すずかお嬢様の下半身事情   作:酒呑

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すずかお嬢様の下半身事情

 梅雨も半ばに差し掛かった六月の中旬。しとしとと雨の降る中、私は放課後の余暇を楽しむ為に傘を差しながら学校から海鳴市の商店街へと歩いていた。学生鞄(主にその中に入れてあるレンタル図書)と足元を雨に濡らさない様に気を付けながら、さりとて取り立てて急ぐことも無く傘から手に伝わる衝撃や雨音等を楽しみながらゆるりと足を進める。

 そのまましばらく歩いて目的の場所へと辿り着くと、入口の前で傘を閉じて水滴を落とす。ある程度傘の水分を払えた所で、傘を留めながら目的地……喫茶店の入口を開けると、聞き慣れた呼鈴の音がちりんちりんと鳴った。その音を聞いた男性の店員さんが私の近くまでやって来たので、一人である事とカウンター席で良い旨を伝えるとお冷を取りにバックヤードへと戻って行った。見知った店員さんの後姿を少しだけ見送って、私はいつものカウンター席へと向かう。

 

 ――いつものカウンター席。

 小さい頃から通い慣れた、私の親友の家族が経営する喫茶店。その喫茶店のカウンター席の、入り口側から見て一番奥のカウンター席の、一つ手前の席。

 元々私の中で特別な意味など無い席だったし、今も絶対に此処じゃないと嫌だと言う様な強い気持ちも、これと言った大きな拘りも無い席なのだけれど。

 

「ふふっ」

 

 店内を歩きながらカウンター席の方を見て、思わず微笑が漏れてしまった。

 一番奥のカウンター席に見慣れた姿が見えたから。

 

 自分の気分が高揚している事に気が付いた。

 『彼』の横顔が見えたから。

 

 今日は難しそうな顔で、この喫茶店の特製ブレンド珈琲と軽食を傍らに置きながら参考書を眺めつつシャープペンシルを動かしている『彼』。その横顔が、格好良かった。

 胸の鼓動が少しだけ、ほんの少しだけ、どきどきと普段よりも早くなった。

 

 ――彼の隣に座れるのだから、やっぱりこの席に座るのも悪くは無いかなぁ。

 

 そんなことを考えながら、自分の顔に進行形で浮かんでいるであろう微笑を隠す気にもならなかった私はそのまま彼の隣のカウンター席に座り、彼に何を言うでもなく学校の図書室から借りてきた小説を取り出す。

 栞を挟んだページを開き、さて続きを読もうと栞を抜いた所で店員さんがお冷を運んできてくれたので、紅茶と本日のデザートを注文してからやっと本に目を落とす。そこで隣の彼も私に気が付いたのか、少しだけ私の方を見る視線を感じたけれど彼の方も特に何かを言う事は無いまま視線が外れる。視線を感じなくなったのでちらりと目を見やると、先程まで難しそうな顔をしていた彼の雰囲気が若干だけれど、軟化している様に見えた。それが少し嬉しい。

 

 お互いに殆ど声はかけない。ただ何も言わずに喫茶店で隣に座るだけ。私も彼も好きに勉強をしたり本を読んだりする、ただそれだけの関係。

 だが、そんな彼との関係が――

 

 ――私は、月村すずかは、嫌いではない。

 

 ……『彼』の方がどう思っているかは、分からないけれど。

 

 

 

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 すずかお嬢様の下半身事情

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 見上げていると心地良さすらも感じる程にからりと晴れた快晴の下、私立聖祥大付属女子中学校棟の屋上で私の親友たち(アリサちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃんと私の五人)とお昼ご飯を食べていた時の出来事である。

 

「そういやすずか、あんた処女膜(ヴァージン)散ったの?」

「ゲヴァフッ」

「おぎゃぁぁぁぁぁ! いちごミルクが目にぃぃ!」

 

