IS<インフィニット・ストラトス> -CODE:Zero-   作:明智ワクナリ

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『波乱の幕開け』①

人生を一言で表すのなら、それは先の見えない闇と言ったところだろうか。

 

一寸先は闇、まさに人生そのものを指すことわざだ。

 

一歩踏み出すたびに道というのは分岐に分岐(ぶんぎ)を重ねていく。その結果、本来あるべき未来の姿から遠くかけ離れたり、もしくは蛇行(だこう)を繰り返して本来の姿へと戻ることもある。だが最終的なその末路(まつろ)を知る者はどこにも居ない。もし居るとすれば、それは人間ではなく神と呼ばれる存在すら不確定な者だけだろう。

 

繰り返される選択を正解か不正解かもわからないまま選び続け、見えないゴールへとひたすら道を彷徨(さまよ)い続ける。故に人生とは先の見えない闇なのだ。

 

そしてそれ故に思うこともある。この先の未来が見えていたなら、と。

 

もしも未来が見えていたならあんなことはしなかった、もしも未来が見えていたなら違う選択をしていた、もしも未来が――――――

 

そうすれば人生に何の苦労もなく、何の不安もなく生きていけたことだろう。だが物事はそう都合よくはいかない。

 

人間に未来を予知できる者は居ない、一寸先の闇を光で照らせる者は誰一人として。今までも、そしてこれからもそんな人間は現れないだろう。

 

だが、いつの世も人間はこう思うに違いない。

 

――――『一体、何処(どこ)で選択を間違えたのだろう?』と。

 

◇◆◇

 

「どうしてこうなったんだろうなあ…………」

 

溜息(ためいき)交じりに呟くと、どこか(あきら)めたような表情のまま窓の外に広がる景色を見た。

 

空は晴天、雲一つない鮮やかなコバルトブルーが視界を埋め尽くす。そして暗雲(あんうん)たる自分の心とは裏腹に遥か上空で輝く太陽はこれでもかと自己主張するように輝いていた。暖かい陽気と包み込むような優しい風が開けた窓から入り、()でるように教室を通り過ぎていく。春というこの季節ではこれ以上に無い最高の入学日和だろう。

 

そんな清々しい春の訪れを肌で感じつつ少年―――(みやび)弥生(やよい)はさらに大きな溜息をついた。

 

「全員揃ってますね~。それではSHRを始めま~す」

 

視線を正面に向ければ教卓の前でこのクラスの副担任―――山田(やまだ)真耶(まや)向日葵(ひまわり)のような笑顔を浮かべながら号令をかけている。が、弥生はその姿を見て内心首を傾げていた。

 

その理由は彼女の容姿に問題がある。

 

真耶の容姿は周囲の生徒たちと比べてもあまり大差がない、つまり彼女は全体的に見てやや幼いのだ。やや低身長気味で顔立ちは一〇代を思わせるようないわゆる童顔、声も二〇代を過ぎた女性のソレとは比べ物にならないほど可愛らしい。身に着けている服装は大きめのサイズで、かけている眼鏡もサイズが合っていないのか動く度に若干ずれたりしている。

 

以上の点を総合した結果、彼女の姿は教師というより『ちょっと背伸びして大人っぽい服装をしてみた女の子』という風にしか見えないのだ。

 

あれで本当に教師なんだろうか?と疑問に思うが場所が場所だけに納得する他ない。その辺の事実確認をしてみたい、という好奇心を胸に仕舞いつつ真耶の話に耳を傾ける。

 

「それでは皆さん、これから一年間よろしくお願いしますね」

 

「「「…………」」」

 

笑顔を浮かべて優しげに話す真耶。嬉しそうに見えるのは演技などではなく本当の気持ちから来るものだろう。

 

しかし教室中は冷めたように無言だった。本来ならば何らかの形で返されるであろう生徒たちの返事はなく、まるで真耶の声が聞こえていないかのように全員が無言を貫いている。この状況を第三者に見せたならば教師がイジメの対象になっていると誤解することだろう。それほど異常な光景が広がっているのだ。

 

「あ………え、えと。それじゃあ自己紹介から始めましょうか。じゃあ、その、出席番号一番の人から順番にお願いします」

 

