IS<インフィニット・ストラトス> -CODE:Zero-   作:明智ワクナリ

6 / 7
ども('◇')ゞ

大分遅くなってしまいました………。

ではどうぞ!


『シェア・スタート』①

『それで弥生さん、私に何か言い訳はあるんスか?』

 

放課後、夕焼けで赤く染まる無人の教室で弥生は通信機を手に説教を受けていた。

 

「え、えーと、その…………」

 

『弥生さんのお仕事は何だったんスか?』

 

「秘密裏に護衛することです………」

 

『そうっスよねえ。誰にも怪しまれることなく目標を護衛するのが弥生さんの仕事っスよねえ。それなのに護衛対象へ喧嘩を売った挙句、対象と険悪な関係になってどうすんスか弥生さん……………!』

 

「か、返す言葉も御座(ござ)いません」

 

勿論相手は弥生のバックアップを務める水花(すいか)だ。

 

あの後、セシリアとの一件は瞬く間に学園中へと知れ渡り、休み時間は事実確認などという名目で生徒が押し寄せる始末。しかも放課後までスキャンダルの発覚した芸能人の如く追い回され、無人の教室に駆け込んで今に至るというわけだ。

 

そしてようやく落ち着いたところで水花に連絡し、事の顛末(てんまつ)を話した結果『馬鹿っスか弥生さん!』とお怒りの言葉を頂いている。

 

『まったく、相手がプライドの高い貴族ならこうなることぐらい予想できた筈っスよ』

 

「う、うん」

 

水花の言う通りだった。

 

ヨーロッパでは一九世紀初頭から決闘という、争い事に()いてどちらがより正しいか力で示す一つの競技として()り行われいる。現在も決闘というシステムは存在していて、真剣を用いた学生同士の決闘もあり、海外ではさほど珍しくもないことだ。

 

そして彼女のような貴族としての立場、言わばプライドを何よりも優先する人間は特に古来からのしきたりに従順することが多い。これは決闘を行うことで自身の名声を上げることに繋がるからだ。一九世紀では『男らしく名誉ある紳士』であるとして決闘が行われていたが、現在では『女らしく名誉ある淑女(しゅくじょ)』として行われているのだろう。

 

自身の失敗に後悔の溜息を吐くと、水花はいつもの茶化すような口調に戻る。

 

『まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方ないっス。この件はまた後で考えるとして、他に用があったんじゃないっスか?』

 

「あ、うん。今朝方起きた事件についてなんだけどね」

 

白雪から送られてきたメールにあった『武偵殺し』の件、それについて水花に調査を依頼しようとこうして話しているわけだが、思いもよらぬ横槍のおかげで随分と遠回りしてしまった。

 

『ああ、早朝に通学中の武偵が武偵殺しの模倣犯に襲撃されたやつっスね?それなら現在調査中っス』

 

「流石、情報を掴むのが早いね。ちなみにその情報はどこのサーバーから盗み出してきたのかな?」

 

『盗むなんて人聞きの悪いこと言わないでほしいっスね。諜報科(レザド)の内部データをちょっぴり覗かせてもらっただけっスよ』

 

「あのね水花、それを世間では盗み(ハッキング)というんだよ」

 

通信機の向こう側で心外だといった口調で抗議する水花に、弥生はヤレヤレと呆れて溜息を吐く。

 

彼女はこの世界にそうはいない『天才』と称される人間の一人。かつてアメリカ合衆国(U.S.A)国防省(ペンタゴン)が誇る世界(せかい)最高(さいこう)(ほう)のセキリュティシステム『ファイヤーウォール』を、僅か数十秒で瓦解(がかい)させるという偉業(いぎょう)を成し遂げた天才少女だ。

 

そんな彼女が諜報科のメインサーバーにハッキングをかけるなど雑作もない事だろう。今頃諜報科は躍起(やっき)になって調査しているに違いない。

 

