IS<インフィニット・ストラトス> -CODE:Zero-   作:明智ワクナリ

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ども('◇')ゞ

更新がすっかり遅くなってしまいました。すみません………。

ではどうぞ!


『嵐の予兆』①

「やあ」

 

「どうも」

 

一時限目が終了して休み時間に入ったことを確認した弥生(やよい)は、一夏(いちか)の後ろに座る白兎(しろと)に声をかけた。その顔には弥生と同様に疲労の色が浮かんでいる。だが、その前に座る一夏は二人の比ではなかったようで、ノックアウトされたかのように机の上に伸びていた。

 

「……………雅、だったよな。俺は織斑一夏、これからよろしく頼む」

 

「僕は桐原白兎です。改めてよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしく、織斑、桐原。それから俺のことは弥生でいいよ」

 

なんとかして上体を起こした一夏と力強く握手を交わす。

 

「わかりました弥生。僕のことは白兎で構いませんよ」

 

「俺も一夏で良いぜ。よろしくな弥生」

 

そこまで会話が進んだところでようやく三人から安堵(あんど)の息が()れた。この空間に()いて同性の仲間がいるのは何よりも心強く有り難い事である。おそらくは学校側もこういった自体を想定してクラス分けをしたのだろう。教師陣の適切な配慮(はいりょ)に弥生は感謝した。

 

しかし。

 

「にしてもこれはちょっと……………」

 

「あ、ああ…………。もし逃げられるのなら今すぐ逃げ出したいぜ…………」

 

周囲には不特定多数の女子たちがまるで弥生たちを取り囲むように並んでいる。それだけに留まらず廊下では他のクラスや上級生たちまでもが、男子を一目見ようとこの少ない休み時間を潰してまで見に来ているようだ。当然ながら弥生たちの入学は学園中に広がっているため、廊下はラッシュ時の満員電車のような状態に(おちい)っている。

 

そんな周囲から聞こえてくるのは『ねえ、思い切って話しかけてみたら?』『でも、あたし男の人と話したことほとんどないし…………』『じゃあ私が行っちゃおうかなぁ』『ちょっと抜け駆けなんてズルいわよ…………!!』と、相談するというよりお互いを牽制(けんせい)し合うような声だった。

 

たかが同じクラスの男子に声をかけるだけで何を大袈裟(おおげさ)な、と思わなくもない状況だが、現在の社会風潮(ふうちょう)(かんが)みれば仕方ないことだろう。

 

ISが表舞台に登場してわずか一〇年、全世界の男女の均衡(きんこう)は一瞬にして激変した。かつて男性が活躍していた時代も終わりを告げ、現在では女性がこの時代の中心と言っても過言ではない。当然男女の立場は逆転し、男性は女性の付属品として扱われるほど立場が急激に(せば)まっているのだ。

 

そういった背景もあり、共学化の波に呑まれかけていた女子校は次々に再建され、現在の日本国内に存在する学校の実に七割が女子校。そして世界唯一の育成機関であるIS学園への進学希望が多いため、各学校ではISの基礎理論などを事前学習として取り入れているのだが、その実施校は基本的に女子校で行われることが多い。つまりこの場にいる生徒のほとんどが男子という存在に対して曖昧(あいまい)な認識しかしていないということになる。

 

そんな世の中で自分たちと同じ立場に突然現れた(イレギュラー)は当然興味の的であり、それこそが混沌としたこの空間を作り上げている最大の要因だった。

 

「す、すごいですね…………。皆さんの熱意が………」

 

ポーカーフェイス(さなが)らの涼しい微笑を浮かべていた白兎も流石に耐え切れなかったようで少したじろいでいた。弥生も想像以上に精神的疲労が強く、隣にいる一夏に至っては限界を通り越して机に突っ伏している。

 

「なんていうか………パンダやコアラになった気分だよ」

 

「そうだな、こんな状況で笹とかユーカリの葉をのんびり食ってたんだな………」

 

「ある意味尊敬できますね」

 

「「ああ」」

 

動物園の人気者たちに敬意を払いつつ互いに頷き合う。

 

休憩時間は一〇分程度と一般校とはさして変わらない長さだが、三人にとってはこれまでにないほど長く感じてしまう。これからこの空間で過ごしていかなければいけないと思うと気が滅入(めい)るどころの話ではない。

 

流石の弥生もこの重圧には耐え切れず、救いとなりそうな人物を探してみる。しかし当然そんな都合のいい人物がいるはずもなく、諦めて時間が来るまで我慢しようと思った瞬間だった。

