IS<インフィニット・ストラトス> -CODE:Zero- 作:明智ワクナリ
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では、どうぞ!
「…………もうダメだ。死ぬ。死んでしまう」
二時限目が終了して休み時間、白雪へのメールを返し終えた弥生が戻ってくると、一夏が机の上で死んでいた。入学からまだ二時間足らずだというのにこの先彼は生きていけるのだろうかと心配になる。
「二人ともよくわかるよな。俺には全く理解できん」
「いえ、正直なところ僕もあまり理解できていないんですよ。理解するよりも単語を覚えるだけで精一杯です」
一夏と白兎は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「それにしても弥生はすごいよな。なんとなくは知ってたけどあそこまで細かく答えられないぜ」
「そういえば弥生はIS工学を学んでいたんですよね。やはり将来は整備か開発の道に?」
「どうだろうね…………。今はこんな状況になってるわけだし」
と、一時限目の休み時間と特に変わりなく男子だけで会話をしている中、ソレは突然現れた。
「ちょっとそこの方々、よろしくて?」
「「「ん?」」」
鮮やかな金髪と
「聞いていますの?お返事もできなくて?」
カールのかかった髪を手でなびかせる女子生徒はいかにも不満といった口調で聞いてくる。その姿は見るからにお嬢様の
現在の女性は『ISが使用できる』という絶対的な力の差から男性との
というのも国の攻防力、そして軍事力は九割以上がISに
その結果、IS操縦者を募るために各国が発案したのは女性優遇制度だった。
この制度によって有事の際の防衛力は強化されたものの、その代償として男性の世間体は
そしてこの目の前にいる女子生徒こそ、この『女尊男卑社会』でいうところの『今どきの女性』なのだ。
「えと、聞こえてはいるけど」
出来ればそのまま無視しておきたいと思ったが、そうもいかないだろうと判断した弥生は仕方なく三人を代表して答えた。
「全く、聞こえているなら返事くらいするのが常識でしてよ。このわたくしが折角話しかけて差し上げてるのですから、それ相応の対応をするべきではなくて?」
ヤレヤレといった風に肩を
初見の読み通り、この学生は現代社会のソレにかなり染まっていると見受けられる。『ISを動かせるから偉い』、『力のない男は低能』という感覚で接するこの手合いはあまり得意ではない。むしろ関わりたくない女性の部類に入るだろう。
白兎は相変わらず涼しげな微笑を保たせていたが、対する一夏は気に入らなかったようで少し
「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」
おそらく一夏の言葉は嫌味などではなく本心から言った言葉だろう。しかしそれは目の前に立つこの女子生徒を怒らせるに足る言葉だった。
「わたくしを知らないっ!?このセシリア・オルコットを!?イギリスの代表候補生であるこのわたくしを!?」
「へえ、セシリアって言うのか」
「このクラスにイギリスの代表候補生がいるなんて初めて知りましたねえ」
一夏と白兎がそれぞれ皮肉めいた口調で返す。その対応に我慢ならないといった様子のセシリアは、目を吊り上げて隣に立つ弥生に詰め寄った。
「あなたは知っていますの!?どうなんですの!?」
「え………あ、ああ。知ってるよ。入試一位でイギリス代表候補生のセシリア・オルコットでしょ」
血走った目を向けて詰め寄るセシリアに若干気圧された弥生は、彼女を引きはがしつつ仕方なく答える。すると一夏の方から意外そうな声が挙がった。
「弥生、お前知ってるのか?」
「そりゃ知ってるよ。代表候補生なんだからさ」
「先日調べていた中にそのような名前もあった気はしますね」
「…………そ、そうなんだ」
嘘か真か、大真面目に答える二人に調子が狂いそうになる。
セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生であり、彼女もまた一夏たちと同様に護衛対象となっている人物のため、弥生が知っているのは当たり前だった。
