桜舞う星~フィナーレ~   作:サマエル

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第二幕:帝都に羽ばたく希望の翼

M78星雲、宇宙警備隊本部。

その隊長室の机の上で、ゾフィーは驚愕の表情と共に目の前の報告書を見た。

何故ならそれは、彼も予期しなかった事実が記されていたからである。

 

「何と言う事だ………、バルタン星人め!!」

 

幸か不幸か。

いや、いずれにせよ最愛の星と弟が危険に立たされた事に代わりはない。

ゾフィーは驚愕に震えていた表情をキッと引き締めると、部屋を後にした。

隊長室には、

 

『惑星ジュランから緊急SOS信号が発信され、現在音信不通』

 

と記された報告書だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なるほど。金色の蒸気か………。」

 

大神達の報告に、米田は何時になく厳しい顔で納得の返事を返した。

花やしき支部の事件から一夜明け、帝国華撃団はその後始末に骨を折る羽目となった。

支部と遊園地は火災に見舞われ、暴走した予備の霊子甲冑は全て大破。

更には最新鋭の光武二式まで沈黙。

紅蘭機に至っては暴走する始末だ。

最早大神とかえでが危惧した金粉の関与は、疑いようのないものになりつつあった。

 

「それで、魔装機兵の残骸は見つかったのか?」

 

金色の蒸気を吹き出したという証言から、シカミなる魔装機兵が蒸気機械暴走に深く関わっている可能性は高い。

しかし、大神の隣に立つ月組隊長は残念そうな表情で首を横に振った。

 

「残念ながら、魔装機兵の残骸はおろか、欠片一つありませんでした。恐らく魔装機兵を操っていた何者かが、持ち去ったのではないかと………。」

 

「確かに………。で、代わりにこいつが見つかったって訳か………。」

 

米田は、徐に机に置かれたものを手に取った。

それは、『シカミ』と呼ばれる赤い能面だった。

加山達月組が銀座デパート周辺を捜索した際に発見された遺留品である。

秀介の話では、魔装機兵の顔の位置にあったという紅の般若に、米田は強い関連性を疑った。

 

「事件現場、及び能面からも、同様の金粉が採取されました。」

 

「そうか。で、その金粉からは何か分かったか?」

 

加山の裏付けに頷き、米田は更に金粉に探りを入れる。

魔装機兵と並ぶ、今回の事件の重要な手がかりだ。

加山を始めとする月組なら、既にその中身を丸裸にしている事だろう。

事実、加山は金粉のメカニズムを解明していた。

 

「金粉からは、いずれも妖力が検出されています。これが蒸気機械に侵入し、その制御を奪う。」

 

「だから一番霊力の低い、紅蘭の光武が暴走したのか。」

 

加山達が立てた見解はこうだ。

まず、蒸気機械の中枢に金粉が侵入する。

すると、金粉から発生する妖力が機械中枢を支配し、一種の洗脳状態を作り出す。

これにより、蒸気機械が暴走を始めるのだ。

その妖力はかなり強いらしく、霊力を必要とする光武二式すら暴走まではなくとも活動停止に追い込んでいる。

紅蘭機だけ暴走したのは米田の言う通り、彼女の霊力が金粉の妖力に負けていたからと考えるのが妥当だろう。

 

「そうなると………、金粉が蒸気機械の中枢に入らなければ、暴走は防げる事になるな。」

 

「はい。フィルターを発注すれば、完全でないにしろ、金粉の侵入を妨害出来ます。」

 

それは、言わば逆転の発想だった。

金粉が金色の蒸気となって侵入して来るなら、それを阻止すれば良い。

手の込んだ考えと言うものは、得てしてこうした単純な方法で阻止出来てしまうものなのである。

 

「よし、それだけ分かれば十分だ。加山、大神、引き続き調査は頼んだぞ。」

 

「「了解!」」

 

力強い返事を残し、支配人室を後にする二人。

米田はその背中を見送ると、ふと視線をある写真に移した。

かつて自身の率いていた『帝国陸軍対降魔部隊』。

共に命懸けで帝都を守った四人の同志は、今や一人だけである。

 

「豊………。お前も同じ事を考えるかも知れねぇな………。」

 

その唯一の同志、一ノ瀬豊に語りかける。

現在彼は帝都はおろか遠い宇宙にいるため、聞こえるはずもない。

しかし米田の心には、彼との確かな絆があった。

まるで、今でも目の前にいるかのような存在感。

それは、かつての彼の勇姿の記憶と共に、米田の脳裏に深く刻み込まれている。

そして、今部屋を後にした二人の将校の姿に、米田は豊の面影を見た。

 

「潮時かも知れねぇな………。俺達もよ………。」

 

立派に育つ若者に嬉しさを感じながら、何処か寂しい思い。

まるで娘を嫁に出す父親にも似た感覚に複雑な思いを抱きながら、米田は一人酒を煽るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………もうそろそろか。」

 

何時の間にやら眠っていたらしい。

眠気の覚めないまま目を開くと、窓から見知らぬ街が見えた。

地元とはまた違ったレトロな風景。

堅苦しい言葉が似合いそうな景色は、あの熱血馬鹿を想起させた。

 

「まさかアタシから行くなんて、アイツも考えないだろうな。」

 

お堅い真面目なアイツの事だ。

きっとひっくり返るに違いない。

まだ見ぬ彼の驚く顔を思い浮かべると、途端に笑みがこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

帝都、渋谷。

その中央に位置する能の客席に、大神を始めとする帝国華撃団の面々が勢揃いしていた。

例の暴走事故で緊急出動の続いていた彼らにと、加山がプレゼントしてくれたものである。

加山曰く、

 

「急いては事をし損じる。彼女達にもお前にも、休息は必要だ。」

 

との事だ。

親友の粋な計らいに感謝する大神だったが、彼には一つ気掛かりな事があった。

 

「なあ、レニ………。あの二人、まだ仲直りしてないのかい?」

 

隣に座るレニに小声で耳打ちするように尋ねる。

その視線が向いていたのは、大神から一番離れて座っているさくらと秀介だった。

何やらさくらは不機嫌そうに頬を膨らませ、秀介は意識的にさくらから視線を逸らしている。

初対面の人間が見れば、とても二人が恋人同士とは分からないだろう。

すると、レニらしい懇切丁寧な説明が返って来た。

 

「うん。今朝早くに大道具部屋で言い争う声が聞こえて来た。それから、二人共あんな調子だ。多分痴話喧嘩と言うより、本当に亀裂が入ってるみたい。」

 

それは、今朝早朝にレニが一人立ち稽古をしようと舞台に向かった時だった。

隣の大道具部屋から、何やら男女の言い争う声が聞こえて来たのだ。

何かと思って聞き耳を立ててみると、そこには予想通りの人物がいた。

片や般若より恐ろしい形相の鬼嫁。

片や困惑した表情のウルトラマン。

わざわざ読唇術を使わなくても、その内容は簡単に聞き取れた。

 

「あれは巴里華撃団を助けに来たんです。観光目的で来たのではありません。」

 

「それでも、連絡くらいくれてもいいじゃないですか!!」

 

「そんな事をすれば、貴女に変な期待をさせます。私が守っているのは、地球だけではありません。」

 

「この四年間、あたしがどんな思いで過ごして来たと思っているんです!?」

 

「私だって貴女に会いたかった。しかし私は………。」

 

「どうして!?どうしてあたしの事ばかり後回しにするんです!?そんなに仕事が大事なんですか!?」

 

「私だって辛いんです!同じ星にいる貴女に会えないまま離れるのは苦しかった!!」

 

「それならあたしの側にいればいいじゃない!!ウルトラマンなんか辞めて、ずっとあたしの側に………!!」

 

そう叫びかけたさくらの声を、乾いた音が遮った。

それは、秀介がさくらの頬を打った音だった。

 

「私はウルトラマンである事に誇りを持っている。たとえ貴女でも、それを否定する事は許さない………!!」

 

そう吐き捨てるや、秀介は呆然と立ちすくむさくらを置いて立ち去ってしまった。

 

「なるほど………、そんな事が………。」

 

レニの言葉に、大神は再び件の二人に目を向ける。

どちらもチラチラと互いを見やり、その度に目を逸らしている。

とりあえず完全に仲を悪くした訳ではないようなので、人知れず胸を撫で下ろしておく。

 

「お兄ちゃん………。」

 

レニの反対側に座るアイリスが不意に突いて来たのは、その時だった。

 

「能の役って幽霊なんでしょ?………アイリス、お化け怖いな………。」

 

「平気さ。確かにお化けの役だけど、人に悪さをする訳じゃないんだ。何なら、手を握ってるかい?」

 

安心させるように優しく微笑みながら手を差し出すと、アイリスは赤い顔ではにかみながら手を掴む。

能は、主に面を被った死者が己の生涯を語る一人舞台だ。

その内容は演目によって様々で、この世の未練を訴える者もいれば、かつての幸せを懐かしむ者もある。

今回の演目は確か………、

 

「あ、始まるみたいだな………。」

 

開演を知らせるブザーが響き、照明が落ちる。

そして、三味線の独奏に続いて舞台の中央に能楽師が写し出された。

刹那、世界は幻想へと誘われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランス、シャノワール。

誰もが知っている巴里有数の娯楽施設にして、誰も知らない巴里華撃団総司令部。

その地下にある作戦司令室に、一人の人物が声を上げた。

 

「これは一体どういう事だ!?」

 

肩に流した金髪を揺らし、グリシーヌが叫ぶ。

その表情は猛る猛獣そのもので、とても彼女が名高いブルーメール家の令嬢とは想像しがたいだろう。

 

『ロベリア=カルリーニ、また脱獄』

 

叩き付けられた新聞の一面には、大々的にそう紹介されていた。

そこには、燃え盛る刑務所を後に走り去る、アシンメトリーのコートがハッキリ写っている。

 

「グリシーヌ、そんなに興奮しないで。」

 

グリシーヌの親友である北大路花火が、親友の怒りに戸惑いつつも宥める。

彼女もまた北大路家の令嬢で、グリシーヌとは古い親友同士の間柄だ。

一方、花火の反対側にいる少女も、やれやれと言う表情で口を開いた。

 

「そうだよ。また斧を振り回されたら、収拾つかないよ。」

 

「いいんだよ、コクリコ。今から説明してやるからね。」

 

そうコクリコに返し、シャノワールのオーナーにして巴里華撃団総司令のグラン・マは、落ち着き払った様子で答えた。

グリシーヌがここへ来た理由は至極単純。

大神のためにキレイな身体になるとまで言って刑務所に入ったロベリアが、不思議なくらいにあっさり脱獄をやらかしたからだ。

おかげで折角1年まで減らした懲役が、半年増えてしまった。

いくら悪党だからとは言え、彼女が大神の悲しむような事を平然とやらかすはずがない。

それに彼女が独断で脱獄したのなら、巴里華撃団としても黙ってはいないはず。

ならばグラン・マも一枚噛んでいると、グリシーヌは推理したのである。

 

「結論から先に言うと、グリシーヌの見解は正しいよ。アタシやムッシュ迫水に手引きして貰って、一部の人間に協力してもらった。」

 

「理由を聞かせてくれ!グラン・マ程の人間が、何故犯罪の片棒を担いだんだ?」

 

