他のキャラも『わたし』だろうと『わたくし』だろうと『私』で表記しますので。
いま俺の目の前には一人の少女がいる。
それもこの国の皇女、カルラゥアツゥレイだ。
「私にはこの国の行く末が分かります。
生まれ持った強さのみに胡坐(あぐら)をかいているようなギリヤギナ族が支配を続けていてはこの国は終わると思います。
ですので貴方にはギリヤギナとシャクコポル、両種族とこの国の未来のために協力してほしいのですわ」
「……」
俺は正直、皇女様には興味なかったし、俺と同じくらいのガキでしかない少女の戯言に付き合ってやるほどお人好しでもなかった。
ただ、彼女が皇の娘で、俺が剣奴だから聞いていてやっただけだった。
そのはずだった……。
「私は思うのです。
この国の民の半数であるシャクコポル族は奴隷としてしか私たちギリヤギナと接点を持っていない。
そんなのはあまりにも悲しすぎますわ。
だから……、私と同じ気持ちを持っているでしょう貴方の力を借りたいのです」
何故か惹かれた。
その目は真剣そのものだったのだ。
確かに他のシャクコポル族と違って、俺は母の唯一残してくれた言葉に従ってギリヤギナ族を恨んではいない。
だが、別段好いているわけでもない。
皇族とは言え、こんな少女の頼みなど断っても良かったのだろうが、俺の口から出たのは別の言葉だった。
「……あぁ」
短いが肯定の言葉。
言った本人である俺でさえ驚く言葉だった。
それだけを聞くと満足げにカルラゥアツゥレイ皇女は嬉しそうな顔をしながら、「また来る」と言ってその夜は牢屋を後にした。
「……友……か」
俺には心なんて無いものと思っていたが、どうやらそれは人一倍鈍くなければ生き残れなかった自分の境遇が無意識に感情に蓋をしたのだろう。
皇女が去ったあと、胸に熱いものがこみ上げてきた気がした。
「せいっ!」
次の日もいつものように他者の血を浴びながら勝ち取った『生』に浸る。
相手は両手にナイフを持つ二刀流だったが、如何せん経験不足だった。
俺は右手に持つ曲剣を大振りし、わざと受けさせ、そのまま左手に持つダガーで相手の防御に使ったナイフを弾く。
胴体がガラ空きになったところに、もう一度右手の曲剣を滑るように斬りつけることで相手の心臓までを深々と切り裂いて終わった。
そして牢へと帰り枷を嵌められたまま牢屋の薄い布を敷いただけの寝床に横になっていた。
「また来ましたわ」
「……また来たのか」
昨日と同じように現れたのは、やはりカルラゥアツゥレイ様だ。
昨日と同じく一人でやってきているが、俺が怖くはないのだろうか?
枷こそ嵌められて牢に入れられているとはいえ、少なくとも剣奴に近づこうと考える奴がまともな頭をしているとは思えない。
自分が襲われるかもしれないという可能性を本当に考えていないのだろうか?
「良かった。
昨日は返事をもらっただけで、会話とは言えませんでしたから。
今日は貴方ともう少し仲良くなりたいのですわ」
「……別にあんたの夢を実現するのには俺でなくてもいいだろう。
俺はシャクコポル族だ。
命令されたならば皇女様の夢物語にも付き合うが、それが実現するとは到底思えない」
彼女の提案に心が揺れないと言えば嘘になる。
目の前の少女は確かに見た目こそ幼いが、確固たる信念を持って決めた決意を俺だからこそ話しているのだろう。
俺の両親は種族が違うという理由で殺された。
もしもこの皇女様の夢とやらが叶ったのならば、それは幸せなことなのかもしれない。
この先俺のようなガキが出てくることもないのかもしれない。
だが、
「貴方の考えは大変立派なことだと思うさ。
俺も出来ることならこの世の全てを愛していきたいと思う。
だがそれは無理だ……」
「それは、なぜかしら?」
「……これまでの歴史が両種族の間に決定的な溝を作ってしまっているからだ。
どちらかが譲歩すれば収まるのなら妥協点を見つけることも可能かもしれない。
だがこの国の皇がギリヤギナであればシャクコポルが、シャクコポルが皇であればギリヤギナが、必ずどちらかに不満を持つ者が皇を暗殺し、永遠に終わることのない闘争を続けるはずさ」
そして巻き込まれるのは民であり、戦となれば負けるのは確実にシャクコポル族である。
結局はギリヤギナ一強の国に戻ってしまうのが目に見えている。
「確かに貴方の言うとおりですわ。
ギリヤギナはシャクコポルを奴隷と見なし、シャクコポルはギリヤギナに対して憎悪以外の感情を持っていない。
だけど……、貴方は違うのでしょう?」
「……」
「貴方もギリヤギナに恨みを持っているでしょう。
ですがそれは恨みだけでなく何かしら暖かなもので、貴方自身も無意識にその感情によって憎悪を抑えられている。
そんな貴方だからこそ、それが私の夢である両種族の関係改善に必要な存在なのよ」
だが……だが俺は!
