ネギま! ネギの兄として   作:紺南

3 / 3
 vs エヴァンジェリン(笑)

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

3-A所属。出席番号は26。見目麗しい金髪の幼女であるがゆえ、如何せん発育不足感が否めない。

 

そんな少女だが、自分の担当する保健体育の授業でその姿を見た覚えがない。ネギが言うには英語の授業にも出席していないらしい。早い話が問題児である。

 

これは早急に何とかせんといかんなと思っていたところから、物語は始まる。

 

さて、物語の冒頭。4月8日の夜、夕食の席でのこと。

いつもよりも早く夕飯を食べ終わったネギは、味噌汁を啜っているマギへ神妙な顔を見せた。

 

「捜査しよう」

 

ネギが何を言ったのか、言葉足らずで要領を得ず、マギは聞き返す。

 

「え、なんだって?」

 

「桜並木の吸血事件の捜査しようよ」

 

「な、なんだってー!?」

 

今日、佐々木まき絵が桜通りで居眠りをこき、身体検査に遅れるという事件があった。

マギはその時、メジャー片手に生徒たちのスリーサイズを測っていたので詳しくは知らないが、何やら当人には吸血痕らしきものがあったそうだ。

 

教え子が被害者になってしまった以上、教師である自分たちが動かずして誰が動くのかと、ネギは瞳に燃える炎を宿して熱く語った。

紙メンタルの癖して格好いいこと言うじゃないかとマギも何となく頷き、早速今晩から桜通りをパトロールすることとなる。

完全な奉仕活動。マギが報酬も何もないそんな活動をするとは通常では考えられなかったのだが、その時だけは頷いてしまった。

 

「春と言えどもまだ外は寒いぞ。着込めよ」

 

「でもそれじゃあ、もしもの時動けないけど」

 

「もしもなんてない」

 

「そうだね」

 

大した思いも、大それた覚悟もなく、何となくで始めたこの捜査に、後々後悔することになるのは必然だった。

 

「あ、カモ君も連れて行って良い?」

 

「鎖の鍵失くした」

 

「え」

 

「嘘だろ旦那ああああああああああああああああああああ!!!!!!???????????」

 

檻の中の小動物が絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜通り。文字通り桜の木が何本も植えられ、春になると桜の花が舞い、綺麗な景色が見られる。

今日みたな良い月が出ている晩は、夜桜に月の光が反射して格別綺麗である。

 

「夜散歩しても見るのは変質者か吸血鬼ぐらいだ。平和な土地だな」

 

「そうだねえ」

 

「残念だが、吸血鬼が出る時点で安全ではないぞ」

 

聞こえた声。目の前で倒れている綾瀬のどか。

それに覆いかぶさるような体勢で口の端から血を溢す金髪幼女。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 

ゆっくりと立ち上がった彼女はネギたちに悪どい笑みを見せた後、偉そうな口調で問うた。

 

「こんな夜更けに一体どうした? 善い子供は寝ないと駄目じゃないか」

 

くっくっく。風の吹く音以外にはその笑い声だけが響く。どの口が言っているのか。

 

「ふっ。本当はもう少し魔力が溜まってからのつもりだったのだがな。ここで会ったのも何かの縁だ。少し遊んでやろう」

 

フラスコに入った液体がばらまかれ、空気に魔力が充満するのを二人は感じた。明らかな戦闘態勢。

 

――――いきなりなんだこいつ。

 

マギとネギの思いは重なり、お互いに顔を見合わせる。そして、

 

「魔法の射手炎の5矢」

 

マギが不意に攻撃した。

ほとんど奇襲に近い無詠唱魔法だったが、エヴァンジェリンはその魔法を跳ぶことで軽々躱す。

 

「はっ、いきなり攻撃とは正義の魔法使いらしくないな」

 

「そうかね?」

 

何だか厨二臭い言葉に辟易しながら、マギも跳んで、エヴァンジェリンに急接近。

 

「悪を倒すためには一々慎んでられないのだ」

 

再び炎の射手。ただし今度は連弾。

エヴァンジェリンはそれを魔法障壁で防御し、高笑い。

 

「はっはっ!! 悪を殺すために手段を選ばないその矛盾! いいぞ、わたし好みだ!」

 

エヴァンジェリンの右手に魔力が集束する。魔法攻撃がくる。

 

「集え氷精! 弾けて凍れ!」

 

「炎楯」

 

発生した凍気。それは炎の楯で防がれ、爆風を生む。魔法同士がぶつかった衝撃波に乗り距離を取った。

先ほどから響く爆音爆音&爆音。結界も張っていないこんな場所でいつまでも戦っていられない。

そう判断したマギはネギに大声で確認する。

 

