宇宙の星達の平穏と安定を保つ彼らの故郷、光の国。
その中心に位置する宇宙警備隊本部にて、警備隊長のゾフィーは目の前の弟に感慨深げに声をかけた。
「………、よく来てくれたなジャック。」
「挨拶は無しにしましょう。それで、一体何の用ですか?」
若くして全宇宙の防衛の一任される兄に敬意を示すかの如く敬語で、しかも余計な前置きを省いて本題に入った。
それもそのはず。なぜならジャックは、目の前の兄に至急の連絡を受けて駆け付けたからだ。
ゾフィーも同じ考えだったらしく、ジャックの言葉に頷き本題に入った。
「お前を呼び戻したのは外でもない。至急、向かってもらいたい星があるのだ。」
その言葉に、ジャックは兄を取り巻く空気が僅かに冷たくなるのを感じた。
現在自分は地球に接近しつつある惑星ジュランの生態調査及び防衛を目の前にいるゾフィーに命じられ、つい先日任務についたばかりだった。
その自分が急遽呼び戻さなければならないとは、一体どうした事だろうか。
「実はな、ジャック………。大至急地球へ向かってもらいたい。」
「ち、地球ですって!?」
兄の口から出て来た星の名前に、ジャックは素直に驚いた。
無理もない。
何故なら地球とは、四年前に外ならぬジャックが守護した星だからだ。
まだ新米だった自分が初めて任務に就いた星。
自分のみならず、兄も守った思い出の星。
そして………、ジャックにとって宇宙で最も大切な人が住まう星。
それが、地球だった。
「ここ数日間の太陽系での事件は耳にしているだろう?」
「はい、確か土星と木星で相次いで仲間が訃報がありましたが………。」
突然のゾフィーの問いに戸惑いつつ、ジャックは脳裏に浮かんだ事件を口にする。
ゾフィーやジャックを始め、ウルトラの一族はその高い戦闘力や異星間共存の志の下に広大な宇宙全域を異星人の侵略から守っている。
しかし最近になり、太陽系でウルトラ戦士が謎の怪獣に敗北するという事態が相次いだ。
「先程部下から連絡があった。………今度は火星だった。」
「………、それじゃあ………!!」
ここに至り、ジャックはようやくゾフィーの言わんとしている事を理解した。
土星、木星に引き続き火星で仲間がやられた。
それは、仲間を倒す強力な大怪獣が地球に接近している事を意味していた。
「まだ確証は持てないが、可能性は高い。今比較的任務が少なく、実力がある戦士はお前だけだ。」
ゾフィーの考えはあくまで憶測の域を出ない。
しかしもしそれが真実なら、地球が第二の火星になる可能性はある。
特に最近は宇宙全体で怪獣達の破壊活動が活発化し、宇宙警備隊は火の車だった。
「………分かりました、僕は地球に向かいます。」
ジャックはゾフィーの目を見てハッキリと告げ、部屋を後にする。
その様子に、ゾフィーは嬉しそうで、しかし何処か寂しそうな表情を浮かべていた。
「………僅か四年で、ここまで変わるものか。逞しくなったな、ジャック。」
それは宇宙警備隊長としてではなく、純粋に兄としてのゾフィーの気持ちだった。
かつて地球へ初任務に向かった弟は、初々しさが際立って実力は不十分と言わざるを得なかった。
しかし今現在、ジャックは宇宙警備隊の中でも五本の指に入る屈強な戦士として名を馳せ、かつてのゾフィーの再来とまで噂されている。
いや、もう既に自分を追い抜いているのではないだろうか。
そう考えると兄として鼻が高いが、何処か寂しい思いが残っていた。
「(米田中将、これが私の思い過ごしならいいのだが………。)」
だからこそ、ゾフィーは自身の脳内に浮かんだ予想が間違いであってほしいと願わずにはいられなかった。
何故ならそれは、一番現実的で尚且つ恐ろしいものだったからだ。
出来れば間違いであってほしい。
そう願うゾフィーだが、未来は彼に冷たかった。
ゾフィーの予想した瞬間は、もうすぐそこまで迫っていたのである。
時は大正十六年。
帝都東京は蒸気の力を利用して急速な発展を遂げていた。
都内だけでも七本以上の蒸気鉄道が開通し、量産されはじめた蒸気自動車は一般家庭でも手の届く値段に落ち着いた。
暮らしは豊かになり、活気と笑顔に溢れる帝都。
しかし最近になり、その帝都の平和に不穏な空気が流れ始めた。
それまで何一つ異常のなかった蒸気鉄道や自動車が、何の前触れもなく暴走を始めるのだ。
死傷者の数も決して少なくなく、人々の目はある一点に向けられていた。
帝国華撃団。
帝都の平和を脅かす存在から帝都を守るべく戦う霊的組織。
その華々しい功績と勇猛果敢な戦い振りから、長らく平和の続く今でも彼らの人気は衰えない。
そして最近、霊子甲冑という特殊な鎧を身に纏った彼らの活躍はもっぱら暴走した蒸気交通機関の制御だった。
暴走し、手の施し様のない蒸気鉄道を容易く活動停止に追い込む帝国華撃団。
今日も彼らは例の如く大活躍し、人々の歓声を浴びながら誰も知らない本部へと帰還するのであった。
帝都の平和を守る帝国華撃団・花組。
その総司令部は意外や意外、大帝国劇場の地下にあった。
まさか帝都の芸術の宝庫を総司令部にしているなど、誰も思いつかないだろう。
「お疲れ様でした、大神さん!」
相棒の光武から地下の格納庫へ降り立った大神に最初に声をかけたのは、花組隊員の真宮寺さくらだった。
長く腰まである艶やかな黒髪を赤いリボンでまとめ、袴姿がよく似合う大和撫子だ。
また、花組の前身である対降魔部隊に所属していた真宮寺一馬を父に持つさくらは父と同じ北辰流の剣の使い手で、その居合いは遠く離れた物をも真っ二つにしてしまう程だ。
そして何より一途で真面目。
最近では舞台での人気も安定し始めた、うら若き乙女である。
「今回の指揮もお見事でした。死傷者もなかったみたいですし、やっぱり大神さんは凄いですね!」
「ありがとう。でも、それは俺一人じゃなくてみんなが頑張ったからだよ。」
さくらの褒め言葉に、花組隊長大神一郎は謙遜の言葉を返した。
大神は弱冠21歳という若さで海軍士官学校を首席卒業したエリート軍人で、現在は中尉。
その類い稀なる指揮能力で、帝都で二回、巴里で一回、魔の存在を打ち破っている。
やや優し過ぎて八方美人な所があるが、その軍人らしからぬ柔軟な姿勢は隊員達から絶大な信頼を得ている。
今のように自分の手柄も謙遜してみんなの力と言い換える所からも、大神という人物がいかに仲間というものを大切にしているかが十二分に窺える。
すると、さくらの後ろから甲高い笑い声が響いた。
「お~っほっほっほ。この私にかかればあの程度、お茶の子さいさいですわ!」
見るとそこには、花組の隊員にして自他共に認める帝劇のトップスター、神崎すみれの姿があった。
帝都の経済界の中枢とも言うべき神崎重工の一人娘で、気品溢れるお嬢様としての佇まいは多くの者を魅了し、戦闘時には得意の薙刀で魔を狩る猛者である。
花組が戦闘時に使用する霊子甲冑、光武の完成も、神崎重工の多大な資金と技術の援助があってこそである。
しかし出る杭は打たれるという訳ではないが、どうも高飛車な所のあるすみれは誰かと衝突する事がしばしばあった。
そして今回も、高飛車な物言いに注意が与えられる事となった。
「………すみれ、あまり自分を過信してはいけないわ。今回の事件解決は、隊長の指揮がなければ怪我人なしでは済まなかったのよ?」
「そうそう。あんまり高飛車やってると、その内足元すくわれるぜ?」
ハスキーで穏やかな声と、豪快さと活気溢れる声。
その正体は、花組副隊長のマリア=タチバナと切り込み役の桐島カンナだった。
二人共大神より先に花組に所属していた最古参のメンバーで、特に親友同士の間柄だ。
マリアは出身であるロシアの革命戦争でクワッサリー(火喰い鳥)の異名を馳せる程の射撃のプロ。
カンナは沖縄出身の桐島流空手二十八代目継承者だ。
百発百中の腕で冷静に獲物を仕留めるマリアと、自慢の拳で豪快に獲物を叩き潰すカンナ。
戦闘時の二人の動きは正に阿吽の呼吸と呼べるだろう。
「何ですって!?マリアさんならともかく、ゴリラ女にとやかく言われたくはありませんわ!」
「あぁ!?やんのかサボテン女!!」
負けじと言い返すすみれに、カンナも睨みを返す。
すると、その騒ぎを聞いた残りの隊員達がやって来た。
「何やまたかいな。懲りもせんとようやるわ。」
その中の眼鏡をかけた隊員がやれやれといった表情でため息をついた。
三つ編みにした紫色の髪が特徴的な彼女の名は李紅蘭。
花組隊員の一人にして、光武を設計した凄腕のエンジニアでもある。
人一倍振る舞いの明るい彼女は花組の雰囲気作りにも一役買っており、様々な所で活躍している貴重な人物だった。
「いいぞ~、やれやれ~!」
その隣で楽しそうに二人の喧嘩を笑うのは、花組最年少のアイリスだ。
フランスで有名な大富豪シャドーブリアン家の娘で、花組随一の強い霊力を持っている。
まだ13歳だがその演技力は大人顔負けで、帝劇の妖精という二つ名までもらっている。
が、やはり天真爛漫な子供である事に変わりはなく、いつも誰かが近くでお守りをしているのが通例だ。
それが多いのが、アイリスの隣に立つレニ=ミルヒシュトラーセだった。
「………喧嘩はチームワークの崩壊に繋がるから、本当は止めるべきだろうけど………。」
「この二人は恒例行事デスからね~。そんだけ仲良しって事デ~ス。」
レニと更にその横に立つソレッタ=織姫は、花組の前身である欧州星組に所属していた、他の隊員の先輩格である。
(最も二人にそんな意識はないが。)
配属当初はチームワークに乏しかった二人だが、この二年でそれはかなり問題無くなったと言って良いだろう。
まるで帝劇という家に住む一つの家族みたいな空間にいれば、それも自然な事なのかも知れない。
端から見れば色んな意味で個性的に見える二人だが、これでもかなり丸くなった方なのである。
そして彼らの言う通り、すみれとカンナは喧嘩こそすれ、本当はそれだけ仲良しな関係であった。
「ああ。喧嘩する程仲がいいって言うからね。」
無論それをよく知る大神も、織姫の言葉に同意する。
すると、二人は慌てて否定した。
「な、何をおっしゃるやら!私がこんなゴリラ女と………。」
「そうだぜ隊長!あたいだって、こんなサボテン女と………。」
「………反応に冷静さがない。図星を突かれた証拠だ。」
レニの言う通り、赤い顔で否定されても説得力がない。
それに反論出来ず黙り込む二人。
すると、格納庫の入口から別の声が聞こえて来た。
「みんな、ご苦労様。怪我はないかしら。」
「こ、これは副司令!」
その人物に、大神は慌てて反応した。
そこにいたのは現在の帝劇副司令にして、前任の藤枝あやめの妹、藤枝かえでだった。