 親友からもたらされたその衝撃的且つ唐突な質問を受け、そのせいで飲んでいたいちごミルクが気管支に入り鼻と口から噴き出してしまった。はやてちゃんごめん。

 

 ――それはまさに青天の霹靂であった。

 あまりにも唐突なその質問は、幼馴染兼親友が魔砲少女だったり(誤字に非ず)、六年来の親友がガチレズだったり(マジモンだった)、同じく六年来の親友が実は私オジコンやねんと言ったり(これはそうでもないかも)した時と同じレベルの衝撃だった。

 

「オオアッ、ガフッガフッア゛ア゛ア゛ッ」

「あんたそれ大概乙女が口から出して良い音じゃないからね。男には絶対に見せない様にしなさいよ」

 

 今日は乙女としての月村すずかでは無く皆の幼馴染としての月村すずかだからいいのだ。良いと言う事にする。良いと言ったらいいのだ。だから大丈夫、とても殿方に見せられない醜態であったとしてもこの面子ならば今更だ。なに、気にすることは無い。

 ごっふごっふと咳き込みながらウェットティッシュで口元と鼻の周りを拭く。今の惨状を引き起こし、私にそんな音を口から出させている元凶が何を言うか、と思いながら涙が浮かびつつあるジト目でアリサちゃんを見た。

 アリサちゃん当人は飄々としながら此方を眺めていた。その横ではいちごミルクがかかったはやてちゃんが顔に手を当てながらごろんごろんとのた打ち回り、更にその横ではガチレズが魔砲少女かっこ笑いかっこ閉じるに腕を絡ませて猛烈にセックスアピールをしている。そんななのはちゃんはドン引きでは無い物の割と本気でフェイトちゃんの顔面を掴んで体から引き離そうと努力しながらこちらを眺めていた。フェイトちゃんもそんななのはちゃんのおっぱいに手を伸ばしつつ(全て魔法と思われる桃色の球体に弾かれているが)此方を眺めていた。

 うん、実にいつも通りだった。誰かはやてちゃんの心配してあげなよ。

 

「……ふぅ。アリサちゃんいきなりどうしたの?」

「いや、だからあんたがヴァージンもう捨てたのかなって気になっただけよ。彼氏いるし」

「えっ?」

「えっ?」

 

 アリサちゃんの発言を聞いて私は首を傾げた。彼氏なんていない筈なのだが、私の知らない間に私の彼氏が出来ていたのだろうか。謎である。

 アリサちゃんもアリサちゃんで愕然とした表情でこちらを見ている。なのはちゃんとフェイトちゃんも私に彼氏がいる発言に対し驚いた顔で私の事を見ていた。はやてちゃんはまだごろごろしていた。

 

「アリサちゃん、私、彼氏いないよ?」

 

 小首をかしげ、胸の前で両手の指先を合わせながらそう言う。我ながらあざといなと思うがそれはまぁ良いだろう。アリサちゃんの目にもコイツまたあざといわねって書いてある気がするが気のせいだ。きっと。私の幼馴染がこんなに優しくない筈がない。

 

「じゃあいっつも翠屋であんたとラブラブ時空生み出してるあの人は何なのよ。学年中で噂になってるわよ?」

「あ、わたしも見た事あるよ。何時もうちの一番奥のカウンター席にいる男の子だよね?」

「すずか、男の人より女の子の方が良いと思う。やわらかいし、かわいいし、いい匂いするし……」

「ホォォォォォォォ!」

「うん、ちょっとフェイトちゃんとはやてちゃんは黙ってよっか」

「まってなのは砲撃はちょっとヤバ――」

 

 あぁ、座っていた筈の二人と転がっている一人が目の前からいなくなった。魔法の事は良く分からないけれど、昔私達が巻き込まれた時の様な結界とやらを張って、今頃その内部でなのはちゃんが活き活きとした笑顔を浮かべながらはやてちゃんとフェイトちゃんにあの極太ピンクビームを撃っているのだろう。あ、心なしかつやつやした笑顔のなのはちゃんと黒こげになって伸びているフェイトちゃんとはやてちゃんが帰って来た。両方とも意識が無いのか横になったまま起き上がらない。はやてちゃんがとばっちり過ぎて不憫である。だがまぁそんな事はどうでもいい。