しかし武偵という立場にある弥生にとって、さも当然とハッキングを行う人間が知人にいるのは(いささ)か複雑な気分だった。

 

「それで、どうだった?」

 

『おそらく弥生さんの友人さんが言ってた通り、ISだと見て間違いはないと思うんスけどねえ…………証拠不十分というか、確証を得られるだけの情報がないんスよ』

 

水花の調査によれば、断片的に入手できた映像を解析してISである可能性はほぼ一〇〇パーセント。しかしどれもノイズがひどく映っている姿もかなり遠目だったことから、形状までは断定できなかったらしい。

 

『しかも用意周到に事件現場の圏内(けんない)に存在する防犯カメラは全部やられてたっス。しかも特定可能とされる場所を重点的に。相当厄介な相手っスよ』

 

「ああ、証拠を残さないことで有名だからね」

 

『久々に燃えるてきたっスねえ…………!とりあえずその件についてはこっちでも調査を進めておくっス』

 

「了解、頼んだよ」

 

ハッカーとしての意地に火が付いたらしい水花と通信を終えた弥生は、壁に背を預けながら天井を睨みつけた。

 

証拠という証拠は見つからなかったにしても、水花の調査で一つだけわかったことがある。

 

(異常な周到さと計画性、そして周囲を出し抜く狡猾さ。間違いない――――相手は本物だ)

 

それはあくまでも弥生の勘に過ぎなかったが、こういった場合は勘の方が頼りになる。もし仮に相手が違ったとしてもそのつもりでかからなくてはいけない。

 

放置すればいずれこちらにも被害が及ぶ。そうなる前に手を打つ必要があるのだ。

 

「っと、一番大事なこと忘れた」

 

ここに来たのは何も事実確認だけではない。もう一つ大事な理由があってこの場所に来たのだ。

 

通信機を仕舞った弥生は代わりに携帯を取り出し、電話帳から『遠山(とおやま)金二(キンジ)』を選択して通話ボタンを押す。

 

(怪我は無いって言ってたから大丈夫だろうけど、一応電話しておかないとね)

 

プルルルルッという電子音のコールが二回ほど流れてから電話が繫がった。

 

『も、もしもし、弥生か?』

 

「ああ、俺だよ。久しぶりだねキンジ、って言っても二週間も経ってないか」

 

『そうだなっ。で、どうしたんだ弥生?』

 

「白雪から連絡があってね。一応キンジの無事を確認しようと思って電話したんだけど」

 

『そうだったのか、わざわざ悪いなっ』

 

と早口で答えるキンジ。

 

まるで何かを急いているような、それでいて何かを隠しているような雰囲気だ。どちらにせよ普段のキンジと様子が違うのは明らかだった。

 

「ねえキンジ、どうかしたの?いつもと様子がおかしい気がするんだけど」

 

『ははは、何を言ってるんだね弥生くん。別に何かを隠してるわけじゃ――――』

 

「ちょっとキンジ早くしなさいよ!コーヒーの一つも満足に作れないわけっ!?」

 

次の瞬間、甲高いアニメ声と床をガンガンと踏み鳴らす音がキンジの声を遮った。

 

「へえ、ルームメイトがいなくなった途端に女の子を連れ込むなんてやるねぇ、キンジ」

 

『んなわけあるかっ。ちょっと面倒な事に巻き込まれてんだよ』

 

「ふふ、わかってるよ。根暗で昼行灯(ひるあんどん)なキンジにそんなことできるとは思ってないしね。そんな事だろうと思った」

 

『うぐ…………根暗と昼行灯は余計だろうが。ったく、そんなことよりお前、今任務中だろ?電話なんかしてて大丈夫なのかよ』

 

「まあね、こっちの仕事はどちらかと言えばルーズな方だからね。…………ある意味ハードだけど」

 

『ま、まあお前も苦労してるんだな。二人揃って厄日とはつくづく運がねえのな俺たち』

 

「そうだね、違いないや」

 

