剣を捨てた手に掴むもの   作:ヨイヤサ・リングマスター

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 主義主張、感情、人の数だけ答えがあるものですが、一番に考えるべきことは誰もが幸せになりたいと望んでいることです。

 当たり前に幸せで、当たり前に平和で、当たり前に愛する者と共に生きて死んで逝く。

 そんな「当たり前」を守るための手段に武力を用いた時点で人は心に弱さを作ってしまうのだと思います。

 その弱さが迷いに繋がり、落ちるところまで落ちて行ってしまうのでしょうね。


 


第九話:誰もが望んでいること

 まず最初に俺が向かったのは一族が住む村だ。

 

 向かっていく途中にも分かったが、村に行く一本道の途中に前に来た時にはなかった拒馬槍が設置され、遠くには櫓(やぐら)まで組まれているのが見える。

 

 道中この戦のおこぼれを欲してきたのだろう賊らしき連中に襲われたが残らず始末して近くを流れる川にに流しておいた。

 

 

「止まれ。見たところシャクコポル族のようだが今は余所者を入れるつもりはない」

 

 

 村の入り口には普段は見ない門番までも立っていた。

 

 どうやらこの戦、勝つつもりで起こした反乱なのだろう。

 

 

「俺の名はレワタウ。ゲンジマル様に俺が会いに来たことを告げてもらえないだろうか」

 

 

 この国の第一皇女の御側付きという地位に就いている俺は、良くも悪くも一族では知名度が上がっている。

 

 それにゲンジマル様が来ているのならば話も聞かずに門前払いなどはしないだろう。

 

 

「レワタウ殿でしたか。

 でしたら、すでに聞き及んでおります。

 ゲンジマル様でしたら村の奥、村長宅におりますのでそちらにどうぞ」

 

 

 俺が来ることはすでに予期されていたのか、特に問題なくすんなり村に入る。

 

 

「分かった」

 

 

 やはりゲンジマル様は来ていたのか。

 

 できることなら居ないでほしかった。

 

 もしかしたら師匠でもあるゲンジマル様と剣を交えることになるかもしれないからな……。

 

 

「まぁ、そうならないようにするために、俺はここに来たんだ。

 それにゲンジマル様も言っていた。

 自分の信念に従って行動するように、と」

 

 

 そう呟きながら村長の家に向かう。

 

 思い出すのは前に会ったときのゲンジマル様の言葉。

 ゲンジマル様はあの時すでに俺と敵対する可能性に至っていたのだろう。

 

 

「ゲンジマル様、おられますか?

 レワタウですが少しお話があるのですが」

 

 

 中に入ると村の男衆が集まって話し合い、村長の隣にゲンジマル様の姿を見つけた。

 

 

「レワタウか、お主が来たと言うことは我らの側に付くことにしたのか」

 

 

 ゲンジマル様ではなく俺に気づいた村長がそう言うと、途端に歓声が上がる。

 

 剣奴としての活躍もさることながら、俺は皇女であるカルラの御側付きとしてシャクコポル族の中でも特に武勇に優れる戦士としての実力を評価されているのだ。

 

 その俺が味方についたとなれば一族の士気も上がると言うものだろう。

 

 

「……いえ、ゲンジマル様。

 俺はこの度の戦を止めるためにやってきました」

 

 

 ゲンジマル様は半ば予想していたのだろう。

 特に落胆する様子を見せないが、周りの一族の大人の反応は明らかに敵意の籠った視線をぶつけてくる。

 

 

「レワタウ、お前は一族を裏切るつつもりか?」

 

 

 そう言ってきたのはこの村の村長だった。

 

 俺が幼い頃から色々と面倒見てもらってきたが、それは俺がシャクコポル族の中で数少ない戦士としての素質を持っていたからであり、今回のような有事の際に戦力とするためだったのだろうと、子ども心ながら俺は気づいていた。

 

 

「いえ、村長。俺は一族を裏切るつもりはありません。

 ですがこのような無駄な戦を起こして命を捨てる行いを止めたくてこの場に参上した次第です」

 

 

 その証拠に俺は帯剣せずにここに来た。

 