 

 カウンターの一番奥の彼。定位置の男の人。私の隣に座る男の子。

 彼との付き合い(付き合いと言っても良いのか不安になるが)は、今思えば今年でもう六年と少しになるのか。遊んだことはないが、話した事はある。近くも無く遠くも無い関係。お姉ちゃんの恋人である恭也さんを除いたら、恐らく一番仲がいいと思う。

 そういえば、少しとは言え話をした事はあるのにお互いにまだ自己紹介すらした事無いし、名前すら知らないんだなぁ。

 そう考えると、少し面白くて、思わず微笑してしまった。

 

「そーやって意味深に笑ったりするから気になるんじゃないの……。おらー! 最初から最後まで徹底的に吐きなさい!」

「あ、ちょっとアリサちゃんやめて! いちごミルクまだ残ってるから! きゃっ!?」

 

 そんな私の態度に焦れたのか、据わった目付きに変わったアリサちゃんに両肩を掴まれて前後に揺すられる。近くに置いておいたいちごミルクが倒れ、再びはやてちゃんの頭にかかった。いちごミルクが顔面に吹きかけられたり黒こげになったりいちごミルクが頭にかかったりと踏んだり蹴ったりである。あるいは、泣きっ面に蜂か。南無三。

 前後に頭をかこんかこんと揺られ続け、若干気持ち悪くなりつつも思考を巡らせる。別に隠す事でもないけど話して面白い内容でもないんだよなぁ、なんて考えつつ、まぁアリサちゃんとなのはちゃんが聞かせろって言うならいいかとも思ったし、少し彼との出来事を振り返って、話そうと思う。

 

 ――でも、その前に。

 両肩を掴んでるアリサちゃんの腕を私もがっちりとホールドし、やるべき事をやろうと思う。

 

「今日はテスト明けで午後から授業ないし、翠屋に場所を変えよっか。あとアリサちゃんごめんお昼ご飯食べたばっかりなのに揺られ過ぎて気持ち悪くてゲロがこんにちはしちゃいそう。あ、出る出る。来ちゃう来ちゃう」

「きゃー!? 馬鹿ちん! やめなさい! 我慢しなさい! 乙女でしょ! あと揺すって悪かったから手を放して! ホント! お願い!」

「ウフフ」

「なのは助けて!」

「わたしはほら、はやてちゃんとフェイトちゃんを運ばないといけないから……」

「アリサちゃん、乙女として死ぬ時も一緒だよ?」

「ギャーーーーーーーー!?」

 

 そして、私の口からはテレビだったらきらきらと光るシャワーが流れだした。期せずしてアリサちゃんのシャワーシーンである。何と言うサービスカットだろう。これで読者も喜んでくれる事間違いなしである。ほら、喜べよ。ところで、読者って一体なんだろう。

 

 余談ではあるけれど、涙目になったアリサちゃんが呼び出した鮫島さんの圧倒的な執事パワーのお蔭で私とアリサちゃんの制服はその場で新品になり、屋上も綺麗に掃除され、アルコールによる消毒と消臭まで行われた。私のメイドであるファリンにも鮫島さんレベルの使用人スキルを身に着けてもらいたいと強く思ったのであった。

 

 

 □ □ □ □

 

 

 さて、アリサちゃんの貴重なシャワーシーンを終えて、場所は聖祥大付属女子中学校棟の屋上からなのはちゃんのご両親が経営している喫茶店「翠屋」へ。私とアリサちゃんとなのはちゃんをリムジンのシートに案内してくれた後、黒こげになって伸びているフェイトちゃんとはやてちゃんをさらりとトランクに詰め込んで何事も無かったかの様に発進・運転する鮫島さんのこの後姿を私はきっと忘れないと思う。

