IS<インフィニット・ストラトス> -CODE:Zero-   作:明智ワクナリ

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『波乱の幕開け』②

「はい、はい。それでは君に一つ、重要な連絡をしますね。一年B組三一番、雅弥生君。政府から君宛(きみあて)特秘任務(シールドクエスト)の依頼が届きました」

 

『東京武偵高校』――――それは『武偵』を育成するための総合教育機関の一つである。

 

『武偵』とは『武装探偵』の略称名であり、凶悪化する犯罪に対抗すべく新設された国家資格のことだ。武偵免許を取得した者は拳銃や刀剣といった武装の携帯・使用を許可され、さらに逮捕権を有するなど警察に準ずる活動を行うことが出来る。ただし、警察とは根本的に異なる部分があり、それはズバリ報酬金だ。報酬さえ用意されれば武偵法に抵触しない程度でどんな仕事でも請け負う、言わば便利屋のような活動を行うのが武偵である。

 

東京武偵高校に入学してから約一年、弥生はルームメイト兼パートナーの遠山金二――通称・キンジと共に死に物狂いで学校生活を生き延びてきた。その間に弥生たちは武偵高内でも最も危険とされる学科『強襲科(アサルト)』に在籍し、その努力が実を結んで弥生はSランクに次ぐAランク判定と好成績を残して、来年度からは晴れて二年生に進級する筈だった。

 

そんな弥生の下に飛び込んできたのは、東京武偵高校・三大危険領域の一つである『教務科(マスターズ)』からの呼び出しというモノだった。しかも付添人(つきそいにん)に校内で最も危険視されている最強コンビの片割れである(らん)(ぴょう)と、武偵高では希少価値の高い温和な性格の高天原(たかまがはら)ゆとりに「雅君。これから重要な話があるので私たちと一緒に来てください」と半ば強引に連行され、訳も分からないまま校長室に連れ込まれた挙句、その校長から発せられた第一声がソレである。

 

「え…………俺に、特秘任務ですか…………?」

 

突然の知らせに呆然と立ち尽くす弥生の前で重厚な造りのデスクに座る東京武偵高校校長―――(みどり)(まつ)(たけ)()は、機械的な動作で頷きながらあまりにも特徴のない表情と声で続けた。

 

「はい、はい。今回君に依頼された特秘任務は日本政府からの直命でしてね。IS学園への潜入が主な任務です」

 

「………潜入、ですか?」

 

武偵高では教師の発言に対する『聞き返し』は基本的に制限されているが、状況が()み込めていない弥生はつい聞き返してしまった。

 

しかし緑松はそれを(とが)めることもなければ、別段気にした様子もなく機械的に頷き、

 

「おや、表現が少々不適切だったかもしれませんね。潜入というより護衛と言った方が任務の性質上わかりやすいでしょう。君の特秘任務は今年度IS学園に入学する男性操縦者及び国家代表候補生の護衛です。ああ、連絡が遅れてしまったことについては申し訳なく思っていますよ。何せ決定してこちらに連絡が回って来たのがつい今し方のことでしたから」

 

上の方々が少々ゴタついていたようですのでね、と付け加えながら何食わぬ顔で淡々(たんたん)と、それこそ用意された文面を読むだけの業務的な抑揚(よくよう)のない声で()()(ばや)に言葉を並べるだけだった。

 

が、未だに状況の分析に追われている弥生にはその言葉の一文字すらも記憶されていない。しかし緑松はそんな弥生を待つこともなくさらに言葉を続けた。

 

「詳細は別の方から追って説明がありますから、私の方からは任務にあたっての注意事項を説明しておきましょう」

 

 

・犯罪者や武装勢力による襲撃に備え、武偵法の行使及び武装の携帯・使用を許可する。

 

・特秘任務中、武偵の身分は()せ、開示可能な情報以外の開示は厳禁とする。またそれに準ずる情報も秘匿を義務付ける。

 

