「うわぁ……。人がいっぱい」
「なぜ僕はここにいるのだろう。既に若干後悔してます。はい」
人生で初めてではないかと思われる人一杯。さっきまでの電車で十分わかっていたことだが、やはりこの国には人気と言う名の活気があった。そして人がゴミの様だを如実に表している主要都市は中々新鮮味があった。
もっとも、すぐにその新鮮味は煩わしさに変ってしまったのだが。
「迎えとかはないのか」
「タカミチが駅に来てくれてるはずだったんだけど……」
「いないではないか。来ないではないか」
「うん」
見えず分からず察せず。迎えのはずの若老い、ヘビースモーカーの称号を持つスモーク野郎タカミチの姿はそこになく、姿形がなさ過ぎて、愛猫のクロが欠伸をしてしまう程に時間が過ぎた。
飽きて空きて飽きた。ネギとも何度か相談して、この飽きに対する結論を出す。悪いのはどう考えてもタカミチなのだが、飽きにはどう対処するか。
結論、勝手に行こう。
来ねえならこっちから行ってやると。首洗って待っていろよと。そういうことで歩き出す。地図のようなものは渡されていたし、いざとなれば駅員にでも「ま、麻帆良学園ってど、どこすかね、えへへへへへ。ぐふ」とでも聞けばいい。
どうやっても辿り着く未来しか見えない。フラグですね、折りましょう。
フラグをばっきばきに粉砕骨折させたところで重要な事実に気が付く。
「というか遅刻してる?」
「えっと」
ネギは愛用の懐中時計を取り出し時間を確認した。
「8時」
「ほーん。何時までに着けばよかったんだっけ?」
「8時」
「正確に今の時間を」
「8時1分6秒」
「甘い物食っていこうぜ。バニラアイスでも食べたい気分」
「僕あんこって言うのが食べてみたい」
和菓子と洋菓子。スイーツ専門店にでも行けばあるのかしら。なければそこらのコンビニで何か適当に買えばいいや。
「抹茶って美味しいのかな?」
「抹茶入りの緑茶飲んだことあるけど苦かったな」
「苦いのかあ……。抹茶味のアイスってあるけどあれはどうなんだろう? 甘いのかな? 苦いのかな?」
「ビターチョコは甘くて苦いだろ。似たようなもん」
「なるほど」
ぶらりぶらりと街を歩く。どこか良さげな店はないかと探し歩く。
5分も歩いて見つけた店に入り、餡蜜を頼む。あんことか白玉とか、何か色々入っていて、あんこをご所望だったネギは満足したようだった。
「あんこ美味しかったよ。また食べたいなあ」
「機会なんかいくらでもあるさ。何年いるんだ」
二年か三年か。たぶんそれくらい。
さて、8時30分も過ぎて、さっきの店の店員に麻帆良学園の場所を聞けたのでいい加減に行くことにした。
そろそろタカミチも焦っていると思うので、もう少し焦らしてYシャツをびっしゃりにしたかったのだが、如何せんネギがうるさい。
責任感ありすぎて生真面目すぎるよー。これはネギ改造計画を推進せざるを得ない。
最低でも自分の仕事ほっぽり出した奴にはもっと痛い目見せよう、と思える程度には改造したい。たとえ止むに止まれぬ急用だとしても多少のお茶目ぐらい笑ってこなすぐらいにはしてみせよう。
「退いて退いて!!」
ネギ改造計画書(魔)を広げていると後ろから大声が。朝早くから迷惑だな。選挙カーでも朝はもう少し遠慮してるぞ。
まあ、それはともかく退けて退けてとうるさいから少し右に退けてやった。そしたら今度は後ろのネギの目に計画書が映ったのか、「それ何それ何」とうるさくなったので設計図とだけ言っておく。何の設計図とは敢えて言わない。言ったらこの設計図の命はない。
「明日菜~。もうちょい急がんとあかんで~」
「分かってるわよ!」
横をぶん、と通りすぎる人影一つ。すいー、と通る人影一つ。計二つ。どっちも女の子だけど前者はどう考えても女じゃありません。ゴリラです。力強さに天と地ほどの違いがある。立派なゴリラです。
横目でそれを見送って、計画書に目を移す。欠点、改善点を事細かに記してあるそれは、今後のネギの成長に必要不可欠なアイテムだ。どう成長させるかは個人の勝手ですけどね。
ちなみに欠点の欄には生真面目とか空気が読めないとか常識知らずとか書いてある。いやー、無邪気に無意識に悪意のない善意ほど厄介な物はないね。
「あの、あなた失恋の相が出てますよ」
当の本人に目をやると、そんなことを言って女の子の足止めしていた。