 車内ではアリサちゃんが靴を脱いでシートの上でどんよりとした空気を醸し出しながら体育座りしていた。先程から小声で「私は親友のゲロを浴びたゲロインとして今後も生きていくんだわ……」とかそういった旨の発言を繰り返している。なのはちゃんは最初こそ何とか励まそうとしていたけれど、ある程度の所で切り上げて今は愛機であるレイジングハートさんと会話をしている様である。友情とは一体。

 まぁなのはちゃんの我が道を往く魔王化が進んできている事はその辺に投げ捨てておくとして。

 実際の所、ゲロを吐いた私の方が(いや、確かにゲロを浴びたのも相当アレだけれども)多分に乙女パワーを消失してるし泣いていいと思う。別に気にしてないけど。と言うか、そもそもの原因はお昼ご飯を食べた直後に相当な速さでシェイクして来たアリサちゃんが悪い。私は悪くない。

 なんて考え事をしながら本を読みつつ車に揺られる事少々。信号にも特に引っ掛からずスムーズに翠屋へと着いた。平日の昼と言う事もあってか、お客さんは少ない様に見える。それでも店内の七割程が埋まっている事を考えると翠屋がどれだけ人気なのかが窺えると言うものだ。

 リムジンを路肩に寄せ、鮫島さんが恭しい動きでドアを開けてエスコートしてくれた。その僅かな所作にも洗練された物を感じる辺り、本当にこの人は有能だと思う。体育座りしてどんよりしている雇い主のお嬢様を荷物の様に小脇に抱えてなければもっと尊敬していたと思うけれど。

 鮫島さんの手を取りながら何時もありがとうございます、と微笑みながら伝えると鮫島さんも微笑みながらどういたしまして、と返してくれた。やだこの執事さん私の家にも欲しい。

 ちなみになのはちゃんは今までにも何回もエスコートしてもらっているはずなのにまだ慣れていないのか、にゃははと照れ笑いしながらエスコートしてもらっていた。魔法さえなければこんなにもかわいいんだけどなぁ。

 

 

 □ □ □ □

 

 

「此処に来る度に思うんだけど、士郎さんのブレンドはやっぱり美味しいわね。うちで雇いたいくらいだわ」

 

 シャワーシーン後のテンション駄々下がり状態からなんとか復帰したアリサちゃんが顔の前でマグカップを揺らしながら珈琲の香りを楽しみつつそう言った。私は珈琲に関してはそこまで深い知識は無いけれど、アリサちゃんのその所作は非常に様になっており、やはりあの執事にしてこの主ありと言った所か、と私は一人で納得しながら注文したケニアのストレートティーが入ったティーカップを口元へ運んだ。

 桃子さんか士郎さんかは分からないけれども、優れた職人さんの手によって抽出された液体は澄みながらも鮮やかで濃い紅色に染まり、ふわりと優しい、けれども新鮮な甘い香りを放っている。

 ティーカップを口元へ運ぶと、紅茶を口に含むよりも早くその香りを鼻で感じる。実に良い香りだった。しかしあまり長く香りを楽しんだせいで美味しさを損ねてしまうのも淹れてくれた人に申し訳がないので、香りを楽しむのもそこそこにして私は紅茶を口に含んだ。……うん、とても美味しい。こんなに美味しい紅茶や珈琲(に加えてデザートも)を自宅で楽しめるなのはちゃんは幸せだと思う。

 

「ふわぁ……すずかちゃんもアリサちゃんもすっごく似合ってて凄いなぁ」

 

 そんな事を考えながら飲み物を楽しんでいると、なのはちゃんがそう言った。

 なのはちゃんも桃子さんの特製キャラメルミルクの入ったマグカップ(熊さんのプリントがワンポイントだ)を両手で持ち、ふーふーと息を吹きかけて冷ましながら飲んでいるその姿はリスやハムスターなどの小動物を思い起こさせ、非常にかわいらしくて凄いと思うんだけどなぁ。中身は魔王って最近管理局の皆さんに言われてるみたいだけど。

