義の刃足る己が身を 作:黒頭巾
「……文遠殿」
「なんや」
「我が黒騎兵には馬鹿者が多かったようです」
「奇遇やな。ウチの青騎兵も馬鹿ばっかや」
青騎兵と黒騎兵、関籍が練り上げた重装備を纏った歩兵に、民兵。それらを纏めて『并州軍』と称している。
并州軍騎兵は羌族・鮮卑の投降兵を合わせて二万。義従兵(義を以て漢に従った部族。公孫瓚の『白馬義従』が著名)も含めると五万。
并州軍歩兵は関籍直属の重装歩兵が三千、黒騎兵旗手だった郝昭が守る雁門に一万。
これら全軍を雁門に集め、これから自分たちがなすことを張遼と関籍は話した。
この戦いに義はなく、勝ち目もない。利益もなければ名誉もない。
それでも着いてきてくれるならば、着いてきてくれないか、と。
「黒騎兵二千、重装歩兵三千は全員参加だそうです」
指揮下にある部隊の意志を報告され、張遼は頭を抑えてため息をついた。
「……ウチんとこもやし、郝昭のとこもや」
結果は、目を疑うものだった。
義従を含めた殆ど全員が勝ち目のない戦に参加したいと言い出したのである。
「張繍曰く『馬鹿な指揮官の元に好んで集まった我々もまた、馬鹿だったと言うことです』ということらしいのですが」
郝昭の後釜の副官の皮肉気な笑みを貼り付けたような顔を思い浮かべながら、関籍は言った。
「ですが、後任の并州牧を困らせるわけにも行きません。連れて行くのはやはり、黒騎兵などの直属に限りましょう」
「せやな。将官は直属とか言ってられへんから限られただけしか引き連れずに戻すつもりやったけど、兵は残しておかなあかんしな」
張繍と郝昭の志願組は連れて行くし、黒騎兵二千と青騎兵の五千は半ば自費で編成しているから、連れて行ける。歩兵は北方の雁門要塞の守備に必要だから残し、義従も勝手に動かす訳にはいかないから不可能。
決意表明と後任の牧への忠誠を忘れぬようにとの訓示を兼ねていたから全軍を雁門に集結させたが、流石に全員が志願するという状況は予想外だったのである。
「梁習は并州の内政のやり方を一番よく知っている男です。義従もうまくまとめ、後任の牧へよく尽くすことでしょう」
「指揮官に関しては郝昭、張繍でええやろ。黒騎兵は分掌主義やけど、青騎兵はウチ一人で指揮した方がうまくいくんやから、ウチ一人でええ」
「はっ」
186年、董卓の専横に反発した東郡太守橋瑁が三公の公文書を偽造して董卓討伐の檄文を作ったことや、 広陵太守張超配下の臧洪の呼びかけなどにより、陳留太守曹操・渤海太守袁紹・後将軍袁術・鮑信・河内太守王匡・豫州刺史孔伷・兗州刺史劉岱・ 山陽太守袁遺・冀州牧韓馥・河南尹朱儁・潁川太守李旻・西河太守崔鈞・長沙太守孫堅らはそれぞれ数万の兵を率いて一斉蜂起。
反董卓連合軍は洛陽を東から包囲
するように河内や酸棗、南陽などに駐屯。袁紹を盟主として反董卓連合軍を結成した。
この橋瑁の発した檄文は董卓への嫉妬でどうにもおさまらない袁紹に頭を抱えた配下の郭図、逢紀らの手によって考え出されたものであり、実質的には発案者・盟主共に袁紹であると言ってよかった。
各群雄はそれぞれの思惑がありながら、一つの行動へと帰結する。
反董卓連合軍に参加する、と言う行動へ。
これに対して董卓配下の謀臣・賈駆は釈明の文を発するも、最早二十万を越える―――称して百万と言われる袁紹率いる連合軍に表立って敵しようとする勢力はなかった。
こうして長いものに巻かれるようにして、世間は反董卓の機運に舞い上がった。
并州を、除いて。
并州牧の張遼は反董卓一色の世に疑問を抱き、腹心の関籍を洛陽に派遣。内情視察を行わせ、正しい事態を掴むとすぐ様并州牧を辞任し、後任の牧を派遣するように要請した。
こうして後任となった劉表が都を発したとわかるやいなや、私兵一万を率いて反董卓連合軍の駐屯する南陽を通過。