グリシーヌは自分なりに最大限怒りを押さえ込めて尋ねる。

花火もコクリコも、同様の視線をグラン・マに向けた。

巴里華撃団隊員として、自分達は何度もグラン・マに助けられて来た。

その彼女がこれ程の行為に及んだ事には、何かしらの理由があるはずである。

果たして、グラン・マは厳しい顔のまま頷いた。

 

「それにはまず、ムッシュ大神の現状を教えないといけないね。」

 

「イチローの?」

 

「もしや、日本で何かあったのか?」

 

不意にこぼれた大神の名前に、三人の表情が変わる。

 

「ああ。最近ムッシュのいる帝都で、原因不明の蒸気機械の事故が多発してるらしくてね。アタシらの方も、何か裏があるんじゃないかと考えて見たんだよ。」

 

チラリと噂は聞いた事がある。

つい一月程前から、帝都の蒸気機械に相次いで異常が見られると。

それが単なる偶然ではないと、グラン・マは考えていた。

 

「では、何者かが人為的に蒸気機械を暴走させたと言う事か?」

 

「ああ。巴里同様、帝都も古い歴史ある都市だ。パリシィのような闇の存在が、帝都にないとも言い切れないだろう。」

 

かつて巴里は、超古代民族パリシィがローマ人によって駆逐された歴史から、その怨念の脅威に曝された。

確証はないが、もし帝都にも同じような歴史があったとしたら。

黒之巣会首領、天海の素性を鑑みても、十分納得出来る理論だ。

最も、考え過ぎと言われればそこまでだが。

 

「それに、帝都にはウルトラマンジャックが帰ってきた。これがどういう意味か、分かるだろ?」

 

「最早脅威は、人知を越えたという事ですね………。」

 

帝都にかつての光の巨人、ウルトラマンジャックが帰ってきた。

一見すれば朗報のようだが、それは彼の力が必要になった事を意味する。

帝都がこれまでにない未曾有の危機に曝された事が、端的に示されていた。

 

「ムッシュのピンチとなれば、アタシらが黙ってる訳には行かないだろ?そこで、万一の時に何時でもムッシュの帝都に向かえるよう、準備を進めたんだ。」

 

その言葉に、三人は確かにと頷いた。

帝国華撃団隊長にして、同時に巴里華撃団隊長でもあった大神。

彼は一異邦人ながら、巴里の平和を守り、少なからずの人々に影響を与えた。

巴里を発って半年近くが過ぎた今でも、色褪せる事のない存在感。

大神一郎がいかに大きな人物か、容易に窺い知れた。

更に帝国華撃団には、様々な面でサポートを受け、巴里華撃団は大きな飛躍を遂げた事も記憶に新しい。

そのかけがえない隊長と仲間のピンチを、見過ごす事など有り得ないのだ。

しかし、一つだけ大きな壁があった。

 

「幸いリボルバーカノンが完成したおかげで、移動手段は確保出来た。でもね、一つだけ問題があるんだよ。」

 

「問題?」

 

コクリコが聞き返した。

移動手段まで完成したのに、一体何が問題だというのか。

その答えこそ、巴里華撃団副隊長脱獄の最大の理由だった。

 

「実は、フランス軍部からロベリアの一時出所に異議が出たんだよ。どんな理由にしろ、犯罪者を安々と外に出せるかってね。」

 

驚きのあまり、三人は表情を一変させた。

 

「馬鹿な!ロベリアは巴里華撃団の副隊長なのだぞ!?何故今になって悪者呼ばわりされねばならん!?」

 

最初に叫んだのはグリシーヌだった。

先ほどとは比べ物にならない怒りに、体が震えている。

 

「そうだよ!ロベリアに助けてもらったクセにさ!!」

 

コクリコもグリシーヌ程ではないが、怒りを顔に出す。

その一方で、花火だけは冷静さを保っていた。

 

「やはりロベリアさんの待遇に、納得しない方も少なくないという事ですね………。」

 

懲役1000年を宣告された、犯罪者も震え上がる巴里の悪魔。

そんな彼女が、超法規的措置を経て正義と平和を守る巴里華撃団に所属する事は、本当にごく一部人間しか知らず、多くの巴里市民は夢にも思っていない事だろう。

ロベリアを巴里華撃団に加えた時の賢人機関の衝撃は大きかった。

何せ当初はエリカを除く全員がロベリア加入に反対していた程だ。

隊員の素性を薄っぺらい文面と顔写真でしか知らない奴らに分かるはずもない。

彼女がこうして巴里の危機を救い、1000年もの懲役を2年にまで減らした今ですら、彼女を快く思わぬ人間がいるのもまた事実だ。

それが、こうした形で浮き彫りになったのである。

 

「まあ、事前に刑務所の看守には話をつけておいたんだけどね。新聞にわざと取り上げたのは、カモフラージュのためさ。」

 

服役中のロベリアの態度が大人しかったというのは本当らしく、彼女の脱獄を秘密裏に手伝って貰うのは思いの外簡単だった。

更にロベリアは、この事件をメディアで大々的に報じさせるようグラン・マに要請した。

ロベリアのような悪名高い人間が脱獄したとあれば、新聞の一面が埋まる事は確実だ。

逆を言えば、それが新聞に載らなければ何者かが手を打ったと賢人機関に勘繰られる危険がある。

もしそうなれば、真っ先に疑われるのはシャノワールだ。

その事を踏まえると、グラン・マ達を賢人機関に疑われにくくするために、事件を出来る限り単独犯に見せ掛ける必要があった。

自身の危険を省みずにこちらの安全を優先したロベリアに少なからず驚かされた事は、記憶に新しい。

説明が終わる頃には、三人共納得の表情を浮かべていた。

 

「幸い上手く出港出来たから、心配はないさ。東京には今日の午後にでも到着するだろうね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は夢でも見ているのだろうか。

目の前の光景に、大神はそう考えざるを得なかった。

 

「よう相棒。久方振りじゃないか?」

 

手元の鎖をジャラジャラと遊ばせる、アシンメトリーのコートを羽織った銀髪の眼鏡の女性。

それは、遥か西の都にいるはずの相棒だった。

 

「ロベリア………?ロベリアなのか!?」

 

「おいおい、そんなお化けみたいに見るなよ。バカだからか?」

 

さも当然のように言うロベリアを余所に、大神は完全に混乱していた。

能が織り成す幻想の世界から戻った後、玄関先で椿から客人がいるとは聞いていた。

セクシーな外国人と聞いてまさかとは思っていたが、まさか巴里華撃団副隊長のロベリア=カルリーニその人とは予想もしていなかった。

 

「ほら、半年振りの相棒に言う言葉はないのか?」

 

「す、済まない。あまりに突然だったから………。」

 

必死に取り繕う大神に、ロベリアは相変わらずという表情でため息をついた。

最も大神がこんなパニックな状態で気の利いた台詞を言える人間でない事は承知しているが。

 

「ま、アンタの頭の中じゃあアタシはまだ刑務所だからね。」

 

「ロベリア、まさか………。」

 

外ならぬロベリアの言葉に、大神は悪い予感を感じた。

巴里を去る間際、ロベリアは残された2年の懲役を消化するために服役中だったはず。

まだ刑期は1年半残されている。

という事は………。

 

「ククク………、多分アンタの想像通りさ。」

 

「………何故脱獄した?懲役が嵩むぞ?」

 

「決まってるだろ?アンタに会うためさ。」

 

「綺麗な身体になるというのは、嘘だったのか?」

 

「アンタに言えるのかい?待っているとか言ってスゴスゴ帰ったアンタにさ。」

 

その言葉に、大神は言葉を詰まらせた。

対するロベリアは、生来の不敵な笑みで大神を見返す。

 

「で、どうする?嘘つきな脱獄犯は刑務所に追い返すかい?」

 

まるでこの状況そのものを楽しむように、ロベリアが挑発をかけた。

大神は考える間もなく、即答した。

 

「………返す訳には行かないな。ロベリア、君なら尚更だ。」

 

「だろうね。だから来たんだよ。」

 

予想と合致した答えだからか。

それとも純粋に嬉しかったのか。

大神の答えに、ロベリアは満足げな笑顔を見せた。

 

「覚えてるかい、隊長?あの手紙の予告を。」

 

「………帝都から俺を盗む犯行予告か?」

 

ロベリアはまた笑った。

こうした何気ない言葉の掛け合い。

それが楽しくて仕方ないのだろう。

 

「あ~、腹減った。そろそろ晩飯かぁ。」

 

「ねぇねぇレニ、今日の献立何だろうね!?」

 

「………鯖の塩焼き。」

 

稽古を終えた花組の面々が食堂に顔を出したのは、その時だった。

ふと時計を見れば、なるほど夕食の時間である。

しかし食堂に入るなり、彼女達の表情は一変した。

無理もない。

本来ならこの場にいるはずのない人間が、隊長と二人で親しげに話しているのだから。

 

「よう、邪魔してるぜ?」

 

「ロベリアさん!何でここに!?」

 

呑気に手を振るロベリアに、最初に反応したのはさくらだった。

やはり彼女達もロベリアが来日するという知らせは聞いていないらしく、互いに戸惑った様子で顔を見合わせている。

すると、ロベリアはとんでもない事をしたり顔で言ってのけた。

 

「決まってんだろ?隊長のいない巴里がつまんないからね。連れ戻しに来たのさ。」

 

「ホ、ホンマなんか!?大神はん、巴里に行くて………!?」

 

「いいっ!?俺も聞いてないぞ!?」

 

今度は大神も一緒に驚く番だった。

確かにロベリアの出所を待つ気でいたのは確かだが、巴里へ今から行くなど思い付きもしていない。

最も他の隊員達にそんな心情を理解してもらえるはずもなく、また要らぬ誤解の嵐を招くのが関の山だ。

それを察してか、ロベリアは自ら呆れ顔で助け船を出した。

 

「隊長が知る訳ないだろ?アタシが今言ったんだから。」

 

その言葉に誤解が免れたと思い、僅かに安堵する大神。

しかし、それは外ならぬロベリアによって破られた。

 

「で、アンタかい。隊長の東京の女ってのは。」

 

ひび割れた眼鏡が、花組の一人を睨んだ。

対する向こうも、眼鏡に手をかける。

 

「改めまして、李紅蘭や。何や知らんけど、大神はんが偉い世話になったみたいやな。」

 

巴里の誰もが震えた視線のロベリアに対し、負けじと怪しい笑みを見せる紅蘭。

互いの眼鏡が怪しく光る様に、食堂は絶対零度の空気に包まれる。

 

「単刀直入に言おう。アタシは隊長を奪いに来た。どうする?大人しく渡すかい?」

 

「いきなり現れてよこせも何もあらへんやろ。巴里の悪魔や知らんけど、ウチを見くびらんといてんか?」

 

「言うねぇ、懲役1000年の大悪党にさ。」

 

「ハッ、高が1000年で何凄んでんねん。こっちは中国4000年の歴史を背負っとんのやで?」

 

如何なる時代においても、女性同士の、特に男を巡る修羅場は恐ろしいものである。

片や掌に炎を宿し、片や怪しげな機械を突き付ける様は、一同は震え上がらせるには十二分の威力があった。

最年少のアイリスに至っては、半ベソですみれにしがみついている。

 

