桜舞う星~フィナーレ~   作:サマエル

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第三幕:~フィナーレ~前編

巴里華撃団とウルトラマンティガの活躍に帝都が守られてから数日。

加山の忠告に反し、あれから帝都での蒸気機関暴走は無くなった。

結局金色の蒸気の正体は分からずじまいだが、恐らくはあの宇宙忍者が黒幕と見ていいだろう。

そんな事を考えていた大神が副司令に呼び出されたのは、ちょうど舞台構成が大詰めに差し掛かった頃だった。

 

「まずは、この写真を見てくれる?」

 

そう切り出し、かえでは一枚の写真を見せた。

柔らかな満月に照らされた銀座の一角。

しかし大神の目には、満月の明かりより気になる物が写った。

 

「これは………、能楽師ですか?」

 

口で言いつつも、大神は写真に写る人影が俄かに信じられなかった。

それもそのはず。

何故なら能楽師はどう見ても、満月の輝く夜空に浮かんでいるのだから。

 

「これは今から十三年前、帝都に降魔が現れる数日前に撮影されたものよ………。」

 

「十三年前という事は………、対降魔部隊が結成された頃ですね。」

 

かえでの口にした年代に、大神はハッと気付くものがあった。

今から十三年前、即ち大正四年。

米田やあやめを始めとする、帝国陸軍対降魔部隊が結成された年だ。

かつての自分達の前身に少なからず関係のあるかえでも、大神同様に厳しい表情で頷く。

 

「降魔自体は、悪魔王サタンの消滅によって完全にこの世から消えた。でも考えて見て?何故サタンが覚醒する前に降魔が存在したのか。」

 

かえでの言葉に、大神は初めてかつての戦いにつじつまが合わない事を理解した。

悪魔王サタン、即ち葵叉丹が降魔の力に便乗して黒之巣会を出現させたのが四年前。

しかし降魔が大正になって初めて帝都に現れた際、叉丹本人は山崎信之介少佐として降魔と戦う人間だった。

少なくともこの時点で、降魔の存在は悪魔王サタンに依存したものではないと分かる。

何故なら対降魔部隊が存在した頃、当の本人は陸軍の軍人として戦っていたからだ。

ならばこの時、サタンでなければ何が降魔の力の源だったというのか。

単体では魔神器の前に滅びる存在でしかない降魔が。

その考えに行き着いた時、大神はサタンとはまた違う降魔の黒幕を想起した。

 

「まさか、降魔そのものを呼び出したのはサタンではないと………?」

 

「確信はないけど、筋は通るわ。他に理由が説明出来て?」

 

かえでに聞き返され、大神は押し黙った。

確かにそうだ。

確証がないとは言え、それを覆す理論が思い浮かばない。

サタンがまだ山崎であった頃から存在した降魔。

その復活前に写されたという能楽師の写真。

そして今回の事件を起こした魔装機兵の能面。

偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。

 

『(この事件………、恐らくまだ終わっていない………。気を抜くなよ………。)』

 

脳裏に幾度も蘇る親友の忠告。

この帝都には、まだ自分達の知らない何かがある。

今のかえでの現実味を帯びた推理を含め、大神は今の平和が本当の平和ではない事を予感した。

 

「それじゃ、話はここまでよ。」

 

ふと、かえでが表情を緩めた。

その表情が一瞬彼女の姉を思い出させ、大神は思わず視線をそらす。

 

「今日は巴里の子達と帝都観光でしょ?素敵な思い出を作ってあげてね。」

 

「はい。それでは………。」

 

かえでに言われ、大神は思い出したように答えた。

そうだ。

今日はみんな揃って帝都観光に繰り出す予定だった。

下町食べ歩き。

華道体験。

歴史巡り。

行き先はまちまちだが、確かそろそろ玄関に集まる時間のはずだ。

 

「(さて………、何処に行こうかな………?)」

 

かえでの部屋を後にして、呑気に階段を降りながら考える。

束の間の平和が齎す、安息の一時。

しかしその終焉はあまりに唐突である事を、彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都において、下町の定義は少々曖昧だ。

起源は江戸の徳川時代に遡り、どの辺りが下町かそうでないかは線引きが難しい。

最も、下町は東京に暮らす江戸っ子市民の愛する町。

彼らが喜び笑い合えるなら、そこは下町と言っても良いのかも知れない。

 

「ほら、あれが飴細工ってんだ。面白ぇだろ?」

 

この下町食べ歩きを提案したのは、今や食堂の主と呼ばれて久しいカンナだった。

毎朝早朝からジョギングで帝都を一周しているカンナは下町でも顔が知られており、ちょくちょく縁日の屋台で道草を食う事も多い。

そのためか、カンナは馴染みの隠れた名店を数多く知っていた。

これから向かうもんじゃ焼きの店も、その名店の一つだ。

 

「わあ、凄い!!ねぇねぇ、ボクのニャンニャンも作ってくれるかな!?」

 

「あ~、アイリスも行く!ジャンポールも作ってもらうんだから!」

 

「ハハハ、急がなくても逃げやしねぇって………。」

 

以前連れて来たアイリスはともかく、初めて屋台を見るコクリコは遠目から見ても分かるくらいに興奮していた。

普段子供とは思えないくらいに大人びた彼女だが、こうして見るとやはりアイリスと同年輩なのだと当たり前ながら思ってしまう。

 

「も、もふふへぇ………。」

 

後ろから何やらくぐもった声が聞こえたのはその時だった。

見ると、そこには口一杯に人形焼を詰まらせて喘ぐエリカと、その横で慌てるダイゴの姿があった。

 

「ち、ちょっとエリカさん!?大丈夫!?ほら水飲んで………!!」

 

「も、もふへへふははぁ~い………。」

(た、助けて下さぁ~い………。)

 

見ている分には微笑ましいが、流石にエリカも本当に苦しそうなためこちらも不安になる。

 

「ヘッ、いい気味や。ウチの前でイチャつくからアカンのやで。」

 

「紅蘭………、まだあの事根に持ってんのか?」

 

やれやれとため息をつき、カンナはエリカを窒息死させようとした殺人未遂犯に呆れ顔で言った。

 

「フフ、そうや………。あん時浅草寺とさえ言わんかったらな………。フフ、フフフ………。」

 

それは帝劇の玄関での出来事だった。

いざ出発しようという時に、また巴里の悪魔と帝劇の爆発魔がいがみ合いを起こしたのである。

理由は至って簡単。

大神が誰と何処に行くかで双方が譲らなかったのである。

そして何を考えたか、大神は紅蘭と下町食べ歩きではなく、ロベリアと歴史巡りをすると言い出した。

流石に大神本人に言われては言い返しようがなく、紅蘭はこの有様なのである。

女性の嫉妬ほど恐ろしいものはないというのは以前のさくらと秀介の一件で認識してはいたが、こうも周りにその余波が飛び火しているのは何とかならないだろうか。

特に先程のエリカは、どうみてもただのとばっちりである。

 

「むう………、へいは………もふはへへふう………。」

(うう………、エリカ………もうダメですう………。)

 

「エリカさん!?」

 

「お、おいエリカ!本当に大丈夫か!?」

 

どうやらかなり危険な状態らしく、ダイゴの腕の中でピクピク痙攣し始めるエリカ。

これには流石にカンナも慌てて助けようとする。

が、直後に彼女は自身の行為が失敗だったと深く後悔する事になる。

 

「エリカさん!くそっ、こうなったら………!!」

 

未だに口から人形焼が溢れて水も飲めないエリカに、ダイゴは決心したように自分の口一杯に水を頬張る。

そして………、

 

「んむっ!?」

 

「なっ!?」

 

「えぇっ!?」

 

「キャ………!!」

 

「………ほう………。」

 

その光景に、誰もが驚いた。

無理もない。

何故ならダイゴは、水を頬張るや否やエリカの口元の人形焼を引っぺがして自身の唇を押し付けたからだ。

所謂、口移しというものである。

 

「ん………。むぐ………、ん………。」

 

突然のダイゴの行為にビックリしたエリカだが、間もなく口移しで送られる水を頼りに人形焼を喉に流し込む。

 

「んん………ふむっ、ん………。」

 

人形焼が喉を通る度に、エリカの息継ぎが官能的な空気を醸し出す。

最も二人共それどころではないに違いないのだが、それでもこんな公衆の面前でやればいやでも周囲の視線を浴びてしまうものだ。

辺りの人達も、顔を赤らめたり背けたりする者がいれば、食い入るように見つめる者もいたりと十人十色。

今やこの場の全ての人間が、人命救助の瞬間に注目していた。

そして………。

 

「んん!!むふっ………、ちゅ………ぷは………。」

 

周囲の人達に見守られる中、二人の唇が名残惜しげに離れたのは、実に三十秒をゆうに過ぎた辺りだった。

 

「はぁ………、はぁ………。」

 

真っ赤な頬と潤んだ瞳。

更には荒い呼吸を繰り返す口の端から水が垂れる始末。

本人達にその気は全くないのだろうが、これは如何にも何かやらかした後の状態である。

 

「はぁ………、はぁ………、ダイゴ………さん………。」

 

口の中が空っぽになったエリカがようやくダイゴの名前を呼ぶ。

すると、ダイゴは感激を隠そうともせずにエリカの肩を抱き寄せた。

 

「良かった………!エリカさん、本当に良かった………!!」

 

その途端、沈黙を守っていたギャラリーから拍手喝采が上がった。

何せ目の前で突然恋人達の甘いキスシーンを見せられたのだ。

下手なドラマ顔負けのクオリティは、下町の江戸っ子すら沸かせるものだった。

事実、それを一番間近で見たカンナは二人の空気のとんでもない甘さに胸やけを起こしそうになった。

 

「ヘッ!ま、まあこうなる事は計算済みやったんやけどな!ハッ、ハッ、ハハハ……!!」

 

「もう二人共………、見てるこっちが恥ずかしいよ………。」

 

「でもさっきのダイゴ………、おとぎ話の王子様みたいでカッコ良かったね………。」

 

思いがけず二人のキューピッドをしてしまった紅蘭も引き攣った笑いを浮かべ、アイリスやコクリコも恥ずかしげに二人を見やる。

その時、エリカが徐に口を開いた。

 

「ダイゴさん………。」

 

「何?」

 

背中に手を回すエリカに、耳元で優しく囁く。

少なくとも二人は現状を把握していないだろう。

甘い空気は、更に密度を増した。

 

「エリカ………、決めました………!」

 

何かの決意を示すその言葉と共に、背中に回された手に力が篭る。

そしてまた誰もが息を呑む中、エリカはその決意を口にした。

 

「エリカ………、もう一気食いしません!!」

 

