――あれから既に、一週間が経過した。
2人の行方については、未だ手掛かりすら
僕は放棄していた学務に復帰し、こうして部活にも顔を出している。
正直言って、一定以上の可能性がありそうな場所は、全て調べ尽くした。
それでも無論、0.1%でも可能性がある場所があるのであれば、
そこを調べることに意義はある。
が…時には一歩引いて、客観的に物事を捉えることも大切だ。
「……」
警察も相応の人員を
曲がりなりにもその道のプロである彼らに、僕たち素人が
助力出来る部分は、決して多くない。
トレジャーハンターの格言に、『土を掘るより、資料を掘れ』というものがある。
要するに、何処にあるのか分からないものを探す場合、闇雲にそこら中を
調べ廻るより、情報収集を優先すべきということだ。
……
「…しかし、今度は悪魔が出没とまで来たもんだ」
情報を集める。
また、それを分析する。
幸運なことに、その分野に関しては頼りになる人たちが、ここには出揃っていた。
「ここ数日だけでも、被害の報告は数千件…。 証拠も、山ほど出ちゃってるもんね。
本当に悪魔かどうかは別にしても、無視出来る事件じゃないよ」
そんな彼らにも、2人の捜索の件について協力してもらっているわけだが…。
いま話題に上っているのは、もっとタイムリーで大衆的な事案である。
「悪いことは重なるって言うけど…ここ最近は、ちょっと異常な気もするよねぇ」
――悪魔は実在する。
電波障害が収束した後、連日のように報道されているニュース。
そして、背中に生えた大きな翼。
夜になると何処からともなく出現し、朝を迎えるとその姿を消す。
「……」
最初は、誰しもが疑念を抱いたことだろう。
しかし、次々と提供される目撃情報、撮影された写真に動画…被害の報告。
それらは、そこにある現実を、ありありと僕らに思い知らせてくれた。
……
地底、海中…あるいは宇宙。
彼らの正体や、その出現地点については、様々な憶測が飛び交っている。
何処かの国や組織が造り出した、生体兵器では…などという意見もあるが。
いずれにしても、彼らがこの世界――そして、人間社会にまで
足を踏み入れてしまったことは、疑りようもない事実だ。
「……」
僕は資料に記された、とある人物の名前を見て思考を巡らす。
その名前とは、『佐藤貴志』。
デパートでまりやさんが行方をくらましたのと同時刻、その現場である
屋上へと続く階段を上っていった姿が目撃された男。
彼もまた、そこから消息を絶ってしまったのだという。
「って言うか…今日も部長は、お休みなのね」
「あっちはあっちで、色々と動いてるんだろう」
副部長さんが部長さん用の大きな机を見ながら呟き、彰浩さんが言葉を返す。
確かにここ数日、彼女がこの部室に顔を見せる気配は無い。
「ま、そう無茶をするような人でもないだろうし…。 こっちはこっちで、頑張ろう」
「――ですね」
枕井さんの言葉に、僕はコックリと頷いて同意。
各自それぞれがやれること…やれそうなことを、
最善を尽くすとは、言わばそういうことだろう。
「よっ、元気?」
「……」
部室を出てすぐの所で、思わぬ人物と出くわすことになった。
まるで数年来の友人の如く、気さくな態度で挨拶してきたが…
僕の記憶が確かであれば、彼女と会うのはまだ数度目の筈である。
「……」
「……」
無言で視線を交錯させる僕たち。
すると彼女はその場に屈み込み、足元に置かれた鞄を開いた。
そして何やら、ゴソゴソと取り出している。
……
取り出したものは、ノートとシャープペンシル。
そして、おもむろに何かを書き始めた。
僕はとりあえず、黙って事の成り行きを見守ることにする。
「
彼女はノートを開き、バンッとこちらに見せ付つけながら言い放った。
開かれたノートには、『向井地奈緒、ここに参上』という文字が
見開き2ページ分を埋め尽くさんばかりの大きさで書かれている。
「…お久しぶりです」
「うん。 久しぶりの再会」
彼女のことが『ナオちゃん』であり、そして日和の友人であることも、
僕は充分に認識していたのだが…。
まだ顔見知り程度の中の人に、『ナオちゃん』と呼びかけるのも躊躇われた。
それ故に、先程の沈黙が生まれてしまったわけだ。
「あの…何か、ご用ですか?」
「用が無ければ、来はしない」
彼女は表情を変えず、僕の質問に受け答える。
その格好を見る限り、明らかに桜雪高校とは別の制服。
別の学校から、わざわざここまで訪ねて来てくれたようだ。
「まずは、んっと――気を落とさないで」
「……」
それまでの、ちょっと芝居がかったものとは違う、真剣な声色。
僕は素直に、その
「そのことで日和も、すっごい悩んでる。 まるで、自分のことみたいに」
彼女の視線が少しだけ僕の視線から外れると、
僕はどう答えていいものか分からず、少々の戸惑いを覚える。
……
「まぁ、要するに…アレだ」
「えっ?」
「あなたを必要としている人は、他にもいっぱいいるの。
だから、まぁ…何て言うのかな」
向井地さんは両手をポンッと僕の両肩に乗せると、真っ直ぐこちらを
見つめながら、話しかけてくる。
身長の関係もあってか、こんなことを女の子にされた記憶は無い。
「…ありがとうございます」