「ふ、二人共止めるんだ!ロベリアも喧嘩しに来たんじゃないだろう?」

 

予想外の修羅場に圧倒されながらも、何とか二人を諌める大神。

紅蘭の発明品が何かは不明だが、放っておけば大概爆発するのがオチだ。

ロベリアもロベリアで、やるとなれば容赦なく炎をぶつけてくるだろう。

そんな事になれば、帝劇が瓦礫の山と化してしまう。

すると、紅蘭はともかくロベリアは思いの外素直に引き下がった。

 

「まあ、今すぐやる必要もないしね。いいよ。ここは隊長の顔を立ててやるよ。」

 

「………。」

 

如何にも何か企んでいる表情のロベリアと、それを睨んだまま沈黙を守る紅蘭。

また一つ課題が増えたようだが、とりあえずこの場は収める事が出来たようだ。

 

「あ、そうそう。グラン・マと迫水から手紙を預かってんだ。米田だっけ?そいつの所に案内してくれよ。」

 

ふと、ロベリアが思い出したように懐から一枚の封筒を取り出した。

馴染みの黒猫のシールで封をされたそれには、左右にグラン・マと迫水のサインがある。

 

「支配人に?………分かった。俺が案内するよ。みんなは先に夕食を済ませておいてくれ。」

 

そう言い残し、大神はロベリアを連れて食堂を後にした。

 

「………。」

 

その背中を見つめる寂しげな視線に気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど………。流石は『鉄壁の迫水』。情報の早ぇ事だぜ。」

 

手紙に目を通すや、米田は意味深な笑みを浮かべた。

巴里華撃団支部長、迫水典道。

かつて政治界で『鉄壁の迫水』の異名を馳せた彼の得意技の一つが、こうした迅速且つ的確な情報収集だった。

事件の起きた帝都の自分達すら全容を解明出来ていないというのに、遠く離れた巴里でそれを知り、更に自身の見解を示す文面からも、その異名が伊達ではないと分かる。

 

「よし、かえでくん。加山に『銀座文書』を拝借するよう、伝えておいてくれ。」

 

「支配人、『銀座文書』とは?」

 

聞き慣れない単語に、大神が尋ねる。

すると、米田の横に立つかえでが簡単に説明してくれた。

 

「銀座の歴史や、成り立ちについて記された文書よ。あまり機密事項に掛かる文献ではないはずだけど………。」

 

かえでも若干話が掴めないらしく、チラリと机の手紙に目をやる。

すると、米田が徐に口を開いた。

 

「大神。確かお前が巴里にいた頃現れた敵ってのは、大昔の巴里の怨念だったよな?」

 

「はい。パリシィの事ですが………。」

 

「それと同じさ。銀座の歴史にも、そのパリシィと似たような黒歴史ってモンがあるかも知れねぇ。迫水はそう睨んでるんだ。」

 

迫水の推測はこうだ。

妖力、それもこの世に無念を遺した怨念のそれは群を抜いて高く、人知を越えた力を発する。

現にパリシィの怨念を代弁した巨大なオーク巨樹は、一昼夜で巴里の全てを飲み込まんとする程の脅威を齎した。

同様に、帝都中の機械を狂わせる金色の蒸気もそういった怨念の類によるものとするならば、人知を越えた金粉の力にも頷ける。

根拠がない以上は説得力に欠ける推論だが、核心に迫れない自分達にとっては天の恵みも同然だ。

 

「で、アタシの寝床はあるのかい?流石に日帰りは出来ない身でね。」

 

それまで沈黙を守っていたロベリアが、ふと口を開いた。

確かに脱獄した以上、今巴里に帰す訳には行かない。

が、彼女が休める部屋が空いてないのも事実だった。

 

「何、無理に部屋を空けろとは言わないさ。そん時は隊長と寝かせてもらうからね。」

 

「いいっ!?」

 

刹那、一際大きな叫びをあげ、大神はやや大袈裟に後ずさった。

年頃の男女が夜中に同じ部屋で寝る。

いくら正義一筋に生きてきた大神でも、その意味位は流石に分かる。

 

「い、いけないわロベリア。今日は私の部屋で休みなさい。いいわね!?」

 

状況を察し、かえでが口わ挟む。

すると立場もあり、ロベリアは渋々ながらも了承した。

 

「やれやれ、既成事実がありゃこっちのモンなのにな。分かったよ。」

 

予想以上に深刻化しつつある自身の問題について、大神は気が遠くなるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふう、今日は色々と疲れたな。」

 

かえでに連れられて行くロベリアと別れ、大神は部屋の前でため息をついた。

先程の彼女の言動や態度は、明らかに巴里にいた時と違った。

何処となし柔らかくなり、それでいて自分の彼女だと公言するかのようだ。

 

「(とりあえず、あの場に紅蘭がいなくて良かったかもな。)」

 

先程食堂で一触即発の空気を醸し出した二人。

もし支配人室で同じ事をされたら、色んな意味で始末に追えない。

だが、彼は知らない。

間もなくその身に、真の修羅場が降り懸かるという事に。

 

「大神はん、待ってたんや。」

 

「紅蘭………!こんな時間にどうしたんだ?」

 

「すんまへんな、ちょっと話があるさかい。」

 

部屋に入るや、大神は驚きに目を見張った。

無理もない。

自分の婚約者が自分の部屋で待っているなど、想像もしないからだ。

特に時間が時間だけに、それだけで僅かな背徳感を抱かざるを得ない。

 

「あんな、ウチらの………その………結婚についてやけど………。」

 

やや言いにくそうに、紅蘭が話を切り出した。

それは、大神が何年も引き延ばしてもらった二人の結婚についてだった。

 

「機械は使い方さえ間違えんかったら悪さはせんやろ?………けど、人と人は、そういう訳にはいかんのや。」

 

紅蘭の見解に、大神は黙った頷いた。

紅蘭は幼い頃から機械の発明に深い情熱を注ぎ、花組に来てからも他人との交流が必ずしも多いとは言えない。

当然機械が好きだからというのが理由だが、それは逆に言えば、『他人に裏切られるのが怖い』という意思の現れでもあった。

機械はプログラム通りに動き、決して裏切らない。

何故なら機械には、自我と呼ぶべきA・I、感情が存在しないからだ。

あるとするならば、こう動いてほしいという設計者の、所謂『設計思想』を貫徹する事くらいだろう。

しかし互いに感情を持つ人間同士において、その理論は通用しない。

何故なら感情というものは、時として同調しながら、また時として反発もするからだ。

要は、片方の思い通りになどなりえないという事である。

 

「ウチ………結婚しても、上手くやっていく自信がないねん………。」

 

紅蘭が抱く不安。

それは、仮に大神と晴れて結ばれたとして、円満な家庭を作れるかという事である。

夫婦の命題ともいうべき問題に、紅蘭は自信を持てなかった。

何故なら彼女は今まで機械と接してきた分、自分の気持ちを伝える事が出来ても、相手の気持ちを受け入れる事が出来ずにいたからである。

特に大神との結婚についても、紅蘭は結婚に賛成しても、それを引き延ばす事に強く反対した。

最も、こうした長い期間で少しも距離が離れていない事こそ、彼女の不安が杞憂である証拠なのだが。

 

「心配はいらないさ。紅蘭はこうして、俺の事を待ってくれている。俺の気持ちを受け入れてくれてるからこそじゃないか。」

 

それをよく理解している大神は、紅蘭に優しく微笑みかけた。

紅蘭が普段明るくおどけて見せるのは、そうしなければ上手なコミュニケーションが取れないと不安になっているからだ。

故に大神は、極力彼女のそうした不安を取り除けるよう、意識していた。

その甲斐あって、紅蘭は大神と二人の時は、こうした本音をしっかり言えるようになった。

 

「いつかはハッキリ言えない………。けど、俺は巴里にいた時でも、君を想わなかった日はない。これだけは本当だ。」

 

「大神はん………。」

 

包み隠さない大神のストレートな言葉に、紅蘭は頬を赤らめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがその時、思いも寄らない人物が訪ねて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう隊長。ロベリアが来てやったぜ?酒でも飲まないか?」

 

「いいっ!?ロ、ロベリア!?」

 

不意に扉をノックする声に、大神は心臓が飛び出しそうになった。

まさかよりによって、紅蘭が部屋にいる時に訪ねてくるとは。

 

「あんの泥棒猫………!!ウチの目の前で大神はんに近付こうたぁ、ええ度胸や。消し炭にされたいみたいやな………!!」

 

大神が驚く一方、紅蘭は額に青筋を浮かべて眼鏡を直した。

引き攣った口角を上げて凄絶な笑みを見せる様は、あの食堂の時より迫力が凄い。

 

「安心しぃや大神はん。この『番犬君』であの泥棒猫叩き潰したるさかい………!!」

 

見ると、紅蘭の手元に恐ろしい形相の犬のロボットが握られている。

手ぶらな状態の何処から取り出したのか実に謎だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

「ま、待ってくれ紅蘭!ここは俺が何とかするから………、そうだ!こっちに隠れてくれ!!」

 

この状態の紅蘭とロベリアに暴れられたら、帝劇は確実に消滅してしまうだろう。

帝劇に住む仲間達の命を守るため、大神は捨て身の行動を決意した。

 

「何してんだ?アタシを待たせるんじゃないよ。」

 

ロベリアが部屋に入って来たのは、ちょうど紅蘭がタンスの中で大人しくなった時だった。

 

「ふぅん、ここがアンタの部屋か。色気の欠片もないね。ま、寝る場所があればそれでいいけどね。」

 

品定めするように部屋を見渡すと、ロベリアは大神のベッドに我が物顔で腰を下ろした。

 

「やっぱりベッドはいいね。布団は硬いし、かえでは色々煩いし………、やりにくいったらないぜ。」

 

「ロベリア………、あまりかえでさんに迷惑かけないでくれよ?」

 

予想通りのロベリアの心境に、大神はため息を漏らす。

すると、ロベリアは不意に頬を赤く染めて笑った。

 

「だから来てやったのさ。今夜はここで寝かせてもらうよ。もちろん………、タダとは言わないさ。」

 

その時、恐れていた事が起こった。

タンスの中の紅蘭がショックで番犬君を落としてしまったのである。

 

「ん?そういや隊長、さっきからそこに突っ立ったままだけど………、もしかして何か隠してるのかい?」

 

不意に大神の背後から聞こえた物音に、ロベリアの目つきが変わる。

大神は必死に冷や汗をごまかし、噛まないよう意識して答えた。

 

「実は、猫がいるんだよ。ちょっと、ケガをしててね………。」

 

「ミ、ミャー………。」

 

空気を読んで、猫の声真似をする紅蘭。

しかし、ロベリアはそんな素人演技の通用する相手ではなかった。

 

「ふぅん、猫か………。近付いたら引っ掻いて来そうだねぇ。」

 

ロベリアは不敵に笑った。

言葉だけ聞けば、ロベリアは上手く騙せたと思うかも知れない。

しかし、大神に向けられたロベリアの視線は、タンスを貫いている。

大神は直感した。

タンスの中に誰が隠れているのか、ロベリアは見抜いていると。

 

「まあいいさ。ケガしてるならそっとしとかないとね。ところで隊長………、」

 

大神が警戒を強める中、ロベリアが不意に口を開いた。

 