 

「オホンッ。………すまない、ちょっといいだろうか?」

 

芝居がかった咳払いをしつつポニーテールの女子が声をかけてきた。

 

妙に威圧感のある仁王立ち姿の女子の顔立ちは端正(たんせい)だが、不機嫌なのかしかめっ面であまり友好的な印象は受けない。腕を組んだその姿は怒りを滲ませているようにさえ見えてしまう。

 

そんな態度の女子にクラス全体が少しざわつき始める中、一夏だけは反応が違った。

 

(ほうき)?箒なのか?」

 

教室に一夏の気の抜けた声だけが響き、名前を呼ばれたことが恥ずかしかったらしく、しかめっ面の女子は視線をあちらこちらに迷わせている。

 

(………彼女が篠ノ之(しののの)(ほうき)、か)

 

一夏の幼馴染でありISの開発者『篠ノ之(たばね)』の妹、篠ノ之箒。今回の任務で護衛対象となっている内の一人だ。

 

入学の経緯については『開発者の最も近い親族であり、外部組織に狙われる可能性が最も高いため』と聞いている。

 

確かに行方不明となっている束を引きずり出す手っ取り早い方法は妹である箒を誘拐することだろう。束がそれに乗ってくるほどの人間性を持ち合わせているかどうかは別として、おそらくほとんどの組織がその方法を考えるはずだ。

 

しかしあらゆる存在に対して不干渉の姿勢を貫くIS学園の中なら別。ここは言わば鉄壁の要塞(ようさい)であり、彼女の安全を考慮するならばこれ以上に無いほど適した環境と言えよう。そう考えればこの判断は最良と言える。

 

あくまでも彼女の意志は除いて、だが。

 

改めて彼女を見ると、何やら落ち着きがなく視線も右往左往(うおうさおう)していて見るからに挙動不審である。場所が違っていたら間違いなく警察に通報されているだろう。

 

しかし彼女の不審な行動の原理を知っている弥生は、彼女がどうしたいかというのをなんとなく理解していた。

 

(聞いてはいたけど、ここまで不器用だったなんてね。…………仕方ない、ここは少しだけ手を貸してあげようかな)

 

資料によれば箒と一夏が別れたのは小学四年生の終わり近く、それから約五年ぶりの再会になるのだから積もる話もあるだろう。

 

不器用オーラ全開の箒に見兼(みか)ねた弥生は彼女に助け舟を出すことにした。

 

「一夏、俺たちのことはいいから話しておいでよ。知り合いなんでしょ?」

 

「あ、ああ。まあそうだけど」

 

「なら話しもたくさんあるだろうし行ってきなって。ねえ白兎」

 

と言って隣にいた白兎に目配せをしておく。すると弥生の意志が通じたらしく白兎も微笑をたたえて頷いた。

 

「そうですね。お話があるのでしたら僕も構いませんよ」

 

「二人ともスマン。一夏、廊下までいいか?」

 

弥生たちの気遣いに箒は申し訳なさそうに言うと廊下へと指をさす。少し気恥ずかしいのか頬をほんのりと(しゅ)に染め、若干(うつむ)き加減で一夏の方を見ている。一方そんな彼女の態度に気付いていない一夏は不思議そうに首を傾げた。

 

「なんで廊下なんだ?話なら別にここだって――――」

 

「女性の頼みごとを素直に受け取らないのはNGですよ一夏?」

 

と、一夏の声を(さえぎ)るように白兎がそう言い、そのまま妙に迫力のある笑みを浮かべて押し黙らせる。程なくしてその笑顔に気圧された一夏が「わ、わかった………」と了承(りょうしょう)するなり涼しげな微笑に戻った白兎は満足そうに頷いた。

 

箒が弥生たちに軽く頭を下げて一夏と廊下に出ると、教室中がちょっとした騒ぎになり始める。

 

『ねえねえ、あの二人って知り合いなのかな?』

 

『織斑くんもあの子のこと名前で呼んでたみたいだし、そうなんじゃない?』

 

『ってことはもしかして恋人関係とか!?』

 

『一日目で一人落とされるなんて想定外だわ。この分だとあの二人も…………』

 

近くにいる男子など目もくれずに様々な憶測(おくそく)を立ててはキャーキャーと騒いでいた。こういったところが実に女子校の雰囲気らしく、自分の立たされている状況を再確認させられる。

 