お前本当、ふざけんなよ。
「は、はあ!?」
態々急いでる所引き留めて何言うかと思ったらそんなこと。ぽかんとした顔から一転。怒髪天を衝いたまじ怒り顔になる女子学生。あ、本当に失恋の相が出てますね。
「な、何なのよあんた!!?」
「え、いや、あの……。失恋の相が出てますよって……」
「そんなこと聞いてるんじゃないわよ!! なんで見ず知らずのあんたにそんなこと言われなきゃなんないのって言ってるのよ!!!!」
マシンガンばりに出るわ出るわの怒りマーク。まあ、急いでる時にこんなこと言われたら怒るよね。心に余裕ないもんね。ましてや恋に恋する思春期だもんね。仕方ないね。
「まあまあアスナ」
「止めないで木乃香! あたしはこのガキに礼儀ってものを教えないといけないのよ!!」
「んー、でもそないなことしとったら遅刻しはるよ?」
「ぐっ」
「急がんと、な?」
「くっ……。あんた、覚えてなさいよ」
そのまま、ずだだと走り去る女子学生二人。一人はネギを睨み、一人は笑顔で手を振りながら去って行った。
後者はともかく前者はまるで嵐の様だった。その嵐を呼びよせて悪化させたのはネギであるけど、傍から見てた分にはその自業自得がなかなか面白い。
「マギ……」
「呼んだ?」
10mばかり離れた場所から近づく。今の今まで僕関係ないですからの空気を纏って態度に出していたから、そのことがネギは気にくわないらしい。要はお前も怒られろと。嫌だよ。
「…………」
「じと目で訴えられてもなあ」
僕困っちゃう。なに大丈夫良い事あるさ。きっとたぶんおそらくね。
「とっとと行こうぜ」
拗ねて返事のないネギを無理矢理押して、先に進む。目の前に見える麻帆良学園へと。
「ほっほっほ。よく来てくれたのお」
なんだこの後頭部。麻帆良学園の学園長室に訪れて最初に思ったのがそれだった。
「迎えのはずのタカミチ君が急用での。すぐに代理の者を寄こしたんじゃが、その時には既に君たちは居らんかった。しかし無事に着いたようで何よりじゃ」
「あ、気にしないでください。僕らも勝手に動いてしまいましたから」
「そう言ってくれるとこちらも助かる」
ははは、ほほほとにこやかに笑い合う学園長とネギ。さっきまで不貞腐れていたとは思えない変わり身だ。
ちらっ、と時計に目をやると既に8時も50分。この学園では朝のSHは何分から始めているのだろうか。
そんなことをネギと学園長の話をBGMに考えていると、ドアがノックされた。
「失礼しまーす」
「失礼します」
「失礼します」
知らない声二つと聞き覚えのある声一つ。
振り返ると、そこには先ほどの嵐のような女子学生と知らない顔が二人。知らない方はどっちも金髪。片方は多分先生かな。見た目的に。小皺的に。雰囲気的に。
「あ、あんた!?」
あちらさんもネギに気が付いたのかずんずんと近づいてくる。まだ怒りは冷めていないようだ。ネギ危うし。
「さっきはよくも――――」
「やめなさい」
しかし、ネギに掴みかかりそうになったその嵐を金髪の娘が後ろから羽交い絞めすることで止める。ネギセーフ。
「ちょ、離していいんちょ!」
「いきなり子供に掴みかかろうとする人をおいそれと離せると思いまして?」
いいぞ。そのまま寝技に持ち込んで四の字固めだ。
余りの白熱振りに、ついつい腰を上げて応援してしまいそうになる。元々腰は上げていて、応援なんかとてもじゃないけどできる空気じゃないのでしないけど。
「えっと……」
困惑するネギに先生と思しき人が助け舟を出した。
「紹介しますね。こちら今日からネギ君とマギ君が担当する2-Aの生徒の神楽坂アスナさんと雪広あやかさんです」
先生っぽい人に紹介される。どーもマギでーす。
「それで神楽坂さん、雪広さん。こちら今日からあなたたちのクラスの担任と副担任になるネギ・スプリングフィールド君とマギ・スプリングフィールド君」
「初めまして、ネギです。あの、さきほどは失礼を……」
「そうよ、あんた! さっきはよくも変なこと言ってくれたわね!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
春のネギ謝罪祭り始まるよ。ネギをどれだけ多く謝罪させるかを競うお祭りだよ。皆もやってみてね。まずは僕が初陣だよ。
ごめんで済めば警察はいらねえんだよ、おぉ!?