「覚えてるかい?アタシを副隊長に任命した時、アンタはアタシに何て言ったか………。」

 

副隊長に任命した時。

それは、パリシィ怪人のボス、カルマールとの決戦を控えたポーチでの出来事だろう。

大神はグラン・マの進言もあり、自分が巴里を離れた後の後任としてロベリアを選んだ。

外ならぬ大神の、ある一言が決め手となって。

 

「俺のパートナーになってほしい………か?」

 

「そう。アタシは巴里華撃団副隊長になったんじゃない。アンタのパートナーになったんだ。」

 

大神の答えに、ロベリアは満足げに笑い、続けた。

 

「だから、今度はアタシが聞く番だ。隊長………、アタシのパートナーになりな。」

 

タンスの猫がまた動いた。

無理もない。

聞きようによっては、告白ともとれない言葉だったからだ。

それが何を意図したものか。

ロベリアの視線から、大神はそれを理解した。

 

「ロベリア、しかし俺は………。」

 

「それがどうした。忘れたのか?アタシはアンタを盗みに来たんだよ。」

 

答える前に、ロベリアは逃げ道を切り捨てた。

 

「さあ、答えろ。アタシのパートナーになるか?」

 

「くっ………。」

 

言葉を失い、大神は沈黙した。

自分には紅蘭がいる。

それだけを貫くなら、一言答えれば済むはずだ。

しかし、大神には出来なかった。

何故ならある瞬間の思い出が、彼の脳裏を過ぎったからである。

 

『俺は待っているぞ!………君が戻って来るまで、待ってるからな!!』

 

あの時。

巴里の平和を取り戻し、ロベリアが罪を償うべく警察に連行されたあの時。

大神は文字通り必死に、目の前の女性に思いを叫んだ。

少なくともその瞬間、大神の目には外ならぬロベリアの顔と、礼の言葉しか見えていなかった。

その時大神の中に、婚約者李紅蘭の姿は影も形もなかった。

 

「(違う………。俺が愛したのは………。)」

 

先日、思い詰めて自爆しかけた紅蘭に、自分は愛を叫んだ。

それは、嘘偽りのない大神の本心だ。

ならば、あのロベリアとの別れの叫びは違うのか。

帰って来るまで待っている。

それは彼女が仲間だから?

それとも………。

 

「ククク………。そうやって答えられない時点で、答えは出たも同然じゃないか。」

 

全てを見透かしたように、ロベリアが笑った。

 

「一つ教えとしてやる。人の気持ちってのはね、思い通りにはならないモンなんだよ。特に、誰かを好きになるって気持ちはね。」

 

ふと、ロベリアは扉に手をかける。

今日はここで寝るつもりではなかったのだろうか。

そう尋ねると、呆れ顔が返って来た。

 

「アタシもそうしたいんだけど………。そこの猫ちゃんが困るだろ?」

 

「え?あ、いや………。」

 

「それに、アタシは夜型なんだ。こんな早くに寝るのは性に合わないのさ。」

 

そう言い残し、ロベリアは部屋から立ち去った。

だが、まだ安心は出来なかった。

何故ならロベリアが立ち去った直後、背後から強烈なオーラが浴びせられたからである。

 

「大神はん………、仰山聞かせてもろたで?随分お楽しみやったみたいやな?」

 

「こ、紅蘭………。」

 

一部始終を聞かれた以上、ごまかしは効かない。

こちらを見る紅蘭の目は、明らかに怒りと蔑み、そして悲しみを孕んでいた。

 

「さっきのロベリアはんとのアレ、本気やったん?ウチとの事、みんな遊びやったん?」

 

「違う!俺は嘘なんか言わない。帝劇で共に夢を語ったあの頃から………、俺はずっと君が好きだった!」

 

大神は反射的に叫んだ。

自分は紅蘭を愛している。

それは絶対に揺るがない真実だ。

だが、それは先程のやり取りを聞いていた紅蘭には苦しい言い逃れでしかなかった。

 

「せやったら、何であの時黙ってたん!?ハッキリウチの事好きやって言えば良かったやん!!」

 

痛い所を突かれ、大神は押し黙る。

紅蘭の言う通りだ。

本気で彼女だけを愛するなら、先程のロベリアの言葉を拒絶出来たはずである。

しかし、大神には出来なかった。

ロベリアに対する自身の感情が、拒絶の言葉を飲み込ませたのだ。

 

「………済まない、紅蘭。今はまだ、信じてくれとしか言えない。」

 

「あ、いや………ウチこそすんまへん。大神はんの立場も考えんと………。」

 

暗い表情の大神に、紅蘭もハッと気付いたように謝る。

彼女とて大神を傷つけたり責めたりする気は毛頭ない。

ただ周囲公認の彼女として大神の本心が知り、不安を取り除きたいだけなのだ。

 

「紅蘭、さっきの話は気にするな。誰が何と言おうが、俺は君が好きだ。その気持ちは絶対に変わらない。」

 

それが分かる大神もまた、紅蘭を安心させるように肩に手を置いて告げる。

すると、僅かだが紅蘭の表情が穏やかなものに変わった。

 

「そうなん………。ハッキリ言うてくれたら、何や安心するわ。」

 

肩に置かれた大神の手に自分の手を重ね、熱の篭った視線を向ける。

それに安堵し、大神は僅かに表情を緩めた。

それから互いに見つめ合って数秒。

先に沈黙を破ったのは紅蘭だった。

 

「………ほんなら、ウチもそろそろ部屋に戻るわ。おおきにな、大神はん。」

 

「ああ。お休み、紅蘭。」

 

笑顔で婚約者を見送り、大神はそのままベッドに身を投げた。

 

『人の気持ちってのはね、思い通りにはならないモンなんだよ。特に、誰かを好きになるって気持ちはね。』

 

「(違う………。ロベリア、俺が好きなのは………。)」

 

天井を睨み、脳裏にこだまするロベリアの言葉を否定する。

しかしそれはあまりに漠然として、説得力を欠いた主張だった。

まるで、一枚のベニヤ板で作った粗末な張りぼてのように。

 

「(違う………。なら俺は………。)」

 

誰もいない空間で尚、大神は自らの心の奥底に悩み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗な部屋に、荒い自分の呼吸だけが響く。

 

「はぁ………、はぁ………!!」

 

脈打つ度に引き裂くような激痛が胸を襲う。

今まで数多の星々で怪獣と戦って来た自分ですら、それは尋常でないものだった。

 

「ぐっ………!!」

 

下手をすれば飛びそうな意識を必死に保ちながら、周囲に悟られずにいた自分を我ながら凄いと思う。

特に大道具部屋での時は、バレるかどうかギリギリの瀬戸際だった。

これが知れれば、たとえ命に関わらずとも、彼らと共に戦う事は困難となるだろう。

彼らは皆、仲間の死を恐れ、その悲しみを知っているから。

 

「(どうか、もって下さい………。せめて………、この帝都を守り切るまでは………。)」

 

最初はあの紅の魔装機兵に相対した時だった。

奴の噴射する金色の蒸気を避けようとしたちょうどその時、何の前触れもなく、それこそ息も出来ない程の激痛が胸に走ったのだ。

幸い数秒もしない内にそれは収まったが、それ以降今まで事ある毎に激痛が胸を襲うようになった。

 

「くっ………!!」

 

なるべく声や物音を立てないように、ベッドに横たわる。

 

「(これは、きっと罰ですね………。貴女を傷つけた………。)」

 

腫れた頬に手を当てて呆然とする彼女を思い出し、別の意味で胸が痛む。

そうしてでも、この激痛だけは悟られる訳にはいかなかった。

今夜も眠れそうにない。

窓の外に見える星を眺める目は、虚ろだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中戦艦ミカサ。

かつて二度、この帝都を護るべく歴史にその名を刻んだ帝都最大の防衛兵器。

現在はその姿を帝都の地中に封印し、世界でも類を見ない膨大な蒸気核機関を用いて帝都全体に空前の発展を齎している。

 

「地に眠りし………方舟………。黄泉へ誘え………、江戸………、我裏切りし………。」

 

その暗闇に、何の前触れもなく声が響いた。

この世のものとは思えない、暗く悍ましい声。

まるで、何かを恨み、呪うかのように………。

 

「光………、華………、帝都の全て………、無に帰せたもう………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

勢い良くシーツを剥ぎ、身体を起こした。

恐ろしい夢だった。

金色のひび割れた仮面が、暗闇の中で呪いの声を上げていた。

 

「(何だ………、あの夢は………。)」

 

酷い寝汗が顎から滴る。

あの声と仮面は、今思い出しても震えが来そうだ。

 

「………ん?」

 

ふと、窓から一瞬光が差し込んだ。

時間は真夜中だ。

こんな時間に朝日が昇るはずはない。

それは明らかに自然の法則を無視した、人為的な何かを感じさせた。

 

「………、スパークレンスが!」

 

夜の闇に包まれた部屋で、今度は机の上のあるものが光った。

それはこの部屋の住人、ダイゴ=モロボシの受け継いだ超古代の遺産、スパークレンスだった。

翼を象った金色の彫刻に納められた、眩しいくらいの輝きを放つクリスタル。

その輝きが何を示すか、光を継ぐ者は知っていた。

 

「まさか………、またパリシィの怨念が………?」

 

ダイゴの脳裏に浮かぶ何か。

それは、かつて巴里華撃団と共に打倒した、超古代民族パリシィの怨念だった。

今から半年近く前、巴里華撃団とウルトラマンティガの前に敗れ去ったパリシィ怪人とその下僕達。

一度は消えた怨念が、再び目覚めたとでも言うのだろうか。

そう考えを巡らせた時、再び窓の外を閃光が走った。

 

「また!?」

 

今度は見間違いではない。

確かに今、夜空を光る何かが突き抜けた。

正体を掴むべく、外へ飛び出すダイゴ。

果たしてその光の正体は、彼の予想を越えていた。

 

「こ、これは!?」

 

ダイゴは目を疑った。

何故なら巴里の町中から、光の玉のような何かが次々と浮かんでは空の彼方へ飛んでいく光景が広がっていたのだから。

 

「ふあぁ………、いきなりどうしたんですかダイゴさん。まだ夜中ですよ?」

 

教会の入口から声が聞こえたのは、その時だった。

見れば、そこには眠そうな目で欠伸をするシスターの姿がある。

長い茶髪と愛らしい顔が特徴的なシスター、エリカ=フォンティーヌはダイゴの彼女であり、巴里華撃団花組の隊員でもある。

恋人であり戦友。

ダイゴとエリカは、現在そんな関係だった。

 

「あ、綺麗ですね~。お星様達のパーティーですかね………?」

 

まだ目覚めていないのか、秘密部隊らしからぬ呑気な発言をするエリカ。

いつもならため息混じりに笑う所だが、今回はそんな余裕をかます場合ではない。

 

「いや、そんな素敵なものじゃない………。」

 

「え?」

 

ダイゴは答える代わりに、スパークレンスを見せた。

その中心で輝くクリスタルを認めるや、エリカもハッと表情を変える。

 

「ダイゴさん………、これってもしかして………!?」

 

「うん………、きっと何かが起ころうとしてるんだ。そんな、恐ろしい夢を見た………。」

 

「夢………?」

 