・武装の点検などを考慮し、武偵高内への立入を許可する。ただし、追跡等を常時警戒し、安全と判断した上でのものとする。

 

・尚、特秘任務中の単位取得は免除とする。

 

 

「ああ。それと報道関係についてですが、君の存在はメディアには伏せるよう政府から通達がありましたので、そのつもりでお願いします。と、私から直接伝えることはこの程度ですかね。さて、他に質問等はありますか?」

 

「えーと、じゃあ一つだけお聞きしますけど、拒否権等は…………ないんですよね?」

 

「それは愚問(ぐもん)というものですよ、雅君」

 

「…………あははは、そうですよねー」

 

弥生の(ささ)やかな希望は緑松の特徴のない笑みで秒殺された。それ自体が望み薄だったことは元よりわかっていたが、こうも(ちゅう)(ちょ)なくバッサリ切り捨てられると少なからずダメージを受ける。結果として特秘任務の受諾の有無は本人の意思を無考慮のまま決定し、二年生への進級はいとも容易く崩れ去ったのだった。

 

だが校長室に呼び出された時点でこうなることは予想済みである。この武偵高に於いて教師の意向は絶対、逆らうことは禁忌とさえされているのだ。しかも校長自らの指令であるならば尚更のこと。

 

つまり『重要連絡』とは表向きの言葉として並べているだけで、実のところを言えば単に『命令』というだけだ。

 

この場所がそういう所だということは誰でもなく弥生自身が一番よく知っている。そうしてこの学校がどれだけ理不尽なのか改めて思い知る弥生だった。

 

◇◆◇

 

その後、緑松との話――一方的な会話に過ぎなかったが――を終えた弥生は、別校舎の四階にある会議室へと案内され「それじゃあ、私はこれから職員会議があるからこれで。頑張ってね雅君」とゆとりが早々に退出していき、続く蘭豹も「死んで帰ってくんなよ雅。死体になっちまった教え子と対面なんざ酒がマズくなっちまうからなあ」と実に彼女らしい餞別(せんべつ)を贈られ弥生は苦笑するのだった。

 

そうしてただ一人会議室に取り残された弥生は誰も居ない空間で呟く。

 

「遅いな…………」

 

一向に誰一人としてこの会議室を訪ねて来る者が居ないのだ。ここに放置されてから既に一〇分以上は経過している。緑松の話では依頼内容の詳細は別の人間が行うとのことだったのだが、それらしき人物が姿を現す気配は全くない。

 

椅子の背もたれに背中を預けて天井を仰ぐ弥生は、諦めたように溜息を吐いてこの現状を把握することに徹した。

 

そもそも『特秘任務』とは、専門科目での成績優良者に与えられる特殊任務のこと。主に弥生が在籍する白兵戦特化の『強襲科』は勿論、後方支援に特化した狙撃専門科目である『狙撃科(スナイプ)』や潜入捜査・諜報活動を得意とする『諜報科(レザド)』などに依頼が多い。

 

その依頼内容は警察などの国家機関では対処しきれない危険な任務が多く、公の場での公表は不可能とされるモノばかり。故に任務を完璧に遂行できると判断された者のみが選出されるのだ。

 

日本政府から直接、しかも弥生を指名したとなれば自ずと話は見えてくる。

 

「…………だからって、一年で特秘任務とか例外過ぎるような気がするけどなあ」

 

確かに一年生での特秘任務は異例中の異例だろう。成績優良者とはいえ経験の浅い一年生を任命することは考えずらい。故に弥生の持つ『ある能力』が起因(きいん)しているのは間違いなかった。

 

と、今回の異例の事態について思案していると、

 

「それは言うまでもないことだと思うんスけどねえ~」

 

「―――――――――っ!?」

 

突然発せられた声に驚いた弥生は椅子に座ったまま飛び上がると言う曲芸を披露しそうになった。声の発せられた方向へと素早く視線を向ければ、扉付近に立つ眼鏡をかけた白衣姿の少女が「どうもっス」とファイルを抱えていない方の手で、やる気なく振っているのが見える。

