅子から立ち上がる。

 

「今日はすいませんでした。 弾きもしないのに長居してしまって」

 

「ほんとよ。 佑樹の演奏は審査員からしたら大好きな演奏かもしれない。 でも同業者からしたら佑樹の演奏はつまらない。 この一言で済んじゃうのよ」

 

「随分と辛口ですね」

 

苦笑いしてそう言うと、俺はお辞儀して家から出る。

 

「ヴァイオリン……か」

 

星が光る空に俺の声は儚く消えていくのだった。

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