ダイゴの見た夢の存在を知らないエリカが尋ねる。

しかしそれに答えるより早く、二人のキネマトロンに通信が入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か西の巴里からロベリアが来日した翌日。

彼女も含めた帝国華撃団の面々は、地下の作戦司令室に顔を揃えていた。

その表情はいずれも不安と緊張に固まっている。

無理もない。

何故なら彼らは、先日の暴走事故と同様に緊急連絡を受けて集まったからだ。

 

「また暴走事故だ。それも帝都のあちこちで同時に発生してやがる。」

 

「帝劇近くには、前回の能面をつけた魔装機兵が出現したわ。それも、金色の蒸気を噴射して。」

 

米田とかえでから齎された現状に、作戦司令室の空気は更に重さを増す。

この帝劇がある銀座のみならず、上野、浅草、品川、恵比寿と、そこら中で蒸気機関が暴走を始めたのだ。

これまでにない大規模な暴走の果てにあるもの。

それは、この帝都の壊滅に他ならない。

一刻も早く帝劇近辺に迫る魔装機兵を撃退し、暴走した蒸気機関を止めなければならないだろう。

しかしそこへ、追い撃ちをかけるような事態が襲い掛かって来た。

 

「な、何だ!?」

 

いざ大神が出撃命令を出そうとした時だった。

いきなり真下から爆発のような音が聞こえたかと思うと、帝劇を凄まじい振動が襲ったのである。

何があったのかと戸惑う大神達。

しかしただ一人、米田だけはハッと何かに気付いたように顔を強張らせた。

 

「まさか………、ミカサか!?」

 

帝都の地下で蒸気を供給しているミカサ。

考えたくはないが、もし地底のミカサに何らかの異常が発生したとすれば、今の爆発と振動にも納得がいく。

直後、モニターを操作するかすみの下に緊急連絡が入った。

 

「報告します!空中戦艦ミカサ機関部に異常発生!吸引口から、金色の蒸気が大量に流れ込んでいます!!」

 

「深川、築地、五反田で新たに蒸気機関暴走!!被害拡大、止まりません!!」

 

「まさか、ミカサまで乗っ取られたというのか………!?」

 

果たして米田の言葉は適中していた。

 

大神達の光武二式さえ沈黙、暴走に追い込んだ金色の蒸気。

その力は帝都屈指のミカサすら手なずける程のものだったのだ。

 

「くそっ!次から次へと………!!」

 

「魔装機兵を迎撃するにしても、ミカサが暴走したままでは被害が止まらない………!」

 

「大神はん………。」

 

一同の視線が黙したままの大神に集中する。

大神もまた悩んでいた。

帝劇に迫る魔装機兵と地下で暴走を続けるミカサ。

どちらも後回しには出来ない事態であるが、部隊を分けても完遂出来るか疑問を否定しえない。

何故ならどちらも、金色の蒸気が充満した中で進撃、戦闘を行わなくてはならないからだ。

一度でも中枢機関を犯され、活動停止にされれば終わりなのである。

危険を冒して部隊を分けるにしても、迅速に魔装機兵を撃破するにしても、金色の蒸気によるリスクは計り知れない。

 

「分かった。ミカサは俺が止める。」

 

徐に声が上がったのは、その時だった。

 

「幸いミカサの機関部に魔装機兵が現れた報告はねぇ。俺が単独でミカサに乗り込み、機関部の蒸気パルプを手動で止める。お前達は外の魔装機兵を片付けろ。」

 

「何言うてんねん!!暴走した蒸気機関に生身で侵入するやなんて………!」

 

すかさず紅蘭が反論した。

暴走したミカサは出力が臨界点ギリギリに達し、内部は金色の蒸気のみならず高温の蒸気が充満している。

そんな殺人サウナの中に単身乗り込むなど、正気の考えではない。

しかし、米田は考えを曲げなかった。

 

「だが魔装機兵に帝劇をやられても、ミカサが暴走を続けても、帝都は壊滅する。他に方法はねぇ。」

 

「せやかて………!!」

 

尚も米田を説得しようとする紅蘭。

しかしそこに、意外な人物が割って入った。

ロベリアだ。

 

「何を悩む必要があるんだ?そいつの言う通り、ミカサを任せて外のデカブツを潰せばいいじゃねぇか。」

 

「………米田はんを見捨てろ言うんか?」

 

座る席がないためか壁に寄り掛かっているロベリアに、紅蘭が怒りを露に睨みつけた。

他の隊員も、紅蘭同様にロベリアを睨むか戸惑うかしている。

 

「アンタ達の任務は帝都を守る事だろ?それで上手くいくってんなら、迷う必要はねぇじゃねぇか。」

 

「聞き捨てならねぇな。てめぇ、あたいらを馬鹿にしてんのか?」

 

今度はカンナが立ち上がった。

ロベリアの正面に立ち、拳をバキバキと鳴らす。

今にも殴り掛からんばかりだ。

それこそ泣く子も黙る迫力だが、相手が相手だけに効果はないに等しい。

 

「よせ、カンナ。」

 

事態を見兼ねた大神が静止の声を上げる。

最早迷う時間はない。

花組隊長は一瞬の間をおき、決断した。

 

「米田司令、………ミカサを頼みます。」

 

「大神さん!?」

 

「隊長!!」

 

刹那、花組の誰もが驚きを隠せなかった。

無理もない。

信頼する自分達の隊長が、こともあろうかロベリアの意見に賛同したからだ。

 

「その代わり一つだけ約束して下さい。………必ず、生きて戻って来ると。」

 

「分かってるさ。お前らもミカサも、俺の子供みたいなモンだ。子供を残してくたばるような真似はしねぇよ。」

 

必ず生きて帰る。

そう誓う米田に、僅かだが隊員達も不安の表情を緩める。

大神は改めて、命令を出した。

 

「帝国華撃団花組、出撃!!魔装機兵を撃破し、ミカサを止めるんだ!!」

 

「「了解!!」」

 

大神と米田との約束を信じ、格納庫へ向かう隊員達。

しかし彼らは知らない。

この危機が、帝都を恐怖のどん底へ突き落とす序幕でしかない事に。

 

「さて、アタシも仕事といくか。」

 

かえでや風組と共に作戦司令室に残ったロベリアは大神達を見送った後、モニターの一つに触れてこう入力した。

 

『シャノワール』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都銀座に現れた謎の魔装機兵。

顔に当たる部分に白い能面をつけ、金色の蒸気を噴き出しながら道路を蹂躙する様は、先日のシカミを想起させる。

 

「舞え、ハクシキ………。帝都を無に還せ………!!」

 

シカミの時と同じ悍ましい声が轟き、魔装機兵は唸りを上げて帝劇に迫る。

だがその巨体が叩きつけられる寸前、帝劇全体を護るように屈強な壁が四方にせり立った。

外敵の襲撃に備えて用意した設備、『帝劇防御壁』である。

 

「帝劇防御壁、展開!!魔装機兵の進撃、遮断に成功!!」

 

「これより大帝国劇場は、絶対防御形態に移行します。」

 

「職員及び関係者は、隔壁内に避難して下さい!!」

 

「へぇ………、流石設備が整ってんな。」

 

的確な操作を行う風組の横で、ロベリアが感心したように呟く。

その時、ハクシキの身体が上下に分断し、目に見える程の妖力を圧縮し始めた。

 

「来るわよ!みんな、衝撃に備えて!!」

 

モニター越しからでも分かる威圧感に、かえでがいつになく焦った様子で叫ぶ。

直後、ハクシキの圧縮された妖力の一撃が閃光と共に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

格納庫内部で光武二式に乗り込んだ花組を、突然の衝撃が襲った。

先程かえでが叫んだ事から、恐らくハクシキの攻撃によるものだろう。

急いで出撃しようとする花組。

しかし直後、作戦司令室からとんでもない報告が飛んで来た。

 

「今の攻撃で、帝劇防御壁が大破しました!!」

 

「瓦礫の多数が出撃口を塞いでいます!!出撃経路、確保出来ません!!」

 

大神達にとって、それは死刑宣告にも等しかった。

魔装機兵を倒す以前に、出撃出来なくては話にならない。

しかし死刑宣告は、これで終わりではなかった。

 

「隊長!金色の蒸気が!!」

 

「何っ!?」

 

最初に気付いたのはマリアだった。

恐らく破壊された瓦礫の隙間から入り込んだのだろう。

周りには魔装機兵の噴射した金色の蒸気が充満しつつあった。

 

「………何だ?レーダーに反応が………。」

 

ふと、レーダーに自分達以外の妖力反応があった。

大神機のすぐ近く。

直後、後ろのレニが叫んだ。

 

「隊長!右だ!!」

 

言い終わる前に、刃が襲って来た。

幸い太刀筋は荒いらしく、反射的に二刀で受け止める事には成功した。

だがその正体に、大神は驚きを露にした。

 

「わ、脇侍だと!?」

 

何と、たった今大神を襲った正体はかつて戦った黒之巣会の兵士、『脇侍』だったのだ。

もう4年も前に全滅したはずの脇侍が、何故今になって現れたというのか。

見れば、自分達を取り囲むように脇侍の軍勢が押し寄せていた。

 

「畜生、どうなってやがんだ!?」

 

「そんな………!!これじゃ帝劇が………!!」

 

予想もしない窮地に立たされ、完全に追い詰められる帝国華撃団。

しかしその中でただ一人、周囲とは違う表情で沈黙を護る者がいた。

御剣秀介である。

 

「………隊長。表の魔装機兵、私が撃破します。」

 

「秀介さん!?」

 

秀介からの突然の進言に、最初に反応したのはさくらだった。

確かにそうだ。

出撃口を瓦礫に塞がれ、周囲を脇侍に囲まれた今、自分達が帝劇を無傷で守り切るのは至難の業だ。

確証はないが、シカミを破った秀介なら打倒は出来なくとも時間稼ぎにはなるだろう。

 

「分かった、俺達もすぐに合流する。秀介、魔装機兵は頼んだぞ!!」

 

「了解!」

 

仲間達を安心させるように力強い返事を返し、秀介はブレスレットを空へ掲げた。

 

「ジャーーーーック!!」

 

だが、彼らはまだ知らない。

誠実で頼もしい帝都の守護者に、ある異変が迫っている事を………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都銀座、大帝国劇場前。

帝劇防御壁を一瞬にして粉砕して見せた魔装機兵ハクシキに、光の巨人は再び立ちはだかった。

 

「シュワッ!!」

 

真正面からハクシキの肩を掴み、そのまま後ろへ押し返しにかかる。

しかしハクシキも負けじと踏み止まり、中々動かない。

そのまま膠着状態が続く事僅かに数秒。

それは唐突に訪れた。

 

「ヘッ………!?」

 

あの激痛が、また胸を襲った。

反応した身体は次の激痛に警戒し、腕の力が緩む。

それを見逃すハクシキではなかった。

 

「アァッ!!」

 

凄まじいパワーでジャックを跳ね飛ばし、再び帝劇に迫る。

しかしジャックは、激痛に耐えてハクシキの背中にしがみついた。

 

「ヘッ………!!」

 

ここで立ち止まる訳にはいかない。

今自分の背中には、命を懸けて守り抜かなければならないものがあるから。

 

「ヘアァッ!!」

 

裂帛の気合いと共に魔装機兵を高々と持ち上げ、遠くに投げ飛ばす。

最早時間はない。

ハクシキにトドメを刺すべく、ジャックは決死の覚悟でスペシウム光線を放った。

 

