「……」
長い1日が終わる。
無論のこと、時間の流れは常に平等であるため、正確には長く感じた1日。
長く感じるということは、それだけ色々と考えることがあったということだ。
警察の事情聴取というものを受けたのも、これで2度目となるわけだが…。
予想以上に事細かな、質疑応答の繰り返し。
当初はちょっと気持ちが
そう何度も受けてみたいって思うものじゃない。
「……」
結局のところ、目立った被害は無かったというのが現状だった。
『ベチェレスの書』と呼ばれるものに関しても、書庫の管理を務める
笹原先生からは、そういった
どうにも手掛かりの少ない事件である。
『ピューマ』と『ウルフ』…そう呼び合っていた、2人の男。
そして、あの手紙の差出人の正体も気になるところである。
あんな風に事態を事前に予測出来ていたのならば、別に僕らにではなく、
もうちょっとその道の専門家に対応を願い出るべきではないのか。
……
僕はベッドから腰を上げ、テクテクと自分の机の前に歩み寄る。
そして引き出しを開け、中からある物を取り出した。
それは龍頭公園で拾った、あの光る星のペンダントである。
「…んっ?」
何とはなしにその星の飾りを見る僕に、ふと過去の記憶が蘇る。
『5つの星と5人の勇者』…。
あの奇妙な石版に刻まれていた文字。
『星』とはまさか…これのことを指しているのではないだろうか?
安易な発想かもしれないが、そう考えてみると、そんな風にも思えてきた。
すると、残る『星』は4つとなり、後は――
「5人の勇者…か」
そんなもの、一体どうやって捜せばいいのだろうか。
というか、それは普通の人ときっちり見分けが付くものなのだろうか?
そうでなければ、捜しようがない気がする。
……
あれこれと脳内での議論はしばらく続いたが、結局、
目を惹くような意見は出ずじまいに終わった。
考え過ぎるのは僕の悪い癖の1つなので、今日はひとまず眠ることにする。
明日は、さて…何をどうしようか。
休み時間。
僕はフラッと教室を抜け出しては、学校内の散歩に興じていた。
時折僕は、貴重な休み時間をこうして過ごすことにより、心身をリラックスさせる。
「……」
自然と足が出向いた先へと到着し、その先にあるものを見つめる。
階段の陰にひっそりと姿を隠す、頑丈そうな扉。
初めてそれを目にした時と変わらず、当たり前のようにそこに存在している。
思えばあの日が、何かの始まりを告げる日だったようにも感じる。
あの日、僕の元にミステリーハント部からの『入部資格認定書』が届いた。
そんでもって僕は、その日の放課後、旧校舎へと
「――やっぱり、その扉が気になるんだ」
デジャヴを感じ、その声のする方を振り向く。
そこにいたのはやはり、あの時に出会った細身の男子生徒。
彼は階段の上の方から見下ろす形で、こちらに目をやっている。
「無理もないよ。 君はその扉の先にあるものを、
ずっと待ち望んできた筈なんだから」
「……」
小さく微笑みながら話す彼の言葉。
その意味は、やっぱり汲み取れそうもない。
僕はただ、黙って彼を見つめ返すことしか出来なかった。
「あっ…ごめん。 自己紹介が遅れちゃったね」
そんな僕に対し、戸惑う様子も悪びれた様子もなく、彼は次の言葉を発す。
微笑んではいるのだが、どうも目が笑っていないというか…
全体的な雰囲気からしても、何処か芝居がかっているような印象を受ける。
「僕、2年の
「…1年の、杉山榛名です。 ミステリーハント部所属です」
暁と名乗ったその男子生徒の姿を、今一度よく見てみる。
端正な顔立ちはしているが、とにかく細身で、背も低い。
そして何より…瞳の奥から、何か強い
それは
濁った水が染み付いたような部分が放つ、心のサイン。
何かしらのトラウマや、難病を抱えた者に多く備わってしまうものだ。
「フフッ、そんなに怖がらなくていいよ。 僕…君のこと、気に入ってるんだから」
安心させようと発した言葉なのかもしれないが、これだけ面識が薄く、
かつ怪しい雰囲気を漂わせる人物に気に入られても、素直には喜べない。
せめてもう少しぐらい、素性を明かしてはもらえないものだろうか。
「僕たち、また会えるから。 …それじゃ」
こちらの方へ、誰かが歩みを進めている足音。
それが耳に届いた次の瞬間、彼は一方的に話を切り上げると、
前回と同じ捨て台詞を口にし、早足で階段を上っていった。
廊下の先からこちらへと、静かに歩みを進めるその人物。
長い髪と、その落ち着いた立ち振る舞いには、見覚えがある。
「…あら、杉山くん。 そんな所で、何してるの?」
我ら1年D組の担任を務める、安曇先生。
思わぬ人物との遭遇に、僕は少し戸惑い、返す言葉に迷った。
「散歩の途中で、ちょっと気になるものを見付けまして」
僕はそう言って、階段の陰にあるあの扉へと視線をやる。
見付けたのはもっと前のことであるが、まぁ細かいことはいいだろう。
そんなに何度もこんな所を訪れていたとなれば、変な人とも思われかねない。
「あぁ、その扉…? そこはね、開かずの扉なのよ」
「…開かずの扉?」
安曇先生が口にした言葉に、僕はちょこっと首を傾げる。
そんな仕草を見た先生は手を口元にやり、おかしそうに笑った。
僕はとりあえず、続きの言葉を待つことにする。
「倉庫として使われていたんだけど、誰かが鍵を失くしちゃったみたいで。
もうずっと前から、閉店休業中ってわけ」
「…そうなんですか」
鍵を失くしたから、扉が開かなくなった。
実に単純明快で、味気ない結末である。
だが――本当にそうなのだろうか?