事前情報ではイギリスの名門貴族の娘、そしてイギリス最王手のIS開発企業『オルコット社』の社長令嬢だと聞かされている。高飛車でプライドが高く、それ故に人を見下す。まさに絵に描いたような性格の持ち主だ。
「なあ、ところでさ。ちょっと質問いいか?」
「あら、わたくしにですの?ふふ、構いませんことよ。下々のものたちの要求に応えるのも貴族としての務め、何でも聞いてくださいな」
手を挙げた一夏の視線はセシリアに向けられ、それに気付いたセシリアは一転して貴族オーラを取り戻すと、誇らしげな笑みを浮かべながら腰に手を当てた。
「おし、じゃあ聞くけど」
オホンと咳払いをする一夏に弥生たちはおろかクラス全員がその姿に注目する。そして、
「―――――代表候補生って、何?」
その場にいた全員がズッコケた。
なんとか耐え抜いた弥生たちが信じられないという表情で一夏の顔を見ると、当の一夏といえばキョトンとしたまま首を傾げていた。
「どうしたんだ皆?何をそんなに驚いてるんだよ」
「い、いや。それより一夏、今の冗談だよね…………?」
「貴方、本気で言ってますの!?」
「おう、本気も本気だぜ」
「…………胸を張って言うことじゃないよ一夏」
「…………これは流石の僕も予想できませんでした」
嘘のない真剣な表情で答える一夏に一同は唖然とするばかりだった。
一夏のISに関する知識が
「し、信じ難いですわ。
セシリアに至ってはこめかみを押さえながら
「いいかい一夏。代表候補生っていうのは、国家IS操縦者の候補者として選出される学生のこと。つまり今後の国家代表を担うIS操縦者の一人ってことだよ」
「へえ、そうだったのか」
「名称から察するに思いつきそうなものだと思うんですがね…………」
「確かに言われてみればそうかもな」
二人の説明を聞いて興味深そうに頷く一夏に弥生たちはたまらず苦笑いを浮かべた。
この程度の知識なら一般常識として認知されているというのに、彼は今までどういう生活を送ってきたのだろうか?
弥生と白兎が共通の疑問を浮かべている中、セシリアは水を得た魚のように息を吹き返していた。
「そうです、そうですわ!わたくしは選び抜かれたエリート中のエリート!困難を極める
「そうなのか?そんなにラッキーだったんだな」
「どうやら我々は運に恵まれていたようですよ弥生」
「…………二人とも遠まわしに
臆もせず当人の前でそんなセリフを言えてしまうのは、単にこの二人が怖いもの知らずなのか…………。
そんな疑問を浮かべる余地もなく、予想通りセシリアの表情が不服そうに
「馬鹿にしていますわね、このわたくしを。大体、その程度の知識だけでよくこの学園に入学することが出来ましたわね。世界初の男性操縦者がいると聞いて少しは期待していましたけど、期待外れもいいところですわ。特に貴方、知識だけは一丁前に
「そんなつもりはないけど、ご忠告痛み入るよ」
まるで『井の中の
そんな弥生に気付くことなどなくセシリアはさらに続ける。
「あら、意外にも素直ですのね。その調子で自分の立場を
エリートという単語を強調しながらどうだ、と言わんばかりに胸を張るセシリア。
しかし。
「教官………?入試のやつなら俺も倒したぞ」
「…………………は?」
「そういえば僕も倒していますね」
「…………………え?え?」
一夏と白兎の衝撃告白に状況が把握できていないのか、セシリアは目を白黒させている。
「まあ………倒したというより自ら自滅した、という方が正しいのですが」
「おおっ、白兎もそうなのか?」
「というと一夏も同じ方だったんですね」
「多分な。開始と同時にいきなり突っ込んで来たのを慌てて避けたらそういう判定になってた」
「なるほど、僕と全く同じ状況ですね」
一夏たちが雑談で盛り上がる中、未だに状況が把握できていないのかお嬢様オーラを失ったセシリアが話しに割り込む。
「あ、あの……………わたくしだけと、聞き及んでいましたが」
「女子だけっていうオチじゃないのか?」
「そ、それではつまり、教官を倒したのはわたくしだけではないと……………」
「そういうことになりますね」
二人の回答に色々な意味で崩壊しそうなセシリアは、
「あ、貴方はどうなんですの?貴方も教官を倒しましたの……………?」
「え……あ、いや。俺は倒してないよ」