今は亡きあやめより二つ年下のかえでは今年であやめと同じ24の誕生日を迎えている。
やはり顔や声が似ているからか、今のかえでからはかつてのあやめの面影が見え隠れしていた。
「ここ連日出動が相次いだから気になってたんだけど、安心していいみたいね。」
「当然デ~ス。任務も舞台もバッチリオッケーデ~ス。」
その場にいる全員を代表するように織姫が胸を張る。
「ならちょうど良かったわ。次回の公演について方針を纏めるから、支配人室まで集まってちょうだい。」
織姫の言葉に笑うと、かえでは隊員達に次の行動を促した。
隊員達もそれに従い、そそくさと格納庫から撤退する。
そんな中、最後尾の大神だけはかえでに呼び止められた。
「どうしました、かえでさん?」
自分だけ残らされた理由が解らず、かえでに聞く。
すると、かえでは先程とは打って変わって真剣な表情で大神を見た。
「実は、ここ一連の事件について、花やしき支部が推測を立てたの。」
その言葉に、大神も表情を引き締めた。
ここ最近、帝都は地下に眠る巨大空中戦艦ミカサの機関部から全域に蒸気ネットワークを配備し、空前の発展を遂げている。
しかしその一方で、蒸気自動車や蒸気鉄道などの公共交通機関で原因不明のトラブルが相次いでいた。
何の前触れもなく、当然蒸気機関が暴走を始めるのである。
幸い帝都を狙う輩は現在いないため、帝国華撃団花組はその被害防止に追われる羽目になっていた。
今の出動も、暴走した蒸気列車同士の衝突事故を食い止めるためである。
「それでは、何か原因の手がかりになるものが………?」
「ええ。手がかりはこれよ。」
そう言って、かえでは大神の後ろに並んだ光武の足元から何かを掴んだ。
「これは………、金粉ですか?」
光武の足元についていたのは、金色に輝く粉状の粒子だった。
出撃時の整備段階ではそんな報告はなかったため、付着するとすれば事件現場という事になる。
「ただの金粉じゃないわ。ここ一連の事件で、必ず光武の何処かにこの金粉が付着している。ただの偶然にしては、怪しいと思わない?」
かえでの言葉に、大神は確かにと返した。
これまで度々発生した蒸気機関の暴走事故は、後にも先にも異変がなく、花組を以ってしても事故を食い止める事は出来ても、その再発を予知して阻止する事が出来ないでいた。
そんな中でのこの報告は、花組にとって大きなプラスになるだろう。
「私はこの金粉を花やしき支部で調査してもらうわ。貴方もこの事を頭の片隅に置いといて頂戴。」
「分かりました。有益な情報があれば、また教えて下さい。」
大神は知らない。
かえでが見せた謎の金粉の正体を。
その金粉が持つ、恐ろしい力を。
故にこの重要な手がかりは、間もなく彼らにその牙を剥く事になる。
「よう大神、えらく遅かったな。」
かえでとの話を終えて支配人室に入る大神に向けられた第一声はそれだった。
見れば、相も変わらず酒を煽っている米田の姿が目に入る。
と言っても、何ら注意する必要はない。
何故なら米田の本来の姿を、大神達はよく知っているからだ。
故に大神は、何ら注意もなく返事を返した。
「今回の事故について副司令と話していました。ようやく手がかりらしき物が掴めたので。」
「なるほど。まあその件はかえでくんに任せて大丈夫だ。掴めたとしても分析しない事には、次の一手が打てねぇからな。」
やはり花組としての真剣な話題だったためか、米田も引き締まった表情で答える。
しかしそれも一瞬で、次の瞬間にはいつもの飲んだくれの顔になって続けた。
「でな、大神。立て続けになって済まねぇが、俺からも重大な知らせがあるんだ。」
「はい、何でしょう?」
また蒸気事故の情報かと真剣な顔で頷く大神。
しかし、米田の口にした内容はあっさり外れた。
「大神。実は、お前に今度の舞台の総合演出を任せたい。」
「いいっ!?お、俺が監督って事ですか!?」
予想外の言葉に仰天する大神。
てっきり事故の話と思っていた事もあるが、そんな大抜擢は夢にも思わなかった。
「し、しかし支配人!俺は舞台に関してはモギリ以外何も………。」
反射的に大神は首を横に振った。
自分がこの帝劇に来てからかれこれ4年。
確かに帝国華撃団花組の隊長としてなら多少は胸を張るだけの事はあるが、こと帝国歌劇団の舞台となると話は別だった。
舞台における演出の存在意義は、役者に次ぐ舞台の代名詞と言っても過言ではない。
難しい専門用語を沢山覚えなければならないし、何より高い感性と表現力を以って舞台を作らなければならない。
舞台に関する大神の履歴はモギリ4年。
とてもではないが、舞台を任せられるキャリアとは呼べない。
すると、米田は大神の様子に笑った。
「おいおい、本場巴里の舞台に携わってモギリの才能しか伸びてねぇのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが………。」
「まあ力むな。かえでくんのサポートもあるからよ。」
「は、はあ………。」
何処か上機嫌な米田にそう返事を返しつつ、大神はふと今は遠い巴里を思い浮かべた。
花の都巴里と、その平和を守る巴里華撃団。
自分がその平和を共に勝ち得たのは、僅か数ヶ月前の事だ。
「(巴里では………、みんなどうしてるかな………。)」
帝都からの緊急帰還要請を受け、大神は後ろ髪引かれる思いで麗しき花の都を後にした。
唐突過ぎる別れに、自分を気遣かって送り出してくれたシャノワールの仲間達。
既に半年近くが過ぎようとした今でも、彼女達の姿は大神の脳裏に焼き付いて離れなかった。
まるで、あの頃に帰りたいと願うかのように。
「(………ロベリア………。)」
その記憶の中に一人、巴里で最も親しかった顔が浮かんだ。
ロベリア=カルリーニ。
巴里華撃団花組の副隊長にして、大神の隊長代理でもある隊員だ。
最も、現在は刑務所で服役中であるが。
「どうした大神?また巴里の事か?」
そんな大神の心中を察するように、米田が口を開いた。
それもそのはず。
何せ帝都に戻ってから、大神はしばしば何かを考え込むように上の空になるからだ。
それでもモギリをしくじらないのは流石だが。
「やっぱり気になる奴がいるのか。」
「はい………、ロベリアの事を考えてました。」
「ああ、お前が任命した副隊長だろ?今服役してるんだってな。」
大神の言葉に、米田は納得した様子で頷いた。
無数の軽犯罪からなる1000年の懲役から巴里の悪魔とまで呼ばれた女性と目の前の八方美人な熱血漢がどんな関係なのかは、加山の知らせで承知している。
「巴里華撃団は隊員二人から始まったそうだな。その節は大変だったろう。」
「いえ、みんなよく頑張ってくれましたし、支配人こそ、帝都のみんなを巴里に向かわせてくれたじゃありませんか。」
大神は謙遜と共に米田に感謝を述べた。
巴里華撃団は、大神が赴任した当時はまだ結成して間もない組織だった。
当初のメンバーは大神も含めて三人という状況で、巴里の守護神ウルトラマンティガがいなければ並み居る怪人達や、奴らの使役する強力な怪獣を破る事は叶わなかっただろう。
更に結成間もない組織故に巴里華撃団はチームワークに乏しく、一度きりではあるが目を覆いたくなるような惨敗を喫した事もある。
そんな彼らを救ったのが、加山の手引きで日本から駆け付けた帝国華撃団の良き仲間達だった。
巴里華撃団のバックアップや敵陣調査。
更には戦闘でも現在の光武二式で助けてくれた。
巴里華撃団の勝利に彼女達が少なからず貢献した事は、周知である。
「ハハハ。巴里の様子は加山が逐一伝えてくれてたからな。あいつらも気が気じゃなかったんだろう。」
米田は空になった日本酒の瓶を置き、続けた。
「それにな大神、お前が巴里に行ってから、自分も巴里に行きたいって駄々こねた奴がいるんだぜ?」
「もしかして………、紅蘭ですか?」
米田の言葉に大神が連想したのは、帝都に残した自身の恋人の名前だった。
李紅蘭。
帝国華撃団花組の隊員にして、光武二式の生みの親でもあるメカニックチーフだ。
そして、何を隠そう大神の婚約者でもある。
人一倍明るそうで実は人一倍淋しがり屋な彼女なら、自分に会いたがって巴里行きを申し出るのは十分有り得る事だった。
寧ろ大神は、そういった知らせを受けなかった事に少しばかり拍子抜けした。
「ああ。お前も早いとこ、身を固めちまったらどうだ?」
「し、支配人!?」
突拍子もない言葉に、大神は表情を一変させた。
身を固める。要は結婚である。
これまで正義と平和を守る事ばかりに全てをかけて来た大神にとって、それはある意味意図していない事であった。
確かに紅蘭の事は愛している。
しかし結婚となると話は別だった。
結婚して籍を入れる以上、同じ職場にいるというのは何とも気まずいものがあるし、それで肝心の仕事に集中出来なければ公私混同である。
生来の軍人気質がそれを許さない大神は、紅蘭と時たま逢い引きこそすれ、人前でイチャつくような真似は極力慎んでいた。
まして現在、帝国華撃団は謎の蒸気機関事故解決に大忙しである。
隊長の自分だけがのろける訳にはいかなかった。
「俺は帝国華撃団の隊長です。今の俺には正義と平和を守る事しか考えられません。」
「そうは言ってもよ、演出として軍人の価値観しかないんじゃ、芝居の作り様がねぇじゃねぇか。」
「そ、それは………。」
米田の正論に、大神は思わず返事を失った。
自分は今帝国華撃団花組の隊長であると同時に、次の舞台の演出である。
仲間の命を預かる隊長として平和に集中する事は至極当然だが、大神の場合はそうも言えなかった。
演出は舞台における役者の心情や場面の風景、果ては音響や照明等の舞台技術を総動員して芝居の空気を生み出さなければならない。
そうしないと現実味が薄れて表明だけの演技になり、結果つまらない芝居になってしまうからである。
その危険を回避するためには、演出の持つ感性というものが非常に重視される。
軍人の大神なら戦争などのシーンなら実体験を元に見応えのある立ち回りを生み出す事が可能だが、こと日常の話になると分からない事ばかりだった。
普段は当たり前の日常の風景一つでも、その場面に何かしらの興味を持ち、的確に理解して初めて舞台に再現出来るのだ。
故に大神にとって、自身の価値観を養う事は急務事項であった。
「まあ、今すぐとは言ってねぇ。ただ、いつまでも正義と平和しか眼中にないのは考え物って事さ。」
「は、はぁ………。」
花組隊長としてではなく、大神一郎として。
24年間の人生で初めて問われた新しいアイデンティティの必要性に、大神はまだ生返事しか返す事が出来なかった。