「アァッ!?」

 

が、それが魔装機兵を打ち破る事は叶わなかった。

何故ならジャックの背後を、突如として何者かが不意打ちを仕掛けたからだ。

 

「よそ者………、江戸知らぬ者………、光にあらず………。」

 

「ヘッ………!?」

 

背後から聞こえた声に、ジャックは傷ついた身体に起こして見遣る。

聞き慣れぬ独特の口調。

しかしその正体は、あまりに見慣れた人物だった。

 

「お前は!?」

 

ジャックは驚愕のあまり、背中や胸の激痛すら一瞬忘れた。

無理のない事だった。

黄色く光る二つの目。

蝉のような顔。

ハサミの形を模した両腕。

そして槍に貫かれたような左胸の傷。

忘れたくても忘れられない史上最悪の仇敵が、目の前にいた。

 

「バルタン星人………!!まさか、生きていたのか!?」

 

「光………、華………、江戸の全て………、闇に………無に還る………。」

 

戸惑いを隠しきれないジャックの問いに、バルタン星人は答えなかった。

それだけではない。

目の前の仇敵は、記憶の中の憎き宇宙忍者と大きな大差があった。

淡々とした口調で謎めいた言葉を投げ掛けるバルタン星人。

その口調は、昨日の能を目の前で観劇しているかのようだ。

まるで、自我を持たない人形のように。

だからこそだろう。

遥か上空から迫る何かに、ジャックは気付くのが遅れた。

 

「アァッ!!」

 

完全に不意を突かれ、うつ伏せに踏み潰されるジャック。

もしやハクシキなる魔装機兵に背中を取られたか。

そう思い首を向けるが、視界に写ったのは魔装機兵ではなかった。

 

「舞え………ハクシキ………!壊せ………バラバ………!帝都の全て………奈落に沈め………!!」

 

ハサミを真上に掲げ、バルタン星人は天を仰ぐように笑った。

その名前に聞き覚えのあるジャックは確信した。

今は滅亡したとある宇宙文明によって誕生した最悪の生態兵器、破壊獣『バラバ』。

それこそ太陽系で次々と仲間を抹殺して地球に現れたバルタン星人の刺客であると。

 

「グオオオオッ!!」

 

鉄球の左手と鎌の右手を振り上げ、破壊獣の咆哮が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!次から次へと出て来やがって!」

 

地下深くのミカサ機関室。

暴走の影響で出力280%という臨界点に達した空中戦艦の内部は、高温の蒸気が充満していた。

更に金色の蒸気から出現した脇侍達が、ゾロゾロと首を並べている。

行く手を阻む魔装機兵を懐かしい愛刀で切り捨てつつ、米田は一人猛然と突き進んでいた。

神刀『滅却』。

かつて対降魔部隊として前線で戦っていた頃から米田と共にある懐刀。

長年鞘に納められていたにも関わらず、その米田の心を表すかのように曇り一つない刀身は、使い手の剣術も相まって衰えのない切れ味を見せた。

 

「喰らいやがれっ!!」

 

神刀がまた一匹、脇侍を始末した。

既にこの中枢部に到達するまでの間に、50を超える脇侍を相手にして来た。

にも関わらず、米田の身体には目立つような傷跡はない。

敵の獲物が刀ばかりで飛び道具がなかった事もあるが、明らかにこれは米田の実力と言えるだろう。

もし若き日の彼を知る者が見れば、今尚衰える事を知らない伝説に感涙するかも知れない。

しかし、圧倒的力量で脇侍を蹴散らす米田もまた、余裕であるとは言えなかった。

暴走したミカサ機関部の温度は既に60℃を突破。

生身はおろか光武に乗っていても厳しい高温の地下世界は、老いて失われた体力を瞬く間に奪っていく。

それは、伝説の陸軍中将も同じだった。

 

「チッ、こんな事ならサウナにでも行って慣れとくんだったぜ………。」

 

誰に聞かせるでもない無駄口を叩きつつ、米田は汗と共に吹き出る疲労感に耐えながら愛刀を振るった。

その年老いて尚勇猛な姿は、立派な軍人であり、また家族を守らんとする父親のようにも見えた。

 

『その代わり一つだけ約束して下さい。………必ず、生きて戻って来ると。』

 

「当たり前だ………。俺は死なねぇ………。帝都の平和を掴むまで、俺は死なねぇよ!!」

 

火傷で火脹れを起こした右手が、機関室のドアノブを掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バルタン星人の使役する破壊獣バラバ。

太陽系の惑星で尽く宇宙警備隊を抹殺した恐ろしい力に、満身創痍のジャックは大苦戦を強いられた。

光線を殆ど寄せつけない鉄壁の身体。

金属顔負けの鋭い切れ味を誇る鎌。

そして口から吐き出す全てを焼き尽くす灼熱の火炎。

謎の激痛に耐えながら魔装機兵に宇宙忍者を加えた3対1の現状は、誰の目から見ても絶望的だった。

 

「シュワッ!」

 

しかし、ジャックはそれでも懸命に僅かな勝機を信じて刺客達に挑みかかった。

 

「ヘアァッ!!」

 

バラバの顔面目掛けてジャンプし、渾身の流星キックを叩き込む。

流れ星のような華麗な一撃は、破壊獣の顔面を一寸の狂いなく蹴り飛ばした。

 

「ヘッ!!」

 

それを確認する間もなく、ジャックは魔装機兵に向き直る。

 

見れば、そこには帝劇に殺到するハクシキの姿があった。

 

「シュワッ!!」

 

そうはさせるかと言わんばかりに背中を掴み、帝劇から引きはがす。

そして再び高々と持ち上げると、先程蹴り飛ばしたバラバ目掛けて投げ飛ばした。

 

「ヘアァッ!!」

 

「グオオッ!?」

 

起き上がろうとして体勢の整っていなかったバラバは、頭上の魔装機兵を避ける間もなく下敷きになる。

ジャックは続けて、この騒ぎの黒幕であろう宇宙忍者に攻撃を加えるべく向き直る。

 

「ヘッ………!?」

 

その時だった。

周囲を何か、冷たくまがまがしい気配が漂いはじめたのだ。

 

「集え、闇………。帝都を………黄泉へ………誘………う………。」

 

「何っ!?」

 

ハッと上空に視線を向け、ジャックは戦慄した。

何故なら、青々とした空がどす黒い雲に覆われたかと思うと、雲の中から怪しげな光の玉が次々と降りて来たからである。

何かの魂を具現化させたかのような、不気味な光を放つ物体。

それらはこちらの姿を認めるや、磁石のように一つに合体する。

刹那、驚くべき光景が飛び込んで来た。

 

「これは………、まさか!?」

 

何と一つに合体した光は形状を変化させ、一体の怪獣となってジャックの前に立ちはだかった。

鋭い鎌になった両腕。

全身を伝う高圧電流。

闇を象徴する凶悪な面構え。

その姿に、ジャックは見覚えがあった。

半年前に巴里華撃団とウルトラマンティガの窮地を救った際にティガを襲ったパリシィ怪人マスクドコルボーの刺客。

変形怪獣ガゾートⅡであった。

 

「ガアアアアッ!!」

 

かつて喰らった同族の力はそのままに、闇の魔獣は醜悪な咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔装機兵ハクシキ。

破壊獣バラバ。

変形怪獣ガゾートⅡ。

そして宇宙忍者バルタン星人。

大挙して現れた脅威の前に、光の巨人は絶体絶命の窮地に立たされた。

四方八方を囲まれ、痛みに耐えながら必死に反撃の糸口を探るジャック。

しかしこの状況が光の巨人の力を以しても覆しようのない事は、誰の目から見ても明らかだった。

そして、それは格納庫内部で死闘を繰り広げる花組にも同じ事が言えた。

 

「何!!まさか、もう光武が停止したのか!?」

 

不意に訪れた活動限界に、大神は愕然とした。

戦闘開始から僅か1分半。

以前の花やしきの戦闘でも、ここまで短時間で活動停止に追い込まれる事はなかったはずだ。

それがまさか、蒸気フィルターを装備したこの状態で起こりうるとは。

 

「大神君………!!この前より、金色の蒸気の濃度が桁違いだわ!!」

 

モニターで現状を伝えるかえでも、戸惑いと焦りの表情を隠せない。

そこへ、更に追い撃ちをかけるような報告が舞い込んで来た。

 

「大帝国劇場前に、新たに怪獣出現!!ウルトラマンを拘束しています!!」

 

「怪獣及び魔装機兵の集中砲火!!カラータイマー、点滅開始しています!!」

 

「そ、そんな………!!秀介さんが!?」

 

風組の知らせに表情を一変させるさくら。

直後、モニターには地獄絵図が映し出された。

ガゾートⅡに手足を取り込まれて身動きを封じられたジャックに、怪獣達が情け容赦なく攻撃を浴びせる。

今すぐにでも助けに行かなければならないが、こちらも援護はおろか脱出すらままならない状態だ。

正に絶体絶命。

打つ手がなかった。

 

「光武を捨てて逃げなさい!!このままでは暴走するわ!!」

 

「出来ません!!司令や秀介を見捨てる訳には………!!」

 

際限なく現れる脇侍達の猛攻に曝されながらも、大神はかえでの退却命令を拒んだ。

今退却すれば、自分達は助かっても秀介や米田の生還は絶望的だ。

しかし無情にも、光武二式は制御不能にまで追い込まれている。

最早これまでなのか。

誰もが諦めかけたその時、大神のモニターに一人の人物が通信を挟んだ。

それは、ロベリアだった。

 

「おいおい、何勝手に負けた気でいるんだ?馬鹿だからか?」

 

「ロ、ロベリア………!?」

 

いつものように憎まれ口を叩くロベリア。

しかしその表情に、大神は僅かな違和感を覚えた。

この絶望的な状況にあって尚、意味深な含み笑いを見せるロベリア。

それには、理由があった。

 

「忘れたとは言わせないぜ?まだアタシらがいるじゃねぇか。アンタのもう一つのパートナー、『巴里華撃団花組』がな!」

 

「巴里華撃団!?しかし、みんなは巴里にいるんだぞ!?」

 

ロベリアの言葉に一瞬希望が蘇るも、大神はすぐに現実を理解した。

今現在帝都にいる隊員はロベリアのみ。

他の隊員達は遠く離れた花の都にいる。

それに何よりここにはロベリアの光武がない。

いくら並外れた霊力を持つロベリアと言えど、この状況を生身で覆すのは至難の業だ。

が、ロベリアはお構いなしに叫んだ。

 

「アンタが望みさえすれば、アタシらは何処にだって駆け付ける。アタシ達を信じろ、隊長!!」

 

「しかし、どうやって………!?」

 

「いいから出撃命令を出せ!!一々考えるな!!」

 

「………分かった。その賭け、俺も乗ったぞ!!」

 

有無を言わせないロベリアの口調に何かを感じ、大神は考えるのを止めた。

帝都も巴里も関係ない。

どんなに遠く離れていても、必ず駆け付ける。

何故なら、それが仲間だから。

大神は賭けた。

この状況を打破しうる、たった一つの可能性を信じて。

 

 

 

 

 