 

「そーお? そこで紅茶片手に相変わらず意味深な微笑みを浮かべてるすずかはともかく、あたしは普通に飲んでるだけよ?」

 

 意味深とは失礼な。今私の口角が上がってるのは紅茶が美味しいからなのに。

 

「うん、そうだよ。アリサちゃんはかっこいいし、すずかちゃんは何かお姫様っぽいっていうか……」

「なによ、あたしにはお姫様っぽさは無いって言うの?」

「そういうことじゃないけど、アリサちゃんはかっこいいの方が先に来ちゃうかなぁ」

「いやー私はさっきまで寝とって全然覚えてへんけど、そもそもさっきゲロかかってた言うしなー。ゲロ浴びる様なお姫様はそうはおらへんやろ。あっはははは」

「アンタまたいちごミルク顔面にぶっかけるわよ」

「ええでええで。ゲロよりなんぼかマシやもーん」

 

 内心でツッコミを入れつつも紅茶を味わいながらのんびりと皆の会話を聞いて楽しむ。未だに顔や制服のあちこちが煤で黒くなっているはやてちゃんがやーいやーいアリサちゃんゲロイン、とアリサちゃんの事を煽っているがそのゲロを吐いた私が此処にいる事を忘れないで欲しい。やめてくれはやてちゃん、その煽りは私にも効く。やめてくれ。

 あ、アリサちゃんが呆れた顔で熱々のマグカップをはやてちゃんのほっぺたに押し付けた。あっづぁ! という短い悲鳴の後にまたはやてちゃんのホォォォォー! という叫び声が響き渡る。

 どうして私の読書友達はこういう扱い(身体を張る芸人の様な)になってしまったのだろう。昔は車椅子だったり家族とお別れしたりリハビリ生活であったりと、色々あったからもっと丁重に扱われてた気がするんだけどなぁ。関西の血と魂のせいだろうか。とりあえず周囲のお客さん(華の女子高生、女子大生、妙齢のおば様達)に迷惑だし、親友として恥ずかしいからやめて欲しい。

 

「なのは、なのは。おっぱい揉ませて。お願いだから揉ませて。ちょっとだけだから」

「あーもう……! フェイト、アンタはもう少し隠しなさい!」

 

 そしてこちらはこちらでまたしてもフェイトちゃんがなのはちゃんのおっぱいに手を伸ばし続けていた。案の定フェイトちゃんの手が全て桃色の球体に弾かれている光景が見えたけれど、大丈夫なんだろうか。魔法って隠さないといけないってリンディさんが昔言ってた気がするんだけどなぁ。

 そしてその光景を見て頭が痛いと言わんばかりに片手でこめかみを抑えたアリサちゃんが、まだ所々が黒く煤けているフェイトちゃんの手を掴んで止めにかかったが――

 

『Sonic Move for arm limitation』(ソニックムーブ腕部限定)

 

 ――フェイトちゃんの愛機であるバルディッシュさんからの僅かな発光と、流暢な英語(正確にはミッド語と言うらしい)が響き、加速したフェイトちゃんの腕がアリサちゃんの手を華麗に躱した。

 ティーカップを置いて本日のデザートを(今日はザッハトルテらしい。美味しい。しあわせ)フォークで切り分けて頬張りながらフェイトちゃんを見ると、普段のぽわぽわしつつどこか頼りない顔と比べ若干凛々しい顔である。アリサちゃんはアリサちゃんで、またこいつはアホみたいな事に魔法使ってるなぁと目に書いてあり呆れの様な表情を浮かべていた。

 そのまま何度かアリサちゃんが手を伸ばすがフェイトちゃんはその全てを尋常じゃない速さの腕の動きで回避する。偶々隣のテーブルに軽食を配膳していた恭也さんが中々の速さだな、と小声で呟いたのが聞こえたけど、腕がぶれる様な速さを中々と評す辺りやはりなのはちゃんの家族なんだなと思いました。