「大丈夫ですか弥生、顔色があまり優れていないようですが」

 

「う、うん。ちょっとね…………今になって後悔してるだけだから」

 

「は、はあ。よくわかりませんが一度座った方が良いと思いますよ?」

 

「ありがと、そうさせてもらうよ」

 

白兎の小さな気遣いに感謝しながら自分の席に座ると、何度目になるか分からない溜息を空に向かって吐いた。

 

(まったく。場所も場所だけど、護衛対象にも手を焼かされそうだなあ)

 

先の不器用少女との一件に弥生はそんなことを思う。

 

彼女に助け舟を出したのは言うまでもなく自身の厚意(こうい)によるものだが、それ自体の目的は任務のためでもある。

 

今回の任務で護衛対象となる人物は護衛側の弥生一人に対して複数人。本来ならば対象につき最低でも護衛役は一人とするのがセオリーだが、弥生のようなケースは普通ならばあり得ない状況であるが故に対応のしようがない。仮に全員の行動を把握して動いたとしてもどこかで必ず死角が生まれてしまう。

 

だからこそ箒に助け舟を出し、一夏との友人関係を取り持たせようとしたのだ。どちらにせよ護衛することに変わりがないのなら出来る限り固まっていてくれた方がやりやすい。

 

普通ならこの安全地帯そこまでする必要があるかとも思うだろうが、それこそが最も危険な思い込みである。安全と誰もが踏んでいるからこそ緊張感は自然と緩む。そして敵となる存在はその隙を突いてくるのだ。故に安全であるからこそ特に気を付けなくてはいけない。

 

と、そんなことを考えていると不意に隣から声をかけられた。

 

「おやおや~。もしやみやびんは空に思いを()せるロマンチストさん?」

 

「いや、別にそういうわけじゃ…………って。えと、君は誰?」

 

振り向いてみるとどこかのんびりとした雰囲気の女子がゆるりとした笑顔で小さく手を振っていた。おっとりとした眠たげな瞳は楽しそうに弥生を見ている。

 

「私は布仏(のほとけ)本音(ほんね)だよ~。これからお隣さんだねえ、よろしくー」

 

本音はほんわかと自己紹介を済ませるとえへへ~と笑った。どうやらのんびりとしているのは見た目だけでなく話す声や動作まで同じらしい。

 

「えと、俺は雅弥生。改めてよろしく。ところでその『みやびん』って俺のこと?」

 

「そーだよー。雅君だから『みやびん』。それでね、おりむーは織斑君できりりんは桐原君なんだー」

 

「そ、そうなんだ…………。とりあえずこれからよろしくね布仏さん」

 

「うん、よろしくね~。…………(ドサッ)」

 

袖の余った制服をゆったりと振っていた次の瞬間、突然糸が切れたかのように机に突っ伏してしまった。

 

「って…………ど、どうしたの布仏さん!?」

 

急な出来事に動揺(どうよう)しつつも我に返った弥生は急いで本音の肩を揺すった。何の前触れもなく意識を途切れさせるという異常な光景に弥生は一抹(いちまつ)の不安がよぎるが、すぐにそれが杞憂(きゆう)だったと知る。

 

「…………スピー、スピー」

 

聞こえてきたのは可愛らしい寝息だった。

 

「あ、あのー布仏さん?」

 

「…………スピー、スピー」

 

「もしもーし」

 

「うにゅう…………古代ベルカ式魔法の絶対障壁は(ゆず)れないのら~………」

 

「…………………」

 

弥生の呼びかけにも応じず、その上わけのわからないことを言っているが、どうやら彼女は寝ているらしい。命にかかわる何かではないと分かった途端、強張っていた全身の力が抜ける。

 

「え、えーと。大丈夫?」

 

無造作(むぞうさ)に腰を下ろしたと同時に新たな声が弥生に向けられた。顔を上げると腰まである長い髪の女子が苦笑しながら本音の頭を撫でている。

 

「あ、ああ、大丈夫だよ。ちょっと驚いただけで」

 

「本音ちゃんはいつも夜遅くまで起きてるから、午前中はいつもこうなの」

 

「そうだったんだ。それならよかったよ」

 

一時はどうしたことかと心配したため人騒がせな、とも思ったがとりあえず何も無くてよかったと弥生は胸を()で下ろす。登校初日から隣の生徒が倒れて病院搬送などという幸先(さいさき)の悪いスタートでないだけマシな話だろう。

 

「迷惑かけたみたいでゴメンね。え~と………」

 

