政雄さんが向かったのとは反対側の廊下を歩いてくと、早速1つのドアを発見した。
廊下の先に見える次のドアとの幅を考えると、かなり広い部屋と推測される。
……
「ここは…?」
「わぁ…。 なんかいっぱい、色んな物が置いてありますねぇ~」
部長さんがガチャリとドアを開け、3人は中に侵入する。
北澤さんが呟いた通り、確かにその部屋には色んな物が置いてある。
まず目に付くのは、幾つも設置されたガラスケース。
中には王冠やティアラ、ネックレスなどなど…装飾品の類が中心に飾られている。
その他の状況から踏まえても、ここは美術品の展示室といったところか。
……
各自、思い思いの展示品に注目する中、僕は壁に掛けられた
1枚の大きな絵画に注目した。
大陸や島などが書き込まれた、まるで地図のような絵。
お馴染みの世界地図とは似ても似つかず、恐らくは何か
架空の世界の縮図として描かれたものであろう。
さて、その絵に付けられたタイトルはと云えば…。
O・L・W・A・D・H・I・S…『OLWADHIS』。
この
そこで僕は、ハッとするものがあった。
「…オルワディス?」
「――ッ」
僕のその呟きに、ガラスケースの中を覗いていた部長さんが
珍しく慌てた様子でこちらに駆け付けてくる。
そして彼女は、ジィッとその絵画と、タイトルが書かれた札を眺め始めた。
……
やがて彼女は、持参したカメラでその絵画をパチリと写した。
屋敷に到着して以来、彼女は時折、こんな風に写真撮影を行っている。
そして尚も食い入るように、その絵画を眺め続けた。
「部長さん…」
「……」
呼びかけてみるが、彼女は手を口元にやって、何かを考え込んでいる様子だ。
僕はその様子を黙って見守りつつ、自分なりに思案してみることにする。
『オルワディス』というのは確か、心理学者のクリンプ・ハーネストさんとかいう人が
提唱している…まぁ要約していえば、『もう1つの世界』のようなものだ。
夢と似た部分もあるが、夢とはまた、全くの別物であるらしい。
……
煮詰まってきた頭を冷やすため、僕は気分も新たに、別の絵画も見て回る。
風景画や肖像画など、この屋敷の雰囲気にあった、それらしい絵ばかりだ。
だが――またしても僕は、気になる絵を発見してしまう。
まず奇妙なのが、その絵画の両端に、まるで絵を護るかのように
設置されている、2体の西洋騎士風の全身鎧である。
1体は剣、もう1体は斧を手にしているようだ。
「……」
そして、問題の絵の内容だが…。
どうやら、西洋風の巨大な城を描いたものであるらしい。
夕焼けをバックに、かなり陰影を含んだ仕上がりだ。
そのタイトルは、F・I・L・E・S・T・A・R・D…『FILESTARD』。
この綴りからすると、呼び方は…。
『フィルスタード』、もしくは――『ファイルスタード』?
「――ッ」
その名前を頭に思い浮かべた途端、奇妙なことが起こった。
首に掛けていたペンダントのあの『星』が、強烈な光を放ち始めたのである。
ピカッピカッと瞬いて、まるで何かのサインを送っているようにも見える。
「ど…どうしたんですか~?」
「……」
その異変に気付き、駆け付ける2人。
勿論、僕に明確な答えが出せるわけもなかった。
だが、『ファイルスタード』…その名前は、僕の心に深く刻まれることとなった。
続いて訪れたのは、バスルームと思われる場所。
洗面所の先にあるガラス戸を開けると、屋敷の雰囲気に見合った
広々とした浴槽が見受けられた。
「……」
浴槽の中を始め、浴室全体をあちこち調べてみるが、
これといってめぼしいものは見当たらない。
フゥッと1つ溜め息を吐きながら、窓の外の景色に目をやる。
……
「わぁ…。 なんかまた、降り出してきたみたいですねぇ~」
「…ですね」
同じく窓の外に目をやった北澤さんと共に、絶え間なく降り続く
雨粒の群れを見つめる。
初めの内は随分と騒がしかった彼女であるが、今はもうすっかりと大人しい。
意外と順応性の高い人なのかもしれない。
「きゃぅわぁあ~ッ!」