そう言うと二人して疲労を滲ませながら笑った。

 

気の知れた友人と話せる、そのことがこんなにも幸せだったのかと弥生は改めて知る。こんなことを思うのはおそらく自身を偽らずに話せるからだろう。

 

『まだ出来ないわけ!?あと三〇秒で出来なかったら風穴なんだから!!』

 

すると少女の声がまたしても電話に介入してきた。風穴とはまた物騒な脅し文句である。それを聞いた弥生は苦笑交じりで言う。

 

「あはははは、なんだかのんびり話してる余裕はないみたいだね」

 

『すまん、折角電話かけてもらったのに…………』

 

「いやいや、こっちこそ忙しい時に電話しちゃってごめんね。とりあえず無事そうだし今日はこの辺にしとくよ。頑張ってねキンジ」

 

『ああ、死にたくないからな。そっちも任務頑張れよ』

 

キンジとの通話を終えた弥生は携帯を仕舞うと再び天井を見上げる。

 

(相変わらずお互いに苦労の連続、か…………)

 

昔からそうだった。

 

事あるごとに面倒事に巻き込まれ、事件と常に隣り合わせだったことを覚えている。中には安心して学校生活を送ることすらままならない時期もあった。そう考えればよくもまあ死なずにここまでこれだものだとある意味で感心してしまう。

 

「俺も頑張らないとね」

 

気合を入れ直すようにパンと頬を両手で叩いた弥生は、次の戦地へと(おもむ)くことを決意し、教室の扉を開けて寮へと向かった。

 

◇◆◇

 

このIS学園は全寮制、つまり寮での生活が義務付けられている。

 

これは将来有望な生徒たちの安全を守るためのものであり、未来の国防力に関わる人材を養成する場としては当然の処置だろう。

 

そしてそれは男性である弥生たちにとっても同じことで、男子三人も寮生活となるのだが、それが弥生を悩ませる新たな問題として現れた。

 

――――そして現在も。

 

「え、えーと…………これはつまりどういう状況なの?」

 

「さ、さあ。僕が来た時には既にこの状況でしたが…………」

 

弥生たちが唖然(あぜん)とした表情で見つめている先には青い顔をした一夏の姿があった。

 

何故か一夏は目の前にある扉に向かって土下座していて、正面の扉には無数の穴とこれまた不思議なことに木刀が突き出ている。

 

弥生は扉に向かって平謝りを続ける一夏に近づいて声をかけた。

 

「…………あ、あのさ、一夏。訊きずらいんだけど、何があったの?」

 

「あ、ああ。弥生、白兎。実は箒がルームメイトだったんだけど、その……………色々と問題があってな」

 

バツが悪そうに表情を曇らせる一夏。

 

話しによれば、箒がシャワーを浴びていることに気付かず部屋に入ってしまい、それに気付いた彼女は同性のルームメイトだと勘違いしたらしく、バスタオル一枚で箒が挨拶に出たところでご対面というわけらしい。

 

何故このような事態になってしまったのか、その原因は(さかのぼ)ること三〇分前。

 

◇◆◇

 

記念すべき初日の授業を終えた放課後。机の上で伸びていた一夏を白兎と二人で励ましていた時だった。

 

「あ、皆さんまだ教室に残ってたんですね」

 

声をかけてきたのは真耶、相変わらずサイズの合っていない眼鏡をずり下げながら肩で息をしている彼女の手には、書類と三つの鍵が握りしめられていた。

 

「どうも、山田先生。僕たちに何か御用がありましたか?」

 

「はい。えっとですね、寮の部屋割りが決定したのでそれを伝えに来ました」

 

「そういえば荷物は預けたけど部屋割りはまだ聞いてなかったね」

 

弥生と白兎が一様に頷いていると、机に伸びていた一夏が首を傾げながら言った。

 

「あれ?俺が聞いた時は部屋の割り当てが決まってないから、一週間は自宅通学だって話だったんですけど」

 