今にも崩れ落ちそうなセシリアを
それを聞いたセシリアは安堵したようにホッと一息吐き、
「…………そう、ですわよね。教官を倒せる方がそんなにいては困りますし…………って、そういう問題ではありませんわ!貴方たちまで教官を――――」
「皆さーん、休み時間はおしまいですよ。早く席に着いてくださいね~」
ぶり返すように目を吊り上げたセシリアの声を
「っ!どうしてこういつもタイミングが悪いのかしら…………!!まだ話は終わってなくってよ!また後で来ますわ!!」
「ったく、何なんだあれ。男嫌いだからってここまで目の敵にされる筋合いはないんだけどな」
「仕方ないよ。今の社会はそういう風に成り立ってるんだからさ」
「それはわかってるけど…………」
『やっぱり納得がいかない』という感じで表情を曇らせる一夏。
その気持ちは弥生も分からなくはない。
しかし、たかだか一六歳程度の少年たちがそれを抗議したところで何が変わるわけでもない。現状に甘んじているつもりはないが、どうすることができないのもまた事実。たとえ抗議したとしても『男性の立場が厳しいこの時代に生まれたのが運の尽き』と
「弥生の言う通りです。我々が抗議したところでどうこうできる問題ではありませんし」
「そうだよ一夏、あんまり気にしない方が良いと思うよ」
弥生と白兎が諭すように言うと「そう、だよな」と
程なくして千冬が教室に入り、弥生たちも一度席へと戻ることにした。
◇◆◇
セシリアとの一件が先延ばしになったことを喜ぶべきか悲しむべきか、そんなことを考えている内に三時限目の授業は始まっていた。一、二時限目とは違い
それは他ならぬクラスメイト達も同じようで、彼女たちからもまた真剣に取り組もうという姿勢が感じられる。爆睡中だった隣の本音でさえ欠伸を噛み殺しながら授業を受けていた。おそらく千冬の鉄拳制裁を受けたくないからだろう。
「さて、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明しようと思うが――――先に再来週行われるクラス代表戦で出場する代表者を決める」
『クラス代表戦』。各クラスから代表を選出し、その中で優勝を争うリーグマッチ形式の試合だ。ここで選出された代表者は今後一年間そのクラスの看板を背負わねばならない。
「
ここまでは別段何事もなく進んでいた。しかし、
「はいっ、私は雅くんを推薦します!」
「あ、私もそれに賛成です!」
「ウチは織斑くんが良いと思いまーす!」
「織斑くんに一票!」
「いやいや、ここは桐原くんが出るべきです!」
「くぅ~、こんなの選べないわ!」
この男子推薦の方向に進んだことで、思いの外早く件の彼女と対決が再開する羽目になった。そして男子三人組の対戦相手は勿論セシリアだ。
「
「ここはISの技術を高める場であって目立てばいい大道芸とは違いますの。そしてこれは実力のある者が選出されるべき事案、つまりこのクラス一の実力者たるわたくしが代表者となるのは当然のこと。それに引き換え、偶然ISを動かせたというだけの素人に代表を務めさせるなど
セシリアの物言いに一夏の表情は徐々に仏頂面へと変わり、白兎の微笑も少しだけ怒気を含ませていた。弥生もこの発言に対しては苛立ちを感じないわけではなかったが、それでも平静を取り
(…………我慢、しないとね。これも任務の一環なんだ、気をしっかり持たないと)
しかしセシリアはそんな弥生たちの胸中に気付く素振りも見せずに続け、
「それに貴方ですわ!」
よりによって弥生を指さした。
「お、俺?」
「そうですわ!何よりもわたくしは貴方の推薦がこの上なく気に入りませんの!IS工学を学んでいたと聞いていますが、貴方のような知識だけで実力の
「………………へえ」
「大体文化としても後進的な国で生活しなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛。まあ貴方たちにはわかりえない苦痛でしょうが」
余程弥生たちが推薦されたことに苛立っているのだろう。実際彼女の剣幕は猛犬が噛みついてくるような勢いで、周囲の生徒たちには彼女を恐れるような空気が漂っていた。