そう思ったのも束の間、彼女は急に悲鳴を上げ、ピョコンと跳ね飛んだ。
そして僕の腕にしがみ付き、これ以上ないくらいにうろたえた表情を見せる。
「出ました出ました! 出まくりました!」
「……」
北澤さんの視線の先には、薄暗い浴室の床を這い回る、小さな物体がいた。
その色合いと俊敏さから見て、ゴキブリと呼ばれる生物に違いないだろう。
しぶとさと気持ち悪さを兼ね備えた、古くからの憎まれっ子である。
……
ササッと動いてはピタッと立ち止まり、またサササッと動き出す。
その緩急の差が、また何とも気持ち悪さを増大させている。
いや…常に動き回られても、それはそれで問題アリだが。
「い、命ばかりはお助けを~!」
「……」
これまでに、彼らが人命を奪ったという記録は聞いたことがない。
人の命を脅かす者も少なくない昆虫界において、
その点は褒めてやってもいいことだろう。
……
しばらくの徘徊を終えた後、ゴキブリは排水口へとその姿を消した。
それを確認した直後、僕らは浴室を後にする。
結局、収穫らしい収穫もなし…。
まぁでも、調査に空振りは付き物だ。
続いての部屋に移ろうとドアノブを握った、正にその時であった。
何か甲高い声を耳にした僕は、慌ててその方向を振り返る。
屋敷内のやや遠方…それもちょっと、上の方から聞こえてきた気がする。
僕らはとりあえず玄関ホールまで戻ってきたが、そこから周囲を見渡しても
別段気になるようなものも見当たらない。
声のした方向を考えると――2階?
「……」
吹き抜け構造となっているため、この1階の玄関ホールからでも
上にある2階の様子は、ある程度は把握出来る。
とはいえ、ここから見た限りでは、さしたる異変も――
「あのドア…さっきまでは閉まっていましたね」
部長さんが、2階にある1つのドアを見つめながら呟いた。
確かにそのドアは、ほんの僅かではあるが、開いているように見える。
しかし、さっきまでどうだったかという情報は…記憶にインプットされていない。
「杉山くん、行きましょう」
「はい」
「ま、待って…! 置いてかないでくださ~い」
揃って階段へと向かう僕と部長さんに、北澤さんが泣きそうな顔をしながら
慌ててついて来る。
かくして僕らは、湾曲した階段を上り、2階へと急ぐのであった。
問題の部屋の前へと到着。
開いたドアの隙間から中の様子を窺おうとするが、暗くてよく分からない。
「さっきの声…どう思います?」
「確証はないですが、女性の悲鳴だったような…」
「わ、私もそんな風に聞こえました」
部長さんの問い掛けに僕が答え、北澤さんがそれに賛同。
しかし、ちょっと引っ掛かるものも感じていた。
単なる悲鳴ではなく、何かこう…人のものとは思えない何かを含んでいたような。
よく分からないけど、嫌な予感がする。
……
部長さんにも何か感じるものがあったのか、中々ドアを開けようとはしない。
彼女が怖気付いた様子を見るのなんて、これが初めてかもしれない。
見かねた僕は、サッと前に出てドアを開いた。
「――ッ」
部屋の中に足を踏み入れた途端、強烈な違和感が全身を襲う。
僕は咄嗟にドアを閉め、自分1人を部屋に滑り込ませた。
……
何だろう、この部屋は。
恐らくは女性の部屋かと思われるのだが、ベッドにタンス、
クローゼット、テーブル…あらゆる物に荒らされた形跡がある。
しかし、不調和が溢れるその部屋の中、綺麗に残っているものがあった。
それは、全身を映せる大きな鏡…俗に
まぁ全身とは言っても、僕ぐらいのサイズの人間には適応しないだろうが。
「えっ…?」
僕を映したその鏡の中、背後で何かが横切った。
人影のようにも見えたが、何だか青白くて…やけに風景と同化していた。
僕はすぐさま後ろを振り返るが、そこには誰もいない。
……
「杉山くん…」
しばらく部屋全体の様子に気を配っていた僕であったが、ドアを開けて
中に入ってきた部長さんに声をかけられ、振り向いた。
あの強烈な違和感は、いつの間にか消失している。
