その「彼女」を守るために計画された護衛戦闘機F-108「レイピア」
しかし、「二人」は時代の波に取り残され、とうとう別れの時がきた
戦闘機擬人化。かなりメロウなショートストーリー
戦闘機擬人化で戦闘してない、ただじみーに話してるだけ
XB-70についてはwiki参照
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/XB-70_%28%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F%29
その日。
「きみの護衛から外れることになった」
レイピアは極めて普通の口調で告げると、テーブルの端に腰を下ろし、自分をまっすぐ見上げてくる相棒に笑ってみせた。
「次のテスト飛行はきみ一人で飛ぶことになる。明日長官から通達があると思うよ。……一日待ってもらったんだ。俺の口からきみに告げたいからってワガママを言ってね」
レイピアが口をつぐんだあと、相棒のヴァルキリーの口が動くまで数秒の時間を要した。彼女らしくないことだ。ヴァルキリーはいつでも即座に判断し、何事も隠さない。よく言えば素直で真摯。悪く言えば直情的で回りを見ない。だからこそ自分が彼女の緩衝材としてあてがわれたのだが。
──結局、俺の能力が彼女に追いつかなかった。それだけのことだ。
軍は国民の血税により賄われている。いつまでも能力を発揮しないお荷物を抱えて無駄金を払うわけにはいかない。
ヴァルキリーが首を小さく傾げると、肩からストレートの亜麻色の髪がひと房滑り落ちた。公務の際は肩より長い髪をきっちり結いあげているが、オフのときは垂らしたままだ。
「急な話だな。他の基地に配置換えになったのか?」
「…………」
レイピアはその質問に即座に返せなかった。が、彼が言い淀むのはいつものことだ。ヴァルキリーが無遠慮な質問をしてレイピアを困らせるのは、この基地の年中行事になっていた。
しかも、悪趣味な同僚たちが世事に疎い彼女に下世話な言葉を教え、「意味はレイピアに聞いてみな」とけしかけたりすることも多々あり、言葉を濁して逃れようとする彼に対し、
『レイピアは私が質問するといつも逃げる』
と、何も知らない彼女からよく怒られたものだ。
今も逃げたくて仕方ない。自分が役立たずだと彼女に知られることは、レイピアにとって撃墜される以上の苦痛だった。
「……ああ」
だから、短く答えた。嘘はついていない。いったん本部に配属され、数ヵ月後には退役させられるだろう。
答えを聞いたヴァルキリーはそうか、と口の中で呟き、彼の顔を正面から見つめ、
「あなたは優秀だからどこに行っても優遇されるだろう。……しかし、寂しくなるな」
ああ。
「俺も寂しいよ」
彼は笑顔のままうなずくと彼女のそばを離れてミーティングルームの窓に寄り、外の光景を見つめた。
この基地は試作中の新型軍用機のために造られた。回りは砂漠に囲まれて視界を遮る人工物は一切なく、地上にも基地の建物と長い長い滑走路しかない。
今テストしているのはヴァルキリーの乗る機体だけ。現在この基地は彼女のために存在していると言っても過言ではない。
窓の外には彼女のためだけの滑走路と砂漠が見える。日が傾き、窓の外の景色全てが赤く染まっている。だが空はもう朱が抜けて藍混じりの闇が広がっていた。一時間もしないうちに全ては漆黒に染まるのだろう。
レイピアは緩やかに瞼を伏せた。背中に視線を感じて、彼女の前に立つのは初めてかもしれないことに気づき、口元にのみ笑みを浮かべる。
護衛任務について以来、彼は彼女の後ろを必死に追いかけ続けた。彼女は自分のことを気にかけず、視線は常に前に、遠くに。そのまなざしの強さに焦がれた。
試作機が実戦配備されたときのため、幾度も徹夜で最善の戦術を練ったものだ。二人で、空が白閃に包まれ、朝日がゆっくりと昇るのを眺めたあの朝。寝不足で全身は疲れ切っていたが、心だけは妙な充足感を得ていた。
だが、俺の太陽は落ちたまま昇らない。
「君はいつまでも飛び続けてくれ。誰よりも速く、速く」
眼を閉じたまま振り返らずに告げる。すると即座に答えが返ってきた。強く、強く、かすかに笑いを含んだ声。
「言われるまでもない。私はそのために存在しているのだからな」
振り返る。真っ直ぐな瞳で彼を見つめ微笑む彼女の表情に、迷いなど欠片もない。
その瞳にレイピアを映して、同意を求めるように破顔したヴァルキリーに、彼は言おうとした言葉を腹に力を込めて押さえ込み、ただ頷きだけ返した。
強い力を宿す瞳から逃げるように、身をかがめて足元のバッグを手に取り、ドアに向かう。
「もう行かないと。今夜中に移動の準備しないといけない」
「ああ。いずれ戦場で会おう」
右手を上げ、ゆるぎない言葉をかける彼女に返す言葉は見つからない。
レイピアは彼女を見ないまま右手を上げて、パン、と強く掌を打ち合わせた。