義の刃足る己が身を 作:黒頭巾
「広城手前に布陣して、そこから一気に長駆、孫堅を討ち取るだと?」
「はい。一定の距離を保って拙者が率いる三千の騎兵を五つに分け、伝騎の行き来による共通目標に対する分割進撃体制を確立します」
「?、???」
頭に疑問符を浮かべ、しばし馬上で訳が分からないと言う表情のまま待機した後、華雄は静かに口を開いた。
「わからん。『きょうつうもくひょうにたいするぶんかつしんげき』とはなんだ?」
「隘路の多き并州ではよくやっていたのですが、拙者の指揮する二千の騎兵を五百の四隊に分け、目的地までそれぞれ異なった道を進みながら進撃、相手が何もしてこなければそのまま四隊を結集させてその敵を討ち、突っかかってきたならばその直前で四隊を結集、釣りだした敵を壊滅させます。
隘路や地形の悪しきところでは、大軍は一列になって戦わざるを得ません。しかし、このように分割・集合・包囲・殲滅を繰り返せば、騎兵は従来のものよりも速く進撃することが可能となるのです。これを『共通目標に対する分割進撃』と呼んでおります」
「わからんが、わかった。有効ならばやろう。だが、私の騎兵はどうするんだ?」
「虎の子―――いざという時の切り札として使わせていただきます。そのときやってきた伝騎が伝えた通りに動き、やってこねば広城手前の廃城にて待機を」
「突撃は?」
「伝騎の要請に従ってくださいますよう」
明らかに欲求不満の意志を見せながらも全体の作戦の指揮を関籍に委ね、先ほどまで味方でも何でもなかった者を全面的に信頼する。
(良将だな。短兵急な作戦を好む傾向にはあるが、戦がそれだけではないことを理解している。他を受け入れる度量もあり、誇り高いが狭量ではない)
呂布は一個の武人として完成されており、厳密に言えば将とはいえない。
華雄はまず、将としての好みを果たすために武人としての強さがあった。
まず、董卓軍一の将だろう。
「では、昼夜を徹して参りましょう」
陽人の戦い。この戦いは、たった一言で表される。
『急襲戦』。
華雄の性格の粗忽さ―――つまり、猪癖をうまく利用した急襲戦で董卓軍は士気に関わってくる初戦を制したと言える、と。
分割進撃による長駆進撃。ともすれば各個撃破の恐れもあるそれを採用した関籍には、ある思惑があった。
進軍は早い方がいい。董卓軍は少数であり、まともに反董卓連合軍にあたっては勝ち目はない。
ならば、少しずつでも削ったほうが良い、と。
ならば、第一の目標は―――
(突出している、孫堅)
黒い獣が狙いを定め、駆け始める。
常軌を逸した機動力は、彼の望む騎馬隊そのものだった。
「……華雄殿は?」
あれからひた駆けに駆け、一足先に広城に到着していた関籍は、遊軍の所在を問うた。
「広城付近で充分な休息を取り、昨夜の内に到着されたようでございます」
払暁。関籍率いる黒騎兵は疲労を取るためだけの眠りから覚めていた。
時には警戒を忘れて眠らなければ兵たちが保たないことを、この男は知っていた。
「孫堅が来るな」
「はっ?」
疑問を口に出しながら騎馬を操り、自身に追従する張繍にむけて、関籍は更に言い募る。
「周幼平、だったな。一刻前に奴が来ていた。奴は孫家の諜報を一手に担っている」
「あえて逃されましたか」
「ああ。荊州の河賊にもっとすごい奴がいたからな。察知は簡単だった」
戦巧者の孫堅が、強行軍によって疲労しきったように見える華雄軍を見逃すはずがない。
必ず、更に勇躍して突出してくるだろう。
関籍にはその確信があった。
「華雄殿に進撃を要請しろ。疲労を偽るように、厳重に頼むぞ」
「何人出しますか?」
「十人。届かぬ可能性も考えれば、使者は多いほうが良いからな」
すぐさま黒い鎧の背に百足の旗をさした伝騎が十騎、めいめいの方向を取りながら華雄の来着した廃城へ駆ける。