刹那、盛大なズッコケと共に甘い空気はズタズタになった。

 

「(紅蘭じゃねぇけど………、恨むぜ隊長………!!)」

 

元凶とも言うべき我等が隊長を、カンナは恐らく初めて呪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハックション!!」

 

下町の江戸っ子市民が盛大にズッコケている頃、少し離れた浅草寺では大神の盛大なくしゃみが轟いた。

 

「大丈夫ですか、隊長?風邪ではなさそうですが………。」

 

隣に立つマリアに心配され、笑顔で平気と返す。

すると、後ろをけだるげに着いて来たロベリアが盛大なため息をついた。

 

「ったく、寺なんて面白くもクソもねぇ。こっちは朝帰りで寝てないってのに………。」

 

「だからこそよ。貴女には是非学んでもらう事があるの。」

 

大袈裟に欠伸してみせるロベリアに、提案者のマリアが厳しい視線を送る。

すると、その横を歩く織姫がしてやったりと笑った。

 

「フン、不良にはいい気味デース。」

 

「織姫も人の事は言えないと思うけど?」

 

口の減らない織姫に、すかさずレニが突っ込む。

因みに織姫も、出掛けの減らず口が原因でマリアとレニに華道組からしょっ引かれた一人だったりする。

 

「これが浅草寺の五重塔院。貴女達には、是非これを見てもらいたかったの。」

 

観光客で賑わう仲見世を通り過ぎ、一同は浅草寺の醍醐味の一つ、『五重塔院』の前に到着した。

数ある浅草寺の建造物の中でも一際古く高い五重塔。

その起源は、江戸や平安、更には聖徳大使の時代すら遡るのだから、驚きである。

 

「それじゃ1000年より前から建ってるんデスね。ロベリアさんより長生きデース。」

 

レニの説明に、少々刺があるが感心を見せる織姫。

すると、マリアがふと尋ねた。

 

「貴女達には分かる?この建物が、何故1000年以上も永く崩れずに建っているか。」

 

「そりゃ建て方だろ?釘を使わないから錆にくいし、屋根が急な作りだから雪も積もらない。」

 

最初に答えたのは、意外にもロベリアだった。

先程まで退屈がっていた態度が嘘のような観察振りに、大神も思わず微笑む。

が、それは正解としては不十分な解答だった。

 

「掠ってはいるけど、それだけじゃないわ。ちょっと宗教的な話になるけれど。」

 

そう容赦ない判定を下し、マリアは正解を口にした。

 

「この五重塔は、階を重ねても年月が経っても、真っ直ぐ建っている。それは、塔の中心に菩薩の心を表した像を置いているからと言われているわ。人間で言う、心の真ん中にね。」

 

「納得出来ますけど………、それって私達に関係あるデスか?」

 

「二人共この五重塔みたいになれって事だよ。心の真ん中に菩薩………。つまりおごる事なく、謙虚で素直な心も持つべきって事さ。」

 

やや哲学じみた話で分かり辛かったのか、ちんぷんかんぷんな織姫に大神が補足を加える。

すると、納得した織姫はともかく、ロベリアはやれやれとため息をついた。

 

「何かと思えばそういう理屈か………。アタシは今の性格を曲げる気はないぜ?」

 

「確かに性格は簡単に変えられるものじゃないし、生き方を強制するつもりはないわ。でもいつか………、貴女もこの五重塔の意味が分かるわ。」

 

特に注意する事もなく、その場を流すマリア。

大神も口にこそ出さないが、ロベリアに何らかのプラスがある事を願ってはいた。

最も、本人には大きなお世話なのだろうが。

 

「………それじゃ、せっかく仲見世通りに来たんだし、遊んで行きましょうか。」

 

五重塔の用事は済んだらしく、マリアが表情を緩めた。

途端に織姫ははしゃぎだした。

 

「そう来なくっちゃデース!!ほらほら、レニもロベリアさんも来るデース!!」

 

「だあっ!?こ、こら引っ張るな!!」

 

「観念しよう、ロベリア。隊長とマリアも、はぐれない内に………。」

 

レニが何か言いかけるが、その前に織姫に引きずられて見えなくなる。

残された大神とマリアは互いに肩を竦めて笑い合うと、仲見世通りの賑わいに姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の文化において、『道』と呼ばれるものは大きなウエイトを占めている。

柔道や剣道といった武道一般から、書道や華道といった芸術まで、それは幅広く存在する。

目指す到達点は人によって異なるが、周囲に認められるだけの人間には、通常到達しえない高みにいる事が常である。

 

「さあ、こちらが私の華道の先生のお宅ですわ。」

 

すみれが案内した華道の師範も、その例に違わない人物だった。

玄関先ですみれ達を出迎えた時から、華やかでピンと張り詰めた空気を漂わせる妙齢の師範。

その空気は、素人でも彼女がただ者でないと即座に分かる温度を帯びていた。

そしてそれは、教室のある離れへ続く庭も同様だった。

 

「ほう、これが日本庭園というものか………。見事という言葉しか見つからぬ。」

 

「私も初めて見ました………。何と言って良いのか………、素晴らしいです。」

 

「色即是空………、和の心ですか………。」

 

日本の文化に初めて触れるグリシーヌや花火はもちろん、馴染みの薄い秀介も感嘆の息を呑む。

念入りに手入れされ、雑草一つない緑。

鯉達が悠々と泳ぐ、曇り一つない池の水。

そして離れに続く石床の造形。

時折ししおどしの音が心を和ませる和の空間は、まるで一つの芸術作品のようだ。

それを目の前の小さな空間に生み出すのが、即ち華道であった。

 

「さあ皆さん、思いのままに生けてみて下さいな。」

 

先生に用意して貰った多種多様の花と剣山などの生け花道具。

日頃から習っているだけあって、すみれは瞬く間に一つの生け花を作ってしまうが、残りの四人は終始悪戦苦闘していた。

何しろ生ける花も生ける器も種類が多過ぎて、何をどう組み合わせれば良いのか見当がつかないのだ。

 

「秀介さん………、華道って、意外と難しいんですね。」

 

ふと、さくらが隣に座る秀介に声をかけた。

一応さくらも見栄え良く出来ているのだが、器が小さすぎたために窮屈な印象が拭えない。

一方の秀介も、さくらと五十歩百歩の状態だった。

 

「そうですね。和の心なしに、花を生ける事は出来ないという事でしょうか………。」

 

自身の駄作を前に、秀介も眉間に皺を寄せた。

秀介の花のセンスは悪くない。

幾つか色と長さの違う花を数本選び、階段上に並べたために見栄えは良い。

しかし秀介の場合は器がやや大きかったため、花は良くても閑散とした空気が漂っていた。

 

「あらあら、自分に合う器が選べなくては話になりませんわよ?」

 

「う………、仕方ないじゃないですか。あたしも秀介さんも初心者なんだから………。」

 

「………。」

 

すみれの厳しい評価にたじたじの二人。

その一方で、巴里組の二人は意外にも完成度の高い花を生けていた。

 

「まあ、花火さんはお二人と違って見事な限りですわ!もう和の心を掴んでおられるのですわね!」

 

「い、いえ、そんな………。」

 

酷評の続くすみれの大絶賛を受け、別の意味でたじたじになる花火。

生けられた花は一輪と控え目だが、器の大きさと茎の長さが絶妙に存在感を出し、控え目ながらも存在感のある花に仕上がっている。

まるで、花火の心をそのまま表したかのようだ。

 

「ふむ………、限られた花で和の空間を生み出す。華道とは果てしなく深いものなのだな。」

 

グリシーヌもまた、型破りながら彼女らしい力強さが生き生きと感じられる作品に仕上がっていた。

器も大きく、花は様々な色に富み、そのどれもが大地に根を張って天に伸びている。

まるで更に数を増やし、背を伸ばそうとしているかのようだ。

花火とは対照的なダイナミックな空間が、そこにはあった。

 

「では、そろそろお開きにしましょうか………。」

 

全員の作品が完成し、帰り支度を始めようとする五人。

 

 

 

 

 

その時、事件は起こった。

 

 

 

 

 

「………な、何だ!?足の自由が………!!」

 

最初に異変を訴えたのは、グリシーヌだった。

恐らく足がしびれたのだろう。

生まれてこの方正座をした事もなければしびれた事もないグリシーヌは、自身の生けた花諸ともあろう事かすみれに向かって倒れ込んだ。

 

「ち、ちょいとグリシーヌさん!?何故私を巻き込みますの!」

 

「す、済まぬ!私もわざとではないのだが………!!」

 

必死に弁解して起き上がろうとするが、足のしびれで思うように立ち上がれない。

 

「大変、早くグリシーヌさんを起こさないと!秀介さん、手伝って下さい!」

 

「わ、分かりました!」

 

すかさずグリシーヌを助け起こそうと立ち上がるさくらと秀介。

 

 

 

 

 

だがその時、再び事件は起こった。

 

 

 

 

 

秀介の胸に、またあの激痛が走ったのだ。

 

「うっ!?ぐ………!!」

 

「え………?ち、ちょっと秀介さ、きゃあああっ!!」

 

突然の激痛に、秀介は一瞬全身が硬直する。

そして、グリシーヌに気を取られて反応の遅れたさくらに重なるように倒れ込んだ。

 

「いった………。」

 

「す、すみません、さくらさん!すぐに………、!?」

 

すぐ近くで聞こえたさくらの声にハッと我に還り、胸を押さえたまま顔を起こす秀介。

その時だった。

二人の視線が目の前で重なったのは。

 

「あっ………。」

 

互いに視線が重なり、吐息が頬をくすぐる。

突然の状況に、さくらも秀介も真っ赤な顔で黙り込んだ。

一瞬か、それよりも短い沈黙。

先に動いたのは、秀介だった。

 

「あ………、す、すみません。今どきますから………。」

 

そう言って体を起こそうとした時、何かが袖口を掴んでそれを阻んだ。

見ると、そこには自身の袖口を掴むさくらの手があった。

 

「もう少し………。」

 

吐息に混じって漏れた言葉が、頬をくすぐった。

 

「もう少し………、このままでいさせて下さい………。」

 

「………さくらさん………。」

 

戸惑う秀介を余所に、さくらは袖口からその背中に手を回す。

秀介もそれに応えるように、さくらの肩を抱き寄せ、優しく髪を撫でる。

優しく甘い、それでいて何処か切ない空間を醸し出す二人。

そこへ、外野からのクレームが飛んだ。

 

「ちょいとさくらさん!秀介さん!!あなた方この状況を分かってやってますの!?」

 

「ええい、聞こえておらん!!花火、済まぬが人を………。」

 

完全に二人の世界に入ってこちらの話が届かないカップルに見切りをつけ、残された親友に助けを求めるグリシーヌ。

 