「ええ、その予定だったんですけど事情が事情なので少々強引に部屋を割り振ったんです。―――って皆さん事務側から通達が来てないんですか?」

 

「「「ないです」」」

 

弥生もそれは初耳だった。

 

確かに世界初の男性操縦者を不可侵領域であるIS学園から出すのはあまりにもリスクが高すぎる。水花からの伝達がない辺り急遽(きゅうきょ)部屋割りを変更したのだろう。

 

と、そこで弥生は真耶の言葉に疑問を感じた。

 

「あの先生、部屋割りを強引に決めたっていうのはどういうことですか?」

 

「え?あ、あの、それはですね。その、何と言いましょうか……………。いくら急を要するからとはいえ、私もこういうのはあまり…………というか良くないと思うんですけど。……………一応は生徒会の意向もありますし……………」

 

表情が濁り目を泳がせながら段々と声が尻すぼみになっていく真耶に、弥生は言い様のない不安を感じてしまう。

 

「と、とにかくですね、これが寮までの地図とルームキーです。失くさないように気を付けてくださいっ」

 

◇◆◇

 

時刻は戻って現在、以上の理由からこのような事件が発生しているのだ。

 

一夏の部屋番号は一〇二五室、そして白兎と弥生もそれぞれ一〇三二室と一〇四五室と分かれている。

 

弥生は任務上、寮内全ての部屋割りを把握している。その情報が今現在も正しいとすればそれぞれの部屋には同居人(ルームメイト)が存在するのだ。そしてそれは言うまでもなく女子。

 

つまりこの学園は年頃の男女を同じ部屋に放り込んだということだ。

 

いくら外へ出した場合のリスクが高いとはいえ、これはこれでかなり無理のあるやり方だろう。そもそもこの学園に入学したとはいえ、それはあくまでも表向きの話。弥生の目的は身分を隠したまま対象を護衛することであり、そのためにはそれ相応の準備というものが必要になる。

 

それ故に周囲に部外者が居ない状況、つまり一人部屋くらいは政府が気を利かせて用意するだろうと考えていたが、それは浅はかな考えだったのかもしれない。

 

(それに山田先生から微かに聞こえた『生徒会』っていうのが気になるな)

 

そのフレーズに違和感を感じながらも再び意識を一夏の方へと向ける。こうなることはルームキーを渡された時点でなんとなくは予想していた。

 

自分の同居人が同性の女子ではなく異性、しかも年頃の男子ともなれば少なからず問題が起こるのはもはや必然。箒自身も寝食を共にする相手がまさか一夏だとは思っていなかっただろう。

 

それ故にこのような……………木刀で扉を突き破るという暴力的な行為に及んでしまったに違いない。

 

(不幸の事故とはいえ確かに彼女が怒るのも当然なんだろうけど……………流石に木刀で襲い掛かるのはどうかな?)

 

もしかすると危険は外部ではなく一夏のすぐ傍にあるのかもしれない。

 

一方で、隣にいる白兎といえば木刀の突き出たおぞましい扉を興味深そうに観察していた。

 

「しかし、この木製の扉を(ひび)一つ入れずに貫くとはとても洗練された突きですね。日々の鍛練なくしてこの技は不可能でしょう。どうやら篠ノ之さんは剣道の有段者のようですね」

 

と、何故か扉を見ながらうんうんと頷いて感心している白兎を横目に、弥生は一夏の肩を叩いた。

 

「えと…………一夏、助けてあげたいのはやまやまなんだけど」

 

「ああ、わかってる。これは俺が片づけるべき問題だからな。サンキュ、弥生」

 

「うん、頑張ってね一夏」

 

「僕も応援してますよっ」

 

弥生は苦笑いを浮かべていたが、白兎の笑顔はどことなくこの状況を愉しんでいるように見えた。木刀で扉を貫く箒も十分に危険だが、隣で浮かべている黒い影が見え隠れしそうな笑顔もどことなく危険な臭いがする。