一晩休んで気力・体力と共に充溢した自分たちが居ないことを知れば必ず華雄の方へと軍を向けるという判断の元、周幼平の気配を感じた瞬間に出立したが、それは『うまくいけば騙せる』かわりに『華雄軍との意思疎通が困難になる』ということを示していた。
「動くでしょうか?」
「動かねばそれは孫堅ではない」
指揮官は、自分の下した自信を持たなければならない。それが部隊の強さに関わる。
だが、柔軟な思考を捨ててもいけない。自信を過信に、決断を断定に変えてはならないのだ。
「関籍殿」
「来たな」
視界の端に見える、土埃。
「張繍、続け」
「はっ」
孫堅が、華雄の頭に喰らいついた。
こちらに横腹を見せたまま。
そして、見せていることを知らぬまま。
周幼平は優秀だが、その優秀さは個人の物。他の間者は始末するに容易い。
―――荊州のあいつが、孫堅の元に居たならば。
また、変わった結果になっていただろう。
(優秀な間諜が欲しいものだ)
このままでは、情報封鎖されたならば手の打ちようがない。座して死を待つだけとなろう。
実に切な願いを胸に秘め、関籍は素早く孫堅軍に肉薄した。
「か、か、関せ―――」
目敏く気づいた兵を一刀のもとに葬り去り、横腹を一気に食い破る。
一時的な速力では張遼に負けるものの、黒騎兵はその突破力と粘り強い機動力でその欠点を補っていた。
「華雄殿、今こそ突撃を!」
憚らぬことを知らぬ雷鳴の如き一喝に、華雄の顔が猟奇的な笑みへと変わる。
「やっとだな!」
猪突。賈駆からそう貶された後先考えぬ突進が、無情にも横腹を食い破られた孫堅軍に突き刺さった。
横腹を食い破られ、縦に両断されそうなほどの圧力をかけられ。それでも孫堅軍は崩れない。
「粘るな!」
得物である金剛爆斧で兵を砕かんがごとく両断しながら、華雄は一気に駆け抜ける。
止まるときは、そう。
「そこに居るは敵将と見た!」
敵将と武を競い合う時。
華雄軍の突進が孫堅軍の半ばまでを縦に両断した状態で鈍化したことを受けても、関籍の役割は変わらなかった。
散開させていた騎兵を突撃の寸前に纏める。
「待て関籍!この蔣金が―――」
口上を聞く間も惜しい。
勝たねばならない。この戦いに。
綿密にして合理。
その生き方とはあまりにもかけ離れた武にて一合たりとも打ち合わず、蔣金の首は宙に舞った。
「張繍、孫堅はどこだ?」
「赤い頭巾が孫堅であると聞き及びますが……居りませんな」
喋りながらも槍で敵の喉輪を刳り貫き、張繍は皮肉げな表情を崩すことなく笑う。
「まあ、臆病者とでも笑ってやればよいでしょう。焦っても目が曇るばかりです」
「奴を討たねば意味が無い」
「腰抜けの孫の首程度、放っておかれるがよろしい。今大事なことは逃げた首を探すより手足を引き千切ることです」
笑いながら人を殺せる男、張繍。
ともすれば激しやすい関籍を皮肉りながらもしっかり支える良将である。
「誰だ、手足は」
「祖茂。程譜。黄蓋。孫静。あと、耳目である周泰。とりあえずこいつらを殺しましょうか―――と、赤頭巾が居ましたよ」
「孫堅か」
「さあ?囮でしょうが……名のある武将でしょうね。変わり身とはいっても討たれたら士気に関わりますから」
巨躯を乗せた巨馬が大地を踏み鳴らし、一気呵成に駆け去った。
防ごうとした剣ごと偃月刀に両断され、赤い頭巾が宙に舞う。
首の根が綺麗に横に斬られ、頭と身体が泣き別れになった首を掴み、しげしげと眺め―――
「祖茂ですな、これは」
張繍は、断定した。
「逃げられたか」
「まあ、そうなります」
落胆するも、指揮の手は緩めることはない。
完膚なきまでに叩きのめし、潰走を始めた孫堅軍を、関籍は失意の目で見ていた。
「……華雄殿が討ってくれたことを祈ろうか」
「華雄殿ならば、そちらに」
優秀な副官に案内され、関籍はすぐさま駒を進めた。