 

寝起きのようなぼさぼさの長い髪に眠たげな眼の下には分厚い(くま)、肩に引っかけるように羽織った白衣、不健康そうな白い肌と微妙に猫背気味の姿勢が(そう)まって非常にだらしない印象を受ける風貌(ふうぼう)だ。

 

そして眼鏡を光らせながら演技掛かった声で不気味に笑う、どこか近づき難いこの少女を残念ながら弥生は知っている。

 

「久しぶりだね、水花。こうして会うのは三ヶ月ぶりくらいかな?」

 

「厳密には二一六五時間五三分十一秒ぶりっスけどね」

 

と、得意げに話すのはとある理由から弥生と協力関係にあるIS開発企業、『アーガスト社』の技術開発部主任を務める袖原(そではら)(すい)()だ。俗に言う天才という人間で技術関係の世界では相当有名だと聞く。

 

趣味はとにかくISの改造。三度の飯より大事だと豪語(ごうご)する根っからの兵器オタクである。容姿やプロポーションは人並み以上に優れているのだが、過剰なまでの兵器オタクっぷりに周囲の人間からは『残念系美少女』と称されることが多い。

 

そんな暇さえあればラボに引きこもりっぱなしの彼女が何故ここにいるのか?

 

それは考える必要すらないだろう。この武偵高の会議室に分厚いファイルを抱えて現れたということはつまり、彼女が緑松の言っていた『別の人間』ということだ。

 

それを察した弥生は正面の椅子に手をかける水花に何の前置きもなく話しを切り出した。

 

「で、任務の詳細は?」

 

「おやー、再会十二秒でいきなりっスねー。弥生さんは見た目によらず肉食系っすか?」

 

「ハア………、どうしてそう君はいつもいつもそっち方向に話を持って行くんだい?」

 

「いやいや、場を和ませようかと思ったんスけどねえ。固すぎるのもなんかこう、肩に力が入って余計疲れるっていうか、重々しい雰囲気っていうのは話も重くなりそうっスから」

 

「水花がそれを行動に移すと俺が余計に疲れるからやめてくれ」

 

「ふふっ、それは失礼したっス。それにしても意外っスね、弥生さんのことだからてっきりうまく誤魔化して断るのかと思ってたんスけど」

 

「…………残念ながらこの学校にYES以外の選択肢は存在しないんだよ」

 

「なんだか随分と苦労してるみたいっスねー」

 

実のところを言えば、緑松から任務の説明を受けていた時点で出来ることなら辞退したかった。が、日本政府直々の直命を『嫌です』とは言うわけにはいかない。

 

なによりあの場で断るのは流石の弥生も怖気づくところがあった。

 

香港(ほんこん)の裏社会を(ぎゅう)()るマフィア『(グイ)(ラン)(フィ)』のボスの(まな)(むすめ)である蘭豹と、蘭豹&(つづり)の最凶コンビとルームシェアをしていながら無傷で生活している凄腕の(もと)傭兵(ようへい)血濡れゆとり(ブラッディゆとり)』こと高天原ゆとり、そして異常な経歴を持つ教師陣ですらその存在を恐れる東京武偵高校校長、かつては掃除屋だったと噂される通称『見える透明人間』、緑松武尊の三人に囲まれた状況で断るという選択肢を選べるはずがない。

 

もしあの場で辞退していたら今頃死体となって床に転がっていたかもしれない。その状況を想像して弥生は背筋を凍らせた。

 

「まあ、ウチが絡んでる時点で弥生さんに拒否権は無かったんスけどね」

 

「そうだけどさ、改めて武偵高(ウチ)の理不尽さに気付かされたというか…………」

 

ズーン、という効果音でも付きそうなくらい沈んでいる弥生に、水花はいつもの調子で話を進める。

 

