義の刃足る己が身を   作:黒頭巾

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これが私の限界のようだ……(灰)

あと、指摘があったので補足を。

家系図に関しては『恋姫だからしかたない』とでも思っていてください。あと、靖王伝家も。

正史、演義を恋姫に足したのがこれなんで、どうぞご容赦の程を。


靖王伝家

虎牢関からほど近い、明日には血に塗れるであろう一角で深々と頭を下げた、雄偉な身体が畳まれる。

 

「関籍でござる。御使者殿は何用かな」

 

青龍偃月刀は持っていない。

それを確認し、関羽は少し息を吐いた。

 

使者には危害を加えないのが鉄則である。しかし、最悪の場合を考えるのが護衛たる自分の職分だった。

 

「あの、関籍さ―――」

 

軽く足を踏みつけ、関羽が目線で何を促す。

それに何かを悟ったのか、劉備は慌てて頭を下げた。

 

「えーと、義勇軍で、ぱいれ―――」

 

「公孫中郎将の別部司馬をしております。幽州義勇軍大将の劉玄徳です、と言っております」

 

もはや任せておけぬと思ったのか、或いは兄の身から出る独特の雰囲気に当てられている主のことを慮ったのか、関羽が代わりに名乗りを述べる。

今まであまり知り合い以外の目上の人間と会っていなかった劉備からすれば、関籍は初めて思いやりではなく、礼を尽くさねばならない相手だった。

 

「劉別部司馬殿は、中山靖王劉勝様から発し、陸城亭侯・劉貞様、沛侯劉昂様、漳侯劉禄様、沂水侯劉恋様、 欽陽侯劉英様を経て今に至られる漢の宗親にあたる御方。今は偏将軍の号を与えられているとはいえ、元は地下人に過ぎぬ拙者ごときがお会いできて幸いです」

 

「し、知ってるんですか、私のこと!?」

 

「はっ。その腰に佩く剣は靖王伝家。中山靖王劉勝様の正嫡に伝わる名剣でございます故、一目でわかり申した」

 

漢に尽くすことが生き甲斐のような関籍にとって、偏将軍の号を拝命してから見れた劉家の家系図は凄まじく貴重な、それでいて高貴な、知っておくべきなものであった。

即ち、洛陽で偏将軍を拝命した後にすぐさま読み、残らず頭に叩き込んだのである。

 

「えーと、知ってくださっていて、光栄です」

 

パッ、と。花の咲くような笑顔を見せた劉備の顔が一瞬で曇り、拝手。

何とも表情豊かなわかりやすい人柄に好感を持ちながら、関籍は慣れていなさそうな礼に対して礼を返した。

 

「こちらこそ、拙者如きを知っていていただいて光栄です」

 

「そ、そんな!連合軍で散々単騎で暴れ回った『今項羽』を知らない人なんて―――」

 

「『今項羽』と言うのは!」

 

またもや足を踏まれてたしなめられた劉備を庇うように、関羽が少し焦ったように言葉を紡いだ。

 

「その武勇の程を端的に表しただけで、他の意味はありません。断じて、ありません」

 

「そうですか」

 

王朝主義者に、項羽扱いは逆鱗に等しいことを重々承知していた関羽が補佐に回る。

 

劉備の発言を関羽が庇い、関籍が答えると言う何とも温い方式が確立したその時。

 

「では、本題に参りましょう。拙者に如何なるご用件か」

 

「実情を、教えて欲しいんです」

 

真剣な表情で、劉備は本題を切り出した。

 

「実情、とは?」

 

「董卓さんが、本当に悪政を行っているのか。行っているなら何故そちらに関籍さんは味方をしているのか、です」

 

糺した口調が元に戻っているが、糺し役こと関羽も固唾を呑んでその答えを待っている以上、その姿勢を糺すものはいない。

最も関籍は糺そうとしている姿勢が見られた時点であまり気にしていなかったが。

 

「後者はともかく、そのようなことは拙者が答えることではござらん。

今更実情を知って何を為そうとされるおつもりか」

 

「悪政を行っていなければ、私たちもそちらに――――」

 

「それは旗幟を鮮明する以前に判断すべきことでござろう。

そもそも、今そちらが寝返って我が陣営が勝ったとてそちらには汚名しか残りませぬ」

 

諫言する時特有の叩きつけるような口調で言い放ち、更に言い募る。

 

その言葉には、張遼の怠けぐせを完全に直した時と同様の誠意がこもっていた。

 

「良いですか。選んだ道が正であれ誤であれ、その道へ導いたのは主なのです。その主がそう簡単に道を違えてはその為に死んだ兵が浮かばれぬではありませんか」

 

「なら、どうすればいいんでしょうか……?」

 

頼りを無くした子犬のような様。

劉備の様子を表すならば、これほどまでにしっくりくる表現は無かった。

敵に答えを求めるなど有り得ることではないし、答えるような奇特な敵もいない。

 

「猛省することです。己の過ちを認め、自戒し、広く情報を集め、判断を下す時に慎重に、しかし果断に下すのです。この道を選ぶのが果たして正しいのか、間違っているのか。正しいからといって周りの人間を巻き込んで良いのか、間違っている道に周りの人間を巻き込んでよいのか。全てを考え抜き、信ずる物を同じくする者と轡を並べ、戦いに赴くのです。