 

 

 

 

だがその時、三度事件は起こった。

 

 

 

 

 

「秀介さん………、さくらさん………、そんな……、昼間から………は、破廉恥な………ああ………。」

 

何と、目の前でさくらと秀介の様子を目の当たりにした花火は羞恥の余り放心状態になってしまったのだ。

顔はそれこそ茹で蛸のように真っ赤になり、何やら湯気がたっている。

 

「は、花火~~~!?」

 

「誰か、お助けぇ~~~!!」

 

結局華道の先生が戻るまでの間、すみれとグリシーヌは足のしびれと目の前の羞恥に耐えなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど………、二人共大変だったな。」

 

夜の帝劇大浴場。

大神は秀介やダイゴと揃って湯舟に浸かり、それぞれの出来事を話していた。

もんじゃ焼きにエリカがプリンをぶちまけた事。

ロベリアに簪をねだられた事。

そして、さくらと僅かだが仲直り出来た事。

 

「二人共、まだまだ若いなぁ………。」

 

思いの外お盛んな二人の話題に、大神も思わず笑みを漏らす。

すると、秀介が口を開いた。

 

「隊長こそ、そろそろ身を固めてはいかがですか?」

 

「そう言えばそうだよね。紅蘭さんもロベリアも可哀相だよ。」

 

「う………、確かにそうだけど………。」

 

二人から痛い所を突かれ、返答に困る大神。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしこの後、三人を地獄より恐ろしい悪夢が襲う事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントにあの時はビックリしたんだから~。」

 

「まあ………、ダイゴさんまでそんな………。」

 

「花火さん、また気絶なさらないで下さいましね?」

 

「同感だ。華道の厳しさ、よく学ばせてもらった………。」

 

「もう、二人共しつこいですよ!」

 

「アハハ、チェリーさん顔真っ赤デース!」

 

 

最初に聞こえたのは、空耳と思えるくらいに小さな声だった。

しかし直後、その認識は間違いと気付いた。

いや、気づかされたと言うべきだろう。

何故ならほとんど突然と言うべきタイミングで、声の主達が一斉に大浴場に入って来たからである。

さて、人間とは実に好奇心の旺盛な生き物だ。

近くで音が聞こえると、その正体を確認するために視線を向けるという行動に出る。

そして、三人が湯舟に浸かっていたのは奇しくも入口の真ん前。

つまり………、

 

 

 

 

 

「「キャアアア………!!」」

 

「「わああああ………!!」」

 

女性陣の黄色い悲鳴と、それに負けない大神達三人の悲鳴が響き渡った。

 

「みんな、どうして!?まだ入浴時間じゃないだろ!?」

 

最初に声を上げたのは大神だった。

帝劇の大浴場はここ一つしかなく、男と女でそれぞれ時間を区切っている。

今日は先に男が入る時間のはずだ。

しかしこのハプニングの最中、少なくともうら若い女性陣に正常な判断が出来るはずがないのも事実だった。

 

「この不埒な不届き者共、纏めて成敗してくれる!!」

 

例によって例の如く、グリシーヌが憤怒の形相で斧を振り上げる。

毎度毎度何処から取り出したのか不可解極まりないが、今はそんな事を気にする余裕はない。

 

「ま、待てグリシーヌ!斧をしまえ!!」

 

「やかましい!泣き声はあの世で言えっ!!」

 

弁解しようとする大神に聞く耳持たず、斧を振り下ろすグリシーヌ。

しかし、その刃が大神に当たる事はなかった。

何故なら横から飛び込んだ金色の刃が、斧をすんでの所で受け止めたからである。

 

「隊長、ご無事ですかっ!?」

 

それは、スパークソードを召喚した秀介だった。

グリシーヌの裸体を見ないように目を閉じているにも関わらず、金色の刃はしっかりと斧の勢いを殺している。

そこへ、ようやく周囲からも声が上がった。

 

「やめなさいグリシーヌ。隊長は別に覗くつもりで待ち構えていた訳じゃないのよ?」

 

「そ、そうだよな。確認もなしに入ったあたいらも悪かったよな。」

 

収拾をつけようと冷静にその場を留めようとするマリアとカンナ。

しかしそれをあっさりぶち壊す者がいた。

大神一郎の婚約者、李紅蘭である。

 

「いや、分からへんで?大神はん結構風呂場覗いとるって由里はんから聞いたけどなぁ~?」

 

「いいっ!?」

 

とんでもない発言に、大神は顔面蒼白になった。

そんな大神の首に、いつの間にか後ろから回り込んだロベリアが腕を回して拘束した。

 

「へぇ?アンタもやる時はやるんだね。見直したよ。」

 

「冗談じゃないデース!!グリシーヌさん、早いとこあの覗き魔ぶった切って下さい!!」

 

「任せておけ!三人纏めて切り捨ててくれよう!!」

 

紅蘭の発言にロベリアと織姫が油を注ぎ、頭に血が昇ったグリシーヌがそれに乗っかる。

最早事態は収拾がつかなくなり始めていた。

 

「ねぇコクリコ………。何か紅蘭、いつもと違って怖いね………。」

 

「多分、イチローがロベリアについて行ったのが原因じゃないかな………。」

 

「僕達は手出ししない方がいい。ややこしくなるだけだ。」

 

一人冷静に状況を分析し、まだ冷静なアイリスとコクリコを連れて隅っこに避難するレニ。

一方、大浴場の真ん中ではグリシーヌと秀介の激戦が展開されていた。

最も、秀介がグリシーヌの攻撃を防いでいるだけなのだが。

 

「この嫺族め!性根は腐っても腕は変わらんか!」

 

「冗談じゃない!そっちが後から入って来たんじゃないですか!!」

 

「問答無用!!御剣秀介、覚悟!!」

 

言うや、グリシーヌが強引にスパークソードを払った。

その拍子に、秀介の足が滑る。

その時だった。

 

「秀介さん!!」

 

恋人のピンチに、今までパニックになっていたさくらが思わず叫んだ。

すると、秀介も反射的にさくらの声が聞こえた方に顔を向け、一瞬目を開いてしまう。

そして………、

 

「さ、さくらさ………、ぶふっ!?」

 

視界に入った女性の名を呟く間もなく、秀介は盛大に血を吹き出して湯舟に沈んだ。

 

「キャアアアッ!!秀介さん!!」

 

その様子に、さくらも慌てて秀介の下へ急ぐ。

大浴場は、今度は別の意味で騒然となった。

 

「酷いよグリシーヌ!!何も殺す事ないじゃないか!!」

 

「い、いや、私が斬った訳では………!?」

 

秀介が本当にグリシーヌに斬られたと思い、コクリコが詰め寄る。

しかし、これにはグリシーヌも慌てていた。

無理もない。

確かに斬る寸前まで追い詰めていたのは自分だが、秀介は斬る前に血を噴いた。

そう、鼻から。

 

「あ~あ、鼻血出して白目剥いてるぜ?情けねぇな。」

 

「とりあえず横にしてやろうぜ。さくら、少し手伝ってくれ。」

 

「は、はい!!」

 

とりあえず命に別状がなかった事に安堵し、さくらはカンナに手伝ってもらって秀介を運び出す。

が、まだ安心は出来ない。

何故なら依然として女性陣の怒りの視線が、大神とダイゴに向けられていたからだ。

 

「グリシーヌ、もう止めなさい。さっきの秀介も、打ち所が悪かったら命の危険もあったのよ?」

 

「マリアさん、あれは天罰デース!この悪者にも同じ目に合わせるべきデース!!」

 

「気が合うな!こいつらを成敗した後、秀介も斬る!!」

 

マリアの説得も虚しく、取り付くしまのない二人。

その時、アイリスの口からとんでもない言葉が飛んで来た。

 

「駄目ッ!お兄ちゃんはアイリスのお婿さんになるって約束したんだから~!!」

 

刹那、その場を重く冷たい沈黙が襲う。

その後、グリシーヌが斧を構えたまま口を開いた。

 

「どういう事だ?隊長は私の婿になりたいと………。」

 

「な、何を言うのグリシーヌ?大神さんは私に結納の申し込みを………。」

 

「違うよ!イチローはボクと結婚するんだから!」

 

花火やコクリコを皮切りに、次々と飛び出す結婚という言葉。

それが女性陣を一周した後、ダイゴも含めた全員の視線が大神に集まる。

 

「お兄ちゃん。これ、どういう事?」

 

「貴公………、堕ちる所まで堕ちたか………!!」

 

「イチロー!もしかしてみんなに結婚申し込んだの!?」

 

「隊長、詳細な説明を要求する。」

 

「どうやら余罪を追求する事になりそうデース!」

 

「い、いや………、あの………。」

 

身に覚えのない話で詰め寄られ、完全にパニックになる大神。

その隅で、紅蘭がボソッと呟いた。

 

「やらかしたな、大神はん………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しい月明かりが、ベッドに横たわる彼の寝顔を照らしていた。

御剣秀介。

帝劇の大道具係であり、遥か遠い宇宙の果てから現れた光の巨人、ウルトラマン。

そして、自分と深い愛情で結ばれた運命の人。

 

「秀介さん………。」

 

起こしてしまわないようにそっと囁きかけ、頬に手を触れる。

冷えた指先に伝わる優しい温もり。

それは、まるで以前自分を包み込むように抱きしめてくれた時の瞬間を思わせ、さくらは思わず顔を赤らめる。

しかしその表情は、依然として不安に駆られていた。

何かがおかしい。

上手く言葉に出来ないが、目の前にいる恋人は何かがおかしかった。

一体何だと言うのだろう。

何故自分には話してくれないのだろう。

聞こうとしたが、さくらには聞けなかった。

何故なら、あの大道具部屋での出来事が脳裏を過ぎったからである。

 

「(秀介さん………、一体何があったんですか………?)」

 

不安の声を必死に飲み込む。

すると声は胸に突き刺さり、涙となって頬を濡らした。

 

「さくら、少しいいか?」

 

部屋の外から声が聞こえたのは、その時だった。

我に還ったさくらは慌てて涙を拭き、扉を開ける。

そこには、意外な人物の姿があった。

 

「いきなりで済まねぇな、さくら。」

 

「よ、米田支配人………!?」

 

何と、そこに立っていたのは米田だった。

普段の酔っ払ったヘラヘラ顔ではなく、引き締まった優しい笑顔を浮かべている。

まるで娘を見守る父親のようだ。

 

「………で、秀介の具合はどうだ?」

 

「はい、今は安静になっています。ちょっとのぼせちゃっただけみたいで………。」

 

秀介の横に座る米田の隣に腰掛け、容態を説明するさくら。

すると、米田は視線だけさくらに向けて尋ねた。

 