「(隊長ではない自分か………。)」
支配人室を後にし、大神は改めて目の前に打ち出された課題に向き合った。
隊長ではなく大神一郎という一個人として、価値観やアイデンティティをどう確立するか。
今まで軍人としてしか生きて来なかった大神にとって、それは命題に近い難問にも思えた。
「あ、大神はん。」
そんな事を考えていた大神の耳に聞き慣れた声が聞こえたのは、その時だった。
「やあ、紅蘭じゃないか。こんな所でどうしたんだい?」
そこにいたのは、つい先程話題に登っていた大神の婚約者だった。
確か次の舞台の台本が配られているはずだが、彼女だけどうしたのだろうか。
いつもの調子で尋ねると、紅蘭はやや言いにくそうに答えた。
「せ、せや。みんな図書室で台本読みしよるさかい、大神はんも呼びに来たんやけど………。」
何やら赤い顔でモジモジする紅蘭。
いつもと違う様子に首を傾げる大神だが、紅蘭はそのまま続けた。
「その………、大神はん、米田はんと話しよったやろ………?帝都でウチが駄々こねとったって………。」
「ああ………。もしかして、聞こえてたのか?」
頷く紅蘭に、大神もようやく納得した。
恐らく自分を呼びに来る途中で米田と自分の話を聞いてしまったのだろう。
「………大神はん。ウチな………、大神はんのおらん間ずっと寂しかったんやで………?」
「紅蘭………。済まない、不安にしてしまったな。」
紅蘭はいつも快活で笑顔を絶やさない。
しかし今の彼女は違う。
頬を僅かに赤らめ、普段とはまた違う魅力を以ってこちらを見つめて来る。
それは、隊員ではなく一人の女性としての紅蘭の姿。
大神もまた、隊長としてではなく一人の男性としての表情で、紅蘭を見た。
隊長と隊員ではなく、恋人同士として。
「ほら、大神はんに貰った指輪………。あれからずっとつけたまんまなんや。」
そう言って、紅蘭は左手の甲を大神に見せる。
薬指に光る銀の指輪。
それは今からおよそ一年前、外ならぬ大神が贈った愛の証。
大神が巴里に発ったその日からずっと、紅蘭はその贈り物を肌身離さず守っていたのである。
「大丈夫だよ、紅蘭。俺は今、こうして君の目の前にいる。何も怖がる事はないよ。」
「うん、おおきに。………でもな、ウチ、それでも不安やねん。」
暖かい言葉に赤い顔で笑うが、次の瞬間にはその表情が暗いものに変わった。
「ほら、大神はん巴里で仲ええお人がおったやろ?ロベリアはん………言うたよな?」
その名前に、大神は一瞬ハッとした。
ロベリア=カルリーニ。
現在服役中の、巴里華撃団副隊長である。
そして、大神にとって巴里で最も大切だった人物。
紅蘭は知っていた。
二人が巴里で、どんな関係にあるのかを。
「大神はんを信じてへん事はない………。せやけど、ウチ………。」
「紅蘭………。」
何と言葉を返して良いか分からず、黙り込む大神。
すると、紅蘭は俯かせた顔を上げて大神を見た。
「なあ大神はん、何とか言うたって?」
沈黙に耐えられず、紅蘭が泣きそうな目で大神を見る。
大神は一瞬考えた後、咄嗟に思い付いた言葉を口にした。
「………ナントカ?」
それはある意味、お笑い好きな紅蘭に託した賭けだった。
そう。『何とか』言ってと言われたから、『ナントカ』と言ったのである。
こんな真剣な状況で乗ってくれるかは分からないが、大神は彼女のお笑いセンスに事態の収拾を託したのだ。
「………。」
「………。」
先程とは打って変わって、絶対零度の冷たい沈黙が辺りを支配する。
そして、それを程なくして爆笑が破った。
「アハハハハ………!!お、大神はん………!!そりゃ何とか言うたけどやな………、アハハハハ………!!」
抱腹絶倒よろしく、腹を抱えて大笑いする紅蘭。
どうやらドツボにハマッてくれたらしい。
「いや~、大神はん巴里でますますお笑いセンス磨いてるやん。まさかこのタイミングでボケられるとは思わんかったで。」
笑いすぎて涙を拭う紅蘭。
こうした状況でふざけるのは大神としても不本意だが、形だけでも紅蘭に笑顔でいて欲しかった。
幸い上手くいったらしく、紅蘭の顔からは先程までの不安が消えている。
「巴里におる間にウチとの事忘れてしもたか思うたけど、これなら心配あらへんな。」
とりあえず安心してくれたらしく、ルンルンで図書室に戻る紅蘭。
大神もまた、その背中に安堵のため息をついた。
「ほら大神はん、監督なら本読みにも付き合わな!」
そんな大神を知ってか知らずか、紅蘭がこっちに手を振る。
大神も返事を返し、その背中を追い掛けた。
「………ふう、何だか大変な事になって来たな。」
自室に戻り、大神はベッドに腰掛けて大きく脱力した。
自分が総合演出と言う大役を任され、あれよあれよと言う間に次の演目も決まってしまったのだ。
演目は『ああ無情』。
フランスの囚人、ジャン=ヴァルジャンの生涯を描いた作品だ。
かえでの話によれば既に配役は決まっているため、大神の仕事はどのシーンをどんなテーマに沿って見応えある芝居を生み出すかに尽きる。
しかし、それがまた問題だった。
舞台に関しては完全なド素人の大神には、演出と一言で言われても何をどう表現したら良いか皆目見当もつかなかったからだ。
「(ジャン=ヴァルジャンの生涯と言われても………、内容が多過ぎるからな………。)」
『ああ無情』は、マリア扮する囚人のジャン=ヴァルジャンが、織姫扮するミリエル司教との出会いで善人に生まれ変わり、ブローニュで工場を営み、そこで働くファンティーヌと娘のコゼット。
更にそのコゼットを預かる強欲なテナルディエ夫妻とコゼットに恋をする青年マリユス。
そしてジャン=ヴァルジャン逮捕に執念を燃やすジャベール警部との出会いや別れの中で大きな運命に巻き込まれていくという、フランス革命期の壮大な群像劇である。
筆者曰く、
『人々が苦しんでいる時にこそ読んでほしい物語』。
恐らく蒸気機関の発展した帝都でも、苦しんでいる人が少なからずいるという事。
だからこそ米田は、この演目を次の芝居に選んだのだ。
自分達が、その苦しんでいる人々を支えられるように。
「………ん?誰か来たのか………?」
部屋の扉がノックされたのは、ちょうどその時だった。
「大神君、少しいいかしら?」
「かえでさん………?どうかしましたか?」
それは、意外にもかえでだった。
てっきり花組の誰かかと思っていた大神は、表情にこそ出さないが僅かに驚く。
「例の金粉だけど、月組の加山君からも報告があったわ。」
その言葉に、大神は表情を引き締める。
士官学校時代から知り合いだった加山を始めとする月組は、スパイや密偵などのプロフェッショナルだ。
彼らが動いたという事は、事態はそれだけ深刻化している事を意味していた。
「蒸気機関暴走の現場に、僅かだけど同じ金粉が見つかったそうよ。明日以降の花やしきでの調査に併せて月組でも調査が決まったわ。」
「そうですか………。かえでさん、この事は………。」
「分かってるわ大神君。まだ分からない事が多過ぎるものね。」
大神の言葉を理解したように、かえでは頷いた。
隠密捜査のプロフェッショナル、加山の調査もあり、金粉と暴走事故の関連性は濃厚になった。
しかし金粉の正体や暴走のメカニズム。
更にそれを引き起こす黒幕すら分からないのが現状である。
もう少し調査が進むまで、隊員達に知らせる事は些か気が引けた。
「でも調査ばかり気にして、肝心の演出を忘れては駄目よ?演出一つで、舞台は傑作にも駄作にもなるんだから。」
「は、はい………。その事なんですが………。」
痛い所を突かれて、やや言いにくそうに大神が答える。
忘れてはいけない。
大神は花組隊長であり、総合演出なのだ。
任務にも芝居にも決して手を抜かない。
それが帝国華撃団である。
「今回の演目について、どれにテーマを絞ろうかと考えてまして………。」
「そうね。確かに『ああ無情』におけるテーマは多彩だわ。大神君としては、何がテーマに相応しいと思う?」
テーマが多いからと言って、その全てを持ち上げる事は宜しくない。
無駄に悲しいシーンばかり取り上げても観ている側は良い気分ではないし、長時間の舞台ともなればそれだけで疲れて観る事が困難になる。
目安として一つの演目はおよそ一時間半。
テーマは分かりやすく全体を網羅出来るものがベストだ。
大神は僅かに考えた後、こう答えた。
「俺個人としては………、やはりジャン=ヴァルジャンとジャベールの対称的な人間性が軸になるかと。」
主人公ジャン=ヴァルジャンと、彼を追うジャベール警部。
早い段階で登場する二人は、人格や地位と言った様々な点が対称的と言って良いだろう。
ジャン=ヴァルジャンは過去の罪を背負いながらも他人の幸福のために身を投げ出す囚人。
ジャベールは他人の幸福を奪う事になったとしても法による正義を貫き通そうとする法の番人。
人のために法を破るヴァルジャンと、人を見捨ても法を貫くジャベールは、この作品における正義を問うテーマと言えるだろう。
大神自身も正義のもとに国を守る海軍に身を置く職業柄、これはすぐに思い付いた。
すると、かえでは感心した様子で頷いた。
「確かに重要なテーマね。実際にマリユスも、法が正義に反すると主張する一人だもの。中々鋭いじゃない、大神君。」
後にコゼットと結ばれる事になるマリユスは弁護士でありながら、フランスの法に反発する革命家だった。
法は人の作ったものである以上、絶対普遍の正義にはなりえない。
言わばマリユスは、ある意味でヴァルジャンの主張を肯定する人物と言えるだろう。
しかし、そればかり強調しても見応えのある芝居は生まれない。
何故ならこの演目は群像劇であり、その全てが正義に関連付けられたものではないからだ。
大神もそれは重々承知しているが、別のテーマに迷っていた。
テナルディエ夫妻の強欲から来るコゼットの不遇は人権無視も甚だしいが、当時の風土やテナルディエ夫妻の家庭環境を鑑みれば必ずしも悪とは切り捨て難い。
何故ならこの強欲夫婦の子供達はマリユスと共に革命運動に参加したために惨たらしく惨殺され、夫婦も監獄にぶち込まれてしまうからである。
また、コゼットの母であるファンティーヌは悲劇の美女として描かれるが、登場期間の短さを考えると最後で尻窄みしてしまう。
それに強欲夫婦の末路やファンティーヌの最期を強調されても、観客に不快感ばかり与えそうで気が乗らない。
結局堂々巡りで、芝居の軸にするテーマを絞れないのだ。
「そうね………。だったら大神君、一つ考えがあるんだけど………。」
かえでがふと、思い付いたように口を開いた。