「巴里華撃団・花組、出撃!!目標、大帝国劇場!!ウルトラマンジャックを援護せよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜午前2時。

フランス、巴里凱旋門。

けたたましい警報とバックライトの閃光が、静寂の夜を切り裂く。

それに続き、稟とした声が響いた。

 

「リボルバーカノン、リフトアップ!!」

 

「射出カプセル、装填開始!!」

 

「巴里華撃団隊員は、衝撃に備えて下さい!!」

 

巴里を象徴する凱旋門とその周囲が展開し、巨大な銃のような兵器が姿を現した。

リボルバーカノン。

巴里華撃団凱旋門支部に設置されている、長距離輸送を目的とした巨大射出兵器だ。

かつてパリシィの怨念の化身とも言うべきオーク巨樹に突入した際の欠点を改良し、遂に完成を見たのである。

 

「照準セット、始め!!」

 

「目標、日本!帝都、大帝国劇場前!!」

 

「照準システム、臨界点突破します!!」

 

六つの射出カプセルを装填した銃口が、東の地を目指して遥か天を睨む。

そして到達地点が一致した瞬間、グラン・マがトリガーに手をかけた。

 

「リボルバーカノン、発射!!」

 

刹那、希望を携えた六つの弾丸が、轟音と共に巴里の夜空を突き抜けた。

 

「ムッシュ………。巴里の光、確かに届けたよ。」

 

その様子を見送りながら、ふとグラン・マは遥か東の隊長に語りかける。

かつて巴里の危機を救った希代の軍人。

これは、そんな彼へのささやかな恩返しとなるだろうか。

巴里に住む全ての思いを乗せた六つの流れ星が光をもたらすまで、僅かな時間もかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、まるで一筋の流れ星だった。

轟音と共に闇の黒雲を切り裂き、アスファルトに着弾する六つの弾丸。

その中から現れたのは、光武二式と対を成す霊子甲冑『光武F2』。

そして、流星二式と対を成す高性能戦闘機『流星F2』。

帝劇の二階の窓から飛び出したロベリアも、一足遅れて自身のアシンメトリーの光武F2に飛び乗る。

帝都に、希望の翼が舞い降りた瞬間だった。

 

「「巴里華撃団、参上!!」」

 

五つの光武と一つの流星。

地獄と化したこの大帝国劇場前に現れたその姿は、さながら天上の天使の如き神々しささえ感じてしまう。

 

「大神さん!皆さん!もう大丈夫ですよ!!」

 

天使の羽を羽ばたかせてマシンガンを構えるエリカ=フォンティーヌ。

 

「かつての恩、この一戦で返す!!」

 

荒らぶる大津波の如く、雄々しくバトルアクスを振りかざすグリシーヌ=ブルーメール。

 

「ボク達がすぐ助けてあげるからね!!」

 

小さな身体に漲る勇気、誰よりも一生懸命な最年少のコクリコ。

 

「例え海を隔てようと………、私達の絆は切れません………。」

 

その佇まいは静かな大森林の如く、静かな闘志を胸に矢を番える北大路花火。

 

「言ったでしょ?僕らは何処にでも駆け付けるって。」

 

遥か3000年、超古代の光を受け継ぐ運命の少年、ダイゴ=モロボシ。

 

「冥土の土産に覚えときな。巴里の死神ロベリア=カルリーニと、巴里華撃団をね!!」

 

そして、正義に似つかわぬ鈎爪を光らせる巴里華撃団副隊長、ロベリア=カルリーニ。

半年前と変わらぬその勇姿に、大神を始め誰もが確信した。

彼らなら、この状況を打開するに違いないと。

 

「命令はさっきの通りだ。巴里華撃団の力、とくと見せてやりな!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巴里華撃団の帝都デビュー戦。

絶体絶命に陥った帝国華撃団とウルトラマンジャックにとって、それは正に救いの神とも言うべき存在だった。

金色の蒸気から湧き出る脇侍を薙ぎ倒し、段違いの大きさの怪獣や魔装機兵に猛然と攻撃を仕掛ける。

その中で、ダイゴは一人慣れない手つきで手元のスイッチを操作していた。

流星F2に搭載された新機能、自動操縦である。

かつて秀介が変身後に正体がバレないように用意された、自動で敵を認識して攻撃する装備である。

つまり………、

 

「ロベリア!!」

 

通信を繋ぎ、副隊長に確認を取る。

すると、モニターからは快諾の返事が返って来た。

 

「ああ、いいぜ。派手に暴れてやりな!!」

 

その答えに頷き、ダイゴは戦闘服のポケットから金と銀の輝かしい彫刻を掴み出した。

スパークレンス。

ダイゴが受け継いだ超古代の光であり、その資格を指し示す翼の紋章。

翼を象った中心部には、赤いベールに包まれたクリスタルが輝いている。

 

「秀介さん………。今助けてあげるからね………!!」

 

かつて自らの危機を救い、巴里の平和を共に守ってくれた恩師。

彼の手から受け継いだオーブに誓って、絶対に助けて見せる。

揺るがぬ決意を胸に、ダイゴはスパークレンスを天に掲げ、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「ティガーーーーーッ!!」

 

 

 

 

 

裂帛の叫びが、帝都を包む黒雲を切り裂き、一筋の光の柱を生み出す。

そして、その奥に彼はいた。

遥か3000年の巴里の歴史にその名を刻む、伝説の光の巨人。

その名前を、大神達は知っていた。

 

「………ウルトラマン………、ティガ………!!」

 

誰かがふと、その名を呟く。

赤いベールに包まれた空色のカラータイマー。

赤と青、銀色の体色。

そして、額に輝くクリスタル。

帝都の守護者ウルトラマンジャックに続く巴里の守護者。

ウルトラマンティガの勇姿だった。

 

「チャッ!!」

 

二大怪獣と魔装機兵を前に構えるティガ。

それを合図に、怪獣達は一斉に攻撃の矛先をティガに集中させる。

しかしジャックからプラズマオーブを受け継いだティガにとって、それは虚仮威しにもならなかった。

 

「ハッ!」

 

バルタン星人の光弾を華麗に飛び越え、その背後に着地。

そのまま振り向き様に回し蹴りを叩き込んだ。

 

「チャーッ!!」

 

「フォッ!?」

 

完全に不意を突かれたらしく、バルタン星人はさしたる防御もままならないまま建物を巻き込んで倒れる。

ティガは続いて、その奥に控えている破壊獣に視線を移した。

 

「グオオオオッ!!」

 

「チャッ!」

 

真正面からぶつかり合うティガとバラバ。

そのまま膠着状態が続く事僅かに3秒。

バラバの巨体が高々と持ち上げられた。

 

「チャーッ!!」

 

勢いそのままにアスファルトに巨体を叩きつける。

その時、下の方から声が飛んだ。

 

「ダイゴさん!!」

 

それはエリカだった。

マシンガンを縦横無尽に乱射し、周囲の脇侍達を瞬く間に一掃する。

ティガはそれに頷くと、両腕を胸の前で交差させた。

 

「ハァァァ………!!」

 

刹那、カラータイマーに夥しい光が集中する。

タイマーフラッシュスペシャル。

全身に漲る光をカラータイマーに集め、一気に放出するティガの必殺技の一つだ。

特に光を苦手とする者には、絶大な威力を発揮する。

ウルトラマンジャックを拘束するガゾートⅡには、正に天敵であった。

 

「チャッ!!」

 

目が眩まんばかりの激しい閃光が、大帝国劇場前を包み込む。

轟く轟音と激しい衝撃。

ましてやそれを至近距離で受ければ一たまりもない。

 

「ガアアアア………!!」

 

遥か西のフランスから現れた闇の怨念は、同じくフランスの光によって、跡形もなく消し飛んだ。

 

「ヘッ………。」

 

ガゾートⅡの消滅によって拘束を解かれたジャックが膝をつく。

すると、今度はエリカの光武F2に光が集まった。

 

「光ある言葉を、伝えたい………。エヴァンジル!!」

 

先程のティガのタイマーフラッシュスペシャルとは異なり、優しく暖かい光がジャックを包む。

まるで目の前の天使が、慈悲を与えてくれたかのように。

そう感じた時、胸のカラータイマーが点滅を止め、空色を取り戻した。

突然の巴里華撃団とウルトラマンティガの救援に、さしものジャックも驚きを隠せなかった。

魔装機兵に加えて二大怪獣にバルタン星人を一度に相手にしていた絶望的な戦況が、簡単に覆されてしまったのだ。

それだけではない。

ガゾートⅡによって半融合化され、残り少ないエネルギーの殆どを奪われた自分を、彼らは瞬く間に救い出したのである。

 

「(これは………、力が漲って来る………!!)」

 

先程まで自分が死の淵にいた事が嘘のように思えるこの状況。

それは正に巴から舞い降りた天使達の奇跡だと、ジャックは痛感した。

 

「秀介さん。」

 

ふと、隣に立つ巴里の守護者が手を差し出した。

ジャックもそれに応え、しっかり握り返して立ち上がる。

 

「ダイゴ………、皆さん………、恩にきます………!!」

 

奇跡を起こした巴里の使者達に心からの礼を述べる。

しかしまだ安心は出来ない。

ガゾートⅡが消滅し、その余波で周囲の金色の蒸気が四散したとはいえ、まだ魔装機兵ハクシキに破壊獣バラバ、そして黒幕のバルタン星人が残っているのだ。

 

「舞え………、神楽………。我が舞台………、黄泉へ………誘う………。」

 

「グオオオオッ!!」

 

能楽師のような口調のバルタン星人と、その横で一際激しい咆哮を上げるバラバ。

ジャックとティガは互いに頷き合うと、一斉に飛び掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い巴里から希望の光を齎した巴里華撃団とウルトラマンティガ。

彼らの助けにより、絶望的だった戦況は一気に覆された。

ティガがバラバを、ジャックがバルタン星人を足止めする間に、巴里華撃団本隊は白き魔装機兵と激しい戦闘を繰り広げる。

それが次第に戦いの趨勢を決するまで、大した時間はかからなかった。

 

「ハッ!」

 

バラバの火炎をかわし、その顔面目掛けて右手を突き出す。

すると右手から青白い光弾が飛び出し、バラバの顔面を直撃した。

ハンドスラッシュ。

主に相手を牽制する目的で使われるティガの万能技だ。

 

「グオオッ!グオオッ!」

 

着弾した顔面から煙を上げ、バラバが一瞬たじろぐ。

ティガはその隙に一気にダッシュで距離を詰め、がら空きの腹部に飛び蹴りを食らわした。

更に仰向けに倒れたバラバの尻尾を掴むと、ジャイアントスイングの要領で豪快に投げ飛ばす。

宇宙屈指の生物兵器すら翻弄する力。

プラズマオーブを受け継ぎ、ジャックが満身創痍だったとは言え、ここまで簡単に形勢を覆せるものか。

3000年前から地球を見守り続けて来たティガには、明らかにジャックとはまた違う強さがあった。

 

「グオオオオッ!!」

 

顔と腹にダメージを受けたからか、バラバは怒りを露に咆哮を上げ、左手を突き出した。

その時、驚くべき事が起こった。

 

「ジュワッ!?」

 

何と鉄球の先から鉄線が飛び出し、ティガの首に巻き付いたのである。

予想もしなかった攻撃に、ティガは優勢から一転してピンチに追い込まれた。

が、それを許さぬ人物がいた。

ウルトラマンジャックである。

 