「………ホントにそれだけか?」

 

「え………?」

 

予期せぬ言葉に思わず困惑し、言葉を返せない。

そんなさくらを余所に、米田は秀介に視線を戻した。

 

「なあ、さくら………。この4年の間、こいつはどう過ごしてたと思う?」

 

「秀介さんが………?」

 

「かつてのゾフィーの再来。僅か4年の新入りが、それこそ宇宙屈指の戦士になったんだ。………何でか分かるか?」

 

「………やっぱり、努力じゃないですか?秀介さん、いつも一生懸命でしたし………。」

 

突然の米田の問いにまたしても戸惑うさくらだが、とりあえず思い付く言葉を返す。

4年前、初めて帝劇に来た頃。

同じく新入りだった秀介は、さくらにとって互いに切磋琢磨する友人であった。

それが別の感情に変わったのは、あの告白の瞬間からである。

古来から名刀と呼ばれる刀は皆、ため息が出る程に美しく、一点の曇りもない。

決して自分におごる事なく、ひたむきに努力を重ねる彼の姿は、正に曇りなき一振りの刀だろう。

その答えに、米田は満足げに笑った。

 

「確かにそうだな。………だが、それだけじゃねぇ。こいつには、才能があったんだ。」

 

「才能………ですか?」

 

「ああ。訓練を終えたばかりの新入りが、僅か4年で無敵のゾフィーの再来とまで言われていた。ひたむきな努力だけじゃねぇ。こいつには、天性の才能があったんだ。」

 

納得は出来る話だった。

かつて宇宙最強と言わせしめたウルトラマンであり、秀介の実兄である一ノ瀬豊大尉こと、ウルトラマンゾフィー。

実際に顔を見たのは一度きりだが、その姿はジャックと瓜二つだった。

彼に天性の才能があったとするなら、目の前の青年に同じ吉兆が見えても何ら不思議ではない。

が、さくらには一つ分からない事があった。

 

「………何でこんな話するのか、だろ?」

 

それを口にしたのは米田だった。

まるで自分の心を見透かしたような言動に、さくらは何とも言いにくい違和感を感じた。

目の前の米田は確かに本人だが、不思議とそう感じられない。

そう、まるで別の誰かが乗り移っているかのように。

 

「才能ってのは時として素晴らしい益を齎す。が、同時に恐ろしい害を成す事もあるんだ。」

 

そんなさくらの心情を知ってか知らずか、米田は話を続けた。

 

「覚えてるか?こいつが銀座デパートの前で魔装機兵と戦った時の様子をよ。」

 

「はい………、ブレスレットを盾にして、攻撃を跳ね返したんですよね?」

 

4年振りに帝都に帰ってきたウルトラマンの初戦。

強大な霊力を圧縮した砲撃を逆手に取り、ジャックはウルトラディフェンダーで反射させてスペシウム光線に繋げ、勝利を得た。

 

「そう。こいつはブレスレットをディフェンダーに変える事が出来た。………それに必須のオーブを半年前、ダイゴに渡したはずなのにな。」

 

「え?………、あっ………!」

 

その言葉に、さくらは初めて秀介の矛盾に気付いた。

以前明治神宮でベムスターに敗れた秀介は、強大な力を秘めた秘宝、『プラズマ=オーブ』の力を得てサタンとバルタン星人を討ち滅ぼした。

だがその力の源であるオーブを、秀介はダイゴに受け継がせている。

ブレスレットの様々な能力はオーブと一体になった状態だからこそ成しえるものであり、単体では大した能力は使えない。

現に秀介も、当初はスパークソードが関の山だった。

ならば何故秀介は、こうして尚ブレスレットの様々な能力を行使出来ているのか。

米田は、その答えを知っていた。

 

「それがこいつの才能だ。秀介はオーブ無しで、その能力を使えた。いや………、『使えてしまった』んだ。」

 

「使えて………しまった………?」

 

何やら意味深な米田の言葉を、無意識の内に繰り返すさくら。

それこそ、秀介の身に起きた異変の全てだった。

 

「考えてみな、さくら。プラズマ=オーブは、ウルトラの秘宝。その秘めたる力は計り知れん。その穴を自分で無理矢理穴埋めしようとしたらどうなるか………。」

 

「それって………、まさか………!!」

 

言われるままに考えるさくらの脳裏に、一つの答えが浮かぶ。

刹那、その顔が真っ青に震えた。

そして、それこそが真実だった。

 

「そうさ。秀介はオーブを失ったハンディを、自分のエネルギーで埋め合わせていたんだ。それが、自分の寿命を削る事になってもな。」

 

その言葉が、全ての真実を明らかにした。

本来秘宝とされるオーブの穴を、自らのエネルギーで代用するなど不可能だ。

しかし秀介は、その兄譲りの非凡な才能故に、それが出来てしまった。

そして知らず知らずの内に寿命を削り、自らの身体を限界まで酷使してしまっていたのである。

時折彼を襲った胸の激痛は、それを指し示すサインだったのだ。

 

「じゃあ………、今まであたしにそっけなかったのは………!!」

 

「………知られたくなかったんだろう。そんな事を知ったらお前がどうなるか、こいつは誰よりも知ってるからな。」

 

ここに来て、さくらはようやく秀介の真意を理解した。

秀介は自分に、限界が差し迫っている事を悟られたくなかったのだ。

だから敢えて冷たい態度を取り、自分を遠ざけた。

万一自身の寿命が来た時、少しでも自分の傷を浅く出来るように………。

 

「馬鹿っ………!馬鹿ぁっ………!!どうして………そんな事………!?」

 

それを知った時、さくらの涙腺は完全に決壊した。

全ては愛するこの星と、愛する自分のため。

そこには一人の巨人の悲壮なまでの愛があった。

 

「それだけ、お前を愛してたんだよ………。それだけは、分かってやってくれ………。」

 

優しく肩に手を置いて語りかけ、米田はそっと部屋を後にする。

その直後だった。

 

「………さくらさん………。」

 

「………、秀介さん!?」

 

不意に、暖かい何かが涙を拭った。

とめどない涙に濡れた瞳を開くと、ぼやけた世界の奥に光る瞳があった。

涙を拭ったのは、秀介の手だった。

 

「秀介さん………!!」

 

優しく頬を撫でる彼の手に、自身の震える手を重ねる。

目を覚ました喜びと気付けなかった事への後悔。

そして、彼への言い知れぬ愛情が、さくらの胸から溢れ出そうとしていた。

 

「支配人から聞きました………!答えて下さい!!今まで無理して戦ってたって本当なんですか!?」

 

秀介の手を握り締め、涙をこらえて問い質す。

目の前の恋人は、僅かに視線を背けた。

 

「………聞いて、しまったんですね………。」

 

「どうしてっ!?どうして教えてくれなかったの!?」

 

最初に出たのは非難の言葉だった。

無理もない。

自分の知らない所で恋人が傷ついていたと聞かされれば、それを咎めない者はいない。

 

「さくらさん………。私は、ずっと怖がっていたんです………。」

 

僅かな沈黙を置き、秀介は重い口を開いた。

 

「自分の限界は、分かっていました………。オーブを失った今の私の力など、塵程にもない事も………。しかし………、それでも私は、この星の脅威を見過ごす事は出来なかった………。さくらさん………、貴女を失う事だけは………。」

 

「………!!」

 

それは、真に嘘偽りのない秀介の本心だった。

秀介が命を削る覚悟を固めてまで守りたかったもの。

それは、外ならぬさくらだった。

以前彼は言った。

自分を守りたいと。

自分の笑顔があれば、いくらでも強くなれると。

4年という決して短くない期間を置いて尚、少しも色褪せる事のなかった想い。

さくらは、喜びの余り震えた。

 

「秀介さん………、秀介さんっ!!」

 

積もり積もった想いが爆発し、さくらは秀介の胸に飛び込み、そのまま声を上げて泣いた。

最早これ以上、言葉には出来ない。

いや、言葉など必要ない。

何故なら二人には、言葉すら越えた、決して消えない繋がりがあるのだから。

 

「さくらさん………。」

 

秀介も何も言わず、ただ胸の上でなくさくらを優しく抱きしめる。

そんな二人を、夜空に浮かぶ一つの星が、優しく見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

扉の奥から聞こえる一部始終に、米田は沈黙を貫いていた。

バレないよう意識している訳ではない。

ただ、言葉が出ないのだ。

 

「(これで、良かったのか?豊………。)」

 

今は遠い宇宙にいる戦友に、心の中で語りかける。

そんな米田の耳に何やらやかましく言い争う声が飛び込んで来たのは、その時だった。

 

「………やれやれ、忙しいったらありゃしねぇな。」

 

先程までの表情を捨て、米田はため息混じりに騒音の発信源に足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………つまり、隊長がお尋ねしたのは『コゼットとマリユス』の結婚についてであると。」

 

大浴場で一悶着あったのち、大神はサロンで隊員達からの取り調べを受けていた。

何を隠そうこの男、この数日の間に巴里華撃団の5人にまで例の質問を投げ掛けていたのだ。

因みにその時の各々の反応は、以下の通りである。

 

 

 

 

 

ケース9:神に愛された天然シスターの場合

 

「そうですか………。少しだけ、待って下さいね?」

 

 

 

 

 

ケース10:勇猛な海賊娘の場合

 

「ふむ、ならば一度タレブーにも聞いておこう。」

 

 

 

 

 

ケース11:最年少マジシャンの場合

 

「イチロー、考えてくれてたんだ………。」

 

 

 

 

 

ケース12:巴里の悪魔だった女の場合

 

「特に意味はないけど、悪くはないね。」

 

 

 

 

 

ケース13:黒衣を捨てた大和撫子の場合

 

「フィリップの事はまだ忘れられませんが………、考えて見ます。」

 

 

 

 

 

 

 

「おかしいと思ったぜ。自称でも紅蘭一筋だった隊長が、いきなり結婚の話するなんてさ。」

 

「全く、舞台の事ならそうおっしゃって下さいまし!私達揃いも揃ってとんだ誤解を致しましたわ!?」

 

「私とて同じだ!タレブーに婿を連れ帰ると宣言した手前、何と説明すればよいのだ!!」

 

「す、済まない………、俺が口下手なばかりに………。」

 

四方八方から詰め寄られ、完全に小さくなる大神。

一方、以前から大神の彼女を公言していた紅蘭とロベリアだけは余裕の表情を見せていた。

 

「お前ら馬鹿か?この万年朴念仁が、そんな気の利いた台詞吐ける訳ねぇだろうが。」

 

「まあ、結局大神はんのお目当てはウチらだけっちゅう事やな。」

 