「アスナさん? 貴方たちの間に何があったのかは存じ上げませんけども」
「何よ?」
「これ以上この子をいじめるようなら、わたくしがお相手しますわよ」
「は? いいんちょ、私を裏切るって言うの?」
「裏切るも何も、わたくしは最初からネギ先生の味方ですわ」
ほっほっほと笑いながら滑らかな動きでネギに頬ずりする変態。
良い肌してるでしょ? これが子供の肌です。すべすべ具合が全く違いますよ。
これ以上このガキに突っかかるようならいいんちょに投げられそうだと、身の危険を感じ矛先を変える神楽坂さん。変態には極力関わらないことをお勧めします。
「学園長! こんな子供が担任なんていいんですか!?」
「いいんじゃよ。許可は取ってある」
はて、誰の許可ですかね? 法律に特例設けると後後面倒くさいですよ?
学園長がさらりと矛を受け流したことにより、いよいよ怒りのぶつけ場所を見失った神楽坂さん。
背後にはいつまでもネギに頬ずりを続ける雪広さんに、口に手を被せて上品に笑う先生(仮)。
目の前には妖怪然として飄々としている学園長と、三人中二人がアブノーマル。残る一人もノーマルではあるが味方ではないという悲惨な光景。傍から見ても正論ぶっかけて行った神楽坂さんには同情せざるを得ない。
しかもネギが赴任してしまった以上平和な学園生活など送れようはずもないから、その同情心はさらに二乗ぐらいにはなってしまう。
かわいそうだなー。
何とか、何とかできないかと一縷の望みをもってこちらを睨んできた神楽坂さん。
俺はそれに対して、子供らしい純な笑顔で手を振っておいた。
「皆さん! 朗報ですわよ!」
上から落ちてくる黒板消しに一切の注意を振り払わず、直撃を受けてなおその勢いは欠片も削がれない。
教室にいたクラスメイト達に物理的にも精神的にも引かれながら、2-Aの委員長、雪広 あやかは新任の先生の存在を熱く語り始めた。
「新しい先生ですわ! 新しい先生ですわよ! 予想の斜め上を行く素晴らしいお方でしたわ! わたくしこれまで生きてきて本当に良かったと――――」
「あ、そう……」
雪広さんのネギに対する情熱っぷりたるや何かの病気じゃないのかと疑ってしまう。末期には鼻から情熱が溢れだしそうですね。
「はーい! 雪広さんも他の皆さんも席に着いてくださいねー」
クラスの委員長が暴走を続けてしまっている現状、ついに先生が動きだす。先ほど見た目からして先生だろうなと予想していた人。名前は源 しずか先生。
手をパンパンと叩き、暴走していた雪広さんはおろか不機嫌な神楽坂さん、周りでテンションガタ落ちだった生徒たち全員をわずか数秒で席に着かす。
その見事なお手並みはさすが教師と呼べるもので、これから形だけとは言え教師になる俺たちにとってはとてつもなく眩しい物であった。
これ、実際にやってみろと言われたら全力で匙を投げる所存である。だって雪広さんいるし。
「さて、皆さんは既に知っているかもしれませんが、日頃からご多忙であった高畑先生に代わり、新しい先生が二人いらっしゃいました」
「え!?」
どうやら知らなかった人が一人いたようで、ツインテールに鈴をつけ、40分ぐらい前に嵐とかゴリラとか言われたその人は席から立ち上がりながら、高畑先生の担任クビを今知りましたと全身で表現しつつ、一応やっとくか程度の意味合いで声を大にして不満を叫んだ。
「じゃあ高畑先生はクビってことですか?」
いや、違う。というかその誤解を生む表現止めろよ。止めて差し上げろよ。
世の中には言ってはいけないこともあるんだよ。例え心の中では分かっていても声には出さないのが優しさってものだろ。
だから担任クビになったタカミチのことはしばらく放っておいてやれ。
「そうですね。そういうことになります」
いい加減面倒くさくなっているのか、段々受け答えが雑になってきた源先生。
時間に余裕がないのはさっきから時計をチラチラ見ている所作で十分承知しているので、せめて担任をクビか教師をクビなのか、二階建て一軒家の全長ぐらいの差はありそうな誤解は解いておいてください。
あ、どっちにしても経歴に泥塗ってるだろとかいうツッコミはノーサンキュー。
「では早速ですが紹介します」
源先生が目で合図を送ってくる。白目で呆けている神楽坂さんが気になる所だが、これは今行くしかあるまい。
「失礼します」
「しまーす」
ネギを楯にするように恐る恐る教室に入る。扉の開く音によって一斉に数十の眼が光線のように突き刺さる。
それらはほとんどが前にいるネギへ向いており、ネギはその高い威力にひうっと怯えた。
「向かって左がネギ・スプリングフィールド先生。右ちょっと後ろにいらっしゃるのがマギ・スプリングフィールド先生です。年齢は皆さんよりもお若いですが、きちんと英国で教職課程を修了していますので安心してください」
それでは、といきなり話を振られる。
こんな皆様ワクワクしていらっしゃる中での挨拶とか9歳児にはきついです。うぇーん、怖いよぉ。おねえちゃーん、とかの泣き落としは通じないんだろうなぁ。
ネギと目と目で語り合うアイコンタクト。
"どっちからやる?"