「ダイゴっ!」

 

ティガのピンチを目の当たりにしたジャックは、バルタン星人を殴り飛ばして素早くブレスレットを外した。

刹那、ブレスレットが光輝くブーメランに変わる。

ウルトラスパーク。

ブレスレットを光の刃に変えて敵を切り裂く必殺技である。

 

「ヘアァッ!!」

 

ジャックの手から飛び出した光の刃が、バラバの鉄線を矢の如く寸断する。

その時、今度はティガがジャックの背後を狙う影に気付いた。

 

「ハッ!!」

 

反射的にハンドスラッシュを放ち、不意打ちを阻止する。

完璧なコンビネーションを誇る二人のウルトラマンに、最早死角はなかった。

 

「チャーッ!!」

 

「シュワッ!!」

 

二人の巨人に投げ飛ばされて尚、二体の侵略者はボロボロの状態で執念深く立ち上がる。

ジャックとティガは互いに頷き合うと、トドメを刺すべく構えた。

右手を左手首のブレスレットに重ね、それぞれ右上と左下に切り捨ててエネルギーを集中させる。

スパークストリーム。

右手のスペシウムパワーと左手のブレスレットパワーを同時に発射するジャック最大の必殺技だ。

その横でティガは胸の前で両手を重ね、左右に広げてエネルギーを集中させる。

ゼペリオン光線。

L字に組んだ腕から集中した光のエネルギーを発射するティガの必殺技だ。

 

「ヘアァッ!!」

 

「ハッ!!」

 

発射された光線はまばゆい光を放ちながら、左右から挟み込むように一直線に怪獣達を直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人のウルトラマンが怪獣達を撃破した頃、巴里華撃団本隊の戦いも大詰めを迎えていた。

相変わらず金色の蒸気を噴き出して迫るハクシキだが、こちらも負けてはいない。

何しろこちらも光武二式と同様に、蒸気フィルターを装備しているのだ。

加えて向こうはティガのタイマーフラッシュスペシャルのダメージが残っているのか、動きに全くキレがない。

歴戦の巴里華撃団にとって、目の前の魔装機兵は最早雑魚同然だった。

 

「子猫のショーが始まるよ!マルシュ・シャトン!!」

 

コクリコの霊力を具現化させた子猫の軍団が一斉にハクシキを取り囲み、四方八方から引っ掻き回す。

すると、子猫達に翻弄されて生まれた隙を突き、グリシーヌが挑みかかった。

 

「戦士の神話、ここに刻まん!!ゲール・サント!!」

 

荒ぶる瀑布をも断ち切らんばかりの強烈な斧の一閃。

ハクシキは反応に遅れ、顔の能面を叩き割られる。

しかし巴里華撃団の追い撃ちはここまでに留まらない。

続けて花火が攻撃を仕掛けた。

 

「北大路花火、三の舞………雪月風花!!」

 

十二分に引き絞られた一矢が、寸分の狂いなく能面のあった顔の位置に深々と突き刺さる。

既に帝劇前に現れた時の勢いは嘘のように消え失せ、風前の灯である事は誰の目にも明らかだ。

 

 

 

 

 

 

 

………が、相手も甘くはなかった。

 

「千古不易………、天神之戒!!」

 

周囲の妖力の高まりを感じた時は遅かった。

ハクシキの真上に髑髏が現れたかと思うと、不気味な笑い声と共に激しい雷撃が光武F2を襲ったのである。

 

「キャアッ!?」

 

「くっ………、光武が動かん!?」

 

最初に気付いたのは、いち早く反撃に転じようとしたグリシーヌだった。

全身を駆け巡る電撃に耐えて操縦桿を握ったというのに、光武が動かないのである。

一方、ハクシキはそんな巴里華撃団には目もくれずに三度帝劇を睨んだ。

 

「ど、どうしよう!このままじゃイチローが………!!」

 

コクリコが青い顔で叫んだ。

全身から煙を上げている事から、ハクシキの寿命も残り僅かに違いない。

恐らく最期の力を振り絞って帝劇を道連れに自爆するつもりなのだろう。

しかし電撃で霊子水晶を麻痺させられたこの状態では妨害もままならない。

ここまで来て帝劇を、大神を守れないのか。

無念に沈む巴里華撃団だが、救いの手は意外な所から差し延べられた。

 

「………勝手に諦めんな。このアタシが、そんな事許す訳ねぇだろうが。」

 

「ロベリアさん!!」

 

それは、副隊長のロベリアだった。

見るとロベリアの光武F2は下半身を地面に沈めている。

ハクシキが電撃を放った一瞬、ロベリアだけは地面に溶け込み、電撃を回避していたのだ。

 

「江戸………、帝都………、その全て………。闇に消え………、何人………止める事………叶わ………ず………。」

 

「一々つまらねぇ御託並べやがる………!アタシの相棒をここまでしたんだ、ただじゃ殺さねぇ!!」

 

ロベリアを押し退けようとする魔装機兵を逆に押さえ付け、ロベリアは悪魔のように凄絶な笑みを見せる。

そして、両手の鈎爪にありったけの霊力を集中させた。

 

「炎の鍵で………閉じ込めてやる!! カルド・ブリジオーネ!!」

 

十指に込められた霊力が灼熱の炎と化し、魔装機兵の身体を深々と刺し貫く。

刹那、凄まじい轟音と閃光を伴い、魔装機兵ハクシキは大爆発を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロベリアッ!!」

 

瓦礫の中から大神達が出て来たのは、ちょうどその時だった。

目の前で激しい火柱を上げる魔装機兵。

まさかロベリアも巻き込まれたのか………。

脳裏に不安が過ぎる大神だが、炎の中から見えた人影に、その不安は消えた。

 

「よう。遅かったな、相棒。」

 

「ロベリア!!無事だったんだな!?」

 

大神を先頭に、仲間達も次々と駆け寄る。

やはり至近距離で爆発を受けたために、戦闘服のあちこちが煤まみれだが、目立った外傷はない。

一方、心配する仲間を余所に当のロベリアは呆れた表情で答えた。

 

「どいつもこいつも………。このアタシが炎で死ぬ訳ないだろうが。馬鹿だからか?」

 

「万が一という事もあろう。あまり心臓に悪い真似はするな。」

 

「フッ、これだから困るぜ。アタシにとってああいうのは日常茶飯事なんだよ。」

 

いつもの悪者らしい笑顔でグリシーヌをあしらい、ロベリアはふと目の前の相棒に目をやる。

すると、悪者らしい笑顔が僅かに緩んだ。

 

「な?賭けて正解だったろ?」

 

「………ああ、そうだな。」

 

普段の彼女からはあまり見られない優しい笑顔。

それを前に、大神も思わず微笑みを返す。

そこへ、明後日の方向から声が飛んで来た。

 

「大神さん!みんな、大丈夫だった!?」

 

「ダイゴ!」

 

「秀介さんも!」

 

声のした方へ視線を向けると、そこにはこちらへ歩いて来る二人の隊員の姿があった。

秀介はやはりダメージが大きかったらしく、ダイゴの肩を借りて歩いている。

 

「秀介さん、ケガはありませんか?」

 

「大丈夫、心配には及びません。魔装機兵は?」

 

心配そうに駆け寄るさくらを安心させるように笑顔を見せ、話題を変える秀介。

その態度に若干の疑問を感じつつ、大神が答えた。

 

「見ての通りさ。ダイゴ、君もありがとう。」

 

「礼には及ばないよ。僕達は仲間、でしょ?」

 

そう言って無邪気に笑って見せるダイゴに、大神は心から感動した。

巴里で会ってすぐは自分を嫌っていた彼からこんな暖かい言葉を貰えるとは。

仲間の絆は国境を越える。

この一件で、大神はそれを確信した。

 

「よう大神、こっちも無事終わったぜ?」

 

「「米田司令!!」」

 

帝劇の地下から米田が顔を出したのは、正に大神が感動に心を震わせていた時だった。

高温の地下室を脇侍と戦いながら単身ミカサを止めた米田。

立派な軍服も火傷や煤で一杯だが、こうして立って歩ける所を見ると安心して良さそうだ。

 

「かなり無茶しちまったが………、約束は確かに守ったぜ。」

 

「司令………、ご無事で何よりです!!」

 

約束通り生きて帰って来た米田に、思わず涙が出そうになる大神達。

すると、米田は不安を吹き飛ばすような高笑いを上げた。

 

「ハッハッハッ!!さて大神、ここらで一丁キメようじゃねぇか?」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

「勝利のポーズ………、決め!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、急な形で来日した巴里華撃団をもてなそうと、帝劇の中庭で簡単な歓迎パーティーが催された。

何分ロベリアを含めて急な話だったために大した料理も作れなかったが、会話が弾んだおかげでパーティーは大盛り上がりとなった。

 

「よう大神。パーティーは楽しんでるか?」

 

パーティーで盛り上がる帝劇に加山が顔を出したのは、ちょうど大神が厨房に水を取りに来た時だった。

 

「加山じゃないか。ちょうど良かった。みんなも盛り上がっている所だ。久しぶりに飲まないか?」

 

普段互いに忙しいだけに、たまには一緒に酒を飲みたい。

が、加山は申し訳なさそうに首を振った。

 

「悪いな、大神。俺にはまだ仕事が残ってるんだ。………これを司令に渡してくれるか?」

 

「これは………、銀座文書か?」

 

加山から手渡された古い書物に、大神はハッと真剣な表情になる。

これを自分に渡すという事は、それだけ忙しいか、あるいは自分で届けられない理由があるのだろう。

 

「じゃあ、頼んだぞ。………それと大神、」

 

厨房の入口に後退り、ふと加山が続けた。

 

「この事件………、恐らくまだ終わっていない………。気を抜くなよ………。」

 

「………分かった。加山も無茶するなよ?」

 

いつもとは違う加山の真剣な表情に何かを感じ、大神も笑顔を捨てて応えた。

加山は自分の知らない何かを知っているか、勘づいている。

そう思わせるかのように。

 

「それじゃあ、また会おう。………アディオス。」

 

表情を緩めて厨房から消える親友。

そのいつもと違う様子に一抹の不安を感じつつ、大神は水差しを乗せた盆を手に中庭へと戻った。

彼は知らない。

銀座に隠されたある真実を。

この事件の本当の黒幕が、バルタン星人ではない事を。

そしてこの後、帝劇の玄関でかえでが重傷を負った月組隊長を発見する事を。

 

「(加山………、お前の忠告が杞憂だったら………。)」

 

中庭に向かう道中、ふと大神は心の中で呟く。

だが悲しいかな、この親友の忠告は、帝都滅亡の危機という信じられない形で現実に襲い来る事となる。

 

「………。」

 

ふと、窓から夜空を見上げる。

雲一つない綺麗な星空。

だがその星空に、大神は言い知れぬ不吉な気配を感じるのだった。

 

<続く>




《次回予告》

着々と舞台が完成しつつある中、銀座文書を頼りに敵の正体を探る俺達。

そこには、ある意外な事実が記されていた。

………って、みんなどうしたんだ?

え、東京見物?

次回、サクラ大戦4!

《~フィナーレ~前編》

命短し恋せよ乙女!!

神楽………舞え………。
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