「本読みが終わった後、みんなにこの演目の感想を聞いてみたわ。そしたらね、みんな悲しい話ばかりだけど、あるシーンは好きって言ってたの。何処だか分かる?」
「あるシーン………?」
大神は記憶の中から話の粗筋を引っ張り出し、一気にフラッシュバックさせた。
『ああ無情』はジャンルで言えば群像劇で、ヴァルジャンの最期で締め括られる悲壮と虚無感が中心の芝居だ。
しかし完全な悲劇ではない。
何故ならたった一人、幸せを掴んだ人物がいたからだ。
「もしかして………、コゼットとマリユスの結婚ですか?」
大神が口にした答えは、マリユスと結ばれたコゼットだった。
テナルディエ夫妻の不遇に耐え、母親のファンティーヌの顔さえ知らないコゼットだが、マリユスと結ばれる事で幸せな未来に巡り会えている。
故にコゼットの幸せは、『ああ無情』においてヴァルジャンを始めとする様々な人々の悲劇の中にただ一つ光る輝きであり、温もりであった。
「そうよ。この演目における唯一のハッピーエンド。『ああ無情』が単なる悲劇に終わらない理由でもあるわ。」
果たして大神の答えは正解だった。
単なる悲劇であっては苦しむ人々を支える力などない。
こうした僅かな希望が、苦しむ人々に夢や勇気を与えてくれるのである。
「しかし、俺は結婚というものは分かりかねます。」
かえでの提案を理解する一方で、大神は自身の価値観の無さを思い知るように答えた。
無理もない。
士官学校に入ってからおよそ八年の間、大神はずっと日の丸を背負い、帝都を守る事だけを考えて来た。
当時の軍隊には、大尉以上の地位を確立するまで他の事に気を許してはならないという不問律がある。
一人前になるまで正義だけを考えるという教えに従い、大神も正義だけを貫いて来た。
紅蘭に贈った指輪も、自分が出世した時まで待ってもらうための約束だ。
故に大神にとって、結婚に対する認識は非常に薄いものだった。
「そうよね、突然言われても分からないわよね。」
かえでも陸軍に所属する身の上から、軍人の事情は十分承知している。
だが同時に女性である分、大神よりかは発想が豊かだった。
「だったら大神君、みんなの結婚観について聞いて回ったらどう?」
「みんなに………、ですか?」
「ええ。みんな年頃の女の子だもの。色々と夢があるはずよ。そういった考えをコゼットに当て嵌めると、芝居に説得力が生まれるわ。」
確かに、と大神は思った。
分からなければ聞けばいい。
何せ帝劇には自分と米田以外全員年若い女性しかいないのだ。
全員に聞けば確実でなくとも、それに近い答えを得られるに違いない。
「分かりました。夜の見回りついでに聞いてみます。」
しかし大神は知らない。
この行動が、後に帝劇を揺るがす騒動に発展する事を。
かくして総合演出大神一郎は、足取り軽く隊員を探して帝劇内に繰り出す事となった。
「結婚についてどう思う?」
その一言を携えて。
それに対する各隊員の反応を見てみよう。
ケース1:一途過ぎる大和撫子の場合
「け、結婚ですか………!?で、でもあたしには………。」
ケース2:高飛車なトップスターの場合
「まあ………、中尉ったらいきなりです事………。では早速実家に電話を………。」
ケース3:男装の麗人の場合
「そうですね………。私もあまり考えた事はありません。………ですが、隊長が真剣に考えて下さるなら………。」
ケース4:色気より食い気な空手家の場合
「結婚!?そ、そりゃまた………いきなりな話だな………。」
ケース5:おませな帝劇の妖精の場合
「アイリス、けっこんってよく分からないけど………、お兄ちゃんのために頑張って考えるね。」
ケース6:イタリアのじゃじゃホースの場合
「ちゅ、中尉さんも結婚について考えてくれてたですか?」
ケース7:寡黙で頼れるお守りの場合
「結婚………。まだよく分からない………。隊長、調べる時間がほしい………。」
ケース8:発明家の婚約者の場合
「結婚なぁ………。ウチもずっと憧れとるんやけど、いざ考えると恥ずかしくて………。」
「う~ん、やっぱりみんなも深くは考えてなかったんだな。」
隊長室に戻り、大神は顎に手を当てて考え込んだ。
一通り隊員達に聞いては見た。
しかしみんな顔を赤くしてばかりで、肝心の答えに関しては口ごもる。
無理のない事ではあった。
何せ結婚とは、その後の人生を左右する重大な選択だ。
聞かれてすぐに答えろと言われても、土台無理な話である。
結局の所、結婚という概念を広げる事はできなかったが、演目のテーマを絞れただけでも十分な進歩だろう。
「………ん?」
そんな事を考えていた時だった。
自身の背後から、何やらギターの音色が聞こえて来たのだ。
「結婚はいいなぁ~!!俺はまだ独り身だけど。」
その音色に聞き覚えがあった大神は、途端に顔をしかめる。
如何にも面倒な奴を見た時のそれだ。
振り向くと、予想通りの人物が予想通りのスマイルでこちらを見ていた。
「いよう大神!今度の舞台は総合演出なんだってな!かえでさんに聞いたぞ?」
「加山………、お前は毎度毎度何処から現れるんだ………?」
「細かい事は気にするな。半年振りに再会した親友に冷たいぞ?」
呆れ顔で尋ねる大神に気付いているのかいないのか、加山と呼ばれた男は清々しく笑う。
白いスーツにトレードマークのギター。
彼こそ大神の無二の親友にして、帝国華撃団・月組の隊長、加山雄一である。
「演目は『ああ無情』だってな。演出も大変だろう。」
「ああ。軍人一筋の人生を、初めて否定された気分だよ。」
かつて士官学校で共に青春を謳歌した親友に、大神は思わず本音を口にする。
すると、加山は少しだけ表情を引き締めて答えた。
「確かにな。俺達軍人は、国と人々、そして正義を守るために命を懸け、それ以外に極力身を傾けない事が鉄則だった。悩むのも当然だ。」
大神が感じたままを口にする加山。
彼もまた正義に命を懸ける一軍人故、大神の心境がよく分かるのだろう。
「しかしな大神。いくら正義を貫いた所で、俺達は人間だ。いつかは嫁さんをもらって、子孫を残す事も考えなければならない。」
「ああ。俺も同感だ。だが、今の俺は平和を守ってこそ俺だと思う。」
「未来の嫁さんが、ああして待ってるのにか?」
一歩進んだ加山の言葉に、大神は言葉を返せなかった。
確かに加山の言う通りだ。
帝都に平和を取り戻す。
その目的を果たすまで、大神は自分を帝国華撃団隊長に置く事を決め、紅蘭との結婚も先延ばしにして来た。
帝都の平和を預かる人間がうつつを抜かす訳にはいかないというのが理由だが、紅蘭には中々辛い思いをさせてしまっただろう。
すると、加山も流石に可哀相に思ったらしく、自ら言葉を引っ込めた。
「いや、今のは忘れてくれ。嫁さんのためにも、今俺達が成すべき事を果たさなくてはな。」
言うや、加山はそれまでの陽気な表情を捨て、真剣な表情で大神と向き合った。
陽気な親友ではなく、月組隊長としての表情だ。
大神もまた、花組隊長の顔で加山に向き合う。
「ここへ来た本当の理由は、結婚についてではない。最近の蒸気機関暴走事故だ。」
頷きつつ、やはりと大神は思った。
事故現場からも例の金粉が見つかった事は、かえでからも聞いている。
それからすぐに加山自身がこちらへ来た。
それは、金粉と事故の関連性について、調査に進展があった事を意味していた。
「事故の目撃者を当たってみた所、数人にある共通した証言を得る事が出来た。
『機械が金色の蒸気を上げている』
とな。」
「金色の蒸気………?それが金粉という事か?」
「相変わらず察しがいいな、お前は。俺達もそう睨んでいる。それ以外に、事故の原因になるものがないからな。」
大神の答えは期待通りだったらしく、加山もまた自身の考えを口にする。
金粉とそれによる金色の蒸気。
これまで発生した全ての事故現場で発見された事から、直接的な原因でなくとも、暴走を引き起こすメカニズムに関わっている可能性は非常に高い。
「俺達月組も、全力で金粉の正体を探る。花組でも何か分かったら、教えてほしい。」
「ああ。だが加山、油断はするなよ………。」
報告を終えて意気込みを見せる加山に、大神は釘を刺すように告げた。
何か………、背中を走る悪寒のような薄ら寒い何かを、大神は感じた。
この帝都に今までにない、それこそ黒之巣会や聖魔城すら比較にならない程の恐ろしい巨悪がうごめいているのではないか。
長年華撃団の隊長を努めて来た大神の軍人としての勘が、それを告げていた。
すると加山は、そんな大神を安心させるようにおどけてみせた。
「言われる間でもないさ。お前もあまり気負い過ぎるなよ?芝居と任務、二足の草鞋を履いてるんだからな。」
そう言って、部屋を後にする加山。
やはり親友という事もあってか、その背中を見送る大神の表情は、緊迫から安堵に変わっていた。
「………大神はん………。」
ベッドに横になり、紅蘭は何度目かも分からないため息をついた。
理由は簡単。
先程大神に聞かれた事だ。
「結婚………か。せやかて大神はん………。」
ふと、右手の薬指に目をやる。
一年前、巴里に発つ前に大神がくれた約束。
生まれて初めて、大神から恋人として受け取った愛の証。
その大神が今帝都に、同じ建物にいるというのに、何故こんなに心が苦しいのだろう。
そう自問し、紅蘭は自嘲気味に笑った。
馬鹿らしい。
自分は答えを知っている。
ロベリア=カルリーニ。
巴里華撃団副隊長で、懲役1000年の大悪党。
そして、大神にとって巴里で少なからずの関係を作った人物。
「(ダイゴはんも、こんな気持ちやったんかいな………。)」
ダイゴ=モロボシ。
遥か西の巴里で出会った、光の巨人。
そして、一人のシスターに心を奪われた少年。
彼は当初、そのシスターと仲良しになった大神に少なからぬ嫉妬を抱いていた。
それをため息混じりに助け舟を出してあげた事は、記憶にも新しい。
「(ウチも人の事言えんわ………。)」
本当は認めたくなかっただけかもしれない。
ロベリアを見た時の第一印象は、美しいの一言しか思い付かなかった。
だからこそ、紅蘭は嫉妬した。
ロベリアが持つ、自分にはない美しさを。
そして、不安になった。
大神が、鈍感だが一度は自分に将来を約束してくれた。
目の前に光る指輪が何よりの証拠である。
しかし………。
「大神はん………。まさかホンマに………。」
帝都に戻って来た大神は、今までと僅かに違っていた。
最近、何をするでもなく空を眺めるようになった。
まるでここではない、遥か西に心を預けるかのように。
その姿が、紅蘭は自分に似ていると思った。
そう………、異国の恋人に想いを馳せる自分と。
「(ウチ………、どないしたらええの………?)」