自らが下した決断を、二度と後悔せぬようにしなければなりません」

 

しかし、この場合は特例だった。

問うた側は常識知らずな一面と天然さ、無知を認める素直さを持っていたし、敵の方は馬鹿がつくほどの誠意を持っていたのである。

 

「あなたには、そのような得難い人傑を得ているはずです」

 

「……はいっ!」

 

涙を堪えながらも、最上の礼を示して帰ろうとする劉備に一礼し、関籍は静かに関羽に声をかけた。

 

「白絹のような主ではないか」

 

「はい」

 

「染め方次第で、如何様にもなろう。あの方を無知なる理想家にするか、全てを知りながらも尚も理想を貫く理想家にするかは、羽。お前次第だ」

 

「兄上には及ばぬ身上ながら、一層精進いたします」

 

生真面目な関羽だからこそ、何かを感じることがあったのだろう。毅然とした態度を崩さずに拝手し、主たる劉備の後を追おうとして、気づいた。

 

「か、かんせき、さん……」

 

「はっ」

 

「あの、聞いて、ほしい、こと、が……」

 

走って去っていき、再び走って戻ってきたのか。武人兄妹たる関兄妹には全く想像のつかぬほどに息を切らしながら、劉備は膝に手を当てて俯かせていたガバッと起こし、言った。

 

「私の夢は、皆が笑って暮らせる世を作ることなんです!」

 

「至純の夢、ですか」

 

自分が嘗て無くした理想の断片を聞き、恥とともに笑いが漏れる。

若かった。それだけだと思って封印していた馬鹿げた理想を、現実を見るにして無くした理想を、この少女はまだ持っていた。

 

「関籍さんは、どう思いますか!?」

 

劉備は、その笑いを聞いても不思議と不快にはならなかった自分を逆に不思議に思った。

幼き頃からこれまで、馬鹿にされ続けてきた夢。数え切れないほど笑われて、馬鹿にされて、ただ笑って誤魔化すしかなかった夢。

 

やっと理解者を得た、至純の夢。

 

「素晴らしい理想だと、思います。妹があなたを選んだ理由もわかるというものだ」

 

「でも実現の仕方が、わからないんです。話し合ってもわかってはくれませんでした。いつも、戦うしかありませんでした。

笑顔を、奪ってきました」

 

忸怩たる思いが、理想を認められて輝いた笑顔を三度曇らせる。

話し合いでは、解決できないのか。劉備は常にそう自分に問い、悔いてきたのである。

 

「あなたの理想とは何か。それは皆が笑顔で暮らせる世を作ることだ。

しかし、それは信念が相反する敵がいる限りは不可能です。何せ、あなたとは思考方法が違うのだから」

 

「……なら、戦いは仕方ないんですか?」

 

「仕方ない。仕方ないが、あなただけは仕方ないとは言ってはならない。仕方ないと流さずに、笑顔で暮らす民を見る度にこう自戒すべきでしょう。『この民の笑顔は、嘗て流した血の上にこそ存在している』と。

そして、最後まで『民を笑顔にする』と言う理想を捨てず、その意志を後世に残すべきです。

そうすれば、あなたの意志は受け継がれる。

あなたの理想は、今は荒唐無稽と謗られるかもしれません。しかしそれは、前例がないからなのです。前例がないから荒唐無稽であり、夢である。前例を一度作りさえすれば、後世に世が麻のごとく乱れようとも、あなたの理想を継ぐものが現れ、笑顔を失った民を笑顔にできる世に導くでしょう。

あなたは、あなたが抱いた思想を芽吹かせるための最初の種子になれる御方だ」

 

一気に言い切り、両手を重ねる。

その何も無き場は、異様な熱気に包まれつつあった。

 

「その為にもあなたは、血を流さねばならない。そこを先ず認め、理想をなお貫くことです」

 

「はいっ!!」

 

劉備の理想は、奇しくも敵の言によって定まった。

血を流しながらも、笑顔を奪いながらも、結果的に多くの笑顔を生むであろう一粒の種に。

 

彼女の理想は、まだ未熟。

されど確かに、この時に方向のみならば定まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桃香様」

 

「何、愛紗ちゃん?」

 

兄を訪ねる以前とは明らかに様子の変わった主を眩しげに見つめながら、関羽――――愛紗は、劉備―――桃香に、話しかけた。

 

「兄を勧誘しなくてよかったのですか?」

 

「関籍さんは、誘っても来てくれる人じゃないから」

 

変わった。前までなら、無邪気に信じて理想へ誘っていたはずだった。

 

「私は、現実を見る。その上で、理想を現実に重ねていく」

 

馬首を返し、一歩先を進んでいた劉備が振り返る。

その顔は、いつになく晴れやかなものだった。

 

「愛紗ちゃん。私は皆の前でもう一回問うつもりなんだけど――――愛紗ちゃんだけには、今言っちゃうね。

私の理想に、ついてきてくれますか?」

 

理想を盲信するのではなく、理想と現実を見て、なお理想を徹そうとする王の姿が、そこにはあった。




劉備可愛いよ劉備。桃香可愛いよ桃香。

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