やや痛い台詞ではあるが、二人が遠回しにも自分を弁護してくれている事に変わりはない。

大神は今になって、結婚を尋ねた事に深く後悔した。

 

「大体、話は済んだみてぇだな?」

 

横から不意に声がしたのは、その時だった。

見ると、何時にも増して顔の赤い帝劇支配人の姿がある。

 

「大神、ちょっと話があるんだ。悪いが今から支配人室まで来てくれるか?」

 

「は、はい!みんな、本当に済まなかった………。」

 

実にタイムリーな米田の助けに胸を撫で下ろし、大神が謝罪を残して救世主の背中を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「支配人、話とは………?」

 

部屋に案内されてすぐ、大神は中の空気が外と違う事に気付いた。

軍人時代や作戦会議室で感じる時と同じ、ピンと張り詰めた冷たい空気。

もしや例の蒸気機関暴走について進展があったのだろうか。

米田とその隣に立つかえでの真剣な表情からそう予想する大神だが、米田の口から齎された答えはその斜め上を行っていた。

 

「昨晩、加山が正体不明の敵に襲われた。命に別状はないが、重傷には違いねぇ。」

 

「加山が………!?まさか、銀座文書を持ってきた時に………!」

 

大神は驚きと共に、先日の親友の忠告の意味をようやく理解した。

事件はまだ終わっていない。

何故なら外ならぬ加山本人が、何者かに襲われたからだ。

恐らく、この一連の事件の首謀者に。

 

「やはり、銀座文書を恐れてでしょうか………。」

 

出来る限り冷静さを意識して尋ねる。

長年月組隊長を努める加山の実力は本物だ。

咄嗟の状況判断や剣の腕に限れば、自分すら霞む程だ。

その加山が背後を取られるなど、大神にして見ればありえない事だった。

 

「恐らくそうね。これを見てちょうだい。」

 

大神の問いに頷いたかえでが、銀座文書のあるページを開いて見せる。

劣化が激しく読み辛かったが、そこには驚愕の事実が記されていた。

 

『所務奉行・大久保長安、佐渡、石見の鉱山開発に尽力し、金座銀座を築く。』

 

『大久保長安、能楽師にして呪術師なり。異形の業もて、金銀を掘る。』

 

『江戸反映に貢献した一人であるが、天海僧正の着せた冤罪により、民の手によって断罪さる。』

 

「まさか、この一連の事件の犯人は………!!」

 

「ああ、間違いねぇ。江戸の能楽師にして呪術師、大久保長安だ。」

 

大神の言葉に、米田が厳しい顔で頷く。

金色の蒸気。

敵の残した能面。

狙われた銀座。

そして、写真に残っていた能楽師の影。

パズルのピースのように散らばっていた謎が、ようやく一つに纏まった。

 

「大久保長安とは、一体何者なんでしょう?」

 

「江戸の技術者っていう側面が一般的だが、能楽師としても非凡な才能があった。それに奴にはサタン………、山崎も使った『反魂の術』があった。」

 

「『反魂の術』………?」

 

聞き慣れぬ名前に疑問符を浮かべる大神。

すると、横に立つかえでが簡潔に説明した。

 

「自らの霊力をあの世に繋ぎ、常人では出来ない業を成しえる術よ。実際に長安は、能を使って鉱山開発に死人を使役したと記されているわ。」

 

「死人を………。そんな事が………。」

 

この大久保長安とは本当に人間なのか。

大神はそう感じると同時に、彼が江戸に殺された背景に納得した。

どんなに飼い主に忠実な番犬も、獲物が無くなれば料理されてしまう。

長安もまた、その強大過ぎる力を飼い主たる江戸と民から恐れられ、抹殺されてしまったのだろう。

そして13年前、怨霊となって日本橋に降魔を呼び寄せた。

自身を裏切り、死に追いやった江戸に復讐するために。

かつての米田の戦友であり、悪魔王サタンの生まれ変わりでもあった山崎信之介が降魔や黒之巣会を呼び出した方法も、長安の反魂の術を用いたと考えれば納得が行く。

帝都に害を成す闇は、遂にその尻尾を見せたのだ。

 

「明日から大久保長安と反魂の術について調査を開始する。いいな、大神。」

 

「了解しました!!」

 

敵の正体が判明した今、これ以上帝都に危害を加えさせる訳には行かない。

米田の指示に力強い返事を返し、大神は部屋を後にする。

しかし、調査が開始される事はなかった。

帝都の闇がその真の脅威を齎すその瞬間まで、もう僅かな時間も残されていなかったのである………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜3時。

帝都、銀座上空。

何の前触れもなく、それは現れた。

夜空を覆う黒雲から雷鳴が轟き、激しい震動が帝都を揺るがす。

悲鳴やサイレンが木霊し、たちまち帝都は混乱する市民で溢れ出す。

その時だった。

 

「な、何だあれは!?」

 

「ミカサが………!!」

 

アスファルトで舗装された帝都の道路が、凄まじい勢いで寸断された。

直後、その寸断された割れ目から金色の蒸気が噴き出し、巨大な何かが空へと浮かび上がる。

それは、これまで幾度も帝都を守り、共に有り続けていたミカサだった。

帝都に蒸気を供給するために四分割された機体は、雷鳴轟く黒雲の中で再び一つに合体する。

かつてのミカサか。

いや、そうではない。

何故ならミカサの上部に、悍ましい限りの魔神の顔が、能面のように張り付いていたからである。

刹那、何処からともなくおどろおどろしい声が聞こえて来た。

 

「地の底に眠りし………黄泉の方舟………。我が命に従い………誘え………底なき闇へ………。」

 

金色の能面。

宙に浮かぶ姿。

そこにいたのは紛れもない江戸の怨霊。

大久保長安だった。

 

「方舟………滅びを奏で………。神楽………舞え………。」

 

まるで能を舞うように、扇子が遥か下の帝都を指す。

直後、ミカサの主砲が一発、帝都を直撃した。

激しい黒煙を上げる銀座の一角。

かつて帝都を守り、帝都と共にあったミカサの、変わり果てた姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、無事だったか!?」

 

大神を始め、各隊員達が次々と作戦司令室に到着する。

深夜に帝都を襲った異変は、帝劇でも察知していた。

 

「お、大神はん………!ミカサが………、ミカサが浮いとるで………!!」

 

「米田司令、これは一体………!?」

 

作戦司令室のモニターには、信じられない光景が写っていた。

雷鳴轟く黒雲に浮かぶ、空中戦艦ミカサ。

周囲を金色の蒸気が取り巻くコックピットには、まがまがしい魔神の顔が、能面のように張り付いている。

 

「ミカサが………、奪われた。」

 

米田が重い口を開いた。

先日この大帝国劇場を襲った魔装機兵ハクシキと金色の蒸気。

その魔の力に蝕まれたミカサは帝都の闇に、大久保長安の手に堕ちてしまったのである。

 

「ミカサからの砲撃、始まりました!!王子、日比谷、赤坂に着弾!!」

 

「帝都各地で蒸気機械が暴走!新たに大型魔装機兵が出現!破壊活動を開始!!」

 

「ミカサ及び地上断絶地点から高濃度の金色の蒸気が噴出!帝都全域が包囲されました!!」

 

まるで悪夢のような報告が次々と飛び交う中、帝劇地下にも震動が襲い掛かる。

実に300年近くもの間封印されつづけていた長安の怨念は、それこそ帝都の全てを無に帰してしまう程に凄まじいものだった。

最早打つ手は残されていないのか。

絶望の淵に立たされた作戦司令室に、重い沈黙が流れる。

が、それは外ならぬ大神によって破られた。

 

「………ミカサを、撃破しましょう。もうそれしか方法はありません。」

 

「………そうだな。こればかりは迷ってられねぇな………。」

 

その言葉に最初に反応したのは米田だった。

まるで腹を割るかのように決意を固めた表情で、真っすぐに大神を見る。

そして言った。

 

「やれ、大神。………ミカサを沈めろ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大神の提案を基に米田が構築したミカサ撃破作戦。

それには、ある霊子甲冑の存在が必要不可欠だった。

『双武』。

本来ならば一人の操縦者を要する所を二人に増やし、かつて黒鬼会との戦いに使用した天武すら超える前人未踏の力を引き出す事に成功した最強の霊子甲冑である。

決戦に向けてその整備が格納庫進められる中、花組隊員は1時間後の集合と共に解散を言い渡された。

こんな状況において解散というのも変な話だが、大神は大して違和感を抱かなかった。

空中戦艦ミカサ。

今まで帝都を守り続けて来た切り札であり、自分達の戦友。

そして何より、生みの親である米田にとっては実の息子のような存在だ。

そのミカサといきなり戦えと言われて、はいそうですかと言えるものか。

その事実を差し引いたとしても、ミカサの戦闘力は花組全員はおろか、二人のウルトラマンすら凌ぐ程のものがある。

これまでにない強敵と相対するために、決意と覚悟を固める時間が僅かでも必要だった。

 

「(みんな………、緊張していなければ良いが………。)」

 

その間に大神の出来る事。

それは、共に戦う仲間達の心を癒し、緊張を解きほぐす事だった。

帝都の切り札ミカサを敵に回した今回の戦いは、今までにない厳しいものになる事は火を見るより明らか。

プレッシャーを感じていないはずはないが、せめて少しでもみんなを勇気付けてやりたい。

大神は表情を引き締め、作戦司令室を後にしようと席を立つ。

その時、不意に扉が開かれた。

 

「隊長………、まだいらしたんですか?」

 

「マリア………。」

 

扉の奥に立っていたのは、帝国華撃団副隊長として大神を影で支えて来たマリアだった。

いつも凍てつく氷河のように鋭い眼光が感じられない。

やはり彼女も不安なのだろうか。

尋ねて見ると、マリアは素直に答えてくれた。

 

「はい………。あのミカサを相手にして、勝てる自信はありません。こんな事を口にするべきではない。それは分かっているのですが………。」

 

「………怖いかい?」

 

「はい………、大事な何かを、失いそうで………。」

 

大事な何か。

それは恐らく、帝都で得た仲間や幸せ、そしてこれまでの日常の事だろう。

マリアはロシア革命の際に大切な人を失った。

4年という月日を新たに挟んでも、その心の傷は浅いとは言い難い。

人は一度傷つくと、再び同じ傷がつく事を恐れ、見る事を恐れる。

だからマリアは、仲間の心の傷に敏感で、率先して傷を癒す事に勤めた。

あの悪夢の瞬間を、帝都に蘇らせたくはなかったから。

しかし今回ばかりは同じ考えは通用しない。

ミカサと戦う事がどれだけ恐ろしいか。

大神より長く花組にいるマリアは、大神以上にそれをよく知っている。

マリアにして見れば、これ程無謀を極めた戦いはないだろう。

大神は、優しくマリアの肩に手をおいて語りかけた。

 