「まあまあ、過ぎたことは置いといて。用意されてる時間も少ないですし、とりあえずこの資料に目を通してほしいっス」

 

「相変わらず他人事だよね。たまに水花のそういう所が羨ましくなるよ」

 

「もう、弥生さんったら~。()めても何も出ないっスよ~♪」

 

「いや別に褒めてるわけじゃないけど」

 

などと小言を挟みつつ、水花から手渡された一〇〇ページ以上はあるであろう資料をペラペラと軽く流しながら目を通していく。依頼主ということもあってか日本政府からの情報提供があるようだが、この情報量からしておそらくアーガスト社の諜報員を動かしたのだろう。

 

正面に座る水花は頃合いを見計らってオホン、と軽く咳払いをした。

 

「では最初に。弥生さんの処遇(しょぐう)についてっスけど、弥生さんの存在は各国のメディア、及び報道機関への公開は見送るとの事っス。今回は異例中の異例ということで国際IS委員会から日本政府に通達があったそうっスね」

 

それについては特に何の疑問も感じなかった。

 

男性操縦者が立て続けに発見された場合、世間がパニックになることは考えるまでもない。各国で男性が暴動を起こす可能性は大いにあるだろう。

 

そしてISの軍事運用、という部分が弥生にはネックになってくる。武偵とは武力を行使して相手を()()せることを主な本業としているところがあるため、間接的に武器としての運用という形になってしまうのだ。その場合、弥生の素性が暴かれると非常に(まず)いことになる。

 

ドイツでは軍でISを運用しているが、あくまでも代表候補生の育成という名目でIS委員会に許可を得ているため問題は無いが、許可を得ていない武偵が使用すれば大問題になるだろう。

 

弥生が頷いて了承すると、水花は任務の詳細について本格的な説明を始める。

 

「それじゃあ本題に移るっスよ。今回の日本政府より弥生さんに依頼された任務は聞いての通り、IS学園に入学する男性操縦者及び代表候補生の護衛が主体となるっス。織斑一夏氏はご存知っスよね?」

 

「知ってるも何も、世界初の男性操縦者を逆に知らない人間の方がどうかしてると思うよ」

 

そう言いつつ手元にある資料を捲り、問題の少年について記載されているページを見た。

 

『織斑一夏』。

 

世界最強のIS操縦者としてその名を世界に知らしめた織斑(おりむら)千冬(ちふゆ)を姉に持ち、つい最近では世界初の男性操縦者としてあらゆるメディアから注目を集めている。また、世間には公表されていないようだが、IS開発者にして世界(せかい)最高峰(さいこうほう)の頭脳持つ『天災(てんさい)』こと篠ノ之束とも繫がっているらしい。

 

だが写真に写る一夏の風貌はそういった繋がりを全く感じさせない、それこそどこにでも居るような普通の少年だった。整った容姿に印象的な力強い瞳、千冬と姉弟というだけあってどことなく雰囲気も似ている。

 

しかし正直な感想を言うなら彼が初の男性操縦者とは到底思えない。

 

「真の意味で『世界初の操縦者』が言うとなんだか違和感たっぷりっスね」

 

「ま、確かにそうかもね」

 

微妙に吹き出しそうになっている水花を見て、弥生も少しだけ表情を緩める。

 

そう、弥生が持つある特殊な能力、それは『女性にしか扱えない』はずのISを動かせる能力だった。本来ISとは女性にのみ扱うことのできるパワードスーツ、男性が起動させることなど出来るわけがないのが常識だが、ある事情から弥生はその常識を叩き潰す能力を持っている。

 

そしてこの場で一つ言えることは『世界初の男性操縦者』は織斑一夏ではなく雅弥生だということだ。

 

「それにしてもとんでもない人間関係だね。もし彼がこの二人を丸め込めたら世界を丸ごと掌握できるんじゃないの?」

 

「そうっスね、それが現実となったなら間違いなく世界はあの二人に勝てないっスよ。というよりそれが否定できないところが恐ろしい話っスけど」

 