 ここにいるのは俺と同じシャクコポル族の仲間たち。仲間すら丸越しで説得すら出来ないようなら俺が俺自身の手で夢を捨てる行為に思えたからだ。

 

 そしてその話し合いの機会を得て、実際に戦を取りやめてもらえるまで説得するのが俺の仕事だ。

 

 夢への足掛かりだ。

 

 

「レワタウ、この戦は無駄なんかではない。

 これまで虐げられてきた我々シャクコポル族の総意であり、奴隷身分からの解放を求める正当な戦じゃ。

 現に、エヴェンクルガ族のゲンジマル殿が此度の戦に参戦してくれたのがその証拠じゃろう」

 

 

 口調こそ穏やかながら、ゲンジマル様が味方をしてくれるなら自分たちの方が正しいという絶対の自信を持った答えを示す村長。

 

 周りの大人たちもその意見に賛同するように首肯している。

 

 俺はそんな村長から目を逸らし、ゲンジマル様に視線を移して言う。

 

 

「ゲンジマル様、貴方は本当にこの戦に義があるとお思いですか?」

 

 

 俺のこの発言にこれまでギリギリで堪えていた大人たちが立ち上がり、口々に罵声を浴びせてくる。

 

 

「ゲンジマル殿が間違っているとでも思うのか!?

 この若造が!!!」

 

「儂らはゲンジマル様の助けを得てこの戦に勝利せねばいかんのだ」

 

「ガキが戦に口を挟むな!」

 

 

 誰も彼もが激しい怒りの籠った視線を向けてくる。

 

 シャクコポル族としてこれまで耐えてきた怒りや憎しみ、それら全てをこの戦に懸けていたのだ。

 それを取りやめるように言われれば仕方のないことでもあるだろう。

 

 それでも殴りかかってきたりせず、話を聞く姿勢をまだ持ってくれているのならば、まだ説得は可能だ。

 

 ここにいる面々は争いを終わらせるために剣を手に取っただけなのだろうから。

 

 確かにこれまで剣奴として感じてきた以上の本物の殺意さえ籠った視線を感じるが、俺には引けない理由がある。

 

 俺がここにいるのは俺の信念、俺の理想、俺の夢、そして俺の友に見送られて、この場にいるのだから。

 

 カルラと俺の二人が目指す夢のために、俺達の理想、俺達の夢、俺達の信念のためにここにいるのだ。

 

 

「静まれぇい!」

 

 

 一括したのはゲンジマル様。

 最初にこの方の眼を見た時、少しばかり迷いを感じていたのだが、それは今も変わらない。

 

 

「この戦をせずとも、シャクコポル族とギリヤギナ族の関係を改善する策でもあるというのか? レワタウ」

 

 

「そう聞いてくる、ということはゲンジマル様も心の中に迷いがあるからですよね?」

 

 

「……」

 

 

 沈黙は肯定なのだろう。

 

 最も頼りにしていた味方であるゲンジマルが押し黙ったことでこの場にいる一族の大人たちにざわめきが走る。

 

 

「ゲンジマル様、俺は今、第一皇女のカルラの御側付きとして城勤めをしております。

 それは彼女が――この国の皇女が俺を奴隷ではなく一人の人間として、友として認めてくれたからです。

 そして俺にとっても彼女は友です。

 彼女は……カルラは俺達シャクコポル族とギリヤギナ族の間にある溝を埋めるために皇を目指しております」

 

 

 それが俺の――俺たちの夢だ。

 

 難しいことなのは分かっている。

 

 具体的な方策も未だ定まっていない。

 

 共存の道を目指して両種族が手を取り合ったところでこれまでの長きにわたる憎しみが完全に消えるとも思えない。

 

 だが、それがどうした!

 俺達は誰もが平和を望んでいるじゃないか。

 

 現にここに集まった一族の大人たちも平和を求めて戦を始めようとしている者たちではないか!

 

 難しいことなんて考える必要はない!

 ただ一言、幸せになりたいと言えばいいだけなんだ。

 

 安心して暮らせる幸せが、愛する者と暮らせる幸せが、他人と分かち合える幸せが。

 そんな幸せが欲しいと願えばいいだけなんだ!!