 

「ああ。ところで二人の方はどうだったんだ?」

 

「僕も同じく女性の方でしたね。まあ木刀で襲い掛かられることはありませんでしたが、かなり動揺はしていましたね。まあ、それが当然の反応なんですけど。弥生はどうです?」

 

「いや、俺の方はまだ。これから部屋に行こうと思ってたところだよ」

 

「そうでしたか、なら早く向かわれた方が良いのでは?誤解は早々に解いておいた方が良いでしょうし」

 

「そうだね。じゃあ一夏、頑張りなよ」

 

「おう」

 

白兎の言葉も一理あると思った弥生は、一夏たちに手を振って自分の部屋へと駆け足で向かった。

 

◇◆◇

 

しばらく、と言っても一分程度歩いたか歩かないかというところで足を止めた。

 

「えーと、一〇四五室は……………あったあった」

 

弥生は扉の前に立って真耶から手渡されたルームキーを差し込む。しかし、

 

(ん?開いてる……………ってことはもう部屋にいるのかぁ)

 

そう考えた途端に気が重たくなる。

 

まだこちらが先に部屋で待っていれば後から来るルームメイトと少しは身構えて話せるのだが、自分が後から入室となるとルームメイトとの間に気まずい空気が流れるのは目に見えている。

 

しかしこうして部屋を割り当てられてしまった以上、ルームメイトとの接触は避けられない。

 

「……………もう、なるようにしかならないよね」

 

改めて決心した弥生は念のため一歩扉に近づいて強めにノックする。

 

すると扉越しに「はいは~い、開いてるよ~」とつい最近どこかで聞いたようなのんびりとした返事が響き、それを確認した弥生は意を決してドアノブを捻った。

 

「お、お邪魔します」

 

弥生は緊張した面持ちのまま、簡易ながらも割としっかりとした造りの玄関を(また)いだ。

 

廊下と呼ぶには少し短い通路を進むと、まず最初に大きな二つのベッドが目に入った。見た目からして高級そうなそのベッドは高級ホテルにあるスイートルームのタイプとほぼ同じものかもしれない。

 

そして同時に見えたのは奥のベッドで寝そべるルームメイトの姿だった。

 

ベッドの上でお菓子を広げながらノートパソコンを弄っていた少女は、こちらの存在に気付いたようでポッキーを(くわ)えたまま体を起こして弥生の方へ向く。

 

「やあやあ、これから同室になるお仲間だね~。私は布仏本音だよー。これからよろし…………く……………?」

 

そこにいたのは今朝のSHRで高速睡眠を披露して弥生を仰天させた本音だった。

 

黄色い生地で出来た耳と尻尾のついている着ぐるみめいたパジャマを着た本音は、相変わらずのほほんとした挨拶をしてくるも弥生が視界に入るや途端に言葉が途切れる。

 

「や、やあ。布仏さん」

 

とりあえず何か話さなければと思った弥生は無難に挨拶をしてみた。

 

しかし当の本人と言えばキョトンとした顔で弥生をジーと見つめるだけで、何とも言い難い空気に妙な汗が流れる。

 

「あれれ?なんでみやびんがここにいるの?もしかして部屋間違えちゃった?」

 

表情は引きつり言葉もぎこちない弥生を見て目をパチパチさせている本音は首を傾げる。彼女の言う通りこれが間違いだったら良かったのにと弥生は心からそう思う。

 

「え、えーと、その。布仏さんのルームメイト、俺なんだ」

 

その瞬間本音がフリーズした――――というより周囲を取り巻く空気まで一緒にフリーズしたと言うべきかもしれない。

 

とにかくこれは非常に(まず)い状況だと判断した弥生は慌てて続けた。

 