「マリア………、君はがんばり過ぎたんだ。みんなは俺が守る。だから、君も俺に頼ってくれ。」

 

マリアは今まで、影でずっと仲間達を支え続けて来た。

ならば今度は、誰かがマリアを支えてあげる番。

大神はその役目を、自らに課した。

 

「隊長………。何故そう言い切れるのですか………?勝算もないのに、何故守り抜けると………。」

 

ふと、マリアが尋ねた。

確かにそうだ。

帝都全域に金色の蒸気と魔装機兵が溢れた今の現状で、誰一人失わずミカサを止められる可能性は天文学的数値を越えている。

だが、大神には一つだけ、決して揺るがない根拠があった。

 

「………俺は、君達の隊長だ。………それじゃ足りないか?」

 

その言葉に、マリアはハッと大神を見た。

恐らく記憶の中の隊長と重なったのだろう。

大神自身は意識していなかったが、今の言葉は革命戦争を前にかつての隊長が、マリアに向けた言葉だった。

 

「君が今までみんなを支えたように、俺もみんなも君を支える。互いに助け合い、未来を掴む。そうだろう?」

 

「………隊長、ありがとうございます………。」

 

この場において、マリアが初めて笑った。

 

「そうでしたね………。どんな苦境でも、私は一人ではない。みんなが………見守ってくれていましたね。」

 

「そうさ。俺達ならきっとやれる。マリア、俺を、みんなを信じてくれるな?」

 

「はい!」

 

迷いのない力強い返事。

その決意にたぎる様に、大神は自分が勇気付けられるのを感じた。

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと56分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を上がって地上に出てすぐ、左側からピアノの旋律が流れて来た。

誰か演奏でもしているのだろうか。

そっと音楽室を除いてみると、ピアノの前に一つの人影があった。

 

「あら中尉さん、何か御用デスか?」

 

「ああ………、みんな緊張していると思うからね。」

 

大神の気配に気付いた織姫が、演奏を止めてこちらを見る。

その表情は笑っているが、何処となし違和感があった。

先程のマリアがそうだったように。

 

「私なら平気デース。他のみんなを元気付けてあげて下さい。」

 

織姫自身も自覚しているらしく、あくまで今まで通り陽気に振る舞う。

他の人が見れば気づかない程の演技力だが、生憎大神までは騙せなかった。

 

「………もういいから、無理するな。今からそんなんじゃ、思うようには戦えないぞ?」

 

諭すように、優しく肩に手を置く。

強烈な存在感が溢れていた彼女の肩は、思いの外小さかった。

 

「………私だって怖いデス。でも私が怖がってたら、みんなも私を見て怖がります。普段の私でいれば、少しは不安もなくなると思ったデース。」

 

「それはみんなも同じだよ。俺だってミカサと戦うのは怖いさ。でも俺達はみんな一人じゃないんだ。それは、分かってくれるな?」

 

「一人じゃない………。フフッ、素敵な言葉デース。」

 

笑顔のまま、織姫の表情が変わった。

演技ではない、心からの笑顔。

包み隠さないそれは、強い決意と希望を感じさせた。

 

「中尉さんと話してスッキリしたデース。私もみんなを、中尉さんを信じるデスよ?」

 

「ああ。いくらでも俺達を頼ってくれ。」

 

「それじゃ、私はもう行くデース。ここでの話は内緒デスよ?チャオ!」

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと52分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら中尉………。舞台に何か御用です事?」

 

次に立ち寄った舞台の中央では、すみれが台本を片手に立ち稽古に励んでいた。

 

「いや、みんなの様子が気になってね。すみれくんは立ち稽古かい?」

 

「当然ですわ。戦いが終われば、間もなく舞台の開演日ですもの。」

 

当然の問いを口にする大神に、すみれは当然のように返した。

やはり自分がトップスターである自負故か。

いや、そうではない。

台本を持つすみれの手は、僅かに震えていた。

 

「………すみれくん、震えているよ?」

 

「何をおっしゃいますの、この私がそんな………!!」

 

必死に強がって見せるすみれだが、大神に嘘はつけなかった。

恐らく彼女も織姫と同様、仲間を思うあまり普段の自分を貫く事しか出来ないでいたのだろう。

長年彼女と共に戦って来た大神だからこそ、彼女の本心に気付けるのだ。

 

「そうか………、そうだね。すみれくんが震える訳ないよね。」

 

大神は敢えて、すみれの言葉に合わせて返事を返した。

かつての彼女だったら、そのまま流しきってしまうだろう。

すみれは自身の弱みを、決して他人に見せようとはしなかった。

だが今の彼女は違う。

トップスターという自負に捕われず、本当の自分を出せるようになった。

それゆえだろう。

すみれはこれ以上、自分を変えてくれた青年に嘘を突き通す事が出来なかった。

 

「………意地悪ですわ、中尉ったら。この私が………本当に震えないとでもお思いになって?」

 

「そしたら、俺はここには来ないだろう?」

 

顔を背け、本心を口にするすみれに大神はおどけたように笑って見せた。

マリアや織姫がそうだったように、すみれも緊張しないはずがない。

その緊張を解し、不安を和らげるために自分はここにいるのだ。

すみれもまた、それを理解していた。

 

「中尉………、怖くないと言えば嘘ですわ。けど、それは帝都に生きる全ての命に言える事。私は、そんな人々に希望を与えたい………。これは、自惚れかしら………?」

 

「いや………、素敵な事だと思うよ………。」

 

神崎すみれは、強い女性だった。

帝都の誰もが震え上がる強敵と戦おうというのに、自分より戦えない人々を思い、救おうとしている。

その佇まいは、真のトップスターの器を感じさせた。

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと48分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒雲漂う帝都の空。

時折雷鳴が鳴り響く悍ましい漆黒を、二つの瞳が真っすぐに見据えていた。

 

「ダイゴ、外にいると危ないぞ?」

 

大神が彼を見つけたのは、また雷鳴が響いた時だった。

中庭に一人佇むダイゴ。

彼は大神の言葉に、ようやく空から視線を戻した。

 

「ああ、大神さん。ちょっと星を見ようと思ってね………。」

 

「星を?」

 

聞き返す大神に、ダイゴは懐から光の証を取り出した。

翼の紋章、スパークレンス。

赤いベールに包まれた超古代の遺産は、神秘的な輝かしい光を絶えず放っている。

 

「僕は知らない………。でも、スパークレンスは知っている。M78星雲、ウルトラの星を………。」

 

「ああ………、あの雲の何処かに、ティガの故郷があるんだな。」

 

様々な星を守護する神秘の戦士、ウルトラマン。

その故郷たるM78星雲は、目に見えない今ですら、輝くように感じられる。

光は不滅。

そう教えてくれるかのように。

 

「ティガの光、それは今ある命を守る光。ならば僕は誓う。帝都も巴里も関係ない。守るべき命の全てを、僕達で守る。僕達の子供が、光を受け継ぐその時まで………。」

 

その瞳に、最早塵程の迷いもなかった。

一年前にシャノワールで出会った少年は、別人と思える程の成長を遂げていた。

まだ幼さの残る顔からは、神々しいばかりの光が溢れている。

正に『光を継ぐ者』。

秀介からダイゴに確かに受け継がれた光。

言葉で言い表す事は出来ないが、大神はそれだけで確信出来てしまった。

彼は光だと。

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと44分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、イチロー。来てくれたんだ。」

 

食堂を通り掛かった大神に、コクリコが声をかけた。

何やらいい香りが漂っている所を見ると、何か作っていたのだろうか。

 

「ホラ見て、ボクオムレツ作れるようになったんだよ!カンナに教えてもらったんだ。」

 

そんな事を考える大神に、コクリコは得意そうにフライパンの中身を見せた。

挽き肉と玉葱のみじん切りを鮮やかな黄色の卵で包んだ大きめのオムレツ。

そのスケールは、何処となく大食いのカンナを想起させる。

 

「良かったら食べて行かない?ご飯を食べると、何だか安心出来るでしょ?」

 

「そうだな………。それじゃ、頂くよ。」

 

腹が減っては戦は出来ぬと言う訳ではないが、せっかくのコクリコの好意を無駄にしたくはない。

大神はナイフとフォークを手に、オムレツを一口頬張った。

 

「うん………、醤油と味醂で味付けしてあるのか。美味しいよ、コクリコ。」

 

醤油や味醂といった馴染み深い調味料のおかげか、コクリコのオムレツはまろやかで優しい味がした。

先程まで戦いの事ばかり考えて荒んでいた心を、至福の一時が和ませる。

そんな大神を眺め、ふとコクリコが口を開いた。

 

「イチローってさ、いつも自分で何とかしなきゃって頑張るでしょ?」

 

「ん?」

 

既に7割方オムレツを平らげた大神が、ふとフォークの手を止める。

コクリコは、構わず続けた。

 

「別にイチローは間違ってる訳じゃない。でもね、たまには誰かを頼ってもいいんだよ。少なくとも、ボク達花組はイチローの味方だからね。」

 

果たして今の言葉は、12歳の少女が口にする言葉だろうか。

出会ってすぐの頃から、コクリコが歳より大人びている事は知っていた。

しかしまさか、このタイミングでこちらを気遣われるとは意外の一言に尽きる。

 

「………ありがとう、コクリコ。」

 

「うん、大丈夫!イチローとボク達なら、きっとやれるよ!」

 

爽やかなとびきりの笑顔を見せるコクリコ。

大神は言葉を返す代わりに、残りのオムレツを一口で平らげた。

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと40分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、大神さん………。」

 

二階のサロンにて、大神はエリカの姿を見つけた。

沢山のカップを用意した所を見ると、お茶でも煎れるのだろうか。

聞くと、エリカははにかみながら答えた。

 

「はい。みんな緊張していると思いますから………。でも、中々上手く入れられなくて………。」

 

見ると、ポットを持つエリカの手は小刻みに揺れていた。

何の事はない。

エリカもまた、少なからぬ緊張を感じていたのだろう。

 

「君だって震えてるよ、エリカくん。」

 

優しく微笑みかけ、エリカの手を支える。

すると、エリカは僅かに頬を赤らめた。

 

「ありがとうございます………。大神さん。」

 

カップを乗せたお盆を抱え、ふとエリカが口を開いた。

 

「人は一人では何も出来ません………。だから繋がりを求め、前に進もうとするんです………。」

 

大神に背中を向けたまま、エリカは続けた。

 

「大神さんも一人で抱え込まないで下さい………。大神さんが心配してくれるように、私達も大神さんが心配です………。」

 

「エリカくん………。」

 

「だから、苦しくなったら遠慮しないで助けを求めて下さい。それが、花組ですから………。」

 