「ネギー!」

 

「のどかさん確保!」

 

「よっし逃げるぞ!!」

 

「……なに?」

 

マギは詠唱を始めた。

"ものみな 焼き尽くす浄化の炎 破壊の王にして再生の徴よ 我が手に宿りて敵を食らえ"

 

「赤き焔!」

 

エヴァンジェリンの視界に広がる炎。障壁で防いだので、ダメージはないまでも目くらましには十分だ。

その隙に瞬動瞬動瞬動。急げや急げ。鬼の来ぬ間に。

 

「くっ、逃がすと……。っておい! 本当に逃げるのか!? おい!!」

 

後ろ、はるか遠くから聞こえる声。

そのどこか寂しさが籠る声を無視するのは、さすがのマギも気が咎めた。

 

仕方がない。本当なら吃驚驚きサプライズのつもりだったが、今ここで伝えておこう。

 

「明日家庭訪問行くからァ!! おいしい茶菓子用意しておけよぉ!!」

 

聞こえたかどうか。返事はない。でも行く。

明日行くからな。ネギも一緒だぞ。本当に行くぞ。なんなら今からでも行くぞ。

 

夜道を疾走する影二つ。生徒寮に綾瀬のどかを届けるため、スプリンフィールド宅配は今日から行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、早朝からネギと作戦会議。

昨晩は途中で起床して顔真っ赤っかの綾瀬を寮に届けた後、マクダウェル家に深夜の家庭訪問に行こうかと思ったのだが、カモの並々ならぬ静止により結局は取りやめになった。

 

曰く、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは本当にやばいらしい。

 

600万ドルの賞金首。数百年を生きる真祖の吸血鬼。殺した人間数知れず。なまはげ同様の扱いを受け、見たら死ぬと言われる最恐最悪の魔法使い。

 

そんな話を聞かされれば紙メンタルのネギは恐怖に慄き、「今日は止めよう」と言うのも当然だ。カモもその言葉を聞いて安堵に胸をなでおろした。

そして、一連のお話の後、歯を磨いている最中に付け足された「でも明日は行くぞ」の声にカモは絶句した。

 

「本気かよ旦那!?」

 

「本気も何も前から決めてたし」

 

「相手は真祖の吸血鬼だぜ!? 家に入った瞬間殺されちまうよ!」

 

「大丈夫だろ。多分」

 

確証のない自信がカモを貫く。

にべもなく、カモが何か言う前にネギもマギも寝る準備を始めた。

檻の中から訴えかける言葉は被せられた布に遮られ、檻の中で虚しく木霊する。

それが昨夜までの出来事。

 

早朝、朝ごはんの支度を始めるネギ。

それに続いて起きるマギ。カモはこれ幸いと昨晩の主張を改めて訴える。

 

「旦那、兄貴! 聞いてくれ! 真祖の吸血鬼は本当にやばい! 一度戦って逃げ切れてる時点で奇跡に近いんだ! のこのこと出向くなんて自殺行為だ! 旦那、考え直してくれ!」

 

「醤油がないな」

 

「買ってこないとないね」

 

「家庭訪問の帰りに買ってくるか」

 

「チラシ見ておくね」

 

「良い特売やってないかな」

 

「旦那あああああ!!」

 

家庭訪問実施決定。

 

「せめて……、せめて俺っちを檻から出してくれ! 解放してから行ってくれ!」

 

女子生徒寮に侵入し、神楽坂明日菜に殺されかけたカモ。

檻に閉じ込めておくのが、カモ救出作戦の結果、最大に譲歩された妥協案なので、ここで開放するとカモの命はおろかネギの命も危うい。マギに関しては真っ先にに殺される。

女の恨みは執念深いとネギたちに悟らせた出来事である。

 

「お前は暫くそこだ」

 

「そんな……。そんなぁ……!!」

 

地面に拳を打ち付けるカモ。望みは叶わず、言葉は届かない。

何と己の腕の無力なことか。彼は餓死する覚悟をして、この日一日を過ごした。

 

 

 

そして授業を無事に終え、待ちに待った放課後。エヴァンジェリンは午前の授業で延々睨みを利かせ、午後には行方をくらませた。

多分家で今か今かと布団に頭を突っ込んで待っているに違いない。

 

萌え。

 

「さあ行くぞネギ。にんにくの準備は出来たか?」

 

「十字架なら作っておいたよ」

 

「十分だ。さあ、行こう」

 

