義の刃足る己が身を   作:黒頭巾

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遼来来

「拙者が内通をしていると言われるか!」

 

怒声が場を圧し、机に叩きつけられた手の衝撃によっていくつかの書面が宙を舞う。

 

決戦直前だというにも関わらず、軍議の馬は紛糾の極みにあった。

 

「では昨夜、何をしておったのか」

 

「敵将公孫瓚の別部司馬、劉玄徳と会っておりました」

 

何の衒いも悪びれもなく、ただ愚直に言い放つ関籍に、糾弾者―――李儒の顔が引きつる。

 

少しでも躊躇いや何やらがあればそこを起点にして攻め込めたが、こうも堂々と認められては攻めようがなかった。

 

「そこで内通の約束を交わしたのであろうが!」

 

「妄言断つべし」

 

李粛の追求も一刀両断し、凄まじい威を発す。

軍議の場とは思えぬ凄まじい殺気に、並ぶ諸将の顔に汗が滲んだ。

 

「大丈夫たる者が一度交わした約を違えるなどあり得ぬことだ」

 

負傷した箇所に包帯を巻いた華雄が大きく頷き、それにつられるように呂布が頷く。

武官の二大巨頭である華雄と呂布が疑わぬとあらば、それ以上追求するのは派閥感の摩擦をよりいっそう激しくすることは間違いがなかった。

 

「しかし、疑われるようなことをしたのは事実。然るべき措置を取らせていただきます」

 

「如何様にも為されるがよい。内通はせずとも、疑わしき行動をとったことは事実。然るべき罰はお受けし申す」

 

その上で、李儒が語気を和らげながらも念押しの如く言い募る。

返ってきた承諾の返答に、李儒の口角が上がった。

 

「では、監軍を付けさせていただく。それらしき行動を取った場合はすぐさま李傕・郭汜の両将軍の手勢が後背を突くこと、忘れなさるな」

 

「監軍程度ならば存分に戦働きが出来申す。この疑い、拙者の働きによって解消してみせましょう」

 

「フフフ……楽しみにしております」

 

華雄、呂布、関籍。

軍の備えをしているがために軍議の場には呼ばれていなかった張遼を含め、董卓側としてまともに戦おうとしている四人が退出し、後には李傕・郭汜の両将軍と李儒・李粛の両謀将が残された。

 

「李傕・郭汜。手筈は整えたぞ、うまくやれ」

 

「当たり前だ」

 

「お前等も抜かるなよ」

 

関籍・李傕・郭汜が中央軍。

呂布・臧覇が左翼。

張遼・華雄・郝昭が右翼。

 

布陣を簡単に解説するならば、一人戦術兵器な二人を中央・左翼に配置、中央軍は突破されぬことを最低目標にして攻勢をかけ、左翼・右翼の突破力・機動力を利用して包囲、殲滅するというものである。

 

連合軍は左翼に袁術・孫堅ら。

中央軍に公孫瓚・劉備・袁紹ら。

右翼に曹操・朱儁・橋瑁らが布陣し、完全な迎撃体制をとっていた。

 

「確実に仕留めろ。個人の武が戦術を越える兵器が二体も居れば、この完璧な策も崩壊するかもしれん」

 

無言で拝手し、李傕・郭汜の両将は退出する。

 

『汜水関を突破すれば、勝利はこちらにあり』

 

慎重過ぎるほどに慎重な孔明をそう断言させた策が、静かな脈動を見せていた。

 

呂。

華。

張。

関。

 

似ても似つかぬ四色の鮮やかな旗がなびき、練度の高さを伺わせる素早さで布陣を終える。

 

連合軍左翼四万に対するは、紺碧の張旗に続く約千騎と、純白の華旗に率いられた二千騎に、黒い鎧の歩兵が二千。

 

連合軍右翼五万に対するは、真紅の呂旗に続く二千騎に、歩兵二千。

 

連合軍中央軍十万に対するは、漆黒の関旗率いる千騎と、李・郭の旗に続く一万騎。

 

総勢二十万と、約二万。

 