振り返る先には、天使と見紛う美しい笑顔があった。

その笑顔に見惚れそうと言えば、バチが当たるだろうか。

 

「ありがとう………。その時は、頼らせてもらうよ。」

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと36分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長か。私に何か用か?」

 

エリカと別れてすぐ、大神は遊戯室の椅子に腰掛けたグリシーヌを見つけた。

テーブルに広げられたチェスボードには、チェスの駒が無造作に置かれている。

 

「みんなに少し話をしておこうと思ってね。グリシーヌは何をしてたんだい?」

 

「私か?今の我々の状況を、再現してみた所だ。」

 

大神はふと、視線をチェスボードに移した。

ポーンやビショップといったほとんどの駒を失い、端に追いやられたクイーンとそれを守るナイトの前で、キングが敵の手に堕ちた絶望的な状況。

最もキングのない時点で、ゲームは終了なのだが。

 

「帝都を守るルーク(都市機能)は崩壊し、キング(ミカサ)も敵に奪われた。本来ならばゲームはここで終わりだろう。」

 

大神の感じたそのままを口に出すグリシーヌ。

しかし、その見解には先があった。

 

「だが、クイーンとナイトは残されている。絶望的な戦況に変わりはないが、少なくとも勝機は0ではない。」

 

「グリシーヌ………。」

 

「分のない戦いなど、いくらでも越えて来たではないか。安心して前を見ろ。貴公の背中は私達が守る。」

 

他の隊員達と違い、グリシーヌは全く緊張を見せない。

長い歴史の中を大海と生きた彼女にして見れば、帝都最強の空中戦艦など虚仮威しにもならないという事だろうか。

先程のコクリコのように、大神は逆に励まされた気がした。

 

「頼んだぞ、信じているからな。」

 

「任せておけ。ブルーメール家の名にかけ、貴公に勝利を約束する。」

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと32分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花火くん、何をしてるんだい?」

 

図書室にて、大神は大量の千代紙を広げた花火を見つけた。

ざっと千枚近い量の紙で何をするつもりなのだろうか。

すると、花火は紙を折る手を止めて答えた。

 

「千羽鶴を折っていたんです。みんな無事に帰って来られるように………。」

 

「千羽鶴か………。良かったら教えようか?花火くんは鶴なんて折った事ないだろう?」

 

願いを託して千羽折ると、その願いが叶うと言われる千羽鶴。

日本で広くそれが知られるのは第二次大戦直後になるが、千羽鶴の言い伝えそのものは、古くから日本に伝わっていた。

無論日本について勤勉な花火も、その言い伝えは知っている。

しかし目の前で鶴を折る手がやや不慣れなのは、ただ単に折り慣れていないだけだろうか。

 

「やはり私も緊張しているんですね………。いつものように折れません………。」

 

「大丈夫。俺も支えてあげるから………。」

 

「はい、ありがとうございます………。」

 

大神に紙を押さえてもらい、震えた指でどうにか鶴を完成させる花火。

既に糸には200近い鶴が通されているが、大神が手伝った事もあって今の鶴は一際美しく折られていた。

 

「私、今の自分に驚いています。」

 

その鶴を糸に通し終えた時、花火が再び口を開いた。

 

「フィリップを失って、生きる事さえ諦めていた私に、大神さんや皆さんが、生きる希望を、尊さを教えて下さいました。だから私は、ここにいます………。」

 

かつて最愛の青年を失った花火は、時を止めた柱時計のように無気力だった。

ただいつか訪れる死を願い、生きる事を苦痛にすら感じていた。

そんな花火にとってこの戦いは、生まれ変わった自分を確かめる戦いでもあった。

 

「今こうして生きていられる事こそ、フィリップの望んだ事………。大神さん、それを気づかせてくれた貴方には、心から感謝しているんです………。」

 

「花火くん………。」

 

面と向かって恥ずかしい台詞を言われ、流石の大神も羞恥で顔を背ける。

本当なら自分よりその手のものが苦手な彼女だというのに、どうしたのだろう。

すると、花火は僅かに微笑んで見せた。

 

「今のお話は忘れて下さい。紅蘭さんやロベリアさんに、申し訳ないですから………。」

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと28分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?秀介じゃないか。」

 

図書室を後にした大神は、屋根裏部屋で秀介の姿を見つけた。

窓から黒雲を睨む姿は、いつもと違って何処か儚く見える。

 

「どうしたんだ?また星を見てたのか?」

 

4年前に同じような出来事があった事を思い出し、試しに尋ねる。

すると、意外にも大神の予想は正解だった。

 

「ええ。故郷を見られるのは、これが最後でしょうから………。」

 

「………どういう事だ?俺達は生きて帰ってくる。これが最後なんて………。」

 

秀介の口からこぼれた不吉な言葉に、大神は表情を怪訝なものに変えた。

が、秀介はそのまま首を振った。

 

「隊長には、話した方が良さそうですね………。」

 

俄かには信じられない事だった。

プラズマ=オーブを失って、寿命を削っての戦いを余儀なくされた事。

4年の間擦り減らし続けた自らの寿命が、もうあと僅かしか残されていない事。

それを承知でダイゴにプラズマ=オーブを与え、今また自身も帝都の危機に駆け付けた事。

プラズマ=オーブの力を自身の力で代用した代償は、とてつもなく大きかった。

 

「お分かりでしょう。もし万に一つ勝利出来たとしても………、その時私はウルトラマンかどうかさえ分からないんです。」

 

「そんな………!秀介、まさか死ぬつもりで………!?」

 

「まさか。そんな大義に死ねるような肝なんてありませんよ」

 

大神の脳裏に過ぎる不安を、秀介は幸いにも笑い飛ばす。

だが事実を聞いた手前、その笑顔すら儚く思えてしまうのは、恐らく自分だけではないだろう。

 

「さくらくんは、知っているのか………?」

 

「ええ………、胸にすがって泣いてましたよ。つい先程までね。」

 

自嘲気味に秀介が笑った。

その笑顔が嘲るのは、一体何なのだろうか。

 

「私は後悔してはいません。あの笑顔が守れるなら………、共にいられるなら………、命さえ惜しくはありません。」

 

「秀介………。しかし、君を失えばさくらくんは………。」

 

愛する人のために、ウルトラマンである事すら捨てる。

悲壮とも思える決意の青年に大神が何かを言いかけるが、秀介は首を振った。

 

「………愛してしまったんです。それだけ、あの人を………。」

 

秀介の瞳に、何かが光った。

もし間違いがあるとするならば、あの日上野の桜を見た事だろうか。

 

「秀介………。」

 

大神は何も言えなかった。

恋は時として、人を愚かにするという。

愛は時として、残酷な運命を課すという。

目の前の秀介が、正にそれだろう。

たった一つの愛のために、切り開いたばかりの未来すら捧げるというのだから。

それでも、大神は何も言えなかった。

何故ならそこに、一つの愛が見えたからだ。

何人も踏み込む事の叶わない、珠玉の愛が………。

 

「私は戦います。愛するこの星のためにウルトラマンとして。そして………、愛するあの人のために御剣秀介として………。」

 

左手首のブレスレットを翳し、今一度秀介は誓いを立てる。

厳しく、哀しく、されど美しい愛の形を、大神は確かに見た。

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと24分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さくらくん、いるかい?」

 

秀介と別れ、大神はさくらの自室を訪ねた。

一番近くにいた事も理由だが、先程の秀介の話を聞いて放っておけなくなったのも理由の一つだ。

 

「はい、どうぞ………。」

 

扉の奥からは、凜とした声が返って来た。

 

「は、入るよ………?」

 

恐る恐る扉を開き、大神は思わず身震いした。

部屋中に張り詰めた氷のように冷たく、刃物のように鋭い空気。

その部屋の中央に、さくらはいた。

今は亡き父の遺した霊剣、『荒鷹』を携えて。

 

「………さくらくん、秀介の事なんだけど………。」

 

「はい。お聞きになったんですね。」

 

「ああ………。さくらくんの様子が気になってね………。」

 

とりあえず落ち込んではいないらしいので内心胸を撫で下ろす大神だが、今のさくらは抜き身刀のような鋭い空気を漂わせていて、逆に恐怖を感じた。

居合抜きの前にやる精神統一のそれとよく似ている。

何か覚悟を決めたような、そんな佇まいだった。

 

「大神さん………。4年前の事、覚えてますか?降魔と戦うため、修業に励んだ時の事を。」

 

「ああ、あの時だね。みんな見違える強さを手に入れた………。」

 

4年前、強大な力を持つ降魔に敗退した帝国華撃団は、三週間という短い時間でありながら別人のような強さを得て帰って来た。

その時から、さくらはある誓いを立てていた。

 

「あたしは明治神宮で、己の無力を痛感しました。そして誓ったんです。彼があたしを守ってくれたように、あたしもあの人の背中を守って見せると………。」

 

目の前で霊剣の刀身を僅かに抜き、大神を見据えるさくら。

その表情は、先程まで恋人の胸に縋って泣いていた少女とは思えない程強く、凛々しいものだ。

守られるばかりじゃない。

自分にも大切な人を守る力がある。

二人は知らない。

この瞬間のさくらの姿が、故人・神宮寺一馬大佐のそれと瓜二つという事に。

 

「あたしは父の遺志を継いで、この帝都の行く末を見届けます。そしてあの人と共に、未来を掴んで生きたい………!!」

 

決意を秘めたさくらの目には、一点の曇りもなかった。

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと20分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃん………。」

 

いつものように人形に囲まれた部屋で、アイリスは一人佇んでいた。

その様子は、お城に閉じ込められたお伽話のお姫様のようにも見える。

 

「アイリス、一人で大丈夫かい?」

 

心配した大神が尋ねる。

が、アイリスは意外にも笑顔で応えた。

 

「ううん。ジャンポール達がいてくれたから平気。………ねぇ、お兄ちゃん。」

 

ふと、アイリスがジャンポールの隣に座るウサギのぬいぐるみを手に取った。

 

「この子、貰ってくれる?フェルディナントっていうの。」

 

「………いいのかい?フェルディナントは友達だろう?」

 

アイリスから受け取ったフェルディナントは、至る所にほつれや傷が見える。

恐らく帝劇に来るずっと前から、お姫様を守り続けて来たのだろう。

孤独という闇から。

そんなジャンポールと同じ位大切な友達を自分に渡すとは、どうした事だろうか。

アイリスは少しだけ恥ずかしそうに答えた。

 

「フェルディナントは優しくて、みんなに会うまでずっとアイリスの事慰めてくれてたの。きっとお兄ちゃんも勇気付けてくれるはずだから………。」

 

「アイリス………!!」

 