真祖の吸血鬼対策は万端に、二人で個人情報の記された紙片手に学園の敷地内にぽつんと建っているコテージへと向かう。

 

コテージに着き早々、扉の前には出席番号10の絡繰茶々丸の姿が。

頭についた変な機械がぴこんぴこんと上下している。

 

二人、紙を見ると確かに絡繰茶々丸の住所はこのコテージになっていた。

 

「やあ」

 

「こんにちは。茶々丸さん」

 

「お待ちしていました。マギ先生、ネギ先生」

 

ぺこりとお辞儀をした絡繰に気やら魔力やらは感じられない。

元々機械なのだから感じられないのは当たり前だ。

 

言いたいことは戦意が感じられないと言うこと。戦おうというつもりはないようだ。

 

「マスターがお待ちです。どうぞこちらへ」

 

促されたのはコテージの中。二人は特に警戒することもなく普通にコテージへと入った。

 

「待っていたぞ、坊やたち」

 

中には椅子に存大な態度で腰かけ、トマトジュースを呷る真祖の吸血鬼。

悲しいかな。彼女の容貌と背後の微笑ましいぬいぐるみとが相まって、吸血鬼らしい威厳は欠片も見えない。

 

「宣言通り家庭訪問に来たぞ。もてなせよ」

 

「お邪魔します。エヴァンジェリンさん」

 

「ふん」

 

茶々丸に勧められ、エヴァンジェリンの対面の席に着席した二人は持ってきたバックから数枚のプリントを取り出す。

そしてマギが深刻そうに話し始めた。

 

「さて、絡繰さん。エヴァンジェリンさんのことなんですが」

 

「はい」

 

「あまりにも授業態度が悪い。また、英語や保険体育にはほとんど出席していないということで、今日こうしてお家を訪ねさせてもらいました」

 

「……はい」

 

「成績自体ははそれほど悪くはありません。中の下と言ったところです。ほぼ全ての授業をボイコット且つ居眠りかましているにしては奇跡的な数値です」

 

ネギ引き継いて喋る。

 

「これは僕個人の考えですが、エヴァンジェリンさんはやればできる子です。まだ遅くありません。僕たちが全面的に協力していきます。これからゆっくり、矯正していきましょう」

 

「はい……。ネギ先生、マギ先生……、よろしくお願いします」

 

「任せてください。これから俺たち二人でこの吸血鬼を更生させて見せます」

 

茶々丸が涙を拭く演技をし、マギがそれを見て拳を握り意気込む。ネギも横で深く頷く。

ただ一人、この場の空気に感銘を受けなかった成績中の下、素行不良のエヴァンジェリンは苛立ちながら呟いた。

 

「……………………茶番は終わりか?」

 

「待って。まだ。これから三人で泣くから」

 

「茶々丸、茶を持ってこい。ついでに菓子もだ。こいつらには一番安いのでいい」

 

「かしこまりました」

 

茶々丸が主人命令で席を立ち、茶番は強制的に終わった。

それを見て、ネギは一枚のプリントを残し他のプリントはバックに戻す。

その残ったプリントを突きつけ、マギは言った。

 

「おい、出席日数足りてないからこのままじゃ卒業できないぞ」

 

「はっ。貴様私に喧嘩売っているのか? 卒業などはなっから出来んわ!!」

 

テーブルに拳を叩きつけながらの怒声にネギが怯む。逆にマギが気勢を上げた。

 

「ああん? そうやって最初から諦めてるから卒業できねえんだよ! 諦めんな! お前なら出来る! 登校地獄なんかに屈するな! それでも真祖の吸血鬼かよ!」

 

「真祖だろうと出来ん物は出来ん! 大体私がこうなっているのもお前らの父親が滅茶苦茶な呪文をかけたせいなんだぞ!? 責任を取れ!」

 

「知らねえよそんなもん。顔を見たこともない親父の代わりに責任なんか取れるか! 本人に取らせろ、生きてるから!」

 

「なんだと!?」

 

だんっとエヴァンジェリンが立ち上がった。

その眼はまっすぐマギを見ており、いまの言葉の真偽を探っている。

数瞬して、マギからネギへと視線は移った。

 

「おい、今の話は本当か?」

 

「え、ぼく?」

 

「貴様以外に誰がいる? さっさと答えろ!」

 

「は、はい!」

 

説明。

村が悪魔に襲われたこと。

それで絶体絶命の危機に陥ったこと。

その時助けてくれた人がいること。

その人が杖をくれ、祖父に確認したところ、それはナギが持っていた杖と一緒の物だと言う事。

 