顔と名前を把握していた弥生だったが本音の仰天行動によって記憶が瞬間的に飛んでしまい、名前がわからず言いよどんでいると彼女ははにかみながら名前を告げた。

 

夜竹(やたけ)さゆかだよ」

 

「ご、ゴメン夜竹さん。まだ名前を覚えきれてなくて…………」

 

「ううん、こんな状況なんだから仕方ないよ。それと迷惑だなんて思ってないからね」

 

にっこり微笑んださゆかは「これからよろしくね雅君」とだけ残して自分の席に戻っていく。

 

その姿に弥生は少しばかり驚いていた。女尊男卑(じょそんだんひ)という現社会の中でさゆかや本音のように普通に男性と接する女性はほとんどいない。とはいえそういった風潮にあまり乗り気ではない女性もいるにはいるが、その多くもやはりどこかで男性をそういった観点で見ている。

 

しかし彼女たちに嫌悪感(けんおかん)といった否定的な空気は感じられず、むしろ同年代の友人として接するような対応だった。

 

本来それが当たり前ことなのだが、そういった時代だからか二人の姿は印象深く感じる。

 

そう思いつつ不思議な雰囲気を漂わせるマイペースな隣人を見て弥生は思わず苦笑する。また一癖(ひとくせ)二癖(ふたくせ)もある子と知り合いになっちゃったなぁ、と新たな嵐の目と遭遇(そうぐう)してしまったことについてそう思うも、不思議とそこに後悔はなかった。

 

(あれ、そういえば何か忘れてるような…………あっ、そうだ)

 

ふと何かを思い出しかけたが。

 

パァンッ!

 

「休み時間は終わりだ。さっさと席に着かんかバカ共」

 

『は、はーい!!』

 

思い出したころには波が引くように去っていく女子の中で一夏は頭を押さえて悶絶(もんぜつ)していた。

 

◇◆◇

 

IS学園ではIS関連の教育科目をコマ単位で行っているため、他の学校とは違い入学初日から授業が行われる。約半年という短い時間の中でISに関する全ての基礎を覚えなくてはいけないのだから、このシステムは当然だろう。

 

という理由から現在は二時限目の授業の最中。内容はISに関する基礎理論について、平たく言えば授業に入る前の復習のようなものだ。壇上(だんじょう)では大型モニターに映し出された画像資料と共に真耶(まや)教鞭(きょうべん)()っている。

 

「さて、ここからはISが実用化に至るまでの経緯の復習になります。ISの開発に着手(ちゃくしゅ)したのは一九八〇年代後半となっていますが、開発計画自体はそれ以前から上がっていました。

当初は開発に莫大(ばくだい)な費用と人材を必要とすることから計画は中断されますが、その数年後に日米欧(にちべいおう)の政府間協定における国際宇宙ステーション建設を受けて再び計画が浮上します。

これにより問題となっていた費用と人材不足は解消されますが、開発は予想以上に難航(なんこう)し、表立った成果がでないことから一二年後の西暦二〇〇〇年に計画は中止となってしまいます」

 

周りのクラスメイトたちは時折頷きながらノートに記入したり、もう聞き()きていると言わんばかりに教科書をパラパラと捲るなど、意外にも授業風景は一般校とさして違いは無い。白兎は少々小難しい表情を浮かべながらも見た目通りの真面目さで周りと同様にノートへ記入していた。

 

一方でISの基礎知識から理論、構造やその他諸々(もろもろ)熟知(じゅくち)している弥生は、適当に教科書を(めく)って授業を受けているかのように(よそお)いながら周囲を観察している。ちなみに隣の本音は堂々とした態度で絶賛爆睡中だった。

 

「ですが計画中止からわずか五年後、現在から一〇年前となる二〇〇五年に篠ノ之博士がISの開発を成功させ、歴史的大ニュースとなり今に至るというわけです。あ、ちなみにISという名称は国際宇宙ステーションの英訳、International Space Stationの略称名・ISSから名付けられているんですよ」

 

と、弥生たち男子三名に向けて真耶は笑顔を浮かべながら付け足した。

 

当初は真耶に授業の進行役が務まるのだろうかと疑問に思っていたが、実際に彼女の授業を受けてみるとその疑問は解消された。全体の要所要所を的確に押さえていながら説明に時間を取らず、その上わかりやすい。言葉にこもる熱意は新任という所が大きいのだろうが、その言葉は不思議とこちら側のやる気を上げてくれている。