数の優位は連合軍側にあり、兵の質は董卓軍側にある。そして、将の質でも董卓軍側が勝っていた。

 

しかし、軍師の質では話しにならなかったのである。

 

まず、唯一対抗できる賈駆が前線に出られないように封じ込まれたあたりで完全に詰んでいた。

 

李儒は自分の才覚の限界を知っていたし、限界を知ってなお戦うほどの不屈の性根はない。むしろ、強き者には巻かれるような性根があった。

 

故に、内通の打診をされたときに一も二もなく受け入れることにした。

 

董卓軍の軍師双璧と言われた自分は、誰から見ても董卓の腹心のように見られているだろう。

その一般的な見方を逸脱し、自軍の将すら読み切れていない自分の思考を完全に読み切った、初対面の敵の軍師に強烈な敗北感を感じたのである。

 

これが関籍・張遼・呂布・華雄のような強烈な負けん気を持つ奴らならば一も二もなく徹底的に抗うことを選んだ。だが、李儒はそんな意地などは欠片も持ち合わせていなかったのである。

 

あっさり負けを認め、内通を約束した。

それからは簡単である。

 

欲に転ぶ将を引き込み、寝返らせる。利を説き、董卓軍の敗因を説いた。

 

「さあ、我が策の精華をとくと見るがいい」

 

一人戦術兵器な二体いえども全く危害が加えられないであろう虎牢関の守将となった身の上の安心感に包まれながら、李儒は高らかに笑う。

 

その高笑いが虎牢関の戦いの、始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「続け」

 

先陣を切ったのは、関籍率いる千騎の黒騎兵である。

関籍の装束は真っ白な戦炮に、白い頭巾。黒の集団である黒騎兵の先頭に立てば、異様に目立つ格好であった。

 

迎え撃つは、公孫瓚自慢の白馬陣。白馬のみで揃えられた駿馬ぞろいの騎兵集団であり、機動力を以って烏丸を圧倒したこともあるいまだ不敗の陣形であった。

 

一点の白を先頭にした黒い獣と、機動力に勝る白い獣。

二頭の激突が拮抗したのは、僅かに一瞬であった。

 

突撃する直前に分けていた閻行率いる別働隊が、拮抗した瞬間に横殴りに突っ込んだのである。

 

騎馬は、横撃に弱い。白馬陣であろうが黒騎兵であろうが、騎兵である以上はその壁は乗り越えられなかった。

 

左翼・右翼の防衛戦から僅かに突出した部分の横腹を閻行にぶち破られ、一瞬で戦の勢いの均衡をひっくり返されたのである。

 

張遼譲りの神速の用兵であった。

 

「敵は崩れた。真っ二つに断ち切ってやれ」

 

厳綱と呼ばれていた騎兵先陣の将の首を閻行の槍が貫いたことで、先陣は引けも引けず、進むに進めずと言うような戦況に叩き込まれた。

 

中陣を、突破。

 

迫るは劉旗と、偃月刀。

 

「関羽」

 

「関籍」

 

互いが、名乗る。

最早、言葉はいらない。

 

二匹の青龍が牙を剥きながら、巡り合った。

 

関籍隊の進撃が止まったその時。連合軍右翼の兵が宙に舞う。

 

呂布であった。

 

「……邪魔」

 

方天画戟が一振りされるごとに十数の首が地に落ち、一突きすれば二、三人の背骨を容易く砕いて宙へと掬い揚げる。

 

圧倒的な武の才と、膂力。短期間で全てを出し切る中華に比類なき爆発力が、遺憾なく発揮されていた。

 

悪鬼の如き、武勇。

その武勇に引き摺られ、強兵たちは雄叫びを揚げる。

 

我らの主こそが、天下無双の武人であると。

 

許楮、典韋、夏侯惇。歯牙にもかけない。

一騎で完全に、圧倒する。

 

策などは武で、叩き壊す。

 

呂布。天下無双の、武人だった。

 

そして、左翼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遼来来。

 

誰かが叫んだ。

 

前に立つ敵が、見える。

恐怖。反抗。

 