その辺りの事をざっくらばんに説明した。

 

「…………」

 

話が終わった後、エヴァンジェリンは無言で瞑目していた。

マギとネギは茶々丸が淹れてくれたお茶を飲みつつ、エヴァンジェリンが何か言うのを静かに待っている。

数分たって、いい加減焦れたマギが、エヴァンジェリンに向けて十字架とにんにくを投げつけようとした時だった。

 

「そうか……。奴は生きているか」

 

何だか言い知れない感情の籠った呟き。

それを聞いて、さすがのマギも投げつけるのを躊躇した。躊躇しただけで投げつけはした。

 

悠々と躱したエヴァンジェリンは、茶々丸に命じる。

 

「茶々丸。計画は中止だ。奴が生きているのなら奴自身に呪いを解かす」

 

「はい。マスター」

 

何を言っているのかちんぷんかんぷんなネギ。

何のことだろう、とマギに尋ねた。マギは首を横に振って言う。

 

「ババアの考えることはわからん」

 

「聞こえているぞ」

 

ぎろりと威圧感が二人を襲う。ネギが怯え、マギは視線を逸らした。

そんな二人を見て、エヴァンジェリンは鼻を鳴らす。

 

「ふん。何かと癪に障る奴らだが、ナギが生きていることを教えてくれたことには礼を言おう」

 

偉そうにふんぞり返りながら上から目線での感謝。

さすが真祖の吸血鬼は傲慢だ。

 

「礼なら行動で示してもらおうか。明日から授業に出るな?」

 

「それはそれ。これはこれだ。授業に出るか出ないかはその日の気分次第だ」

 

マギの額に青筋ぴきり。

 

「まあ、しかし感謝はしているからな。前向きに善処するさ。前向きにな」

 

政治家のようなのらりくらりとした答弁もどきに、ついにマギの堪忍袋の緒が切れる。

『よろしい、ならば戦争だ』そんな幻聴がネギには聞こえた。

 

「いよぉし。先生怒っちゃったぞお」

 

いそいそと帰り支度を始めたマギがそうのたまった。

「あ、やるんだ」とネギの顔色が真っ青になり、エヴァンジェリンが怪訝げに二人を見る。

その表情は、マギがカバンの奥の奥から取り出して突きつけたそれを見て、驚きへと変わる。

 

「吸血鬼退治だ。生徒と先生の上下関係を体に教え込んでやる」

 

『決闘状』と書かれたそれは、稚拙な字で宿題プリントの裏に書かれていた。

宿題ついでに決闘を申し込まれた事実に、エヴァンジェリンは複雑な表情をして、マギの正気を問う。

 

「貴様馬鹿か?」

 

「馬鹿はお前だ。中の下」

 

馬鹿レンジャーが新しい席を用意して手ぐすねを引いて待ってたぞと、ぞっとする事実を聞かされ、「しかしどうせならもっとちゃんとした紙に書いて来いなんだこれは宿題か」という思いも抱く。

もしこれがきちんとした様式で書かれていた決闘状だったのなら喜んで受けていただろう。どこかぱっとしないのはやっぱりこの紙のせいなのだ。

 

たった一枚の紙でここまで士気を削ぐとは……。

戦いは今から始まっている。

 

「日時はお前の好きな時で良いぞ」

 

「……いや、本当にやるのか?」

 

「やるに決まているだろ。何だ逃げるのか? はっ、さすが真祖の吸血鬼(笑)は格が違いますねえ」

 

「一か月後の満月の日だ。殺してやる」

 

「OK」

 

決闘の日付があっさりと決まる。

次いで、エヴァンジェリンと茶々丸 vs マギとネギで行い、一般人を巻き込まないように配慮して行うことが取り決められた。

 

マギ達が負けた場合は命の危険と、ネギがエヴァンジェリンの下僕に。

勝った場合はエヴァンジェリンが向こう二年間優等生を演じることで話は決まる。

 

「よおし、覚悟しとけよ吸血鬼。お前の苦手なニンニク十字架流水日光炎杭銀、全部もれなくお見舞いしてやるからな」

 

「別にかまわんが、私は真祖だからほとんど効かんぞ」

 

「最悪落とし穴に引っかけて全部投げ込むから大丈夫」

 

「……ああ、やはり親子か」

 

エヴァの目は昔を思い出して虚ろになる。

マギは「こいつ何か変なこと思い出してるな」と胡乱気に、ネギは今更ながら事の重大さに気づき声もなく「あわわわ」と震えていた。

 

茶々丸のくすくす笑いが触りの良い空間だった。


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