しかし怒り任せで口にした言葉が弥生のスイッチを押してしまったことに彼女は気付いていない。『頭だけの男』、それは弥生にとって禁句であり、触れてはならない地雷だった。それ故に、
「イギリスだって
お返しと言わんばかりにセシリアを睨みつけ、爆弾を投下するという取り返しのつかない行為に及んでしまった。
セシリアを取り巻くオーラが一瞬で凍り付き、クラス全体もまた「うわあ」という表現し難い表情を浮かべたまま静まり返る。
「な…………なな、なななな」
一拍置いて弥生の言葉が
「貴方!今わたくしの祖国を
怒りのボルテージが限界を超えたセシリアが顔を真っ赤にして
「人の国を後進的だのと罵っておいて、いざ自分の国を侮辱されると逆切れ。君の方こそ自分が恥ずかしいとは思わないの?」
「なんですって!?ふざけないで――――」
「……………ふざけてるのは君の方だ、セシリア・オルコット」
底冷えするような怒気を含んだ弥生の一言にセシリアは一瞬たじろいだ。
本来この程度のことで精神を乱すなどあるまじき行為だが、任務を受けた身とは言え彼はまだ一七歳。感情をコントロールするにはまだ少しばかり時間が必要となる時期だ。
体勢を立て直したセシリアはそんな弥生を再びキッと睨みつけ、
「決闘ですわっ!」
もはや耐え切れないと言わんばかりに机を叩いて宣言した。
決闘ということはIS同士の模擬戦を指しているのだろう。どちらの言い分が正しいか、それで決めようということだ。だが任務上自分の素性をわざわざ晒すような行為は避けるべきであり、それを考慮するならば当然この決闘から身を引く必要がある。しかし、
「ああ、構わないよ。その決闘、受けて立つ」
弥生の発言によってこのような事態に発展してしまった以上、収拾をつけるにはこの決闘を受ける他ない。どちらにせよここで引き下がるのは彼女が許さないだろう。
「フンッ。もし故意に手を抜いて負けるようなことをしたら、ただでは済まないことを覚悟しておくことね。わたくしが勝利した暁には、貴方をわたくしの小間使いとして馬車馬の様に使い尽くして差し上げますわ」
「ああ、それで構わないよ。出来るものなら、ね?」
「心配せずともすぐにそうなりますわ」
弥生とセシリアの両者が火花を散らす中、頃合いを見計らった千冬が手を叩いて全員を注目させる。視線の先に立つ千冬は少し楽しそうな笑みを浮かべていた。
「話は纏まったようだな。それでは模擬戦は一週間後。月曜の放課後、第三アリーナで執り行う。雅とオルコット――――そして推薦による織斑と桐原の二名も参加とする」
「ちょ、千冬姉!?」
千冬の想定外の発言に一夏は
「織斑先生だと何回言えば気が済むんだお前は。で、お前の質問は聞くまでもない事だろうが、一応は聞いてやる。なんだ?」
「な、なんで俺たちまで模擬戦に参加することになってるんですか織斑先生」
「お前たちも代表に推薦されたからだ。他に理由が必要か?」
頭を押さえながら呻くように言う一夏に千冬はただそう答えた。
「い、いや、俺は別にクラス代表になりたくないんだけど」
そんな一夏の言葉に千冬が目を細める。
「ほう、つまりお前は推薦を拒否するということか。推薦とは他者がその役職に
「え、あ、いや。そんなつもりじゃ…………」
「ならばやれ。推薦とは皆の期待の証、それを
「……………はい」
肩を落として諦めたように返事を返す一夏。そんな一夏を横目に千冬は白兎へ目を向ける。
「桐原、お前もそれで構わないな?」
「はい、問題ありません」
一夏とは対照的に快く承諾した白兎を見て頷くと、再び千冬は正面を向いた。
「では該当する者は来週までに準備を進めておくように。それでは授業を始める」
弥生たちが席に座ると千冬が授業を再開し、生徒たちもそれに合わせて私語を止める。ページをめくる音やノートに書き込む音が聞こえる中で弥生は頭を抱えていた。
「……………やってしまった。気を付けてたのに……………」
「ドンマイみやびん。男の子は時として強大な敵に立ち向かわなければならないのだよ~」
実に楽しげな口調で本音に励まされ、白兎の方を見ればナイスガッツと言わんばかりに親指を立てて笑っている。
そんな二人を見てさらに頭を抱え込む弥生は、
セシリアは『オルコット社』の社長令嬢という設定になりました。