目に宿る光が、違った。

 

偃月刀を振る。血が飛び、目から光が消える。

 

袁紹。

 

見えた。

視界の奥に、確かにいた。

 

拡大される。豆粒ほどの狙うべき首が、表情すら読みとれるほどに。

 

笑っていた。

 

嗤っている。

 

こちらの突撃を受け、袁紹は馬鹿にするように嗤っていた。

 

追従する華の旗が、追撃を食い止める。

 

孫家。淮南の袁家。この二つを突破したら、袁紹の軍に刃を振るえる。

 

孫家の兵は、強い。

一人一人に意志が見えた。戦い、主を守る意志。

 

 

同じだった。

 

 

―――遼来来。

 

何かが叫んだ。

 

一瞬で距離が消える。

孫堅。獣のような笑みを浮かべ、こちらを見ていた。

 

後ろの、黒髪の女が何か呟く。

 

聞こえない。読みとれない。わからない。

 

駆けた。

 

後ろから、青騎兵が続く。

 

残りは、五百騎。

 

黒髪の女の隣の、白髪の女。

弓を引き絞って、こちらを見ていた。

 

一瞬先の、光景が見える。

 

死ぬだろう。自分は。

 

 

だが。鍛えた武は。

 

 

弓が満月の如く引き絞られ、矢が放たれる。

 

 

―――鍛えた武とは。

 

 

射手の顔が驚嘆に染まった。

自分の前には、孫呉の兵。

 

 

―――確定された結末を。

 

 

矢が突き刺さり、盾となった孫呉の兵の血が頬を濡らした。

一瞬の判断が、生死を分けたのだろう。

 

 

―――確定された終わりを。

 

 

立ちふさがった、二騎の武者。

瞬時に斬り捨て、偃月刀を振り上げる。

 

かつてあの男に教えた、一撃のために。

 

 

―――乗り越えるためにこそ、そこに在る!

 

 

二者が討たれて動揺した孫堅目掛け、偃月刀が振るわれる。

 

手に来た感覚は、頭蓋を両断したときのそれではなかった。

 

南海覇王。孫家の名剣。

 

自分の一撃は、辛くもそれに防がれていた。

 

 

――――遼来来。

 

地が、叫んだ。

 

 

落馬した孫堅を後に、射手の弓弦を斬って更に進む。

 

淮南袁家。

 

紙を引き裂くように容易く、軍が二つに断ち切られた。

 

 

袁紹。

 

 

近い。手を伸ばせば、届くほどに。

 

左翼を突破して、回り込んで。

 

本陣を、突く。

 

 

その顔に張り付いていた笑みは今や無かった。

 

刮目しろ。

 

天も地も、人も。

 

 

―――――遼来来。

 

天が、叫んだ。

 

目の前に、居る。

 

こいつを斬れば、それで終わる。

そうしたら、皆元に戻る。

 

呂布が食べて、董卓が笑って、賈駆が苦笑して、華雄が怒って。

 

自分が仕事をさぼって、関籍がこなして。

 

そんな退屈だけど楽しい日が、また。

 

 

―――――――遼来来

 

 

人が、叫んだ。

 

 

 

そう。我が名は。

 

 

「張遼」

 

 

偃月刀が、振り下ろされた。




ここまで、戦い。

あと、李儒の行動について質問があったので、補足を。

董卓軍にいたら二番手のまま、裏切れば汜水関と虎牢関を間接的にとはいえ落とした功労者。
しかも土壇場で裏切りをやめたら董卓軍内によからぬ噂を流されるかもしれないし、もう他人(李傕・郭汜)に広めた以上は裏切るしか選択肢はないわけです。
明智光秀も三人の家老に謀反の相談をした時、斎藤利三に「人の口には戸が建てられぬもの。最早他人に相談した時点でいずれはご謀反なさろうとしていたことが天下に知られましょう」とか言われて、結局謀反を起こしてます。

最初の内に接触されて、裏切りを決め、李傕・郭汜を誘った時点で彼女には裏切るしかありません。

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