僕の野性的な勘が、それが真実ではないと告げているような気がした。
「なぁに? 難しい顔して…何を考えてるのかしら?」
先生が興味有りげにこちらを見つめながら、そんな疑問をぶつけてくる。
考えもまだ
答えられる範囲での返事をすることにした。
「僕は、この顔しか出来ませんから」
「……」
ちょっと複雑そうな顔を見せる安曇先生の横をすり抜け、
僕は新校舎方面へと歩き去る。
そろそろ、教室へ戻ることにしよう。
昼食を終えた僕と秀輝くんは、揃って図書室へとやって来た。
秀輝くんはもう、超が付く程の読書家だし、僕もそれなりに本は好きだ。
だから、束の間の自由を楽しむために僕らがここへやって来るのは、
至って自然の流れと云えるだろう。
「…ふ~む」
整然と立ち並ぶ本の列の前で、今日の
僕は正直言って、あまり堅苦しい内容の本は好きではない。
いや、堅苦しいというよりも…こう、『完成されてます』って雰囲気が
ビシビシと伝わってくるような作品が苦手なのだ。
芸術というのは、それを作る側と受け取る側という
両者の関係があってこそ、初めて成立するものだ。
つまり、最終的にそれを完成させるのは、受け手側の人間と云える。
まぁ、それを客観的に捉える能力があれば、作り手側が
受け手側の人間に移り変わることも可能ではあるが…。
……
色々と思案に
僕はようやく、1冊の本に手を伸ばすことにした。
本のタイトルは、ズバリ…『まだまだいるよ!海に潜む危険生物』だ。
「……」
以前に読んだ『こんなにいるよ!海に潜む危険生物』の続編にあたる
この作品は、前回同様に海の危険生物を色々と取り上げているらしい。
これを読み、危険生物に対する知識を嫌って程身に付けてやろう。
……
僕が密かな野望を胸に抱く中、不意に視線を感じた。
ポニーテールの女子生徒が、無表情な顔つきでこちらを見ている。
2年生であることを示す、胸元の黄色いリボン。
そして、胸ポケットに取り付けられた『図書委員』の文字が刻まれたカード。
「…こんにちは」
「こんにちは」
とりあえず挨拶をしてみると、向こうも挨拶を返してくれた。
図書委員の人か…。
だったらちょっと、言っておきたいことがある。
「あの、先日は…すみませんでした」
「……」
「机とか本棚とかを投げ飛ばしたの、あれ…僕です」
僕はそう告げると、ペコリと頭を下げて反省の態度を示す。
あの出来事により、机は破損。 本棚とその中にあった書籍たちに
目立った被害は無かったようだが、壁にはそれなりのヒビが入った。
「事態が事態だったみたいですからね。 責めるつもりはありませんよ」
「……」
「本も大事ですが、それを守るために誰かが傷付いてもいいだなんて、
私は思いませんから」
……
「あっ、ちょっと待ってください」
「――何でしょうか?」
立ち去ろうとする彼女の後ろ姿に、慌てて声をかける。
図書委員であるその人に、是非とも訊いてみたいことがあったからだ。
「『ベチェレスの書』というもの…あなたは、ご存知ありませんか?」
「それは確か、侵入者が盗んでいったという本の名前ですね」
僕が尋ねた質問に、彼女はチラリと図書室の奥の方へ目を向けて答える。
その先にあるものは、そう…書庫への扉だ。
「笹原先生でさえご存知ないことのようですからね。 私も含め、
図書委員の中にその詳細を知る人は、いないと思います」
「そうですか…」
ベチェレスの書とは、果たしてどんな代物なのか。
謎は深まるばかりである。
「あの、もう1つだけ訊きたいことがあるんですが」
「…何でしょう?」
「桜姫と雪鬼の話…ご存知ですか?」
ポーカーフェイスだった彼女の眉が、その質問にピクリと動いた。
脈有りと判断した僕は、半歩だけ彼女に詰め寄る。
求め続けたパズルのピースが、ようやく手に入りそうな期待感。
「ん~っ。 結構、情報が集まってきたねぇ」
「…はい」