「い、いや、アレだよ布仏さん。悪戯(いたずら)とかじゃなくて本当なんだよ?俺もこういうのは良くないと思うんだけどさ、なんか知らない内に決められちゃってて……………。あっ、別に布仏さんが嫌だっていうわけじゃないんだけど、ほら、やっぱり年頃の男女が同じ部屋で過ごすのは色々といけないんじゃないかなあって……………」

 

「………………」

 

弥生が誤解を与えぬよう必死に弁解(べんかい)(こころ)みるも、本音の反応は依然としてナシ。流石の弥生も無言の空気に気圧されて口をつぐんでしまった。

 

(終わった…………全てが……………)

 

と、弥生が絶望に打ちひしがれていたその時。

 

「そうなんだ~、みやびんが私のルームメイトだったんだね~」

 

予想とは裏腹にほんわかとした笑顔で返す本音に、弥生は思わず「えっ?」という間抜けな声を出してしまった。

 

「あ、ああ。うん、俺がルームメイトなんだよ」

 

「そうみたいだね~。へへへへっ」

 

「そうそう。あ、あはははは」

 

二人は顔を見合わせてお互いに笑い合った。しかし―――――。

 

 

 

「ええええええええええええええええっっ!!!??」

 

 

 

これで全てがうまく行くはずもなく、本音の絶叫に弥生は溜息を吐く他なかった。

 

◇◆◇

 

弥生たちに宣戦布告をしたセシリアは、学園備え付けのエレベーターで地下へと向かっていた。

 

あの後セシリアも決闘の話題で注目が殺到していたが、射抜くような眼光でその全てを蹴散らし、近づき難いオーラを(まと)わせたままこのエレベータに乗っている。

 

「なんなんですのあの方たちは!?思い出しただけで腹が立ちますわ!!」

 

周囲に人の目がない事もあってかセシリアの苛立ちは昇る一方。端正な顔立ちを歪めながら下唇を噛んで拳を壁に打ち付けた。これでハンカチでもあればコミカルな漫画のワンシーンになっていたことだろう。

 

元よりあの三人は気に入らなかった。

 

IS学園で不動の地位を築くはずだった計画を木端微塵(こっぱみじん)にし、それどころか自分より遥かに劣る男が同じ土台に立った程度で周囲に支持されているのが何より気に食わない。過ごした時間のほとんどをISの修練に費やし、血の滲むような努力を重ねてきた自分より偶然ISを動かせただけの男が自分の上に立つなど許せるはずがない。

 

(何よりも気に入らないのはあの雅とかいう男ですわ…………!!)

 

雅弥生。中学時代はIS工学を学んでいたと言っていたが、セシリアは所詮女性への負け惜しみだろうと考えている。ISの知識を詰め込めば女性との差を少しでも縮められるんじゃないか、そんな不埒(ふらち)な考えで学んでいたに違いないと。

 

たまたまISを動かせるようになり調子に乗って周囲に博識(はくしき)ぶっている。セシリアには弥生がそんな風に見えていた。

 

彼女の認識はかなり歪曲(わいきょく)しているが、自分を侮辱(ぶしょく)するだけに留まらず祖国さえも侮辱したという事実がさらにそれを加速させている。

 

顔を思い出しただけで青筋が浮かび上がりそうなほど怒りに支配されているセシリアは、エレベーターの扉が開くなり大股で奥へと進んだ。

 

セシリアが足を運んだのは地下三階にある射撃場、主に代表候補生が使用する目的で設置された設備だ。

 

代表候補生ともなると体術などの生身の戦闘訓練や、実銃による射撃訓練も受けているため、自主訓練用としてIS学園内ではこういった施設が複数存在する。日本の法律では警察機関や武偵以外の実銃の携帯や使用は禁止されているが、ある意味で無法地帯でもあるIS学園では、特定の区域内でのみ許可を得ている人間は実銃の使用を許可されているのだ。

 

それはイギリスの代表候補生たるセシリアも当然許可されている。

 

金属で覆われた冷たい空気の漂う廊下を抜けたセシリアは、立ち並ぶロッカーの前に立つとその内の一つに迷うことなくカードキーを差し込んだ。

 