指輪を抱きしめるように胸に押さえ付け、紅蘭は固く目を閉じた。
階段ではぐらかされた時に聞けば良かった。
そう思ったからこそ大神と二人になったのに、いざ尋ねると怖かった。
大神に拒絶されるのではないかという恐怖が、一瞬心を支配した。
大神の冗談は、恐らく苦し紛れだろう。
彼は恋愛には鈍感だが、女性の心をいたわる事には丁寧だ。
本当ならあんな状況で冗談を言う人間ではない。
だからこそ紅蘭は、知っていて大神の冗談に笑ったフリをしたのである。
「(やっぱり変わってしもたんかな………。大神はん………。)」
可能性はあった。
相手は性格を除けばかなりの美人。
対するこちらは、機械にしか能のない女。
大神を想う気持ちなら決して負けないが、それ以外で勝てる気はしない。
この日、紅蘭は胸中にうごめく不安に震えながら朝を迎える事となった。
「………だから、今回の舞台装置の予算はこれだけかかるんですよ。」
「なるほど………。やはり百円を切る事は出来ないな。」
翌朝、大神はかすみ、由里、椿の通称『帝劇三人娘』のサポートを受けながら、舞台装置の手配に骨を折っていた。
彼女らもまた、花組をサポートする風組として所属しているが、普段の業務は専ら事務関係の仕事ばかりだ。
故に発注等の素人な大神にとって、これ程頼もしい助っ人はなかった。
が、それでも舞台装置の手配は難航を極めた。
舞台装置と一口に言っても、その種類は多種多様。
音響、照明、背景の書き割りと大道具。
更にパンフレットやチラシを含めた予算を、与えられたコストに留めなければならないのだが、これがそうもいかない。
高ければいい訳ではないが、中古品などの下手に低価格なものばかり考えていては、舞台装置はどうしてもお粗末になってしまうからである。
お客からは大して労いもされないのに、ハッキリ言って役者よりキツイ裏方の仕事に、大神は圧倒された。
「(そういえば秀介も、いつもこんな感じだったな………。)」
不慣れな手つきで書類を処理しつつ、大神はかつてこのポジションに立っていた一人の隊員の姿を思い浮かべた。
御剣秀介。
今から四年前、黒之巣会や聖魔城での戦いで自分達を支えてくれた、遥か宇宙より遣わされた光の巨人。
そして半年前、巴里華撃団やウルトラマンティガのピンチを救ってくれた光の勇者。
そんな彼の普段の業務が、この裏方全般の用意だった。
大神はかすみ達に自身の仕事の手を止めてまで手伝ってもらっているが、よくよく考えれば秀介は一人でこれをこなしていたのだ。
大神は今更ながら、秀介の苦労がよく分かった気がした。
「あ、大神さん。チケットの販売枚数が違いますよ。」
「え?………あ、ホントだ。」
そんな事を考えていた大神にかすみからダメ出しがあったのは、その時だった。
よく見ると、二万枚のはずのチケットを二十万枚販売する計算になっている。
ちょっとした違いですぐに数字は大化けしてしまうため、神経がすっかり擦り減ってしまいそうだと、大神はため息を吐いた。
しかし直後、更に神経を擦り減らす警報が鳴り響いた。
「な、なんだ!?また事故が発生したのか!?」
「大神さん、作戦司令室に急がないと!」
先程までの顔を捨て、立ち上がる四人。
帝国華撃団本来の任務が、始まったのである。
帝都浅草。
帝国華撃団花やしき支部はここに存在した。
その入口に彼、御剣秀介の姿はあった。
「調査………と呼べる状況ではありませんね。」
帝都についてすぐ、秀介は加山から連絡を受けた。
帝都で頻発している事件と、謎の金粉の調査。
記憶が正しければ、確かここで金粉の調査が行われているはずだ。
しかし、目の前の状況は聞いた話と合致しなかった。
施設のそこらで噴き上がる蒸気と、悲鳴と爆発音。
そして、周りを暴れ回る霊子甲冑『光武』。
「4年振りの再会にしては………、中々過激な歓迎ですね?」
かつて共に帝都を守った仲間の変わり果てた姿に一瞬だけ表情を歪める秀介。
だが次の瞬間には、覚悟を決めたように左手のブレスレットから光の剣を生み出した。
スパークソード………、秀介が人間体の際に使用する技の一つだ。
その切れ味は、例え鋼鉄でもバターのように断ち切ってしまう程の威力がある。
「バレたら、紅蘭さんに怒られるでしょうね………。」
彼らの産みの親である帝劇のエンジニアの顔を思い出し、僅かに笑う。
そして、秀介は一陣の風のように施設内に特攻した。
作戦司令室はいつになく騒然とした空気に包まれた。
何故なら、米田の口から思いも寄らない言葉が飛んだからである。
「浅草・花やしき遊園地で、蒸気機械が暴走した。」
「な、なんやて!?ウチの子達が、人にケガさせたんか!?」
その中でも一際強い驚きを見せたのが、紅蘭だった。
無理もない。
花やしき遊園地の遊具達を作ったのは、外ならぬ紅蘭なのだから。
しかし、現実は更に彼女に追い撃ちを与えた。
「それだけじゃないわ。暴走を始めたのは花やしき支部全体………。遊園地には予備の光武達が溢れ出しているわ。」
「そ………、そんな………!!」
かえでの口から出た現実は、紅蘭を絶望にたたき落とすには十分過ぎるものがあった。
帝都の平和を守って欲しいという願いを込めて生み出した光武。
その彼らが帝都に害を成す事は、紅蘭には悪夢以外の何者ではない。
「幸いまだ死傷者は出ていない。一刻も早く民間人を避難させ、暴走した機械を止めるんだ!」
ショックを隠しきれない紅蘭を元気づけつつ、指示を出す米田。
幸い暴走している光武は数が少なく、被害の拡大はまだない。
今の内に光武達を沈黙させれば、被害を最小限に抑えられるはずだ。
だが大神が出撃命令を出そうとした正にその時、最悪の情報が飛び込んで来た。
「き、緊急連絡!銀座にて蒸気トラックが暴走しているとの連絡が!!」
「蒸気自動車6台が大破!銀座デパートに火災発生!!」
「自動車の残骸が道を塞いで、逃走経路が確保出来ません!!」
「くそっ!こんな時に………!!」
風組の報告と共に送られた画像に、大神は悔しげに歯噛みした。
無数の車を薙ぎ倒して火柱を上げるトラックと、その炎が移って火に包まれるデパート。
入口が炎や障害物に囲まれ、とても脱出出来る状況ではない。
デパート内に取り残された民間人を救助するために、一刻も早く出撃しなければならないだろう。
しかし被害状況や銀座と浅草の距離からして、片方ずつでは間に合わない。
大神は一瞬思案し、そして決断した。
「………よし、部隊を二つに分ける。俺の指揮する本隊は花やしき遊園地を。別動隊は銀座デパートの救命に当たってくれ。」
大神の下した決断。
それは、部隊を分けて二カ所の事件を同時に解決するというものだった。
ただでさえ人数の少ない花組ではややリスクが高いが、チームワークさえ損なわなければこれ程効果的な作戦はない。
大神は続けて、指示を出した。
「マリア、別動隊の指揮は君に任せたい。構わないか?」
「異存はございません。隊長、花やしきはお願いします。」
指名を受け、ハッキリ頷くマリア。
確かに大神を除いて状況判断を冷静に行えるのは、副隊長のマリアだ。
他の隊員達も、沈黙を以ってそれに同意する。
「別動隊には残骸撤去に適したカンナとすみれくん。それと、負傷者の治療のためにアイリスも向かってほしい。マリア、君からは何かあるかい?」
状況を鑑みて、最適のメンバーを瞬時に提案する大神。
その的確さに、マリアも異論を返さない。
そして、出撃の時は来た。
「帝国華撃団・花組、出撃!!何としても被害の拡大を食い止めるんだ!!」
「了解!!」
帝都浅草、花やしき遊園地。
カップルや親子連れで賑わうこの場所に爆音と悲鳴が轟いたのは、余りにも突然だった。
何の前触れもなく現れて無差別に暴れ出す蒸気機械。
遊具は皆炎に包まれ、人々が逃げ惑うその時、遥か上空から鋭い声が飛んだ。
「そこまでや!!」
若い女性の声と共に、颯爽と降り立つ五つの霊子甲冑。
それは誰もが知る、この美しい帝都を護る存在、
「帝国華撃団、参上!!」
悪を蹴散らし、正義を示す、帝国華撃団だった。
「ウチの作った子らが燃えとる………!!………許さへん、絶対許さへんで!!」
その中の一人、緑色の光武二式に乗る紅蘭が怒りの余り拳を震わせた。
帝都の子供達を笑顔にするはずの遊具達。
帝都の平和を守っていた旧光武達。
それが炎に蒔かれ、暴れ回る。
設計者たる紅蘭が言い知れぬ怒りを覚えるのは、むしろ当然だった。
「大丈夫よ紅蘭。あたし達で光武を止めて、遊園地を守りましょう。」
「暴走して判断力がないとはいえ、光武のスペックは高い。下手な行動は命取りだ。」
「大丈夫デース。中尉さんと私達にかかれば、あっという間に解決デース。」
それを痛い程知るさくら達も、優しく紅蘭を励ます。
すると、僅かだが紅蘭も冷静さを取り戻した。
「………せやな。ウチが熱くなっても変わらんわな。大神はん、指示は頼むで!!」
「分かっているさ、紅蘭。よし、俺が先陣をきる!右をさくらくん、左をレニ!紅蘭と織姫くんは、後方から支援してくれ!!」
「「了解!!」」
隊員達の声に頷き、大神は愛用の二刀を抜いて目の前で暴れる光武に躍りかかった。
花やしき遊園地に突如現れた旧光武。
彼らは皆、霊子甲冑開発のためのサンプルとして、花やしき支部に保管されていたものだった。
その種類は旧光武の他に神武、天武、更には神崎重工が初めて開発した霊子甲冑『三式スミレ』など多種多様。
合計して十八の内、八体の光武が遊園地にさ迷い出ているのだ。
花やしき支部でもまた、暴走した霊子甲冑の巻き添えにならないよう避難する職員達で溢れ返っていた。
使い方次第では軍用兵器とも成り得る霊子甲冑が暴走した場合の恐ろしさは、誰もが知っている。
しかしその中に一人、金色の光の剣で霊子甲冑に立ち向かう一つの影があった。
「ハッ!!」
気合いと共に、左手のスパークソードを真横に一閃させる。
すると、今まで狂ったように壁や床を殴りつけていた光武がピタリと動きを止めた。
そして次の瞬間、剣の軌道に沿って鋼鉄の身体が上下に寸断される。
人間ではない秀介だからこそ成せる技だった。
「大分片付いて来ましたね………。」
右手で額の汗を拭い、秀介が呟く。
混乱する花やしき支部に突入しておよそ15分。
今の分を含めて、既に9体の霊子甲冑を真っ二つにした所だ。
「(早くここを片付けて、隊長達と合流しなくては………!)」
暴走した光武の内、およそ半数近くが遊園地にさ迷い出て暴れている。
早急に支部内の光武を沈黙させ、大神達のアシストをする必要がある。
そんな事を考えながら支部の奥へと急ぐ秀介の前に、爆音と共に新たな光武が現れたのはその時だった。