"最初は遠慮するわ。どうぞ、そちらから始めてください"
"えー?"
「はーい! ちょっと待ったー!!」
お互いに一番の譲り合いという、文字だけで見たら美談なことをしていると一人の女の子が躍り出てきた。
「皆さん色々聞きたいことあってうずうずしていると思うけど、ここはこの『麻帆良のパパラッチ』こと朝倉にお任せあれ!」
びしっと報道部と書かれた腕章を強調しながらポーズを決める朝倉さん。
なんていうか、随分おかしな異名を持っている。それは普通、不本意じゃないのか。
なんかぶーぶー言われながらも皆を宥め、最終的に同意を得られたようで、朝倉さんはメモ帳にペンを持ち、鼻息荒く急接近してきた。
「よし。じゃあ早速色々聞いていこうかねー。あ私、朝倉 和美って言うんだ。どうぞよろしく、ネギ君にマギ君」
「よろしくお願いします」
「よろ」
「じゃあ早速ですが、お二人は兄弟ですか?」
「はい」
「どちらがお兄さん?」
「一応、俺」
「僕たち双子なんです」
「ほう。……年齢は?」
「9歳です」
「若いねえ。ご出身は?」
「イギリスのウェールズと言うところから来ました」
「どんなところ?」
「寒い」
「自然に囲まれていて空気が澄んでいる、暮らしやすいところです」
「9歳で教師って凄いよね。不安とかない?」
「もちろんありますけど、大人な皆さんの胸を借りるつもりで頑張りたいと思います」
「なるほど。ん、なんですか源先生? これからもっと踏み込んだことを――――。え、あ、はい。分かりました。……では、時間もないですし最後に何か一言ずついただこうかな。まずはネギ君から」
「まだまだ未熟者で皆さんにも何かと迷惑を掛けてしまうかもしれません。ですが精一杯努力していくつもりです。どうぞよろしくお願いします」
お、さっきまで不貞腐れて且つ怯えていたとは思えない堂々っぷり。
この見せかけの皮の厚さは見習うべきものがあるかもしれない。中身が伴えば一級品だ。
そんな風に他人事のように観察していたら、感心したようにぱちぱちと拍手をしていた朝倉さんから、ずいっとマイク代わりのペンを向けられて何か一言を要求される。
その目にはどこか期待が込められており、『同じ9歳なんだから弟君と同じぐらいの内容のスピーチはいけるよね?』と訴えている。
無理。
「あー……。まあ、何か迷惑を掛けるとしたらネギなんで、ネギのフォローを前面に押し出しつつやっていきます。どうぞ、よろしく」
ネギをdisりつつ無難なスピーチを展開。大したこと言ってない所は、子供だし大目に見てくれるよね?
ぱちぱちと疎らに響く拍手の合間に、授業の終わりを知らせる鐘の音を聞きながら新しい生活の始まりを実感する。
とりあえずは、いきなり問題児扱いされて怒り心頭のネギのご機嫌を伺いながら、職員室に向かうとしよう。
この先の展開がどう捻っても面白くならないので短編として投稿。
できれば魔法ばれまで書きたかった。