「まあそれは置いとくとして、この二人がバックについてる状態で織斑一夏に手を出すとは考えずらいんだけど。下手なことをしたら世界レベルの戦力を相手にすることになるんだよ?」

 

「私もそうは思うんスけど、世界にはお馬鹿さんたちが溢れるほどのさばってるっスから」

 

水花の言う通り、世界にはISとその操縦者を狙う組織がごまんと存在する。しかもそれが世界初の男性操縦者なら尚更(なおさら)欲しがる連中は後を絶たないだろう。しかしその行為を行動に移すということはライオンとトラの入った檻に丸腰で入るも同然。だがそこからもたらされる情報も場合によってはお釣りが返ってくるかもしれない。

 

「大体の事情は理解できたよ。で、他の護衛対象は?」

 

弥生は頷きながら続きを促すと、水花は眼鏡のブリッジを押し上げながら続けた。

 

「現時点で判明している情報は、まず篠ノ之束氏の妹さんが入学予定っス。どうやら一夏氏とは幼馴染みの関係にあるみたいっスね。で、他に確認できているのはイギリスの代表候補生、その約一ヶ月後に中国から。さらにフランス、ドイツからも時期をずらして入学するみたいっス」

 

「なるほどね。政府が武偵(ウチ)に頼んでくるのも当然の状況なわけだ」

 

特に驚いた様子もなく納得した弥生。しかしその内心ではほんの少しだけ驚きを滲ませていた。

 

たった一学年に代表候補生がこれほど集まるというのは異例過ぎる事態だ。代表候補生とは自国が保有する技術を詰めに詰めた最新技術の宝庫であるISを所持する人間であり、またその操縦者自身もあらゆる面で優秀であり様々な国家機密に触れている。

 

そして彼女たちは国家が有する技術の一端(いったん)(にな)う人間、いくらIS学園が国家に属さない無干渉地帯とはいえ、おいそれと候補生たちを自分たちの干渉を不可とする異国の地に送り出すことはないだろう。

 

つまり今回の件は一夏が原因なのだ。

 

世界初となる男性操縦者のデータ収集を目的として彼女たちが送り込まれてくるのは目に見えている。この入学間際で転入を割り込ませてきたのは(ひとえ)にそれが理由だろう。

 

結果として日本政府は各国の重要な人材と技術を抱える羽目となり、この武偵高へと―――正確には弥生へと依頼を提示したのだ。元々この東京武偵高校はIS学園周辺の()(あん)()()を目的とし、(ゆう)()の際は学園の防衛に回ることを想定して建てられたため、依頼自体はその機能を限定的に使っているに過ぎない。

 

「まあそれはそれとして、もう一つだけ重要な案件があるんスよ」

 

「重要な案件?」

 

「そうっス。政府側が今回の依頼に踏み切った理由でもあるっス」

 

真剣な面持ちで話す水花はファイルから分厚く束ねられた資料を引き抜き、そのまま弥生へと手渡す。受け取った弥生は資料の表紙を見て思わず目を見開いてしまった。

 

そこには『最重要機密事項』と書かれ、情報提供者は『内閣府IS情報管理解析室』と記されている。それはこの国における最上級機密情報を保管する、存在すらごく一部の人間が知っているだけの機密部門の名称だ。つまり今手にしているこの資料は、日本政府が保有するトップシークレットの一つということになる。

 

弥生は息を飲みながら表紙に指をかけ、そのページを捲った。そこに記載されている詳細を目にした途端にその表情は緊張から一転して驚愕へと変わる。

 

弥生は表情をそのままに声を強張らして問う。

 

「これは事実、なんだよね…………」

 

「はいっス。まだ公表はされてないんスけど、紛れもない事実っスよ」

 

真剣に頷く水花。

 

この事態について考えていなかったわけでもない。むしろ当然と言えばそこまでの事実である。だが、実際にそれを目の当たりにした弥生は呆然としてしまった。

 