 

(きっと将来は良い先生になるんだろうなあ)

 

と、思いつつ最前列の席に目を移してみると、何やら青い顔で肩を震わせている一夏が目に入った。握ったペンが動いていない辺りを見るに、どうやら出だしから行き詰っているらしい。

 

そんな一夏の様子に気付いたのは進行役である真耶だった。

 

「どうしました織斑くん?わからない所があるんですか?」

 

「あ、えっと、その………」

 

言いよどむ一夏はもう一度教科書に視線を落とすも苦い表情に変わりはなかった。聞きたいけど聞けない、という一夏の心を察したのか真耶は満面の笑みで言う。

 

「わからないことがあったらなんでも訊いてくださいね。なにせ私は先生ですから」

 

教師になって間もないであろう彼女は教師魂を(たぎ)らせているらしく、自信あり気に胸を張っている。

そんな真耶の姿勢に後押しされたのか、一夏は潔く挙手した。

 

「先生!」

 

「はい織斑くん!」

 

「最初から最後までほとんど全部理解できませんでした!」

 

その瞬間、まるで時間が停止したかのように教室が静寂に包まれた。そんな中でただ一人一夏だけが言い切ってやったぞと言わんばかりに清々しい表情を浮かべている。

 

「え………?ぜ、全部、ですか…………?」

 

あまりの珍解答に熱く燃やしていた教師魂は一瞬で鎮火(ちんか)したらしく、自身に満ち溢れていた顔は徐々に困惑の色を強めていく。

 

そんな予想外の回答で明らかにたじろいでいる真耶に見兼ねたようで、教室の(すみ)に立っていた千冬が前に出た。

 

「織斑。入学前に配布された参考書には目を通したか?」

 

「えと、あの分厚い本のことですか?」

 

「そうだ」

 

「え~と…………それなら古い電話帳と一緒に間違えて捨てまし―――――」

 

パァンッ!

 

「必読と目立つように書いてあったはずだ。お前は一体何処(どこ)を見ている」

 

「………す、すみません」

 

「全く、世話の焼ける馬鹿者め。あとで再発行してやるから一週間以内に頭の中へ叩き込んでおけ。いいな」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ千冬姉!広辞苑(こうじえん)並みに厚いのを一週間で覚えるのは流石に――――」

 

「やれと言っている私の日本語がわからないのか?」

 

「…………はい、やります」

 

幸か不幸か早くも現れたの悩みの種がコレだった。

 

どうやら一夏には自身の置かれている立場というものを理解できていないようだ。織斑千冬の弟であり男性操縦者の一人として世界中から注目を集め、それに比例するように数多の組織や企業が彼を狙っている。

 

つまり一夏はこの世界にとっての中心、彼の行動によって世界の歴史が変化すると言っても過言ではない。今の一夏はそれ程の影響力を持っているということだ。

 

だからこそ一夏にはそういう立場であることをもう少し認識してもらわなくてはならない。半ば強引に入学させられたとはいえ、そうしてもらわねば護衛する側の弥生もカバーしきれなくなってしまうからだ。

 

(…………確かにこれじゃあただの護衛役には無理そうだね)

 

これからどうしたものかと頭を悩ませていると、不意にポケットの中に仕舞っていた携帯が震えだす。

 

なんだろうかと思いつつ真耶たちに気付かれぬようそっと携帯を取り出し、ホーム画面を見てみると一件のメールが届いていた。送り主は武偵高時代の同級生でキンジの幼馴染である星伽(ほとぎ)白雪(しらゆき)から。タイトルには『キンちゃんが大変!』とだけ表示されている。

 

(白雪から…………?というよりキンジが大変ってどういうことだろ?)

 

白雪とはそれなりにメールのやり取りをする仲ではあるが、優等生の鏡である白雪が授業中のこの時間にメールを送ってくるのはかなり珍しい。タイトルがキンジという辺りが気になった弥生はそのままメールを開いた。

 

『任務中なのにごめんね弥生くん。でも今すぐ伝えなきゃいけないと思うから送るね!』

 

こちらが任務中だと知っていながらメールを寄こしてくるということは、それだけ急を要する事情があったのだろう。文章を下へスクロールさせていくと、予想通りそこにはあまり穏やかじゃない内容が続いていた。

 

『今朝キンちゃん武偵殺しに襲われたらしいの!あ、キンちゃんは無事だよ。あとでもう一度お見舞いに行ってくるけど…………』

 