彼女が伝えたいことを何となく察することが出来た僕は、
その目を見つめ返し。静かにお礼の言葉を述べた。
向井地さんは納得したような様子で、僕から1歩離れる。
「憎いね、このプレイボーイ。 女たらし。 ハンサム・ガイ。 細マッチョ」
「……」
言いたいことだけ言い残すと、彼女は満足した顔で鞄を手にし、
その場から駆け足で走り去る。
なんとなく、変な誤解をされているような気もするが…。
やはり、色んな意味で面白い人である。
色々と用事を済ませて、家路を急ぐ。
――といっても、今目指しているのは、第2の我が家ともいうべき場所だ。
第1の我が家は現在、事件の調査のため、立ち入り禁止となっている。
「…ふぅ」
夜風をありったけ肺に送り込んだ後、溜め息を吐く。
自動販売機を通り過ぎてすぐの分かれ道を、右へ。
第2の我が家として利用させてもらっている
そこから約300メートル進んだ先にある。
……
「――お疲れ様です、先輩」
「…うん」
家の前までやって来ると、そこに立つ大きなリボンを付けた少女が声をかけてくる。
彼女の名は、
桜雪中学校に通う2年生で、バドミントン部所属。
そして…由奈の親友でもある人物。
「おじさん、いないの?」
明かりの漏れた窓に目をやりながら、尋ねる。
八兵衛おじさんは、役場で地方公務員として働く身でありながら、
堅苦しいことにはとんと性が合わず…自由気ままという言葉が似合う人。
2日3日家を空けることなども、珍しくないことである。
「あっ、いるみたいですよ。 でも、そろそろ先輩が帰ってくる頃かな…
と思いまして。 お出迎えを」
「…そう」
妹の親友である彼女とは、これまでにもちょくちょく顔を合わす仲であった。
しかし、他の人とはけっこう
どうにも他人行儀というか…ぎこちない雰囲気が見てとれる。
「気持ちは嬉しいけど、暗くなり始めたら、もう家の中で待ってていいよ。
色々と、心配だからさ」
「…分かりました」
そんな彼女であるが、両親は健在であるものの、自宅にはほとんどおらず…
実質、一人暮らしに近い生活を送っているのだとか。
仕事の関係などもあるようだが、話を聞く限りでは、それ以外にも
何か家庭的な不和があるのでは…という印象を受ける。
「ほ~い。 お帰り、榛名」
「どうも…ただいまです」
食卓へのドアを開けると、途端に
網の上では、ジュウジュウと何かが焼ける音と共に、白い煙が上がっている。
「焼き肉ですか」
「おう、色々と珍しい肉が溜まってたからな。 ここらで、試食会や」
網の横に置かれた大きな皿に目をやれば、そこには色や形がそれぞれ違う
何種類ものお肉が盛られている様が見てとれる。
旅好きで、色々と交友関係も広い八兵衛おじさんの元には、
こんな感じに多種多様な食材が、いつも揃っている。
「先輩、このタレでいいですか?」
「あぁ…うん。 あっ、でも一応、幾つか適当なの持ってきて」
「分かりました」
僕の指示を受けた芳賀さんが、冷蔵庫をゴソゴソと物色し始める。
この家で過ごす時間もそれなりになったせいか、彼女の素振りからは
よそよそしさが感じられず…まるで、我が家でくつろいでるかのような雰囲気である。
「あの子も大分、落ち着いたみたいやな」
「…はい」
家庭内の不和に加え、親友の突然の
学生にとっての生活の基盤である、家庭と学校。
その両方で自分の居場所を感じられずにいることは、とかく
そうなると、自らの人生――あるいは世界そのものに対してすら、
悲観的な思いを抱いたりするようにもなる。
……
『居場所』というのは、中々に厄介なものだ。
多くの人はその人生の中で、常日頃からそれが当たり前のように存在している。
増えたり減ったりは、誰にでもちょくちょくあることだけれど…それが完全に
失われるという事態に見舞われることは、極めて
だから、それを全く持たないもの…『ゼロの感覚』というものは、想像し難いのだ。
「お待たせしました~」
「うん。 …ありがと」
僕にとっての『それ』は、過去の出来事にしか過ぎない。
しかし、彼女と接していると時折、その感覚を思い出すことがある。
そして…いつの間にか、『それ』が風化しかかっていたことに気付かされた。
……
辛い出来事や経験。
それらは、早く忘れ去るのが得策か、それとも…。
答えは、
世の中とは、何だかんだでケースバイケースなものである。
「こっちは鹿、こっちは猪、で…これはウサギ」
「ウ、ウサギ…ですか?」
皿に盛られたお肉を箸先で指しながら、おじさんが各種の説明に入る。
それを聞き、芳賀さんがビクッと頬を引きつらせる。
「ん…どないかした?」
「あっ、いえ…ウサギ、好きなものですから」
僕はそんな2人の様子に気を配りつつも、既に網の上に乗っている
お肉たちに目を光らせていた。
焼き肉という料理は無論のこと、その食材の焼き加減が重要なポイントである。
「そうか。 そんなら、いっぱい食べてええよ。 ウサギみたいに
可愛くなれるかもしれんしな…ハハッ」
「いえ、あの…そういう意味の好きじゃないんですけど」
しかし、この度まみえるお肉たちは、いずれも普段は口にしないものばかりである。
どの肉に、どの焼き加減がベストなのか…全く推測が出来ない状況。
こういう時は――とにかく、しっかり焼くに限る。