そこで弥生は一つの理解に辿り着く。自分の素性が公表されないもう一つの理由に。

 

弥生が手にしているのはある学生の資料だった。

 

その学生の名は『桐原(きりはら)(しろ)()』。

 

――――――――それは一夏に続く『二人目』の男性操縦者だった。

 

◇◆◇

 

(まあ、織斑(おりむら)一夏(いちか)に動かせたんだから他に居てもおかしくはない、か…………)

 

弥生(やよい)は改めて世界で二人目となる男性操縦者、桐原(きりはら)白兎(しろと)を見た。

 

見た目は資料通りごく普通な少年そのもの。しかし落ち着いた表情と(たたず)まいで同い年と比べれば少し大人びた印象を受け、どこか知的な雰囲気を漂わせる彼の容姿もまた一夏同様に女子受けが良さそうに見える。

 

と、その時―――――

 

バシンッ!

 

一際大きい音が教室中に響き渡った。

 

弥生は反射的にその方向へ視線を向けると一夏が頭を押さえながら悶絶(もんぜつ)しているのが見える。教室中が突然のアクシデントに困惑する中、その原因を作ったであろう一夏の隣に立つ黒いスーツの女性に視線が集まっていく。

 

「お前は自己紹介の一つすら満足に出来んのか」

 

迫力のあるハスキーボイスが静まり返った教室に木霊(こだま)する。その声に生徒たちはおろか教壇(きょうだん)に立っている真耶の表情にも緊張が走り、一夏に至っては頭を押さえたまま氷漬けになったかのように固まって動かない。

 

そんな中、弥生の反応だけは違った。

 

(…………あの人が世界最強のIS操縦者、織斑(おりむら)千冬(ちふゆ)

 

(おおかみ)のように鋭い眼光と気迫、それでいながら本来の美貌(びぼう)(そこ)なわせないクールビューティを体現したかのような容姿。そこに立っていたのは正真(しょうしん)正銘(しょうめい)『織斑千冬』に他なかった。

 

「か、関羽(かんう)―――――」

 

ガバッ!

 

「ほう、誰が関羽かもう一度言ってみろ」

 

一夏の顔面を片手で捉えた千冬が不気味な笑みを浮かべながら言う。華麗(かれい)にクリーンヒットしているアイアンクローもさることながら、発せられる言葉が尚のこと威圧感を与える。

 

そんな彼女は「馬鹿者が」と言って一夏の頭を放ると教壇へと登った。

 

「すまないな山田くん、この馬鹿が随分(ずいぶん)と迷惑をかけたようだ。職員会議が長引いたとはいえ、君一人に丸投げしてしまったのはよくなかったな」

 

「い、いえ、織斑先生が謝られるほどのことじゃありませんよ。むしろ私の方が迷惑をかけてしまったようなもので…………」

 

と、言葉がだんだん尻つぼみになっていく真耶の肩を千冬は優しげな笑みを浮かべて叩き、真耶と入れ替わるように今度は千冬が教壇の中心へと立つ。

 

「まず一つ、遅刻について私は君たちに謝罪しなければならない。さっき言った通り職員会議の延長で遅刻してしまったがそれを理由にするつもりはない」

 

千冬は一歩下がるとその場で頭を下げた。その姿に弥生は少しだけ驚く。

 

世界最強が頭を下げるなど聞いたことはないし、そもそもそこまですることの問題でもない。まして仕事上の都合では仕方のないことだろう。普通ならば有耶(うや)無耶(むや)にして終わりにする所だ。それを()えてせず潔く自身の非を認める、流石は『最強』の名を(かん)する人間と言ったところだろうか。

 

教室内の生徒たちがその行動に唖然(あぜん)とする中、頭を上げた千冬は再び一歩前へと進み出た。

 