 

 

「それに、ここにいる皆の中で一度でもまともにギリヤギナ族と話をした方はおられますか?

 俺は城勤めになってから多くのギリヤギナ族と話をする機会を得た。

 その中にはカルラ以外にも平和な世を、俺達シャクコポル族との共存を望む者だっていたんだ。

 ギリヤギナ族のすべてが悪いわけじゃない。

 確かにギリヤギナ族の中にはシャクコポル族を奴隷としてしか見ない『悪』もいる。

 だが最も『悪』なのは、相手のことを知ることが出来ないこの環境こそが『悪』なんです!

 それは俺達シャクコポル族にも言えることでしょう?」

 

 

 ゲンジマル様が迷っている一番の理由は、ギリヤギナのすべてが悪ではないところにあるのだろう。

 

 この戦の先触れとして、実際にラルマニオヌ皇と剣を交えたからこそゲンジマル様には分かるはずだ。

 

 少なくともこの国の皇、カルラの父は武人として戦う相手には敬意を払っている。

 

 そのことを一番感じ取ったゲンジマル様だからこそ、ギリヤギナ族そのものが悪とは思えなかったのだろう。

 

 そしてもう一つ。

 シャクコポル族も憎しみに囚われ過ぎているところにある。

 

 このシャクコポル族による反乱がどのような結果になろうとも、大勢の者が死ぬ。

 

 それは何も、実際に剣を手に戦う者だけではない。

 

 戦うことのできない女子供、老人たちだって死ぬのだ。

 

 

「さすがだなレワタウ……、某がこの戦に感じる迷いもすでに理解しているのだな。

 しかしどうする?

 すでに戦の火ぶたは切って落とされた。

 どちらかが引くなど、最早ありえんぞ」

 

 

「俺が終わらせます!

 すでにカルラが王都でギリヤギナ族を纏めようとしています。

 俺がここでゲンジマル様をはじめ、一族の皆を説得して両種族に交渉の場を設けることさえ出来れば必ずや……必ずや、この不平等な身分差別を撤廃させてみせます!」

 

 

 先ほどまでの刺々しい空気が晴れていくのを感じる。

 

 所詮は子どもの戯言と思っていたのだろうが、俺は皆が幸せになれる夢を真剣に追っている。

 

 それこそ俺の父が母を愛したように。

 

 幸せを追い求めることが『生きる』ってことだろう!

 その手段に武力を用いることに何の価値があると言うんだ!?

 

 俺の言いたいことは言った。

 

 村の皆が、まだ少しでも種族の垣根を超えて、お互い手を取り合う理想を少しでも求めてくれなければ俺の夢なんて潰れてしまう。

 

 だけど信じている。

 弱小種族と言われる俺達シャクコポル族だからこそ、他のどの種族よりも平和の大切さを分かっていると。

 

 信じている。

 俺とカルラの夢がこんなところで終わるはずがないと。

 

 

「……まさかレワタウに、こんな当たり前のことを言われるとはのう」

 

 

 感慨深そうに村長が言う。

 

 

「俺もカルラがいなければ、こんな無謀な夢を見たりもしませんでしたよ。

 ですが彼女は本気で俺達と手を取り合う未来を望んでいる。

 それも彼女だけじゃない、ここにいる皆が考えているよりもずっと多くのギリヤギナ族が共存を望んでいるんです」

 

 

 正直彼女に出会わなければ一生を剣奴として終えていただろう。

 

 夢を見ることも、己の心と向き合うこともせずに。

 

 

「確かに我々を嫌うギリヤギナ族もいます。ですが少なくともカルラはそんな奴らとは違う。

 この戦を話し合いで終わらせるための場を設けてくれるはずです。

 せめて一度だけ、彼女たちギリヤギナ族を信じてみてはもらえないでしょうか?

 話し合ってすらいないのに話し合いの余地がないだなんて決めつけないでください!