「………、これは………!?」
その姿に、秀介は思わず絶句した。
何故なら今目の前にいる光武は、秀介の脳裏に焼き付いて離れない大切な人の光武だったからだ。
光武参号機。
桃色に塗られたその身体と、腰に下げた一振りの太刀。
一瞬だが秀介は、その光武の中に彼女がいるかのような錯覚を覚えた。
「さくらさん………。」
その一瞬、秀介の表情が穏やかなものに変わる。
四年前、彼女と共に帝都を守ったはずの霊子甲冑。
まさかこんな形で再会しようとは、秀介自身夢にも思っていなかった。
「悪く思わないで下さい………。」
一言謝罪とも取れる言葉を口にし、スパークソードを構える。
たとえ彼女の光武であっても、帝都に、そして彼女の心に傷を残すものを許してはおけない。
こちらに向かって太刀を振って来る光武に、秀介は真正面から切り掛かった。
「狼虎滅却………、天地神明!!」
稲妻を帯びた二刀が、裂帛の気合いと共に光武に炸裂する。
その一撃で活動限界に追い込まれた光武は、二、三歩下がって爆発した。
「………。」
しかし、大神の表情は未だ厳しいまま変わらなかった。
作戦自体は上手くいっている。
だがそれ以前に、大神はある事に悩んでいた。
「(しかし………、何故光武まで暴走したんだ………?やはりあの金粉が関係しているのか………?)」
光武は蒸気だけでなく、内蔵する霊子水晶に搭乗者の霊力をリンクさせる事で初めて起動する。
別の方法を取ったとしても、霊子水晶を素通りして光武を起動させるのは、理論上不可能だ。
しかし今目の前で暴れている光武は、無人のまま暴れている。
まるで、それこそ幽霊でも取り付いたかのように。
「隊長、周囲の霊力反応が弱まっている。残る光武はあの一基だ。」
そんな事を考えていた大神に、レニが通信を入れた。
見ると、かつてマリアが使用していた光武がこちらに銃口を向けている。
漆黒に塗り固められたボディは、年月が経った今でも光沢がある。
さぞかし好条件の下で保管されていたのだろうが、それがこんな形で現れるのは皮肉だろうか。
「さくらくんとレニは左右から挟み撃ちにしてくれ!紅蘭と織姫くんは………。」
たとえ無人とはいえ、マリアの光武は中距離の攻撃に非常に強い。
闇雲に攻撃すれば甚大な被害が出る事は誰もが承知している。
しかし、この状況で一人だけ闇雲に突っ込む人物がいた。
「こ、紅蘭!?」
それは、何と紅蘭だった。
両肩と両足合わせて十六門にもなる大砲を構え、目の前の光武目掛けて掃射する。
その様は、まるで紅蘭が暴走しているかのようだ。
「後ろに戻れ、紅蘭!暴走のメカニズムが分からないのに特効するのは危険だ!!」
大神が静止するよう叫ぶが、紅蘭は聞く耳を持たない。
「止めたらな………、ウチが止めたらなアカンねん!!」
怒号と共に十六門の大砲が一斉に火を噴いた。
その凄まじい一斉射撃に、さしもの光武もたじろぐ。
だがその一瞬、さくらが何かに気付いた。
「………、お、大神さん!暴走している光武から、金色の蒸気が………!!」
「何………!?」
大神はハッとしてカメラをズームさせる。
すると、光武の吸気口から何やら金色の煙のような気体が吹き出していた。
きらびやかで、それでいて何処か魔性を感じさせる金色の蒸気。
大神はそれに、昨日かえでに見せられた金粉を連想した。
「(まさか………、あの金粉か!?)」
可能性はあった。
暴走事故の現場にあったという金粉。
それがあの光武のように機械の内部に入り込んで暴走していたとするならば………。
「常に進化を求める………、それが発明や!!チビロボ二式!!」
光武二式に内蔵していたチビロボ二式達を呼び出し、四方八方から攻撃を加わる。
刹那、一際大きい爆発と共に金色の煙が溢れ出す。
「紅蘭っ!?」
大神が思わず叫んだ。
攻撃の瞬間、紅蘭の光武二式は至近距離にあった。
もしや爆発に巻き込まれはしなかっただろうか。
そう不安になる大神だが、煙の中から現れた緑色の光武二式の姿に、その心配は消えた。
「ヘヘ………、ちょっと無理してもうた………。」
「紅蘭、大丈夫か?」
煙から出て来た紅蘭の光武は、所々に煤と金粉がついている。
どうやら少なからずのダメージを受けてしまったようだ。
中にいる恋人の安否を心配しつつ、大神が近寄る。
その時、不意に紅蘭の光武が足をついた。
「な………!?ど、どないしたんや?光武が急に動かへん事なるやなんて………?」
それに一番驚いたのは、外ならぬ紅蘭だった。
先程も少々無理をしたが、その程度で活動停止を余儀なくされる程、光武二式は弱くはない。
突如起こった光武の異変。
そして次の瞬間、誰もが信じられない事が起こった。
「………、アカン!!みんな伏せるんや!!」
それにいち早く気付いた紅蘭が叫ぶより早く、十六門の大砲が突然火を噴いた。
弾丸は無差別に建物を直撃し、瞬く間に周囲が炎に包まれる。
「こ、紅蘭!?どうした!?大丈夫か!?」
二刀を盾代わりに大砲を防ぎながら、大神が叫ぶ。
今の紅蘭機の動きは明らかに彼女の意思ではない。
だとすれば、考えられる可能性はただ一つ。
『光武の暴走』だった。
「た、助けて大神はん!!光武が………、ウチの言う事聞かんのや!!」
突然の暴走に、紅蘭もパニックになる。
大神は急いで紅蘭機を取り押さえにかかるが、激しい集中放火で中々近寄れない。
「ああ………、このままじゃ遊園地が………!!」
瞬く間に火の手が広がる遊園地に、さくらが心を痛める。
思い出の篭った遊園地が、暴走とはいえ仲間の手で破壊される姿を見れば当然だ。
そして、それを誰よりも痛感しているのが紅蘭だった。
「光武!光武!!何してんねん!!何でウチの言う事聞いてくれへんの!?」
あらゆるスイッチを操作して光武の動きを止めようとする紅蘭。
しかし緑色の光武二式は動きを止める所か、更に暴走を激しくした。
「紅蘭!!………、ぐあっ!?」
近づきつつあった大神に大砲が直撃したのは、その時だった。
「お、大神はんっ!!」
依然暴走を続ける光武二式から、悲鳴に近い紅蘭の悲痛な叫び声が聞こえてくる。
耐えられるものではなかった。
「(何でや………?何でウチの大事なモンは、みんな消えてしまうんや………!?)」
帝都が………、機械が………、愛機が………、大神までもが………、自分の前から今正に離れようとしていた。
「………。」
「ぐっ………、こ、紅蘭………!」
先程から一転して沈黙する紅蘭を不審に思い、大神は光武二式を起こして声をかける。
しかし、返って来た返事は驚愕に値するものだった。
「………大神はん………、もう………ええわ………。離れといてんか?………近くにおったら………、巻き込まれるさかいな………。」
「………紅蘭?どういう事だ………?」
まるで別人のように無気力な声。
近づくな。巻き込まれる。
彼女がこれから何をするつもりなのか。
エリート海軍中尉には、無気力な口調で発せられたその言葉だけで容易に推測出来てしまった。
「まさか………、紅蘭!自爆する気か!?」
その言葉に、隊員達も表情を一変させた。
いくら光武の暴走でパニックになったとしても、紅蘭はそんな早まった事をする人間ではない。
しかし、紅蘭は無気力な声で答えた。
「………ウチ、もう疲れた………。大事なモンは、みんな………みんな消えてまう。街も、機械も、この子も………、大神はんも………。」
「紅蘭、馬鹿な真似はよせ!!」
二刀を杖代わりに立ち、必死に大神が叫ぶ。
今まで殆ど聞いた事のない、まるで魂でも抜かれたような無気力な声。
大神には、紅蘭が自分の手の届かない遠い所へ行ってしまうような気がした。
「もう………、嫌なんや………。この子にも捨てられて………、大神はんにも捨てられて………。ウチには………、もう何もあらへんのや………。」
「紅蘭、やめて!!」
「早まった事してはダメデース!!」
「自爆は最悪の悪手。紅蘭、君程の人間がどうしたというんだ!」
さくらや織姫、レニまでもが血相を変えて必死に説得する。
しかし、通信モニターに写った紅蘭は小さく首を振った。
「ええんや………、もう終わりなんや。………なあ、大神はん………。」
ふと、紅蘭は右手を操縦桿から外し、モニター越しに大神に見せる。
その薬指に、光輝く一つの指輪があった。
「ウチ………、これがあるから一人やあらへん………。ずっと………、大神はんと一緒やさかい………。」
「紅蘭………!!」
既に死を覚悟しているのか、作った笑顔を浮かべる紅蘭。
だがその目に浮かぶ涙を、大神は見逃さなかった。
「大神はん、堪忍な………。ウチの………最期の我が儘や………。」
「駄目だ、紅蘭っ!!」
その最期とも取れる言葉に、大神は弾かれたように飛び出した。
襲い来る砲撃をものともせず、疾風の如き速さで紅蘭機を仰向けに押し倒す。
更に地面に二刀を突き刺し、両腕の動きを完全に封じ込めた。
「お、大神はん………。」
これには流石に紅蘭も驚いたらしく、呆気に取られた表情を浮かべている。
大神は、あらん限りの声で叫んだ。
「紅蘭、冷静になれ!君が自爆する事で、何も解決なんかしない!!」
「せやかて………、もうウチには何も………。」
「馬鹿な事を言うな!!光武が暴走しても、機械が人に害を加えても、君は君だ!!俺に夢を教えてくれた、李紅蘭だ!!」
四年前、まだ自分が帝国華撃団に赴任して一年にもならない頃、大神は紅蘭からある夢を聞かされた。
自前の飛行機を作り、大空を飛ぶ夢。
四年という月日が経った今でも、その夢はまだ果たされていない。
「命の尊さ………、残される悲しみ………、俺も君も身を以ってそれを知った。君も覚えてるだろう、聖魔城での戦いを!!」
「………!!」
聖魔城。
かつて帝都を襲った黒之巣会の残党、葵叉丹が召喚した降魔の巣窟。
そこでの戦いは熾烈を極め、大神と紅蘭を除く六人の仲間が相次いで命を落とす事になった。
そして大神は、深い絆を結んだ恩士藤枝あやめを、紅蘭の目の前で手にかけた。
その時の悲しみ、苦しみ、寂寥感は、今でも生々しく残っている。
もうあんな思いはしたくない。
大切な人が目の前で死ぬのは一度で十分だ。
「あの時俺が戦えたのは………紅蘭、隣に君がいてくれたからだ!もし君まで失っていれば、俺は一生立ち直れなかった!その指輪は過去の思い出に縋る逃げ道じゃない!共に未来を歩む事を誓う約束なんだ!」
「お………、大神はん………。それって………。」
その言葉に、初めて紅蘭の表情に生気が戻る。
大神は、トドメの一言を叫んだ。
「俺は君なしでは生きていけない!君を失っては生きていけない!