長沙太守孫堅が旗幟を不鮮明にする荊州刺史王叡を攻撃していることを聞きつけてすぐさま急襲。背後を襲って配下の将である韓当を討ち取り、王叡の窮地を救うと速やかに退散。洛陽の董卓軍へ合流する。
その報を聞いた諸侯は皆一様に嘲笑った。
長いものに巻かれておけばよいのに馬鹿なものよ、と。
しかしその中でも、英傑たちは異なった反応を示した。
劉玄徳は、義姉妹である関羽から聞いた人物ならばこちらに味方するはずだ、と訝しみ。
関雲長は、兄の身に一体何があったのかと憤り。
先を知る『時の御使い』は、張遼と関籍を敵に回したと言う報に持ちうる限りの警戒心を抱き。
曹孟徳は笑った。
自分の目を持ってしても、彼らの意志を見誤ったと。
その後に、決意した。
鉄壁の信義を持つ二人を、何としても自分の物とすると。
そして、董卓軍は。
「ご助力、感謝致す!」
「借り返しに来ただけや。感謝されるほどのもんやない」
第一の関門、汜水関。
おっとり刀で軍を率いて出撃、単騎で突撃してきた華雄を何とか説き伏せ、張遼率いる并州軍は関内へと入ることに成功していた。
「天下にそんな義士が居るとは露知らず……私はどうも……頭が、その……―――いや、言い訳にはならないな。
言い分も聞かずに斬り掛かってすまなかった、関籍殿」
味方を置き去りに突っ込み、防戦に専念した関籍と百合以上打ち合い、疲れたところを説得される形になった華雄には、少し心に負い目があったのである。
「いえ、それも華雄殿の主君に対する忠心が旺盛であるがゆえのこと。拙者は何ら気にしておりませぬ」
拝手しながら爽やかに笑む関籍の態度に好感を抱いたのか、華雄は厳しく引き締まらせた頬を若干緩ませた。
やはり前線の将だけあり、気を張り詰めていたのだろう。
「そう言ってくれると、助かる。すぐに虎牢関の恋……いや、呂奉先にも伝えよう」
「では、文遠殿は虎牢関へ向かってくだされ。拙者は汜水関にて華雄殿のお力添えをしたいと思います」
気前よく虎牢関への割符を出し、味方であることの紹介をしたためた書状を手渡された張遼に対し、関籍は予定調和の如く言った。
「せやな。それがええやろ」
張遼にしても、気づいていた。
汜水関の状況に。
「い、いや。私は―――」
「華雄殿」
何かを言いかけた華雄の言葉を阻み、関籍は堂々と言い放った。
「周到に用意された軍需品に、気の高まった兵を見ればわかり申す。汜水関より出撃し、連合軍に一撃を与える算段でござろう」
「…………いや、そんなことは」
「場所は陽人あたりだと推測しますが」
「………………」
嘘が下手。
汜水関の華雄は、味方からそう言われるほどに腹芸の苦手な武人だった。
「……関籍殿。協力を、頼めるだろうか」
汜水関の過小な兵力では狙える戦果も小さいが、関籍の黒騎兵が加われば戦術にも幅が出る。
華雄はそのことを、半ば本能的に悟っていた。
故に、あっさり意を翻す。
「奇襲で一当てし、帰還するつもりだったのだ」
「お任せあれ」
天性正直な彼女の態度に好感を抱きながら、関籍は拝手し、承諾した。
こうして董卓軍と連合軍は、陽人の地にて激突する。
今回の歴史変動ポイント
1 劉表、并州へ。
2 王叡、孫堅に殺されず。
3 陽人の戦い、呂布不参加。
最初の変動ポイントは、2の皺寄せでもあります。本来は孫堅に殺されるはずだった王叡の後任の荊州牧として派遣されるはずだった劉表が、後任を欲していた并州へ向かい、荊州は殺されなかった王叡の元で群雄割拠の時代に入ることになります。そして王叡は孫堅を敵視し、命の恩人である張遼へ感謝しました。当然、反董卓連合軍には参加しません。静観、と言うやつです。
陽人の戦いに関しては人が入れ替わっただけで、そこまで問題ではありません。
以上、歴史変動ポイントでした。