ピッ、という軽快な電子音と共にロックが解除されると扉が自動で開き、中に格納されていたライフルを取り出す。

 

アークティク(A)ウォーフェア(W)50、オルコット社の傘下(さんか)に加わっている銃器メーカー、アーキュラシー・インターナショナル社が自社で開発したL96A1をベースに発展させた五十口径の大口径対物狙撃銃だ。

 

全長約一・三メートル、総重量は約十三キロ弱と少女が扱うには少々サイズ違いのように見えるAW50を慣れた手つきで手にしたセシリアは、その場で各部チェックを済ませるとベルト部分を肩にかけて射撃レーンへと向かう。

 

途中でイヤーマフとゴーグルを装着したセシリアは、射撃レーンに到着するなり台にバイポットを立てて銃身を固定させた。予め手にしていたマガジンをセットし、ボルトハンドルを引いて初弾を装填(そうてん)させると仕切り板の側面に設置されたボタンを押す。

 

すると正面のモニターがカウントダウンを始め、セシリアはゆっくりと深呼吸をして気分を落ち着かせていく。

 

狙撃手に必要とされるのは正確無比な狙撃技術、強靭な精神力、そして冷静な判断力だ。目標を一撃で無力化する、後方支援に於いて彼らに求められるのはたった一つそれだけ。

 

(わたくしに狙い撃てないものなんてありませんわ。相手に隙を与えず制圧する、それがわたくしのスタイルですもの)

 

心を無にしてスコープの先にある目標を撃ち抜く、そうすることによってカウントが終わる頃にセシリアは銃と一体化していた。

 

そしてカウントゼロのアラームと同時に、セシリアは二〇〇メートル先に出現したターゲットボードに狙いをつけてトリガーを引く。

 

けたたましい炸裂音が波紋のように空間全体へと広がり、空の薬莢(やっきょう)が銃身から吐き出された。衝撃が体を突き抜ける手前で素早く次弾を装填したセシリアは、即座に発砲、また即座に装填とテンポを崩さずに撃ち続け、次々とターゲットボードに銃弾が吸い込まれていく。

 

マガジンに装填された五発の弾丸の内、四発分の薬莢が吐き出され、再度トリガーにかけた指に力を込めた瞬間だった。

 

『…………ふざけてるのは君の方だ、セシリア・オルコット』

 

(―――――――っ!!?)

 

あのナイフのような弥生の眼光がフラッシュバックし、標準がぶれたと同時に最後の一弾が放たれた。

 

チリン、という薬莢の落下音と共に終了を告げるブザーが鳴り響く。しかしセシリアは立ち(すく)んだまま動けずにいた。

 

先の弥生の姿を思い出した途端にセシリアの体は硬直してしまった。

 

幼少の頃からISに触れていた彼女は大人たちの中に混じって技術を磨き、時には現役の軍人とも模擬戦を行ったこともある。戦いというものを知っている彼女たちからは、他の人間とは異なる圧倒的な存在感があった。

 

だが弥生のソレはどれにも当てはまらない、今までに感じたことのない圧力がある。

 

ただ反発され、ただ睨み付けられただけ。それだけのことで今自分の精神は驚くほどかき乱されている。その証拠にAW50を構える手は小刻みに震えていた。

 

(わたくしがあの程度の男に圧倒されてるとでも…………!?)