「自分の感情を表に出すのが怖い?」
「ッ!?」
「ふふ、その顔は図星ですわね?
貴方の目を見て、なんとなく分かっていましたわ。
貴方はシャクコポル族らしくないほどにギリヤギナに対する恨みが表面上は薄い。
それは自分の心を自分自身が一番恐れているからに他なりませんわ」
「……その通りだ」
俺は唯一俺のために残された母の言葉をいまいち理解出来ていない。
少なくとも表面上は恨みを持たないで生きては来れたが、どうしてもギリヤギナ族が……種族としての強さを免罪符のように使って好き放題する連中を愛することなど出来ない。
それは目の前のこの少女に対しても同じだった。
嫌わない代わりに好きにもならない。
それが俺の出した両種族に対する諦観にも似た感情だった。
「貴方は今の境遇を正しいことだと思いますの?
悪い事は悪い!
正しい事は正しい!
それを現実にすることに命を賭けようとは思いませんの!?」
「……俺は……俺には無理だ……」
「……そう」
沈黙が流れる。
皇女様は俯いたまま、俺も彼女の言葉を何度も考えてみたが結果は変わらなかった。
どう考えても俺達二種類の種族が手を取り合う関係になる未来を想像出来なかったのだ。
「では、もしもこの国の皇がもう一方の種族を敬い、皇を決して殺させない強くて頼りがいのある友が側近としていたならば、この国の未来はさっき貴方が言ったような理想の国になると思わないかしら?
貴方には私の友となってもらいたい。
そうして私の行く末を見て、それでも私の言葉が戯言だと思えば私を斬りなさい」
彼女は諦めてはいなかった。
そしてその信念に嘘偽りは一切なかった。
「良心を持つだけでは駄目なことくらい分かっています。
良心に従って生きていける世の中が必要なのです。
そして私の未来が貴方の力さえあれば現実のものとなるところまで来たら手を貸しなさい。
私の友として、この国を共に作っていきませんこと?」
「……本当に俺なんかが手を貸したところで、そんな未来が実現出来ると思うのか?」
「ふふ、質問に質問で返すだなんて頼りない殿方ですわ。
ですがその質問、肯定の意思と捉えます。
貴方は明日より剣奴としての戦いよりも厳しい戦いに身を投じることになりますけど、私が貴方のことを絶対に守ります。
だから……貴方は私を守ってくださらないかしら?」
そう言って静かな地下牢で、鉄格子越しに薄汚れた俺に手を差し出してくる少女。
俺の中で渦巻いていた黒い感情が、表に出てくることを拒んでいた暖かさによって溶かされていくような気さえした。
俺はこのために生まれてきたのかもしれない。
母さん、俺はこれまで生まれてきたことを、恨んでいたのかもしれない。
だが、この輝くような笑顔で夢を語る友と出会うために生まれてきたと言うのなら、少しは意味のある人生なのかもしれない。
俺は差し出された彼女の手を取る。
これがこの先長い付き合いとなる友との出会いだった。
「俺はあんたの夢に付き合おう。
剣奴のレワタウだ」
「私はカルラゥアツゥレイ。この国の皇女であり、貴方の友よ。
いつか私たちだけでなく、すべての国民が貴方と私のように剣ではなくお互いの手を取り合える世にするために協力してちょうだい」
そう言って差し出されたカルラゥアツゥレイの手を俺はしっかりと握り返した。
国として、種族としての共存はまだ難しいかもしれない。
しかし俺達はシャクコポル族とギリヤギナ族の垣根を超えて手を取り合うことが出来たのだ。
この世に不可能なことはないのかもしれない。
ただ少し……難しそうだがな。
真面目っぽい雰囲気がありますが、あまりシリアスを期待しないでくださいね。
この作品を書くのに一番影響を受けた作品が『カオスレギオン』というとても熱い小説なのですが、主人公をシャクコポル族にしたのは、東方動画の『ママんげ』という作品を観たことで、ウサギの魅力に可能性を感じたので主人公がシャクコポル族になったりした作品でもありますのでw
そしてフロム信者にとってのウサギと言えば、の有名なキャラの要素も混ぜています。
原作崩壊のついでにキャラ崩壊も起こる可能性大です。
一応、第一部的なところは真面目な話が続きます。
これからの展開を期待していただけると嬉しく思います。
そういえば私はウサギ好きなのに、ミミロップや仙太郎といった他の人気ウサギキャラの要素を混ぜてなかったなぁ~。