「そろそろ、集合の時間です。 玄関ホールに戻りましょう」
「…了解しました」
事務的に連絡を告げる彼女であったが、他にも何か言いたそうな顔をしている。
多分、1人で勝手な行動をしたことに、ちょっとご立腹なのだろう。
心の中で『ごめんなさい』と詫びつつ、僕は部屋を後にした。
玄関ホールにて政雄さんと合流した僕たちは、4人揃って2階へと上がる。
あの部屋でこれといった発見は無かったものの、悲鳴らしきものが
2階の方から聞こえてきたのは事実である。
1階よりもこちらを優先的に調べ上げるのが、まぁ当然の対応と言えるだろう。
「ともかく、片っ端から見ていくことにしよう」
ズラリと並ぶドアの群れを見据えながら、政雄さんが宣言する。
さっき調べたあの部屋のドアを除けば、いずれもしっかりと閉じられている。
政雄さんは手近にあったドアのノブを握ると、それを慎重な手付きで捻った。
「…あれっ? 開かないな」
ところがそのドアは、すんなり開いてはくれなかった。
何度か押したり引いたりを繰り返す政雄さんであったが、結果は同じ。
力自慢の僕も頑張って同じようなことをしてみたが、やっぱり開く気配は無い。
「鍵が掛かってるのか…? 仕方ない。 次の部屋に行こう」
……
僕らはその場を離れ、続いてのドアへと向かう。
そのドアには、他の部屋のものには存在しない、ある特徴があった。
既に色褪せ、大部分が破れているものの、何か張り紙らしき物が
あったと思われる
「何かの模様みたいなのが描かれてるようだけど…よく分からないね」
「…はい」
政雄さんの意見に、僕は同意する。
ほとんど端っこの部分しか残っていないその紙から、そこに描かれているものの
全体像を把握することは、困難極まりない。
……
ガチャリとドアが開き、政雄さんを先頭に僕たちは部屋の中へと侵入する。
物凄く、暗い部屋であった。
それもその筈だ。
懐中電灯で部屋の様子を探れば、紫色の分厚そうなカーテンが
窓という窓を完全に塞いでしまっている。
「わぁ~。 何でしょうか、この部屋…」
中を見渡す北澤さんから、呆けたような声が洩れる。
まず目に付くのは、中央の床に描かれた、巨大な
周囲を囲むように、
3つの長い棚が確認出来る。
「何かの儀式を行う部屋、といったところでしょう」
「うん…。 あんまり、おめでたいような儀式じゃないだろうけどね」
部長さんの発言に言葉を返した政雄さんはテクテクと歩いていき、
棚の上に無造作に置かれていた本の1つを手に取る。
僕も傍へ行って様子を窺ってみるが、どうやらそれは英語の本らしい。
……
「うん…。 宗教的というよりは、悪魔的な内容って感じだね」
「悪魔的――ですか」
「19世紀の後半、フランスやイギリスで悪魔主義と呼ばれる思想が
政雄さんの話に耳を傾けつつ、開かれたその本のページに目をやる。
しかし英語が苦手な僕にとって、その解読は不可能に近いものがあった。
「著者は、ニコライ・ハーネスト…か。 聞いたことない名前だな」
「……」
本の表紙を見て呟く政雄さんの言葉に、何かピンと来るものがあった。
ニコライ…ハーネスト?
何だか、聞き覚えのある名前のような…。
「ともかく、人が居るような気配はないようだし。 別の部屋に行こう」
「…ですね」
政雄さんの意見に頷きつつも、僕は少々心残りがあった。
この部屋は、調べればもっと凄い何かが見つかりそうな…そんな予感がする。
ま――それはまた、次の機会ということにしておこう。
……
その瞬間、またしても
今度は悲鳴というよりも、
音のした方向は…。
「――下か。 行ってみよう」
丁度この部屋の、真下の辺りからのように思える。
政雄さんを先頭に、僕らは部屋を飛び出した。
「い、今の…。 人の声…だったんですか?」
怯えを前面に出した表情の北澤さんが、僕に訊いてくる。
確かに、日常の中でそうそう耳にするような声ではなかっただろう。
だが…僕には、なんとなく分かる。
あれは間違いなく、誰かの『叫び』に違いないであろうことを。