「でも、これだけ目撃情報があるってのに、同じ場所で違う時間に
見たっていう話が、1つも出てないんだよね。 な~んか、引っ掛かるなぁ」
放課後、ミステリーハント部部室にて。
机に散らばる幾つもの資料を前に、枕井さんは語る。
「こういうのって普通、何か出そうだなっていう場所が、まず在るんだよね。
そこから付け足し付け足しで、どんどんそれらしい話が出来上がるってのが
心霊スポットとか、幽霊話によくあるパターン」
「……」
「今回はちょ~っと、珍しいケースだよね。 いやはや、面白くなってきたよ」
枕井さんは口元を緩め、意欲あり気に言葉を紡ぐ。
そういえば副部長さんも、確か似たような見解をしていたっけ…。
やはりこの事件、どうも只事ではない済まない気がする。
……
私を返して…。
『彼女』が口にしたその言葉が、頭に浮かぶ。
彼女こそ、この騒動を引き起こしている噂の幽霊なのだろうか?
そうと言われたら納得出来そうな気もするが、そうでもないような気もする。
そもそも幽霊というものが、まず…。
「――おいっす! 藤嶺まゆか、ただいま参上!」
バシャッとドアが開き、ツインテールの少女が
彼女はあぁ見えても、我が部の副部長。
そして現在は、僕のパートナーとしても活躍している人物だ。
「何してんの、2人共。 作戦会議中?」
「うん…。 そんなところだよ」
枕井さんと短く言葉を会話した後、副部長さんはツカツカとこちらに歩み寄る。
すると枕井さんは、何処からか折りたたまれた紙を取り出し、
それを机の上に広げてみせた。
「なぁに? それ」
「ここら一帯の地図なんだけど。 そこに、これまで集まってる
目撃情報があった地点と、その時間帯を書き込んだものなんだ」
彼の説明通り、花毬町を中心としたその地図には、50近くに及ぶ箇所に
何やら色んな書き込みがされている様子。
それぞれのポイントに記された時刻に注目してみれば、朝・昼・晩…と
昼夜を問わず目撃が相次いでる現状が見て取れる。
「これ見て、何か気付くことはない?」
僕らを見渡した枕井さんが、やや挑戦的な語調で言った。
その言葉を受け、僕も副部長さんもその地図を食い入るように見つめる。
……
「何かって言われてもねぇ…。 別に、規則的に動いてるわけでもなさそうだし」
「あっ…でも、1つ思ったんですが」
険しい顔つきで『う~ん』と唸る副部長さんを尻目に、僕はあることに気が付いた。
それはとてもシンプルで、誰にでも分かりそうなことなのだが。
「短い時間の内に、それ程離れた場所までは移動していないようですね」
「う~ん…?」
「ピンポーン。 僕が言いたかったのは、それなんだよ」
僕の発言に、副部長さんは首を捻り、枕井さんは嬉しそうな笑みを見せる。
どうやら無事、成功を言い当てることが出来たらしい。
「つまりこの幽霊は、
みたいなのがあるって推測出来るんだ」
「ふ~ん…なるほどね」
枕井さんの言葉に、地図を睨み付けたままの副部長さんが
どうにか納得したような顔をする。
僕はこれまでに判明したことも含め、改めて地図を眺めてみる。
「ってことは…より新しい情報を仕入れることで、次に幽霊が出没する場所を
多少なりかは絞り込めるってことね」
「…なるほど」
今度は副部長さんの言葉に、僕が納得する番であった。
それにしても…。
神出鬼没などではなく、ある程度一定の速度を保って移動するもの。
それは、その存在が生き物である可能性を高める要素と言えるだろう。
果たして噂の幽霊は、生き物…つまりは、生きた人間なのか?
だとすれば、その正体は…?
そして何故、このような騒動を巻き起こしているのだろうか?
「……」
次々と疑問が浮かび上がる中、僕はより一層、この事件の真相を
暴いてみたいという欲求に駆られている自分に気が付く。
探求心――自分の内側にある『それ』を、強く感じた瞬間。
やはり僕は、この部活に入って正解だったようだ。