 そうこうしている内にアリサちゃんが諦めたのか、珈琲を一口飲んで溜息を吐いた。その様子を見たフェイトちゃんが若干申し訳なさそうな、それでいてやはり普段よりも凛々しい顔をしながら口を開く。

 

「ごめんねアリサ。私の処女はなのはにって決めてるから」

 

 フェイトちゃんはキメ顔でそう言った。

 

「そ、そう……」

 

 アリサちゃんは引きながらそう言った。

 

「そろそろストーカーで被害届出しても良いよね?」

 

 なのはちゃんは満面の笑顔でレイジングハートさんと共に証拠を固めながらそう言った。

 これでいいのだろうかバルディッシュさん。

 

『I'm used to it now. Ms.Suzuka』(もう慣れましたよ、ミスすずか)

 ……嫌な『慣れ』だなぁ。

 

 

 □ □ □ □

 

 

「……まさかリンディさん達も娘がガチレズで、しかもストーカーで通報されるとは思ってなかったでしょうね……」

「せやろなぁ……。クロノ君の表情見とった? 凄い複雑そうな顔しとったでアレ」

 

 アリサちゃんとはやてちゃんがしみじみと言葉を発した。

 そう、今しがたなのはちゃんが本当に被害届を提出してしまった為に一悶着があったのだ。

 

「ちゃんと証拠保全しておいてくれてありがとね、レイジングハート」

『All right, my master』(お気になさらずに、マスター)

「うん、そうする。ありがとね」

「色々と思う所はあるけど……ま、いいわ。よし、じゃあすずか。詳しい事を話して貰いましょうか」

 

 翠屋に到着してからの親友達の奇行によって大いに逸れていた話題だが、先程フェイトちゃんが慙愧の涙を流しながらお仕事をするクロノ君とげんなりした表情のリンディさん、その二人について来てお仕事のお手伝いなのかと思ったら一人でデザートを購入していたエイミィさんの三名にストーカーの容疑でしょっ引かれた事によって話が途切れ、本来の話題に回帰した。

 あのまま自然にお流れになってくれても良かったんだけどなぁ。

 

「うーん……詳しい事をって言っても、どこから話せばいいのかな?」

「そりゃーもう最初っからよ。最初っから。出会いから今日まで」

「そうそう。見た目清楚なお嬢様、その本性はビッチギャルで夜な夜な男の子を買い漁る月村すずかの爛れた関係について詳しく説明してもらうで! そのテクニックと超絶ヤリま――」

「あ、ごめんはやてちゃん顔に虫が」

「んぼぁっ!?」

 

 公共の場での発言はきちんと考えましょう。発言を止める為についビンタが出ちゃった(ちょっと力を入れ過ぎたかも知れない)けどはやてちゃんだからきっと大丈夫。空中でクアドラプルアクセル(四回転半の実に美しいジャンプだ)からの顔面着地を決めていたけど多分大丈夫。私たちの親友は頑丈なのだ。白目を剥いてびくんびくん震えているけど問題ない。ちなみに咄嗟の出来事だったから力加減を誤っただけで別にさっき煽られたからとかそういう私情は全く関係ない。無いったら無いのだ。

 なおビンタによる四回転半ジャンプの際に落ちそうになったグラスやらお皿やらはそれこそフェイトちゃんがかわいく見える様な速さで走って来た美由紀さんと恭也さんが全て回収していた。キッチンで珈琲をドリップしながらこちらの様子を眺めていた士郎さんがこの二人の動きをしてまだまだ遅い、修行不足だな、なんて呟いているのが聞こえたんだけれどこのなのはちゃんの家は本当にどうなっているんだろう。日本人に酷似した戦闘民族とかなんだろうか。然もありなん。

 閑話休題。そんな事はさて置いて。

 