大神はハッとして目の前のお姫様を見た。

まだ14のフランス人形のような少女が、自分の心を気遣い、精一杯勇気付けようとしている。

その健気な姿に、大神はアイリスの成長を強く感じた。

 

「ありがとう………。でもこの子は、帰って来てから受け取るよ。約束する。」

 

「それでもいいよ。お兄ちゃん、約束だからね。」

 

決戦を前に、笑顔を見せるアイリス。

強がりでも我慢でもない、心からの笑顔だ。

きっと、彼女は信じているのだ。

自分達はみんな、生きて帰って来られると。

 

「(帰ってくるんだ………、絶対に!)」

 

信頼の笑顔を前に、大神は決意を新たにした。

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと16分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レニ、いるかい?」

 

アイリスに勇気付けられた余韻の消えないまま、大神は隣にあるレニの部屋を訪ねた。

 

「………鍵は開いてる。」

 

「じゃあ、失礼するよ。」

 

必要最小限の返事に、大神は慣れた様子で扉を開く。

いつも天真爛漫なアイリスとは対照的に、レニは常に冷静沈着な頼もしいメンバーだ。

しかしその内面はアイリス以上に脆いものがあり、彼女と同期の織姫もよく心配していた。

ヴァックストゥーム計画。

ドイツで進められていた、洗脳された子供達による殺戮部隊。

それがレニ=ミルヒシュトラーセという少女の心を大きく傷つけた正体だ。

しかしそんなレニも、花組で変わった。

少しずつだが気持ちを表情に表せるようになったし、何より自室で犬を飼うようになった。

フントと名付けられた犬もレニによく慣れ、大神にも愛想よい振る舞いを見せた。

 

「どうしたの、隊長?あと10分もしたら集合だよ。」

 

「ああ、みんなの様子を見ておこうと思ってね………。」

 

「………不安なんだね、隊長。」

 

尻尾を振って大神を迎えるフントを優しく撫で、レニがふと微笑む。

出会った当初の彼女とは、まるで別人のようだ。

 

「隊長………。この戦い、隊長は勝てると思う?」

 

「え………?」

 

フントを優しく撫でながら、レニが尋ねた。

突然の問いに思わず返事が詰まる大神。

それに気付いているのかいないのか、レニはそのまま返事を待たずに続けた。

 

「昔のボクは、勝てないと言ったと思う。ミカサの戦闘力は圧倒的だ。冷静に計算するなら、勝機はないに等しい。」

 

レニの見解は正しかった。

ミカサは沢山の砲台を備え、そのいずれもがとんでもない威力を誇る。

加えて帝都には金色の蒸気が蔓延し、魔装機兵が我が物顔で暴れ回る始末だ。

例え二人のウルトラマンがいるとしても、こちらが絶対的に不利である現状は覆しようがない。

今までのレニならば、ここで「勝てない」という結論を出しただろう。

しかし今の感情を取り戻したレニは、違う見解を見せた。

 

「確かに勝つ事は不可能に近いと思う。………でも、勝つ必要性があるだろうか。」

 

「どういう事だい?」

 

「ミカサの猛威を前にして、ボクは勝てないと思った。けど同時に、この子を守りたいと思った。」

 

レニはフントを優しく抱き抱えた。

母親代わりのレニの腕はお気に入りらしく、フントは気持ち良さげに目を細める。

 

「隊長、勝たなくてもいいんだよ。ボク達にとって大事なものを守ればいい。きっと、それでいいんだ。」

 

勝たなくてもいい。

守るために戦えばいい。

聞いただけなら矛盾しているに過ぎないこの言葉。

しかしそれを耳にした時、大神は心の中に重くのしかかっていた何かが浮かび上がるように消えていく感覚を覚えた。

例えるならそう、プレッシャーという言葉が近いだろうか。

少なくとも、悪い心地はしなかった。

 

「ああ、俺もそう思う。大切なものを守るために、俺達は戦うんだよな………。」

 

だからこそだろう。

大神の口から出た言葉は、目の前の少女と同じだった。

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと12分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カンナ、いいかい?」

 

レニの部屋を後にした大神は、そのままカンナの部屋に向かった。

扉の奥からはバシバシと何かを打つ音が聞こえてくる。

カンナの事だ。

恐らくサンドバックでウォーミングアップをしているのだろう。

 

「ああ、隊長か。鍵は開いてっから勝手に入って来な。」

 

威勢のいい声に、大神は言われた通り扉を開く。

そこには、いつも通りサンドバックを袋だたきにしているカンナの姿があった。

普段から最前線で活躍しているだけあって、その姿は見るだけで安心出来てしまいそうだ。

 

「どうしたんだ?もうすぐ集合時間だろ?」

 

サンドバックを打つ手を止め、カンナがこちらに視線を向けた。

顔に光る汗が清々しい。

 

「いや、決戦の前に話をと思って………。」

 

「何言ってんだか。あたい達より、隊長の方が不安なんじゃないのか?」

 

胸中の不安をあっさり笑顔で吹き飛ばすカンナ。

これから命懸けの戦いが待っているというのに、大したものだ。

最も大神の知る桐島カンナは、この程度の苦境を恐れる人物ではなかったが。

 

「図星だろ?伊達に4年も付き合ってりゃ、嫌でも分かるさ。」

 

そう笑い、カンナは掌を大神に突き出した。

 

「ほら、ここに一発打ってみな。」

 

「………ああ、分かった。」

 

恐らくカンナには何を言ってもごまかせない。

大神は自身の抱える不安を目の前の掌にぶつけた。

 

「うん、迷いがねぇ………。それでこそ隊長だ。」

 

カンナが満足げに目を細めた。

その優しい眼差しは、母親のように暖かい。

 

「隊長、あたいらは光武を動かせるから花組なんじゃない。互いに助け合って、何より隊長を信じてるから花組なんだぜ?」

 

「ああ、そうだったな。カンナ、ありがとう。」

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと8分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロベリア、ここにいたのか。」

 

集合時間が迫る頃、大神はテラスで一人空を見るロベリアを見つけた。

会えて嬉しい反面、何かが心に引っ掛かる。

最も、表情には決して出さなかったが。

 

「こんな所で何しているんだ?そろそろ集合時間だぞ?」

 

「つれないねぇ、アンタが迎えに来るのを待ってたのさ。」

 

さぞ面白くなさそうに、ロベリアは返事だけを返した。

 

「見てみろよ隊長。最強を誇る戦艦が、こともあろうか帝都に牙を向く。………恐ろしいと思うか?」

 

「最初に言い出した人間に聞く台詞じゃないぞ?それとも………、君は怖いのか?」

 

ロベリアの問いに遠回しに答えつつ、大神は探るように言葉を続けた。

怖くないと言えば嘘だ。

ミカサの攻撃力が如何に高いものか、大神は二度の帝都防衛でよく知っている。

しかしそれを恐れていては、決して帝都を守る事など出来ない。

守るべき人と、信じ合う仲間がいる。

それだけで、恐怖など気付けば無くなっていた。

 

「このアタシが怖いって?それこそ台詞が間違ってるよ。アタシにすればあんな鉄屑、ただのボーナスさ。」

 

高笑いと共に帰って来たのは、如何にもロベリアらしい答えだった。

しかし聞きようによっては、心配してくれる人がいた事に喜んでいるようにも見える。

少なくとも、大神にはそう見えた。

 

「安心しな、隊長。アタシがいる限りミカサは敵じゃない。アンタはただ一緒に戦えばいいんだ。」

 

「………分かった。存分に戦ってくれ。」

 

大丈夫。

彼女ならやってくれる。

目の前の相棒の言葉に、大神はこの上ない頼もしさを感じた。

 

ミカサ撃破作戦決行まで、あと4分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大神は最後に、未だ格納庫で整備を続けているだろう紅蘭を探していた。

自室にいなければ、彼女は大概格納庫に入り浸っている。

果たして地下の格納庫には、霊子甲冑の整備に追われる婚約者の姿があった。

 

「紅蘭、整備は終わったかい?」

 

恐らく一時間の間に目まぐるしく動いていたのだろう。

煤塗れの作業着を着た紅蘭は、手袋で額の汗を拭っていた。

 

「あ、大神はん。光武ならバッチリやで。」

 

笑顔で頼もしい返事を返す紅蘭。

大神はふと、その後ろにそびえる相棒を見た。

 

「これが、『双武』か………。」

 

花やしき支部と神崎重工が総力を上げて完成させた、最終決戦兵器『双武』。

かつて黒鬼会との戦いに用意された霊子甲冑『天武』すら上回る相棒は、まるでミカサに代わる牙城の如く、その出撃の瞬間を黙したまま待ち続けている。

操縦者を二名に増やし、互いの霊力をシンクロさせる事で、従来のスタンスでは有り得ない程の戦闘力を生み出す事を可能にした霊子甲冑。

それが双武だった。

 

「なあ、大神はん………。」

 

ふと聞こえた声に、大神は視線を戻した。

 

「お願いや………、もう光武は壊さんといて。ウチ、壊れた光武は見とうないんや。こればっかりは慣れへんさかい………。」

 

整備したての光武のボディを、紅蘭は優しく撫でた。

誰より機械に詳しく、誰より機械を愛する彼女にとって、光武が傷ついて帰って来る事は堪え難い苦痛だった。

一度それが爆発し、格納庫に閉じこもった事もある。

それを思うと、わざとではないにしろ大神の心には罪悪感が刺になって刺さった。

 

「………約束は、出来ないよ。相手はあのミカサだ。無事に戻って来られるか………。」

 

だからこそ、大神は正直な思いを口にした。

地上に溢れた魔装機兵と、上空で待ち構えるミカサ。

そんな死地に赴き、それこそ死力を尽くして戦うのだ。

無傷で戻って来る事など、到底不可能だった。

 

「………やっぱりな。大神はん、大丈夫って言えば良かったのに、何で言わんかったん?」

 

「ここで嘘を言ったって変わらないさ。君には、嘘なんて言えないよ………。」

 

「………うん。おおきにな。」

 

眼鏡の奥の瞳が、僅かに潤んだ。

そして………。

 

「作戦決行時刻になりました!帝国華撃団、巴里華撃団隊員は、作戦司令室に集合して下さい!!」

 

「行くぞ、紅蘭!」

 

「了解や!!」

 

グランドフィナーレは、幕を開けた。

 

<続く>




《次回予告》

帝都の存亡をかけたミカサ強襲作戦。

帝都も巴里も関係ねぇ!

お前達、『大神華撃団』なら、必ずやってくれると信じている!!

なあ、豊………。

次回、サクラ大戦4!!

《~フィナーレ~中編》

命短し恋せよ乙女!!

大神華撃団、出撃!!
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