「さて諸君、遅くなったが私が担任の織斑千冬だ。君たちをこの一年間で使い物にするのが役目だ。私の言うことはよく聴き、理解しろ。出来なければ出来るようになるまで何度でも付き合ってやる。逆らっても構わん。だが私の言葉には必ず返事をしろ。理解出来ようが出来まいが必ずだ」

 

一言ずつに妙な重圧感を感じた弥生は思わず背筋を伸ばす。まるで武偵高(ぶていこう)に逆戻りしたかのような強烈で暴力的な自己紹介だ。

 

見定めるような千冬の鋭い眼光が教室の隅々(すみずみ)にまで向けられ、その視線を浴びた女子たちは緊張のあまりか息を飲んでいる。

 

だが弥生は周囲の変化を特に気にはしていない。むしろこれからが本番だと知っているからだ。

 

そして一拍空けた次の瞬間――――――

 

『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!』

 

教室中の女子が一斉に声を挙げた。それは困惑や疑念の声ではなく、アイドルなどに向ける黄色い声というやつだ。あまりの声量に空気が震えてるんじゃないかと思うほどである。

 

「千冬様よ!本物の千冬様だわ!」

 

「夢みたい!もしかしてこれって夢かしら!?」

 

「私お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

 

教室の至る所からそんな声が飛び交う。当の本人である千冬と言えば呆れたように頭を押さえていた。

 

何の事情も知らない者が居たならばこの状況に困惑したことだろう。だがその理由を知っている者ならむしろ納得さえできる。

 

何故ならば彼女たちの目の前にいるのは第一回IS世界大会『モンド・グロッソ』の初代優勝者であり、『ブリュンヒルデ』の異名を持つかの有名な織斑千冬なのだから。彼女の美貌とその実力から世界中にファンが存在し、おそらくこの学園にいる多くの生徒が憧れを抱いていることだろう。

 

実際、この教室の九割がお祭り騒ぎなのだから。

 

「ハア、今年もか…………。毎年よくもまあこれだけの馬鹿どもが集まるものだな。実を言うと私への嫌がらせか何かか?」

 

やれやれ、と頭を振りながら容赦のない言葉を放つ千冬。しかし生徒一同はそんな辛辣(しんらつ)な言葉に(くっ)するどころか、

 

「ああっ!お姉様!もっと(しか)って!(ののし)って!」

 

「でも時には優しくして!」

 

「そしてつけあがらないように(しつけ)して!」

 

水を得た魚のようにきゃいきゃいと騒ぎに騒いでいた。どうやら千冬の罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)は彼女たちにとってご褒美のようなものらしい。

 

「いい加減静かにしろ!自己紹介はまだ終わっていないだろう!」

 

迫力に満ちた千冬の声が少女たちの喧騒(けんそう)()き消し、たったその一言で教室は静けさを取り戻した。

 

(す、すごい。蘭豹(らんぴょう)並みの迫力だ…………。)

 

もし彼女が武偵高の職員として勤めていたら、間違いなく(つづり)&蘭豹に次ぐ危険人物として認定されていただろう。たった一年足らずしか武偵高に在籍していなかった弥生でも、千冬は間違いなく武偵高で通用する人間だと確信できた。

 

「次、桐原。お前の番だ」

 

周りが静かになったことを確認した千冬はフン、と鼻を鳴らして自己紹介を続けるよう促す。

 

その言葉に対して返事を返したのは一夏の後ろに座る白兎。立ち上がりゆっくりと振り向いた白兎の表情には余裕さえ感じ取れる。同時に全員の視線が殺到するも、一夏のように狼狽(ろうばい)することもなく微笑を浮かべていた。

 

「はじめまして、桐原白兎です。中学まではアメリカで生活していました。ISに関しては全くの素人なので、皆さんにはご迷惑をお掛けすると思いますがよろしくお願いします。ああ、あと日本の暮らしはあまり慣れていませんので、ぜひ皆さんのお力を貸していただけるとありがたいです」

 