場の雰囲気に気圧された真耶は、狼狽(うろた)えた表情を見せつつも端の生徒から自己紹介をするよう促す。その姿を見てどことなく不安を感じるのは残念ながら気のせいではない。

 

この状況からわかるように今日は高校の入学式である。新しい環境で新しい仲間たちとの日常が幕を開ける記念すべき日であり、また生徒たち自身の成長を喜ぶべき素晴らしい日だ。誰もが喜び、そして祝福するに違いない。

 

それはあくまでも弥生を含む三人を除いて、だが。

 

教室の空気は今までに感じたことのない異様な緊張感で包まれている。それが期待や不安が入り混じった入学初日の雰囲気ならばよかっただろう。

 

しかし弥生の感じているソレはそのどれにも当てはまらない違和感だった。それもそのはず、何故ならその違和感とは周囲に着席している生徒たちの視線だからだ。別に一人や二人の視線など入学初日で感じるのは当然なことであり、その程度であるならば弥生自身も気になどしない。

 

だが、クラス全員分の視線を集中して受けるとなれば話は別だ。大衆の前に出るような人間であるならばこの程度の視線は気にもしないだろうが、そんな大層な仕事をしているわけでもない弥生にはかなりの圧力が感じられた。弥生が()()(しき)過剰(かじょう)という可能性もあるが、この現状を見たならばその理由もわかるだろう。

 

何故ならば――――――

 

 

 

――――――弥生を含む三人以外、全員女子だからだ。

 

 

 

周囲を見れば女子の姿ばかり、男子の姿は残り二人を除けば『影』の『か』の字すら見当たらない。男子三名に対して女子二七名、もはや意図的にクラスの振り分けをされたようにしか思えないほど、圧倒的に女子率が高すぎるのだ。

 

「織斑くんっ。織斑(おりむら)一夏(いちか)くんっ」

 

「え?あっ、はい!?」

 

と、そこで最前列のど真ん中に座る少年が真耶の呼び声に慌てて返事をした。驚いた拍子(ひょうし)で間抜けな声が響き渡り、周りでは数人の女子が笑いを(こら)えているのが見える。一方、そんな彼女たちの反応を見ていた少年は気まずそうに顔を(うつむ)かしていた。

 

だがそれも仕方のないことだろう。周囲の女子たちは何も感じていないように――緊張ではなく好奇心なら感じているだろう――見えるが、少年にとっては今までに感じたことのないであろう空気に緊張するのは当然だ。そんな年頃男子の精神にマイクロ単位で気付いていない真耶は、教卓(きょうたく)越しに手を合わせて頭を下げまくっていた。

 

「あ、あの、大声出しちゃってごめんなさい。で、でもね、自己紹介で『あ』から始まって『お』で次織斑くんの番なんだ。自己紹介してくれるかな?ダメだったり、しないよね?そ、それともやっぱりダメかな?」

 

見る限り真耶は男性に対してあまり免疫(めんえき)が無いようで、オドオドしながら物凄い勢いで頭を下げ続けている。その姿は一昔前に流行ったパンクロッカーの姿に見えなくもなく、正面に座る少年はまたしても慌てた様子で頭の激しい上下運動を制止した。

 

「ちょっ、落ち着いてください先生。やります、自己紹介やりますからそんなに謝んないでくださいって」

 

「ほ、本当ですか!?本当にやってくれるんですね!?と、途中でやっぱりやめたーとか言っちゃダメですよっ!?」

 

ガバッと身を乗り出して少年の手を掴んだ真耶は、(まく)し立てるように鬼気(きき)(せま)る表情で詰め寄り、あまりの豹変(ひょうへん)ぶりに手を掴まれた当人はちょっと引き気味である。彼女が単に男性に対して初心なのか、それとも極度の上がり症なのかは定かでないが、唯一判明したと言えば興奮状態になると周りが見えなくなるタイプだというくらいだろうか。

 

更に注目を浴びて心底嫌そうな表情を浮かべるも、諦めたように席から立ち上がった少年は後ろを振り向いた。

 

「えーと…………織斑一夏です。これから一年間よろしくお願いします」

 

ぎごちない動きでお辞儀をする少年――織斑一夏は顔を上げるなり「うっ」と(うめ)き声を()らして上半身を(わず)かに()らした。その理由は今一夏に向けられている視線に原因がある。『え?なに?それだけなの?』や『終わらないよね?ただの前置きだよね』などといったモノで、期待や何かを要求するような空気が流れているのだ。