どうやら白雪の説明によると、キンジが自転車で登校していたところを『武偵殺し』と思われる者に襲われ、間一髪で駆けつけた他の武偵に救助されたらしい。奇跡的に怪我は無いらしく、現在は授業に出席しているとのことだった。

 

『武偵殺し』――――。

 

武偵の車などに小型爆弾を仕掛けて自由を奪い、遠隔操作型の短機関銃(サブマシンガン)を取り付けた車などで追い回し海へと突き落して殺す。武偵のみを狙った犯行を繰り返すことから『武偵殺し』と呼ばれるようになった連続殺人犯だ。

 

年明けに周知メールが出ているため武偵高に通っている学生なら知っているだろう。

 

最近になって犯人が逮捕されたと聞いていたが、どうやら事件解決早々に模倣犯(もほうはん)が現れたようだ。この手の(やから)はそう簡単に後を絶たないため今後の対策が重要となるだろう。

 

キンジが無事であると聞かされて一先ず安堵した弥生は、休み時間にでも白雪にお礼のメールでも送っておこうと携帯を仕舞おうとした時、その文章がまだ画面下へと続いていることに気付いた。

 

弥生が(いぶか)しげにその文章を読んでいくと、そこには驚愕(きょうがく)の事実が記されていた。

 

『あとね、犯人が犯行に使用したものなんだけど、今回の武偵殺しはISを使用してたみたいなの。鑑識科(レピア)の調査だと周辺の防犯カメラとか目撃証言を総合して高確率だろうって。それと犯人はまだ東京周辺に潜伏(せんぷく)してる可能性が高いらしいから、弥生くんも気を付けてね』

 

そこで文章は終わっていた。

 

しかし予想以上のことが書かれている文面に弥生は少しばかり動揺する。

 

武偵殺しが逮捕され、その模倣犯が新たに出没するというのはさして珍しいことでもない。凶悪化の一途(いっと)を辿る昨今の犯罪ではむしろあって当たり前と言えてしまうだろう。前回の犯行と同じ手口だったなら弥生もそれほど気にすることは無かった。

 

しかし、それが個人の手に入る代物ではないISなら話は別だ。国の統制下にあるISを手に入れ犯行に使用するなどただの模倣犯に出来ることではない。

 

(…………それに逮捕から模倣犯の出現まで期間があまりにも短すぎる。まるで警戒が解かれる瞬間を待っていたみたいじゃないか。…………もしかしてっ!)

 

そこで弥生はある一つの推測に辿り着く。

 

もしも先日逮捕された武偵殺しが(おとり)だとしたら。本物の武偵殺しはその裏で警戒が解けるタイミングを見計らっていたとしたら。

 

武偵殺しは非常に狡猾(こうかつ)で、そしてこちら側(武偵)に対して挑戦的な犯罪者だ。今まで証拠すら残すことなく全ての犯行をやり遂げてきた武偵殺しがそう易々(やすやす)と捕まるとは思えない。それに武偵殺しほどの人間なら裏ルートでISを入手することも可能だろう。

 

(どっちにしろ情報が少なすぎる。色々と調べる必要が―――――)

 

「――――くん!あ、あの、聞いてますか雅くん!」

 

「え…………?あ、はいっ」

 

真耶の呼びかけで現実に戻された弥生は素早く携帯を仕舞い返事をした。周囲を見れば生徒たちが不思議そうな顔で弥生に注目している。

 

「もう、ボーっとしてたらだめじゃないですかあ」

 

「あ、あははは。すみません」

 

「気を付けてくださいね?えーと、それじゃあ雅くん。アラスカ条約についての説明をお願いできますか?」

 

「はい、わかりました。えー、アラスカ条約の正式な名称はIS運用協定です。この協定はISの軍事転用が可能となった約一〇年前に国家間で定められ、ISの取引などの規制のほか、ISの技術を独占していた日本への情報開示を含めた協定で――――」

 

もしも武偵殺しがISを使用しているのなら、こちらも少なからず警戒しなくてはならない。

 

白雪のメールに色々と思う所はあるが、今のところは頭の片隅(かたすみ)に置いておくことにした。




さゆかのキャラ像がどうにも掴めない………。

というかサブキャラの絡みとか生徒会と五反田兄妹とか、あと主要キャラの近くにいるキャラくらいしかないしわかるわけないじゃんっ!!

というわけなので、別キャラの場合は基本的にこういう感じだよね?的な感じで進めて行こうと思います。
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