紅蘭、君を愛しているんだっ!!」
「大神………はん………。」
紅蘭は一瞬、耳に届いた言葉が信じられなかった。
依然暴走を続ける光武の振動も、爆音も聞こえない。
そしてその言葉を認識した瞬間、彼女の涙腺は決壊した。
「大神はん………!!大神はん………!!ホンマやね………?ホンマにウチ………!!」
驚きと嬉しさで一杯になり、零れる涙を隠す事もなくその喜びを胸一杯に感じる。
そして、紅蘭の心に普段の冷静な判断が出来るだけの心理的余裕が生まれた。
「金色の蒸気………、そうや、こうすればええんや!!」
脳内に光武二式の設計図と金色の蒸気を思い浮かべ、紅蘭は閃いた。
「大神はん!ウチの光武二式の肩のパーツを壊すんや!」
「肩のパーツ………?………、これか!!」
その言葉に、大神もようやく紅蘭の意図を理解した。
光武二式は、霊子水晶とのリンクをしやすくするためにチューブによる有線接続を行っている。
そのチューブが通っているのが、新たに補強された肩のパーツなのだ。
起動の柱である霊子水晶とのリンクを切れば、霊子水晶を乗っ取られたとしても、その行動を光武に伝達する事が出来ないのである。
要は人体でいう脊椎を断ち切るようなものだった。
「頼む………、止まってくれ!!」
一縷の望みをかけ、紅蘭機の両肩に二刀を深々と突き刺す大神。
すると、今まで空に向けて無数の砲弾を撃ちまくっていた光武二式が、嘘のように沈黙した。
紅蘭の読み通り、金粉は霊子水晶を乗っ取る事は出来ても、それを伝達させる事は出来なかったのである。
「よかった………。紅蘭、もう大丈夫だぞ。」
「うん………。おおきにな、大神はん………。」
ようやく大人しくなった光武二式に、紅蘭も安堵の表情を浮かべる。
だが次の瞬間、大神のモニターに緊急通信が入った。
レニだった。
「隊長、前方に強力な妖力反応あり。魔装機兵だ。」
「な、何だって!?」
慌てて立ち上がり、反応のある地点に振り向く。
刹那、地面に金色の魔法陣が描かれたかと思うと、そこから巨大な魔装機兵が姿を現した。
深紅の鎧に覆われた四足と、両腕に握る白銀の二刀。
そして、顔の位置につけられた鬼の如き形相の能面。
「こ、これは………。」
「データには記載がないが、金色の蒸気が吹き出している。恐らく………。」
「黒幕登場って訳ですね?ちょっとばかし教育してやりマース!」
レニの言葉を喰って、織姫が目の前の魔装機兵に意気込む。
すると、何処からともなく声が聞こえて来た。
「シカミ………。我が紅の下僕………。我が命に従い………、舞え………、歌え………、滅びを奏でよ………!!」
この世のものとは思えない程におどろおどろしい声。
その声に大神達は思わず戦慄に震えるが、紅の魔装機兵『シカミ』はそれに鼓舞するかの如く二刀を振りかざし、こちらに迫って来た。
「………隊長!敵の進撃方向に紅蘭がいる。指示を。」
いち早く気付いたレニが指示を煽る。
肩のチューブを破壊された紅蘭機は、既に身動きが取れない。
一刻も早く魔装機兵の進撃を阻止する必要があった。
「よし、さくらくんは最前線で魔装機兵の注意を引き付けてくれ!レニはさくらくんのサポート。織姫くんは隙を伺って奇襲をかけてくれ!」
「分かりました!」
「お任せデース!」
「了解!」
能力の分からない敵に正面から挑むのは些か危険だが、負傷者のいる以上躊躇ってはいられない。
大神の指示を受けた三人は、一斉にシカミに挑みかかった。
「ハッ!!」
左からの一閃を華麗な跳躍でかわし、真上から豪快かつ強烈な斬撃を叩き込む。
桜色の光武はそれに反応する間もなく、左右真っ二つに断ち切られる。
「これで全部………、ですね?」
汗を拭い、呟く。
すると、背後から拍手が聞こえた。
「流石だな。その太刀筋、やはり一ノ瀬大尉の面影を感じる。」
「………いらしたんですね。」
振り向くと、そこには秀介をこの場に呼んだ張本人が、腰に太刀を下げて立っていた。
自分と同様に汗をかいている所を見ると、どうやら彼も今まで戦っていたらしい。
「しかし来て早々、巻き込む事になって済まない。」
「いえ、そのために来たんですから。」
目の前の青年、加山にそう返事を返すと、秀介はスパークソードを解除する。
そして、表情を引き締めて尋ねた。
「それで………、花やしきの施設まで暴走させた代物とは何です?」
「察しが良くて助かる。実は最近、帝都で蒸気機械の暴走が頻発してな。ついさっき花やしきで調査していたのは、その現場に残されていた金粉なんだ。」
「金粉………。それが機械に侵入し、暴走させたと。」
「どうやらそうらしいな。この状況が何よりの証拠だ。」
事件現場に残されていた金粉。
その唯一の手がかりが事件に直接関係している事は、光武が暴走したというこの状況が克明に示していた。
最もそれを得るために支払った代償は、あまりに大きかったが。
「加山さん、これは花組本体も………。」
秀介は、続けて口を開いた。
事件現場の金粉は、無人の光武を暴走させるだけの力がある。
それがもし、有人の光武でも起こり得るとしたら。
加山も秀介の言葉に、重々しく頷いた。
「お前もそう言うと思っていた。まあ、本当はその可能性も示唆してはいたんだがな。」
そう言って、加山はついて来いと言わんばかりに真後ろを親指で指した。
「ついて来てくれ、秀介。お前を呼んだ、本当の理由がここにある。」
紅の魔装機兵、シカミ。
その名の示す鬼の如き形相の仮面の通り、大振りの二刀を手に暴れ回る姿は般若を想起させる。
落下と遠心力を利用した凄まじい斬撃の嵐は、歴戦の花組すら霞む程だった。
「(まずい………、みんな攻めあぐめている。)」
好ましくない現状に、大神は厳しい表情でモニターを見守った。
本来ならさくらより自分が正面に出るべきだろう。
二刀を操る自分の方が少なからず防御の面で有利だし、何より自分は後方で指揮するより自ら打って出るタイプだ。
しかし先程紅蘭機の暴走を食い止めた際のダメージが少なからず残っており、普段通りのキレのある動きが取れない。
よって自分が前線に立った所で精々足手まといがいい所なのだ。
「くっ………!!」
二刀の一本を、さくらが何とか食い止める。
続けてレニがもう一本を槍で押さえ付けた。
「今だ、織姫くん!!」
「お任せデース!」
待ちに待ったチャンスに、後方の織姫がここぞとばかりに突っ込む。
シカミの攻撃が封じられたこの一瞬の勝機、逃す訳には行かない。
しかし………。
「千古不易………、
地神之怒!!」
何と、シカミは腹部を分離させ、凄まじい妖力の一撃を圧縮させた。
その標的は、真正面に出て来た織姫だ。
「くっ………!!織姫、後退を………!!」
「何言ってるですか!?ガチンコなら得意中の得意デース!!」
すかさずレニが下がるよう叫ぶが、織姫は聞かなかった。
そして対抗するように、織姫もまた全身の霊力を集中する。
「熱く………、激しく………、輝け!!
オーソレミオ!!」
黄金色の妖力弾と、マゼンタの巨大な薔薇が至近距離で接触。
直後に大爆発を起こし、轟音を轟かせた。
「織姫くん!大丈夫か!?」
想像を絶する威力にたじろぎながら、織姫を気遣う大神。
しかし織姫が答えるより早く、再びシカミが襲い掛かって来た。
「織姫くんっ!!」
直撃すれば即死は免れない一撃。
しかし、それを間一髪で止めた者がいた。
長年織姫と組んで来たレニである。
レニの槍は前後両方で刺し貫ける設計になっており、必要に応じて一本の長槍を二本の手槍に分ける事が出来る。
レニは二本に分けた槍で、左右から振り下ろされた二刀を食い止めたのだ。
「………幸運を………、
ブラウアー・フォーゲル」
更にレニは、左右の槍から霊力を一気に放出し、シカミを僅かだが後ろに追いやる。
その瞬間、シカミの胴体に隙が出来たのを大神は見逃さなかった。
「さくらくん!このまま一気に断ち切れ!!」
「は、はい!!」
指示にしっかり頷き、トドメをさすべくさくらが太刀を構えた。
シカミもそれに気付いて構え直すが、間に合わない。
「破邪剣征………
桜花天昇!!」
華麗に魔を断つ桜吹雪の一閃。
北辰一刀流の鎌鼬は、紅の般若の身体を袈裟掛けに切り裂いて見せた。
斜めの切り口に火花が散り、シカミは力尽きたように足を着く。
「ふぅ………、結構手こずる相手でしたね~。」
「でも、花やしきの被害もそんな大きくないし、結果オーライやな。」
「みんな、よく頑張ってくれた。」
ようやく沈黙した魔装機兵を前に、互いを労う花組。
しかし………、
「な、何!?金色の蒸気が………?」
最初に異変に気付いたのは、シカミのすぐ近くにいたさくらだった。
致命傷を受けて活動を停止したはずの魔装機兵。
その全身から、突然金色の蒸気が溢れ出したのである。
「しまった!みんな、早く避難を………!!」
ハッと何かに気付いた大神が叫ぶが、遅かった。
たちまち周囲を蒸気に蒔かれ、光武二式達は次々と機能停止に追い込まれる。
まさか自分達の光武も暴走するのか。
先程の暴走した紅蘭機が脳裏に蘇り、誰もが戦慄に震える。
だが、現実に起こったのは更に恐ろしい事だった。
「そ、そんな………!?倒したはずなのに………!!」
震える声でさくらが叫ぶ。
何と、たった今倒したはずのシカミが、何事もなかったかのように立ち上がったのである。
「きゃあっ!!」
紅の般若は、最初に目の前にいたさくらを押し倒し、踏み付けにした。
更にトドメをさすつもりか、二刀を逆手に握って振り上げる。
「さくらくんっ!!………くそっ!光武が動かない!!どうすれば………。」
万策尽き、大神の顔が無念に歪む。
光武が動かないこの状況では、シカミを妨害する事もさくらを助ける事も出来ない。
誰もが無惨に切り裂かれるさくらの姿を想像し、さくらもまた自身の最期を悟って無念の思いで目を閉じる。
その時だった。
「え………?」
耳に届いたのは、何かが空気を切るような鋭い音だった。
その直後、すぐ側で何かが爆発する轟音が轟き、踏み付けにされた圧力が不意になくなる。
何が起こったのか気になり、恐る恐る開かれたさくらの瞼。
それは次の瞬間、驚きの声と共に見開かれた。
何故なら、今正に自分にトドメをさそうとしていた魔装機兵が煙を上げて仰向けに倒れ、その真上を一つの戦闘機が疾風の如く飛び回っていたからである。
青空に映える深紅と銀で塗り固められた戦闘機。
その姿を見て最初に叫んだのは、紅蘭だった。
「流星二式!?………んなアホな………!完成しとったんかいな!?」
流星二式。
それは、かつて旧光武と共に帝都を守護した戦闘機、『流星』の新たな姿だった。
燃料タンクや霊力弾幕の増強など、攻守あらゆる面において進化した高性能戦闘機である。
昨日まで花やしき支部の奥深くに眠っていたはずの流れ星が、何故このタイミングで現れたのか。
花組は揃って見当がつかなかったが、さくらだけはハッと脳裏を過ぎるものがあった。
「まさか………。」
「流星二式………、まさかこれ程とは………。」
実に4年振りに座るコックピットの感覚に言い知れぬ懐かしさを噛み締めつつ、秀介は操縦桿を握る手に力を込めた。
花やしき支部で暴走する光武を全滅させた後、加山は秀介を地下の格納庫に案内した。
生まれ変わったかつての相棒は、そこにいた。
流星二式。
『流星』、『流光』に続く、空から魔を狙い撃つ流れ星。