緊張した雰囲気もなく、終始落ち着いた様子で自己紹介を終えた白兎は丁寧に一礼して着席した。それと同時に周囲が少し騒めき始める。

 

「海外生活してたんだって。帰国子女だよ帰国子女っ」

 

「本当に居たのね帰国子女。しかもイケメンだなんて反則過ぎでしょ♪」

 

「私、桐原君に日本の色んな魅力について教えに行くわ」

 

男に興味津々な箱入り娘たちはキャッキャッとはしゃぎ始め、再び千冬の一喝が飛び静かになった所で後続の自己紹介が再開された。

 

そんな中で弥生は記憶したクラスの顔と名前を再確認する作業に徹している。クラス名簿は政府経由で事前に渡されているため把握済みではあるが、改めて確認するに越したことはない。

 

顔と名前を再度脳内で一致させつつ周囲を見ていると、目が合った女子たちが嬉しそうにこちらに手を振ってくる。それに対し笑顔で返答すると、千冬に見えない角度でこっそりとガッツポーズを取ったりしていた。

 

(ハア…………。俺はいつからアイドルの真似ごとをするようになったんだか…………)

 

武偵高から一転してIS学園への入学。そして周囲に正体を気取られないために、護衛任務の初日から営業スマイルを振りまく羽目になるとは予想だにしなかったことだ。演技で笑顔を作るとは予想以上に厳しいモノだと悟る弥生だった。

 

「次は雅、お前だ」

 

「あ、はい」

 

あれこれとしている内に順番が回ってきていたらしく、周りの女子たちは『待っていましたあ!』と言わんばかりに瞳を輝かせている。

 

(そろそろ頭を切り替えていかないとね。もう任務は始まってるんだし)

 

そう思い気を取り直した弥生は席を立ち上がった。それと同時にやはり視線が殺到し、一夏と同様に少しばかりたじろいでしまう。

 

(うぐ…………!?覚悟はしてたけどこれはかなりキツイ…………)

 

圧倒的な視線の数、機銃(きじゅう)掃射(そうしゃ)でばら撒かれた弾丸の如く弥生の全身に突き刺さる。もしもこれが本物の銃弾だったなら、蜂の巣どころか姿そのものが跡形も無く消えていたことだろう。

 

だがこの程度のことで一々怖気(おじけ)づいていては今後の任務などこなせはしない。大きく深呼吸をすることでどうにか平静を取り戻した弥生は覚悟を決めて口を開いた。

 

「はじめまして、雅弥生です。中学ではIS工学を専門に勉強してました。趣味特技共に料理です。ここでは数少ない男ですがよろしくお願いします。えと、皆仲良くしてくれると嬉しいです」

 

最後にはにかむような笑顔を――言うまでもなく演技だが――を浮かべて自己紹介を終えた弥生は、妙な達成感を胸に感じつつ席に着く。

 

任務とはいえ自身の交友関係がうまく行かなければ後に支障をきたす可能性は十分にあり得る。そういった不安要素を取り除くために、なるたけ周囲に打ち解けやすくなるよう固すぎない自己紹介をしてみたが、

 

(ど、どうだろう………、俺の作戦はうまく行ってるかな?)

 

せめて興味だけでも引かせられなら作戦成功。なんとなく心配になった弥生はさりげなく周りの音に耳を傾けてみる。

 

「ねえねえ、織斑君と桐原君もいいけど雅君もなかなかじゃない?」

 

「IS工学勉強してたってこと頭は良いってことだよね。憧れるなあエリート男子~」

 

「秀才の上に料理が得意で最後の笑顔も爽やかだし、これは稀に見る逸材だよ」

 

「雅君の得意料理ってなんだろ?後で聞きに行くしかないねっ」

 

想像以上の効果が働いたようで弥生への視線が更に集中する。熱の(こも)った視線が交錯(こうさく)する中でこれはやり過ぎたかなと後悔しつつ、弥生は苦笑いを浮かべながら再び窓の向こう側に広がる景色を眺めるのだった。

 

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