 

その気持ちはわからなくもないのだが、おそらくそれは高望みというモノだろう。この見渡す限り女子の姿しか目に入らない空間でまともな自己紹介が出来るはずもない。むしろ(おく)せずに正面切って自己紹介をした彼を褒めるべき場面ではないだろうか。

 

とはいえ彼女たちにそんな配慮(はいりょ)ができるとは思ってもいない。現在の世界の情勢(じょうせい)を見るならばそれがもっともな結論だ。そう思った弥生はあたふたする一夏から視線を外し再び窓の外へと視線を戻す。

 

IS学園、それが今弥生の在籍(ざいせき)している学校の名だ。ここはその名の通りIS操縦者やそれに関連する者たちの育成を主体に行う特殊専門学校であり、世界初となる唯一の操縦者育成機関である。

 

この学園はあらゆる国家に属さず、またあらゆる国家や組織の干渉(かんしょう)を良しとしないことからブラックボックスとまで言われ、その全容(ぜんよう)を把握できず謎多き学園としても有名だ。

 

IS学園の敷地の総面積は一般校と比べれると圧倒的に大きく、建造物や内部のシステム技術を合計すれば莫大な費用がかかっていることだろう。とてもだが一般校でこれほどの資金と技術を調達するのは現実的に困難である。

 

それを可能とするのはこの学園の運営を日本政府が主体で行っているからだ。IS操縦者の育成を基本とする専門学校という時点で(すで)に一般校の(わく)を超え、さらに国際条約で制定されたアラスカ条約、正式名称『IS運用協定』によって日本は強制的に学園設立を迫られ、その結果が今に至るというわけだ。

 

それにしても随分(ずいぶん)と都合のいい条約だと弥生は思う。

 

IS、正式名称『インフィニットストラトス』が日本で開発されたことによって世界は大きく揺れた。未知数の戦闘力を(ほこ)る新たな兵器として現れたISに対して、国家間での衝撃は(すさ)まじかったことだろう。

 

その結果、あらゆる武力(ぶりょく)抗争(こうそう)を押さえつけるためにアラスカ条約という協定が制定された。

 

この条約を簡単に説明するのなら、『強力な兵器を自国で抱え込むのは不平等、自分たちにもそのISとやらの技術をよこせ。そして自分たちはISのことをよく知らないから操縦者を育成する学園を日本で設立しろ。運営費用?そんなもん知るか、元後言えばお前らがISなんてもの作ったのが事の始まりなんだから、資金面もお前らで負担しろよ』ということだ。

 

表向きでは平和を象徴とする条約として認知されているが、国家間で()り行われる協定など大抵は自国の利益を最優先としたモノばかりである。つまりこの条約の真の意味は、日本に重荷(おもに)だけ背負わせて自分たちは甘い汁を(すす)らせてもらうと言ったところだろう。極東(きょくとう)の小さい島国(そまぐに)風情(ふぜい)が身の(たけ)以上の戦力を独り占めする、ということそのものが気に入らなかったことも大いにあるだろうが。

 

日本政府が運営しているとだけあって窓から一望できる景色も広い。大小様々な建造物が立ち並び小さな町のようにすら見えてしまう。ここの一部に自分の収めた税金が使われてるのか、と思いつつ弥生は更にその奥に見える建物を見ていた。

 

距離が遠いため細部までは確認できないが、そのシルエットは近代的な構造のIS学園とは異なり、街中でなら大抵目にする一般的な校舎だ。

 

弥生は遠い目でその校舎を見詰めながら深々と溜息を吐く。それは弥生のかつての母校であり、本来ならばその校舎の教室で睡眠を(うなが)すような教師の話を聞かされている筈だった。

だというのに―――

 

「ほんと、どうしてこうなったんだろ?」

 

何故、このIS学園に入学する羽目になったのか?

 

事の発端(ほったん)は今から(さかのぼ)ること二週間前。弥生がまだ教室の窓から小さく見える校舎『東京(とうきょう)武偵(ぶてい)高校(こうこう)』に在学していた頃の話である。




漢字にルビを振っていますが、『読み方がわからない』『ルビがあった方が良いのでは?』という漢字がありましたらぜひご連絡ください。

それでは m(_ _)m
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