「初めてあの人と会ったのは……確か小学校二年生か三年生の頃だったかなぁ。丁度なのはちゃんのあの事件が起こるちょっと前くらいだったと思う」

「ほほーう。って事はあたし達よりは短くてフェイトとはやてよりは微妙に付き合いが長いって事?」

「そうだね。一緒にいる時間って言う意味ではフェイトちゃんとはやてちゃんの方が長いけど、初めて会った時から考えると彼の方が付き合いがちょっとだけ長いかなぁ」

 

 あまり多くも無い彼との出来事について思い返しながら、私は話を始めるのであった。

 

「最初はそれこそ偶然隣の席に座っただけだったんだけどね。その時は挨拶も会話も無かったと思う。私もちょっとお茶しに来ただけだったと思うし。そこから暫くは何にもなかったかなぁ。ただ、此処に来て見かける度に『あ、良く見かける人だな』って思ったり、時々一人で翠屋に来た時に偶然カウンター席で空いているのがあそこだけって事が何回かあるまではそんな感じ」

「うち、高校生の女の人とかがグループで来るもんねー、一人だと確かにカウンター席になっちゃうかも」

「そうなんだよね。まぁ、それで何度か彼の隣に座る事があって、その時に偶然同じ本を読んでいた事があったんだ。それがきっかけでその日にちょっとだけお話をして、それからはちょっとずつ他に空いてる席があっても彼の隣に座る様になったかな。それが多分小学校三年生の終りの頃……かな?」

「ふぅん……そこからアンタ達のラブラブ時空が始まったわけね」

「ラブラブって……」

 

 それからはなのはちゃんとアリサちゃんにあれこれと根掘り葉掘り聞かれたけれど、笑って誤魔化したり実際に起きた事を程好いくらいに隠蔽したり適宜話したりしてる内に周囲のマダム達や女子高生、女子大生のお姉さん方が集まって私の話を聞いていた。

 やはり女の子と言う物は何歳になっても恋愛話が好きなんだろう。カウンター席で手が偶々重なった時にちょっと繋いでみたりした時の話や、過去に偶々傘を持っていなかった彼と二人で私の傘に入って歩いて帰った時の話なんかでは皆キャーキャーと盛り上がっていたし。

 デートとかしないの!? とか押し倒しちゃいなさいよ! とか女子大生のお姉さんに言われたけれど、そういう事はしっかりと彼氏彼女の関係になってからかある程度仲良くなってからと決めているので無視する事にする。

 

 

 □ □ □ □

 

 

 その後、なのはちゃんとはやてちゃんが用事でいなくなり(きっと魔法関係のお仕事だと思う。フェイトちゃん関係で無い事を祈ってる)、アリサちゃんが習い事で翠屋をあとにし、マダム達や女子高生、女子大生の皆さんが偶々全員捌けてスタッフの皆さんが休憩になった後に『彼』がふらりと翠屋に現れ。

 いつものカウンター席に座った彼の隣へと席を移した私は、何だかんだで先程までの所謂『恋バナ』をしていた熱に浮かされていたのだろう。

 自分でも気づかない内に『いつも』よりも彼に近付いて、珍しく私の方から少しだけ彼へとアピールをしていた事は、カウンターの奥で彼の注文である珈琲を静かに淹れながら微笑んでいる士郎さんしか知らないのであった。




ふっと湧いて出たネタを書いていたらある程度の分量になってしまったので投稿。
元は前半の3000文字くらいだったけど楽しかったから書いてしまったのです。はやてちゃんが不憫な目にあってるけど別に嫌いって言うわけじゃないです。偶々です。たまたま。

随分久々に書いたので批評、感想で改善点などを強烈にツッコんでくださる皆様を大募集しております。改善点を大募集しております。(大事な事なので二回)ビシビシ叩いて行ってください。喜びます。

元々一万文字を目途に書いていたため、文字数の問題でほんの少ししか触れられなかったすずかお嬢様の恋愛模様ですが、感想如何ではもしかしたらちょっとだけ続きが書かれたりするかもしれないです(チラッ

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