 お互いを理解する心を持ってください!!」

 

 

 静まり返った場に流れるのは一つの方向に纏まろうとしている空気。

 

 その方向性が平和へと向かうことを望んでいる。

 

 

「ふむ……レワタウがそこまで言うのなら、わしら大人も気張らにゃいかんのう。

 ゲンジマル殿、聞いての通り我らは一旦、武装放棄をしますじゃ。

 レワタウの信じるカルラ皇女と王城側からの態度にもよるが、やはり我らも戦はしとうない。

 話し合いすらせずにこちらの要求を一方的に武力で押し付けるなんぞ、ギリヤギナ族のようなもんじゃしのぅ」

 

 

 村長も分かってはいたのだろう。

 

 それでも一族を率いる物として弱さを見せるわけにはいかなかった。

 

 しかし、その考えが自分たちの忌み嫌うギリヤギナ族と同じだと気づいたからこそ、ギリヤギナ族にも共存を望む者がいることに気づいたからこそ、自分たちの一番の目的である平和を共に分かち合う道を探すという考えに至ってくれたのだろう。

 

 

「そうですか。

 ……申し訳ない村長殿。

 某は戦うことでしか救いがないと思い、レワタウに言われるまで、この戦の無意味さを、あえて見ないようにしていたようです。

 確かにもう一度、話し合う余地はまだあるかもしれません」

 

 

「なんのなんの。

 儂らとてそれしか道がないと思っておったのじゃ。

 戦が間違いとは思わんが、平和を望む者がギリヤギナ族にも居るのなら、話し合いの努力すらせずに武力を用いるのはシャクコポル族云々ではなく、人として道を踏み外す行為じゃからな」

 

 

 周りの大人たちも、表情を和らげている。

 

 俺を信じてくれたのだろう。

 

 そう、俺達の先祖はギリヤギナ族との交渉すら出来ずに一方的に蹂躙されたそうだが、俺達はまだ一度もまともに話し合っていないのだ。

 

 ここにいる皆は、どうせ死ぬつもりがあるのなら、義を通してから。そういう考えがあるのだ。

 

 俺も周りの笑顔に、ここに来る前まで波立っていた心が静かになるのを感じた。

 

 だが、この場の静かな雰囲気を打ち破るほどの大きな音を響かせて、村長宅の扉が開かれた。

 

 

「村長、大変だ!

 王城にてカルラゥアツゥレイ皇女がラルマニオヌ皇を殺害して牢に捕えられたそうです!」

 

 

 斥候に出ていた者だろう、慌ただしく入ってきた男の言葉により場の空気が凍る。

 

 ……なぜだ? カルラがそんな強硬な手を取るはずがない。

 

 すでにシャクコポル族側は交渉の準備をする気になっているのだ。

 

 

「申し訳ありませんゲンジマル様、村長。俺はすぐに城に行きます!

 カルラがそんなことをするわけがない!」

 

 

「分かった。

 わしらも情報を集め次第、城へ向かおう。

 そして、これからどうなるかは分からんが、こちらは話し合いの席を望んでいるとも伝えてほしい。

 儂らはすでに、お前が信じるカルラ皇女を信じているのじゃ」

 

 

 村長の言葉を聞くと、俺は一直線に城へと向かった。

 

 唯一分かっているのはカルラに危険が迫っていることだけだ。

 

 

「カルラ……、何があったと言うんだ……」

 




 言葉が通じるのならば話し合おう。
 お互いに違う価値観があるとしても本当に武力を用いなければならないかをもう一度考えよう。

 皆が望んでいる平和とは争いから生まれるものなのか考えよう。

 それだけで問題が解決するとは思えませんが、少なくとも筋を通せなければどちらが正しいにしろ、いつかはその戦いで勝った方も、負けた方と同じ道を辿ることになると思います。

 何やら青臭いことですけど、私は本当にこんな考え方が出来る人が増えてほしいんですけどねぇ~。世の中ままなりませんよ。

 それにしても『うたわれるもの』の世界は地球の未来の姿なのに、なんで騎乗用の動物が「モンスターファーム」のディノみたいな恐竜なんでしょうね?

 時間の経過とともに馬は進化したと考えるか、それともトカゲが進化したとみるべきか。
 まぁどうでもいいことですが。

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