花やしき支部の科学力を結集したそれは、かの紅の魔装機兵相手にもまざまざとその力を見せ付けた。
「そこですっ!!」
左右の翼から、霊力弾を一斉に発射する。
霊力弾の雨霰はシカミの顔面を直撃した。
「ヌアアアア………!!」
この世のものとは思えない絶叫が発せられた。
刹那、シカミの周囲に魔法陣が生まれ、紅の般若は沈むように姿を消す。
「逃がしませんよ!!」
同時刻に帝都銀座デパートで火災が発生した事は加山から聞いている。
同じ蒸気機械の暴走が原因である以上、こちらを捨ててその現場に向かった可能性が高い。
秀介は未だ煙の上がる銀座デパート目指し、全速力で空をきった。
シカミと流星二式がその場を離れてすぐ、大神の下に緊急通信が入って来た。
『大神隊長へ緊急連絡!銀座デパートに突如大型魔装機兵が出現!別動隊が応戦しています!!』
「何っ!?くそっ………、まさかマリア達を狙って………!!」
大神は驚愕と共に焦った。
あの魔装機兵は自分達ですら不利な戦いを強いられた強敵。
いくら歴戦のマリア達でも、僅か三人で倒せる見込みはまずない。
しかも場所は未だ火災に見舞われた銀座の繁華街。
民間人の救助を片手間にして戦うなど、正に無謀の極みだ。
しかしどうすると聞かれても、今の大神達には打つ手がなかった。
シカミの発射した金色の蒸気に蒔かれた光武二式は、いずれも暴走こそないが、起動する気配を見せない。
翔鯨丸がこちらに到着するまで、自分達はここから動く事も出来ないのだ。
「大神、無事だったか?」
無念の思いで唸る大神の耳に親友の声が届いたのは、その時だった。
「一難去ってまた一難か………。とは言え、間に合って良かった。」
「加山!!じゃあさっきの戦闘機は………。」
大神の表情が再び驚きに変わる。
すると、加山はいつもの笑みを浮かべて頷いた。
「ああ。………帰ってきたのさ。あいつがな。」
帝都、銀座デパート。
普段は買い物客で賑わう繁華街の一角が、悲鳴と共に炎に包まれたのは、つい今しがたの事だった。
またしても発生した蒸気トラックの暴走。
その火の粉が飛び火して火災に見舞われたデパート。
避難経路を確保し、ようやくデパート内に閉じ込められていた人々を助け出そうとした矢先に、それは現れた。
「な、何だこのデカブツは!?」
最初に気付いたのは、ちょうど燃え盛る車の残骸を片付けていたカンナだった。
突如描かれた魔法陣から現れた紅の魔装機兵。
般若の如き赤い能面に、二刀の太刀を持ってこちらを見下ろしている。
「カンナさん!?………、こ、これは………!!」
「魔装機兵!?くっ………こんな時に………!!」
その強大なスケールと威圧感に、すみれやマリアも圧倒される。
すると、魔装機兵からおどろおどろしい声が聞こえてきた。
「舞え………神楽………。汚れを払い………地を清め………無に還らん………。」
まるで能の一説を語るような言葉。
すると、魔装機兵の全身から金色の蒸気が吹き出した。
「な、何ですの!?光武が動きませんわ!!」
「くっ………!どうやら蒸気機械の暴走は、あの魔装機兵の仕業のようね………!!」
「畜生、卑怯な真似を………!!」
異変はすぐに訪れた。
金色の蒸気に蒔かれた途端、三人の光武二式が瞬く間に沈黙してしまったのだ。
これでは戦闘はおろか、民間人の避難誘導も出来ない。
最早これまでか。
悔しげに顔を歪める三人。
しかしその時、空の彼方から疾風の流れ星が舞い降りた。
「ヌアアアア!!」
側面からの体当たりを受け、不意を突かれたシカミは真横に横転する。
一体何事かと驚く三人を余所に、流星二式は再びシカミに挑みかかった。
激しい二刀の攻撃を巧みな操縦で尽くかい潜り、次々と霊力弾を撃ち込む。
その勇姿は、かつて共に帝都を守った、一つの流れ星を想起させた。
「………、まずい!!また金色の蒸気が………!!」
しかし、流星二式の猛攻も二度は通用しなかった。
戦闘機である以上、攻撃は上空からに限定される。
シカミはそれを狙い、流星二式が降下するタイミングに合わせて金色の蒸気を噴射したのである。
たちまち飛行能力を失う流星二式。
しかし周囲から悲鳴の漏れた次の瞬間、それをも掻き消す大声が響いた。
「ジャーーーーーック!!」
誰もが目を疑わずにはいられなかった。
叫び声と共に流星二式を包んだ光。
その光の中から、巨大な一つの影が現れた。
銀と赤の体色。
胸に光る空色のカラータイマー。
そして、左手首のブレスレット。
かつて帝都を守った大いなる光の守護神。
魔装機兵に立ちはだかる巨人は、紛れもなく守護神その者だった。
「帰ってきた………。ウルトラマンが………!!」
ふと、誰かが呟く。
ウルトラマンジャック。
遥か遠い宇宙の果てから、4年という月日を経て、彼は帰ってきた。
美しく愛しい、桜舞う星に。
「シュワッ!!」
ジャックはシカミの姿を認めるや、真正面から掴みかかった。
二つの巨体が激しくぶつかり合い、激しい震動が地面を揺るがす。
そのまま数秒の間、掴みあったままの膠着状態が続き、ジャックが仕掛けた。
「ヘッ!」
自身の足でシカミの前足を払い、そのまま巴投げの要領で真後ろに投げ飛ばす。
シカミは大きく頭上を越え、自動車の残骸を弾き飛ばしながら地面に転がった。
「魔の都………、偽りし光………、神楽舞いて………、闇に還らん………。」
起き上ったシカミから、また声が聞こえる。
刹那、シカミの腹部が展開した。
「千古不易………、地神之怒」
織姫と相撃った一撃が、唸りをあげてジャックに迫る。
しかし、その閃光が巨人に牙を剥く事は叶わなかった。
「ヘッ!」
ジャックは左手首のブレスレットを外すと、シカミに突き出した。
刹那、驚くべき事が起こった。
なんと、ブレスレットが巨大な盾に変形し、シカミの攻撃を無効化して見せたからである。
それだけではない。
閃光は盾に跳ね返され、シカミに命中したのだ。
ウルトラディフェンダー・・・
ジャックの持つウルトラの秘宝『ウルトラブレスレット』の能力のひとつで、敵のあらゆる攻撃を食い止め、反射する技だ。
その守備範囲は反則的に幅広く、先の巴里における戦いでは、その一撃で巴里を消滅させると言わせしめた戦艦『オプスキュール』の砲撃すら、数秒食い止めた程である。
「秀介、今だ!!」
カンナの言葉に頷き、ジャックは両腕を十字に組んだ。
スペシウム光線・・・
沸点の低い火星の科学物質『スペシウム』を光線にして発射し敵を爆破させる、ジャックの必殺技だ。
「ヘアァッ!!」
裂帛の気合と共に、青白い光線が一直線に紅の魔装機兵を狙い打つ。
直撃した顔面は、激しい爆発音と共に火花を散らした。
「ヌアアアア・・・!!」
おどろおどろしい断末魔の絶叫が響く。
そして、紅の般若はうつ伏せの体制で地面に沈み、轟音をあげて火柱へとその姿を変えた。
光の巨人、ウルトラマンジャック。
彼が魔を討ち、帝都に光を齎した瞬間だった。
「秀介!!」
光武二式から降りた四人が、路上に立つ秀介の姿を見つけたのは、シカミが倒れてすぐの事だった。
辺りも無事に鎮火し、被害が拡大する恐れはないだろう。
「皆さん………、ご無事でしたか?」
実に4年振りの再会を果たした秀介。
彼の第一声は、思い出と変わらぬ微笑みでこちらを優しく気遣うものであった。
「ありがとう、秀介。さっきは助かったわ。」
「いや~、やっぱお前は凄ぇよ!!」
「来るなら前もって連絡を下さいな。ビックリいたしましたわ。」
「キャハハ、秀介が帰って来た~!!」
それぞれ言葉を投げ掛ける四人だが、どの顔も喜びに溢れている。
秀介もまた、懐かしい戦友との再会に、心を踊らせていた。
「私も、つい先日兄から異動を受けたばかりなんです。間に合って本当に良かった………。」
「そうね。貴方がいてくれれば心強いわ。」
帝都で頻発している蒸気機械の暴走事故。
金色の蒸気を噴射した事から、恐らくあの紅の魔装機兵が黒幕と見ていいだろう。
となれば、蒸気で動かす光武二式で戦う自分達は圧倒的不利な立場にいる。
この状況で、天敵とも言うべき金色の蒸気の影響を受けない秀介の助太刀は、花組にとっても大きなプラスだった。
「おーい、みんな~!!」
「あ、お兄ちゃん!!」
翔鯨丸に乗った大神達が到着したのは、その時だった。
別動隊の無事に安堵する表情が、遠くからでも見て取れる。
こちらへ駆けて来る大神達花組本隊。
その中に一人、一際足の早い人物がいた。
「秀介さ~ん!!」
長い黒髪を揺らし、一直線に秀介の下へ駆けて来るさくら。
その姿に感化されたか、秀介も微笑みと共にさくらに向き直る。
そして………、
「さくらさ………、ふごっ!?」
目の前に迫ったさくらを抱き留めようと両手を広げた直後、秀介はマヌケな声を上げて真後ろに吹っ飛ばされた。
よく見ると、さくらの右拳がちょうど秀介の鳩尾の部分に向かって突き出されている。
「ゲホッ、ゲホッ………!!さ、さくらさん………!?」
何が起こったのか分からず、咳込みながら身体を起こす秀介。
そして直後、彼は見てしまった。
「お久しぶりです、秀介さん………。ちょうど半年振りですね………。」
まるで般若と言うより修羅が近い黒い表情。
その表情、先程のシカミより恐ろしい。
確かにさくらは普段おしとやかで一途な反面、一度怒れば待つものは無間地獄ただ一つ。
今目の前にいるさくらは、明らかに修羅と呼ぶべきそれだった。
「さくらさん………?一体何を………?」
その鬼より恐ろしい表情に竦み上がりながら、秀介が震えた声で尋ねる。
すると、俄かに黒いオーラが濃度を増した。
「へぇ~………。この期に及んでシラを切ると………。」
「い、いや………、だから、私が何を………!?」
そう答えかけた時だった。
さくらがいきなり秀介の胸倉を掴み、自分の顔に思いっきり近づけたのだ。
いつもならそのままキスしたい衝動に駆られる秀介だが、この状況では恐怖しか沸いて来ない。
すると、さくらの口から決定的な言葉が飛び出した。
「秀介さん………。『巴里』での事、あたしが知らないとでも思ったんですか………?」
一瞬、目の前の世界が凍った。
巴里での事。
恐らくそれは、半年前にダイゴ達を救うべく、遥か遠い宇宙から巴里に降り立ったあの時の事だろう。
確かあの時、自分が来た事は内緒にするよう頼んで、秀介は任務を完了させた日の内に地球を後にした。
にも関わらず、何故さくらがその事を知っているのか。
「ま、まさか………!!」
秀介は視線を元欧州星組の二人に移した。
まさかとは思うが、そうとしか考えられない。
二人は一瞬バツが悪そうな顔で互いに見合わせたが、素直に吐いた。
「ご、ごめんなさいデース………。あれからすぐにチェリーさんに吐かされたデース………。」
「頸動脈に刃物を突き付けられ、吐くか死ぬかと聞かれた。………流石に命は惜しい。」
それを聞いて、秀介は合点がいくと同時に現状を理解した。
「………秀介さん。帰ったらたっぷりお話しましょうね………。」
今までにない黒い笑みを浮かべるさくらに、秀介は滝の汗を流して頷くしかなかった。
<続く>
《次回予告》
暴走事故に舞台演出。
加えてさくらはんと秀介はんは何か様子が変やし、大神はんも苦労人やな………。
ん………?
大神はん、巴里からお客さん?
………って、アンタは!?
次回、サクラ大戦4!
《帝都に羽ばたく希望の翼》
命短し恋せよ乙女!!
待ったかい?相棒………。