 

「そ、そんなこと認められませんわ!」

 

声を大にして言ったセシリアはブンブンと頭を振ってその考えを振り払う。

 

ありあえない。血を吐くような努力を積み上げてここまで上り詰めた自分が、今までISに触れたこともないただの男に怖気づく理由などあるはずがない。

 

そう、父と同じ男になど…………。

 

(代表の座はこのわたくし、セシリア・オルコットの物。何人たりとも邪魔はさせませんわ)

 

決意を胸に再びAW50を既定のケースに返却し、足早にエレベータへと戻る。

 

この程度で受けた屈辱(くつじょく)を晴らすなど到底及ばないものだが、さっきまでに比べれば幾分か落ち着いている。まだ熱を持っている怒りを頭を振って追い出したセシリアは、自身の衣服についてしまった硝煙(しょうえん)の臭いに顔をしかめた。

 

正直に言ってセシリアはこの臭いが大嫌いだった。数え切れぬほどの人命を奪ってきた武器から吐き出される独特の香り、それを全身に浴びることで自分もまた命を奪う人間の一人になったような感覚に(おちい)ってしまうからだ。

 

それを言うならばISという現代兵器の遥かに超越した兵器を身に(まと)っているのはどうなのか、という話になってしまうのだが、それについては彼女の中に嫌悪感というものはない。例え嫌悪感があったとしても、彼女にはISに乗り続ける理由がある。

 

「ハア…………、部屋に帰ってシャワーを浴びたいですわ」

 

独り言のように呟きながらセシリアは自室へと足を向けた。

 

◇◆◇

 

「そういうことだったんだ~」

 

数分後、落ち着きを取り戻した本音に弥生が事の経緯について説明した結果、本音は(こころよ)く弥生を受け入れてくれた。

 

きちんと説明したところで一悶着(ひともんちゃく)あるだろうという予想を立てていた弥生にとって、この結果はそれを大きく上回るものだった。今回に至っては彼女のマイペースさが功を成したのかもしれない。いずれにせよ弥生にとっては助かる話である。

 

「ごめん、最初にちゃんと説明しなかった俺が悪かったよ」

 

「えー、そんなことないよ?みやびんはちゃーんと私に説明してくれたんだし、とりあえずは万事オッケーってことで。私こそ急に大きな声出してごめんね~」

 

現在は双方とも向かい合うようにベッドに腰掛けている。ちなみにベッドの使用権は奥の窓側が本音、そして玄関側が弥生ということで決定した。

 

「だけど、本当にいいの布仏さん。俺、男だし迷惑とかにならないかな?」

 

「大丈夫大丈夫、心配しないでみやびん。この程度で狼狽(うろた)える私ではないのだ~」

 

大船に乗ったつもりで安心してね~、と朗らかな笑顔を浮かべる本音。そんな彼女の対応のおかげか、肩に圧し掛かっていた重みがスッと消えていくのを弥生は感じた。

 

(まったく、本当に面白いな布仏さんは。でも彼女とならなんとかやっていけそうな気がする)

 

「ありがとう、改めてよろしくね布仏さん」

 

「うん、こちらこそよろしくね~」

 

握手を交わした二人は顔を見合わせて可笑しそうに笑い合った。

 

「とりあえず時間も遅いし決め事は明日にするとして、先に荷物片づけちゃってもいいかな?」

 

「そうだね、じゃあ私も手伝うよー。ついでにみやびんの持ち物検査だ~」

 

そう言ってベッドから立ち上がる前に本音が驚くほどの俊敏さで弥生のバッグへと飛び込んだ。

 

「ちょっ!?布仏さん!?なに勝手にバッグの中漁ってるのさ!?」

 

「あれれれ~?どうしたのみやびん?私に見られたらマズい物でも入ってたりして~」

 

「べ、別にそういうわけじゃないけど、見られたくない物だってあるからね?」

 

諭すように語り掛ける弥生だが、本音はバッグの中身が相当気になるようで頬を膨らませている。そして――――

 

「むうぅぅー…………隙ありっ!」

 

「あっ!」

 

一瞬の気の緩みを見逃さなかった本音は弥生の脇を通り抜け、バッグの中身に手を突っ込み掴んだものを思い切り引っこ抜いて見せた。

 

「やったー獲ったどー!」

 

「あっ!?それはダメだって布仏さん!」

 

「ふっふっふっ、返してほしければ私を捕まえるのだ~」

 

「こら、待て~~~~~~!!」

 

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